「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!!   作:をよよ

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※視聴上の注意(アテンション:本作品には以下の「美しくない」要素が含まれます)
・物理法則を無視した音痴
・F(フラダリ)のマッドサイエンティスト化&精神崩壊
・88鍵盤の全否定
・電子機器の断末魔
・鼓膜と腹筋の破壊

「音楽とは調和(ハルモニア)である」と信じる方、または絶対音感をお持ちの方は、San値が削られる可能性がありますのでご注意ください。 覚悟のある方のみ、再生ボタン(本文)を押してください。

【あらすじ】
ラシーヌ工務店の「バ美肉」事業は順調(?)に進んでいた。 しかし、次なる企画は「カナリィ(中身タラゴン)による歌枠配信」。
リハーサルでF(フラダリ)が直面したのは、既存の88鍵盤のどこにも当てはまらない、タラゴンの「次元を超えた音痴」だった。 平均律(妥協)を許さないFは、深夜のテンションで禁断の発明に手を染める。

「音程が合わないなら、世界(楽器)の方を歪めればいいのです!」

爆誕する『可変純正律シンセサイザー』。 暴走する油圧シリンダー。 そして世界中に響き渡る、Fの魂の絶叫。

「合わなァァァァァいッッ!!!」

これは、音楽の歴史が「ノイズ」に書き換えられた、ある日の記録である。


第10話:残念ですが、タラゴンの音痴は、音響物理学の対象外です

深夜二時。  ラシーヌ工務店・資材置き場兼「第1スタジオ」には、コンクリートのように重苦しい空気が沈殿していた。

 

 ピアノの前に座るF(フラダリ)は、すでに憔悴しきっていた。目の下には濃い隈が刻まれ、その背中からは生気というものが感じられない。  対照的に、その傍らに立つタラゴン――Vチューバー『カナリィ』の「中の人」――は、カナリィの顔がプリントされたTシャツを着込み、やけに意気軒昂としていた。

 

 Fは、ピアノの鍵盤を一つ、ポーンと叩いた。

 

「……いいですか、タラゴン代表。これが『ド』です。合わせて出してみてください」

 

「お任せくだされ! 喉の調子は万全ですぞ!」

 

 タラゴンは大きく深呼吸をすると、自信満々に口を開いた。

 

「ドぉオ〜〜〜ン(↘︎ ↗︎ 〰)♪」

 

 その瞬間、Fの肩がビクッと跳ねた。  Fには絶対音感がある。それゆえに、今起きている現象が信じられなかった。鼓膜を揺らした音波が、脳内のどの音階とも一致しないのだ。

 

「……」

 

 Fは無言で、今のタラゴンの声に近いと思われる鍵盤を探り始めた。ド、ド♯、レ……と順に叩いていく。  違う。これでもない。  彼は半音階の黒鍵を叩く。……ここにもない。

 

「む? どうされました、F先生。今のワシの美声、ピアノ伴奏に入り損ねましたかな?」

 

「入り損ねるどころではありません!」

 

 バンッ!  Fは両手で鍵盤を叩きつけた。

 

「このピアノには八十八の鍵盤がある! 低音から高音まで、西洋音楽の全てを網羅しているはずなのです! ですが! 今の貴方の声は! その八十八個の『どれにも該当しない』のですよ!!」

 

「なんと! 八十八個全部ハズレとは、ある意味すごいですな!」

 

「褒めていません! 貴方の音程は、例えば『ド』と『ド♯』の間にある、無限の隙間……『マイクロトーン(微分音)』の狭間を、まるで泥酔したサイホーンのように蛇行しているのです!」

 

 Fは懐から自作の小型デバイス『周波数解析機(スペクトラム・アナライザー)』を取り出し、タラゴンに向けた。

 

「論より証拠。この解析機を見てください。貴方の声を数値化します……もう一度。さあ!」

 

「ふむ。では、感情を込めて……」

 

 タラゴンが再び口を開く。

 

「ラァ〜〜〜〜(激しい揺らぎ)♪」

 

 解析機の液晶画面が激しく点滅を始めた。

 

『Analyzing... 440Hz... No spectrum... 442Hz.. No spectrum... 435Hz... No spectrum.』

 

 数値が定まらない。そして、画面に不吉な赤文字が羅列される。

 

『ERROR: Formant Frequency Detection Failed』 『CRITICAL: Calculation Error』 『CRITICAL: Chip Overheating』 『CRITICAL: Memory Parity Error』

 

『CRITICAL: Power supply overcurrent detected.』 『CRITICAL: System will perform emergency shutdown.』

 

 プスン、と情けない音を立てて、解析機から黒い煙が上がった。

 

「……見ましたか? 測定器が……測定を拒否しました」

 

 Fは死んだ魚のような目で、煙を吐く機械を見つめた。

 

「貴方のビブラートは、周波数の数値を決定しようとした瞬間に別の数値へ移動している。これはもはや『音』ではない。空気振動による『テロ』です」

 

「カッカッカ! 機械が照れるほどの美声ということですな! しかし困りましたな、F先生。明日の配信は『歌枠』と告知済み。ファンのみんなが、カナリィ(ワシ)の歌を待っておるのです」

 

「中止です! こんな『不確定性原理』のような歌に合わせてピアノを弾くなど、人間には不可能です! 私が『ド』を弾いても、貴方は『ドとレの間の何か』を歌う。これでは不協和音(ディソナンス)しか生まれない! 世界が汚れる!」

 

「そこを何とかするのが『プロ』の仕事でしょうが! F先生! それに、スパチャ(投げ銭)の目標額まであと少しなんですぞ! 新しい重機を買うためには、明日の歌枠が必須なんじゃ!」

 

 Fはピアノに突っ伏して頭を抱えた。  くっ……金か……! この俗物が……!  だが、ショーに穴を開けるわけにはいかない……私のプライドが許さない……。

 

 数秒の沈黙の後、Fは顔を上げた。  その目には、絶望の先にある「狂気」が宿り始めていた。

 

「……分かりました……人間には無理だと言いましたね……平均律……このピアノのように、あらかじめ決められた『美しい間隔』で調律された世界に、貴方が合わせられないと言うのなら……」

 

 Fは立ち上がり、工具箱の方を見つめた。

 

「……世界(楽器)の方を、貴方に合わせて歪めるしかありませんね」

 

「おお? 何やらやる気になってくれましたな?」

 

「ええ……今夜は徹夜です……作ってやりますよ。貴方のその『混沌とした周波数』を、無理やり『美』に従わせる、悪魔の楽器をね……!」

 

 遠くから、雷鳴が一声響いた。

 

          ◇

 

 深夜三時。  Fはスタジオ内を猛獣のように歩き回っていた。  タイを緩め、目は血走り、完璧にセットされていた髪も少し乱れている。ブツブツと独り言を呟き続けるその姿は、常軌を逸していた。  その傍らで、タラゴンは状況の深刻さを理解せず、呑気にお茶をすすっている。

 

「……平均律。それは『妥協』の産物だ……1オクターブを均等に割ることで、どの調にも転調できるようにした。だが、それは全ての和音において『わずかな濁り』を許容することを意味する……」

 

「F先生? 独り言ですか? お茶菓子ならまだありますぞ?」

 

「貴方の歌は、その『妥協』すら許さない!」

 

 Fはタラゴンの言葉を無視して、ホワイトボードに数式を殴り書き始めた。

 

「貴方の音程は、既存の音楽理論という『檻』には収まらない『野生の獣』だ……ならば……檻の方を動かすしかない!」

 

 バキッ、とペンをへし折る勢いで、Fは振り返った。

 

「タラゴン代表! 工務店の在庫リストを見せなさい!……必要なのは……高精度の『レーザー測量機』! 重機制御用の『ジャイロセンサー』! そして『AI搭載型・地盤解析チップ』だ!」

 

「はあ……測量機と重機のパーツ? ありますけど、それは歌の練習に使うものですかな?」

 

「『練習』などという生ぬるい段階は終わりました!……貴方が音(ピッチ)に合わせられないのなら、音の方を貴方に合わせるシステムを構築するのです!」

 

 Fはタラゴンに詰め寄る。その目は爛々と輝いていた。

 

「いいですか? 通常、歌い手が音程を外すと『不快』に聞こえます。それは伴奏と歌声の周波数が整数比にならないからです。しかし! 貴方が『ズレた音』を出した瞬間、伴奏の楽器自体が、そのズレた音を『基準(ルート)』とした完璧な和音へと、瞬時にチューニングを変えたらどうなりますか?」

 

「ふむ……? つまり、ワシがどこにボールを投げても、ゴールポストの方が勝手に動いて『ナイスゴール!』にしてくれるということですかな?」

 

「その通り!!……貴方がどれほどデタラメに歌おうとも、世界(伴奏)が貴方を肯定する! これぞ『可変純正律』! 絶対的な美! 濁りのないハーモニーが生まれるはずなのです!」

 

「おおお! さすがF先生! 発想がダイナミックですな! つまり、ワシは好き勝手に歌えばいいと! 楽勝ですぞ!」

 

「ええ……楽勝ですとも」

 

 かつての悪の組織のボスのような顔で、Fはニヤリと笑った。

 

「物理法則さえねじ曲げればね……」

 

 Fはシャツの袖をまくり上げた。

 

「さあ、資材置き場を開けなさい! 今あるキーボードを分解し、工務店の重機パーツと融合させる!……今夜は眠れませんよ! 世界を……再構築するのですから!」

 

「了解ですぞ! ワシもハンダごてを持つのは得意です! 新規事業の開発みたいでワクワクしますな!」

 

 二人は資材の山へと飛び込んでいった。  ドラム缶、電子基板、太いケーブルが宙を舞う。

 

「出力不足だ! 電圧を上げろ!」 「発電機を持ってきますぞー!」 「処理速度が追いつかん! もっと強力なCPUはないか!?」 「現場監督用の最新タブレットを三台直列繋ぎにしますか!」 「採用!!」

 

          ◇

 

 翌朝、午前九時。  資材置き場に朝日が差し込む中、Fは徹夜明けの土気色の顔で立っていた。だがその目は、異様な達成感でギラギラしている。髪が一房だけ跳ねているのは、彼にしては異常事態だった。  その隣で、タラゴンはぐっすり寝たおかげで元気一杯にラジオ体操をしている。

 

 部屋の中央には、巨大なブルーシートが掛けられた「何か」が鎮座していた。  その「何か」からは、ブォォォォ……という重低音の駆動音が響いている。

 

「おはようございます、F先生! いやあ、昨夜はものすごい音がしていましたが、よく眠れましたかな?……して、例の『秘密兵器』は完成しましたか?」

 

「……眠る? 睡眠など不要です……私がしていたのは『創造』……神の領域への到達ですよ」

 

 Fはふらりとシートの前に立ち、声を掠れさせながら宣言した。  そして、バッとブルーシートを引き剥がす。

 

「見なさい! これが私の答え……可変式純正律シンセサイザー、『Syntonium Rubedo Variabile (シントニウム・ルベド・ウァリアビレ)』です!!」

 

 現れたのは、鍵盤楽器とは名ばかりの異形の機械だった。  ピアノの鍵盤に、ショベルカーの油圧シリンダー、測量用のレーザー照射機、太い配管、そして剥き出しのサーバー冷却ファンが接合されており、全体がフレア団カラーの「赤」で塗装されている。

 

「おおおっ!? なんという威圧感!……ピアノというより、これはもう……『解体用重機』ですな!」

 

「外見など些末な問題です。重要なのは中身だ」

 

 Fは愛おしそうに無骨な配管を撫でた。

 

「タラゴン代表、このマシンの恐ろしさを説明しましょう……まず、この『レーザー測量センサー』が、貴方の喉の振動をミリ秒単位で監視します。そして、貴方が放つ『予測不能な音程』をAIが瞬時に解析。そのデータが、こちらの『油圧式ピッチ・シフター』に送られます」

 

「油圧式!? 楽器に油圧ポンプが入っておるのですか!?」 「ええ。貴方の音程のズレ幅があまりに大きいため、通常の電子回路では電圧が耐えきれないのです。物理的な力(パワー)で、周波数をねじ伏せる必要があった」

 

 そう言うと、Fは鍵盤の一つを押した。 『プシューッ!』という排気音と共に、機械全体が振動する。

 

「貴方が『ド』からズレた音を出せば、このマシンが轟音を上げて内部構造を変形させ、伴奏の方を貴方の音に合わせにいく……つまり、『山が動いて登山者に合わせる』システムです……これにより、理論上は100%、完全無欠のハーモニー(純正律)が生成される!」

 

「ブラボー!! 山を動かすとは、さすがラシーヌ工務店の顧問(仮)! 規模が違いますな! しかし先生、やけに機械から『熱気』を感じるのですが……」

 

「排熱処理が追いついていないだけです。問題ありません……さあ、リハーサルを始めましょう。時間がない」

 

 Fは操縦席のような椅子に座り、無数のスイッチを入れた。  機械が『ギュルルル……』と唸りを上げ、警告灯のような赤いランプが点滅しだす。

 

「私の計算に間違いはない……さあ、タラゴン代表。貴方のその『混沌とした声』をぶつけてきなさい! 私の科学力が勝つか、貴方の音痴が勝つか……勝負です!」

 

「望むところですぞ! ワシの全力、受け止めてくだされ!」

 

 いよいよリハーサルが始まった。  タラゴンはマイクスタンドの前で、ロックスターのようにポーズを決めている。一方、Fは操縦席で無数のレバーを握り、額に脂汗を浮かべていた。  スタジオ内に、機械のアイドリング音『ドゥンドゥン……』が不気味に響く。

 

「全回路、接続(リンク)完了。AI学習モード、起動。いいですか、タラゴン代表。まずは単音でいきます。音程を一定に保ってください。『ド』……いえ、貴方の出しやすい音で構いません。さあ!」

 

「承知! では、ワシの魂の叫びを……!」

 

 タラゴンは大きく息を吸い込んだ。

 

「ドォォォォォォン(↘︎ ↗︎ ↘︎)!!」

 

 声が響いた瞬間、Fのマシンが激しく反応した。

 

『ピピピッ! 検知! 430Hz……いや450Hz……補正開始!』

 

 途端、油圧シリンダーが『ガシャン!』と動き、スピーカーから補正された伴奏音が鳴り出した。

 

『ギュイイイイイイィン……(金属的な擦過音)…………ボォエエエエエエ!!(野太い不協和音)』

 

「くっ!? なんだ今の音は!?」

 

 Fは操縦席で衝撃に耐えた。

 

「理論上、完璧な和音になるはずが……まるで巨大なカエルがプレス機に挟まれたような音がしたぞ!?」

 

「おおお! F先生! すごいですぞ! 今の『ボォエエエ!』という音、腹に響く重低音(ベース)ですな! ワシの声に厚みが出ました!」

 

「違います! 今のはマシンが貴方の音程を見失い、全ての鍵盤を同時に叩いた際のエラー音です! もっと……もっと真っ直ぐ発声しなさい! 貴方の声が揺れるせいで、マシンが目標地点を見失っている!」

 

「揺れる? ははあ、これが『ビブラート』という高等テクニックですな! 無意識に出るとは罪な喉じゃ! 次はもっと感情を込めて……『レ』を行きますぞ!」

 

「待て! やめろ! パラメータの再設定がまだ……!」

 

「レェェェェ〜〜〜〜(激しいちりめんビブラート)♪」

 

 タラゴンの声は、小刻みに、かつ高速でピッチが上下した。

 

『警告! 警告! 入力周波数が高速変動中!』 『追尾不能! 追尾不能! 油圧限界突破!』

 

 マシンの配管が脈打つように膨張収縮を繰り返す。スタジオ内の照明が明滅し、Fの操縦席から火花が散った。

 

「あぐああっ!?」

 

『キュルルルルル……』

 

 スピーカーから巻き戻しのような音が鳴る。

 

「だ、駄目だ! 貴方のビブラートの周期が、マシンの演算速度を超えている!」

 

『ガガガガガガガッ!!(掘削音)』

 

「機械が『上げ』ようとした時には貴方の声は『下がって』おり、『下げ』ようとした時には『上がって』いる!」

 

『ギャァァァアアアアン!!!』

 

 電子的な断末魔が響き渡る。

 

「結果として、補正機能が真逆の動きをして、不協和音を増幅させているんだ!!」

 

「ルルルル〜〜〜(更なる揺らぎ)♪」

 

『ズガガガガ! ピィーーーーー(ハウリング)!!』

 

 ノイズの嵐の中で、タラゴンは気持ちよさそうに歌い続けた。

 

「素晴らしい!! 聞こえますかF先生! この『ピィーーー』という高音!」

 

「……!」

 

 Fは血走った目でモニターを見た。エラーログが滝のように流れている。『美しくない』『美しくない』『美しくない』……。

 

「まるで宇宙と交信しているようです! これぞ『コズミック・オペラ』!」

 

「……(このままでは……私の作った最高傑作が、ただの『騒音発生装置』として世に出ることに……)……」

 

 その時、スタジオの赤いパトランプが回転し始めた。『本番一分前』のブザー音だ。

 

「!! 時間だ……!」

 

「おっと、時間ですな! マシンの暖機運転もバッチリ!」

 

「中止だ! 今すぐ中止を……!」

 

「行くぞF先生! 世界に轟かせましょう! 我らが『混沌のハーモニー』を!」

 

「待ちなさい! これはハーモニーではない! 『破壊音』だァァ!!」

 

 Fの絶叫も虚しく、配信開始のカウントダウンは無慈悲にゼロになった。 『ON AIR』のランプが点灯する。  Fは全身汗だくで、巨大なピッチベンド・ホイール(音程を変えるレバー)にしがみついた。

 

          ◇

 

「~~〜〜〜♪」

 

 タラゴンは完全に自分の世界に入っていた。  ホロキャスターの画面上では、愛らしいカナリィが手を振っている。

 

『みんな〜! こんカナ〜☆ 今日は待ちに待ったお歌の発表会だよっ! 練習の成果、見せてあげるねっ!』

 

 早速、沢山のコメントが流れていく。

 

【待ってました!】 【888888】 【機材トラブル大丈夫?】 【後ろで唸ってる重機みたいな音なに?】

 

『一曲目は、みんな大好き『カロスの休日』! 今日はスペシャル伴奏で……ミュージック、スタートっ☆』

 

(スタジオ:現実)  Fは震える指でエンターキーを叩いた。

 

「行くぞ……! 自動補正が効かないなら、私の『絶対音感』と『手動操作』で、貴方の声を捩じ伏せてみせる!!」

 

 優雅なアコーディオンの旋律……に混じって『ブシュゥゥウウ…』という排気音が流れるイントロ。  タラゴンが大きく息を吸った。

 

「♪ あ〜(↘︎)る〜(↗︎)く〜(↔︎)と〜(⇅)!!」

 

 配信画面内ではカナリィが可愛くステップを踏む。  一方、その音声は――

 

「(ピッチベンドを左に全開!)」

 

『ギュルルルル……(駆動音)』

 

「高い! いや低い!?」

 

『ボォエエエエ!!(補正された轟音)』

 

「『あ』はフラットしているのに、『る』で急激にシャープした!?」

 

『ERRROR! 補正不能! 補正不能!』

 

『ギャァァァン!!(金属摩擦音)』

 

【!?!?!?】 【音圧wwww】 【耳がぁあああああ】 【工事現場からの配信ですか?】 【カナリィちゃんの声が時空歪んでる】

 

「くそっ! 追いつかない!」

 

「♪ こ〜(448Hz)か〜(430Hz)げ〜(452Hz)の〜(420Hz)」

 

「貴方の喉には『安定』という概念がないのか!?」

 

 タラゴンはノリノリでサビへ突入する。  Fは両手でレバーをガチャガチャと操作した。まるで格闘ゲームのコマンド入力だ。

 

「♪ カフェテラスで〜(一音ごとに転調)」

 

『ヒュン! ヒュオ! ギュン! ぶべべべ!』

 

「ああっ! 手動で合わせようとすると、まるでサイレンのような音になってしまう!」

 

「F先生! 最高ですぞ!」

 

「私の操作が、貴方のランダムな音程に翻弄され……ただの『スクラッチノイズ』を奏でているだけだ!」

 

「このバックで鳴っている『キュイキュイ』いう音、DJみたいでカッコイイですな! ワシのソウルに合わせて、機械が歌っておる!」

 

「違います!! 機械が悲鳴を上げているんです!! 頼むから一定のキーを保ってください! C(ハ長調)でいい! Cに留まってくれ!!」

 

「C? よく分からんが、次は転調じゃーっ!」

 

『♪ ラララ〜! わたしは〜!』

 

 配信画面のカナリィのホログラムが一瞬バグって伸びた。  合わせて、音声も歪む。歪みすぎて、ビットクラッシャーが掛かったような状態になる。

 

【San値直葬】 【新しい前衛芸術(アヴァンギャルド)だ】 【音響の人が裏で戦っているのが音で分かるw】 【助けてドラ○もん】 【逆に癖になってきた】

 

 もはやレバー操作を諦めたFは、マシンを物理的に殴って直そうとしていた。

 

「動け……! 正しい音を出せ……!」

 

『CRITICAL! 炉心溶融(メルトダウン)寸前』

 

「さあ、ラストのロングトーン行きますぞーっ!!」

 

「私は……私は世界を美しくしたいだけなんだ……!」

 

『FATAL! 芸術性の欠落』

 

「みんな、鼓膜の準備はいいかーっ!?」

 

「やめろォォォォ!!」

 

 警報音が鳴り響くスタジオ内、タラゴンがラスサビに入る。

 

「ラストォォォ! 行くぞおおお!」

 

「やめろ……もういい……」

 

「♪ わたしは〜! 風になる〜〜!」

 

「これ以上は……機械(かれ)が持たない……!」

 

『ドゥルルルルル……(低周波)』 『FATAL! 演算不能(OVERFLOW)』

 

「♪ じ・ゆ・う(自由)〜〜〜〜〜!!!」

 

『キィィィィィン……(超音波)』 『FATAL! 標的喪失(TARGET LOST)』

 

 その瞬間、タラゴンの喉から、物理法則を無視した「極大ビブラート」が放たれた。  それは、音程が上下に揺れるだけでなく、音量と音質までもがランダムに変動する、カオス・ウェーブだった。

 

『FATAL! 自己崩壊(SELF DESTRUCT)』

 

 巨大シンセサイザーの全ての油圧シリンダーが、同時に逆噴射した。

 

『バヂヂヂヂッ!!』

 

 ドォォォォォン!!!  Fの目の前で、シンセサイザーの主要パーツが爆発し、黒煙が噴き上がった。  Fは黒煙を浴びて真っ黒になりながら、ゆっくりと立ち上がった。  その目から、光が消えている。

 

「おおおおっ!?」

 

「……」

 

 Fはふらりと手を伸ばし、マイクのスイッチを掴んだ。

 

「スモーク演出!? ここで特効(特殊効果)が入るとは! F先生、ニクイ演出ですなぁ!! ♪ う〜〜〜〜(まだ歌っている)」

 

「……」

 

 Fは、オフにするのではなく、ボリュームを最大にした。  そして、タラゴンの歌声を遮るように、マイクに向かって肺の空気を全て吐き出した。

 

『 合 わ な ァ ァ ァ ァ ァ い ッ ッ ! ! ! 』

 

 その絶叫は、配信に乗って世界中の視聴者の鼓膜を揺した。

 

「ひょえっ!?」

 

「貴方の歌は!! 八十八の鍵盤にも!! 平均律にも!! 純正律にさえも!! どこにも収まらないんだよォォォォォォ!!!」

 

 Fは鍵盤を拳で叩き割りながら叫ぶ。

 

「F、F先生!? 落ち着いて! 配信中ですぞ!?」

 

「知ったことか!! 私は計算した! 貴方のズレを補正するために! だが貴方は、その計算の斜め上を、常に全力疾走で駆け抜けていく! それは『自由』ではない!!」

 

 Fは、カメラ(ホロキャスター)のレンズを鷲掴みにし、ドアップで叫んだ。

 

「貴方の歌は! 物理法則(ハルモニア)に対する冒涜だァァァァアアアア!!!!」

 

【!?!?!?】 【名言きたああああ】 【物理法則への冒涜www】 【音響の人の魂の叫び】 【神回】 【美しくない(褒め言葉)】

 

「ぼ、冒涜……? ワシの歌が……?」

 

 タラゴンはハッとして顔を輝かせた。

 

「……そうか! 常識への冒涜! つまり『ロック』だと言いたいのですな!?」

 

「ちがァァァァうッッ!!!」

 

「ありがとうF先生! 最高の褒め言葉ですぞ!」

 

「美しく……ない……こんな……ノイズまみれのフィナーレは……美しくない……」

 

 Fはガクリと膝をつき、煙を上げるマシンの残骸にもたれかかって、白目を剥いて力尽きた。

 

「おおっ、F先生が感動のあまり失神した! みんな、今日はありがとう! 最高のライブだったねっ☆ 最後はワシの『投げキッス』で締めじゃ!」

 

 タラゴン(カナリィ)がカメラに向かって「チュッ☆(濁音)」と音を立てる。  画面が暗転し、『NO SIGNAL』の文字が浮かんだ。  背後から、Fのうわ言だけが虚しく聞こえてくる。

 

『……ヘルツが……ズレて……』

 

          ◇

 

 あの地獄の配信から数日後。  ラシーヌ工務店・事務所では、Fが魂が抜けたようにげっそりしていた。  事務所は静かだ。Fは窓の外を虚ろに見つめている。

 

「……終わった……私のキャリアも……音楽への冒涜も……全ては闇に葬られるべきだ……あの配信は、歴史から抹消されなければならない……」

 

 そこにバンッ! とドアが開き、タラゴンが入って来た。

 

「F先生ーっ!! 大変ですぞーっ!!」

 

「な、何です……? まさか、視聴者から集団訴訟でも起こされましたか?」

 

 Fはビクッとして振り返る。

 

「何を言っておるのですか! 真逆ですぞ!」

 

「『耳が壊れた』『精神的苦痛を受けた』……ええ、甘んじて受け入れましょう。それが罪の償いです」

 

「見なさい、これ! アーカイブの再生数が、とんでもないことになっております!!」

 

 タラゴンは、端末をFの目の前に突き出した。

 

『【神回】物理法則崩壊!? カナリィの地獄歌枠 with 謎の絶叫おじさん【聴くと呪われる】』  再生数:1,500,000回(急上昇1位)

 

「……は? 『聴くと……呪われる』……?」

 

「コメント欄も絶賛の嵐です! ほれ、読んでみてくだされ!」

 

 Fは震える手でコメントをスクロールした。

 

『作業用BGMにしようとしたら、作業どころか平衡感覚を失った。訴訟(嘘)。高評価押しとくわ』

 

「…………」

 

『3:45秒あたりの『ボォエエエ!』と『ギャァァン!』が重なるところで、見たことのない色が見えた』

 

「(頭を抱える)」

 

『ラストの『物理法則に対する冒涜だァァ!』って叫び、サンプリングして曲に使っていいですか?』

 

「違う……彼らは誤解している……」

 

『これぞ現代の『不条理劇』。美しくない世界へのアンチテーゼ。深い』

 

「あれは芸術ではない……ただの『放送事故』だ……!!」

 

 タラゴンは目を輝かせる。

 

「いやあ、F先生のおかげで『ホロキャス・ノイズコア』という新ジャンルが開拓されましたな! ネットでは『音響ドラッグ』なんて呼ばれて、中毒者が続出らしいですぞ!」

 

「やめろ!! 私の名をそんな『電子麻薬』みたいなものに冠するな!!」

 

「まあまあ、堅いことは抜きにして」

 

「私は! 秩序と! 調和を! 愛しているんだ!!」

 

「これだけの反響があるのです。鉄は熱いうちに打て!」

 

 そう言うと、タラゴンは背後から新しい楽譜を取り出した。

 

「次回作の構想、もう練ってありますぞ!」

 

「……ラップ……?」

 

 Fの顔色が青から白、そして土気色へと変わっていく。

 

「次は、ワシの『ラップ』に挑戦しようかと!」

 

「貴方の……あの、リズム感の欠片もない……読経のようなラップに……?」

 

「F先生の『可変純正律シンセサイザー・改』で、ワシのライム(韻)をビートに刻んでくだされ!」

 

「また……あの機械を……直せと……?」

 

 Fの脳裏に、爆発するシンセサイザーと、地獄のノイズがフラッシュバックする。  う……うぅ……。  Fは静かに立ち上がり、窓を開けた。

 

「ん? どうしましたF先生? 感動で言葉が出ませんか? さあ、タイトルは『ミアレ・サイファー 〜工事現場の風〜』じゃ!」

 

「F先生?」

 

「……探さないでください」

 

「はい?」

 

「私は旅に出ます。平均律が支配する、普通の音楽が流れる土地へ……ここ(ミアレシティ)の空気は……私には、前衛的すぎる……!!」

 

 Fは窓枠に足をかけた(※ここは一階です)。

 

「あばよ! ホロキャス配信の亡霊たちよ!! 二度と! 歌うなァァァァァ!!!!」

 

 Fは窓から脱兎のごとく逃走した。

 

「ああっ! F先生! 逃げた!? 待ってください! スパチャの分配金がまだですぞーっ!! 先生ーっ!!」

 

 タラゴンは遠ざかっていくFの背中を追いかけようとしたが、転倒して腰を痛めた。  このため、このラップ計画は敢え無く中断した。

 

 なお、アーカイブには冒頭に『適切な音量と、強い精神力を持ってご視聴ください』の警告キャプションが付けられた。  また勿論、Fは直ぐに捕獲された。




【作者のコメント】
前回の「地獄の演劇指導」に続く、バ美肉シリーズ第2弾です。 今回は「聴覚」を破壊しに来ました。
F先生の「真面目ゆえに狂った方向へ全力疾走する」ところが書きたくて、気づけば巨大なシンセサイザーを爆発させていました。
タラゴン爺のポジティブさが、F先生にとって一番の毒(ポイズン)だと思います。
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