「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
記憶喪失のフラダリ(F)が、AZのホテルでフランスパンのスムージーを飲まされて発狂する話です。
・AZ→古代カロスの高貴なる珍味「貴噴石」完全再現を目指すマッドシェフ
・F→「フランスとは何だ!?」と世界観のバグにツッコむ繊細ヤクザ
・ガイ→被害者
三千年の時を超えた、仁義なき食の戦い。 Fの名前の由来が「French Bread(フランスパン)のF」になりかけたりします。
シリアスなフラダリ(F)さんはお休みです。何でも許せる方向け。
夜の帷が降りた、雨のミアレシティ。 都市開発の喧騒から外れた裏路地に、一軒の古びたホテル「ホテルZ」が佇んでいる。その軒先に、雨に打たれながらうずくまる男の姿があった。
男の名はF(エフ)。 かつてカロスの危機を招いたフレア団のボス、フラダリ――その成れの果てである。 記憶は混濁し、象徴的だった機械のような装置も失われ、隻眼の傷も癒えぬまま彷徨い続けた彼は、今やただの凍える浮浪者でしかなかった。
そこへ、巨大な影が差した。 このホテルのオーナー、AZ(エーゼット)がゴミ出しのために裏口から現れたのだ。3メートル近い巨体が、Fを見下ろす。
「……ああ、申し訳……ありません。すぐに……立ち去りますので」
Fは巨人の出現にビクリと肩を震わせ、濡れた体を引きずって逃げようとした。
「……待て」
地底から響くような低い声に、Fの足が止まる。
「……なにか? 私は……何も盗んでいません。ただ、ここの……『灯り』が、懐かしくて……」
「……灯り、か」
AZは、Fの濁った隻眼と、雨に濡れて白茶けた髪を静かに見下ろした。
彼が誰であるか、AZは一瞬で悟っていた。かつて自分を檻に閉じ込め、最終兵器の動力源として命を吸い上げた男。自分の弟の、哀れな末裔だ。
「……あなたは……? 奇妙だ……。あなたのことを、私は……知らないはずなのに」
Fは混濁した頭を押さえた。AZのその姿を見た瞬間、恐怖ではなく、魂の奥底が共鳴して震えるような感覚を覚えたのだ。
「……胸が、痛むのです。あなたの顔を見ると……なぜか、謝らなければならないと……そう思うのに……何を謝ればいいのか、思い出せない……」
「……思い出さなくていい」
AZはゆっくりと膝を突き、Fと目線の高さを合わせようとした。それでもなお、彼は山のように大きい。
「……過去は、石のように重い。……背負いきれぬなら、今は置いておけ」
「……ですが、私は……何か、取り返しのつかないことを……」
「……お前は、これからだ」
AZは手に持っていた客室用の清潔なブランケットをFの肩にかけ、さらに手に持っていたトレイを差し出した。
そこには、白くドロリとしたドリンクが入ったグラスと、強烈な異臭を放つ茶色の物体が乗った小皿が置かれていた。
「……かつて、王は……何も与えなかった。……だが、ここはホテルだ。……雨宿りぐらい、許される」
「……美しい……」
差し出されたトレイと、AZの皺だらけの巨大な手を見て、Fの瞳から涙が溢れ出した。
「……この世界は……こんなにも、暖かかったのですね……」
「……ああ。……変わることは、できる」
「……ああ、暖かい……。この香り……これが、人の優しさというものなのですね……」
Fは震える手で、トレイに乗った白く泡立つ不審なドリンクを受け取った。
その時、厨房の勝手口がバン!と勢いよく開いた。現れたのは、エプロン姿の好青年、ガイである。
「オーナー! 試作第一弾、持ってきましたよ! 名付けて『SDGs(すごく・大胆な・ガラクタ)スムージー』っす!」
ガイの能天気な声など耳に入らないのか、空腹の極限にあるFは、白いドリンクに口をつけた。
「い、いただきます……」
ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らす。
次の瞬間、Fはカッと目を見開き、グラスを一気に煽った。
「……ッ!! ……美味い……!! なんという……なんと優しい味だ……!!」
「……うむ」
AZが期待の眼差しで見守る中、Fは涙をボロボロと流しながら独白する。
「冷え切った五臓六腑に染み渡る、この濃厚な甘み……そして、どこか懐かしい麦の香り……。まるで、母なる大地に抱かれているようだ……。これこそ、人の温もり……『愛』の味なのですね……」
AZは満足げに頷くと、今度は茶色の物体が乗った小皿――激臭を放つそれ――をグイッとFの前に突き出した。
「……では、こっちはどうだ。苦節三千年、現代に蘇らせた古代カロスの高貴なる珍味……」
Fは、スッと視線を逸らした。
「シェフの方、感謝します。この白き甘露……まさか、雲を液状化したものではありますまい?」
「……おい」
「あまりに滑らかで、それでいて腹に溜まる重厚感。素晴らしい。この料理になら、私は世界全ての称賛を捧げたい」
「……私の……三千年の味が……無視された……美味いのに……」
AZはその三メートルの巨体を丸め、しょんぼりと落ち込んだ。
「いやー、そこまで褒められると照れるっすね! 正直、自信なかったんすけど!」
「謙遜はいらない。これは発明だ。……して、この美しい飲み物の名は? どのような高貴な素材を使えば、これほどの味が出るのです?」
Fの問いに、ガイは鼻の下をこすりながら答えた。
「へへっ、名付けて『リサイクル・フランスパン・シェイク』っす!」
「……ふらんす……ぱん……しぇいく……?」
「うちのホテル、朝食でカチカチになったフランスパンの食べ残しが大量に出るんすよ。捨てるのもアレなんで、牛乳と砂糖でふやかして、ミキサーでドロドロになるまで粉砕したんす! ほら、まだ飲み込んでないパンの耳の欠片とか残ってるでしょ?」
ピタリ、と時が止まった。
「……今、なんと言った?」
「え? ですから、フランスパンを……」
バリンッ! Fは持っていたグラスを素手で握り砕いた。
「『フランス』とは何だァァァァァッ!!!!」
「ひえっ!? グラス割った!?」
「地図を見ろ!! カロス、ホウエン、イッシュ、パルデア……この世界のどこに『フランス』なる地方が存在する!! 答えろ!!」
「え、いや、みんな雰囲気でそう呼んでるし……」
「雰囲気で言葉を使うな!! それは『和製英語(ワセイ・エイゴ)』だッ!!!!」
「……わせー……えーご? 何すかそれ? 新種のポケモン?」
「……クッ」
Fはハッとして虚空を睨んだ。
「なぜか知っている……『ここではない極東の島国』のスラングだ……!! カロス人がカロスのパンを指して、架空の地名をつけるなど言語道断!! 呼ぶならせめて……『カロスパン』と言え!!」
「いやカロスパンて。ダサいっすよ」
「黙れ!! いや、そもそも名前などどうでもいい!!」
Fは急に論点を変えると、さらに激昂した。口元からは先ほどの白い液体がタラリと垂れている。
「……バゲットを!……あの、カリッとした皮と、もちもちの中身が命である、カロスが誇る芸術品を! ……ふやかして! ドロドロに粉砕しただと?!」
「はい! これぞ究極のエコっすよ!」
「バゲットを!! 流動食にするなァァァァァッ!!!!」
Fはガイの胸ぐらを掴み、前後に激しく揺さぶった。
「いいか若造!! バゲットの命とは何だ!! 香りか!? 味か!? 違う!! 『硬さ』だ!! 口の中が傷だらけになるほどの鋭利なクラストと、引きちぎるのに顎が疲れるほどのクラムの弾力!! それを、噛み締める!! 唾液と混ざり合い、小麦の甘味がじわじわと広がるその工程こそが『食事』なのだ!!」
「ちょ、おっさん、落ち着い……!」
「それを貴様は!! ミキサーでドロドロに!? 咀嚼の放棄だ!! 顎への冒涜だ!! ただのカロリー摂取なら点滴でも打っていろ!!」
Fは悔しさに涙目になった。
「私は……私は悔しい!! そのドロドロのパンの死骸を……あろうことか『美味い』と感じてしまった自分の軟弱な舌が!! 許せぬ!! 美しくなぁぁぁぁいッ!!」
「えっ!? さっき美味いって泣いてたじゃん!!」
横ではまだAZが落ち込んでいる。
「……こっちの方が、手間がかかっているのに……」
「……許せん……バゲットへの冒涜……しかし、悔しいが胃袋は満たされた……この屈辱……!」
ぜえぜえと息を切らすFを無視し、AZは小皿の液体を指ですくって舐めた。
「……ふむ」
「オーナー、落ち込んでる場合じゃないっすよ。この変なおっさん、どうします?」
「……まだ、足りぬ」
「え?」
「……コリアンダーが強すぎる。これでは古代カロスの高貴なる味の、鼻孔を破壊するような芳香には程遠い……。ただの『香草マシマシソース』だ……」
AZは、チラリとFを見た。
「……なんだ、その目は。私を哀れんでいるのか? バゲット汁を飲んで喜んだ惨めな男だと……」
だが、AZの脳裏によぎっていたのは、三千年前の記憶ではなく、つい数年前の記憶だった。 自身を『フラダリ』と名乗っていた頃の、この男の姿。フラダリカフェで、こだわりのコーヒーや理想の世界について熱く、そして神経質に語っていた姿だ。
(……そうだ。こやつは、異常なまでに『美』にこだわる男だった。些細な汚れも、不調和も許さない……。つまり……)
AZの口元が、ニヤリと歪んだ。それは慈愛の笑みではなく、実験動物を見つけた研究者の笑みだった。
(……『超・高性能な味覚センサー』が、向こうから転がり込んできたというわけか……)
「……? な、なぜ笑う……?」
「……ガイよ」
「は、はい」
「……空いている部屋を一つ、用意しろ。一番奥の、厨房に近い部屋だ」
「ええっ!? マジっすかオーナー!? こんな不審者を客室に!?」
「……正気か? 私は無一文だぞ。それに、先ほど貴様らの料理を散々罵倒したのだぞ!?」
Fは驚愕した。しかしAZは構わず、Fの肩に巨大な手をドンと置いた。その手に力が篭る。
「……構わぬ。金はいらん。……その代わり、働いてもらうぞ。……お前の、その『妥協なき舌』が必要なのだ」
Fは目を見開いた。
「……!! 私の……舌が……? そうか、あなたは私の批評を、罵倒ではなく『助言』として受け止めてくれるというのか……! ……なんと度量の広い……。先ほどのバゲットの件、撤回しよう。あなたは、真に『美』を知る器なのかもしれない……」
Fはすっかり感動していたが、AZはさらに深くほくそ笑んでいた。
「……ああ、たっぷりと批評してもらう。あの『再現』が完成するまで、逃がさんぞ……」
(手始めに、明日は『魚醤』のあの高貴な香りの再現から試させるか……)
AZの心の声を聞いてしまったガイは、
(うわぁ……オーナー、完全に『実験台』として見てる顔だ……)と心の中で合掌した。
「……喜んで! 宿を提供していただく恩義、私の『美学』をもってお返ししましょう!」
「はぁ……まあ、オーナーが決めたなら仕方ないっすね。これからよろしく頼みますよ、えっと……」
ガイは懐から従業員名簿を取り出した。
「試食係で登録しとくんで。名前、なんていうんすか? アンタ」
「……名前、か」
Fは虚空を見つめた。自分の存在を定義する言葉。それは当然、そこにあるはずのものだ。
「私は……」
途端、Fの脳裏に、赤い閃光と、燃え上がる塔の映像がノイズのように走った。
「……ふ……」
「ふ?」
「……ふ……ふ……ふら……」
喉の奥で、何かがつかえている。その名前を口にしようとすると、激しい頭痛と共に、焼き尽くされるような罪悪感がこみ上げてくるのだ。
「……ふら……だ……ぐっ……!?」
Fは口元を手で覆い、脂汗を流して膝をついた。その名前は、今の彼には「重すぎ」て、口から出てこない。AZは無言で、じっとFを見下ろしている。助け舟は出さない。
「おいおい、大丈夫かよ? 自分の名前も忘れちまったのか?」
「……ハァ……ハァ……。……いや」
Fは荒い息を整え、震える手で顔を上げた。今の自分が唯一認識できる、アルファベット一文字を絞り出す。
「……『F(エフ)』だ」
「えっ、エフ?」
「それ以上でも、以下でもない。……今の私は、ただのF(エフ)だ」
過去を捨てたのか、過去に拒絶されたのか。Fは寂しげに、しかしどこか晴れやかにそう告げた。 すると、ガイがポンと手を叩いた。
「へー、ミステリアスっすねぇ。……あ、わかった!」
「?」
「『フランスパン』のFだ!」
ピキッ、とFのこめかみに青筋が立った。
「……貴様」
「やっぱりそうなんすね! パンへの異常な執着といい、アンタこそ『ミスター・フランスパン』だ!」
「違うと言っているだろうがァァァァァッ!!!!」
Fは再びガイの胸ぐらを掴んだ。
「私は!! バゲットのFだ!! いや、フラ……くっ、とにかくフランスパンではない!! あの軟弱な白パンと一緒に……ぐっ、頭が……!!」
「……騒がしい。行くぞ、エフ」
AZは重い足取りで厨房へと戻っていく。その背中は、どこか少しだけ楽しげに見えた。
「……明日の朝食は、きのみの皮と雑草の根を煮込んだ『原始の粥』だ。……批評を頼むぞ」
「……なんだその、聞いただけで腹が下りそうなメニューは……待て!! 待てオーナー!! 厨房を貸せ!! 私がまともな賄いを作ってやる!!」
こうして「フランスパンのF」という不名誉な称号を背負わされ、自身の記憶とガイの無神経さに苛まれながら、Fの「ホテルZ」での騒がしい日々が幕を開けた。
「断じて、私はフランスパンのFでは、なあアアアアアアアアアアいッ!!!!!!」