ヒロインからは にげられない ▼ 作:涼暮皐
魔法使いは、普通《魔法使い》と呼ばれる。
何を当たり前のことをと思うかもしれないが、これは要するに、一般的に魔法使いを《魔導師》とは呼ばないという話だ。
ではなぜ《宮廷魔導師》だけが魔導師と呼ばれるのかというと、それは宮廷魔導師には認められた高位の魔法使いとして後進を指導すること――すなわち弟子を取ることが義務化されるからだ。
まあ別に破ったところで罰せられるわけじゃないが、宮廷魔導師であるからには、弟子のひとりやふたりや十や二十、いて当たり前という風潮は確かにあった。
これは何もふざけた表現ではなく、厳選してひとりふたりしか弟子を取らない者もいれば、割と緩めの基準で十人二十人の弟子を持つ者もいるという話。
ただゼロということは、基本的にはあり得ない。
近衛以上の王国騎士や出世街道を歩む文官はあり得ないくらい見合いを勧められるらしいが、宮廷魔導師は《弟子を取れ》という方向性で似たような重圧をかけられるわけだ。
その中で俺は、周囲の風潮に反発する不良債権魔法使いであった。
ほとんど全ての魔法使いは、そもそも魔法使いの弟子となって魔法を学ぶ。
だから自身が熟達したら、今度は教える側に回る、というのが自然な流れなのだ。
だが俺は特殊で、魔法に関しての師を持たない独学の魔法使いだった。
まあ実際には親代わりの師匠のような存在はいたが、その人は厳密には魔法使いというわけではなかったから、割と希少例に属するタイプだったと言えよう。
ゆえに俺は、いざ師匠になれと言われても、どうしていいのかわからなかった。
なんとなく弟子を取りたくなかったのはそれが理由で、まともに教えてもらったことのない俺が、まともに教えられるという想像ができなかったのだ。
幸い、宮廷魔導師の中では圧倒的に若かったこともあり、そこまで強く急かされることはなかったけれど。
だから俺にしてみれば、実はクーを弟子として扱ったことは少ない。
俺はただ、身寄りのなかった彼女を引き取っただけ。
そこで彼女が魔法を覚えたいと申し出たから、教えることにしたというだけだ。
俺にとって、クーは弟子というよりも――家族というほうが近い存在だった。
※
「……なんで気づいた?」
問いに、ようやく俺の胸元へ顔を押し当てることをやめたクーは答える。
「んー……、におい」
「そんなもんでわかられちゃ世話ねえな……」
「リヒトの魔力の感じが、普段と違う。なんだか、いつもよりも、薄い。妙な術式で塗り潰されてる感じがする」
「…………」
いくら才能あるクーでも、ただ触れただけで呪いの存在に気づくのは難しい。
まして古代魔法に属する呪いであれば、専用の魔法で調べたところで察知できないレベルだろう。
それでも気づいたのは、単純にクーが普段の俺の様子を知っていたからか。
常の様子と違うから差異を見抜いた。そんなところだ。
「正直、クーに見抜けるとは思ってなかった。師匠としちゃ褒めてやるところかね」
「ん。頭を撫でてもいい」
「でもお前、三重結界の三層目に引っかかったしな。落第」
「むぅ……三層も作ってるのが性格悪い。二層でも普通はあり得ない」
これはクーの発言が正しい。
結界の中に結界を張る――という技術がそもそもかなり高度だ。というか普通、そんな無意味なことをしない。
結界魔法は《出入りそのものを防ぐタイプ》と《出入りはできるが通過を感知するタイプ》の二種に大別されるが、これは言い換えるなら《境界線がわかるタイプ》と《境界線を隠すタイプ》の二種ということになる。
今回のような後者の場合、理想は結界の存在そのものに気づかれないこと。
気づかれないことを前提とする以上、結界の内側に結界を張る意味はそもそも存在しない。ひとつあれば充分で、ふたつ目は存在する意味がないからだ。
だが俺は、あえて《注意深く探れば結界を見抜ける》程度に雑な結界を、いちばん外側に張ることにしている。
どんな結界だって、絶対に隠しきれるとは限らない。
そこに罠を張っている。
もちろん、普通なら一枚目にも気づかない。だがそのレベルなら問題にならない。
問題は結界を察知できる実力ある魔法使いが相手の場合で、そういうレベルを想定して万全を期すなら、あえてギリギリ察知できる結界を張って油断を招くのだ。
侵入者は一枚目の結界を超えたことで気を抜き、二枚目に引っかかるという寸法。
クーは俺の手管を知っているから二枚目までは超えられたようだが、三層目までは気づけなかったわけだ。
クーにも三重結界は見せたことがなかったからな。まだまだ甘い。
「でもまあ、そういうわけだ。今の俺は呪いを受けている。離れてくれ」
――俺が呪わている、という情報だけは見抜かれた以上もう隠せない。
それだけならまだどうにかなる。この呪いの出どころが、
「解く方法を探してる?」
それでもクーは俺から離れずに訊ねてくる。
……これは、さすがに少し強めに言っておくべきか。
「まずは離れろ。離れないなら、俺のほうが今すぐここを去る」
「……、わかった」
さすがに真剣さを察して、クーは俺から手を放した。
それから数歩分だけ下がったクーは、少し目を細めてこちらを見上げ。
「……どんな呪い?」
俺は答えず逆に訊ねた。
「クー。呪詛を媒介する三要素は?」
「……接触、模倣、類似」
「そう。その最初のひとつだ。呪いは
「…………」
「呪いに触れれば呪われる。ここで言う接触には知るということも含まれる。俺は、お前に呪いを
俺の説明は全て事実だ。
呪術は、接触によって感染する。
これは《呪われている者が他人に触れると呪いがうつる》という意味ではなく、そもそも他者を呪うために必要な儀式のひとつが《接触》だという話なのだが。
別に、普通に感染することもあるため間違いではない。そういう意味では、呪いは風邪と似ている部分がある。
ただ《接触》とは、何も実際に触れることだけを指していない。
呪いについて、相手について知ること。感じること。――共感すること。
呪術にはとても重要な要素だ。
――まあ実際にはコレ呪いじゃないから、なんも関係ないんだけど。
そりゃね。だとしたら王子殿下になんて会えるわけないからね。これがもしも呪術なら余裕で面会謝絶だよ俺。
受けている俺にしてみれば呪いでしかないからそうと言っているだけで、魔法論的定義における《呪術》ではまったくない。
ただそんなもんはクーにはわからないのだから、都合よく利用させてもらった。
呪われている人物への対処として、解呪を試みる魔法使い以外は内容を詳しく聞かないようにする、というのは実際に徹底されるべきものだ。嘘ではない。
呪いを解こうとしたらいっしょに呪われた――なんてのも、ままある話だった。
「……じゃあ、リヒトはひとりでどうするの?」
「もちろん解呪方法を探す。厄介な呪いで今のところ解呪の目途がないからな。役に立ちそうな情報を集めるために、各地を巡るつもりだよ」
「……わかった」
「納得してくれたか」
ようやく説得できたかと、俺はほっと胸を撫で下ろす。
そしてクーは、そんな俺に向けてひと言。
「じゃあ、私もいっしょに行く」
「順接でトンチンカンなこと言うなや」
なんなんだよだからもう。言葉が伝わってねえのかな? なんなん?
「聞いてた? ねえ、聞いてお願いだから」
「聞いてた。だから今後は、呪いについては聞かないことにする」
「そういう問題じゃねえんだよ。接触の機会はなるべく少ないほうがいいんです」
「うん。触るのは一日一回までにする」
「違う。いやだから違う。ていうか何をどう譲歩したつもりでいるの、それ? 譲歩した上で一日一回は触ろうとしてるの何? どういう了見なの?」
「でも一日一回はリヒトに触らないと私の体に障る」
「障らねえよ。てか触らせねえよ。触ったら障るっつってんの呪いが。逆なの」
「そうでもない」
「なんだこれ。なんで否定されてんだよ俺。おかしい。絶対に俺のほうが正しいこと言ってるのに。何? なんで急に甘えん坊の赤ちゃんみたいなこと言い出したの? 旅の間はそんなこと言わなかったやん」
「旅の間は普通に触ってた」
「そうだっけ? ……そういやそうだったわ! ぜんぜん気づいてなかった!!」
そういやコイツ、一日一回は俺に抱き着いたり腕を絡めたりしてきてたな……。
あ、アレ俺に甘えるつもりでやってたんだ……知らんかった……。
ほかの仲間にもやってたから、単にクーなりの親愛表現なのかな程度で流してた。
「大丈夫。私、呪いには強くなれる。たぶんリヒトより。でしょ?」
「ぐ……」
さらに言い募るクー。しかも厄介なことに、残念ながらそれは事実だ。
俺が弱いのではなくクーが強すぎる。
性格には、クーの神器が。
彼女は普段、短剣を武器として戦闘するのだが、実は厳密には
「……どうあってもついて来るつもりか?」
「むしろリヒトが嫌がる意味がわからない。私がいたほうが役に立つ」
「それは……、だから」
「それとも、――私がいると邪魔?」
「うっ」
その訊き方はちょっと卑怯じゃなかろうか。
いや、だが怯むわけにもいかない。ここは強く言い切るべきだ。
「……そうだ。お前がいると邪魔だ。だから――」
「だいじょうぶ邪魔じゃない」
「何言っても折れねえじゃんコイツ!」
無限ループだよ会話が。いつからそんなにメンタル無敵になった?
「……はあ」
と、盛大に息をつく。俺はもう、クーのことを説得するのを諦めた。
彼女が俺から離れたがらない理由はわかる。
いっしょにいると――かつてそう告げたのは、ほかならぬ俺だからだ。その約束を反故にされては不愉快だろう。
だがどうあってもクーといっしょに行動することはできない。
こうして話している間だって、俺はいつ呪いが発動するかと気が気でない。ずっと周囲を警戒して、何があってもいいように身構えているのだ。
「お前の気持ちはわかった」
「遅い」
「図太い。だがまあいい。どうあっても同行するつもりなんだな?」
「うん」
「そうか。なら、師匠としてひとつ設問を出そうか、クー」
「何?」
首を傾げるクーに、俺は告げた。
「お前は俺の三重の感知結界の最後に引っかかったな」
「……次は抜ける」
「その意気は結構。ただ考えてもみろ。結界で感知だけしたって、別に侵入者を排除できるわけじゃない。その程度の結界は二流だと思わないか? ご丁寧に自力で迎え撃つなんて面倒を選ぶくらいなら、もっと前段階に仕込みをするほうが合理的です」
「……? 何を……」
「つまり。――結界に引っかかるような間抜けには、その時点で排除するための術をかけておくのが手っ取り早いって話だよ」
パチン! と俺は指を鳴らす。
それを契機に、俺はこの場所の結界を解除した。
同時、――目の前にいたはずの
「悪いな、クー。この結界は、三つの境界のうちひとつでも引っかかった奴を、いつでも外まで戻せるようになっている。三つ目で引っかかったお前の負けだ」
かくして我が愛弟子は、遥か数百メートル先の第一層まで叩き戻された。
クーを相手に安心できる距離ではないが、今のうちに逃走させてもらうとしよう。
「ちなみに、クー。結界を解除したこの森は魔法陣によるトラップだらけだ。殺傷性こそないけど、いくらお前でも超えるのは骨だぜ。――聞こえてないだろうけど」
まあ、クーが謎の勘とやらで俺の居場所を当ててくることだけ不安だが、さすがにそんな奇跡は何度も続くまい。
さて。
とんずらしよう。