ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-29『英雄、戦う』

 一面の雪原。完全に景色の移り変わった、それは魔法の中でも特に幻想的な光景のひとつ。霧が薄く漂い、空から差し込む太陽の光を少しだけ遮る光の銀風景。

 

「転移……じゃ、ないな。結界か」

「左様。これぞ我が神秘の具現。隔絶異空《霧雪の原(ヴァイスハーツ)》である」

「なんじゃそりゃ……」

「何、単なる結界だ。貴様が口にした通りだろう」

 

 要するに、この結界全てがクロロックの創り出した世界らしい。

 ただ空間を区切るだけの結界ではなく、中の時空そのものを歪めて、別の異世界を創造しているに等しい――おそらくは最高位の結界魔法。

 

 本気を出して結界を解放した……いや、逆か。

 この結界遺跡によって閉じられていたクロロックの能力が、ここに来て解放されたと見るべきだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 おそらくは、それがあの堕魔――リストの目的だった。

 

「……お前はあの結界遺跡に封印されてたのか。この異界ごと」

「然りだ、若き英雄。結果的には、だがな」

「結果的に?」

「問答は無用だ。だがお前の見立て通り、私を封じていた結界遺跡は今はない。少し前からあの遺跡を出入りしていた者が壊したようだな。私を解放したかったらしい」

「ゆえにこれが我の全力。我が研鑽の粋である。旧い時代の遺物ではあるが、さて。今の時代の最先端に、どれほど通用するか見せてもらおう」

「何が遺物だ、……この野郎!」

 

 ――これほどの実力を持っていてよく言う。

 魔法使いとしての技量で、上かもしれない奴と会うのは本気で久々だった。

 

「……まあいい。こっちはいつも通りにやるだけだ」

「いいだろう。見せてみろ、当世の英雄。その研鑽がどれほどのものかを!」

 

 直後。こちらの魔弾が、向こうの氷槍とぶつかり合う。

 中空で直撃し合い、いくつも相殺していく魔力の球と氷の棘。

 連射の速度はまさしく互角。

 互角であることそれ自体が――クロロックの隔絶した技量の証明だった。

 

 魔弾は、最も効率的な攻撃魔法である。

 最もシンプルな魔法だからだ。

 魔力を固め、高速で撃ち出し破壊力に変換する。ただ魔力を体から出して操るのは恐ろしく難しいが、それを魔法として行うことで難易度は遥かに減少する。

 一方、奴の氷は違う。

 魔力を一度、氷に変換して、その上で撃ち出している。つまり魔弾と比べ、余計な手順プロセスがひとつ加わっていることになる。

 

 魔弾を撃ちながら俺は駆け出し、少しでも狙いをつけづらくする。

 その上で、俺とクロロックの連射戦は互角――否。

 

「ち……!」

「どうした、もう息切れか!?」

 

 わずかだが、クロロックのほうが上回った。

 それは俺の側が、魔法陣を描くという手順(プロセス)を絶対に必要とするせいだった。

 だから《氷を作る》という余計な工程を挟んでなお、純粋な速度で敗北している。念じるだけで魔法を撃てる普通の魔法使いと、詠唱か陣を必ず必要とする俺との――それが決定的な違いだからだ。

 

 おそらくこの結界が、魔法の発動を助けている。

 正確にはこの結界の中にいる限り、奴は()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 でなければこの速度に説明がつかない。奴は氷の槍を撃ち出しながら、体の周囲を白い霧で守っている。あの霧を浴びると魔弾の中の速度が急激に落ち、停止する。

 

「…………、」

 

 魔弾を連射し、攻撃を躱しながら俺は思考する。

 ――まだ互いに様子見の範疇だ。普通の魔法使いならとうに死んでいる撃ち合いのレベルだが、俺とクロロックにとっては、まだまだ名刺交換といった程度だろう。

 

 この結界の肝は、霧だ。

 霧はクロロックを中心に広がっており、十歩分も離れれば急速に薄くなっていく。

 そのせいか、さきほどの城塞に広がっていた冷気は、ここにはほとんどない。雪が足を取ってくるのが少し面倒だが、それを加味しても寒さがないだけ動きやすい。

 なんなら気温としては、むしろ温かいくらいだ。

 

 だから。コイツの魔法の肝は、きっと冷気のほうじゃない。

 

 冷気は()()()だ。この結界の真の効果は、撃ち出した魔弾すら止める効果のほう。

 熱量を奪い、ゼロに近づけ、物理的な運動を無に帰す強制停止の概念――。

 それを内包した霧雪が、この結界の本質と見ていいだろう。

 現に俺の魔力が、徐々にだが奪われ続けていた。

 霧雪は、薄いとはいえ結界中全てを覆い尽くしているからだ。霧に触れている体は少しずつだが、大気中に魔力を吐き出してしまっている。

 幸いなのは、それがクロロックに還元されている様子がないことくらいか。

 

「――強すぎだろ、お前」

 

 幾度目かの撃ち合いを終えて、俺は素直にそう零した。

 クロロックは笑う。まるでこの戦いを、魔法の競い合いを楽しむかのように。

 

「謙遜するな。全ての魔法を、即興の陣で発動する貴様のほうが驚きだ」

「驚いた顔をして言えよ、そういうことは」

「別段、空世辞のつもりはない。ぜひ習得してみたい技術だが……その域へ至るには五年は必要か。さすがに割に合いそうもない」

「だろうな。普通ならいらない技術だ。その時間でほかのことしたほうがいい」

 

 魔力によるフリーハンドの魔法陣高速描画技術。

 見た者はすごいと褒めてくれたり、敵なら逆に引いてくれたりするが――そもそも普通は覚える必要自体がない。念じれば出るからだ。まったく馬鹿げている。

 

「ふ。……しかし最近の魔法使いは、戦いの最中で敵に声をかけるか。それも時代の変化か? それとも、お前が特殊なだけか?」

「俺はお喋りが好きなんだよ」

「そうか。……最近ここへ来た堕魔も、似たようなことを言っていたな」

「――――」

 

 思わず俺は死ぬほど嫌な顔をした。

 アレとだけはいっしょにされたくない。

 

 ただそれはそれとして、――今の発言は少し引っかかる。

 

「雑談ついでにひとつ教えてくれ、クロロック」

「構わんが、話している間に魔力を失ったりはしてくれるなよ。興醒めが過ぎる」

「……それは普通、余裕振りすぎて足元を掬われる奴の台詞なんだがな」

 

 クロロックにそんな穴はないだろう。彼は嫌というほど合理的だ。

 奴が会話に乗ってくるのは、時間をかければかけるだけ霧雪が魔力を奪うからだ。

 と思っていたのだが、それだけで終わるなよ、とすら言ってきやがる。

 

「――お前、あのリストとかいう堕魔の仲間じゃねえのか?」

「なんだ、その問いは? 堕魔同士が手を組むなど、普通あるまいよ」

「……驚いたことに嘘じゃなさそうだな……」

 

 ならいったいリストは何を、と思う俺だが、クロロックは真顔で。

 

「同じ堕魔がここに来ていたことは、正気を失っていた間も気づいていた。何かしら取引をしたらしいが、その記憶は今の私にはない。奴は私を解放することを目論んでいたようだが、その先にどうこうとは縛られていないようだ」

「……じゃあ、なんだ? あいつは、ただの親切でお前の封印を解いたってのか?」

「まさか。奴は奴で何かしら目的はあっただろう。ただそれを私に訊かれたところで何も知らんし答えられん。そも私が正気を取り戻すこと自体、予想外だろう」

「何……?」

「なんだ、気づいていなかったのか。私を戻したのはお前だろう、英雄」

「…………」

「目の冴える術の美しさだった。こうして私が、数百年振りに起きる程度にはな」

 

 つまり……なんだ?

 リストは、長い年月を堕魔として生き精神が汚染されきったクロロックを解放しただけで、その後にコイツが正気になったのは、俺の魔法を見たからだって……?

 

「……最悪だ。戻るな勝手に」

「貴様が言うな、というだけの話だ」

「でもそういう話なら、お前が大人しく封印されててくれるだけで、もう戦う理由もなくなるんだがな。その気はないのか、《霧界》のクロロック」

「――言ったろう、あまり興醒めさせることを言うなと」

「…………」

「その気がないなら後ろの女を先に殺すが? あの女はもう魔力があるまい。精神を崩したせいで無駄に消費している。戦力にはならないだろう」

 

 クロロックの眼が、同じく結界に巻き込まれていたリズノに向く。

 彼女は棒立ちのまま、向けられた視線に驚くように肩をビクリと震わせた。

 

「――やめろ。お前の相手は俺だろ、違うか?」

「相手をしてくれるなら構うまい。だが重ねて言うぞ――失望させてくれるなよ!」

「うぉあぁあぁぁっ!?」

 

 足元に魔力の気配を感じ、俺は咄嗟にその場を転がって逃げた。

 直後、地面の雪から逆向くように氷柱が生える。幾本もの棘を躱し、再び俺は雪の野原を走り出す――。

 

「くそっ! 雪原だってのに熱くなりすぎだろ、お前!!」

「でなければ寒い。熱がなければ溶けるものも溶けまいよ」

「こんな魔法使うくせに寒がりか!?」

 

 言いながら手の中に《杖の神器》を取り出す。

 

「む――」

 

 クロロックはそれを警戒したが、未だ奴は一歩も動いていない。

 それが奴が霧を使う条件の可能性もあるが、さて。

 

 クロロックは強い。

 だがそれ以上に上手い。

 もちろん、俺はコイツより強い奴と戦ったことがある。――魔王だ。

 強さだけなら魔王が上だが、魔法の技量なら、おそらくクロロックが上回る。

 そして当時は五対一だが、今は仲間が欠けている。

 俺の腕まで欠けている。

 総合してどちらが楽な戦いかは、もはやわからないレベルだろう。

 

 手を抜いてはいられない。

 ここはもう、神器を切る以外にないだろう。

 

「――《曲折魔弾(セルペンス)》」

「ぬ!」

 

 杖を使えば、魔力の制御力が上がる。つまり陣を描く速度が上がる。

 ただそれ自体にあまり意味はない。元より切り詰めて最速で撃ち出しているのだ。これ以上に速く、という行為にはほとんど意味がなかった。

 だから魔弾に動きを加える。

 

 撃ち出した十発以上の魔弾は、直線ではなく曲線を描いて理不尽に飛ぶ。

 魔弾は直進するもの――と思い込んでいる敵には効く、操作・追尾型の魔弾だ。

 

「器用なものだ」

 

 だが通じない。いつの間にかクロロックの周囲の霧が固まり、氷の鏡となって俺の魔弾を防いだ。

 しかし防ぐということは、言い換えれば防がなければいけなかったということ。

 

「霧だけで一度に捌ける魔力量には限度があるみたいだな」

「当然だろう。どんな不可思議も魔力で起こす以上は元手がいる。一発二発では私に届かないが、十発もあればいくつかは届く。我の霧雪は無限では――」

「――《流落魔弾(メテオリーテ)》」

「――!」

 

 術名の呼称と同時、クロロックの頭上に巨大な光球が出現した。

 杖による魔法陣の描画速度補助に加えて、術名の詠唱を行うことで魔弾のレベルを引き上げている。曲射の次は、デカいのを一発、頭上から落としてみよう――。

 

「いいだろう。ならばこちらも」

「――はあ!?」

 

 直後、俺の頭上に巨大な氷の塊が発生した。

 防御や回避どころか反撃かよ、――しかもわざわざ似通った方法で。

 

「《雪原宝玉(ヴァイスベルグ)》」

「――っ、仕方ねえ……!」

 

 杖を持ち、それを手持ちの大砲のように肩と両手で支え。

 その場にしゃがんで頭上を狙い、俺は言った。

 

「《竜咆魔弾《ドラコニス》》!」

 

 瞬間、杖の下側の細いほうを天に向けた俺の目の前に、魔法陣が現れる。

 シンプルな一枚目。その先に画数を増やした二枚目。さらに複雑な紋様となる三枚目――それを七枚まで重ねて、ひとつの魔法のための陣となす。

 

 そして、――束ねた魔法を空に撃ち出す。

 

 七層の魔法陣に彩られ、そして、極大の熱線が杖の先から放たれた。

 頭上の氷塊を砕き、貫いて空で霧を払う――。

 そんな俺に、あっさりと魔弾を防いで対処したクロロックが称賛するように語る。

 

「――今のは面白い。魔法陣で魔法陣を描いたか」

「一個一個フリーハンドで描くだけが能じゃないわ、そりゃ」

 

 ()()()()()()()()の魔法陣。

 シンプルに素早く描いた簡易的な陣で初動の魔法を発動し、その陣自体が別の魔法陣を描く魔法として成立する。魔法で描いた魔法陣がさらにそれを連鎖させ、さらに上位の魔法陣を描き出し――フリーハンドよりも早い時間で複雑な魔法を構築する。

 だが今回はそれだけじゃない。

 そのことも、クロロックはひと目で見抜いていた。

 

「しかも最終的には七枚で別の魔法の陣となっている。呼び水として使った陣を別の陣の一部と見做して合成するわけか。……ああ、本当に進歩したな、今の時代は」

「なんだよ、心に火がついたか?」

「かもしれんな。――だからこうして正気でいる」

 

 戦闘の合間に余裕で会話に応じてくる。意外だが、同時に厄介だ。

 リストは、喋ること自体を戦術に取り入れているタイプだ。だから俺と似ている。

 だがクロロックは違う。こいつが話に応じているのは単なる余裕と性格だ。けれど決して油断ではなく、こちらの魔法の技量に興味を持っているだけ。

 

「魔弾の技術も進歩している……。曲がる魔弾に、射出点が上空にある魔弾、そして私の氷塊を砕くほどの魔弾。どれも私の時代にはあまり見なかった技術(もの)だ」

「まあ、魔弾が評価されるようになったのは近代だからな」

「だが魔弾だけでは芸があるまい。魔法使いなら《魔法》を披露してほしいが」

「魔弾も魔法だろ。一応」

「そうか。――ならば強引にでも引き出すとしよう」

 

 言葉と同時、再び氷の槍が空中にいくつも浮かび上がる。

 その数は優に三十以上。数えるのも億劫になるほどの量が空中に装填された。

 

「《雪花の槍(ヴァイスドーン)》」

「……マジかよ」

 

 氷の槍を生み出す魔法。攻撃魔法としては、別に芸のあるものではない。

 だが生成の速度と数が異常だ。完全省略の魔法は、速度こそ出るがどう足掻いても精度が落ちる。それがまったくないのがクロロックの恐ろしいところだ。

 やはりこの結界自体にそういう効果があると見ていい。

 この結界の中でなら、奴は一定の魔法を即座に発動することができるわけだ。

 

 だが逆を言えば――おそらく氷と霧を操る以上の魔法は来ない。

 これは、そのくらいのリスクを背負って初めて成立する魔法のはずだ。

 

「熱くなってるなあ。意外と熱血タイプか、お前?」

「かもしれんな。魔法による凌ぎ合いは、いつの時代も心が躍る。お前は違うか」

「そうだな。俺は割と熱には強いタイプなんだ。割といつも冷えてるよ」

「気が合わんな」

「――だと嬉しいね!」

 

 叫びながら、俺は前に向かって走り出す。

 無論、それと同時に何本もの氷の槍が俺に向かって飛んだが――。

 

「――何」

 

 突如として俺の身体が燃え上がったことで、初めてクロロックに驚きが歪む。

 射出された氷は、俺ごと雪原を燃やす炎によって防がれた。

 そして炎は瞬く間に勢いを増し、――クロロックに向かって迸る。

 

「……!」

 

 白い霧の防御を抉るように、火炎が走って敵に向かう。

 曲がりながら十本。さきほどの曲がる魔弾の軌跡をなぞるように。

 だがその氷も霧によって凍りつく。

 赤い炎が凍りつき、熱量を失い砕けて溶ける。

 

 だが攻撃はそこで止まらない。

 続けて炎はクロロックの頭上に生じ、天から雪を解かすように墜落していく。

 

「これは、さきほどの……!?」

 

 霧はすでに量を減らしている。クロロックは自身が纏う霧を一か所に集めて、墜落する火球を受け止めた。

 だがそれと同時、今度は真正面から、最後の火炎が渦を巻いて迸る。

 

「舐めるな――!」

 

 三撃目は、クロロックも読んでいたのだろう。

 巨大な氷が発生する。それが、物理的な破壊力さえ伴う火炎の一撃とぶつかった。

 

 ――氷塊が、炎の魔法と激突する。

 炎は、魔法の攻撃としては最もメジャーなものだ。

 氷や土や風といったものを、魔法によって撃ち出すことはできる。だが最も単純で最も強いのは、やはり火を使った攻撃だ。

 だが、メジャーだということは防ぐのも容易いということ。

 炎の攻撃力は強い。当たれば人間だけではなく、魔族も堕魔もただでは済まない。

 

 だが一方、炎は物理的な破壊力にはどうしても欠ける。

 当たりさえすれば大ダメージを期待できるが、障壁などの防御魔法で防がれた際、それを貫き破るということがほとんどない。

 だから発動が速くて貫通力のある魔弾が魔法戦で好まれるのだが――それは込める魔力量によって違いが出る部分だ。

 

 三度の魔弾魔法さえ次の攻撃の呼び水として利用した、火炎による攻撃。

 熱い熱いと口に出し、それを()()()()()発動した不意打ち。

 魔法を省略できない俺が編み出した雑談詠唱。

 同じ軌跡を辿り、魔弾の速度と貫通力すら再現した火炎を、それでもクロロックは氷塊で防ぐ。破壊力すら伴った火炎の渦も、火と氷という属性相性の優位も、人間に数倍する大氷塊までは貫けない。

 

 でもそれでいい。

 これで、クロロックが纏っている霧の防御は、ほぼ剥ぎ取った。

 代わりに俺も魔力のほとんどを使い切ってしまったが、それでも構わない。

 

 ――だからこそ、最後の一撃の布石となる。

 

「お、らぁあぁぁっ!」

 

 最後の魔力で行った短距離転移(ショートジャンプ)

 全ての攻撃は、トドメの一撃のための布石に過ぎない。

 クロロックの頭上に移動した俺は、手に持っている杖を振り下ろした――。

 

「――見事」

「っ……!」

 

 そしてクロロックは、その最後の近接攻撃すら無効化してみせた。

 落下しながら振り下ろした杖が、クロロックに当たる寸前――俺の身体の動きごと強制的にスローになる。肉体が徐々に凍りつき、俺を停止させんと霧が包む。

 

「俺にも、どういう理屈かすら読めない魔法の連撃だった。素晴らしい」

「……これ、は……」

「けれど甘かったな。霧は常に俺から生み出される。この《霧雪の原(ヴァイスハーツ)》にいる限り、私の魔法に終わりはない。――詰みだな、当代の英雄」

「――――」

 

 宣告される敗北に、俺は薄く笑みを浮かべた。

 その様子を疑問に思ったのか、クロロックはそこで不可解そうに、

 

「……笑うか。その意図が読めんな。なんの真似だ」

「いや――」

 

 体が凍りついていくせいで、俺の返答は実に遅い。

 だが構わない。――全てが想定通りとはいかなかったが、それでも結末は同じだ。

 すなわち、

 

「――()()の、勝ちだ」

 

 直後。一発の弾丸が、クロロックの心臓を撃ち抜いた。

 胸部から左腕に肩にかけてが消し飛び、腕を落としながら堕魔は目を剥いた。

 その視線を俺から外した彼は、そこで初めて自分を狙う少女に気づく。

 

 砲の神器の英雄。

 リズノ=アーシャンに、撃ち抜かれたという事実を知る。

 魔法使いがいながら砲撃を任されるのは伊達じゃない。

 

「卑怯とは言うなよ。ふたり揃って巻き込んだのはお前のほうだ」

「……だが、あの女にはすでに魔力など――」

 

 目を見開いて言ったクロロックに俺は答える。

 

 そう。少女(それ)は光なき死兆の星。

 遍く魔力(ひかり)を砲に束ね、収束して撃ち出す無音の狙撃手。

 戦場に穿たれる輝かざる星は、あらゆる魔を貫く死神の足跡――。

 

「魔力なら俺が大量に消費した。そして砲の神器には()()()()()()()()()()()()()がある。俺が魔力を使い切ったのは、決めどきをアイツに預けたからだよ」

「……折れては、いなかったのか……」

「あいつを戦力外として見たのがお前の敗着だ。英雄舐めんな。最初に『いつも通り戦う』って宣言してあるしな。当然、仲間といっしょに戦うに決まってる」

「……は。信頼に敗北するなら、文句は言えんか」

 

 薄く、どこか愉快げに、伝説的な堕魔――《霧界》ティズム=クロロックは笑う。

 周囲の景色がひび割れるように弾け、結界が砕けたのはその瞬間だった。

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