ヒロインからは にげられない ▼ 作:涼暮皐
五人の中でいちばん強いのは誰か?
もしそう問われたのなら、五人ともおそらく
近接戦闘での圧倒性能ならば騎士であるイアだが、回復魔法や判断力まで含めたらカエラが強い。中距離まで離れれば砲撃手であるリズノが、さらに遠距離戦になれば魔法使いであるリヒトが封殺する。一対一ではなく五人全員が一斉になんでもありで戦う遭遇戦なら、穴がなく万能なクーに分があるだろう。
相性や得意分野の差で結果は変わる。近接戦特化のイアと魔法使いのリヒトなんか特に顕著で、このふたりの勝敗は戦闘開始時の距離でほぼ決まると言っていい。
あまり意味のある設問ではないというわけだ。
では設問を変えた場合。
すなわち、五人の中で最も才能があるのは誰か、と問われるならば――それは話が別になる。
その問いであれば、少なくとも当人以外の四人は答えが一致するだろう。
すなわち、――いちばんの天才はリズノだ、と。
なぜなら彼女には、ほかの四人と明確に違う点がひとつあるからだ。
魔眼の才能があるなんて話じゃない。
もっと単純な話――彼女は神器に選ばれるまでは、戦闘経験などまったく持たない
ほかの四人は違う。幼い頃から訓練を積み、神器を保有する前から実戦経験豊富な人間――そもそもとして戦う者だった。最初からある程度は強かったわけだ。
リズノだけが違う。
彼女だけはただの魔道具好きの、引きこもりの貴族の娘でしかなかった。
それが、ある日いきなり神器をポンと手渡され、ただそれだけでひとつの頂点まで至ったのだから――まさしく天才と呼ばざるを得ないだろう。
無論、それは神器が単純に強力だという事実もある。
だがそれを加味した上でなお、――リズノ=アーシャンは天才だった。
「――――」
そのリズノによる先制は、たとえ相手が同じ英雄だったとしても、殺しきるだけの可能性を秘めた一撃だ。
リズノの神器は《砲の神器》。
その固有能力はごく単純な《魔弾の射出》である。
リズノは神器を用途に分け、近距離用短銃形態/中距離用手砲形態/遠距離用狙撃形態の三つが基本的な神器の形態だ。
この形態変化もリズノの神器の特徴である。ほかだとクーの神器も少し特殊だが、リヒトを含んだ残る三名の神器は、そもそもカタチが決まっていた。
今回、リズノが用いたのは近距離用の短銃形態だ。
両手にひとつずつ、二挺の銃として具現化された《砲の神器》は、銃という種類の武器がごく限られた古代魔道具としてしか存在しない現代において非常に異質だ。
向けて構えてトリガーを引く。
その単純な動作で、大砲の砲撃クラスの魔弾が連発されるのだから、敵対者にしてみれば堪ったものではない。
相手が近づくのにちょっとでも時間がかかる距離からの攻撃であれば、ほぼ一方的と言っていいレベルで敵を封殺できるのが砲の神器の利点である。
そして同時に、戦闘の素人だったリズノが短期間で英雄となった理由でもあった。
リズノの小さな手でも、片手で扱えるサイズの小さな銃身。
放たれる魔弾のサイズも指先ほどだが、その一点に圧縮された高密度の魔力が持つ貫通性能は、ちゃちな魔力障壁程度であれば問答無用で弾痕を穿つ。
実際、それは今回も変わらなかった。
右手六発、左手六発。計十二発の弾丸を全身に受け、
彼女は戦いに憎悪や嫌悪を持ち込まないし、その代わりに倫理や会釈も必要ならば捨てられる。誰に教わることもなく、なんの訓練もなくその領域に立てる精神性こそ彼女の才能の証だろう。
感情を捨てず、けれど持ち込まないことが――切り離すことが最初からできた。
「……?」
だからこそリズノは、ただ目の前で起きていることを現象として捉えられた。
全身を撃ち抜かれた見知らぬ男。
違和感は、その穴だらけになった肉体から一滴の血も流れなかったこと。
目の前の男は人間だ。堕魔であり、その構造はすでに人間とは大きく乖離しているとはいえ――それでも魔族と違って肉体はある。傷を負えば血を流すべき存在だ。
だが血が流れていない。ただ穴が開いた、それだけだ。
いや。よく見ると体に空いた穴さえ、どこか普通ではない。なぜかわずかに白煙が上がって、どこか捻じれるように傷口が渦を巻いているような――。
「――ああ。どこだ? ここか? 何が起きた……?」
「……ッ」
静かに、その男が口を開いた。
ずいぶん若い男だ。細身だが引き締まった肉体、まっすぐな背筋、オールバックのくすんだ金髪に、相変わらず色のない黒瞳。見た目だけで計るなら三十代には至っていないだろう。
だが、なぜか酷く枯れたような――老いたような印象があった。
それは間違っていないだろうとリズノは直感する。堕魔は生物的な寿命の軛からは外れた存在だ。不完全だが、不老にして不死を体現する。
ゆえに外見から年齢は計れない。
堕魔の死因は、単純に殺されることを除けば――餌となる
「――――」
やがて体に空いた穴は、まるで時間が巻き戻るかのように――渦を巻くかのように全て埋められた。何ごともなかったかのように、そこにそのまま立っている。
一瞬の逡巡。だがそれらを、リズノは結局
魔法の解析は他人よりも得意だが、それを戦闘中に行うとなるとリズノは一転して得意ではなくなる。リズノはあくまで魔法を使って魔法を読み取るだけであり、その根本的な知識量や経験値は、本職であるリヒトやクーに到底及ばない。
戦闘中に時間を喰う解析の魔法など使っている暇は基本的にない。それくらいなら真正面から物量で叩き落とすほうがよほど性に合う――というのがリズノの考えだ。
それは今回も変わらない。
どうあれ回復するならそれ以上の攻撃を与えればいいだけ。空間に飽和するほどの魔弾の乱打は、魔王でさえ無傷では助からない――!
ゆえに。
「ああ、――ここか」
その瞬間、トリガーを引く指が止まったことを、少女は
四名の英雄たちの《経験》に伍する、それは《感覚》による危機察知。
――何かマズい。
その直感に従ってリズノは咄嗟に背後へ跳んだ。
魔法、魔力というモノが個人の戦闘能力を極限まで引き上げるこの世界で、ヒトはあまりに簡単に死ぬ。だからこそ、致命的な攻撃を受けないための危機管理能力こそ戦闘に最も重要なものだ――戦いの師でもあるリヒトからの教えだった。
いや。だが、それでも、今回ばかりはきっと例外だった。
たとえリズノがどれほど鈍感でも、どんな素人だったとしても、どこまで間抜けに突っ立っていたところで――その
「ああ。なんだ。面倒な。いつも。いつも? 違う。だが今は? 今はそう。客だ。まったく。不快だ。それが間違いだった。やはり招くべきではなかった――」
零すように、誰にでもない言葉をブツブツと男は吐いている。
さきほどまでとは違う。今は明確に、その場に存在感を持って立っている――霧のような、幽鬼のような男が、零れる言葉をそのままに垂れ流している。
周りが見えているとはとても思えない。
現に今だって、すぐ傍の脅威であるはずのリズノに一瞥すら向けていない。
「――何、を……?」
思わず疑問するリズノ。
それを聞いていた風でもないのに、直後、男はギロリとリズノに目を向け。
「――不快だ」
「――――――――ッ!!」
目が合った。目が、眼が、合ってしまった――。
リズノが硬直したのはそのせいだ。
息を呑む。動けない。感じたことのない怖気が脊髄を貫き、体中を覆うかのような重苦しい圧力は熱気めいていた。少女の体は、その場に縫い止められてしまう。
「う……、あ……」
だって恐ろしかった。
何がって、読み取れてしまったその感情が恐ろしい。
なにせリズノの魔眼にはわかる。
その男が、リズノという人間に一切の関心を持っていないという事実がわかる。
それは感情を見抜くリズノだからこそわかってしまった――あまりにも信じがたい感覚の乖離だった。
理解できない、納得できない、わかるはずのない違いがわかる。
敵意なら。
憎悪なら嫌悪なら怨恨なら嫉妬なら害意なら殺意なら――リズノはとっくに耐性があった。
嫌われ恨まれ憎まれ疎まれる。そんなのは日常の中にすら転がっている。
悪意で体が竦むほどリズノは戦い慣れしていないわけじゃない。そういうものなら受け流せる。むしろ、そういう感覚の切り離しは得意なほうですらあっただろう。
だが
目の前の男はリズノになんの感情も抱いていない。
いや、リズノとほかの一切の区別が、まったくつけられていないのだ。
壁も床も天井も、纏う衣服も流れる風も。
自分ではない全てのモノに《自分ではない》という以外の認識を持っていない。
その男は本当に
差がわからないわけではない。
区別はできているのに区別をしていない――そういう精神構造が本気でできているという事実が、リズノには魔王よりも恐ろしかった。
不快だと口では言う。その感情を確かに持ってもいる。
だが、その矛先がリズノに向いていない。どこへ対しても向けられていない。
リズノへ向けられる感情は完全な無。
無関心ですらない完全なる無視。
見えていないのでも見ていないのでもなく、見えている上で認識しない。
「――っ、あ……」
精神構造が理解できない。だってそんなの破綻している。生き物の感情機能として成り立っていない。
そして、それでもその男は――そこにある《不快》の除去に動いた。
たとえるなら、それは部屋の蒸し暑さに窓を開けて、空気の入れ替えをするときと何ひとつ差のない認識で。
「ああ」
部屋を少しだけ模様替えするみたいに、振るう掌から霧を放った。
突如、渦を巻き烈風のように廊下を走り出す霧の風。
だがその真の脅威は、風圧ではなく、霧が纏っている底冷えするような冷気だ。
氷点下の狭霧。ひと撫ですれば生き物を命ごと凍らせる白い風が、通路の先に立つリズノを躱しようもなく襲った――。
「ぐ……、ぅ……!」
リズノがその霧から生還できたのは、咄嗟に魔力を防御に回したからだ。
だがそれは防御魔法、なんて気の利いたものではない。ただ魔力そのものを全身に纏って、とにかく外側の影響を弾こうとするだけの、力任せの抵抗だ。
ゆえに世界は、リズノとその真後ろを残して、真白の領域に様変わりする。
床も天井も通路中が凍りつき、白く淡い零下の霧に包まれる。あらゆる熱量を否定し、全てを停止させんとする絶対値マイナスの異世界と化す。
回避は二重の意味でできなかった。
避けようもなく動けないし、そも動いては背後に逃げたベルまで巻き込む。
元よりここで食い止める以外の選択肢をリズノは持たない。
だが――。
「……………………」
「ふ、くぅ……っ!」
吐く息も白くなる中、涙さえ滲む目で男を睨んでも――やはり彼は生還したリズノに、それでも一切の興味を向けない。そこにあるヒトガタを何とも思っていない。
リズノは、目の前の男がなんなのかについて把握していた。
もちろん会ったことはない。だが《凍る白い霧》を操る怪物については、リズノでなくとも知っている。
ただし、邪悪な伝説として――だ。
その二つ名は《霧界》。
その名はティズム=クロロック。
数百年を生きるとされる伝説上の堕魔の男。
かつて都市ひとつを霧の中に呑んで滅ぼしたという、元魔法使いだ。
もはやお伽噺の中の存在と言ってもいい遥か昔の伝説の堕魔。
現実的な脅威であった魔王よりも、ある意味では異質と言える空想めいた存在感。
この世界に――ましてこの人界にはほぼいるはずなどなかった、それは英雄であるリズノをして、格上とすら言えるかもしれない、ヒトから生まれ出た脅威。
だが強さなどこの際どうでもいい。相手が自分より強いかもしれないことで折れるほど、リズノだって楽な旅はしてこなかった。
――けれど。それでも。
それでも怖い。歯の根が合わない。奥歯が軋んで、指先はかじかみ、息が乱れて、心臓が跳ねる。体の節々に原因不明の鈍い痛みが感じられた。
そう。どんな悪辣な感情にも怯まないリズノにとって――だからこそ理解できないものが最も恐ろしいのだ。
今までどこに行こうと出遭うことのなかった、悪意すら向けてこない敵。
それがわからない。
わからないから恐ろしい。
――恐怖で