ヒロインからは にげられない ▼ 作:涼暮皐
「――ここまで来れば、撒けたはず……!」
クーから逃亡した俺は、近隣にあるひとつの村の近くまで訪れていた。
できれば村に寄って、宿のひとつでも取りたいところだが――生憎と呪われている身では国民の皆様にご迷惑をかけられない。
ただまあ、喫緊の目的はあくまでクーから逃れることである。
「はあ、はあ……もともと森に設置してあったトラップ群に、複数体の
魔法の連続使用で、さすがに荒れた息を整えながら俺は言った。
クーは魔法が使える
つまり、こと《追跡》という技能において俺を余裕で上回る。
魔法使いが魔法使いを追う場合、主に魔力の痕跡をトレースする。
魔力は個々人によって微妙に性質が異なり、それはわずかな差でしかないけれど、魔法使いであればある魔力からひとりの魔法使いを識別/特定できる。
その才能が――クーは抜群に優れていた。
勘とかなんとか言っていたが、それは要するに、天才肌のクーが魔力のトレースを感覚的に行っていたという話だろう。
だが追われているとわかっていても、魔力の痕跡を完全に残さないことは難しい。
魔法を使えば当然、クーのセンスなら魔法を使わなくても追ってくる。
この場合は、むしろ魔法を使いまくって痕跡を増やし、本命を特定させないための目晦ましとするのが定石だ。だから俺はダミーの魔力をあちこちに撒いてきた。
その上で、目的地を近場の村にした。
これはおそらく盲点のはずだ。近くの村なんて真っ先に思いつく場所には行かないはず、と向こうは考えるだろうし、俺が人を避けていることも伝わっているだろう。
ひとまずこの辺りで身を隠し、クーの追跡を躱す――
「危ないッ!! 逃げて――ッ!!」
「――あ、逃げてるよ?」
一瞬、アホの感想を抱きつつ、これそういう意味じゃねえと顔を上げる。
見ると村の入口側から、何かが土煙を巻き上げながら走ってくるのが見えた。
馬だ。
大型の馬が、どうも興奮状態でこちらに向かって駆けてくるではないか。
「……あー……」
と、俺は乾いた表情で納得する。
またですか。まあ、別に大丈夫ですよ。これくらいは――、
「――べう――っ!?」
俺は走りきた馬に真正面から轢かれ、錐揉みしながら宙を舞ったのちに墜落した。
そのまま地面に俯せになって横たわる羽目になる俺。
一方で俺を跳ね飛ばした暴れ馬はといえば、ご丁寧にもわざわざこちらに駆け戻ってくる姿が見える。どうやら続いてはこのまま頭を踏み潰すつもりらしい。
大きな嘶きを上げながら、俺の頭蓋を踏み潰さんと前足を振り上げる暴れ馬。俺の頭蓋がそのまま蹄に踏み潰される――その直前。
「落ち着、け」
俺はそっと右手を上げ、暴れる馬に向けて軽く指を振り魔力を放った。
弱めの催眠魔法だ。気分を落ち着ける効果がある。
精神干渉は苦手分野だが、まあ馬の一頭を落ち着かせるくらいはできるだろう。
できた隙で俺は軽く横に転がり、落ちてくる蹄から逃れる。
催眠は上手く効いたらしく、馬は落ち着きを取り戻してその場で止まった。
「……ふぅ」
と息をついて立ち上がり、俺は衣服についた土ぼこりを払う。
……しかし、今さらだがこの程度でも、片腕がないと大変に思えて困るな。まだ左腕を失った状況に、微妙に慣れていない節がある。
と、そこでさきほどの声の主がこちらに追いついてきた。
わずかに蒼い顔をした同い年くらいの少女が、慌てながら声をかけてくる。
「だ、大丈夫ですか、旅人さん!?」
おそらくは馬の持ち主だろうか。暴走した愛馬が人を轢いたとあらば気が気でないだろう。
安心させるように、俺は晴れやかな笑顔で彼女に向き直った。
「大丈夫、大丈夫。この程度はなんの問題もないよ」
「なんの問題もないんですか!? あれで!?」
「幸いこの通り無傷ですから」
「……え、えぇ……?」
「なんでちょっと引いてんだよ」
轢かれた上に引かれるとか、どういう仕打ちなんだ。
馬が傷つかないよう防御魔法は使わず、上手く受け身を取ったんだぞ。
引かれるどころか、惹かれてくれてもいいくらいの活躍では?
「まあ、とにかく俺は大丈夫ですんで」
改めて向き直りながら俺は言う。
こちらに駆け寄ってきたのは同い年くらいのひとりの女性で、
「で、でも旅人さん、……腕が……!!」
「最初からだよ。それ最初から。今なくなったわけないだろ。大事件だわ」
「じゃあ本当に無傷なんですか……? あれだけ空中で回転して……?」
「受け身は得意なんだ」
「その運動神経があるなら避けられたのでは……」
確かに。魔法で防御できるし、という意識で回避が疎かになるのは悪い癖だ。
しかも今回に至っては、その防御魔法を使っていないし。
「ま、まあでも、無事なら何よりですっ!」
ほっと胸を撫で下ろす少女に俺も笑って。
「この通り馬も落ち着いたしね。誰も怪我人がいないんだから問題なしでしょ」
「ですよね!? なら賠償もしなくていいですよね!? やった、わたしは悪くない!!」
「いい性格してるぅ」
俺の周りってもしかして変な奴しか寄ってこないのかな。
呪われてからというもの、なんだか運命というものを考えたくなってきた俺です。
とはいえ実際、呪いが原因だと思えば彼女の責任ではあるまい。
どうしようもない事故だった。
「何か拭くものとかいりますか……?」
と、そこで女性がさらにこちらに近づいてこようとした。
俺の顔を見てなんの反応もない辺り、指名手配を知っている様子はない。
ならばこちらから離れなければ。
「大丈夫大丈夫。本当に大丈夫だから」
「なぜ距離を取るんですか……?」
「いやほら、今ちょっと汚れてるからね。近づいて汚れが移っちゃうよ」
「え、そんなに近づきがたいほど汚れなく美人ですか? 照れます。えへへ」
「そんなことは言ってないけどまあいいや」
変な奴すぎて気が抜けてきた。キャラの濃い村娘だな、オイ。
「その馬は、あなたの?」
「いえ、違います。私はこの村の宿屋の娘で、シャーリー」
「どうも。俺は、……リヒトです」
少し迷ったが素直に本名を告げた。
あとで『こいつ指名手配犯じゃん!』ってわかりやすくなれるように。
「この子は預かっているだけですね。急に興奮して走り出してしまって……」
「そういうこともあるでしょうね」
「本当にすみません。今はなぜだか落ち着いたみたいですが……」
馬に近づいて軽く撫でるシャーリーに俺は答えた。
俺もそちらに近寄りつつ、馬の様子を観察するべく手を伸ばしてみ、
「あ」
「リヒトさん!?」
手、噛まれた。
※
何度も大丈夫だとは告げたが、ただでさえ片腕なのに残ったほうの指から血を流す人を放っておけない、とシャーリーに押し切られてしまった。
それでも断固として村には入りたくないと言い張る俺との妥協案で、彼女が村から薬箱を持ってくるまでは外で待つ、ということで折り合いがついた。
「ほ、本当にすみません……」
「いや、別にあんたの馬じゃないんだろ?」
「通りすがっただけなのは事実ですけど。ウチの宿に馬を預けていく人もいますし、馬の扱いには慣れているつもりだったんですが……」
「いいよ、あんたの責任じゃない。こうして治療もしてもらってるし」
「そうですね、じゃあわたしやっぱり悪くないですっ!」
「うん。まあそうなんだけど。なんかそう言われると、なんか……まあいいや」
論理的に言えば、俺は今すぐにでもここを離れるべきだ。
俺に襲いかかる不運には波があり、そして何よりも間隔がある。つまり短い期間に連続して振りかかることは意外とないということは今日までの経験でわかっていた。
だが、それは経験則であって絶対じゃない。
傷薬を縫って包帯を巻くより、魔法で治したほうが遥かにマシだ。
それでも、俺はここに留まってしまっている。
まあ……ちょっとだけ、気になることができたんだよなあ。
「はい、おしまいですっ!」
かくして指を治療してくれたシャーリーが、ニコリと俺に笑顔を向ける。
「ん、ありがとう。助かったよ」
「えへへ。あんまり大したことなくてよかったです」
「そうだね」
ちょっと人差し指と中指が砕けて骨が見えるようになっただけだ。
だからシャーリーが薬箱を持ってくるまでの間に、少しだけ自力で治しておいた。
強く噛みすぎだろマジで。
「ところでリヒトさん。ぜひリヒトさんにお礼がしたいのですが」
ふと妙なコトを言い出したシャーリーに、俺は首を傾げる。
「お礼? 俺がじゃなくて、君が?」
「はい! ほら、あの子を止めてくださったので」
「止めたっつーか……単に跳ね飛ばされただけなんだけど」
「まあまあ。そのお陰でこの子も落ち着きましたし。そのお礼です!」
「……なるほど」
わたしは悪くない、とか言ってた気がするが、それだけでもなかったらしい。
俺としても、お詫びと言われるよりはお礼と言われたほうが気が楽だ。もしかしてそこまで含めて気遣いだったのだろうか? いや、さすがにいいほうに考えすぎか。
俺は軽く肩を竦めて、せっかくだし甘えてみることにする。
「そうだね。じゃあ、宿を探してるんだけど心当たりない?」
「……ふふっ。ええ、もちろん! ウチはこの村でいちばんの――」
「あ、できれば村の外で」
「どぉして!? 今のはウチの宿に泊まってく流れじゃないの!?」
どうしてって訊かれてもね。
それは私が呪われているからです、とは言えませんよ。
※
――かくして俺は、村の近くの林の傍にある小屋を借り受けた。
シャーリー曰く、村に木材を運び込んだり、狩りをしたりするときに村人が使っている休憩用の小屋だという。交渉して、ひとまずひと晩だけ貸してもらったのだ。
俺だっていつまでも人を避けて行動するのは無理があると思っているが。
それでも、さすがに今の状態で人の多い場所に留まることは俺にはできない。
王都からまだあまり離れていないとはいえ、街道沿いを外れれば手つかずの自然がそこら中に広がっている。昨夜の寝床になった森も似たようなものだ。
逆を言えば、街道まで出なければ身を隠す場所は無限にある。
「……予定がだいぶ変わったな……」
俺は小さく呟く。
正直、この村の近くに留まる予定はなかったのだけれど。
いろいろ
ちょっと考えるべきことがありすぎた。
「まあ、拠点ができるのは悪いことじゃねえわな……」
目の前には粗末で簡素な狭い小屋。
それでも、野宿よりは数千倍くらいマシである。
「はあ。あんま頭が回ってねえな……」
小さく呟きながら、俺は拠点となる小屋の入口――そのドアを開く。
普段は休憩用にしか使っていないということだから、鍵はかかっていなかった。
ギィ、と軋む木製の扉を開いて中へ。
「ん、お帰り」
「嘘でしょ?」
そこで俺を出迎えてくれた少女の姿を見て、思わず表情筋が盛大に引き攣った。
なにせそこには――さきほど撒いたはずのクーがいたのだから。
……。
ごめん。
怖い。