「この世界に、今や殆ど人間産のエネルギーは無い」
「………………え?」
クラウディアの口から呆然が声になって飛び出る。
「いや、正確に言えば……魔石によりクリーンエネルギーが提供されているため、電気や油に頼ることがなくなったのだ」
「すごいですよね、魔石エネルギー。環境問題も何もかもこれ一つで解決なんですから」
「原発も殆ど稼働していないし……いや、今度最後の原発が役割を終えるんだったか」
「え、ええ……確かに、素晴らしい、ですが……」
(なんだよ、そりゃ……)
当たり前のように語る昭博と、魔石の素晴らしさを称賛する莉子。それとは対照的に、ズキズキと頭が痛む。
「クラウディアさん?」
「大丈夫、です」
この世界の変化を甘く見ていた。ダンジョンと、モンスターや魔石。それに伴った変化が、少し、なんて生やさしいはずがない。
魔石からの魔力で動く車に、電化製品の数々。かつて世界を牛耳っていた電気というエネルギーは殆どが必要なくなり、世間を賑わせる原子力発電も時代の遺物になりつつある。
「か、火力発電や風力発電なんかも?」
「うむ。……ああいや、我が国では風力発電や水力発電は今後も細々と稼働するようだ。まだ魔石を怖がる人々も少数ながら存在するからね」
そう語る昭博の瞳には、少しだけ軽蔑の色があった。電気を使う人々を時代に順応できぬ愚集、とでも思っているような心情がありありと伝わってくる。
しかし、その姿勢がクラウディアにとっては不気味にも思えた。
(用途は余りある。有用性も言うまでもなし。でも見落としてるんじゃないか)
過去、有用性だけに目を向けて手痛いしっぺ返しを何度も人類は受けてきた。趣味でネットサーフィンをしていた時期に、言うまでもなく異世界でも。そうした事件を幾つも目にしたものだ。
尤も、クラウディアは魔物や、それから生み出される魔石に良い思い出がない。それが渦巻く疑念に繋がっていることも、否定はできなかったが。
一見すれば、魔石の登場はとても喜ばしいことだ。地球温暖化、環境汚染……人間が自らの利便性のために犠牲にしてきた地球の環境が、改善されつつあるのだから。
しかし、しかし……これでは、まるで――地球という世界が、異世界に近づこうとしているようではないか。
異世界では、科学は発展していなかった。唯一、秘文字を扱うニュフィンではSFじみた未来都市的な様相を呈していたが……あれだって、魔力を用いた魔法の一種だ。
科学の発展しなかった理由は単純にして明快。魔力のみで炎も水も風も建物も、全てが賄えてしまったからだ。
だがその果てに生まれたのはーー
「どうかしたかい?顔色が優れないようだ」
「お気になさらず……」
「そうか……気疲れしてもおかしくない状況だ、無理もない。……そろそろ解散としよう。これ以上は君の体にも悪いだろう」
「ご配慮ありがとうございます」
「いや……実はこちらも、時間の余裕がもう無くてね。ナナシ疑惑は晴れて解消だ……しかしすまないが、暴発の件は明日、追って連絡する。なにぶん、前例が少なくてね」
昭博はいそいそと話をまとめ、解散の空気が漂う。疑惑解消は確かに喜ばしいが……今日中に『隷属』が解除されると思い込んでいた桜から、待ったがかかる。
「えっ?ちょ、そんな、今すぐにやってもらわないと……」
「そ、そうですよっ。私たちの都合で命令までさせたのに」
「……焦ってはいけない。急拵えの方法を試して、状態が悪化しては困るのは君たちだろう?」
「確かにそうですが……」
莉子の口添え虚しく、昭博は静かに首を振った。
言い淀んだ桜を尻目に、マグカップをぐいっと大きく傾け、喉を鳴らして残りのコーヒーを飲み干す。立ち上がれば、180cmは裕に超えるだろう長身がクラウディアと桜を見下ろした。
「あの」
「ん?なにか……ああ、家のことならこちらでホテルの手配を――」
「違います。魔石のエネルギーは、確かに万能で、安全なのですか」
「当たり前だ。そうでなければ世界に台頭するエネルギーにはならないだろう」
(でも、ダンジョンが生まれる理由は魔力の澱みにある。それは桜に聞いて確認したこと)
ならば、その澱みとは何から生まれるのか。
異世界での澱みは、魔物の死骸や、魔法が刻まれた魔道具、中でも大型魔道具の事故――と、つまるところ「魔力が自然の流れに反した」状況で溜まっていくもの。
ならば――
「……質問は以上かな?」
(でも、そこに踏み込むにはまだ早い)
「……はい、引き留めてしまい申し訳ありませんでした」
「なに、謝ることはない。……ああ、そうそう。一応これだけ」
思い出したように呟いた昭博は、クラウディアに微笑んだ。
「ようこそ、探索者の世界へ」
「最後の話はよくわからなかったけど……行こっか、クラウディアさん」
「…………ええ」
クラウディアは、昭博と莉子が去った扉を静かに睨む。そして協会、ひいてはダンジョンに強い疑念を覚えながらも、桜と連れ立って部屋を後にした。
そして、二度目のエレベーター、その内部にて。つとめて外を見ず、ドアだけを凝視する桜の隣で、クラウディアが声をかけた。
「ところで、桜様」
「はい?」
「先ほどは勢いに任せて宿を断ってしまいましたが、実は路銀もあても無いのです。なので」
「なので?」
「よろしければ、お家に泊めてはいただけませんか?」
「え"」
○
昭博が手配した車が、日の傾き始めた車道を走る。行きと同じように、魔力エネルギーで動く車だ。
後部座席に乗せられたクラウディアはちらりと車外を見る。
広い道だ。普通車に加えトラックやバイク、多くの車両が行き交っている。でも等しく、独特のエンジン音を轟かせていた。
こっそり「星景銀糸」を発動し感知すれば、やはり周囲の車や電光掲示板……それらを動かすエネルギーには魔力が用いられていることがわかる。
一度気がつけば、「なぜ今までわからなかったのか」疑問に思うほど、この世界は様変わりしている。そのことに疎外感を覚えながら、ぼんやりと外を眺めていると――桜から不意に問いかけられた。
「さっきの魔石の話って……どういうこと?」
「なんでもありません。ただ……気がかりがあっただけです」
クラウディアの瞳が、ハンドルを握る運転手を捉える。協会関係者の前で、自分の中の疑念をぶちまけることはできない。
桜も察してか、少しの沈黙の後に話を切り替えた。
「と、というか、私の家で過ごすの、本当に良かったの?」
「構いませんよ?」
協会から申し出のあったホテルの手配を断り、桜の家に向かうことにした。理由は――クラウディア自身もよくわからない。あの場では勢いで断ってしまった、と口にしたが、その実、宿くらい自力で解決する手段は幾らでもある。
ただ、彼女の家に泊まるべきだ、と首筋の刻印が語っている……そんな気がした。
「でも、無理矢理言うことを聞かせるかもしれないし……」
(まあ、そんなことされようものなら幾らでも対抗手段はあるが……)
あえて脅す必要もあるまい。
「その言葉が出る時点で、桜様はおいたを働く人では無いでしょう?今日一日で、あなたが優しい人だとわかっていますし」
桜は、ダンジョンでの会話を思い出す。仲間を信頼している、と、クラウディアは言っていた。なぜそのことを思い出したのか桜にはよくわからなかったが――しかし、よくわからないまま、質問が口をついた。
「そ、それは信頼、ってこと?」
「ええ。信頼ですよ」
その言葉は桜の中のナニカを安堵させたが、同時に、少し空虚な気持ちになる。
わからない。自分が何を求めていて、何に空虚を感じたのか、理解ができなかった。
クラウディアは外の景色に夢中。かつ、桜も思案の海に沈んでいるので、車内に魔力エンジン特有の走行音だけが響く。
『さあ、本日もこのお時間です。ダンジョン小話ー』
静寂を破ったのは、ややくぐもった人間の声だった。
気を利かせた運転手が、邪魔にならないくらいの音量でラジオを再生したらしい。
『今日のゲストはこの方、今をときめくアイドルにして、Bランク探索者の御園 スミレさんでーす』
『はーい、皆さんこんばんはー。ご紹介に預かりました、御園 スミレですっ☆』
『おお、元気いっぱいだねー。流石JK』
『元気でご飯食べさせてもらってます☆』
ラジオゆえ音声しか届かないが、きっと放送局の方では楽しげに収録しているのだろう。明るげな声が車内に音をもたらす。
「御園 スミレ……おっきくなったなあ」
「誰ですか?」
「アイドルですよ。しかも、凄腕のダンジョン探索者」
「へえ……それも多様性なのでしょうか。人気の方なのですか?」
「人気も人気、大人気ですよ?血生臭い探索者のイメージ改善に一役買っていて、確か今度ーーえーと、なんだっけ」
「協会のアンバサダーに認定されるんですよ」
そう、それです!と、一言だけ言い添えてくれた運転手に同調する。正直なところ、クラウディアは属性過多なイロモノアイドルだと思っていた。それだけに、予想外な高評価にやや驚いた。
「確かに、不思議と人を引き寄せるようなオーラは感じますね」
為政者のような、人の感情をコントロールするようなオーラではない。自然と人の目を集めて気を引いてしまう、そんな印象だ。それに加えて実力も、Bランクということで高いのだろう。異世界の冒険者でいうBランクならば、ミノタウロスを片手でのせるくらいの力はあるはずだ。
「あ、あった。ほら、この人です」
隣でスマホで何かを検索していた桜が、その画面をクラウディアに見せる。
髪を金色……というよりは、ビビッドなイエローに染めた美少女が、画面に向かって眩しいくらいの笑顔を向けている。ラジオから聞こえる声の主と聞けば、納得できるくらい活発な印象を受ける。
そんな彼女の手には何らかの角が握られており、見せつけるように顔の横に添えていた。
「Bランクのワイバーンを討伐した時の画像ですよ」
「ほう、ワイバーンですか。……確かに、相当な実力なのでしょう」
「ここから御園 スミレは只者じゃない、って注目され始めたんです。私は前々から注目してましたけどね?」
ワイバーンと言えば、トカゲに翼が生えたような翼竜を連想する。無論、異世界にも存在していた魔物である。一応ドラゴンではあるのだが、同種の中では最も弱い種族だ。
だが、それでもドラゴンはドラゴン。生半可な覚悟で挑めば、Bランクでも死人が出るほどに強い。
アイドルがそれを倒したとなれば、世間から注目されるには十分なファクターであろう。
『ではでは、聞いてください。御園 スミレの新曲ーー死屍累々☆ダンジョン狂想曲』
歌詞がどんなものだったとしても、だ。
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文字数がブレブレで申し訳ありません。早く戦闘シーン書きたいマン。