リセット・ホロウ 〜死に損ないの観測者〜   作:くりぢゅん

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※第4、6話に修正を加えました(12/30)


刻まれた「終焉」

 

 

 

新エリー都、六分街。

午後の穏やかな日差しが差し込むビデオ屋『Random Play』の扉を、ニコ・デマラは景気よく蹴り開けた。

 

「ハロー! 伝説のプロキシさん、お仕事のお迎えに上がったわよ!」

「あ、ニコさん。いらっしゃい」

 

カウンターの奥でアキラが苦笑し、奥の部屋からはリンが顔を出す。

 

「もう、ニコさん。扉は静かに開けてって言ってるでしょ?」

「細かいことは気にしないの! アンビー、ほら、挨拶しなさい」

ニコに促され、銀髪の少女アンビーが、手に持っていたハンバーガーの袋を静かに畳んだ。

 

「……ん、久しぶりね。現在、空腹度は解消。作戦行動、可能です」

「相変わらずの食い意地だね……。あ、そちらの方は?」

 

リンの視線が、ニコの背後に立つ男――レンに向けられた。レンは深くフードを被り、顔の半分を無機質なタクティカルマスクで覆っている。

 

「新入りのレンよ。ちょっと愛想はないけど、腕は私が保証するわ。……ね、レン?」

「……よろしく。依頼の詳細は移動中に聞く」

 

レンは努めて感情を排した声で短く答えた。

 

(……落ち着け。今の俺は『レン』だ。あの子たちの知るお兄ちゃんじゃない)

 

目の前にいるリンとアキラは、かつて自分が命がけで守った子供たちではない。立派にこの街で裏稼業プロキシを営む「パエトーン」だ。

 

「……ふーん。レンさん、か。なんだか不思議な感じの人ですね」

リンが身を乗り出し、ジロジロとレンを観察する。

 

「リン、失礼だよ。……ニコさん、今回の依頼は先日お話しした通り『旧都陥落時の未公開データ』の回収です。場所は指定した座標ですが、最近エーテル濃度が不安定になっているという報告があります。気をつけてください」

「任せなさいって! さあ、行くわよあんたたち!」

 

ニコの陽気な声に背中を押されるようにして、レンはビデオ屋を後にした。

「……失礼する」

短く、突き放すような別れの言葉。

背後でリンが何かを言いかけた気配がしたが、レンは振り返らなかった。振り返れば、その瞳に宿る執着と期待に、自分の中の「レン」という仮面が耐えきれないと分かっていたからだ。

 

「……ねえ、レン。あんた、さっきから一回もリンちゃんたちの顔を見なかったわね。もしかして、若い子が苦手?」

 

しばらく歩いて、ニコがからかうように肩を並べてくる。

 

「……集中しているだけだ。プロキシからの直接依頼だ。失敗は許されない」

「真面目ねえ。アンビー、見習いなさいよ」

「……善処するわ。今はそれより――」

 

アンビーの言葉が途切れ、彼女の手が腰の剣の柄にかけられた。

六分街から出発し、いつの間にか「ホロウ」の境界線へと飲み込まれていた。

青空はどす黒いエーテルの雲に覆われ、街並みは灰色の廃墟へと姿を変える。新エリー都の外側、旧都の亡霊が彷徨う死の街。

 

「リン、聞こえる? 侵入完了よ。ガイドをお願い」

 

ニコが通信機を叩くと、聞き慣れたリンの声がノイズ混じりに響く。

 

『了解。……レンさん、聞こえますか? 今、皆さんがいる場所は比較的エーテル濃度が安定しているはずです。目標のビルまで、あと五百メートル。そのまま直進してください』

「了解した。……行くぞ」

 

レンはリンの声を聞き流すように、先頭に立った。

だが、数分と進まぬうちに、レンの肌が粟立った。

転生者としての知識、そして数えきれない死によって培われた生存本能が、激しい警鐘を鳴らす。

 

(……おかしい。ここら辺には小型のエーテリアスしか出ないはずだ。なのに、この重圧はなんだ……?)

 

その「違和感」が形を成したのは、目的のビルを目前にした時だった。

突如、大気が震え、ビルの屋上から漆黒の衝撃波が放たれた。

 

「――っ!? 全員、散れ!!」

 

レンの叫びと同時に、二つの巨大な影が頭上から降ってきた。

一つは、陽炎のように揺らめく漆黒の太刀を携えた人型の特級個体。

もう一つは、全身を重厚な鋼鉄の鱗で覆い、口端からエーテルの炎を漏らす巨獣。

 

「な、何よこれ! 冗談でしょ!? こんな個体、データにはなかったわよ!」

 

ニコが悲鳴を上げながら重火器を構える。だが、巨獣が放った咆哮一閃、大気が爆ぜ、その圧力だけで三人は吹き飛ばされた。

 

「ニコ、アンビー!!」

 

レンが顔を上げた時、絶望が始まった。

人型の特級個体が、音もなくアンビーの背後に立ち、その漆黒の刃を振り下ろした。

 

「……え?」

 

アンビーが振り返る間もなく、銀色の髪が宙を舞い、彼女の頭部がアスファルトに転がった。

 

「あ、あぁ……ッ!!」

 

ニコが叫び、引き金を引く。だが巨獣の炎が彼女を飲み込み、次の瞬間には、そこには炭化した肉塊しか残っていなかった。

 

『ニコさん!? アンビー!? 嘘でしょ、何が起きてるの!? 答えて!!』

 

通信機から流れるリンの悲鳴。

レンは、自分の喉にナイフを突き立てた。

 

(……やり直しだ。こんなの、認めない……!!)

 

 

 

……ドクン。

鼓動と共に、視界が白濁する。

死に戻り、一回目。

戦闘開始の三十秒前。

 

「ッ、ウ゛、ェ……!……ハァ、ハァッ」

レンは膝をつき、激しく嘔吐した。頭の中に「アンビーの首が飛ぶ感触」が、自分自身の痛みのようにこびりついている。

 

「レン!? どうしたの、急に」

ニコが駆け寄るが、レンはそれを突き放した。

 

「……屋上から来る! 二体だ! 全員、左の地下通路へ逃げろ!!」

「えっ、ちょ――」

 

 

 

 

 

 

――十二回目。

地下通路へ逃げ込んだ。だが、そこには軍が仕込んだであろう罠が張り巡らされており、三人は串刺しになった。

 

 

――四十八回目。

人型の攻撃パターンを完全に記憶した。レンはナイフ一本でその太刀筋を受け流すが、その隙に巨獣のブレスが逃げ場を失ったニコを焼き尽くす。

「……クソが!!」

自ら首を掻き切る。

 

 

 

――九十一回目。

「ニコ、そのまま伏せろ! アンビー、右に三歩!!」

 

レンの指示は完璧だった。だが、彼の体が追いつかない。人型の二連斬りを防いだ瞬間、腕の骨が砕け、そのまま胸を貫かれた。

死。死。死。

何度も、何度も、レンは「自分の死」と「仲間の死」を経験した。

ニコが絶叫しながら死ぬ顔を。アンビーが無機質な瞳を恐怖に染めて息絶える姿を。

そして通信機越しに、自分の大切な「妹」と「弟」が狂乱していく声を。

「……なぜだ。どうして、誰も救えない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二百十一回目。

レンの意識は、すでに自分の名前すら忘れかけていた。

視界はノイズで埋め尽くされ、アンビーが肩を揺らして呼びかけてきても、それは壊れたスピーカーの雑音にしか聞こえない。

 

「……レン、応答を。……レン!!」

 

アンビーの口が動いている。だが、レンに見えているのは「今から三秒後、彼女の胴体が真っ二つになる」凄惨な未来図フラッシュバックだけだ。

ニコが巨獣に踏み潰される。アンビーがバラバラに引き裂かれる。

そのたびに、世界を巻き戻す。

だが、どれほどやり直しても、絶望的な戦力差は埋まらない。

 

(……俺が、弱いからか。俺が、中途半端に介入したからか……!)

 

転生者としての誇りも、知識も、この地獄の前では塵に等しかった。

二百五十、二百六十、二百七十。

死の回数が重なるたびに、レンの瞳から光が消え、代わりに底知れない虚無が溜まっていく。

 

「……もう、嫌だ……」

 

脳が焼き切れる音を立てていた。

一人の人間が耐えられる「非在の記憶」の分量は、とうに超えている。

 

 

 

 

二百九十九回目。

ニコの遺体を抱えながら、レンは人型の刃に心臓を貫かれた。

 

「……ア、ハハ……」

口から溢れるのは、笑いとも嗚咽ともつかない音。

 

「……次は……もっと、うまくやるからな……」

 

震える手で自分の首を掻き切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――三百回目。

その瞬間、レンの脳内で「カチリ」と、何かが嵌まる音がした。

崩壊したはずの精神の瓦礫の中から、どす黒いエーテルの奔流が、これまでの比ではない密度で噴き出した。

 

「――受領(アクセプト)

 

感情の消失した、無機質な声。

レンの髪は、根元から雪のような白へと染まり、周囲の重力が狂ったように歪み始める。

三百回の死という絶望を「経験値」として喰らい尽くし、ホロウの理を侵食し、新たな「力」を産み落とした瞬間だった。

 

 

 

世界の色が、一変した。

 

「……ああ、そうか。死ぬことが、そんなに特別なら」

 

レンの脳のリミッターが物理的に弾け飛んだ。脳内を満たしていた膨大な「死の経験値」が、行き場を失ったエーテルエネルギーと結びつき、肉体を強制的に再構築していく。

全身から、どす黒く、それでいて星のように輝くエーテルの奔流が吹き荒れた。

レンの髪は根元から雪のような白へと染まり、周囲の重力が狂ったように歪む。

 

「【亡霊の残像(アフターイメージ)】」

 

レンが一歩、踏み出す。

その瞬間、時間の流れが歪んだ。

 

レンの背後から、漆黒の霧を纏った「別のレン」たちが次々と剥離するように現れた。

一人のレンが、アンビーの目前で人型の太刀を素手で掴んで止める。

一人のレンが、巨獣の喉元に肉薄し、零距離でナイフを突き立てる。

また一人のレンが、かつて自分が死んだ場所で、敵の攻撃を嘲笑うように立ちはだかる。

 

「な……に……っ!?」

 

アンビーが目を見開く。彼女の目の前には、十人、二十人もの「レン」が存在していた。

それは幻影ではない。これまでのループで彼が積み上げてきた「死の可能性」そのものが、ホロウの理を侵食し、実体を持って現実に固定された軍勢だ。

 

「死んだ俺たちが、お前を望んでいる」

 

本体のレンが静かに告げると、数十人の残像が一斉に地を蹴った。

あるレンは胴体を斬られながらも敵の腕を封じ、あるレンは首を飛ばされながらも核を抉り出す。

 

「自分自身の死」を盾にし、弾丸にし、踏み台にする。

三百回の絶望を経験した者にしか許されない、あまりにも冒涜的で、あまりにも残酷な数の暴力。

 

人型のエーテリアスは、どれほど神速の抜刀を繰り出そうとも、既に「死のルート」を熟知している亡霊たちの群れを捌ききれない。

シュン、と。

一瞬の静寂の後、人型の巨躯が、無数の斬撃の線に沿ってバラバラに崩れ落ちた。

 

「次は、お前だ」

 

レンは、咆哮を上げようとする巨獣の眉間に指を突き立てる。

その指先には、これまでの全ループで味わった「苦痛」が、純粋な破壊エネルギーへと変換され、凝縮されていた。

 

「因果、逆転」

 

ドォォォォォンッ!!!

レンの指先から放たれた衝撃波が、巨獣の全身を内側から爆破した。鋼鉄の鱗が弾け飛び、特級個体の核が粉塵となって消滅する。

爆音の余韻が消え、辺りには不気味なほどの静寂が戻った。

実体化していた残像たちが、黒い霧となってレンの体へと吸い込まれていく。

白く染まった髪を揺らし、レンは瓦礫の中に独り、立ち尽くしていた。

 

「……あ、あぁ……」

 

喉を震わせて漏れたのは、勝利の咆哮ではない。

脳に焼き付いた「三百通りの死」の残滓に苛まれ、自分が今、本当に「生きている」のかすら判別できなくなった男の、虚ろな吐息だった。

 

静寂が訪れた。

レンは一人、瓦礫の中に膝をついていた。

 

「レン……貴方、本当にレンなの……?」

ニコの問いに、レンは答えられない。

 

「……レン。貴方の右目」

アンビーが指差した、レンの瞳。そこには、不気味に赤く発光する数字が刻まれていた。

 

【300】

 

それは、彼が旧都陥落の日から今日この瞬間まで、誰にも知られず、たった一人で積み重ねてきた「なかったことにした死」の総計。

「……三百、か。まだ、そんなものか」

レンは水たまりに映る自分の瞳を見つめ、自嘲気味に笑った。その笑みには、もはや人間らしい温かみは欠片も残っていなかった。

 

 

 

その日の夕刻。一行は重い足取りで『Random Play』へと戻った。

 

「……依頼の品だ。確認してくれ」

 

仮面の下から冷徹な声を出した。だが、リンとアキラは、置かれた記録媒体には目もくれなかった。

 

「……レンさん。その手の傷、どうしたの?」

 

リンの声は、震えていた。

戦闘でボロボロになった袖口から、レンの右手の甲が剥き出しになっていた。そこには、あの日、地下シェルターの厨房でリンを庇って負った、三日月型の火傷の痕が焼き付いていた。

 

「……任務中に負った、ただの古傷だ。人違いだろう」

「嘘だよ。……絶対に嘘」

 

リンが震える指でその傷に触れる。レンは拒絶するように手を引こうとしたが、リンの力は強く、離さなかった。

 

「……レンさん。いえ、"お兄さん"」

 

アキラが、レンの出口を塞ぐように立ちふさがった。

 

「貴方のその、右目の数字……。さっき店に入ってきた時よりも、一つ増えていますよね?」

 

レンの心臓が、痛いほどに跳ねた。

 

「今、リンに問い詰められて、貴方は一瞬……自分の喉を突き刺して、やり直そうとしたはずだ。……僕たちの前で、貴方の『残像』が、確かに血を流して倒れるのが見えたんだよ!!」

 

覚醒した能力が、レンの無意識の「死の選択」を現実に漏洩させてしまったのだ。

 

「"お兄さん"……貴方は、僕たちのために、何回死んだの……?」

 

リンが泣きながらレンの胸に顔を埋めた。

 

「……なんで、一人でそんなに傷ついてるの……!?」

「…………」

 

レンは何も答えられなかった。瞳の【301】という数字が、彼の孤独な戦いを証明していた。

 

だが、彼はまだ止まるわけにはいかない。転生者としての知識が、次に救うべき人々――白祇重工の面々に迫る危機を告げていたからだ。

 

「……済まない。俺には、まだやらなきゃいけないことがある」

 

レンはリンの腕を静かに、けれど拒絶するように解いた。

驚くリンとアキラを残し、レンは夕闇の六分街へと消えていく。

 

「待って、"お兄さん"……!」

 

リンの叫びを背に、レンは仮面を直し、瞳の数字を隠した。

誰にも理解されないまま、彼は次の「正解」を探すために、再び死の荒野へと踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 




筆がノッてるときはいいんだけど、途中から分かんなくなっちゃうよ…。何回も修正を加えて追いづらい二次創作だと思いますが、楽しんで頂けると幸いです。┏○

誰とのストーリーを書いたらいいでふかね(選択肢にないキャラは私の妄想が乏しいために入っておりません。ご要望あれば教えてください)

  • イヴリン&アストラ
  • 朱鳶さん
  • 儀玄師匠
  • 福福先輩
  • ルーシー
  • シード
  • 雅課長
  • エレン
  • 邪兎屋
  • カリュドーンの子
  • ヴィクトリア家政
  • 対ホロウ特別行動部第六課
  • 雲嶽山
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