「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!!   作:をよよ

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「違う……。私が望んだ『美しい世界』は、ゴミを喜んで摂取する世界ではない……!!」

ジカルデ家出事件とダンデ来訪の夜を経て、反省したガイが作り出したのは、 カレールーの海でクロワッサンが溺死する『新生・溺れるクロワッサンカレー』だった。

F(フラダリ)の美学による拒絶も虚しく、マダム・ユカリの圧力によりメニュー化されたそれは、 「エモい」「背徳の味」として意識高い系とB級グルメ層に突き刺さり、ホテルZはカオスな繁栄を迎えてしまう。

そして、ついに訪れるミシュランの覆面調査員・マードック。 Fの必死のパントマイム(阻止)は、ガイのポジティブ解釈により「全部盛り」へと変換され――。

「あんたの店こそ、世界一サステナブルなレストランだ!!」

突きつけられる「ビブグルマン」。 そして、逃げ場のない「グリーンスター(環境配慮賞)」の称号。

賞味期限切れの紅茶が、ふやけたパンが、コーヒーの搾りカスが。 「美徳」として称賛され、元部下たちによって社会現象化していく地獄。

Fの尊厳が、美しく、そしてエコに循環(リサイクル)されていく。

※注意※
・フラダリさんが可哀想です(胃痛)
・マードックさんが熱血すぎて話が通じません
・ 「コーヒー滓(かす)スムージー」は危険ですので真似しないでください


第17話:残念ですが、フレア団ヌーヴォ(グリとグリーズ)が泥水を売り出しました

 ホテルZのダイニングは、開店準備の忙しない空気に包まれていた。

 窓からはミアレシティの爽やかな朝陽が差し込んでいる。しかし、オーナーであるF(フラダリ)の心は、分厚い雨雲に覆われたままだった。脳裏に焼き付いて離れないのは、先日勃発した『バゲットタワーカレー事件』の惨状だ。  Fがモーニングコーヒーを優雅に、しかしどこか疲れ切った手つきで口に運んでいると、厨房から勢いよくガイが飛び出してきた。

 

「Fさん! おはようございます! 俺、前からずぅーっと、Fさんに言われたこと……ベッドの中で考えてたんスよ!」

 

「……ほう」

 

 Fは音を立てずにコーヒーカップをソーサーに戻した。

 

「この間の『バゲット墓標事件』についてか。……ガイ君。君が『反省』という人間の高尚な精神活動を行えたこと、まずは評価しよう」

 

「はい! マダム・ユカリも言ってましたよね。『突き刺すのは男らしすぎる』って。Fさんも、『せめて層のあるクロワッサンにしろ』って。だから俺、作ったんスよ! Fさんの美学と、マダムの助言を完璧に取り入れた、完全版を!」

 

 ガイの瞳は、純粋な創作意欲で輝いている。Fの胸に、わずかな期待が去来した。  クロワッサンに変えたということは、別皿に添えるスタイルを選んだのだろうか。それならば、バターの芳醇な香りとスパイスの調和も、あるいは……。

 

「見てください! これが俺の答え! 『新生・クロワッサンカレー』ッス!!」

 

 ガイが銀色のクロッシュ(料理カバー)を、バァーン! と高らかに開け放つ。

 

「どうッスか! この造形美!」

 

 Fが皿の中を覗き込む。  一瞬の静寂。  そして、Fの瞳からハイライトが消え失せ、白目になった。

 

 そこに広がっていたのは、地獄の釜の蓋を開けたような光景だった。  皿の中央には、鮮やかな黄色のターメリックライスが型抜きされ、高く、鋭くそびえ立っている。その形状は明らかに、ミアレシティの象徴「プリズムタワー」を模していた。  塔の周囲には、なみなみと注がれたカレールーの海。  そして、その褐色の海の上に――焼きたてのクロワッサンが三つ、プカプカと浮かんでいるではないか。  クロワッサンの底面は、すでにルーの水分を吸い上げ、ドロドロにふやけ始めていた。

 

「…………」  

 

Fは白目のまま、震える指先で皿を指した。言葉にならない呻き声だけが漏れる。

 

「へへっ! すごいでしょ? バゲットみたいに突き刺さずに、優しく『浮かべ』ました! これならマダムも『エレガント』って言うはずッス!」

 

 バンッ!!  Fの掌がテーブルを叩いた。

 

「ガイ君!! 君は、全 く 反 省 し て い な い だ ろ う !!」

 

「ええーっ!? なんでッスか! ちゃんとクロワッサンにしたじゃないッスか! それに、ご飯(リ)でタワーを作れば、ボリュームも満点だし、カレーにはやっぱ米だろってことで……」

 

「黙れ! 一つずつ指摘するぞ! まず、この『黄色い塔』だ! ここは『お子様ランチ』の店か!? ターメリックライスを型抜きしてタワーにするなど……造形が『幼稚』だ! 美しくない!」

 

「えー、可愛いのに……」

 

「そして何より! このクロワッサンだ! なぜ……なぜルーの上に置いた!?」

 

 Fは悲鳴に近い声を上げた。

 

「見ろ! バターの命とも言える『層(フィユタージュ)』が! カレーの水分を吸って、無惨にも崩壊している! これは『トッピング』ではない! 『水難事故』だ!!」

 

「いやいやFさん、それはおかしいッスよ! 俺、カロスに来て勉強しましたもん!」

 

「何をだ」

 

「カロス人って、朝食の時、カフェオレにクロワッサンをビチャビチャ浸して食べるじゃないッスか! あれ、見ててビビりましたよ! スープにはクルトンを沈める! メインディッシュの皿に残ったソースだって、パンで拭って食べる! あんなに『浸す』のが好きな国民性なのに、なんでカレーに浸すのはダメなんスか!?」

 

「……うっ……」

 

 ガイの放った痛烈なカウンターに、Fは言葉に詰まった。店内に気まずい静寂が走る。

 

「カフェオレでふやけたパンは『美味しい』で、カレーでふやけたパンは『水難事故』? それってFさんの偏見じゃないッスか!? マダムだって『クロワッサンがいい』って言ってたし、これは絶対正解ッスよ!」

 

「……(ピキッ)……」

 

 Fの美しい額に、青筋が浮かんだ。  彼は静かに、しかし夜叉のような形相で立ち上がり、カウンター越しにガイへ詰め寄った。

 

「……貴様。今、神聖な『食の作法(マナー)』と、その目の前の『汚泥』を……同一視したか?」

 

「ひっ……(す、すごい圧……)……」

 

「いいか、よく聞け、この『味覚の野蛮人』め! 貴様のその理論は、決定的に間違っている! 理由は三つある!」

 

「さ、三つも!?」

 

 Fは指を一本立てた。

 

「第一に! 『能動(アクション)』か『受動(パッシブ)』かの違いだ! 我々がカフェオレにパンを浸す時、それは『食べる瞬間』に『自分の意志』で行う! だからパンはまだ生きている! 皮(クルート)のカリカリ感と、浸った部分の食感の対比(コントラスト)を楽しむものだ! だが、これはどうだ!」

 

 Fは皿をビシッと指差す。

 

「この塔の足元を見ろ! 提供された時点で、すでにルーを吸い上げ、グズグズにふやけている! これは『浸した』のではない! 『溺死(ノワイヤード)』させられているのだ!!」

 

「で、溺死……」

 

「第二に! 『油(グラ)』と『油(グラ)』の重複だ! 貴様、このクロワッサンに何をした? バターたっぷりの生地を、さらに油の塊であるカレーに浸す……。それは『食事』ではない! 胃袋への『テロ行為』だ! カフェオレやスープは『水分』だ! だから成立する! だがこれは、ただ脂っこいパンを、脂っこい泥で汚しているに過ぎん!」

 

「……(ぐうの音も出ない)……」

 

「そして第三に! 『美学(エステティック)』の問題だ! 皿に残ったソースをパンで拭う(ソーセ)のは、あくまで『皿を綺麗にする』という完食の儀式だ! 最初からパンをメインの『具材』としてドロドロに煮込むのとは訳が違う!」

 

 机をダン! と叩く音が響く。

 

「貴様は、新品のドレスに最初から泥を跳ねさせて、『どうせ洗濯するんだから同じだろ?』と言うつもりか!!」

 

「……(ひえぇぇ……例えが極端すぎる……)……」

 

「サクサクの皮と、ふやけた中身のコントラストを楽しむのが『美』だ。最初からグズグズに死んでいるパンを出すのは……ただの『残飯(デシェ)』だ! 理解したか!!」

 

 Fは肩で息をしながら、ドカリと椅子に座り直した。  しかし、ガイの表情は晴れない。

 

「うーん……Fさんのこだわり、やっぱ難解ッスね。でもFさん、見てくださいよ」

 

 ガイがスプーンで、ふやけたクロワッサンを無造作に崩し、ライスと混ぜ合わせた。

 

「こうやって混ぜれば、バターのコクがルーに溶け出して、リゾットみたいで美味いッスよ? 名付けて『ミアレ風・バターチキン・リゾット』的な?」

 

 Fは軽いめまいを覚え、額を押さえた。

 

「……勝手にしろ……。……だが、私は認めない。……この『プリズムタワーの崩壊現場』のような皿を……私の店が出したとは……死んでも認めんぞ……」

 

「よーし! じゃあ今日のランチはこれで決まりッスね! 看板書き直してくるッス! 『新名物! 溺れるクロワッサンカレー』って!」

 

「名前を変えろぉぉぉ!!!」

 

          *

 

 そしてランチタイム。

 ホテルZのダイニングルームは、かつてない喧騒に包まれていた。  元凶は、数日前のユカリ(パキラ)からの電話にある。

 

『F様! 聞きましてよ! ガイさんから送られてきた“新作カレー”のお写真! “プリズムタワーの黄昏(カレー)に浮かぶ、三日月の舟(クロワッサン)”! なんて幻想的……! なんて退廃的(デカダンス)……!』

 

『……ユカリさん。あれは失敗作です。クロワッサンが水分を吸って、無惨な姿に……』

 

『それが良いのですわ! “崩壊の美学”! “浸食される文明”! 今のカロスに必要なのは、そんな“問いかける料理”ですの! 絶対にメニューに載せてくださいませ! わたくし、毎日通いますわ!』

 

『……しかし、あのような“ふやけたパン”を出すなど、私の美学が……』

 

『……あら? F様。まさか、AZ王の遺産(ホテルの運営資金)が底をつきかけている現状で、わたくしの“お願い”を断るおつもり……ではございませんわよね?』

 

 資本主義という名の暴力に屈した結果が、現在のこの光景だ。ホテルZの前には長蛇の列ができている。

 

「アロー! 今日はミアレの隠れスポット『ホテルZ』に来てまーす! ここで食べられる『溺れるクロワッサンカレー』が、マジでヤバいらしいよ!」

 

 配信者がカメラに向かって叫ぶ。

 

「見てこの写真! ターメリックライスの塔が高い! クロワッサンがドロドロになってて、超エモい!」

 

 若者たちが写真を撮りまくる。  満席のダイニングルームでは、優雅なクラシック音楽が、客の話し声とシャッター音にかき消されていた。

 

「Fさん! 見てくださいこの景色! 満員御礼ッスよ! 皿洗いが追いつかないッス!」

 

 厨房から顔を出したガイが無邪気に笑う。  Fは死んだ目でレジを打ちながら呟いた。

 

「……うるさい。……咀嚼音が……あちこちから聞こえる。パンをカレーに沈める『チャプン……』という音が……私の神経を逆撫でする……」

 

「いやー、Fさんのこだわり(美学)が、ついに大衆に理解されたんスね! 時代が、俺たちに追いついてきたッスよ!」

 

「違う!!」

 

 Fはカッ! と目を見開いた。

 

「追いついたのではない! 堕ちてきたのだ……!! 『美味しい』と『面白い』を履き違え……! 『食事』と『撮影』を混同し……! ふやけたパンを『エモい』などと呼ぶ……! これは文明の『退化』だ! 嘆かわしい!!」

 

「まーまー、売れれば正義ッスよ! この勢いに乗って、マダム・ユカリに好評だった『あのシリーズ』も、全部グランドメニューに入れちゃいましょう!」

 

「……やめろ。嫌な予感しかしない」

 

 Fの制止も虚しく、ガイは次々と黒板にメニューを書き足していく。

 

 

『暗黒のタルト(キリッチーズ・メルト・キッシュ)』

 ・キャッチコピー:黒と緑の混沌! キリッチーズが全てを許す!

 

 

『モン・ヘビー(重量級モンブラン)』

 ・キャッチコピー:脅威の密度! 胃袋にズシリとくる『食べる岩』!

 

『偽りのキール(賞味期限切れ紅茶煮込み)』

 ・キャッチコピー:英国王室(風)の香り! トワイニングとケチャップの奇跡!

 

 

「バカ者ぉぉぉぉ!! それは……私が苦し紛れに出した『在庫処分品』だぞ! それを『名物』として固定化するな!」

 

 

「でもFさん、見てくださいよ。お客さんたち、泣いて喜んでますよ?」

 

 客席の一角では、スイーツマニアがモンブランと格闘していた。

 

「このモンブラン、すごい……! フォークが刺さらないほど硬い! クリームにアーモンドプードルを入れすぎて、完全に『セメント』化してる! 今のパティスリーじゃ絶対に出せない、この『野蛮な重さ』……最高!」

 

 別の席では、意識高そうな客がタルトを突いている。

 

「このタルト、見た目はヘドロみたいだけど、食べるとジャンクな味がする……。チーズの塩気が、子供の頃の記憶を呼び覚ますんだよね。これをヴィンテージワイン(※中身はオランジーナ割り)で流し込む……。これぞ『サステナブルな背徳』だね」

 

「……サステナブル……背徳……」

 

 Fはカウンターの隅で頭を抱えた。

 

「……言葉が……意味を失っていく……。私のホテルは……いつから『珍獣の館』になったのだ……」

 

「Fさん! 次のオーダー入りました! 『プータン・エ・メルド(光の巨塔)』3つ! あと『溺れるクロワッサン』追加で!」

 

「『祈りと嘆き』、Oui!! ……承知した!! ……はっ!?」

 

 Fは我に返った。

 

「くそっ……身体が……この『地獄のオペレーション』に順応してしまっている……!

 

          *

 

 夕暮れ時。

 食材(主に余り物と炭水化物)が全て売り切れ、店はようやく静寂を取り戻した。

 

「完売御礼ッス! いやー、Fさんの『詩的なメニュー名』が効いてますね! みんな『意味わかんないけどカッコイイ!』って注文してくれますよ!」

 

「……金貨(カネ)は……入った」

 

 Fはレジの売上金を数えた。ホテルの屋根を直せるだけの利益はある。

 

「……だが、対価として失った『尊厳』は……プライスレスだ……」

 

「この調子なら、ミシュランも夢じゃないかも知れないッスね!」

 

「……よせ」

 

 Fの背筋が凍りついた。

 

「そのような不吉なことを言うな。奴ら(調査員)が来たら……私の料理人生命は終わる。ここは『地図に載らない店』でなければならんのだ……」

 

 しかし、Fの願いも虚しく。  店の外の影には、サングラスをかけ、エプロンをつけた恰幅の良い男――マードックが、鋭い眼光でホテルの看板を見つめていた。

 

「……ここか。噂の『カオス・レストラン』は……」

 

          *

 

 さらに数日後の昼下がり。

 カランコロン、とドアベルが鳴り、一人の男が入ってきた。  ピンク色のメッシュが入った髪、恰幅の良い体躯、そしてサングラス。ただならぬオーラと、隠しきれない料理人の匂いを漂わせている。

 男――マードックは無言で店内を見渡し、隅の席にドカッと座った。  メニューブックを開く手つき、厨房をチラ見する鋭い視線……。Fはレジカウンターで凍りついた。

 

(……あの男……。観光客ではない……。あの眼光、食材の鮮度を見極める『料理人の目』だ。そして、あの手帳……。ミシュランの調査員(アンスペクトゥール)か……!?)

 

 能天気なガイが近づく。

 

「いらっしゃいませー! お決まりですかー?」

 

「……ああ。噂の『例のヤツ』を頼む。一番、この店の『魂(ソウル)』がこもってるヤツだ」

 

「了解ッス! 当店自慢のスペシャリテ、『溺れるクロワッサンカレー・全部盛り』ですね! 任せてください!」

 

(やめろ……! 調査員相手に『全部盛り(残飯オールスター)』を出すな……! 店の評価が『星』どころか『営業停止処分』になるぞ……!!)

 

 Fは厨房のカーテンの隙間から、ガイに必死にジェスチャーで合図を送ることにした。

 

 Fは鬼の形相で、胸の前で腕を交差させ、激しく「×(バツ)」を作った。  意図は明白。『全部盛りはダメだ! シンプルなカレーにしろ!』だ。

 

 ガイが気づく。

 

(あ、Fさんだ。なんか興奮して腕をクロスさせてる……。クロス……クロス……あ!)  ガイはポンと手を打った。 (『クロワッサン(Croissant)』のことか! しかも激しく振ってる……『もっと増やせ』ってことだな!)

 

「了解ッス! クロワッサン、通常の倍投入!」

 

(違う!! なぜパンが増えるんだ!!)

 

 Fは焦り、次は指で唇を横に結び、ギュッと閉じる動作をした。  意図は『余計なものは入れるな。味を静かに(シンプルに)しろ』。

 

(次は……口をギュッと結んで……閉じる……? 中身が出ないように……『詰め込む』……?)

 

 ガイの目が輝く。

 

(そうか! 『パンの中に具材をギュウギュウに詰めろ(Farcir)』ってことか!)

 

「アイアイサー! クロワッサンの中に、余った『ポテトサラダ』と『ベイクドビーンズ』を限界まで注入!」

 

(やめろぉぉぉ!! それは『詰め込み』ではない! 『窒息』だ!!)

 

 Fは最後の手段に出た。手刀で自分の首を掻き切る動作。

 意図は『もういい! 作るのをやめろ(Stop)! おしまいだ!』。

 

(最後は……首を……切る……? 鋭いもの……突き刺す……?)

 

 ガイはハッとした。

 

(ああっ! 思い出した! 『バゲットの墓標(突き刺し)』だ! マダムには止められたけど、Fさんはやっぱり『男らしい突き刺し』がやりたかったんだ!)

 

「Fさんの覚悟、受け取ったッス! 仕上げに、乾燥バゲットを中央にズドン!!」

 

 Fはその場に崩れ落ちた。

 

(……終わった……。私の指示は……全て『破壊』へのトリガーにしかならんのか……)

 

「お待たせしました! Fシェフ監修、『クロワッサンとバゲットの・おしくらまんじゅうカレー』ッス!」

 

 ドンッ!

 

 マードックの目の前に置かれたのは、混沌の極みだった。  黄色いライスの塔。その周囲に浮かぶ、豆とポテトが詰め込まれ、膨張した三つのクロワッサン。そして中央には、鋭利なバゲットが墓標のように突き刺さっている。

 

「…………」

 

 マードックはサングラスを少しずらし、その皿を凝視した。

 

(……来るぞ……。『ふざけるな』という怒号か……あるいは無言の退席か……)

 

 Fはカウンターの影で震える。

 

 マードックはスプーンで、ふやけたクロワッサンを掬い上げた。

 

「……パンが……ルーを吸って、重くなっている」

 

 ガブリ。

 

 咀嚼音が響き、マードックの動きが止まる。

 

「……なんだ……これは……。サクサクであるべきクロワッサンが……あえて水分を吸わせることで、まるで『お麩』のような、優しい食感になっている……。中のポテトサラダの酸味と、ベイクドビーンズの甘みが……スパイシーなカレーと口の中で殴り合っている……!」

 

 マードックが、震える手でバゲットを引き抜いた。

 

「そして……この突き刺さったバゲット……。これは『反骨心』だ! 既存のフレンチのルール(マナー)に対する、アンチテーゼ! 『料理はもっと自由でいい』……『美味ければそれでいい』……。この皿からは……シェフの『熱い叫び(パッション)』が聞こえてくるようだぜ!!」

 

(……えっ? ……いや、それは『叫び』ではない。私の『悲鳴』だ……)

 

 マードックは完食し、涙を拭った。

 

「……美味かった。こんなに『ロック』なフレンチは初めてだ。綺麗にまとまった料理なんて、今のカロスには溢れてる。だが、ここまで『食材の魂(残り物)』をぶつけ合う料理は、ここにしかない!」

 

 マードックが立ち上がり、厨房に向かって親指を立てた。

 

「おい、シェフ! あんたの料理、最高に熱かったぜ! この店には……『星』をやる資格がある!」

 

「やったー! Fさん、聞きました!? 星ッスよ!」

 

「……ほ、星……?」

 

 Fは顔面蒼白になった。

 

「……やめてくれ……。そんなものが付いたら……世界中から美食家が押し寄せて……。私の『残飯処理』が……白日の下に晒されてしまう……!」

 

「『ホテルZ……伝統の破壊と再生……』『ビブグルマン……いや、それ以上の何か……』。よし、報告書にはとびきり熱く書いておくからな! あばよ!」

 

 マードックは嵐のように去っていった。

 

「すげぇッスFさん! Fさんのパントマイムのおかげで、最高の『全部盛り』ができましたよ! やっぱ俺たち、最強のコンビッスね!」

 

 Fは虚ろな目で宙を見上げた。

 

「……コンビではない……。……『共犯者』だ……。……私は今……カロス料理界の歴史を汚す……巨大な共謀に加担してしまった……」

 

          *

 

 数週間後。

 ホテルZのロビーでは、ガイが赤い封筒を掲げて小躍りしていた。

 

「Fさん! 来ましたよ! 来ちゃいましたよ! 『ミシュランガイド・カロス』からの通知ッス! 見てください! ホテルZが『ビブグルマン(Bib Gourmand)』に選出されました!」

 

「……ビブグルマン……」

 

 Fはカウンターで頭を抱えた。星(エトワール)には届かないが、『安くて』『コスパが良い』店に与えられる称号。つまり――。

 

「……『B級グルメのお墨付き』ということか……」

 

「最高じゃないッスか! 『価格以上の満足感』! 『型破りなエネルギー』! あのマードックさんが激推ししてくれたんスよ!」

 

 Fは封筒をひったくり、握りつぶした。

 

「ふざけるな!! 私は……カロスに『美』を取り戻そうとした男だぞ? その私が……『残飯』と『炭水化物』の山を築いて……『安くて美味い』と評価される……? これは名誉ではない! 『公開処刑』だ!!」

 

「ええーっ!? どこ行くンスかFさん!」

 

「……ミアレ支部だ。このふざけた認定を……叩き返してくる!!」

 

          *

 

 ミシュランガイド・ミアレ支部。重厚なドアを、Fが蹴破る勢いで開けた。

 

「責任者を出せ!! 私の店(ホテルZ)のリスト掲載を、今すぐ取り消せ!!」

 

 回転椅子がゆっくりと回り、一人の男が姿を現す。サングラスにエプロン姿。先日店に来たマードックだ。

 

「……よう。待っていたぜ、ムッシュ・フラダリ」

 

「貴様が……責任者(選考委員)だったのか……! いい度胸だ。私の美学を『B級』と嘲笑いに来たのか?」

 

 マードックは立ち上がり、沈痛な面持ちで近づいてきた。

 

「……怒るのも無理はねぇ。あんたほどの腕を持つシェフに……あんな中途半端な評価を下しちまって……」

 

「そうだ! 分かっているなら話は早い! あんな『残飯料理』はミシュランに相応しくない! 今すぐ削除し……」

 

  ドサッ!!

 

 突然、マードックがFの足元に膝をつき、床に頭を擦り付けた。

 

「すまねぇっ!!!!」

 

「……は?」

 

「俺は……俺は戦ったんだ!! 本部の会議で、机を叩いて主張したんだよ! 『ホテルZには星(エトワール)をやるべきだ!』ってな!!」

 

「……ほ、星……?」

 

 何を言っているんだこの男は。Fは呆然とした。

 

「あんたの料理は革命だった! 賞味期限切れの紅茶! 酸化したテリーヌ! ふやけたパン! 気の抜けたシャンパン! 普通ならゴミ箱行きの食材たちを……あんたは魔法のような手腕で『極上の一皿』に変えた! これぞ『食材への愛』! 『命へのリスペクト』だ! 俺はあの一皿に……料理人の魂を見たんだよ!!」

 

「……い、いや、あれは単に……買い出しを忘れて……」

 

「だが……! 本部の石頭どもが! 『見た目が工事現場すぎる』だの! 『バゲットが突き刺さってるのは品がない』だの! 『味がジャンクすぎる』だの! 文句ばっかりつけやがって……!!」

 

(それは……正論だ……)

 

「結果、俺の力不足で……『ビブグルマン』止まりになっちまった……! あんたのプライドを傷つけたのは俺だ! 殴ってくれ! 気が済むまで俺を罵ってくれ!!」

 

「……」

 

 Fは振り上げた拳のやり場を失った。

 

「……いや……その……。私は……掲載を『取り消せ』と言いに来ただけで……。星が欲しかったわけでは……」

 

「取り消すなんて言うな! 俺が許さねぇ! あんたの功績は、世界に知られるべきなんだ! ……だから! これを受け取ってくれ!!」

 

 マードックは金庫を開け、緑色のクローバーを模した盾を取り出した。

 

「『ミシュラン・グリーンスター(L'Étoile Verte)』だ!!」

 

「……ぐりぃーん……すたあ……?」

 

 Fの脳裏に、嫌な予感が過った。

 

「持続可能なガストロノミー(美食)を実践する店にのみ贈られる、名誉ある称号だ! 『フードロス・ゼロ』! 『廃棄食材の再利用(アップサイクル)』! 『エネルギー(カロリー)の効率的摂取』! あんたのホテルこそ……カロスで最も『エコでサステナブル』なレストランだ!!」

 

 Fの顔から血の気が引いた。

 

「……エコ……? 私が……? (世界を『リセット(破壊)』しようとしたこの私が……? ゴミを減らし……地球を守る……『守護者』だと……?)」

 

 マードックはFの手を無理やり取り、盾を握らせた。

 

「頼む! 受け取ってくれ! これが俺の……せめてもの償いだ! あんたは、カロスの……いや、地球の未来を救うシェフなんだよ!!」

 

「……あ……ああ……。……私は……」

 

「いい顔だぜ、フラダリさん! その『緑の星』は、あんたの心の美しそのものだ!」

 

(違う……!! 私の心は……もっと『赤(フレア)』く燃えているはずだ……! なぜだ……なぜ『緑(ジカルデの色)』に染まっていく……!?)

 

 Fは、重たい盾を引きずるようにして、支部長室を後にした。

 

「……断れなかった……。……あの熱量(パッション)……。……サトシという少年を思い出す……。……私は……こういう『真っ直ぐな馬鹿』には……勝てないのだ……」

 

 Fの手の中で、グリーンスターの盾が、皮肉なほど美しく輝いていた。

 

          *

 

 翌朝。ホテルZのロビーには、新聞とタブレット端末が山積みになっていた。

 

「Fさん! 大ニュースっスよ! 昨日の『グリーンスター受賞』、カロス全土で速報流れてます!」

 

 ガイが見出しを読み上げる。

 

「『元実業家フラダリ氏、沈黙を破る! 贖罪(しょくざい)のエコ・クッキング!』『捨てない勇気! ゴミを食べる美学!』大絶賛じゃないッスか!」

 

「……やめろ……。『ゴミを食べる』などと……字面にするな……」

 

 Fは緑色の盾を膝に乗せ、虚空を見つめた。

 

「私はただ……買い出しを忘れたお前の尻拭いをしただけで……」

 

  バンッ!!

 

 突然、ホテルのドアが乱暴に開かれた。

 

「ボスーーーーッ!!(感涙)」

 

「ひっ!?」

 

 飛び込んできたのは、奇抜な格好の二人組だった。

 

「お待ちしておりました、ボス! ついに『再始動』の狼煙(シグナル)を上げられたのですね!」

 

「見ましたわ、ミシュラン! 『グリーンスター(緑の星)』! あれこそ、我々フレア団の新たなシンボルカラー! 『資源を争わず、今あるゴミを分け合って生きる』……なんと慈悲深い(そしてマゾヒスティックな)思想!」

 

「……? 君たちは……かつての科学者たちか。……よせ。私はもう『ボス』ではない。それに、世間から隠れて生きているはずでは……」

 

 フレア団ヌーヴォのグリとグリーズだった。

 

「私たち、感動しました! ボスはまだ、世界を『美しく(エコに)』することを諦めていなかったんですね!」

 

「……(違う…あれは誤解だ…)……」

 

「私たちがフレア団の残党として迫害され、細々とやっていた『カフェ・ヌーヴォ』も、ボスのこの受賞で名誉挽回です! そこでボス! 私たちのカフェでも、ボスの『イズム』を継承した、究極のサステナブル・メニューを出したいんです!」

 

「……いや、君たちは静かに……」

 

「へぇ! あん人たち、カフェやってんの? ちょうどよかった!」  ガイが横から割り込んだ。 「Fさんの『グリーンスター受賞記念』で新作考えたんだけど、ウチじゃカレーが忙しすぎて出せないんだよ。これ、あげるよ!」

 

「ガイ君……? 手に持っている、そのドブのような色の液体は……なんだ?」

 

 ガイが持っていたのは、視覚的暴力とも言える、不気味な色のスムージーだった。

 

「名付けて『バゲット・スムージー・オレ ~抹茶&エスプレッソ・マルク仕立て~』ッス!」

 

「まあ! ボス直伝の『聖なる水』ですのね!」

 

「…マルク(Marc)? それは、ワインやコーヒーの『搾りかす』のことか?」

 

「そう! ホテルで大量に出る『コーヒーの搾りかす』! 普通は捨てるけど、これこそ『サステナブル』でしょ? それに、いつもの『バゲットスムージー』を混ぜて、最後に『抹茶パウダー』を入れたんスよ! ほら、グリーンスター(緑)の色だし、抹茶の苦みでコーヒーカスの雑味も消える(はず)ッス!」

 

「………」

 

 Fは絶句した。

 

「す、すごい…! 廃棄されるパンと、廃棄されるコーヒー豆の融合…! これぞボスの目指した『資源を争わない世界』の味!」

 

「待て! 騙されるな! これは飲み物ではない!」

 

 Fはグリの手からグラスを奪い取った。

 

「貸せ! 私が止めてやる!」

 

 Fは、その深緑とも泥色ともつかないドロドロの液体を、決死の覚悟で口に含んだ。

 

 ゴクッ。

 

「……!! Putain !(畜生)……」

 

 ジャリッ。

 

 Fの表情が、かつてないほど歪む。

 

「まず『ローブ(外観)』! 沼だ! これはミアレの湿地帯の『泥』の色だ! 美しくない!  次に『ブーシュ(食感)』! Merde !(クソッ)……ザラザラする! 溶けきれなかったバゲットの『ぬめり』と、コーヒーかすの『砂のような異物感』が、喉元で醜い喧嘩をしている!  そして『グー(味)』! Putain de merde !(クソッタレ)……甘い(バナナ)のか! 苦い(コーヒーかす)のか! しょっぱい(バゲット)のか! 抹茶が全てを『和風』にまとめようとして、逆に『カオス』を助長している! これは『味』ではない! 口の中が『ゴミ処理場』になった感覚だ!」

 

 Fはシンクに吐き出そうとしたが、サステナブルの星を持つ手前、それもできない。白目を剥きながら、無理やり飲み込んだ。

 

「……はぁ、はぁ……。……聞いたか、君たち。これは人の飲むものでは……」

 

 しかし、グリとグリーズの目は輝いていた。

 

「……すごい……! 『苦味』と『甘味』と『混沌』…これぞ、私たちが背負うべき『罪と罰』の味……! それに、食物繊維とカフェインと炭水化物が一度に摂れる……完全食です!」

 

「(えっ)」

 

「ほら、お兄さん、お姉さんもどうぞ!」

 

 ガイがグラスに注ぐ。グリがそれを飲み干した。

 Fは、その様子を見るに耐えずに目を逸らす。

 

「(ゴクリ)……いただきます。ボスの魂の味……。……(ジャリッ)……」

 

「……!! ……苦い……! そしてザラザラして……喉に引っかかる……! パンの粘り気が……口の中にまとわりついて離れない……!」

 

 グリーズが涙を流す。

 

「……なんて『罪深い』味なんでしょう……! 私たちが今まで浪費してきた資源への『罰』を受けているような……。でも……飲んだ瞬間、お腹が膨れる(ガスが溜まる)……。これ一杯で……三日は何も食べなくて済みそうですわ……!」

 

「素晴らしいですボス! これぞ究極の『省エネ食』! 私たちの運営する『カフェ・ヌーヴォ』で、明日から提供します!」

 

「待て! 待つのだ! それを世に放ってはいけない! カロスの食文化が死滅する!」

 

「「見ていてくださいボス! カロスを『美しく(ゴミのない世界に)』してみせますわーーっ!」」

 

「やめろぉぉぉ!! それは産業廃棄物だ! 人間の消化器官はコーヒー滓(かす)を分解できないいいいいい!!!!」

 

 二人はFの制止を聞かず、レシピを抱きしめて走り去った。

 

          *

 

 数週間後。Fが恐れていた事態が現実となった。  テレビのニュースキャスターが、興奮気味に伝えている。

 

『現在、ミアレシティで爆発的なブームとなっている「泥スムージー」。カフェ・ヌーヴォ前には、今日も意識高い系の若者たちによる長蛇の列ができています』

 

 若者がインタビューに答える。

 

『マジ最高っすね。コーヒー滓を飲むってのが、地球と一体化してる感じでエモいっす。味? 正直、土の味しかしないけど、それが「リアル」って感じ?』

 

『これこれ! 飲むデトックス・マッド(泥)! 毎朝これ飲んで、胃の中を砂利で満たすのがトレンドだよね』

 

 画面の向こうには、全員がドブ色の液体を片手に、ゾンビのように微笑む光景が広がっている。  Fの手には、グリたちから届いた感謝の手紙と、売上のロイヤリティ(莫大な額)が握られていた。

 

「……」

 

 目からツーッと、赤い涙が流れる。

 

「あ、あれ? Fさん? 感動して泣いてるんスか?」

 

 Fは震える指でテレビ画面を指差した。泥水を啜りながら「映えるー!」と叫ぶ群衆。

 

「いやー、Fさん! 社会現象ッスよ! コーヒー滓が足りないから、他のカフェからもゴミを回収してるらしいッス! まさに『ゴミの地産地消』! Fさんの望んだ『美しい世界』に近づいてるんじゃないッスか?」

 

「……ゴミを……」

 

「え?」

 

「ゴミを食わせるな! 人間に!! そしてそれを『美徳』として流行らせるな!! 私の『美学』は……! 私の『フレア団(の遺産)』は……! どこまで『醜悪なエネルギー』に変われば気が済むんだ!!」

 

 Fは、グリーンスターの盾を地面に叩きつけようと振り上げた。  しかし、その盾すら「リサイクル素材」で出来ていることに気づき、やり場のない怒りに天を仰いだ。

 

「PUuuuuTAiiiNNNN !!!!!!」

 

 Fの絶叫は、今日も活気に満ちた、健康的でグロテスクなミアレシティの空に、虚しく吸い込まれていった。

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