ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-31『英雄、やっぱり仲間から逃げる』

 あれから数日が経過した。

 

「――ああ、朝か」

「そう。おはようリヒト。よく眠れた?」

「どうかな。寝起きがなぜか悪いんだ」

「ん。まだ疲れてるのかも」

「そうだな。起きた瞬間、目の前にクーの顔があるなんておかしいもんな」

「おかしくない」

「そろそろおかしいと思ってくれ……」

「何日経っても馴れないのがおかしい」

 

 ここ数日、目覚めるたびにクーが俺にのしかかっている。

 意味がまったくわからないし、なんかもう、たぶんそのせいでぐっすりとは休めていないんじゃないかという気がしているのだが――この弟子は言うことを聞かない。

 俺が起きたら降りるから、これは彼女なりに、俺を守ろうとしてくれているのかもしれないけれど。

 

「呪いのことは知ってるだろ、お前……寝てる間も危ないんですよ?」

「ん。実際ついさっき、窓の外から石が飛んできた」

「…………ホントだ窓割れてるぅ」

「止めといた」

「ありがとね……はあ。おはよう、クー」

「ん」

 

 こくり、と頷く小さな弟子。彼女も彼女で役立ってくれた。

 俺がリストを倒して走り出したあと、俺たちを追跡してきたクーが合流してくれていたからだ。俺は彼女にベルとその師匠を任せて、リズノを助けに向かった。

 俺たちがリズノの理不尽魔道具で無理やり辿った道を、クーは自力で発見しているというのだから驚かせるが。まあ、魔法の適性っていうのはそういうものである。

 自分が得意な分野では異常なほど抜きん出るが、ほかはまったく埋められない――そういう偏った魔法使いを、なにせ俺は四人も育成してしまっている。

 

 そういう連中を『魔法使いとは認めない』とする人間は、実は多い。

 だからクー以外は、それぞれひとつ得意分野の魔法を修めているけれど魔法使いと名乗らないし、俺は一部の保守的魔導師層から蛇蝎の如くに嫌われている。

『万能に至る才もない者に神秘を恵むなど何ごとか』――ってな具合に。

 

 ま、そんな話はさておき。

 

「リズノはどうしてる?」

「トゥカールの工房にいる」

「ベルのトコか、いつも通り。なら、」

「うん」

「――逃げるか」

 

 

     ※

 

 

 あれから俺は、このエイリーの街の宿屋で過ごしていた。

 なんか来た瞬間にいろいろあって思わず忘れてしまいそうだったが、そもそもこの街に来た目的は義手を手に入れることである。

 幸い、この件はベルとその師匠――カタハ=トゥカールが引き請けてくれた。

 無償でもいいとまで言われたが、そこはそれ。

 英雄たる者、善行には見返りを求めないのが美徳と言えよう。

 

 もっとも、優先して取りかかってもらっている時点でそれが見返りだ。

 魔道具技師のメッカであるエイリーでもトップクラスの技師と、その弟子が作業をしてくれているのだ。きちんと金を出して、いいモノを作ってもらうべきだろう。

 

 何、俺ってば金ならあるのだ。

 英雄五人の中でも稼ぎで言えばいちばんだろう。

 まあひとり教会の聖女がいるから、望めばなんでも手に入っちゃいそうなあいつと比べれば微々たる差だが。それを例外とすれば俺がいちばん稼いでいる。

 旅続きで使う暇もなかったし、ここらでいっそパーッと使ってしまいたい。

 

「――さて。殿下への連絡はこれでよし……として」

 

 俺は今回の件で知ったことを、直通の使い魔で王都に連絡した。

 ――徒党を組んで悪事を目論む堕魔の集団がいる。

 北の魔族領に引き籠もっていた魔王より、むしろ直接的な脅威としては大きいかもしれない最悪の報せ(バッドニュース)。魔王を倒したってのにこれだから人の世は剣呑だった。

 

 逆を言えば、それを今の段階で知れたことだけはベターだ。

 殿下には対応をお願いしよう。

 リズノとクーはともかく、王都にはまだふたり神器の英雄がいるのだから。ここは手分けをして、各地で情報を集めたい。俺も解呪の方法と合わせて調べるつもりだ。

 リズノとクーは俺と同じ情報を持っている。

 殿下のところに向かって、残りのふたりにも伝えることをクーに頼んでおいた。

 

 リズノには……悪いが追ってこられると困ってしまう。

 あいつなんか落ち込んでたしな。

 いや、この数日でだいぶ元気になったみたいだが、それでまた俺を追いかけてくるとか言い出されたら困る。その辺りは、ぜひともクーにバランスを取ってほしい。

 

 神器の祝福(のろい)自体は、かなり俺に馴染んでしまっている。

 だから、もう知られたところで呪詛対象が移る可能性は低くなってきた。

 だが根本的に俺が《死にかける》こと自体は変わっていない。

 

 これを、自分から窮地に飛び込むことでコントロールできることがわかった以上、これから俺はかなり危険な行為を繰り返すことになるだろう。

 そうすることで、再び()()リストたちに行き遭う可能性も高い。

 

 そうせざるを得ないように事態が動くのなら、

 それを自ら活用するほうが――どちらかと言えば英雄らしかろう。

 

「……考えてみりゃ、物語の英雄譚の主人公って呪われてるようなもんだよな」

 

 行く先々でトラブルに見舞われる。

 でなければ物語にならないと言えばそれまでだが、いわば俺は、それを実際に呪いというカタチで受けたようなものと言えるだろう。

 

 ならいい。割とぴったりだ。

 こんなザマでも、これでも英雄。

 その運命が誰かひとりに担わされるものならば――俺でよかったと結構思う。

 

「さて。――ベルから繋ぎの義手は借りたし、次に来るときは完成品を受け取るときか……もしくは旅の途中で完成したらクーに持ってきてもらうかな」

 

 宿をチェックアウトし、晴れた空の下を歩く。

 どうあれ解呪の旅は始まったばかり。

 魔王を倒しても人生(みち)は続く。そんなことはわかっていたけれど、いざ始まってみると予想外ばかりだ。まあでも――予想外なこと自体が予想通りと言えるのかも。

 

 そんなことを考えて街から出る。

 ひとりの旅は気楽で、パーティでの旅とは趣が違う。

 これはこれで悪くないと、――気楽な身の上に鼻歌を流しながら街道に出た。

 

 目指すは聖地。

 教会の聖域が存在する歴史ある都市。

 そこで、神器の成り立ちについて調べてみよう――。

 

「……えぇいきなり魔物出てきた……」

 

 英雄らしく、善行でも積みながら。

 

 

     ※

 

 

「リヒトは旅立ちましたよ」

「そっか。そっすよね。わかってたけどやっぱり連れてってはもらえないっすね」

 

 さて。視点を戻してエイリーの街。

 そこに遺されたクーは、頼まれた通りリズノの足止めを――してはいない。

 むしろリヒトが旅だったことをあっさりバラし、リズノも頷く。

 そもそも足止めと言われても、嘘を見抜くリズノにできることなんて少ないのだ。

 リヒトは少し、クーを過大評価している節がある。

 

「わかってるんすよ。ボクが悪いことくらい」

 

 ただクーにとっても、リズノの様子が明らかに妙なことには不思議があった。

 あの戦いで何が起こったのかをクーは知らない。ただ帰って来てからというもの、リズノは明らかにそれまでと少し雰囲気が異なっている。

 

「ボクは師匠に追いつけない。今のボクなんかじゃぜんぜん足りない」

「……どうするの?」

「強くなって、それから後を追うんす。これからずっと師匠が危険に身を投じ続けるっていうんなら――それで師匠が傷つく前に、師匠を傷つけるものを排除する」

「…………」

「それでいいんす。それで。師匠は何も知らなくてもいい。見返りなんていらないし何を思われて構わない。――ただボクは、もう師匠以外は何もいらない」

「……そう」

 

 その変化を、なんと呼ぶべきか、どう受け止めるべきかをクーは考えなかった。

 その様子にリズノは笑う。

 だから、たぶん答えはわかってると思いながら、少女は仲間に訊ねた。

 

「――クーもきっと、同じっすよね?」

「……そうだよ。わたしも、リズノと同じ」

 

 ならそれでいい、とリズノは笑う。

 ひとり占めになんてできない人だから――分け合う仲間はいたっていい。

 

 

 

 そのほうが、あのひとの邪魔(てき)を消しやすいでしょう?




ここまでで第一章《リズノ編》です。
お付き合いいただき誠にありがとうございました。
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