「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!!   作:をよよ

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ホテルZでの下働きの日々。 F(フラダリ)の唯一の楽しみは、自室に隠したアンティークのデキャンタと、琥珀色のコニャックだった。
ある日、Fの留守中に起こった悲劇。 「割れた!」 「燃やして乾かせ!」 「風で飛ばせ!」 「ヘドロで拭き取れ!」 「アロマで誤魔化せ!」

善意という名の連鎖が招いた、自室のジオラマ化(地獄絵図)。
そして、いち早くボールに逃げ帰った破壊神ギャラドス他と、逃げ遅れたジガルデの話。

「……臭いますね。秩序の崩壊した臭いが」

この後、AZ仕様の最大水圧シャワーがジガルデを襲う。

※捏造設定てんこ盛り
※F(フラダリ)が苦労人です
※ポケモンたちが全力でやらかします
※ジガルデ(わんこ)が不憫枠



第11話:残念ですが、ジガルデ・カエンジシ・ギャラドス達にはお留守番は無理だったみたいです

 深夜、ホテルZの従業員用居住区。

 薄暗いその部屋は、かつての高級志向の名残か、あるいは家主であるFの意地か、一角だけが異様なほどに整頓されていた。  飾り棚の中央には、美しいカットが施されたアンティークのデキャンタが鎮座している。中には琥珀色の最高級コニャックが、残りわずかながら揺れていた。

 

 重い足音が響き、ドアが開く。  疲れ切った様子のFが、よろめくように帰宅した。自慢のコートは泥だらけで、セットされた髪も乱れている。

 

「……ふぅ。あのタラゴンさんの音楽センスの乱れ……いえ、破壊的な音痴があれ程だったとは」

 

 Fは深い溜息と共にソファへ沈み込んだ。  その足元には、ジガルデ・10%フォルム、カエンジシ、ダストダスたちが心配そうに寄り添う。天井からはヤミラミがぶら下がり、オンバーンはカーテンレールを止まり木にしていた。

 

「……ですが、今日も生き延びました」

 

 Fは重い体を起こし、宝物であるデキャンタの前に立った。グラスには注がない。ただ、その琥珀色の輝きを目で愛でるだけだ。

 

「美しい……。この琥珀色だけが、私の汚れた日々における唯一の『秩序』だ……」

 

『……フン。人間とは、あのような毒の液体を見て喜ぶのか。理解できん』

 

 ジガルデは興味なさげに欠伸をしたが、Fの機嫌が少し持ち直したのを見て、尻尾をパタンと揺らした。  だがその時、天井からぶら下がるヤミラミの目は違った。デキャンタの複雑なカットが生む「キラキラ」に釘付けになっているのだ。

 

『ジィーーーーッ……』

 

 その視線に気づく間もなく、激しいノック音が部屋に響いた。

 

「Fさーん! 起きてるー!?」

 

 ドア越しに聞こえるマチエールの切迫した声。

 

「大変なの! もこおがまた脱走して、屋根裏に入っちゃったの! 捕まえるの手伝ってー!」

 

「…………」

 

 Fの額に青筋が浮かぶ。デキャンタに伸ばしかけた手が、ピタリと止まった。

 

「……今、ですか。……よりにもよって、私がコニャックの蓋を開けようとした、この瞬間に……」

 

「Fさーん? いるんでしょー? お願い、Fさんの長い腕が必要なの!」

 

 Fは深く、深く溜息をついた。そして、諦めたようにデキャンタから手を離すと、泥だらけのコートを再び羽織り直す。

 

「……はいはい、今行きますよ。……やれやれ、私の安息はいつ訪れるのやら」

 

 ドアへ向かいかけたFだったが、ふと足を止め、鋭い眼光で部屋に残るポケモンたちを見回した。

 

「いいですか、皆さん。私はすぐ戻ります。お利口に留守番をしていてください」

 

 その視線は、特にヤミラミとオンバーンという暴れん坊たちに向けられていた。

 

「特にそこの棚。あのデキャンタには、指一本触れてはいけませんよ? あれは私の給料3か月分……いえ、私の『魂』そのものですからね」

 

『グルルッ!(任せておけ、主よ)』

 

 カエンジシが頼もしく頷く。フラージェスも『あら、私たちは優雅に待っているわ』とばかりに、自身の花の手入れを始めた。

 

「……頼みましたよ。ジガルデ、君も監視をお願いしますね」

 

『フン! 余を番犬扱いするな。……だがまあ、留守は預かってやる』

 

 Fは名残惜しそうにデキャンタを一瞥すると、部屋を出て行った。重い足音が廊下の向こうへ消え、カツ、カツ……という音が聞こえなくなると、部屋の空気は一変した。

 

『フワァ……。主が戻るまで休息だ』

 

 カエンジシは安心しきって、部屋の中央で腹を出して寝転がった。フラージェスは鏡の前でポーズを決め、ダストダスは隠し持っていた「熟成されたリンゴの芯」を齧り始める。

 

 平和な夜……のはずだった。

 

 数秒の静けさを破ったのは、ヤミラミの涎を垂らす音だった。

 

『……キラキラ……』

 

 ヤミラミが忍者のような動きで壁を伝い、飾り棚の上へと移動する。その視線は、Fが「魂」と呼んだクリスタル・デキャンタに釘付けだ。  ジガルデが片目を開け、その不審な動きに気づく。

 

『……おい。貴様、何をしている』

 

 ジガルデは低い姿勢で唸った。秩序の監視者として、この「Fの聖域」が荒らされるのを見過ごすわけにはいかない。

 

『ヤミッ!(……宝石……味見だけ……)』

 

 ヤミラミは警告を無視し、細い指をデキャンタの蓋へ伸ばす。

 

『ならん! Fが「指一本触れるな」と言ったのを聞いていなかったのか!』

 

 ジガルデが立ち上がり、棚へ向かって駆け出した。しかし、ここで余計な横槍が入る。

 

『オンバッ!?(なになに、鬼ごっこ!? 俺も混ぜろー!)』

 

 天井にいたオンバーンが、ジガルデの動きに反応して急降下した。「遊んでくれるの!?」と勘違いし、超音波を放ちながら突っ込んでくる。

 

『ええい、邪魔だコウモリ!!』

 

 オンバーンを避けようとしたジガルデが、ステップを踏み損ねる。その勢いのまま、ヤミラミがいる棚の方へ――。

 

『あ、取れた……』

 

 ヤミラミがデキャンタを持ち上げた、まさにその瞬間だった。  ジガルデがオンバーンに背中を押される形で、棚に激突したのだ。

 

 ガタンッ!  棚が大きく揺れる。ヤミラミの手から、重厚なクリスタルガラスの塊が、ふわりと宙に浮いた。

 

『……あ』

 

『……あ』

 

『……ハッ!?』

 

 全員の時間が止まる。  琥珀色の液体が入った美しい瓶が、重力に従ってゆっくりと回転しながら落下していく。その下には、Fが奮発して買った「純白のシャギーラグ」が敷かれていた。

 

『キャッチせよ! 誰か! 間に合えぇぇぇ!!』

 

 ジガルデが必死に口を伸ばすが、わずかに届かない。フラージェスのツルも、カエンジシの反射神経も、全てが遅すぎた。

 

 ガシャーーーン!!!

 

 部屋中に響き渡る、高価なガラスが砕け散る乾いた音。  そして、トクトク……と静かに広がる琥珀色の液体。  部屋いっぱいに、最高級コニャックの芳醇すぎる香りが充満した。

 

『……いい匂いだなあ』

 

 ダストダスの呑気な感想とは裏腹に、ジガルデの顔色は真っ青(緑色だが)になっていた。

 

『……終わった。……秩序が、死んだ』

 

 ここから、地獄の隠蔽工作――という名の二次災害が幕を開ける。

 

 現在のカオス進行度は10%。  床にはコニャックの海。全員が、見る見るうちに純白の絨毯を染めていく琥珀色のシミを凝視している。

 

『……Fが帰ってくる。あの男は、この絨毯のシミひとつで、余らを……殺す』

 

 ジガルデの脳裏に、「AZ仕様の最大水圧シャワー」や「激辛ヘドロ煮込みの刑」が過ぎった。他のポケモンたちも震え上がる。

 

『グルルッ! 諦めるな! 証拠隠滅だ!』

 

 カエンジシが「任せろ」とばかりに前に出た。

 

『おい、何をする気だ』

 

『濡れているなら、乾かせばいい。単純な理屈だ』

 

 カエンジシが大きく息を吸い込む。喉の奥が赤く輝いた。ジガルデが「待て」と言う間もなかった。

 

『かえんほうしゃ!!』

 

 ボッ!!

 

『馬鹿者ぉぉぉ! アルコールに火を近づける奴があるか!!』

 

 当然の結果として、コニャックのアルコール分に引火した。ボヤ騒ぎ程度の青白い炎が、絨毯の上を走る。焦げ臭い匂いが漂い始めた。

 

『オンバッ!(火事だ! 俺が消す! 俺が消す!)』

 

 パニックになったオンバーンが、天井から急降下し、翼を激しく羽ばたかせる。

 

『ぼうふう!!』

 

 ゴォォォォォ!!  強烈な風圧は、火を消すどころか、Fのデスク上の書類、カーテン、そして予備のグラスをなぎ倒し、部屋中を竜巻の跡地のように散らかしていった。

 

『やめろ! 被害が拡大している!』

 

『ああもう! 液体が残ってるからダメなんだ! オイラが吸い取ってやるよ!』

 

 善意の塊であるダストダスが、その巨体(ゴミとヘドロの塊)で、床のコニャックと残り火の上にダイブする。

 

 ベチョッ! ジュワワワワ……。

 

 最高級コニャックと、ダストダスの体液が化学反応を起こした。琥珀色の液体はドス黒い紫色に変色し、目にも染みるような「刺激臭のする有毒ガス」が発生し始める。

 

『目が! 余の目がぁぁ! 何だこの毒ガスは!?』

 

『ケホッ、ケホッ……』

 

 部屋はもはや火事場泥棒の後のような惨状だが、ここで「美意識」の高いあの子が黙っていない。

 

『……信じられない。なんて醜くて、臭いのかしら!』

 

 フラージェスが優雅にターンを決め、両手を広げる。彼女の周囲から、ピンク色の波動と緑の輝きが溢れ出した。

 

『私が浄化してあげるわ! グラスフィールド&アロマセラピー!』

 

 ドゴゴゴゴ……!!  Fの自室の床板を突き破り、急激に成長したツタや巨大な花が、部屋中を覆い尽くす。原生林のようなジャングルが室内に出現した。  さらに、「花の甘すぎる香り」と「ヘドロコニャックの刺激臭」が混ざり合い、嗅ぐだけで気絶しそうな「地獄のアロマ」が完成する。

 

 視覚はジャングルと焼け跡の融合。  嗅覚は高級酒とゴミとフローラルの致死量ブレンド。  聴覚はオンバーンの暴風音と、何かが壊れる音。

 

『…………』

 

 ジガルデは、自分の足に絡みついた太いツタと、目の前に広がる紫色の毒沼を見つめ、思考を放棄した。

 

『……Fよ。余を……殺せ』

 

 カオス進行度は120%を突破。  そんな中、部屋の隅に置かれていたモンスターボールの一つが、騒ぎに反応して激しく揺れ始めた。

 

 ガタガタガタッ!!

 

『……あ、あのボールは……!』

 

 ジガルデが希望を見出す。あのボールの中身は、F最強の護衛、ギャラドスだ。  あの巨体と威圧感があれば、暴走するオンバーンやフラージェスを一喝して止められるかもしれない!

 

『出ろギャラドス! 余を助けろ!』

 

 バシュッ!! まばゆい光と共に、ボールが勝手に開く。

 

『グォォォォッ!!(俺様も混ぜろぉぉぉ!!)』

 

 「破壊の化身」が、やる気満々で狭い室内に実体化する。  しかし、彼は忘れていた。ここが屋外ではなく、天井の低い人間用の個室であることを。

 

 ズドォォォォン!!!

 

 出現したギャラドスの巨体(6.5メートル)が、物理的に部屋のキャパシティを超過した。

 

 ここからの三秒間は、まさに破壊の芸術だった。  一秒目。バキィッ!!  ギャラドスの硬い頭部が、天井から吊り下げられた「アンティークのシャンデリア(Fのお気に入り・分割払い中)」を粉砕する。ガラスの雨が降り注ぐ。

 

 二秒目。メリメリッ!!  狭さに驚いて振り回した太い尻尾が、「特注のクローゼットの扉」をへし折り、中からFの綺麗にプレスされたスーツが雪崩れ落ちる。

 

 三秒目。  ギャラドスは動きを止め、眼下の惨状を見下ろした。ドス黒い毒沼。焦げた絨毯。生い茂るジャングル。そして、自分の頭突きで粉々になったシャンデリアの残骸。

 

『…………』

 

 ギャラドスの目と、ヘドロに埋もれたジガルデの目が合う。

 

『……あ』

 

『……あ、これFに殺されるやつだ』

 

 ギャラドスの判断は、破壊光線よりも速かった。  彼は「俺は最初からいなかった」、「何も見ていない」という顔をして、誰の指示も待たずに自らボールのスイッチを内側から押したのだ。

 

 シュンッ。

 

 赤い光と共に、巨体が瞬時に消滅。  ボールは「カチッ」とロックされ、ピクリとも動かなくなる。完全なる証拠隠滅、そして現場放棄だ。

 

 残されたのは、さらに破壊された部屋と、希望を絶たれたジガルデのみ。

 

『き、貴様ぁぁぁ!! 逃げるなァァァ!! せめて余を回収していけぇぇぇ!!』

 

『……賢明な判断だ。我々も見習うべきかもしれん』

 

 カエンジシが呟く。ギャラドスの逃亡が、他のポケモンたちに「隠蔽工作」ではなく「緊急避難」こそが唯一の正解だと気づかせてしまった。

 

 その時。  分厚いドアの向こうから、重低音のリズムが響いてきた。

 

 カツ、カツ、カツ……。

 

 規則正しく、しかし地面を叩きつけるような、革靴の足音。それは徐々に大きく、近づいてくる。

 

『オ、オン……?』

 

『ヤミッ……!』

 

 野生の勘が鋭いポケモンたちが、一斉に動きを止める。背筋が凍るような殺気が、ドアの隙間から漏れ出していた。

 

「……ええ、ええ。タラゴンさんが、お孫さんの配信で『尊い』と叫んで酸欠になり、倒れたのは百歩譲って許しましょう……」

 

 低く、よく通る声。言葉遣いは丁寧だが、その声色には「マグマのような怒り」が煮えたぎっている。

 

「ですが、なぜ介抱した私が、彼の吐き出したプロテインまみれにならなければならないのです……。私のコートは雑巾ではありませんよ……」

 

『……ひぃっ』

 

 ジガルデが短い悲鳴を上げた。  今のFは、ただでさえ「最悪の機嫌」だ。「汚れた体を清めたい」、「早く自室でコニャックを飲んで落ち着きたい」という一心で帰ってきたのだ。  そんな彼が、このドアを開けたら? この「ヘドロと毒ガスとジャングルと化した自室」を見たら?

 

『……主は、疲れている』

 

『……そして、汚れているわ』

 

『……オイラたち、殺される?』

 

 カツ、カツ、カツ……。  足音が、ドアの前でピタリと止まる。ドアの下の隙間に、Fの長い影が落ちた。

 

「……はぁ。まあいいでしょう。私にはまだ、あの『コニャック』が待っていますから……」

 

 その一言が、死刑宣告のように響く。Fの心の支えは、既にヤミラミとダストダスによって「毒沼」に変えられているのだ。

 

『……総員、衝撃に備えろ』

 

 ジガルデは、ヘドロに足を取られながらも、震える声で訂正する。

 

『いや、違う。……総員、退避だ。生き残るには、それしかない』

 

 ガチャリ。  ドアのロックが外れる音が、静寂を切り裂いた。

 

 その瞬間、部屋の中の時間は加速した。それはまさに、沈没船から逃げ出すネズミのように……いや、もっと洗練された「プロの撤退」だった。

 

『……さらばだ、新入り』

 

 カエンジシが、迷いのない動きで部屋の隅に転がっていた自分のモンスターボールを鼻先で弾く。スイッチが押され、赤い光が彼を包む。シュンッ! 主への忠誠よりも、主の怒りからの回避を選んだ王者の、見事な自主退避。

 

『逃げろー!』

 

『隠れ身!』

 

 天井にいたオンバーンとヤミラミもそれに続く。シュンッ! シュンッ! 二つの光がボールに吸い込まれ、ボールは床に転がると同時に「カチッ」とロックされる。「最初からボールの中でお留守番してましたけど?」という完全なアリバイ作りだ。

 

 逃げ遅れそうな重量級と、逃げる気のない美意識担当はどうするか。

 

『わっ、わっ! オイラは……ここだ!』

 

 ダストダスは、部屋の隅にある「大型のゴミ箱」の蓋を開け、その中へ強引に体をねじ込む。ゴミ箱がミチミチに膨らむが、ゴミ袋を被って「ただの溢れたゴミ」に擬態完了。

 

『……私は、ただの花よ』

 

 フラージェスは、自分が生やしてしまったジャングルの蔦の中に身を沈める。見事なカモフラージュ。彼女は部屋の観葉植物の一部となり、気配を完全に消した。

 

 そして、残されたのは……。

 

『き、貴様らぁぁぁ!! 待て! 余を置いていくな!!』

 

 ジガルデが叫び、逃げようと床を蹴る。しかし、彼の足元はダストダスが作り出したヘドロとコニャックの混合液(※ヌルヌル)だ。

 

 ツルッ!!

 

『あっ』

 

 足が空回りし、その勢いでフラージェスが生やした「棘のある蔦」に顔から突っ込む。  ブスッ!  さらに、上から落ちてきた「カーテンの切れ端」が頭に被さり、視界を奪われた。

 

『ぬわぁぁぁ!! 前が見えん! 足が抜けん!』

 

 もがけばもがくほど、蔦が絡まり、ヘドロに沈んでいく。まさにデストラップ。

 

 ギィィィィ……。  重厚なドアが、ゆっくりと開き始めた。

 

 廊下の光が差し込む。その光の中に、泥だらけのコートを着た、鬼のような形相の大男のシルエットが浮かび上がる。  部屋の中には、ボールに戻った静寂と、膨らんだゴミ箱、不自然な観葉植物……そして、部屋の中央で一人もがいている「緑色の犬」だけ。

 

『…………』

 

 ジガルデは動きを止めた。もう、逃げられない。

 

『……裏切り者どもめ……。後で全員、グランドフォースで埋めてやる……』

 

 王の断末魔と共に、ドアが全開になった。

 

 廊下の明かりを背に、Fが立っている。  その視線の先には、変わり果てた自室。  毒々しい紫色の沼、うっそうと茂るジャングル、ぶら下がるシャンデリアの残骸。そして、「腐った花」と「高級酒」が悪魔合体した臭気。

 

「……ただいま戻りまし……」

 

 言葉が途切れる。  Fは一歩、部屋に踏み込んだ。  チャプン……。革靴が、紫色の粘液に沈む音だけが響く。

 

「…………」

 

 Fは無言で、部屋の惨状を見渡した。視線が、部屋の隅の「膨らんだゴミ箱」や、「不自然に揺れる観葉植物」、そして「転がっているモンスターボールたち」を滑るように移動する。  だが、彼は何も言わない。  そして、視線は部屋の中央へ。ツタに絡まり、ヘドロまみれで固まっているジガルデで止まった。

 

『……あ、あー……。お、お帰り……Fよ』

 

 ジガルデは引きつった笑顔で、泥だらけの尻尾をパタン……と一度だけ振ってみせる。

 

「……なるほど」

 

 Fが口を開く。その声は、北極の氷よりも冷たく、そして静かだった。

 

「どうやら君は、私が留守の間に……この部屋を『カロスの湿地帯を再現したジオラマ』に改装してくれたようですね?」

 

『ち、違う! 誤解だ! これは不可抗力で……!』

 

「あそこに落ちているガラス片は……私の魂の残骸ですか。そうですか」

 

 Fはゆっくりと、泥だらけのコートを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を丁寧に捲り上げた。その動作の一つ一つが洗練されている分、逆に恐ろしい。

 

「……臭いますね」

 

『うっ……』

 

 Fは、能面のような無表情から、ふっと口角を上げ、満面の笑み――聖母のような、あるいは死神のような笑み――を浮かべた。

 

「今の君からは、『秩序の崩壊した臭い』がします。……浄化が必要ですね」

 

 Fが、ジガルデに向かって一歩踏み出す。ジガルデは後ずさりしようとするが、ツタが絡まって動けない。

 

『ま、待て! 話を聞け! 犯人は余ではない!』

 

『そこのゴミ箱を見ろ! 観葉植物を見ろ! ボールの中に真犯人がいる!!』

 

 ジガルデは必死に仲間たちの方を見るが、ゴミ箱も植物もボールも、「シーン……」と死んだように静まり返っている。

 

「おや、何をキョロキョロしているのです?」

 

 Fの大きな手が、ジガルデの首根っこをガシッと掴む。抵抗する間もなく、ジガルデの体は宙に浮いた。

 

「たっぷり、時間をかけて洗いましょう」

 

 Fはジガルデを小脇に抱え、バスルームの方へ向き直る。そして、楽しそうに、しかし宣告するように呟いた。

 

「今日は特別です。……AZさん仕様の、『最大水圧(ハイドロポンプ)』設定でいきましょうか」

 

『!? 待て! それは死ぬ! 地面タイプの余には効果抜群だ!!』

 

 Fはジガルデの「キューン」という悲鳴を無視し、大股でバスルームへ連行していく。廊下に、ジガルデの断末魔が響き渡った。

 

 バタン!!  ジャーーーッ!!

 

『ギャオォォォン!!(貴様らぁぁぁ!! 覚えていろぉぉぉ!! 裏切り者どもぉおおおおお!!!)』

 

 爆音のようなシャワー音と悲鳴が遠ざかると、部屋には静寂が残された。

 

 しばらくして、ゴミ箱の蓋が少しだけ開き、ダストダスの目がキョロリと覗く。  観葉植物の中から、フラージェスが顔を出し、「ふぅ」と優雅に汗を拭いた。  ボールの中から、カエンジシやギャラドスたちの安堵の吐息が漏れる。

 

 彼らは生き延びた。尊い犠牲(ジガルデ)の上に、今日の平和は守られたのだ。

 

 翌日、ピカピカ――だがやつれた――ジガルデと、筋肉痛になったFが、部屋の大掃除をする姿があった。  もちろん、他のポケモンたちは全員、タラゴン爺の工務店へ「出張」という名の避難をしていたことは言うまでもない。

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