帰還聖女と黒の隷属   作:大西アレイ

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前回の大ポカが怖いので、今回から試験的に短くします。


第五話 帰還聖女と困惑

 

『あら、フィオラ。魔物の犬を携えて何をされているのですか?』

『ああ、これかい?端的に言えば、闇魔法の解析だよ』

 

 やわらかな日差しが差し込む中庭。草花がよく手入れされ、一種の芸術作品のようになっているその場にクラウディアは訪れていた。

 彼女と話を交わすのは、同じく日差しに照らされ、しかし煩わしげに大きな帽子を深く被るエルフ。

 

『闇魔法……そういえば、あなたも適性がありましたね』

『その通り。この天才魔法使いは、光を除いて全ての属性を司っているのさ。ご存知の通り、ね』

『うふふ。頼もしいことです』

 

 任せたまえよ、と厚手の服をまとう慎ましやかな胸を張り、フィオラは鼻を鳴らした。

 クラウディアは彼女の腰に当てた手、その先から伸びるリードに繋がれた黒い犬を見やる。

 鋭い牙と、獰猛を形にしたような爪。頭からは二対の角が伸び、正しく魔物と形容するに相応しい。

 けれど、フィオラはもちろんクラウディアにも襲いかかる様子はない。忠犬のように静かに、そこに佇んでいた。

 

『……この子、理性の色がありますね。これも闇魔法の恩恵なのですか?』

『うん、そうだよ。隷属、と言ってね。闇魔法でも中級くらいの難度になるか』

 

 『隷属』。その名の通り、発動対象を奴隷のように扱えるようになる魔法だ。主人の命令は絶対遵守で、生殺与奪や生物としての尊厳を侮辱する忌まわしき技術でもある。

 潔白にして純白なクラウディアには最も遠く、底の底にあるような魔法だ。

 ゆえにフィオラは内心、『隷属』の研究をしている光景をクラウディアに目撃されたことを焦っていた。

 

『まあ、では噛み付くこともないのですね。……しかし、なぜこの研究を?』

『うーん、どう言えばいいかな。この魔法は少し特殊なんだ。例えば魔力の供給は対象の体に触れなければならないだろう?』

『ええ。そうですね』

『でも、隷属で従えた対象への供給は体を触れさせる必要がないんだ』

 

 懸念に反して、クラウディアは興味深げに目を瞬かせた。それに気をよくしたフィオラは、歌うように続ける。

 

『だから、隷属とはただ従えるだけではなくて……もっと深い、魂の繋がりのようなものがある……そんな気がしてね。ちょっとした興味から、魔物の犬を引っ張ってきたわけだ』

『ほぅ、それはまた……難しい話になってきましたね。私には理解が及びそうもありません』

『ふふ、だから言ったろう。任せたまえよ、とね。こういうのは私の仕事さ。奪われては困る』

 

 口元を吊り上げ、フィオラは不敵に笑う。叡智の魔法使いにして、魔法研究の第一人者は伊達ではない。

 クラウディアは天才だが、理論派ではない感覚派だ。ゆえに、細かな魔法知識などへの理解はそれほど深くない。

 それでもフィオラの魔法を簡単に改良してみせたのだから、天才という言葉も生ぬるいだろう。

 

 だが、クラウディアのような感覚派は魔法院の頭でっかちな学者たちが最も嫌う傾向にある。魔法とは緻密に計算された数式であり、理解せずにそれらを扱うのは魔法への侮辱――そう考えるからだ。

 しかし、フィオラはそうは思わない。感覚派こそ、無意識に魔法を理解していると考えるからだ。それは呼吸の方法を、教えられずとも知っているように。

 

『ですがフィオラ。休日なのですから、ゆっくり羽を伸ばしませんと』

『何を言っているんだい?研究こそ最大の羽休めだよ』

『……そういえば、以前から着手していたお菓子が完成しまして』

『よし、研究なんて放っておこう。私が味見をするから案内したまえよ』

『ふふっ。わかりました』

 

 それはきっと、クラウディアへの想いがそう考えさせ、思考を鈍らせているのかもしれないけれど。

 そも、感覚や理論の違いは魔王との戦いにおいて意味をなさないし、下手に理論を解いて小さくまとまった魔法使いになってもらっては困る。

 

 なにより、今はクラウディアの作る故郷の菓子が食べたいから、フィオラは小難しい考えを忘却の彼方へ蹴り飛ばした。

 

 

 

 

『ところで、なんでいつも一番に試食させてくれるんだい?アリアやユフィの方が声をかけやすいだろう』

『……さて、なぜでしょうか。今日は休日手当、ということで一つ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「れ、れれれれ隷属って!?なんで、どうして!?」

「わ、お、落ち着いてください桜さんっ!揺れる、揺れますから!あと、こぼれちゃいますから!」

「こぼれようがあふれようがどっちでもいいよ!わ、私知らない!なにそれ!?」

 

(なんか、とんでもないことになってる……)

 

 遠のいた意識が戻り、一時完全に魂が抜けて白くなっていたクラウディア。その目の前で勃発していたのは、前髪の下の目がぐるぐるとして錯乱する桜と、肩を揺さぶられ、胸部が跳ねに跳ねる莉子の修羅場であった。

 

 そこに混じって問い詰めたくもあったが、収拾がつかなくなる。クラウディアは小さく咳払いすると、やや大きく息を吸って、

 

「落ち着きましょう」

 

 鶴の一声を放った。

 

 その声は波紋のように広がり、荒々しい感情の波をさざめく程度に抑え込む。万の軍勢に届いたその声の波紋が、たった二人に向けられているのだ。桜と莉子は突然すっきりと明瞭になった頭を小さく下げた。

 

「そ、そうですね……取り乱しました、ごめんなさい」

「いえいえ……」

 

 桜が莉子の肩から手を離すと、二人は気まずそうに距離をとった。片や我を失って詰め寄り、片や言葉選びを間違え暴投してしまった引け目があるのだ。

 こうした仲裁は、「白き聖女」として何度も行ってきた。話の修正も手慣れたもので、クラウディアは自分から話を進めていく。

 

「その、疑うわけではありませんが、私が桜様に隷属している、と?」

「は、はい。間違いありません」

「なぜそんなことに……」

「恐らく、『スキル』の暴発かと」

「暴発……そんなこともあり得るのですか?」

 

 魔法にも、暴発はあるにはあった。

 異世界に広まっていた魔法は、端的に言えばイメージを現実に投影する、といったものだ。炎で矢を生み出したり、風で刃を形成したり、と、完成度も想像力に委ねられる。

 故に、極端に想像力を働かせて無理な形で出力しようとしたり、逆にあやふやなイメージで形にしてしまうと、あらぬ方向に作用してしまうことは初心者にありがちなミスだ。

 

 ちなみにクラウディアは一度も暴発させたことはない。彼女は勇者チート、というやつだと考えている。

 

 話を戻して、『スキル』の暴発について、だ。

 

「暴発すると、例えば私の『鑑定』なら、あらゆる世界の情報に触れて脳が沸騰したりします」

「ええ……」

「あ、安心してください。暴発は特殊な例を除いて滅多に起きません。つまり今回はその、特殊な例にあたるわけですが……」

 

 桜がやや口ごもった莉子の代わりに続きを紡ぐ。

 

「多分、能力発現時がトリガー、かな」

「私もそう思います。『スキル』暴発は、獲得した時に起こる場合が多くて……探索者になるためには、『鑑定』を受ける義務があります。桜さんはつい先日受けたばかりで、『隷属』は現れていませんでした。つまり、今日会得し、暴発した。と、考えるのが自然です」

 

(思っていたよりも怖い話だった)

 

 しかし、脳が沸騰するという恐ろしい暴発は起こらなかったのだろうか。莉子をちらりと見たクラウディアだったが、重要なのは『隷属』の方だと思い直す。

 

「……それで、解除はできるのですか?」

「え、ええ。できるはずですよ。主人である桜さんが命じれば、問題ないはずです」

「も、もちろんすぐ解除します!いえ、させてください!」

 

(焦って言葉遣いがおかしくなっている……まあ、人間がいきなり自分の眷属になってたら誰だって驚くか)

 

 実のところ現実味のない話に、クラウディア自身置いてかれていた。さらに元よりダンジョンとやらのせいで帰還した自覚も薄いだけに、感覚麻痺に余計拍車をかけていた。

 

「命じればいいんですよね?」

「はい。『隷属』スキルは主人に絶対的権限がありますから」

「じゃあ――【今すぐクラウディアさんを元に戻して】」

 

………………何も起きない。

 

 しかし、『鑑定』すれば『隷属』がまだ発動しているかどうかわかるだろう。桜が不安気に莉子に視線を送ると、彼女も頷き、また蒼き双眸を瞬かせる。

 

 解除されています、という言葉はしかし、莉子から紡がれることはなかった。実際に二人の耳に届いたのは、またもおずおずと口を開いた莉子の残念そうな声色だった。

 

「……解除になっていません、ね……」

「命令に問題があるのかもしれません。言葉を変えてみれば良いのでは?」

 

 『隷属』は、クラウディアの記憶にある闇魔法の効果では言葉よりも認識が優先されていた。例えば、魔物の犬は人の言語を介さない。ではなぜ命令に従うかといえば、それは魂がそう認識したからだ、とかつての仲間は判断していた。

 お手、と口にして狙い通り犬が手を差し出せば、それは認識したことになる――と、いったように。

 

(まさかフィオラの研究がこんなところで役に立つとは……ああいや、『スキル』と魔法はまた別物なのかもしれないからその判断は早計かもしれないけど)

 

 結果は――

 

「【隷属を解除して】【私と対等の立場になって】【私に従わないで】【今すぐ私と別れて】【私を奴隷にして】」

「あ、あとはこの際、私を捨てて、私を虐げて、とかもいいかもしれませんねっ」

「ちょっとそれは意味が変わるんじゃないかな!?」

 

 語彙のレパートリーが品を切らし、言っている本人がアブない人のような光景になってしまっていた。つまり、命令はウンともスンとも発動の気配がない。

 莉子の出す案も悪ノリしているのか真剣に考えて言っているのかわからなくなってきた。桜の言葉を数分間投げつけられた果てに、クラウディアは思いつきを口に出した。

 

「少し思ったのですが……探索者協会の方なら、『隷属』スキルの知見もあるのでは?」

 

 二人は顔を見合わせて――

 

「「…………それだっ!」」

 

 びしっ、と指を揃えてクラウディアに突きつけた。

 そうなれば話は早い。スマホを片手に取り出した莉子は、ちょっと外しますね、と駆け足で遠のいていった。

 残されたクラウディアと桜は、暫し二人きりに。

 

「うう……なんでこんなことに……ごめんなさい、クラウディアさん」

「桜様、そう気を落とさずに。どんな魔法にも抜け道とはあるものですよ。そうした不測の事態のためにも、協会の方々も情報を溜め込んでいるのでしょうから」

 

 だからきっと、解決法も見つかります。

 

 そう言ってほほ笑むクラウディアは、桜の黒曜の瞳には眩しく映る。彼女は今、恩を売ったはずの少女の奴隷になっている。その実力は桜とは比べようもないほどに高い。だというのに、いや、だからこそか。恨み言の一つも言わない彼女が恐ろしく、強かに思えた。いっそ羨ましいくらいに。

 

「強いですね。クラウディアさんは」

「いえ。私なぞ、ちっとも強くはありませんとも」

「…………あなたが強くないなら、私は……」

「人は等しく弱い。だから、もし強いとしたらそれは……仲間の言葉を信じる心、とでも言いましょうか」

 

(実際、トリップしてる時に『隷属』の話をしたことを思い出さなかったら、今よりだいぶ取り乱してたろうし)

 

 迷宮で今日出会ったばかりの美少女。その素性も、能力も、性格も、まだまだ全然知らない強き少女。信頼を語る、苦笑混じりの笑顔はやっぱり美しい。けれど、クラウディアの言う「仲間」がどうにも引っかかって、もどかしかった。

 

「信頼、してるんですね。その人のこと」

「――――ええ、それはもう。頼りがいのある仲間たちでした」

 

 声を弾ませた彼女に、また少しのモヤが積もる。自分でも正体のわからない謎の感情に首を傾げるが――

 

「お待たせしましたーっ」

 

 スマホ片手の莉子が、意外にも早くクラウディアたちの前に姿を見せた。同時に、桜は感情の正体の捜査を打ち切る。

 

「こほん、結果ですが……協議した結果、『隷属』の件には協力を惜しみません。ただ、その前に絶対命令で詳しい情報も聞き出せるかも……ということで、協会の人間を交えたナナシか否かの審議も行うこととなりましたー」

 

…………そして、協会の素早い対応の甲斐もあり、桜と連れ立って探索者協会の建物へと向かうことになるのであった。

 




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