新エリー都、六分街。
午後の穏やかな日差しが差し込むビデオ屋『Random Play』の扉を、ニコ・デマラは景気よく蹴り開けた。
「ハロー! 伝説のプロキシさん、お仕事のお迎えに上がったわよ!」
「あ、ニコさん。いらっしゃい」
カウンターの奥でアキラが苦笑し、奥の部屋からはリンが顔を出す。
「もう、ニコさん。扉は静かに開けてって言ってるでしょ?」
「細かいことは気にしないの! アンビー、ほら、挨拶しなさい」
ニコに促され、銀髪の少女アンビーが、手に持っていたハンバーガーの袋を静かに畳んだ。
「……ん、久しぶりね。現在、空腹度は解消。作戦行動、可能です」
「相変わらずの食い意地だね……。あ、そちらの方は?」
リンの視線が、ニコの背後に立つ男――レンに向けられた。レンは深くフードを被り、顔の半分を無機質なタクティカルマスクで覆っている。
「新入りのレンよ。ちょっと愛想はないけど、腕は私が保証するわ。……ね、レン?」
「……よろしく。依頼の詳細は移動中に聞く」
レンは努めて感情を排した声で短く答えた。
(……落ち着け。今の俺は『レン』だ。あの子たちの知るお兄ちゃんじゃない)
目の前にいるリンとアキラは、かつて自分が命がけで守った子供たちではない。立派にこの街で裏稼業プロキシを営む「パエトーン」だ。
「……ふーん。レンさん、か。なんだか不思議な感じの人ですね」
リンが身を乗り出し、ジロジロとレンを観察する。
「リン、失礼だよ。……ニコさん、今回の依頼は先日お話しした通り『旧都陥落時の未公開データ』の回収です。場所は指定した座標ですが、最近エーテル濃度が不安定になっているという報告があります。気をつけてください」
「任せなさいって! さあ、行くわよあんたたち!」
ニコの陽気な声に背中を押されるようにして、レンはビデオ屋を後にした。
「……失礼する」
短く、突き放すような別れの言葉。
背後でリンが何かを言いかけた気配がしたが、レンは振り返らなかった。振り返れば、その瞳に宿る執着と期待に、自分の中の「レン」という仮面が耐えきれないと分かっていたからだ。
「……ねえ、レン。あんた、さっきから一回もリンちゃんたちの顔を見なかったわね。もしかして、若い子が苦手?」
しばらく歩いて、ニコがからかうように肩を並べてくる。
「……集中しているだけだ。プロキシからの直接依頼だ。失敗は許されない」
「真面目ねえ。アンビー、見習いなさいよ」
「……善処するわ。今はそれより――」
アンビーの言葉が途切れ、彼女の手が腰の剣の柄にかけられた。
六分街から出発し、いつの間にか「ホロウ」の境界線へと飲み込まれていた。
青空はどす黒いエーテルの雲に覆われ、街並みは灰色の廃墟へと姿を変える。新エリー都の外側、旧都の亡霊が彷徨う死の街。
「リン、聞こえる? 侵入完了よ。ガイドをお願い」
ニコが通信機を叩くと、聞き慣れたリンの声がノイズ混じりに響く。
『了解。……レンさん、聞こえますか? 今、皆さんがいる場所は比較的エーテル濃度が安定しているはずです。目標のビルまで、あと五百メートル。そのまま直進してください』
「了解した。……行くぞ」
レンはリンの声を聞き流すように、先頭に立った。
だが、数分と進まぬうちに、レンの肌が粟立った。
転生者としての知識、そして数えきれない死によって培われた生存本能が、激しい警鐘を鳴らす。
(……おかしい。ここら辺には小型のエーテリアスしか出ないはずだ。なのに、この重圧はなんだ……?)
その「違和感」が形を成したのは、目的のビルを目前にした時だった。
突如、大気が震え、ビルの屋上から漆黒の衝撃波が放たれた。
「――っ!? 全員、散れ!!」
レンの叫びと同時に、二つの巨大な影が頭上から降ってきた。
一つは、陽炎のように揺らめく漆黒の太刀を携えた人型の特級個体。
もう一つは、全身を重厚な鋼鉄の鱗で覆い、口端からエーテルの炎を漏らす巨獣。
「な、何よこれ! 冗談でしょ!? こんな個体、データにはなかったわよ!」
ニコが悲鳴を上げながら重火器を構える。だが、巨獣が放った咆哮一閃、大気が爆ぜ、その圧力だけで三人は吹き飛ばされた。
「ニコ、アンビー!!」
レンが顔を上げた時、絶望が始まった。
人型の特級個体が、音もなくアンビーの背後に立ち、その漆黒の刃を振り下ろした。
「……え?」
アンビーが振り返る間もなく、銀色の髪が宙を舞い、彼女の頭部がアスファルトに転がった。
「あ、あぁ……ッ!!」
ニコが叫び、引き金を引く。だが巨獣の炎が彼女を飲み込み、次の瞬間には、そこには炭化した肉塊しか残っていなかった。
『ニコさん!? アンビー!? 嘘でしょ、何が起きてるの!? 答えて!!』
通信機から流れるリンの悲鳴。
レンは、自分の喉にナイフを突き立てた。
(……やり直しだ。こんなの、認めない……!!)
……ドクン。
鼓動と共に、視界が白濁する。
死に戻り、一回目。
戦闘開始の三十秒前。
「ッ、ウ゛、ェ……!……ハァ、ハァッ」
レンは膝をつき、激しく嘔吐した。頭の中に「アンビーの首が飛ぶ感触」が、自分自身の痛みのようにこびりついている。
「レン!? どうしたの、急に」
ニコが駆け寄るが、レンはそれを突き放した。
「……屋上から来る! 二体だ! 全員、左の地下通路へ逃げろ!!」
「えっ、ちょ――」
――十二回目。
地下通路へ逃げ込んだ。だが、そこには軍が仕込んだであろう罠が張り巡らされており、三人は串刺しになった。
――四十八回目。
人型の攻撃パターンを完全に記憶した。レンはナイフ一本でその太刀筋を受け流すが、その隙に巨獣のブレスが逃げ場を失ったニコを焼き尽くす。
「……クソが!!」
自ら首を掻き切る。
――九十一回目。
「ニコ、そのまま伏せろ! アンビー、右に三歩!!」
レンの指示は完璧だった。だが、彼の体が追いつかない。人型の二連斬りを防いだ瞬間、腕の骨が砕け、そのまま胸を貫かれた。
死。死。死。
何度も、何度も、レンは「自分の死」と「仲間の死」を経験した。
ニコが絶叫しながら死ぬ顔を。アンビーが無機質な瞳を恐怖に染めて息絶える姿を。
そして通信機越しに、自分の大切な「妹」と「弟」が狂乱していく声を。
「……なぜだ。どうして、誰も救えない……」
二百十一回目。
レンの意識は、すでに自分の名前すら忘れかけていた。
視界はノイズで埋め尽くされ、アンビーが肩を揺らして呼びかけてきても、それは壊れたスピーカーの雑音にしか聞こえない。
「……レン、応答を。……レン!!」
アンビーの口が動いている。だが、レンに見えているのは「今から三秒後、彼女の胴体が真っ二つになる」凄惨な未来図フラッシュバックだけだ。
ニコが巨獣に踏み潰される。アンビーがバラバラに引き裂かれる。
そのたびに、世界を巻き戻す。
だが、どれほどやり直しても、絶望的な戦力差は埋まらない。
(……俺が、弱いからか。俺が、中途半端に介入したからか……!)
転生者としての誇りも、知識も、この地獄の前では塵に等しかった。
二百五十、二百六十、二百七十。
死の回数が重なるたびに、レンの瞳から光が消え、代わりに底知れない虚無が溜まっていく。
「……もう、嫌だ……」
脳が焼き切れる音を立てていた。
一人の人間が耐えられる「非在の記憶」の分量は、とうに超えている。
二百九十九回目。
ニコの遺体を抱えながら、レンは人型の刃に心臓を貫かれた。
「……ア、ハハ……」
口から溢れるのは、笑いとも嗚咽ともつかない音。
「……次は……もっと、うまくやるからな……」
震える手で自分の首を掻き切る。
――三百回目。
その瞬間、レンの脳内で「カチリ」と、何かが嵌まる音がした。
崩壊したはずの精神の瓦礫の中から、どす黒いエーテルの奔流が、これまでの比ではない密度で噴き出した。
「――
感情の消失した、無機質な声。
レンの髪は、根元から雪のような白へと染まり、周囲の重力が狂ったように歪み始める。
三百回の死という絶望を「経験値」として喰らい尽くし、ホロウの理を侵食し、新たな「力」を産み落とした瞬間だった。
世界の色が、一変した。
「……ああ、そうか。死ぬことが、そんなに特別なら」
レンの脳のリミッターが物理的に弾け飛んだ。脳内を満たしていた膨大な「死の経験値」が、行き場を失ったエーテルエネルギーと結びつき、肉体を強制的に再構築していく。
全身から、どす黒く、それでいて星のように輝くエーテルの奔流が吹き荒れた。
レンの髪は根元から雪のような白へと染まり、周囲の重力が狂ったように歪む。
「【
レンが一歩、踏み出す。
その瞬間、時間の流れが歪んだ。
レンの背後から、漆黒の霧を纏った「別のレン」たちが次々と剥離するように現れた。
一人のレンが、アンビーの目前で人型の太刀を素手で掴んで止める。
一人のレンが、巨獣の喉元に肉薄し、零距離でナイフを突き立てる。
また一人のレンが、かつて自分が死んだ場所で、敵の攻撃を嘲笑うように立ちはだかる。
「な……に……っ!?」
アンビーが目を見開く。彼女の目の前には、十人、二十人もの「レン」が存在していた。
それは幻影ではない。これまでのループで彼が積み上げてきた「死の可能性」そのものが、ホロウの理を侵食し、実体を持って現実に固定された軍勢だ。
「死んだ俺たちが、お前を望んでいる」
本体のレンが静かに告げると、数十人の残像が一斉に地を蹴った。
あるレンは胴体を斬られながらも敵の腕を封じ、あるレンは首を飛ばされながらも核を抉り出す。
「自分自身の死」を盾にし、弾丸にし、踏み台にする。
三百回の絶望を経験した者にしか許されない、あまりにも冒涜的で、あまりにも残酷な数の暴力。
人型のエーテリアスは、どれほど神速の抜刀を繰り出そうとも、既に「死のルート」を熟知している亡霊たちの群れを捌ききれない。
シュン、と。
一瞬の静寂の後、人型の巨躯が、無数の斬撃の線に沿ってバラバラに崩れ落ちた。
「次は、お前だ」
レンは、咆哮を上げようとする巨獣の眉間に指を突き立てる。
その指先には、これまでの全ループで味わった「苦痛」が、純粋な破壊エネルギーへと変換され、凝縮されていた。
「因果、逆転」
ドォォォォォンッ!!!
レンの指先から放たれた衝撃波が、巨獣の全身を内側から爆破した。鋼鉄の鱗が弾け飛び、特級個体の核が粉塵となって消滅する。
爆音の余韻が消え、辺りには不気味なほどの静寂が戻った。
実体化していた残像たちが、黒い霧となってレンの体へと吸い込まれていく。
白く染まった髪を揺らし、レンは瓦礫の中に独り、立ち尽くしていた。
「……あ、あぁ……」
喉を震わせて漏れたのは、勝利の咆哮ではない。
脳に焼き付いた「三百通りの死」の残滓に苛まれ、自分が今、本当に「生きている」のかすら判別できなくなった男の、虚ろな吐息だった。
静寂が訪れた。
レンは一人、瓦礫の中に膝をついていた。
「レン……貴方、本当にレンなの……?」
ニコの問いに、レンは答えられない。
「……レン。貴方の右目」
アンビーが指差した、レンの瞳。そこには、不気味に赤く発光する数字が刻まれていた。
【300】
それは、彼が旧都陥落の日から今日この瞬間まで、誰にも知られず、たった一人で積み重ねてきた「なかったことにした死」の総計。
「……三百、か。まだ、そんなものか」
レンは水たまりに映る自分の瞳を見つめ、自嘲気味に笑った。その笑みには、もはや人間らしい温かみは欠片も残っていなかった。
その日の夕刻。一行は重い足取りで『Random Play』へと戻った。
「……依頼の品だ。確認してくれ」
仮面の下から冷徹な声を出した。だが、リンとアキラは、置かれた記録媒体には目もくれなかった。
「……レンさん。その手の傷、どうしたの?」
リンの声は、震えていた。
戦闘でボロボロになった袖口から、レンの右手の甲が剥き出しになっていた。そこには、あの日、地下シェルターの厨房でリンを庇って負った、三日月型の火傷の痕が焼き付いていた。
「……任務中に負った、ただの古傷だ。人違いだろう」
「嘘だよ。……絶対に嘘」
リンが震える指でその傷に触れる。レンは拒絶するように手を引こうとしたが、リンの力は強く、離さなかった。
「……レンさん。いえ、"お兄さん"」
アキラが、レンの出口を塞ぐように立ちふさがった。
「貴方のその、右目の数字……。さっき店に入ってきた時よりも、一つ増えていますよね?」
レンの心臓が、痛いほどに跳ねた。
「今、リンに問い詰められて、貴方は一瞬……自分の喉を突き刺して、やり直そうとしたはずだ。……僕たちの前で、貴方の『残像』が、確かに血を流して倒れるのが見えたんだよ!!」
覚醒した能力が、レンの無意識の「死の選択」を現実に漏洩させてしまったのだ。
「"お兄さん"……貴方は、僕たちのために、何回死んだの……?」
リンが泣きながらレンの胸に顔を埋めた。
「……なんで、一人でそんなに傷ついてるの……!?」
「…………」
レンは何も答えられなかった。瞳の【301】という数字が、彼の孤独な戦いを証明していた。
だが、彼はまだ止まるわけにはいかない。転生者としての知識が、次に救うべき人々――白祇重工の面々に迫る危機を告げていたからだ。
「……済まない。俺には、まだやらなきゃいけないことがある」
レンはリンの腕を静かに、けれど拒絶するように解いた。
驚くリンとアキラを残し、レンは夕闇の六分街へと消えていく。
「待って、"お兄さん"……!」
リンの叫びを背に、レンは仮面を直し、瞳の数字を隠した。
誰にも理解されないまま、彼は次の「正解」を探すために、再び死の荒野へと踏み出していった。
筆がノッてるときはいいんだけど、途中から分かんなくなっちゃうよ…。何回も修正を加えて追いづらい二次創作だと思いますが、楽しんで頂けると幸いです。┏○
誰とのストーリーを書いたらいいでふかね(選択肢にないキャラは私の妄想が乏しいために入っておりません。ご要望あれば教えてください)
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イヴリン&アストラ
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朱鳶さん
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儀玄師匠
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福福先輩
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ルーシー
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シード
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雅課長
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柳
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エレン
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邪兎屋
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カリュドーンの子
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ヴィクトリア家政
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対ホロウ特別行動部第六課
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雲嶽山