ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-04『英雄、即バレ』

 目が覚めたら俺の寝床が毒蛇の巣になっていた。

 街道から少し外れた、森の中で寝たのが悪かったかな?

 

「……終わってる……」

 

 どう見ても警戒色の『オレタチ ドクモチ アブナイヨ』主張激しいタイプの蛇が何匹も全身をガチガチ噛み続けていたのだ。

 

 もうすごいね。野宿だからシーツ一枚に毛布一枚の簡易な寝床だけどさ、中も外もうじゃうじゃ蛇にタカられている。

 苦手な人なら、ビジュアルだけでトラウマになりそう。俺もなりそう。

 野宿って危険ですね。――それはこういう意味じゃなくない?

 

 ただメンタル面はともかく、身体面はまったくの無事だ。

 眠っている間も常時展開している防御魔法が、殻となって鎧のように突き立つ牙を防いでいるお陰である。

 不可視の防護服を纏うかのようなそれは《防御殻》の魔法。物理的な干渉を防ぐという一点においては最強レベルの術式である。

 

「寝る前に結界は張ってあるけど、小型の野生動物には反応しないからな……にしてもコイツら、いったいどこから湧いた? 本当にここらの野生なのか……?」

 

 俺にかけられた呪い――名づけるなら《運命死の呪い》。

 その性質を思えば、たまたま誰かが野に放った蛇がたまたま異常繁殖してたまたま俺を噛みにきた、とかが普通にあり得そうで参る。

 

 ――自分で言うのもなんだったが。

 この呪い、俺じゃなかったら本当に簡単に死んでいると思う。

 

 防御殻の魔法は便利だが弱点も多いのだ。

 物理的な防御力だけなら、至近距離から大砲の直撃を受けても平気なほど高いが、その反面、魔法に対しては貧弱だ。そこらの見習い魔法使いでも破れるだろう。

 また衝撃までは殺せないため、さきほどの例で言うなら、大砲を受けるダメージはなくても吹き飛ばされて体を痛める可能性はある。

 呼吸と視界の問題から、気体と光だけは防ぐことができない。

 

 何より、使用中は激しい動きができない。

 この魔法は難易度が高く、俺の技量でも睡眠時や休憩時が限界――というか、宮廷魔導師の上位レベルでようやくそうやって利用できる、と言うべきだろう。

 睡眠時や休憩時くらいにしか使えないくせに、そもそも難しすぎる魔法だから眠りたいときや休みたいときに使う、ということそれ自体が難しい。

 割と本末転倒な、あまり誰も使わないタイプの魔法である。

 纏っていたら動けない。一年の旅で慣れた俺でも、小走りしたらすぐに解ける。

 消費する魔力量だって馬鹿にならないため、本当に、硬いだけが取り柄の魔法だと言えよう。

 

 ――それでも、この《運命死の呪い》から生き残りたければ、これが使えることは最低ラインになってくるだろう。

 

「咄嗟だったけど……本当に俺でよかったわ、これ……」

 

 歴代の英雄たちが殺されてきたのも納得だった。

 前兆も察知できない不運による死。

 殿下の態度を見るに、神器に込められた呪いの術式は王国ですら把握できていないものだ。

 

 まあ、王国が――殿下が知ってて俺たち神器保有者を犠牲にしようとしたわけじゃないことは救いかもしれないが。

 術式の存在がまったく認知されていないということは、裏を返せば、歴代の保有者たちは誰ひとりとして呪いから逃れられずに亡くなったということでもある。

 呪いで死ななかった者がいるとすれば――それは単純に、呪いの発動条件を満たす前に死んだ者だけだ。倒すべき敵を倒せず、道半ばで倒れてしまった者だけ――。

 

「不愉快な話だ、本当に」

 

 この程度の危険はもはや日常茶飯事だが、寝起きにこれはメンタルに来る。

 とはいえ、それも今さらだ。

 危なすぎるので、申し訳ないが蛇たちは駆除させてもらってから、俺は行動を開始することにした。

 

 朝食には駆除した蛇の二匹ほど喰った。

 一応、頭は落として毒っぽい箇所は処理してあるが。まあ大抵の蛇毒は、経口摂取ならほとんど無害だと何かで読んだことがあるし、たぶん大丈夫だろう。

 それでも念を入れて一応、解毒魔法をかけながら食べた。

 解毒魔法は魔法使いの間ではメジャーに広まっている魔法だが、そんなに万能ってわけでもない。

 いや、毒を浄化することに関しては無法と言ってもいいくらい万能なのだが、別に毒で壊された体まで再生するわけじゃないのだ。当たり前だが。

 解毒はできたが間に合ってはいなかった――なんてよくある話である。解毒魔法というものが広まっても、毒殺を目論む者はいなくならないのが世の中だった。

 逆に間に合えばかなりなんでも無害化するため、最初から解毒魔法を使用しながら摂取すれば、大抵の毒は魔法使いに効かない。

 例外は魔力毒――つまり、毒そのものが魔法によるものである場合だけだ。

 

「……そういや、解毒魔法って古代魔法の一種なんだよな」

 

 広まったのは割と近代になってからだが、術式自体は誰かが開発したというより、発掘されたと言うべき魔法だ。

 魔法ってのは割と理屈っぽいもので、毒ならなんでも効かないぜ! みたいな無法すぎる魔法は、現代ではほとんど開発できない。

 一般人がイメージする、杖を振ったら不思議が起こる、みたいな魔法は、そのほぼ全てが失伝した古代魔法――まだ魔法が神の領域にあった頃のものだ。

 権能であり、奇跡である。

 それがダウングレードして人間の扱える技術になったのものを、現代魔法と呼んでいる。

 解毒魔法のように、現代でも扱える古代魔法は非常にレアというわけだ。

 

 俺にかけられた呪いは、解毒魔法と同じく古代魔法だ。

 実際、呪いによって生じる効果は、いわば運命そのものを弄っているようなものに近い。たまたまで死にやすくなる――なんて魔法は現代では使えないのだから。

 

「つっても限度はありそうだけど……、てか美味いな結構」

 

 いきなり突然変異の魔力毒を持った蛇が一体だけ混じってました、とか今のところ言い出してこない辺り、まだかろうじて有情かもしれない。基準おかしいけど。

 ま、それも考慮して周囲には結界を張ってるのだから対策はできている。

 俺が眠るときに張っている結界は、人間以上の大型の生物と、そして魔力に反応する。魔法使いや魔族、あるいは魔力を持った生物――魔物には気がつけるわけだ。

 

 ――ゆえに。

 こうして結界に侵入者が現れれば、即座に気づくことができる。

 

「――!」

 

 それが明確に《結界》を自覚して接近していることは、火を見るより明らかだ。

 なぜなら結界は三層構造になっており、侵入者が検知されたのは結界の第三層まで入ったところだからだ。

 つまり結界の一層目、二層目を()()()()()()()()()()()

 明らかに魔法使いであり、――明らかに、結界に気づかれないよう近づこうという意図がある。

 

「……かなりの実力者だな……」

 

 結界を二層まで突破したこと――いや、突破したことに気づかせなかったこと。

 その技量だけでも、かなりの実力者であることを窺わせる。

 結界を突破する方法は《破壊》や《解除》などいくつかあるけれど、何もせずただ入ったことに気づかせない《無効化》こそ最も難しい方法と言える。

 さすがに三重の結界、全てを突破はできなかったようだが――二段階目に入るまでこちらに悟らせなかっただけでも驚くべきだろう。

 

「…………」

 

 これも、呪いの影響だろうか。

 悪意ある魔法使いに襲われる可能性――恨みを買うような真似をしてこなかったとは言えない人生だが、それでも俺の命を狙ってくる人間の心当たりはない。

 相手が魔族なら、俺なんか今すぐにでも八つ裂きにしたい対象だとは思うが。

 

 この侵入者は――人間だ。

 

 逃走か、闘争か。どちらを選ぶにせよ、侵入者はもう目前まで迫っている。

 だが俺はそのどちらも選ばず待ち構えることにした。

 まずは会話から入って、身の振り方はそのあとで決めても遅くはない――と。

 

「……んん?」

 

 思ったのだが。

 現れた侵入者を目にして、俺は思わず目を丸くした。

 それが俺の知っている顔だったからだ。

 

「あれ。……クー?」

「ん。やっぱりリヒトの結界だった」

 

 こくりと頷いて姿を見せたのは、俺と同じく神器に選ばれた英雄の仲間。

 旅立つ前からの、俺がただひとりだけ正式な弟子にした少女。

 ――クーリティア=フィルであったのだ。

 

「お前、なんでここに……ていうか、どうしてここが?」

「ん。リヒトがいると思ったから追いかけてきた」

 

 弟子でもないくせに師匠と呼んでくる奴もいるが、クーは弟子のくせに俺を師匠と呼ばない奴だ。あまり尊敬されていないらしいことが残念ながらわかる。

 ともあれ俺の問いのうち、前者にだけ答えてクーは言った。

 

 どこか夕闇を思わせる、短い赤黒(マルーン)の髪が風に揺らぐ。

 一方で彼女の持つ蒼い双眸は、たとえるなら銀月に照らされた夜の空か。

 斥候(スカウト)としての機能性と魔法使いの神秘を合わせて表す漆黒の外套(ローブ)の上から、瞳と近い濃い水色のスカーフを巻いている。

 

 いつも無表情で、その顔から何を考えているのを読み取るのは慣れないと難しい奴なのだが、それでも今は――どこか安堵しているように見えた。

 

「まあ、ともあれちょっと待て!」

 

 とてとて近づいてこようとするクーに、手のひらを向けて制止する。

 言われた通りクーは立ち止まったが、その瞬間、わかりにくい無表情の顔にわずかな不満の色が浮かんで見えた。

 

「……なんで?」

 

 それでも、一年の旅の成果だろう。

 俺の声音から真剣さを感じ取ったらしく素直に立ち止まり、クーは首を傾げる。

 俺は言った。

 

「……、説明はできない!」

「…………」

 

 見るからに不機嫌だというオーラを纏い出すクー。

 だがほかに言葉がない。呪いを俺が引き受けているという事実は、あらゆる理由で自覚させるわけにはいかないものだ。だがそれで頑固なクーが納得するか……。

 

「あー……それよりクー。ひとりか?」

「……ん。見ての通り」

「そ、そうだよな。結界が感知してねえんだから、そりゃそうだ。じゃあイアたちとはいっしょじゃないのか。あいつらはどうした?」

「イアたちは、殿下の話が長いから置いてきた」

「……どういうこと?」

「言った通り」

 

 ときどき言葉が端的すぎて、逆に理解しづらいところがクーにはある。

 どうやら今回もその傾向が出てしまったようだ。

 クーは俺たち五人の中では最も幼く、まだ十五歳だ。とはいえいちばん年上タイの俺でも今年で十八なのだから、そこまで差があるわけじゃないけれど。

 それでもかなり()()()()()()()をしているクーは、年齢以上に幼い部分がある。

 魔法使いとして――戦う者としては、むしろ年齢を遥かに上回る優秀さや冷静さを見せるのだが、かなり感覚派の天才肌だから、周りにはわかりづらい部分もあった。

 そういうときに、クーから言葉で本心を引き出すのはなかなか難しい。

 

「……まあ、わかった。とにかくいっしょじゃないわけだ」

「ん」

「それはいい。じゃあクーは、もしかしてひとりで俺を探しに来たのか?」

「もちろん」

「もちろんなのか……」

 

 俺のことなんて別に放っといてくれてよかったんだが。

 でも確かに、なんの説明もなくいなくなったのは俺の失態でもある。

 左腕さえ落とさなければ、説明を捏造する暇もあったんだが。

 

 くそ、殿下め。上手いこと誤魔化してくれって頼んだのに。

 ……いや、殿下の話が長いから、とか言っていた辺り説明はしてくれたのか。

 単純にクーが飽きて聞かなかっただけっぽいな。

 

「そうか。そりゃ悪いことをした。なんの説明もできてなかったしな」

「そう。リヒトはばか」

「悪かったって。……オーケイ、ともあれクーの事情はわかった」

「ん」

 

 こくりと頷く。

 と、クーはそれで話が済んだ思ったのか、再びこちらに近づこうと足を上げた。

 その瞬間に再び制止する。

 

「ストップ! 待った! ――言ったろ、俺に近づくな」

「……、どうして」

 

 再びむっとしてこちらを睨むクー。

 だが理由は答えられない。いったいどうやって誤魔化すか。

 まあ、これでも俺は魔法使いとしての師匠だ。いくらクーに尊敬が欠けているとはいえ、それでも魔法使いには魔法使いの文化がある。

 師匠の指示は聞くもの。それが教えを乞う立場の在り方だと言えよう。

 

「……クー。結局、なんでここがわかったんだ?」

 

 最後にそれだけは聞いておこうと訊ねた俺に、愛すべき弟子はあっさりと答えた。

 

「勘」

「だとしたら対策のしようがねえな……」

 

 俺はガシガシと頭を掻いた。

 どういう理屈か俺の居場所をクーはドンピシャで当てている。

 それまでたまたまだと言われたら打つ手なしだ。

 偶然には勝てない。――いろんな意味で。

 

 ふう、と小さく息をつき、それから俺は彼女に告げる。

 

「なあクー。……俺は、これから旅に出る」

「ん、わかった。私も行く」

「いやわかってない。来なくていい。ひとりで行く」

「わかった。だめ」

「違う。違うのよ、だめとかじゃないの。これはもう決めたことなの」

「私もそう」

「いやだから『私もそう』とかじゃなくて。何? お前、もしかして俺の話を聞く気ないの?」

「ない」

「ああ断言されちゃった」

「うん」

「うんじゃねえのよ、だから」

 

 もうなんなんだよコイツ。ひとつも言うこと聞いてくれない。

 だってこれ会話が成立してねえじゃん。俺の意見を聞く気がゼロじゃん。

 

 ……まあ弟子とは言っても、クーから頼んできたわけじゃなく、俺が勝手に師匠に名乗りを上げて、半ば強引に弟子にしただけだしな。

 普通の魔法使いの師弟関係を当て嵌めようとするほうが間違いではある。

 そういう理由で聞いてくれないんだと思っておかないと悲しくなる。

 

「――もういい」

 

 と、そこでクーが言い出す。

 いつまで経っても煮え切れない会話に痺れを切らしたのかもしれない。

 まあ怒って帰ってくれるんだったらそれでいいか、――なんて思う俺だったが、それは違った。

 

 なぜなら次の瞬間、クーは俺の胸元まで走ってきたのだから。

 

「ちょ、――クー!? 止ま……っ」

 

 今度は制止が間に合わなかった。というかクーに聞く気がなかった。

 止める間もなく飛び込んでくるクーを咄嗟に抱き留める。

 

 まずい。いや、そうそう簡単に呪いの矛先がクーに戻るとは思わないが、それでも呪いがいつ発動するかは俺にも予期できない。

 今ここで呪いが発動した場合、俺だけではなくクーまで巻き込まれるかねない。

 

 どうしたものかと硬直する俺。

 そんなこちらに構わず、クーは俺の胸に顔を押し当てて。

 

「すんすん」

「匂いを嗅ぐなお前!」

「風呂入れ」

「臭かったですかね!?」

「癖にはなる」

「やめろ! そんな歪んだ性癖を持つな!!」

「ところでリヒト」

「何?」

 

「――なんか呪われてる?」

 

 ……こいつはさあ。

 まさか、それまで勘とか言い出さねえよな?

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