ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-26『英雄、切り札を切る』

「――嫌だね、英雄は。これだから」

「それはお前も大概だろう、がッ!」

 

 互いに展開した魔法陣――そこから射出される魔弾同士の相殺。

 それだけでも、互いに互いの力量はわかった。

 

「糸で陣を作るとか、アリか……!?」

 

 そう。驚いたのは灰髪の堕魔が描いた陣が、魔力ではなく物質で実際に編んだものだったからだ。いや、その物質自体は魔力で具現化しているのだろうが。

 糸の魔法。自由自在に、縦横無尽に、意思だけで操る糸が魔法陣を描いている。

 だがなるほど。自在に操れる糸があるなら、それは確かに合理的だ。魔力をじかに操るのは難易度が高い。――俺が力押しで為した発想が、さらに洗練されている。

 

「はッ。魔力単体で、ここまで自在に陣を描けるほうがバケモノだろう!?」

 

 対する堕魔も腹立たしそうな笑顔で叫ぶ。

 感情と表情が噛み合わねえとは、なんて根っからの皮肉屋だ。

 

 魔力単体と、魔法で作った糸。

 それらはほぼ同時に魔法陣を形成し、同時に魔弾を発射して――同時にその中間で相殺した。だが、そのあとまで同じとは限らないのが厄介だ。

 なぜなら、役目を果たした俺の魔力は霧散するが、奴が形成した糸による魔法陣はその場に残るからだ。そして――、

 

「おまけだ」

「――くっ……!」

 

 堕魔の言葉と同時、糸が固まり、重なり合って、渦を巻くように鋭くなった。

 たとえるなら穴を穿つ錐のようなものだろう。寄り集まった魔法陣の糸は、円錐の形で螺旋を描き、回転しながら撃ち出された。

 自由自在に扱える糸を、纏めて寄り集め硬度を増して武器とする――おそらくこの技は、最初に隠し工房で受けた奇襲と同じものなのだろう。

 奴は糸で魔法陣を描いたあと、残った糸を今度はそのまま武器として扱える――。

 

 チィ――と俺は歯噛みした。

 

 威力はあのときより遥かに高い。それは感じる魔力量からも明らかだ。この威力の魔法を防ぐ防御など、とてもではないが魔弾を撃った直後には間に合わせられない。

 この《二段構え》が、奴の糸の魔法のおそらく本領。

 ひとつの魔法が終わって必ず生まれる隙。それを陣を編み上げていた糸そのものでカバーするわけだ。それが同時に、相殺の直後に必中の追撃を生み出す――。

 

「――ッ!」

 

 防御を瞬間に諦め、咄嗟に踵を鳴らすように地面を蹴った。仕込んだ短距離転移(ショートジャンプ)が発動し、俺の身体を高く空中へと運び上げる。

 だが再出現と同時、堕魔の視線がしっかり俺を捉えているのが確認できた。

 さすが、転移には造詣があるのか、姿がなくても魔力だけでしっかり追ってくる。

 跳ぶ前に入れた視線のフェイクになどまったく釣られず、三次元的な跳躍にも対応してきた。――本当に、嫌になるほど優れた魔法使いと戦っている。

 

 短距離転移(ショートジャンプ)の弱点は、空間跳躍の間は俺自身が周囲を確認できなくなること。

 こんな、ただ跳ばされただけの強引な回避など、一流の魔法使いには通じない。

 

 ニィ――と堕魔が笑った。

 

 直後、空間に細かい光がいくつも見えた。

 ほとんど目には見えない。だがわずかに感じる魔力の気配から、そこに奴の十八番らしき糸の魔法が、おそらくは網目状に張り巡らされて俺の落下を待っている。

 転移先にしっかり罠を用意してきた。

 たとえるなら蜘蛛の巣。獲物がかかるのを待つだけの糸の罠。

 もしこのまま自由落下すれば、俺は幾本もの魔力の糸に切り刻まれる羽目になるのだろう。

 

 ――だが。

 

「まったく。――なんだそれ?」

 

 いつまで経っても落下してこない俺を見て、地から見上げる堕魔が零す。

 それを受け、空中に浮き続ける俺は、ただ敵を見下ろしながら小さく答えた。

 

「こっちの台詞だ。正直、その糸の魔法には感服したよ」

「そうか。たとえ相手が君であれ、――研鑽を褒められるのは素直に嬉しいね」

「ああ、実際なかなか優れた発想だ。魔力の物質化は難易度が高いからな。糸くらい細いものなら、それも不可能じゃないってワケか。しかも作り出した糸に魔力を通すことで魔法陣に流用している。なるほどその発想はなかった。魔力自体を操るより、魔力を通した物質を操るほうが確かに数千倍楽だもんな。今度パクっていいか?」

「……前言撤回だ。君のそれは不快すぎる」

 

 睨むように灰髪の堕魔は見上げてくる。

 だが、そんなのはこちらの台詞だ。

 

「不快なのはこっちだ。それだけの魔法が使える……それだけの研鑽をしてきた魔法使いが、魔に堕ちた姿は見るに堪えねえよ。お前を見てるだけで腹が立つ」

「人間はいつも同じことを言うね。だからいつまでも進歩しない」

「それを進歩と解釈してることが理解できねえ。――だから嫌いなんだ、お前らは」

「……、()()()()()

 

 どうせ噛み合うことのない会話を、断ち切るように堕魔は言った。

 ……今さらになって、俺が会話に応じた理由が不可解になってきたらしい。

 

「ついでに言うと()()()()()。いつの間にか両手とも落としたのかい?」

 

 今、俺は右手を上に挙げた体勢で空中にいる。

 そして挙げている右手には、肘から先が存在していなかった。

 しばらく目を細めていた堕魔の男は、やがてはっと気づいたかのように。

 

「……そうか。神器の持つ()()()()か」

「おめでとう正解だ。こいつのいいとこは()()()()()()()()()()だよな」

 

 神器には、自在に出し入れできる収納機能がある。

 これは正確に言えば、神器自体に異空間に繋がる機能があり、そこに物を仕舞っておけるという話だ。たとえば《防御殻》の護石なんかもここに仕舞っていた。

 そして今――俺はその空間に()()()()()()()()()()()()

 拡張空間の出入口は動かないため、それにぶら下がる形で空中に留まっていた、というわけだ。そうでもなきゃ空中で静止してられないからね。

 

「……高度な空間魔法を、そんな使い方する奴は君くらいだろうな」

「おお、よく知ってるじゃねえか。ほかのみんなはできねえんだよな、これ。空間に出入口を作ること自体がそもそもできない。出すか仕舞うか、二択なんだよな」

 

 ついでに言えば容量も小さいため、拡張空間が広く扉を作れる――という機能は、もしかすると俺の《杖の神器》だけの機能なのかもしれない。

 だとしたらショボすぎて泣けてくるところだが。

 

「それで? 結局、君はそこから降りなければいけないわけだけど」

 

 堕魔は小さく語ったが、その表情にはわずかに警戒が見える。

 

「いや、別に俺だって転移くらいできるし。見てなかったのか?」

「その術式は脚だろ、君の場合。蹴るものがない空中じゃ発動できない」

「…………」

「そして君は、魔法の短縮発動が極端に苦手だ。服の中や、収納空間に隠した道具で誤魔化してはいるけれど、――おそらくは《詠唱》か《陣》のいずれかがなければ、そもそも魔法を発動できないという致命的な弱点を抱えている」

「……知ってたのかよ」

「見てればわかる。君はただの一度も、前兆のない魔法を使ったことがない」

 

 どうやら奴は、俺の――魔法使いとしては割と致命的な弱点を、すでに知っていたらしい。本当に見ていただけで気づいたのかは怪しいが、間違いなく確信している。

 なにせ《詠唱》か《魔法陣》かの二択が必須という点までバレていた。

 たとえば短距離転移(ショートジャンプ)にしたって、俺は靴の中に仕込んだ魔法陣を、決まった形式で踏むという動作で発動している。奴の言う通り、空中で使うことはできない。

 

「ちなみに逆を言っておくと、ぼくの糸はもちろんここからでも君まで届く」

「……その割には、いつまでも攻撃してこないな?」

「ああ。だって君は自分から空中に逃げ込んだからね。その一手を失着に、こうして追い詰められている。……さて、君には本当になんの策もないのだろうか?」

「あるに決まってんだろ」

「そうだね、ぼくもそう疑っていた。だがどうする、ここから?」

「…………」

「このまま君を切り刻むのは容易く思える。だが本当にその程度か、英雄? 魔王を倒した英雄の実力は、本当にこの程度だっていうのかな?」

「……ああ」

 

 頷き、俺は奴が言っていることを認めた。

 まったくもって本当に、こんな結末は癪でしかないけれど。

 

「そうだよ。お前を倒すのに、こんなところで()()()()()()()()()。その程度の実力だったことが自分でもまったく悲しいってもんだ」

「……何……?」

「だってそうだろ。――お前、どうせ()()()()()()もんな。どういう理屈かは未だにわからねえが、あの隠し工房に来たのと同じ、ただの分身なんだろ?」

 

 俺はそれを確信していた。

 ここまで、しっかり魔力を追ってきたというのに、だ。

 こいつが一対一の戦いになど乗った時点で、保険があったと確信している。

 

「……いつ気づいた?」

 

 目を見開いて問うた堕魔に、吐き捨てるように俺は答えた。

 

「根拠はねえよ。ただの勘だ」

「……勘」

「でもお前は()()()()()だ。こんなところで俺と本気で戦わない。違うか?」

「……そうだね、違わない。ああ、いいね――ますます君を嫌いになれる、いい解答(こたえ)だった」

「そうかよ。……そんな分身に切り札を切る自分が、俺は情けないけどな」

「……どうする気だ?」

「別に。――お前はとっくに、負けてるって話だ」

 

 ――瞬間。

 存在しない左の先から、稲妻のような光が地に落ちた。

 

「――なっ……!?」

 

 堕魔はそれでも、ほんの一瞬に感じただろう、莫大な魔力に反応した。

 俺にはできない無詠唱の防御魔法。何重にも重なった円形の陣が、攻撃を防ごうと堕魔の正面に展開され――俺が放った一撃は、その全てを例外なく貫通して、堕魔の心臓を貫いた。

 堕魔は目を見開き、胸に空いた穴を思わず手で押さえる。

 

「再生能力は無駄だぜ。対象ひとりを必ず殺すことだけに特化した貫通魔弾だ」

「そんな魔法を……詠唱もなく? いや……」

「決まってんだろ。――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうせ見抜かれるだろうから、理屈は特に隠さなかった。

 わかったところで真似はできないし、わかったところで対処もできない。だって、対処も何もなく――そもそも二発目はないのだから。

 

 魔法は、範囲的な大火力を出すことには非常に長けた技術だ。

 だから軍事的には重宝される一方、一対一の戦いではやはり武器に劣る。

 一軍を焼き払うほどの大魔法であっても、そこに立つひとりに対する攻撃力は案外高くもないものだ。防御魔法が使えれば意外と簡単に防ぎきれる。

 魔法は、攻撃より防御のほうが、同じレベルなら圧倒的に強いのだ。

 魔弾は同じ魔力量の障壁に必ず防ぎきられる。防御魔法を叩き割りたければ、軽く数倍する魔力量が必要なのだ。

 

 つまり魔法は、対象ひとりを防御を貫いて殺す――ということを苦手としている。

 

 まあ、もちろん《時間がなければ》という話ではある。

 時間をかけて魔法を練っていいのなら、威力の底上げはいくらでもできる。単純に近い距離での戦闘に限定した上での前提だ。

 ――ゆえに。

 

 時間をかけて準備した魔法を保存できるのなら話は別だ。

 

 俺は、神器の収納空間の中に、魔法をひとつ育てて仕舞っている。

 火力ではなく貫通力に特化した魔弾。防御も回避も回復も、あらゆる抵抗を許さず敵を仕留めるための攻撃。

 

 神器の活用法を考え抜いた末に生み出した固有魔法(オリジナル)――《乱星の魔弾(メテオカクテル)》。

 

 切り取った結界空間の一部に魔弾を乱反射させ続け、長く仕舞っていればいるほど威力と貫通力の増す――狙ったただひとりを、確実に殺すためだけの魔法だ。

 魔王戦で一度切っているため、今回の加速期間はそこまで長くなかったが、不意を打てばどんな魔法使いでも防ぎきれるような威力じゃない。

 俺が思考していたのは、ただこの一撃を防ぐ手段が相手にないかの一点だけだ。

 基本的にはそんなものはないが、例外はある。――逃げられることだ。

 何か切り札があると匂わせ、その警戒に奴が逃走ではなく防御を選んだ時点で俺の勝ちは決まっていた。

 

 ――とはいえ。

 奴は単なる分身に過ぎないのだから、切り札を切らされた時点で損失だが。

 

 取り出すだけで撃てるため、詠唱も陣も必要ない――神器の拡張空間へのアクセスだけは、神器の機能であって俺の魔法じゃないから念じるだけでできる。

 だが俺でも一発分しか保存しておけないし、一度撃ってしまえば再び魔弾を育てる時間が必要になるため、しばらくの間は使えなくなる。

 だからこその切り札なのだが――それを温存できるような相手じゃなかった。

 

「――まったく。その気になれば、君は一瞬でぼくを殺せたわけか」

 

 堕魔は敗北を認めるような言葉を吐いた。白々しい響きだ。

 負けたとは別に思ってないだろう。どうあれ分身は本体ではないのだから。

 奴は死んだわけではない。本体がどこにいるのかも俺にはわからない。

 

 ただひとつ、その分身が――穴の開いた心臓部からほつれるようにバラけたことは発見だった。

 

「……そうかよ。その分身も糸か」

 

 マリオネットならぬ――本体自体が糸で編まれた人形。

 それがコイツの分身のトリックというわけだ。それがわかっただけでも大きい。

 

「ああ。ぼくの糸は編み込めばこういうこともできる。人形作りくらいワケないさ」

「見た目がリアルなことの説明になってねえよ。あと魔法が使える説明もない」

「するわけないだろ説明を」

 

 俺の魔弾はあらゆる魔法を貫通し、その構造を粉々に破壊する。

 それは糸でできた操り人形であっても同じ。魔法を魔力ごとズタズタに引き裂き、カタチを保てなくする。そうでなければ一撃では壊せなかっただろう。

 とはいえ、心臓部を破壊されても喋れるのは――さすがに魔法の人形らしい。

 

 だから奴にはまだ喋る隙があり。

 

「――リストだ」

「あ?」

「名前だよ、ぼくの。――リスト=ヴォルラーフェン。覚えておくといい」

「……なんだよ。俺には名乗りたくなかったんじゃねえのか」

「負けたからね」

 

 言って、わずかに堕魔――リストは薄く笑った。そして、

 

「君のことだ。次に会ったとき、覚えてないとか言い出す気だろう?」

「……言わねえよ、うるせえな」

「図星のようで何より。ただそれも悔しいからね。ここでそれを封じて――もし次に会うときがあれば、しっかり思い出してもらおうと思ったんだ」

「…………」

「ぼくも忘れない。――今日、ここで君に無様に負けたことと、そして」

 

 その瞬間。

 世界に大きく――震えが走った。

 

 

「――それでもぼくが、ぼくの目的は達成したことを」

 

 

 気づけばリストの足下には、大きな黒い結晶の嵌まった箱のような機械がある。

 それが完成した《結界中和機》であると気づき、俺は咄嗟にリストを睨む。

 

 ――ああクソ、糸だ。

 

 奴は《結界中和機》に糸を巻きつけて偽装していたのだ。

 糸を人間に見せられる以上、辺りの風景と同化させるような偽装もできるはず。

 ずっと足下に置かれていたのだと気づけなかった。

 だが遅い。気づいても今さら何もできない。そもそも俺は、すでにリストに勝っている。もはや消えていくだけの奴に対して、できることなどとっくにない――。

 

「何をしやがった、テメェ……!」

「別に。こんなものは結局ただの時間稼ぎさ。君がどう思ってたのかは知らないが、こいつは起動しても効果を発揮するまでに時間がかかるんでね。だがもう済んだ」

「だから――何を」

「伝説を解き放つだけさ」

「伝説……だと?」

「そら、いいのか英雄? ――ぼくなんかより遥かに悠久を生きた魔人が、このままだと世界に解き放たれるぞ」

 

 瞬間、俺は感じた怖気のままに――遥か背後を振り返った。

 さきほど来た城塞の方角。そこから、なぜ気づかなかったのかわからないほどの、悍ましいまでに膨大で、古く力強い魔力を感じる。

 

「なっ……!?」

「あとは《霧界》に任せよう。とうに正気は失っているが……それでも彼がここから抜け出るなら、まあ、――都市のいくつかは落とすだろうさ」

「お、前……ッ!」

 

 俺は強くリストを睨むが、もう頭から上以外は、ほとんど糸にバラけている。

 勝ったのは俺だ。それも圧倒的なまでに有無を言わさず。

 にもかかわらず逃げられるような気持ちで、歯噛みする俺に――リストは告げた。

 

「ぼくらは動くよ。これから、世界で」

「…………」

「いつか本当に出会うときが――できれば来ないことを願うよ、英雄」

 

 そうして糸は全てほつれ、魔力となって霧散した。

 あとにはただ、役目を終えた中和機が残されるだけだ。

 

 もうこの場所に用はない。それより今は、残してきたリズノたちが心配だ。

 

「霧界って……《霧界》のクロロックか? お伽噺かよ、――くそっ!」

 

 叫び、そして俺は駆け出した。

 その先に待ち構える、――リストより遥かに強大な堕魔の気配を目指して。

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