ヒロインからは にげられない ▼   作:涼暮皐

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1-08『英雄、見る目があったり』

 ――言い訳させてもらえれば呪いの影響である。

 自分の体調不良に気づかず死ぬ、という《偶然》が起きそうになっていたわけだ。

 

「そう考えるとぞっとするな……」

 

 呪いは、俺や周囲の人間に直接は干渉してこない。

 あくまで運命を歪めるだけで、たとえば誰かを洗脳して俺を襲わせるとか、もっと端的に俺自身の意識をおかしくして自殺させるみたいな無茶はしない。

 だが確実に死に通じる落とし穴への道を舗装している。

 徐々に判断力を奪い、気づかぬうちに奈落への道を自ら歩ませようとする。

 

 クーからの評価は《体調不良を押してひとりで無理するクソボケ》の時点ですでに低かったのだが、今や《そもそも体調不良に気づいてすらなかった超クソボケ》までさらに下方修正されてしまった。

 呪われたことや、クーたちから逃げ回ったこと。左腕を失ったことや、それを補うために魔力を全開で回していたこと。それらが積み重なった結果がこれである。

 

 肉体の性能は魔力によって強化できる。

 これは魔法使い以外でも、魔力を持っていれば誰でもできる行為だ。

 問題は、強化によって底上げされた身体機能が自身の不調に対し鈍感になること。

 肉体に通した魔力が一種の麻酔として機能し熱や痛みを和らげていたことだ。

 

 普段であればそれでも普通に気がついただろうが、このひと月、ずっと気を抜けず緊張の糸を張りつめていたせいで判断力が鈍っていたのだ。

 そのことを自覚できなかったのは、まあ、呪いのせいだと思っていいだろう。

 

「……夜か……」

 

 窓を見ながら俺は呟く。

 室内には、俺が使っている簡素なベッドがひとつと、備えつけの粗末なテーブルがひとつ。そしてテーブルの横に小さな椅子がひとつあり、クーはそこに座っていた。

 俺の目覚めを見て取って、小さくクーが言う。

 

「ん。おはよう、リヒト」

「おはようって時間じゃなさそうだけどな……どのくらい寝てた?」

「だいたい十時間。もうちょっと寝ててもいいくらい」

「ここに来たのが朝の八時過ぎだから……今は十八時過ぎか」

「よく、眠れた?」

 

 きょとんと首を傾げて訊ねるクーに、頷いて俺は答える。

 

「……見張りがいたからな。一か月振りに何も気にせず眠れたよ。それは助かった」

「ん」

 

 こくり、と小さな頷きを見せるクー。

 片目を前髪が隠し、相変わらず表情がわかりづらいが、どこか嬉しそうだ。撫でてもらうのをお座りして待つ、仔犬めいた尻尾が幻視される気がした。

 あまり俺を師として尊敬しない彼女だが、褒められること自体は嬉しいみたいで、何か活躍したと思うとそれとなくアピールしてくるところがある。

 そういう部分は幼くて愛らしいのだが、怒らせると怖いのは寝る前の通り。

 

「自分に催眠魔法を使ったからな……普通に眠るより深く眠れたよ。いい精神洗浄になった」

「体調はどう?」

「熱はたぶん引いたと思う。ちょっとした風邪くらいなら解毒魔法が効くからな。こうして気づけば一発だ」

「だからって、まだ無理しちゃだめだと思うけど」

「……んー……まあ、……そうだな」

 

 実際、放置し続けていた場合は取り返しがつかなくなった可能性はある。

 風邪などの類いなら解毒魔法は有効だが、前にも言った通り解毒魔法に破壊された組織を再生するような効果はない。

 そして外傷以外を回復魔法で治すのは非常に難しかった。

 中身をやられていた場合、解毒魔法じゃどうにもならないわけだ。

 

「……クーは? ずっとここにいたのか?」

「ん。リヒトを見てた」

「じゃあ飯はまだか……念のため訊くが、俺には触れてないだろうな?」

「約束は守った」

「……了解」

 

 一応、自分の肉体を精査してみるが、今度は体内に余計な魔力の感覚はない。

 魔法の気配は、この小屋の周りを守る結界のものだけ。これは、俺が寝ている間にクーが張ってくれたものだろう。

 

 ――俺に一切触れるな。常に一定の距離を保て。

 それだけは、ここで眠る前にクーに約束してもらっている。

 最低限それだけ守ってもらえれば、まあ、クーに呪いが移ることはないだろう。

 

「ちなみにクー。俺が寝ている間、何か妙なコトは起きなかったか?」

「ん、特に何もなかったけど」

「そうか。ま、そうだろうな。それならいい」

「……?」

 

 首を傾げるクー。細かいことは説明できないが、魔法使いである彼女なら呪いに関する現象が異常事態だと気づけるだろう。その彼女がないと言うならないはずだ。

 神器保有者の仲間は、五大神器の名前の通り全部で五名だが、この中で正式な魔法使いは俺とクーのふたりだけである。

 だからほかの三人と違い、クーならば呪いにもある程度は対抗できるだろう。

 そういう意味では、追いついてきたのが彼女でよかったのかもしれない。

 あとの三人には、見張りすらちょっと頼みづらい。

 

「……っと」

 

 そのときだ。ふと静かになった小屋に、俺の腹の虫の音が響いてしまう。

 

「リヒト、お腹空いた?」

 

 きょとんと首を傾げるリヒト。

 俺は少しだけ、小屋の中を見回してから言った。

 

「……ああ、そうだな。悪いが何か食べる物を工面してきてくれないか?」

「ん、わかった。何か動物でも狩ってくる?」

「それでもいいけど、近くに村あったろ。何か買ってきてもいいぞ」

「確かに」

「ああ。……クー」

「うん?」

「ゆっくりしてきていいぞ」

 

 その言葉に、クーは無表情のままで答えた。

 

「――もし逃げたら次は折る」

「どこをですか?」

 

 空恐ろしい宣言を残して去っていくクーを、俺はひとり見送った。

 去っていく足音を室内から見送り、ふっと俺は息をつく。

 

 体調はだいぶ回復していた。まあ魔法による睡眠は、ただ眠るよりも効率よく体と脳を休めることができる。倍の睡眠時間を取ったくらいの効率はあるだろう。

 このひと月、ロクに回復できずやり繰りしていた魔力も、今は万全の六割ほどまで戻っていた。眠る前は三割を切っていたから、倍になったようなものだ。

 

「……いいね。体調が戻ったお陰で頭が冴えてきた」

 

 特に目的地を決めていなかったが、ここらで直近の目的地を考えておくか。

 まずは――まあ、そうだな。義手が欲しいところである。

 元あった腕は攻撃されたときに魔法で焼かれてしまっているから、すでに取り戻すことはできない。となれば、魔法で創った新しい腕が欲しくなるところ。

 魔道具をコレクションするのは好きな俺だが、製作するほうは専門じゃない。

 自力で作る選択肢もなしじゃないが、さすがにこれは専門家を頼ったほうがいいものが手に入るだろう。

 

 となると、向かうべきは魔道具の街――南のエイリー市辺りか。

 砲の神器を持つかつての仲間、リズノがいればいろいろ相談できたんだが。

 彼女は専門の魔法使いでこそないが、俺と同じ魔道具のコレクターだ。弟子であるクーはそう呼ばないのに、リズノが俺を師匠と呼ぶのは魔道具好きの縁からだった。

 彼女なら、いろいろコネクションを持っていたはず――。

 

「――リヒトさーん? いますかー?」

 

 コンコン、と小屋の入口の戸がノックされたのはそのときだった。

 俺は顔を上げて扉のほうを見る。

 聞こえた声と、そしてその呼び方から、誰が来たのかはすぐにわかった。

 

「おう、シャーリーの声か。どうした?」

「お夕飯、必要かと思いまして。持ってきたんですけどいりますか?」

「ああ、ありがとう。開けるからちょっと待っててよ」

 

 そう答えて俺はベッドから立ち上がる。

 すぐにドアを開こうとして、その前に眠る前に外した外套を念のため纏った。

 それからすぐに入口に向かって、扉を開けてその女性を招く。

 

「こんばんは。どうです、過ごしづらくはないですか?」

「いや、本当にありがたかったよ。今の今まで眠ってたくらいだ」

「あはは! それならよかったんですけど」

 

 笑顔を覗かせて室内に入ってきた彼女は、その両手に小さな鍋を抱えていた。

 さらにバスケットも提げており、被せられた布の隙間からパンが見える。

 

「わざわざ食事を持ってきてくれたのか」

「ええ。一応、わたしの宿のお客さんってことになってますから。まあここはウチの宿じゃないっていうか、ウチの敷地ですらないですけど」

「お陰で助かったよ。――客の料理はシャーリーが作ってるのか?」

「そうですよ。今日はシチューです。わたしの料理、これでも結構評判なんです!」

 

 にこにこと人の好い笑みを浮かべられていた。

 重そうにしつつも、彼女は部屋の真ん中のテーブルに鍋を置いた。

 続けてバスケットの中から、彼女はふたり分の食器を取り出して並べる。

 

「ふたり分?」

「はい! えへへ、いっしょにご相伴に与っちゃおっかな、って思いまして。それともご迷惑でした?」

「そうなんだ。まあ、別に迷惑とは言わないけどね」

「それならよかったです。よそっちゃいますね」

「ありがたいけど。……でも、いいの?」

「何がですか?」

「いや、――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 食事の準備をする動きが一瞬だけ硬直した。狭い小屋の中を静寂が包む。

 だがすぐにそれを破ろうと、彼女はこちらを振り返って言う。

 

「た、旅人さん? なんのことですか?」

「だから。――その料理に毒を入れて持ってきたんだろ、って言ってるんだ」

「ひ、酷いです、リヒトさん! 毒なんて入れたりしてませんっ」

「へえ……いや、すごいね。何度見ても()()()の演技力には舌を巻くよ」

「あ、あの……リヒトさんはさっきから何を」

「でも俺を殺したかったら最低限、魔力毒くらいは使わないと無理だぜ。まあ魔力毒なんて使ったら俺に察知される恐れがあっただろうし、事実たぶん気づいたけど」

「……ええと。だからですね? 何を勘違いされてるのかわからないですけど、別にわたしは毒なんて入れて――」

「ヒトを騙したがるのがお前らのよくないプライドだ。毒殺なんか狙うくらいなら、最初から本物のシャーリーを人質にでも取っておくべきだったんだよ、お前は」

「…………、なんで」

「気づいたのかって? そりゃお前、――普通に魔法を使ったからだけど」

 

 その瞬間。

 手を動かそうとした()()()を、動く前にテーブルへ叩きつけた。

 頭を掴んで問答無用で、椅子から逃げられないよう組み伏せる。

 

「くぅ……っ!?」

 

 歯噛みするようにソイツは声を上げた。

 

「悪いな。お前らとの騙し合いに付き合ってやる義理はねえんで、本物のシャーリーには最初っから魔力のマーキングをつけてある。本物は今も村の中だろ?」

「……最初、から……!?」

「ああ、そうだ。――まったく本当、似た者師弟で参るよ、――なっ!」

「――がっ――!?」

 

 答えながら俺は、頭を掴む腕に力を――魔力を込める。

 バチン、と何か弾ける音。張りつめた弓の弦が限界を迎えて切れるような衝撃。

 その一手で、目の前の《そいつ》が被っていた偽装の魔法は全て解けた。

 

 露わになった正体は、女ではなく男らしい。

 まあこいつらに性別の概念がどこまで適応されるのか知らないが、少なくとも外見上は男性だ。かなり細身で、女性にも見紛う美しい顔立ちをした金髪の美青年。

 今や俺を憎々しげに見上げる蒼い瞳も、感情さえ無視すれば宝石のよう。

 

 だが何より目を惹くのは、その瞳――両眉の上にわずかに隆起する一対の角だ。

 

 そう。それがこいつら《魔族》の特徴。

 魔族は人間と基本的にはまったく変わらない外見を持つ一方、肉体のどこか一点に必ず人間にはない特徴を持つ。

 角に限らず、たとえば翼、たとえば尻尾、あるいは腕の数や目の数にしろ。

 

 いずれにせよ――ヒトではないことだけが確かな、人類の仇敵。

 

「いつ、から……!?」

 

 気づいていたのかと、歯噛みするようにその魔族は零した。

 当然の疑問ではあるのだろう。シャーリーに魔力を込めていたというならば、俺はその時点で魔族の存在を疑っていなければおかしい。

 だがこの魔族の偽装は完璧だった。

 魔法で姿を変えているにもかかわらず魔力の気配を感じさせない矛盾した性質は、魔族に特有の技能だ。人間の魔法使いでは、どうあってもそこまで魔力を扱えない。

 

「いつからっつーなら最初からだ。正確には、――()()()()()()()()()()()()()な」

「……!?」

「だろ、()()()()()よ。馬に化けて村に溶け込むとは、なかなか変わった趣味してると言わざるを得ないんだが、俺の知らん間に、魔族の間じゃ流行ってたのか?」

 

 そう。さきほどまでこそシャーリーの姿に化けていた魔族だが、俺が最初に会ったシャーリーは本物だった。

 あのとき俺を跳ねた馬が今ここにいる魔族だ。

 こいつは、馬に化けて村に紛れ込み、住民たちを食い物にするつもりだった。

 

「俺の催眠魔法を咄嗟に無効化(レジスト)しかけたな? それがまず失点」

「ぐ……、あの一瞬で……そこまで気づいて」

「しかもその上、あえて受け入れたあとにわざわざ俺を噛んだしな。ただ興奮してただけの馬ならそれはねえよ。プライドが許さなかったか。お前、まだ若いだろ?」

「――っ、うるさい……!」

「おっと――」

 

 怒りを込めて振るわれた腕を、一歩引くことで俺は躱す。

 ま、こんだけ煽れば、むべなるかな。人間を見下し嫌悪する魔族にとっては、こういう言葉が《効く》ということを知った上で俺も言葉にしている。

 

 もともと膂力では敵わない相手だ。

 こいつらは、肉体せよ魔力にせよ人間を凌駕するからこそ《魔族》と呼ばれる。

 

 立ち上がった魔族は、その端正なかんばせに怒りを滲ませ言葉を紡ぐ。

 

「――リヒト=クライバック……! 王の仇……!」

「そうか。自己紹介はいらないな」

「は。まさかお前のほうから来てくれるとは知らなかったが、これは僥倖だ。どんな手で王を討ったにせよ、今はお前は独りだろう」

「で?」

「――貰うぞ、その魂!」

 

 魔族が叫ぶのと、俺が木の軋む床を踏み抜くのは同時だった。

 相手からの攻撃を待ってやる謂われはない。

 命のやり取りで言わなくてもいい無駄な言葉を繰り返すなど間抜けだ。土から顔を出したもぐらが、叩かれないと高を括るのは増長というものだろう。

 

 かくして俺はひと息で距離を詰め、魔族に向けて渾身の蹴りを放った。

 

「甘い!」

「お……?」

 

 だがそれは交差した両手によって防がれる。

 これは少し、評価を上方修正か。奴はとっくに臨戦態勢に入っていた。

 そのまま吹き飛ばされるように扉から転がり出る魔族。

 それを追うように外へ出て、未だこちらを睨む魔族へと問う。

 

「さすがに結界の中で戦うほど自惚れてはない、と。――だがいいのか?」

 

 小屋の外へと飛び出た魔族。

 けれど、外なら安全だなんて保障はどこにもないと知るべきだ。

 

「死ね、リヒト=クライバッ――」

 

 こちらへ腕を伸ばし、攻撃を行おうとする魔族。

 だが次の瞬間、

 

「――そこは、中より危ないぜ?」

 

 伸ばした魔族の片腕が、突如として切断され宙を舞った。

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