帰還聖女と黒の隷属   作:大西アレイ

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第九話 帰還聖女と部屋隅の乾麺

 

「では、私はここで」

「はい。ありがとうございました」

「どうも……」

 

 時間は過ぎ、周囲が赤く染まる黄昏時。

 ここまで車を走らせてくれたドライバーにお礼を言うと、彼は簡単に手だけを挙げて帰路に着いた。夕日に消える車を見送って、二人は桜が先を進む形で歩道を歩く。

 

「……すごい歌でしたね、御園 スミレ」

「まあ、はい。でも何故か、聞いてくうちにクセになるんですよねえ」

「スルメ曲ですか」

「……なんか、そういう言葉がクラウディアさんから出てくるとシュールですね」

 

シャウトというか、がなりというか、その中にかわいさがほんの少しあるというか…………

人の言葉では形容できない歌唱と歌詞であった。しかし、クセになる、という桜の言葉も納得がいく。

 

「…………本当は今日解放してもらうつもりだったのに……」

「暴発は前例が少ないらしいですし……協力が取り付けられただけでも、感謝すべきかと」

「でも……あんな一方的に話を打ち切るなんて酷いと思います」

 

 雨宮 昭博。協会支部長の肩書を持つ壮年の男性。彼との面会で、ダンジョンへの不法侵入の容疑は晴らすことができた。しかし依然として、クラウディアには首輪のような紋様が残ったまま。

 

「暗い話よりも、明るい話をしませんか?」

「…………それなら、」

 

他愛もない話をしながら道を歩く。時折すれ違う通行人がクラウディアを見ては驚愕したり、写真を撮影したりしているが……本人は構う様子もなく、桜に問いかけた。

 

「この近くに桜様の家が?」

「……はい。ちょうど、そこの建物ですよ」

 

 辺りを見渡したクラウディアの視界に、桜の人差し指が伸びる。その先を見れば、かなりご立派なマンションが鎮座していた。探索者協会ほどではないが……それでも、かなり首を上げないとてっぺんが見えないくらいには身長が高い。

 

「まさか、あれが……?」

「そうですよ?何かおかしかったですか?」

「いえ、おかしいというか……凄まじいですね」

 

 大きさも、財力も。

 

「あー。あはは……まあ、ここに住めているのは私の力じゃありませんから……それに、こんな部屋を用意してもらえただけで奇跡ですし」

「……そ、そうですか」

 

 桜からどんよりとしたオーラが放たれる。最後の方なんて、声が地を這っているような低いものになっていた。つまり……触れてはいけない、ということ。

 

「さ、さあ、行きましょうっ。桜様のお部屋、興味がございます!」

「期待されるほどの物もないけどね……あはは」

「――ほら、早く早く!」

 

 完全ネガティヴモードに突入した桜の手を引っ張って、クラウディアはマンションの玄関口に足を踏み入れた。

 桜がカードキーを機械にかざすと、ロックされていた扉が開く。

 まるでホテルみたいだ、とクラウディアは実家とは比べるべくもない生活レベルの差を感じた。

 

 扉の先には、暖色の照明に照らされたホールが出迎える。耳に残らない、しかし微かに聞こえるほどのBGMが心地よい。

 ホールの中心にはソファや机が用意されていて、やはり圧倒されてしまう。

 

「私の部屋へはエレベーターで行くんです」

「へ、へえ、そうなんですね」

 

 物珍しそうに、しかし控えめにホール内をきょろきょろ見回すクラウディア。言うまでもなく、桜には丸わかりであった。

 しかし、指摘しないでおくが優しさ。というより、美少女の興味津々な姿を観察する方が主目的だが。

 

 二人がそれぞれ観察していると、エレベーターの到着音。

 

 幸い、取り合いにはならずスムーズに辿り着いたようだ。口を開けたエレベーターに乗り込むと、扉が閉まってすぐ上昇を始める。

 

 一階、二階、三階、四階……十階…………

 

「長くないですか?」

「私の部屋、一応二十七階ですから」

「……今日はなにかと、高い場所に縁がありますね」

「時間がかかるだけで、いいことナシですよ」

 

 二十七階。二階建て、地方都市、一軒家の実家を思い出してしまう。これほど高いのは、異世界でも…………王城か、大聖堂か、大奥くらいだったか。

 

 特に大奥はヤバかった。殿様が女好きかつ見栄っ張りなあまり、中に動物園水族館植物園遊園地もろもろ……

 無論うまくいくはずもなく、水族館から空飛ぶサメが脱走したことを皮切りに、全てが破綻。クラウディアが様々な生物と悪魔合体したサメとの空中バトルを制した頃には、大奥のあった場所は更地になっていた。

 

 殿様及び奥方たちはサメがトラウマになったらしい。

 

 なお、大奥に多大な予算を注ぎ込んでいたため民たちはサメを救国の英雄として讃えることとなった。更地になった場所にはサメをマスコットとした巨大遊園地が完成するらしく、国を挙げた大規模事業に発展していた。

 

「あの完成だけでも、見ればよかったですね……」

「?」

 

 クラウディアは接戦を繰り広げたサメを思い浮かべる。タイガーの脚、クマの腕、ウサギの耳……

 四肢の生えたウサミミ装備のサメは記憶の中で、それはそれはいい笑顔で歯を剥き出しにしていた。

 

 チン、と音を立てて扉が開く。

 二十七階の廊下は、それはそれは静かなものであった。両の壁には扉が一定間隔で設置されていて、床には柔らかな絨毯。

見れば見るほど――

 

「やっぱり、ホテルみたいです」

「大袈裟ですって。仮にホテルでも、素泊まりしかありませんよ」

「……ちなみに、メイドさんとか、いないんですか?」

「メイド……お手伝いさんなら、雇ってるお家は多いでしょうね。ウチはいませんけれど」

 

 いないのかあ、クラウディアは心中で落胆する。異世界のメイドはゴスロリ調のフリフリのついたアレではなく、奥ゆかしい正統派メイドであったのだ。

 中身が男子高校生であるクラウディアは、ひどく落胆したことを覚えている。

 

 先導していた桜が、一つの扉の前で立ち止まる。そしてカードキーと、指紋を読取機に押し付ける。

 

「ハイテク……」

「さ、入って下さい。何もないところですが」

 

 開錠されたドアを開いた桜が、ちょいちょいと手招きする。

 

「…………」

 

 けれど、いつまで経ってもクラウディアは入ろうとしない。首を傾げた桜が「入らないんですか?」と問いかける。クラウディアはもじもじと、両手の指を弄んだ。

 

「は、はい。何かこう、罪悪感があると申しましょうか……」

「そうなんですか?同じ女の子なんだから、遠慮しないでください」

「…………そうですね」

 

(本当は男の子です、なんて言えないよなあ……)

 

 別に聖女を演じているわけでもなし、教えても良いのだが……そうなると、適当に理由をつけて女の子の家に上がり込んだアブナイ男……となる。少なくとも、クラウディアの中ではそうだった。

 そして、異世界では……あまり余裕が無かったので、女の子の部屋がどうこう、といったことに意識が回らなかったのだ。

 だから、モヤモヤとした罪悪感と、感覚的には初めて年頃の女の子の家に上がり込む興奮。それらを抱えながら、クラウディアは女の子の部屋に足を踏み入れた。

 

 その瞬間、いい匂いが――しなかった。

 

 と、いうより無臭だった。その理由は、玄関から続く廊下を越えて広がる、大きな部屋を見れば明らかである。

 

「…………あの、ここ、本当に桜様が住んでいる部屋ですか?」

「?そうですけど……」

「空き家ではなく?」

 

 桜の部屋は、あまりに……あまりに、空っぽであった。

 物が少ない、という話ではない。唯一、ゴミ袋だけが置かれている始末。あと、ダンボールが敷かれているのは……まさかベッドだろうか。

 他には備え付けのクローゼットの取手にハンガーで吊るされた制服があるくらい。

 

「……私、ミニマリストなんです」

「ミニマリストというより、肩身が狭いだけに見えますけど」

「なんなら財布の中も口座残高もペシャンコですよ」

 

 沈黙。

 クラウディアが無言の圧力で情報を聞き出せば、ダンジョン探索者になるための装備購入代で仕送りのほとんどを使い果たしたらしい。呆れて半目になったクラウディアが、腰に手を当てて追求する。

 

「ご飯は?シャワーと洗濯は?まだ半月以上ありますが、どうするつもりだったのですか?」

「い、いや……シャワーは協会のを借りれば水浴びだけならタダだし……洗濯は……もみ洗いするし……ご飯は素麺を齧れば……」

 

 泣きたくなった。立派なのは部屋だけで、住んでいたのは部屋の隅で乾いた素麺を齧るひもじい少女だったのだ。いっそ童話にしたら売れるかもしれない……というのは、流石に桜が可哀想だ。

 しかし困った。そうなると、今日食べるための飯が無い。……正確に言えばあるのだが、素麺の束は飯というより餌だ。

 

「そうだ。ミノタウロスの魔石やら角を売ったお金があるではないですか」

「……うーん、残念なことに換金は来月なんですよね」

「例えば、クレジットカードとか無いんですか?」

「私これでも高校一年生ですよ?作れませんって」

 

 ちなみに、協会の締日は毎月十五日である。そんな無駄な情報を仕入れながらも、クラウディアは食い下がらない。

 なにせ、これが何気に帰還してから初めて味わう飯なのだ。別に舌が肥えているわけではないが、どんなに貧相な舌でも乾麺を美味いと思うことがあろうか。

 仲良く二人でダンボールベッドに並んで、ハムスターみたく乾麺を貪る。普通に惨めである。

 しかし、元を正せばクラウディアが桜の家に泊まる、と当日言い出したことが発端。質素にすぎる食事であっても、桜の命を繋ぐ生命線なのだ。

 

「……桜様、少し電話をお借りします」

「あ、はい。携帯代は親が持ってるから好きなだけ使ってください」

 

 そこはちゃんとかけ放題なんだ。

 そう思いながら桜から電話を受け取る。そして、懐に忍ばせた名刺に電話をかける。

 ワンコールとかからず、目的の人物は即座に応答した。

 

『もしもし。雨宮ですが……』

「先ほどはお世話になりました。クラウディア・アルマです」

『ああ、どうしたのかね。言えた立場ではないが忙しくてね、要件は手短にお願いしたい』

「はい。では単刀直入に――山室さんにお預けした品々の報酬を、できれば今、お渡しいただきたいのです」

 

 昭博が電話越しに、わずかに沈黙する。

 

『……金銭の引き渡しは、毎月決まった日に必ず行われる。前借りなどはできない仕組みだ』

「であれば、私の本日の宿代をそのままいただきたく」

『そんな要求が飲めるわけないだろう。私の一存ではできかねるし、周囲の説得をするにも時間が時間だ』

「あら、ダンジョン災害の被害者が困っているというのに、ご自身たちは早々帰宅ですか?」

 

 クラウディアのクレーマーじみた反論と、昭博の社会人としての立場のせめぎ合い。無論クラウディアとて、自分の行っている行為が無礼かつ常識知らずであることは心得ている。もし、自分が「白き聖女」であれば行わなかったろう。

 

 けれど今は「少女」であって、「被害者」なのだ。異世界で培った肝の太さが役に立つ。

 

 さらに言えば、異世界では「貴族の方々にこの件を触れ回りますよ」だったのが、SNSの存在でより広く、深く協会のマイナスイメージは蔓延するだろう。

 

 尤も、大量のつぶやきに埋もれる可能性も十分あるが……事実ベースの話であるだけに、仮に広まった場合のデメリットはあまりに大きい。

 

『……わかった、わかったとも。今日中に振り込んでおく……ところで、なぜそんなに入り用なのかね?』

「……乙女のプライドと、意地です」

『はあ。年頃の女の子はよくわからんな』

 

 最後に、無理を通したこと、そして対応に感謝と謝罪を行なったところで通話は終わった。

 

「……さ、ご飯食べに行きましょうか」

 

 クラウディアは電子マネーの送金されたスマホ片手にあっけらかんと言う。桜にはその笑顔が、ちょっと黒いものに見えた。




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