ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-02『英雄、世界そのものに狙われる』

「まずいまずいまずい、腕やられた痛すぎ死ぬ死ぬ死ぬ早く治療――!」

 

 まさか誰もいないはずの瓦礫の下に魔族が潜んでいるとは思わなかった。

 気配に敏感なクーも含めて誰も気づかなかった辺り、おそらくさっきの魔族は魔王戦が終わるまで気でも失っていたのだろう。しかも魔力を使い果たした状態で。

 じゃなきゃ魔王が死ぬ前にこちらに攻撃してきているか、魔力の気配でこちらから気がつけた。

 

「……くそっ。()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってか……? 悪意のある偶然だな、ふざけやがって」

 

 魔王がいた砦を抜け出し、適当な岩場に背中を預けて腰を下ろす。

 失った左腕の痛みこそ魔力で麻酔できているが、俺の治療魔術じゃ欠損した腕まで生やすことはできない。治療魔法が得意なカティエでも……たぶん無理だろう。

 なにせ魔法で斬られたのだ。

 腕を持ってった魔族はリズノが撃ち抜いてしまったが、こんな場所にいる辺り、割と高位の魔族だったに違いない。お陰で傷の治りは最悪だった。

 

「はぁ、くそっ……これが呪い、」

 

 その瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………、っぶね……」

 

 念のため準備しておいた魔力による自動防御でダメージは防いだ。

 ものの、普通に直撃コースだ。一歩間違えば、簡単に潰されて死んでいただろう。

 

「この建物の外壁か……俺が来た瞬間に()()()()()()()ってわけだ。はっ」

 

 まるで冗談みたいな命の危機に、思わず乾いた笑みが零れる。

 つまりこれが、――神器に込められていた呪いの正体ということだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが神器に仕掛けられていた、最悪の術式の正体である。

 それを知って俺は笑った。

 いや、そういう効果の術式であることは、きちんと最初から読み取っていたが。

 

「思ってたより規模が、でけえな……。結構なんでもアリか、これ」

 

 偶然を装って、世界が俺を殺しに来ている。今や俺は世界の敵に成り下がった。

 だが呪いを防ぐことができるのは、仲間の中では魔法使いである俺だけだ。

 

 まあ、最初の不意打ちは残念ながら貰ってしまったけれど。

 魔王との決戦に並行して、呪いへの対策を講じていたせいで余力がなかった。あのときは、呪いの影響が()()()()()()()()()()()()仲間を気にしていたため回避できなかった。

 

「だけど……成功だ。五つ分の呪い全部、きちんと俺に集まってる」

 

 そう。それこそが俺の行った呪いへの対策である。

 一年かけて読み解いた神器の術式そのもには手出しできない。発動は防げない。

 俺にできたのは、呪いの向かう先を全て俺に集約することだけだったのだ。

 

 となると仲間たちといっしょに行動するのは危ないため、ここからは別行動だ。

 腕を奪われてさえいなければ、もうちょっとくらい事情を説明する暇もあったのだが……早く治さないと俺が死んでしまうため、これはどうしようもなかった。

 治してもらうわけにはいかない状況だったからな……。

 

「しかし、これからどう、……っ!?」

 

 咄嗟に俺は地面から跳び上がった。

 すぐ近くに、微かな魔力を帯びたサソリが歩いていたからだ。

 しかも明らかに俺を狙っていた。

 

「ま、魔力毒のあるサソリ……」

 

 突然変異種か? どんな毒があるのか知らないが、わかるのは、たぶん刺されたら死ぬであろうということ。危なすぎだろ。

 ほんの少しでも油断すれば、即座に俺は死にかねない。

 俺は魔力弾を放ち、毒サソリを遥か彼方へと弾き飛ばして安全を確保した。

 

 ……まあいい。どうあれこれも、呪いが起こしている現象には違いない。

 使っているリソースが俺の運命力なら、今日から死ぬまで四六時中、命の危険ってことはないだろう。必ず落ち着く時期が――周期(なみ)強弱(ゆらぎ)がある。

 

「呪いが弱まる周期を見つけて、王都まで戻るか……殿下に報告は必要だしな」

 

 これが世界を救う代償であるというのなら、安い買い物かもしれない。

 少なくとも、仲間たちが同じ目に遭わずに済んだのだから。

 

 

     ※

 

 

「――いったい何をしてるんだろうな、お前は……いや、この場合は俺か?」

 

 目つきの悪い金髪の偉丈夫が、俺の目の前で複雑な表情をしている。

 もっとも、基本的には軽口だろうと、そんなことを言えない相手なのだが。

 

「あはははは。やっぱり持つべきものは権力者とのコネっすね、殿下」

 

 魔王の討伐からおよそひと月弱。英雄たちがその報を持ち帰ってから数日。

 俺は、祝いのムード一色となった王都の郊外で、こっそり我が王国の王子様と夜の密会を果たしていた。

 なにせ国宝級の秘宝である五大神器(エレメンツ)のひとつを持ち逃げした盗人だ。魔王を倒した英雄だろうと、勝手が許されるわけじゃない。

 

「宮廷魔導師時代から、変わらずふざけた男だ、お前は……」

 

 王子殿下の憎々しげな視線が突き刺さる。

 いやホント、ご迷惑おかけします。

 

「英雄たちが帰還したかと思えばお前が行方不明だと知らされ、さっそく捜索部隊を組織しようと思えば、お前のほうからコンタクトが来るとはな……それも秘密裏に」

「ははは……すんません」

 

 身分で言えば、言うまでもなく殿下のほうが圧倒的に上だ。

 なにせ俺は平民の出だし、かつて上り詰めた宮廷魔導師という肩書きも、神器保有者として旅立ったときに手続き上は退職扱い。

 結果的に英雄になったと言えば聞こえはいいかもしれないが、社会的には無職でしかないというわけである。

 

 そんな俺からの呼び出しに、一国の王子が応えていることのほうがイレギュラーだと言えよう。

 

「宮廷にいた頃の秘密の符丁を、殿下が覚えててくれて助かりました」

「ふん。お前には何度も悪い遊びを教わったからな。まあ、あの合図がなくても、城の中の俺の部屋まで使い魔を送ってくる時点で、犯人はお前に決まってるが」

 

 殿下は言って懐かしそうに笑った。

 宮廷にいた頃は、歳の近さもあって親しくさせてもらっていたのだ。

 

「悪い遊びに誘ってきたのは殿下のほうだと思うんですけど。俺と会う前から何度も抜け出して遊び回ってたでしょうが、殿下は」

「だが俺の部屋に魔法で抜け道を作ったのはお前だ。立派な共犯だろう。お陰でこの一年は一度もバレたことがない」

「つーか抜け道バレたら捕まるの俺なんだよなあ……」

 

 空間を歪めて、王城の壁や天井の内部に秘密の通路を作った、などバレたら余裕で極刑クラスの罪だろう。

 だいぶ高度だから、宮廷にも作れる魔法使いはそういないだろうし。露見した時点で犯人モロバレだろう、きっと。

 殿下にやれって脅されたんです。信じてください――とか言ったところでだ。

 

 ともあれ、その抜け道に使い魔を送って、かつての符丁を殿下に届けたのだ。

 基本的には殿下が城を抜け出したいときに俺を呼ぶ用の符丁だったが、今回は昔と逆に、俺から呼び出すために使わせてもらった。不敬な奴だよ。

 

「まあいい。こうして生きていてくれたとわかっただけでも、俺としては胸を撫で下ろすところだ。生きたまま別れたと、四人からは聞いていたが……」

 

 事実ほっとした様子で、殿下は軽く息をついた。ただ続けて、

 

「できれば、いきなり行方を晦ませるような真似はしてほしくなかったがな」

「それは言ったじゃないですか、仕方がないんですよ。今はかなり落ち着いてきましたけど、これでも俺、ゴリゴリ呪われてる状態なんですから。近くにいる人、普通に巻き込みかねないですからね。人の多い場所には近づけません」

「呪い、……か」

「ええ。そういう意味では殿下がここにいるのも割と問題なんですけど。誰が相手でも同じですけど、殿下が巻き込まれたら本気で洒落にならない。信頼できる遣いでも寄越してくれればよかったんですが」

「俺がいちばん信頼しているのは俺だ。それに、今は落ち着いているんだろう」

「一応、波は引いてるんで、そうそう滅多なことは起きませんが。でも波なんでまたぶり返しますよ。そのうちまた俺を殺しに来ます」

「……では、その左腕は」

「ええ。魔王との戦いでなくしたわけじゃない。魔王を倒したあとに、隠れていた配下の魔族にいきなりやられました。――あとちょっと反応遅れたら死んでましたね。躱しきれなかった」

「報告は……受けていたがな。そうか、そういう事情か」

 

 難しい顔をする王子殿下。

 そりゃあまあ、一年振りの再会でいきなり腕がなくなっていては無理もない。

 しかも魔王戦での名誉の負傷ならともかく、終わったあとの負傷ときた。

 

「配下の魔族に襲われた、と言ったが。本当に呪いの影響によるものなのか?」

「間違いないでしょうね。今の俺は少し気を抜けば()()()()で死にます」

「たまたま……」

「ええ。ないでしょ普通、そんなこと。この呪いは因果を歪めるものなんですよ。いわば、この世界そのものが俺を殺そうとしてるようなもんです」

「……お前がそう言うなら信じるほかないが」

「つーか、それ以外にもありましたし。王都に戻って来るのも大変でしたよ。やれ急に雷が降ってくるだの、突如として野党に襲われるだの、恋敵と勘違いされて知らん人に刺されかけるだの。ここひと月、危機一髪イベントは枚挙に暇がないですね」

「…………」

「歩いてるだけで上から何かが降ってきた回数は、もう数えるのやめました。植木鉢くらいでも当たりどころ悪かったら死にますもんねー、人間。あと食事。毒物は警戒してるんで今んとこセーフでしたが、一度酷い食あたりにあったのがもう最悪で」

「……こう言うのもなんだが、よく生きてるな、もはや」

「ま、今までさんざん殺意を持って襲ってくる魔族と命のやり取りしてましたから。今さら《偶然》の範疇で、俺を殺しきれるイベントはそうそうありませんよ」

 

 肩を竦めて俺は笑ってみせたが、王子殿下はむしろ引いていた。

 いや。俺だって、ちょっとくらい茶化して話さないと、心が疲れるんです。

 

「ともあれ。運命力を勝手に消費して、偶然死に見舞わせる。何かの偶然でたまたま死にそうになる――これが神器の呪いです。それを、五つ分纏めて俺がターゲットになるよう誤魔化したせいで今これ、ってワケですね」

「保有者五人分の神器の呪いを一手に引き受けた、というわけか」

「そうなりますね。俺があいつらといっしょに戻れなかった事情、わかってもらえましたか?」

 

 殿下は一瞬だけ押し黙ると、やがて静かに言った。

 

「ほかの方法は……無理だったのか? 誰か別人を犠牲にする方法もあっただろう。たとえば適当な魔族でも」

 

 当然と言えば当然だろう殿下の問いに、俺は首を横に振った。

 

「そりゃ呪いを受けるその瞬間に、そうそう都合よく近くに魔族とか……いやまあ、気づいてないだけでいたんですけども。そんな都合よくいきませんて」

「…………」

「そもそも気づいたのが決戦寸前でしたし、絶対的に時間が足りませんね。もっと長く研究できてたら何か手を打てたかもしれませんが、それができるなら呪い自体を回避したいところです。咄嗟の落としどころとしちゃあ、割と上等なほうでしょう」

「……そういうものか」

「あくまでも《誤魔化し》なんで落差(ちがい)は少ないほうがいい。幸い、俺自身はそもそも神器保有者……呪いの対象でしたから。呪いの対象は全て俺だ、という程度の嘘なら誤魔化せる程度の差――誤差ってもんです」

 

 それですら別に絶対ではなかった。自信はあったけれど。

 これが駄目なら()()()()()()()()()を試すしかなかったのだから、上手く俺だけが犠牲になれただけ万々歳と言っていい。

 

「何より俺なら生き残れる。魔法使いならある程度の自動防御ができますから、死ぬ前に解呪方法さえ見つけられればいいってワケです」

 

 ほかの連中にはそれができない。

 そういう意味でも、この役目は俺が適任だったわけだ。

 

「目途はあるのか」

「いやあ……現状さすがにちょっと。呪い、とは言ってますけど、これ神器の機能的には――魔法論的には、どっちかっていうと祝福なんですよ。弱体(デバフ)ではなく強化(バフ)に近い」

「祝福? こんなものがか?」

「ええ。さすが古代魔法、高度です。害あるものを弾く魔法はそれなりに数ありますけど、害のないものを防ぐ魔法はそうそうないですからね。いつ解けるやら」

「……すまないな」

 

 王子殿下は悔やむように目を伏せ、歯噛みするように零した。

 この国でも、トップクラスに偉い人間から謝罪を受けるのも居心地が悪い。

 

「お前も、紛れもなく英雄だ。その功績に報いることは俺の責任だったのだが」

「だからこうして、協力をお願いに来たんじゃないですか」

「ふ。その協力の中身が()()()()()()()()()()()では立つ瀬がないだろう。いくら人払いのためとはいえ」

「まあ《生け捕りのみ(オンリーアライヴ)》での手配なら大丈夫でしょう。どうせ世界中から――というかこの世界そのものから命を狙われてるようなもんですからね。それより遥かにマシですよ」

「それは、比べる対象がおかしいだけだと思うが」

「ま、自分で言うのもなんですけど、たぶん人類の魔法使いの中なら俺が世界最強だと思いますから。殺されるどころか見つけるのも難しいとは思いますけど。それこそ仲間たちくらいじゃないですか、俺を捕まえられるとしたら」

「……いいのか、仲間に何も言わずに去って」

 

 と。そこで殿下が顔を上げて言った。

 ……その言葉には、俺も少しばかり反応が出てしまう。

 

「まあ、その辺りは殿下から上手いこと言っといてくだされば」

「お前な……。それがいちばんの厄介ごとだってわからないのか?」

 

 まるで眩暈を堪えるように、殿下は眉間を指で押さえた。

 

「まあ、王国にとっちゃ――この世界にとっちゃ文字通りの救世主ですからね。そう邪険に扱えないのもわかりますが」

「そういう意味じゃないわ、たわけ。……ったく、今すぐ探しに行くと言って聞かないあの四人を押し留めるのが、どれほどの苦労かわかってから言え」

「あー……まあ、そうなりますよねー……でも探されるわけにはいかないからなあ」

「本当に何も言わずに行く気か」

 

 目を細める殿下に、俺は首を振って答える。

 

「説明できないんですよ、あの四人にだけは」

「どういうことだ?」

「言ったでしょう、こんなもの呪いの矛先を誤魔化しているだけに過ぎないんです。呪いに対して『対象は俺だよ~』って手を振って呼んだだけ、って感じですか」

「ふむ……」

「これでもしあの四人が《本当は呪いを受けるのは自分だった》と自覚してしまったら、呪いの矛先が元の向きに引っ張られる可能性がある」

「お前が受けている呪いが、彼女たちに戻ることがあり得るということか」

「ええ。現状、俺しか術式を知らないから『俺だよ~』が通じてるに過ぎないわけです。呪いなんてもんは大概が観念、イメージ――言葉遊びですから」

 

 魔法は大概そうだが、この手の《祝福(のろい)》は特にその傾向が強い。

 嘘が嘘だとバレないような立ち振る舞いは、今後必須になるだろう。

 

「この誤魔化しが永続する保証もないですしね。あいつらにはなるべく自覚させたくないし、可能なら近くで接触することすら避けたいレベルです。俺にかかってる呪いが『あ、本当はこっちじゃん』って気づく可能性を、極力下げるために」

「……難儀な話だな。やっと、お前たちだけの時間を作れるようになったのに」

 

 沈痛な面持ちで目を伏せる殿下に、俺は笑った

 

「殿下もわかってるでしょう? この程度の責任は、俺が負って然るべきですよ。なんなら嬉しいくらいだ」

「……お前……」

「まあ……それに、人の好いあいつらのことです。もし知ったら、俺の勝手に文句を言ってくる可能性が高いですからね。今のうちにさっさと逃げときますよ」

 

 別に、もう一生会えないと決まったわけでもない。

 魔王を倒したらいっしょにやろう、と交わしていた約束だっていくつもあった。

 それらを果たせないこと、平和な日常に戻った彼女たちを見届けられないことは、俺としても非常に残念なのだが――まあ、これは仕方がないだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんなわけで、俺はしばらく解呪法を探して旅をしてみます。手配のほうは、適当に時間経ったら解除しといてください。危険人物として周知されれば充分なんで。長引いて賞金稼ぎとか寄ってきちゃったら逆にダルいですし」

「それは当然だが……旅をするのか? 魔法の研究というのなら、イメージとしてはむしろ引き籠もるような感覚だが」

「ええ。理由は二点。ひとつは今の俺が一か所に留まり続けないほうがいいだろうということ。もうひとつは、単純に取っかかりがなさすぎます。何かヒントが欲しい」

「ヒントか……」

「しばらくは考古学者に転職ですね。各地の遺跡とか、古代魔法について調べられそうなところを当たってみます。ついでに魔族の残党とか狩っときますよ」

「こちらに手伝えることは?」

「あります。――ちょっと金貸してください。もうないんすわ」

「……一国の王子に金をたかるとはいい度胸だな……」

 

 殿下は呆れたように息をついたが、ポケットから皮財布を取り出してはくれた。

 俺は笑う。

 

「どうも、殿下」

「……あまり持ち合わせはないぞ。小銭だけだ」

「充分です。あとはなんとかします」

「まったく……先に言っておけ、そういうことは。纏まった金を用意できたものを」

「言っときますけど殿下が小銭持ってんのがおかしいんですからね。いつも城の中にいる人は財布なんか持ち歩かないんですよ、普通」

 

 俺がツッコミを入れると、財布を取り出した殿下は憎たらしげな顔をして。

 

「……狙ったな?」

「妙な金の動きは作らないほうがいいでしょ。会計係が泣きますよ」

「ふん。余計な気を回すくらいなら初めから金くらい引き出しておけ。宮廷魔導師の頃の貯えなら有り余っているだろう」

「生憎と旅の間は小遣い制でして。財布の紐はクーが握ってたんです」

「……お前はクーリティアの師匠ではなかったか?」

「そのはずなんですけどね。振り返ってみるとクーから師匠って呼ばれたことは一度もないんですよ意外と。呼んでくれるのはリズノだけです。弟子じゃねえのに」

「……、はあ」

 

 なんだか呆れたように溜息をつく殿下から、俺は数枚の銀貨を借りた。

 これで当座はなんとかなるだろう。結構しばらくなる。さすが殿下レベルの小銭である。

 当座さえ凌げれば、俺は魔法使いなのだ。金稼ぎの方法などいくらでもあった。

 

「んじゃ殿下、俺はこれで。手配だけよろしくお願いします」

 

 一国の王子を振り回すだけ振り回して、俺は言った。

 目つきは悪いし態度も悪いし口も悪ければ素行まで悪いのが我が王国の殿下なのだが――それでもこの人は、人だけは好いから愛されている。

 

「ああ。何かあれば使い魔を寄越せ。お前ならいくらでも直接届けられるだろう」

 

 今夜もまた、昔と変わらない人の好さを見せた殿下に、ふと俺は呟く。

 

「……だからですかね」

「? なんだ?」

「この呪い。――魔王を倒して用済みになった英雄を、排除するシステムとしちゃあ実に上手くできてる。そう思いませんか?」

「……そういう話は好かない。俺のほうでも呪いの対処法は調べよう」

「頼みます。――このご恩はいずれ必ず、殿下」

「言うな。――お前たち英雄に、大恩があるのはこちらのほうだ」

「……では」

「ああ。……死ぬなよ、リヒト」

 

 最後に友人として見送ってくれた殿下に別れを告げ、俺はひっそり王都を発った。

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