「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!!   作:をよよ

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ZA時空の二次創作。 シローの筋肉騒音(マッスル・ノイズ)に耐えきれず、再びカナリィの元へ逃げ込んだムク。 そこで待っていたのは、タラゴン爺にバ美肉演技指導をする熱血F先生だった。
ムクの悩みを聞いたFは、眼を光らせてこう言った。 「私、筋肉(マッスル)の生態については少々心得があります」
Fの発明品と、無駄に豊富な筋肉知識がシローを襲う! カオスな騒音対策バトルの幕開けです。

【注意】
※Fが大変ノリノリです(キャラ崩壊注意)
※筋肉への物理攻撃が含まれます
※ボディビル用語が飛び交います
※なんでも許せる方向け


第15話:残念ですが、ムクさん、シロー氏には消えていただきます(物理)

 ラシーヌ工務店の薄暗い室内。

 数台のサーバーが低い唸りを上げ、マルチモニターから放たれる青白い光だけが部屋を照らしている。本来であれば、静謐なハッカーの作業場であるはずの場所。  しかし今、その静寂を切り裂くような奇声が響き渡っていた。

 

「こんタラ~♡ みんなのアイドル、カナリィだよぉ~ん! 今日はぁ、初見さんいらっしゃ~い♡」

 

 モニターの前でタラゴン爺が裏声を出している。だが、その背後で腕を組んでいたF――今はなぜか赤いジャージ姿の熱血モードだ――が、カッと目を見開いた。  手には、なぜか丸めた台本ではなくメガホンが握られている。

 

「カーーーッ!! 違います!! 全く違う!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 Fの怒号に、タラゴン爺が縮み上がった。

 

「F先生、今の『よぉ~ん』は結構可愛かったと思うんじゃが……」

 

「甘い! 甘すぎますぞタラゴン氏! その媚びた語尾はなんだ! 貴方が目指すのは『守りたくなる儚さ』でしょう!? ならば、喉ではなく丹田から『可憐さ』を絞り出しなさい! 美しさとは、決して枯れない魂の叫びだ!!」

 

「む、無茶を言う……わしの丹田はもう枯れかけじゃよ……」

 

 そんな地獄のようなレッスンの最中、ドアが開き、幽霊のような足取りでムクが入ってきた。  目の下には濃いクマができ、頬もこけている。

 

「……お邪魔します……」

 

「……あー、ムク? また来たの? あんたも好きだねぇ」

 

 カナリィはゲーミングチェアに深々と座り、モニターから目を離さずに声をかけた。

 

「家が……家が限界で……。シローが朝から『大胸筋と会話する儀式』を始めて……幻聴が聞こえてきそうで……」

 

「ふーん。だっりぃ。……ねえ、もうあいつのプロテインに速乾性のセメント混ぜちゃえば? 胃袋ごと固めれば静かになるでしょ」

 

「それは殺人だよ……。はぁ……ここは静か……」

 

 ムクが安らぎを求めたその瞬間、再びFのメガホンが火を噴いた。

 

「そこだタラゴン氏!! 今の『ひぃっ』という悲鳴! その高音こそが真実(リアル)だ!! その声をキープしなさい!!」

 

「ひぃぃぃぃぃ!!」

 

「……でもないね。ここも地獄だ」

 

 ムクは力なくソファに崩れ落ちた。  ここでようやく、Fは新たな来訪者の気配に気づいたらしい。スッと真顔に戻り、懐から取り出したハンカチで額の汗を拭うと、一瞬にして知的な紳士のトーンへと切り替わった。

 

「おや、ムクさんでしたか? いらしていたのですか」

 

「あ、Fさん……こんにちは。タラゴンさんも……」

 

「おお、ムクちゃんか……助かった……。このスパルタ演技指導、わしの寿命を削りに来とる……」

 

 ゼェゼェと息を切らすタラゴンを尻目に、Fは心配そうに眉を寄せた。

 

「何を仰います、配信まで時間がありませんよ。……それにしてもムクさん、顔色が土気色ですが」

 

「うん……シローがさ。最近、筋トレの強度を上げたみたいで、一日中叫んでるんだ。『デカい!』とか『キレてる!』とか……もうノイローゼになりそうで」

 

 その言葉を聞いたFは、遠い目をして紅茶のカップを手に取った。

 

「……お察しします。騒音と奇行に振り回される苦しみ……私にも痛いほど分かりますよ」

 

「Fさんも?」

 

「ええ。ホテルZの厨房では、ガイ氏が『爆発こそ芸術』と言わんばかりの前衛料理でボヤ騒ぎを起こし……ここではタラゴン氏の演技指導特訓……さらに昨日はマチエールさんから、私が作った全自動着替えアームが暴走して、パジャマごと拘束されたと深夜に怒りの電話が……」

 

 Fは笑顔のまま、こめかみに青筋をピキピキと浮かべている。

 

「私も少々、辟易としておりましてね。平穏な日常とは、かくも得難いものか、と」

 

(あ、この人も相当溜まってるんだ……)

 

 ムクが同情の眼差しを向けると、Fはカップを置き、改めてムクに向き直った。

 

「しかし、ムクさんの件……相手がただの騒音主ではなく、マッチョであるならば話は別です」

 

「え?」

 

「シロー氏は、筋肉を至上のものとする種族……すなわち『マッスル・トライブ』。彼らの行動原理は極めて単純かつ、生態学的(エコロジカル)です」

 

 Fの瞳の奥が、キラーンと鋭く光る。

 

「私、過去に少々……いえ、かなり深く筋肉の生態について研究していた時期がありましてね。その習性を利用すれば、彼を黙らせるどころか、意のままに操ることも造作もないことです」

 

「ほ、本当に? ……でも、操るってどうやって?」

 

 不敵な笑みを浮かべたFは、カナリィのジャンクパーツ箱を漁り始めた。

 

「ふふふ……カナリィさん、ホロキャスターの予備パーツと、高出力スピーカーを借りますよ」

 

「あそこの棚。……壊したら弁償ね」

 

「ご安心を。……さあムクさん、参りましょう。『Opération Clouer le Bec aux Pecs(オペラシオン・クルー・ル・ベック・オ・ペック)』の開始です」

 

 その手には、怪しげな配線が飛び出した即席の機械が握られている。  ムクは背筋に冷たいものを感じた。

 

(なんか……もっとヤバいことに巻き込まれそうな予感がする……)

 

「……行ってしもうた。……ふぅ、今のうちに休憩じゃ。……みなさぁ~ん♡」

 

 タラゴン爺の小声の練習だけが、虚しく室内に響いていた。

 

          *

 

 その後、直ちに一同はムクの家に押しかけ、部屋の模様替え――もとい、迎撃態勢の構築を開始した。  部屋の隅にFとカナリィが陣取り、助っ人として呼ばれたマチエールも手伝っている。  テーブルの上には、ラシーヌ工務店から持ち出したジャンクパーツと、炊飯器を改造したような『対マッチョ用ホログラム投影機』が鎮座していた。

 

「……センサー感度良好。投影角調整完了。マチエールさん、遮光カーテンの具合は?」

 

 Fがコードを繋ぎながら、オペレーターのような口調で確認する。

 

「バッチリだよF! 一筋の光も入らない!」

 

 窓際でカーテンをガムテープで目張りしていたマチエールが親指を立てた。

 

「ねえ、なんでボクまでこんな所にいんの? 家で寝てたいんだけど」

 

 カナリィはスマホをいじりながら不満そうだ。

 

「データ収集です、カナリィさん。貴重な実地試験(フィールドテスト)ですからね。……さて、ムクさん」

 

 Fは部屋の中央で死んだ魚のような目をしているムクの前に、ある物を置いた。  犬のしつけ用おもちゃとして売られている、『Yes/Noボタン』だ。

 

「これが起爆スイッチです。シロー氏の『圧』に耐えきれなくなったら、この『Yes』ボタンを押してください。それが作戦開始の合図(シグナル)です」

 

「わかった……。もう、何でもいいから助けて……」

 

 その時。

 

 ドンドンドン!! ドンドンドン!!

 

 玄関のドアが激しく叩かれ、建物全体が揺れた。

 

「ムクゥゥゥーーッ!! いるんだろぉぉぉ!! 開けてくれ! 俺だ! シローだ! そして俺の大胸筋だぁぁ!!」

 

「き、来た……!」

 

「落ち着いて。まずは彼を『フィールド』に誘い込むのです」

 

 観念したムクが鍵を開けると、ドアが勢いよく開いた。  タンクトップ姿で、汗だくのシローが飛び込んでくる。

 

「ハァッ! ハァッ! ムク! なんで居留守を使うんだ! 聞いてくれよ! 今日の俺のパンプアップ、過去最高なんだ!」

 

 シローはズカズカと部屋に入り込むと、ムクに肉薄した。

 

「見てくれ、この上腕二頭筋の血管(バスキュラリティ)! まるで大河だろ!? アマゾン川が俺の腕に流れてるんだよぉぉ!!」

 

 ビシィッ! とポーズをとるシロー。近い、暑い、うるさい。  ムクは無言で、震える指で『Yesボタン』を押した。

 

 ――Yes♪

 

 間の抜けた合成音が鳴る。

 

「フェーズ1、起動(イグニション)! 『ナルシシズム・トラップ』展開!!」

 

 Fがコンソールのスイッチを入れた。  ブォォォン……と低い音が鳴り、シローの目の前に青白い光が集束する。  そこに現れたのは、「等身大のシロー自身の立体映像(ホログラム)」だった。

 

「なっ!? なんだこの光は!? ……って、こ、これは……!!」

 

 ホログラムのシローもまた、完璧なポーズをとっている。

 

「お、俺……!? なんて美しいんだ……! この広背筋の広がり……まるで翼……天使か!? 俺は天使だったのか!?」

 

 うっとりと自分自身を見つめるシローをよそに、Fがナレーション風に解説を入れる。

 

「解説しましょう。マッチョという生物は、鏡や窓ガラス、スプーンの裏側など、自分の姿が映るものを見つけると、無意識にポージングを確認せずにはいられない悲しき習性を持っています」

 

「へぇ~、猫が動くもの追いかけちゃうみたいな?」

 

「まさに。そして、目の前にいるのは『自分自身』という最強のライバルであり、パートナー。彼はもう、周囲の雑音など聞こえていません」

 

 Fの言葉通り、シローはホログラムに向かって真剣な顔でポーズを取り始めていた。

 

 

 ー「ふんっ! 甘いぞ『鏡の俺』! 俺のカットはもっと深い! 『フロント・ダブル・バイセップス』!!」

 

 ー「どうだ! ……なにっ、向こうも返してきただと!? ならば厚み勝負だ! 『サイド・チェスト』!!」

 

 ー「くぅぅぅ! 良い! 良いぞ俺! 昨日の俺よりデカい! そして今日の俺もデカい!! 『アブドミナル・アンド・サイ』!!」

 

 

「……す、すごい。完全に無視してる」

 

「ええ。彼は今、『規定ポーズ(マンダトリー)』の無限ループに囚われています。全7ポーズを確認し、納得し、修正し、また確認する……。このサイクルに入れば、30分は貴方の自由時間が確保できます」

 

「あー、鏡の前で一生髪型直してるナルシストと同じ原理か」

 

 カナリィが呆れた声を出すが、ムクの表情は晴れなかった。

 

「……でも、Fさん」

 

「はい?」

 

「……うるさいのは変わらないよ」

 

「うおおおお! 見ろ! この三頭筋の馬蹄形(ホースシュー)!! 蹄鉄が埋め込まれてるぞぉぉぉ!!」

 

「ほら。あたし、静かに過ごしたいんだけど」

 

 シローの絶叫はむしろボリュームアップしている。  Fは冷静に頷いた。

 

「……ふむ。想定内です。あくまでこれは時間稼ぎ。次の手が必要ですね」

 

「まだあるの?」

 

「ええ。彼らにとって『最大の恐怖』を与えることで、物理的に排除します」

 

 シローは未だ、自分の筋肉に見惚れて興奮状態にある。

 

「見てくれ! この僧帽筋の盛り上がり! 富士山か!? いやエベレストだ!! 『モスト・マスキュラー』!!」

 

「……Fさん、限界。全然静かにならない。むしろヒートアップしてる」

 

 耳を塞ぐムクを見て、Fはコンソールのダイヤルを調整した。

 

「ええ。自身の筋肉に見惚れるあまり、興奮物質(アドレナリン)が過剰分泌されていますね。……では、劇薬を投入しましょう。ムクさん、その『Noボタン』を押してください。それが『絶望のアルゴリズム』の起動スイッチです」

 

「絶望……? よく分からないけど、ポチッ」

 

 

 ――No♪

 

 ――ブブブッ……!

 

 

 ホログラムにノイズが走った。  今までシローと同じゴリゴリのマッチョ体型だった映像が、シュルシュルと縮んでいく。  筋肉の鎧が削ぎ落とされ、手足が伸び、服装もタンクトップから「お洒落なスキニーパンツと白いシャツ」へと変化した。  そこに現れたのは、まるでK-POPアイドルのような、スラッとした細マッチョの美少年シローだった。

 

「……あ? なんだ? バグか? ……う、嘘だろ……?」

 

「えっ!? 待って、超イケメンじゃん! シローなのに!」

 

 スマホから顔を上げたカナリィが目を輝かせた。マチエールも身を乗り出す。

 

「わあ! すごい! 足が長い! 首がある! 服がパツパツじゃない! カッコいい!!」

 

「ひぃぃっ!? やめろ……! その黄色い声援をやめろぉぉぉ!!」

 

 褒められているはずのシローが、なぜか顔面蒼白になって後ずさりした。

 

「え? なんで? 褒められてるのに」

 

「解説しましょう。一般社会において『細マッチョ(スリム)』は称賛の言葉ですが、ボディビルダーにとって、それは『ガリガリ(スキニー)』と同義。侮辱を通り越して、『生存本能を脅かす恐怖の対象』なのです」

 

 Fの冷徹な解説を裏付けるように、シローはホログラムを指さしてガタガタと震えだした。

 

「な、無い……! 俺の……俺の努力の結晶が……!! 上腕が……ゴボウみたいになってるぅぅ!! 大胸筋が……まな板だぁぁ!!」

 

 ホログラム・シローは爽やかな笑顔で、指ハートを作りながらウインクを決めた。 『サランヘヨ♡』

 

「ぎゃあああああああ!! 見るな! 俺を見るな! それは俺じゃない! 筋肉の墓場だぁぁぁ!!」

 

「ねーねーF、このデータちょうだい。待ち受けにするわ」

 

「やめてくれぇぇ! デジタルタトゥーだ! 末代までの恥だぁぁ!」

 

「さあシロー氏、どうしますか? 目の前の未来予想図を受け入れますか? それとも……」

 

「こ、怖い……! 自分が……自分がしぼんでいく幻覚が見える……!! き、筋肉(マッスル)……! 筋肉を補給しなければ……!!」

 

 シローは脱兎のごとく、隣の部屋へとダッシュした。

 

「カタボリック(筋肉分解)阻止ぃぃぃぃ!! 筋トレだぁぁ! ベンチプレスをよこせぇぇぇ!!」

 

 バタンッ!! ガチャンッ!!  鍵をかける音が響き、ようやく静寂が訪れた。

 

「……消えた」

 

「ふっ……。恐怖に駆られたマッチョは、筋肉のパンプ(張り)を確認せずにはいられなくなります。これで彼は、失われた(と錯覚した)筋肉を取り戻すため、最低2時間は筋トレルームから出てきません」

 

「すごい……。あんなに自分のカッコいい姿を見て怖がるなんて、不思議な生き物だね」

 

「ありがとうFさん! やっと……やっと静かになった……」

 

 ソファに深く沈み込むムクに、Fはしかし、油断ならない表情を向けた。

 

「礼には及びません。……ですがムクさん、油断は禁物です」

 

「え?」

 

「筋トレを終えた彼は、必ず『ゴールデンタイム(栄養補給)』のために出てきます。そして、失った自信を取り戻すために、さらに大きな声で叫ぶでしょう」

 

 Fは懐から、ドクロマークの描かれた毒々しい赤色の小瓶を取り出した。

 

「そこで、この『最終兵器(リーサル・ウェポン)』の出番です。……トイレという名の独房へ案内して差し上げましょう」

 

          *

 

 それからしばらくして。  筋トレルームからは、ガチャン! ガチャン! という重りを扱う音と、「負けるな俺!」「追い込め!」というシローのうなり声が聞こえてくる。  Fはキッチンカウンターで、シローのプロテインシェイカーを手に取った。

 

「さて。仕上げと参りましょう」

 

「Fさん、その瓶……ラベルがドクロマークなんだけど……」

 

「ご安心を。これは『一般のどのご家庭にもある』調味料です」

 

「え? 見たことないよ?」

 

「カロス地方の火山地帯、その火口付近でしか採取できない『マグマ・ハバネロ・デス・ソース(致死量レベル)』です。……まあ、昔の私の家には常備してありましたが」

 

「それ、『一般家庭』の定義が根本から間違ってるから」

 

 カナリィのツッコミを無視し、Fはシローが愛飲している『ストロベリーチョコ味』のプロテインに、スポイトで慎重に一滴垂らした。  ポチョン……。  その瞬間、シェイカーの中身が「ジュッ!」と音を立てて赤く発光し、泡立った。

 

「い、今、化学反応の音がしたよ!? 湯気が出てるよ!?」

 

「代謝促進剤(ブースター)としては最高級品です。……さあ、準備は整いました」

 

 Fが優雅にシェイカーを振った直後、筋トレルームのドアが勢いよく開いた。  全身から尋常ではない量の湯気を出し、目を血走らせたシローが飛び出してくる。

 

「ゴールデンタァァァイムッ!!」

 

「ひっ!」

 

「筋トレ終了後30分以内! それは筋肉が最も栄養を欲する約束の刻(とき)! 今だ! 今すぐタンパク質を入れないと、俺の筋肉が餓死してしまうぅぅ!! ムク! 俺のシェイカーはどこだぁぁ!!」

 

 Fがスッとシェイカーを差し出した。

 

「どうぞ、シロー氏。貴方の努力を称える、特製ドリンクです」

 

「おお! 気が利くじゃないかF先生! 感謝する!」

 

 シローは一気にそれを飲み干した。

 

 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。

 

「プハァーーッ!! ……ん?」

 

 途端、シローの動きが止まる。  顔色が急速に赤から紫、そしてどす黒い赤へと変化していく。

 

「……なんだ……? 胃袋が……熱い……? いや、これは……燃焼(バーニング)!?」

 

 シローは目を輝かせた。勘違いしている。

 

「すごいぞ! 飲んだ瞬間から体脂肪が燃えているのが分かる! まるで体内にカエンジシを飼っているようだ!!」

 

「ええ。代謝(と腸内環境)が爆発的に活性化していますからね」

 

 Fはニッコリと微笑んだ。

 

「うおおお! 熱い! 熱すぎる! 血液が沸騰する! これが『パンプアップ』の向こう側かぁぁぁ!!」

 

 グルルルルッ……。

 

 地獄の底から響くような腹の音が、部屋を震わせた。

 

「……んぐっ!?」

 

 シローが急に前かがみになり、脂汗を流した。

 

「ち、違う……これは……筋肉じゃない……! 直腸(ガッツ)だ……!! 尻に……尻に火がついたぁぁぁ!!」

 

「おや、デトックス効果が表れたようですね」

 

「ど、トイレェェェェ!! どけぇぇぇ! 漏れる! 俺の大臀筋(おしり)が決壊するぅぅぅ!!」

 

 ダダダダダッ!!

 

 シローは内股になりながらトイレへ猛ダッシュし、飛び込んだ。

 

 バタンッ!!

 

「ぎゃあああああ!! マグマァァァァァ!!」

 

 断末魔の叫びを聞きながら、ムクは青ざめていた。  Fはハンカチで手を拭きながら涼しい顔だ。

 

「ふぅ。……これで半日はトイレに籠城(ひきこも)るでしょう」

 

「えげつな。……まあ、静かになったのは確かだけど」

 

「F……敵に回したくないタイプNo.1だね……」

 

「さあムクさん、これで安寧の時は約束されました。ゆっくりとティータイムでも……」

 

 ドォォォン!!

 

 その時、トイレのドアが内側から蹴破られた。

 

「!?」

 

 ふらつきながら出てきたシローは、顔こそやつれているが、その瞳には修羅の炎が宿っていた。

 

「……貴様ら……か……」

 

「ほほう。あの劇物……いえ、スパイスを摂取して、もう動けるとは。驚異的な括約筋ですね」

 

「俺の……俺の神聖なプロテインに……毒を盛ったな……!! 筋肉への冒涜……許さん……!! ポケモンバトルだ!! 力(マッスル)で貴様らを粉砕してやるぅぅ!!」

 

 Fは、やれやれと肩をすくめた。

 

「筋肉脳はこれだから……。いいでしょう。最後の仕上げ(トリートメント)と参りましょうか」

 

          *

 

 舞台はムクの家の前の広場。

 夕陽が差し込み、ドラマチックな影が伸びている。  怒りに燃えるシローと、困惑するムク&ジュペッタ。対するFは優雅に、しかし手にはメガホンを持って立っていた。

 

「俺の筋肉を愚弄し、神聖なゴールデンタイムを汚した罪……万死に値する!! 行けっ、カイリキー! 奴らをダンベルの如く持ち上げろ!!」

 

 カイリキーが出現し、四本の腕でマッスルポーズを決める。

 

『カイリキィィッ!!(キレてるぅ!)』

 

「ど、どうしよう……カイリキーなんて勝てないよ……」

 

「慌てることはありません。ムクさん、ジュペッタ。私が『指揮(タクト)』を執ります」

 

「Fさん? そのメガホンは……?」

 

「相手は筋肉の化身。ならば、筋肉のルール(マナー)で迎え撃つのが礼儀というもの!」

 

 カッ! と目を見開き、Fのスイッチが入った。

 

「さあシロー氏! 貴方の肉体(ボディ)、審査(ジャッジ)させていただく!!」

 

 

【第1ラウンド:肩(デルトイド)】

 

「審査だと!? ならば見ろ! この三角筋の張り! 『サイド・レイズ』の成果を!」

 

 シローは両腕を広げ、肩の筋肉を強調した。

 するとFが、突然メガホンを構え、選挙演説のような大声で絶叫した。

 

「デカい! デカすぎるッ!! 肩にちっちゃいジープ乗せてんのかぁぁーい!!」

 

「!?(褒められた!?)」

 

「いかにも重機! 頼もしい4WDだ!! 悪路も走破できるぞぉぉ!!」

 

「そ、そうだろう! 俺の肩は全地形対応……」

 

 シローが気を良くした瞬間、Fはスッと真顔になり、冷徹な声を飛ばした。

 

「……ですが、燃費が悪い。タイヤの空気がパンパンすぎますね……ムクさん、ジュペッタ。『かげうち』です。影から忍び寄り、その『ジープのタイヤ(三角筋中部)』を、爪先でツンとしなさい」

 

「えっ、あ、はい! かげうち!」

 

 スッ……。

 

 ジュペッタの姿が消え、シローの足元の影が伸びる。影から鋭い爪がニューッと現れ、パンパンに張ったシローの肩をピンポイントで突いた。

 

「あべしっ!!」

 

 シローがガクッと膝をつく。

 

「ば、馬鹿な……! そこは昨日の高重量トレーニングで……炎症スレスレの……!」

 

「ナイスカット!! 痛みに耐える顔も渋いぞ!!」

 

 

【第2ラウンド:背中(ラット)】

 

「くっ……おのれ! ならばこれだ! 男は背中で語る! 『ラット・スプレッド』!!」

 

 シローが背中を向け、広背筋をガバッと広げる。

 

「素晴らしいッ!! 背中に鬼(オーガ)が棲んでいる!! ……いや、鬼だけじゃない!!」

 

 再び熱血モードになったFは、空を指さして絶叫した。

 

「背中が広すぎて……パンダなら5匹は隠れられるぞぉぉぉーい!!」

 

「ご、5匹も!? 上野動物園もビックリだぜ!」

 

「まさに万里の長城! 航空写真に写るレベルだ!!」

 

「フハハハ! そうだ、俺の背中は……」

 

 しかし、Fの目は笑っていない。

 

「……しかし、そのパンダたちは笹を求めて泣いています。広背筋下部のストレッチ不足です……ジュペッタ、『ゴーストダイブ』。亜空間から現れ、隠れたパンダを優しく小突きなさい」

 

 フッ……。

 

 ジュペッタがシローの背後の空間からぬらりと出現。無防備な背中の急所へ指を伸ばす。

 

「背後(バック)だと!?」

 

 ツンッ……。

 

 ジュペッタの指先が、シローの脇腹の裏側を愛でるように突いた。

 

「ひでぶっ!!」

 

 シローの背中がエビ反りになる。

 

「そ、そこは……デッドリフトの疲労が……一番溜まっている場所……!!」

 

 

【第3ラウンド:腹筋(アブドミナル)】

 

「はぁ、はぁ……な、なんて的確な審査(ジャッジ)なんだ……。こいつ、俺の筋肉の調子を全て見抜いてやがる……! だが、最後はこれだ! 俺の最強の腹筋(アブス)!!」

 

 シローはタンクトップを引き裂き、バキバキの腹筋を露出させた。

 

『カイリッ!!(俺の腹筋も見ろ!!)』

 

「おお……! なんというキレ……! 渓谷(キャニオン)だ……ここにグランドキャニオンがある……!」

 

 Fは感極まって涙ぐんでいた。

 

「そうだ! 崇めろ!」

 

「腹筋が……板チョコのようだぁぁぁ!! しかもカカオ99%のビターチョコ!! 苦み走ったいい男だぞぉぉぉ!!」

 

「F先生ぇぇぇ……!!」

 

「あるいはカニの裏側!! 完全に甲殻類だ!! 茹でる前の鮮度だぞぉぉ!!」

 

「カニ! 俺はカニだったのか!!」

 

 恍惚とするシローに対し、Fの眼の奥がキラーンと光った。

 

「……ですが!! その『板チョコ』は、賞味期限(スタミナ)切れだッ!! ……ジュペッタ、とどめです。『ふいうち』!! その板チョコを……割る(ブレイク)!!」

 

「いっけぇー!」

 

 ドゴッ!!

 

 シローが「ありがとうございます!」と叫ぼうとした瞬間、ジュペッタが懐に飛び込み、綺麗に割れた腹筋の溝へ頭突きを叩き込んだ。

 

「たわばっ!!」

 

 

【ファイナル:ふくらはぎ(カーフ)】

 

「ぐぬぅ……ま、まだだ……! 俺の脚はまだ……!」

 

 プルプルと震える脚で立ち上がろうとするシロー。

 

「往生際が悪いですね。……見えていますよ。貴方の『ふくらはぎ(カーフ)』が……度重なるポージングと、トイレへのダッシュで限界を迎えている、その『シシャモ』が!」

 

「や、やめろ! そこは今、攣(つ)る寸前の……!」

 

「ジュペッタ。最後は優しく……『のろい(物理)』です」

 

「ジュペッ♪」

 

 ジュペッタは自らの身体に釘を刺す……のではなく、シローのふくらはぎを、冷たい指先で「チョン」とデコピンした。  ピキィーンッ!!  極限まで収縮していた筋肉が、軽い刺激で完全に痙攣(クランプ)する音が響いた。

 

「あ、あ、あがぁぁぁぁぁッ!!」

 

 シローは白目を剥きながら、最も美しいポーズのまま硬直した。

 

「……ナイス……バルク……。F先生……あんた……デカいよ……」

 

 ドサァッ……。

 

 シローは満足げな笑顔で気絶した。カイリキーも主人の敗北に「まいった」のポーズをしてボールに戻る。ジュペッタがシローの筋肉の上で跳ねて喜んでいる。

 

「か、勝った……」

 

「はぁ……はぁ……。見事な……ポージングでした……。危うく私も……『冷蔵庫』と叫ぶのを忘れるところでした……」

 

 荒い息を吐きながら汗を拭くFを、マチエールがドン引きしながら見つめていた。

 

「……F、あんた輝いてたよ。別の意味で」

 

          *

 

 戦いは終わった。  シローは「ナイスバルク……」と寝言を言いながら、幸福な顔で気絶している。夕陽が、立ち尽くすFの背中を長く伸ばしていた。

 

「はぁ……はぁ……。どうにか、鎮圧しましたね。……彼の筋肉(ポテンシャル)、なかなかの強敵でした」

 

「す、すごいよFさん……。あんな暴走したシローを、言葉だけで倒しちゃうなんて……」

 

「言葉ではありません。『魂の共鳴(コール)』ですよ。筋肉と対話するには、それ相応の言語が必要だっただけです」

 

 Fはふっと微笑んだが、マチエールはジト目のままだ。

 

「……ねえ、F」

 

「なんです、マチエールさん?」

 

「あんたさ、さっきの掛け声……正直、異常だったよ? 『肩にジープ』とか『カニの裏側』とか『冷蔵庫』とか……。普通の人生送ってたら、絶対に出てこない単語(ワード)のオンパレードだった」

 

 Fの手がピタリと止まった。

 

「……ッ!」

 

「それに、あの立ち振る舞い。メガホンの持ち方から、ポーズの指導まで、まるで『何千人もの前で、そうやって指揮を執り慣れてる』みたいだった。なんでそんなに詳しいの? 昔、そういう『団』にでも入ってた?」

 

 ――団。指揮。

 

 Fの瞳孔が開いた。

 

 キィィィィン……。

 

 Fの耳の奥底で鋭い耳鳴りが響き、視界が歪んだ。セピア色と赤色のフィルターがかかったような記憶が、脳裏にフラッシュバックする。

 

 巨大な地下秘密基地。

 真っ赤なスーツに身を包み、奇抜なサングラスをかけ、背中に巨大な機械――最終兵器のバッテリー――を背負った、過去の自分。  目の前には、オレンジ色のスーツを着た何百人ものしたっぱたちが、整列してスクワットをしている。

 

『諸君!! キレてる!! キレているぞ!! 今の世界は醜い! だが、鍛え上げられた筋肉は美しい!!』

 

『OUI, PATRON !! LE SMART, C'EST L'ART !!(ウィ!パトロン!! ル・スマート、セ・ラール!!)』

 

『選ばれた者たちよ!! 体脂肪を燃やせ!! 最終兵器(アルティメット・ウェポン)を起動させるエネルギーは、君たちの熱量(カロリー)だぁぁぁ!! 変わるのだ!! 世界(ボディライン)を!! 美しく作り変えるのだぁぁぁ!!』

 

 過去の自分は、背中の機械からバシュゥゥ! と蒸気を噴き出しながら、謎のポーズを決めていた。

 

「あ……ああ……」

 

 カラン、カラン……。

 

 手から滑り落ちたメガホンが、乾いた音を立てて転がる。

 

「違う……私は……私はただ、世界を美しくしたくて……あの機械は……ポージングを美しく見せるための……大掛かりな照明装置で……!!」

 

「え? Fさん? 何言ってるの?」

 

「う、うがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 Fは頭を抱え、膝から崩れ落ちた。

 

「わっ、いきなり叫んだ!?」

 

「思い出したくなぁぁぁい!! あの『選民思想』と『変な機械背負ってイキってた自分』だけはぁぁぁ!! あの頃のポエム(演説)をネットに拡散しないでくれぇぇぇ!! 死ぬ! 恥ずかしさで私が死ぬぅぅぅ!!」

 

 Fは地面に頭を擦り付けながら悶絶した。

 

「あれは『若気の至り』だ! いや、いい歳してやってたから余計にタチが悪いんだぁぁぁ!!」

 

「Fさん!? Fさーーん!?」

 

「あーあ、バグっちゃった。……昔、よっぽど痛いことやってたんだねぇ」

 

 カナリィがスマホでFの悶絶姿を撮影している。

 

「……まあ、因果応報?」

 

「ま、シローは静かになったし、Fも(精神的に)ダウンして静かになったし。結果オーライじゃん?」

 

「頭が割れるぅぅぅ! 誰か! 私の記憶(メモリ)を消去してくれぇぇぇ!!」

 

 夕暮れの広場に、Fの悲痛な叫びがこだました。

 

(なお、F先生への筋肉・騒音のご相談は、ホテルZロビーまで。※現在、本人の精神療養のため休業中です)

 

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