「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
どうしてこうなった。
▼今回のF(フラダリ)さんの受難
・動機:ガイを脱がせたい(不純)
・手段:バベルの塔建設(オーバーテクノロジー)
・食事:残飯処理のクロワッサンカレー(やっつけ仕事)
・結果A:塔がパルクールの聖地に(スポーツ功労賞受賞&銀のコンパス賞受賞)
・結果B:あの料理が国民食レベルで大ヒット(ジャンクフードの神へ)
・結果C:信者たちからの「さすがF様! 世界征服の布石ですね!」(誤解)
F 「違う! 私は! ただの! 変態だ!!(意訳)」
己の技術力とカリスマ性が全部裏目に出る男、Fの絶叫をお楽しみください。
プライドの高い男が、自分の意図しない方向で評価される地獄を描きました。 誰か彼に胃薬をあげてください。
シトロンの発明と、シロー達の筋肉も通常運転です。
Fの明日はどっちだ。
ホテルZ、その豪華絢爛なロビーの一角。 そこには、周囲の優雅な空気とは明らかに隔絶された異様な空間が広がっていた。
F(フラダリ)は仁王立ちで腕を組み、眼前の人物を見下ろしている。その視線の先にいるのは、作業着姿の小柄な老人――ラシーヌ工務店の代表、タラゴンだ。 だが、今のタラゴンはただの老人ではない。内股で立ち、あろうことか上目遣いでFを見上げている。 遠巻きに見守るデウロとピュールの視線は、恐怖と困惑に揺れていた。
「違う! 全く違うぞタラゴン氏!」
Fの怒号がロビーに響く。
「今の『ピヨ☆』には、魂(ソウル)が乗っていない! 君は今、工務店の社長ではないのだ。電脳の海を羽ばたく『アイドル・カナリィちゃん(15歳)』なのだぞ! もっと可憐に! もっとあざとく! 世界を魅了する『美しさ』を表現したまえ!」
「ゼェ……ゼェ……。き、厳しいのうF先生……」
タラゴンは息を切らしながら、髭面をほんのりと赤らめた。そして、震える手でポーズを作り直す。
「こ、こうかの? ……『お兄ちゃん、スパチャありがとピヨ☆ 今日も工事現場からお届けピヨ☆』」
「ノン! 首の角度が甘い!」
Fは即座にダメ出しを突きつけた。
「あと二度、右に傾けることで『守ってあげたい儚さ』が生まれるのだ。物理演算(フィジクス)を意識しろ! 君の肉体は今、ポリゴン数二万の仮想カナリィ嬢と同期しているのだぞ!」
「は、はいぃ……! 精進するピヨ……!」
地獄のような特訓風景。 そこへ、自動ドアが開く音がした。マチエールと、彼女に連れられたシトロンが入ってくる。だが、マチエールは一歩足を踏み入れた瞬間、踵を返そうとした。
「……帰っていい? なんか見てはいけない儀式やってるんだけど」
「す、すごいです……!」
対照的に、シトロンは眼鏡を輝かせて身を乗り出した。
「見てくださいマチエールさん! Fさんの指導は、ただの精神論じゃありません。あのご老人の骨格と筋肉の動きを解析し、仮想アバターに変換した際の『モーションの歪み』をリアルタイムで補正しようとしている……! これぞ人間工学に基づいた『究極の可愛さ』の追求! さすがFさんだ!」
「シトロンさんも大概だね……。おーい、おっちゃんら。ちょっと仕事の話いい?」
マチエールの呼びかけに、Fはパッと振り返る。
「おや、マチエールか。それに君がシトロン君だね? ふむ……今のタラゴン氏の演技、どうだったかね? 私の計算では『萌え』のパラメータがまだ30%不足しているのだが」
「知らんがな。それより、ちょっと頼みたいことがあるの。……ここじゃ目立つから、隅っこ行こう」
*
ロビーのソファスペースに場所を移し、マチエールは声を潜めて依頼内容を切り出した。
「……というわけで、クエーサー社のジェット社長からの依頼なんだ。ガイがあの人の孫かもしれないって話で、DNA鑑定をしたいんだよ。髪の毛とか皮膚片が必要なんだけど、ガイってば警戒心が強くてさ。厨房でも帽子被ってるし、自分の部屋にも誰も入れないし」
「ほう、あやつの孫か。確かにガイの坊主は、野良猫みたいに懐かんからのう」
タラゴンが顎髭をさすりながら頷く。
「で、Fのおっちゃんに頼みがあるの。おっちゃん、ガイと『料理の師弟(?)』みたいな関係でしょ? ガイが油断してる隙に、あいつがいつも着てるジャンパー、ちょっと回収してきてくれない? 『クリーニングに出してやる』とか適当な嘘ついてさ」
「なるほど。着ている服についた毛髪を採取するわけですね。合理的です」
シトロンも納得の表情だ。 マチエール自身、大した手間ではないと考えていた。
――しかし。
Fの表情が見る見るうちに青ざめ、額には玉のような脂汗が浮かび始めていた。
「……な……」
「な?」
「何ということを……!! マチエール、君は正気か!? ガイ君から……あの『ジャンパー』を引き剥がすだと!?」
Fがガタッと立ち上がり、頭を抱えて絶叫した。
「え、だからただの洗濯だってば」
「君は分かっていない! あのボロボロのジャンパーは、単なる衣類ではない! ガイ君にとっての『皮膚(アイデンティティ)』であり、『絶対防衛ライン(ATフィールド)』なのだ! 彼は寝る時も、風呂に入る直前までも、あの服を片時も離さない。それを……本人の同意なく、かつ物理的に無傷で、一時的に隔離(アイソレート)するだと!?」
Fのあまりの剣幕に、シトロンが気圧される。
「た、確かに……。トレーナーにとっての『勝負服』は魂そのもの。それを気取られずに奪取するのは、モンスターボールからポケモンを盗むより難しいかも……」
「その通りだシトロン君! これは単なる『スニーキング・ミッション(こそ泥)』ではない! ガイ君という野生の勘を持つ個体に対する、『対・生体防御システム完全攻略』という超難関プロジェクトだ!!」
「ほう! つまり、普通のやり方じゃ無理ってことか?」
タラゴンが面白がって身を乗り出すと、Fは鋭い眼光を放った。
「当然だ。私の計算では、手作業で脱がそうとすれば、成功率は〇・〇〇〇一%。ガイ君の『噛みつき』攻撃で全治三ヶ月の重傷を負うリスクがある。……やるならば、『科学』の力でねじ伏せるしかない」
言うや否や、Fは懐からホワイトボードマーカーを取り出した。そして、ホテルの高級なガラス・テーブルに、直接数式を書きなぐり始めたのだ。キュキュッ、と不快な音が響く。
「要件定義(リクワイアメント・デフィニション)を開始する! シトロン君! 演算の準備を! タラゴン氏! 構造計算を頼む! 我々の科学力で、あの『難攻不落のジャンパー』を攻略するぞ!!」
「ラジャー!! 未来を切り開くのは、いつだってサイエンスです!!」
シトロンの眼鏡がキラリと光る。
「面白そうじゃわい! 『カナリィちゃん』の配信ネタにもなりそうピヨ☆」
「……終わった。これ、絶対にろくなことにならない……」
盛り上がる男たちを前に、マチエールは深く頭を抱えた。
*
議論は白熱していた。
Fは赤い極太マーカーでテーブルを埋め尽くし、シトロンは背中のエイパムアームを展開して空中に投影されたキーボードを高速打鍵し、タラゴンはメジャーで床の強度を測り始めている。
「いいか、前提条件(プリレクイジット)を整理するぞ! 対象(ガイ)の反射神経は、野生のポケモン並みだ。彼が『服を引っ張られた』と知覚してから防御行動に移るまでのラグは、約〇・一秒……。ならば、我々の装置はその半分の速度、〇・〇五秒で脱衣を完了させねばならない!」
「Fさん、甘いです! 〇・〇五秒では遅い! まばたきの間に終わらせるには、ナノ秒単位の『超高速・真空吸引アーム』が必要です! ですが……問題があります!」
「問題はテーブルに落書きしてることだよ! 消えなかったらどうすんの!」
マチエールのツッコミは、もはや環境音の一部と化していた。
「摩擦熱です! ナノ秒でジャンパーを引き剥がせば、空気摩擦でガイ君の体表温度が三〇〇〇度に達し、瞬時に炭化します!」
「死んじゃうよ!? 服借りるだけで焼死!?」
「ふむ……。服を借りて死体をお返ししては、ジェット社長への報告(レポート)に齟齬が出るな。ならば、冷却だ。アームの稼働と同時に、『絶対零度(マイナス二七三度)の液体ヘリウム』を噴射し、摩擦熱を相殺する!」
「素晴らしいソリューションです! ですが、万が一の冷却装置の故障(バグ)に備えて、予備の『自動消火ドローン』を三機、周囲に浮遊させましょう! 消火剤は……即効性重視で『ハイドロカノン』クラスの水圧がいいですね!」
「水圧で死ぬってば! ねえ、普通に『脱いで』って言えばいいじゃん……」
ここで、床をコンコンと叩いていたタラゴンが口を挟んだ。
「甘いのう、若造ども! そんな超高速アームやら冷却タンクやら、何トンあると思っとるんじゃ? このホテルの床じゃ、重さに耐えきれず底が抜けるぞ!」
「……確かに。重量計算(サイジング)が漏れていたな。タラゴン氏、貴殿の見解(オピニオン)は?」
「基礎工事じゃよ! 装置を支えるには、地下五〇メートルまで杭を打ち込み、『鉄筋コンクリート造(RC)』の架台を作る必要がある! 耐震等級は『3』……いや、ガイが暴れることを想定して『等級7(要塞クラス)』でガチガチに固めるんじゃ!」
「コンクリート……? 待て。私の美しい装置を、そんな無骨な灰色の塊に乗せるつもりか? 却下だ(リジェクト)! 美しくない!」
「なんじゃと!? コンクリの肌触りこそ至高じゃろうが!」
「ノン! 外装には『多面体強化クリスタルガラス』を採用する! 内部を流れる液体ヘリウムの青き輝きと、機械の脈動を可視化(ビジュアライズ)し、『機能美』を演出するのだ!」
そこへシトロンが悲鳴を上げる。
「ああっ、Fさん! ガラス張りだと配線が隠せません! 僕の設計した『三重化電源システム(トリプル・リダンダンシー)』のケーブル、五千本はどうするんですか!? 『スパークする配線』こそがメカのロマンなのに!」
「……あのさあ。みんな盛り上がってるけど、目的忘れてない? 『服を借りる』。ただそれだけだよ? 手で脱がせれば〇円だよ?」
三人の男たちは、一斉に振り返り、声を揃えて怒鳴った。
「「「素人(ユーザー)は黙っていてください!!」」」
「理不尽!!」
マチエールは白目を剥いた。もう勝手にするがいい。
「マチエール、君は黙って見ていればいい。我々は今、人類の到達点を作ろうとしているのだ……! シトロン君、最終的な規模(ボリューム)の試算を!」
「出ました! 液体ヘリウムタンク、三重電源、耐震基礎、ガラス装甲……全てを含めると……全長五〇メートル、総重量八〇〇トン!!」
「……何?」
「……入りません。このホテルのロビーの天井高では、物理的に設置不可能です」
カラン、とFの手からペンが落ちた。
「……ダメか。完璧な設計(デザイン)だったのに……物理法則(リアル)が私を拒絶するとは……」
男たちは、まるで世界の終わりのような絶望的な顔で沈黙した。 マチエールは「やっと諦めてくれた」と安堵の息をつく。
しかし、その沈黙を破ったのは、土木のプロフェッショナル、タラゴンだった。
「……なんじゃ、その程度か。ここ(ロビー)に入らんのなら……中庭があるじゃろ?」
Fとシトロンが顔を上げる。
「中庭の吹き抜けなら、空は無限じゃ。五〇メートルだろうが一〇〇メートルだろうが、建て放題じゃぞ! 建てられるぞ、儂らならな!!」
「……そうだ」
Fの瞳に、狂気の光が戻った。
「その通りだ! なぜ私は『屋内』という固定観念に囚われていたのだ……! 中庭に聳え立つ、美しきクリスタルの塔……! それこそが、ガイ君の魂(ジャンパー)を受け止めるに相応しい祭壇だ!!」
「やりましょうFさん! 僕、ジムの予備電源車、全部持ってきます!!」
「やめてぇえええ!! ただの洗濯に、なんでビル建設が必要なんだよおおお!!!」
*
数時間後。ホテルZの中庭である広大な吹き抜けスペースは、戦場と化していた。 タラゴンの号令により、ラシーヌ工務店の誇る重機部隊――ドリュウズやローブシンたちが集結し、凄まじい速度で突貫工事を進めている。 3人の男たちはヘルメットを被り(Fは特注の赤いヘルメットだ)、図面を囲んで怒鳴り合っていた。
「おいコラ若造ども! 図面はどうなっとる! ここ(Fが書いた『美しさ重点エリア』)の梁(はり)が細すぎるわ! これじゃ上層階のガラス重量に耐えきれんで、ポッキリ逝くぞ!」
「タラゴン氏、君は何も分かっていないな。その柱を太くすれば、エントランスから見上げた時の『黄金比』が崩れるのだよ。強度は私の『フラダリ・ポテンシャル計算式』で担保されている。よって、柱の太さは直径5センチで十分だ」
「アホかーーっ!!」
タラゴンが図面を地面に叩きつけた。
「5センチで八〇〇トンが支えられるわけあるかい! 爪楊枝か! 机上の空論で建物を語るな! 現場(ゲンバ)をなめるんじゃないぞ! 儂の経験則(勘)では、ここは『直径2メートルの鉄筋コンクリート柱』を六本ぶっ刺す必要がある!」
「2メートル!? 却下だ! そんな無骨なコンクリートの塊、私の美学が許さん! 視界を遮るものは『悪』だ!」 「『倒壊』こそが悪じゃろうが! 安全第一じゃボケェ!」
そこへ、配線図を持ったシトロンが血相を変えて割り込んでくる。
「ちょっと待ってください! お二人とも勝手なこと言わないで! タラゴンさん! 柱を2メートルにしたら、僕の配線ダクト(EPS)はどこに通すんですか!?」
「あ? コンクリの中に埋めとけ」
「言語道断です!! 埋め殺しにしたら、断線した時にどうやって修理するんですか! このシステムは、液体ヘリウムポンプとAIサーバーを稼働させるために、極太の高圧ケーブルが五千本走るんですよ!? メンテナンスハッチ(点検口)がないと、運用保守(O&M)が破綻します!」
「シトロン君、君もうるさいな。配線などという『内臓』を、なぜ人目に触れる場所に置きたがる? 全て無線給電にすればいいだろう」
「物理法則を無視しないでください!! 八〇〇トンを動かす電力を無線で飛ばしたら、周囲の人間が電子レンジみたいにチンされちゃいますよ! これだから『仕様書しか読まない上流工程の人』は困るんです! 現場の苦労を知ってください!」
「なんだと……? 私に向かって『上流工程(笑)』という顔をしたな? 私の設計は完璧だ。君たちの実装能力が低いだけではないのかね?」
三人の主張は平行線をたどり、現場はカオスを極めた。
「ええい、うるさいわ! 土台がなきゃ電気もクソもないんじゃ! ローブシン! とりあえずここにコンクリ流し込め! 配線スペースごと埋めてしまえ!」 (※土木マウント)
「ひいいっ! やめてください! そこはサーバー冷却用の吸気口です! ああもう! こうなったら『エイパムアーム・ギガ』で強引に穴を開けます! ドリル・ライナー!!」(※電気マウント)
「やめろ! コンクリを流すな! 穴も開けるな! そこには『フラダリ・レッド』のイルミネーションを配置する予定なのだ! 貴様ら、私の芸術(アート)を……『機能性』とかいう野蛮な理屈で汚すつもりかぁぁぁ!!」(※美学マウント)
*
工事現場の騒音と怒号が響き渡る中、安全地帯ではマチエールがジュースを飲んでいた。
「……(ズズズッ)」
「ねえマチエールさん、あのおじさんたち何してんの?」
「うん……。『おままごと』かな。お金のかかる、大人のね」
隣にいたデウロの問いに、マチエールは虚ろな目で答えた。
「すげぇ……あっという間に十階くらいの高さになったぞ。でもなんか、配管とか剥き出しで、すごい形してない?」
「……あれが『妥協の産物』だよ。『強度』と『配線』と『見た目』が喧嘩して、全部盛り込んだ結果、キメラが生まれたんだね」
数時間後。 そこには、コンクリートの要塞にガラス細工がツギハギされ、スパークする配線が血管のように這い回る、現代のバベルの塔(中層マンションサイズ)が完成していた。
「「「完成だ……!!」」」
三人の男たちは、やりきった顔で天を仰ぐ。
「で、どうやってガイをこの中に入れるの?」
マチエールの一言に、三人が固まった。
「あっ」
動線設計を、忘れていた。 完成した巨大建造物の前で、三人は再び「どうやってガイを誘導するか」で揉め始めた。
「ベルトコンベアだ! エントランスから強制的に搬送するルートを増設しろ!」
「電源が足りません! ガイ君を麻酔で眠らせて、台車で運びましょう!」
「面倒くさい! 落とし穴を掘って、上から突き落とせばええ!」
その醜い争いを背に、マチエールは深く溜息をつき、ロビーのソファでたむろしていたデウロとピュールに歩み寄った。
「ねえ、デウロ、ピュール。バイトしない?」
「あ、マチエールさん! バイトって? また迷子のポケモン探し?」
「ううん、もっと簡単。これ(粘着カーペットクリーナー、通称コロコロ)を使って、ガイの背中を掃除してあげるだけ」
マチエールは、ホテルの清掃員から借りてきた「コロコロ」と、報酬の「ミアレガレット」を差し出した。
「はあ? 背中の掃除? なんだよそれ、意味わかんねーけど……ガレットくれるならやるよ」
「ありがと。ガイのジャンパーの背中あたりを、こう、勢いよくジャッ! とやってきて。あいつの髪の毛とか糸くずが欲しいの」
デウロとピュールは、厨房から休憩に出てきたガイを見つけると、すぐに駆け寄った。
「おーい、ガイー!」
「ん? なんだデウロ。腹減ったのか?」
「ううん! ガイ、背中になんかついてるよ! 汚いから取ってあげる!」
「え? マジで? サンキューな、お前らは気が利くなぁ」
ガイが無防備に背中を向けた瞬間、ピュールがコロコロを構える。
ジャァァァッ!!!
粘着テープが転がる軽快な音がした。
「おわっ!? なんだよピュール、力強ぇな! マッサージか?」
「へへっ、綺麗になったぜ! じゃあなガイ! 仕事戻れよー!」
ガイは何も疑わず、笑顔で手を振って厨房へ戻っていった。 所要時間、わずか三〇秒。三億円の要塞は一度も起動しなかった。
マチエールの元へ戻ってきたピュールが得意げにコロコロを渡す。
「ほらよマチエールさん。埃と、あと髪の毛も何本か取れたぜ」
「うん、完璧。ありがとね。さてと……確認しよっか」
マチエールは粘着シートを光にかざす。そこには、ガイのオレンジ色の髪の毛と、ジャンパーの繊維、そして「明らかに質の違う黒い毛」が付着していた。
「あ、髪の毛ゲット……ん? ねえマチエールさん。この毛だけ、なんかチリチリしてない?」
デウロが無邪気に指差す。
「ほんとだ。ガイの髪は直毛だもんね。それにこの毛、頭髪にしては太いし、ウェーブが強いね。長さも短いし……これって、まさか……」
「まさか?」
「下の……」
その意味を理解した瞬間、ピュールの顔が茹でダコのように真っ赤に染まった。
「うわああああああああああ!!! やめろ!! 言うな!! マチエールさん、それ以上言うな!!」
「え? なになに? なんでピュール叫んでんの?」
「陰〇だろ!! それ完全に陰〇だろ!!! ガイの野郎、トイレのあと手ェ洗ってねぇのかよ!? なんで背中にそんなもんついてんだよ!!」
マチエールは冷静にピンセットでそれをつまみ上げた。
「あー、多分トイレじゃなくて、着替える時とかにズボンから落ちて、静電気でジャンパーの裏地にくっついたのが、さらに背中に回ったんじゃない? よくあることだよ」
「よくあってたまるか!!! 解析するな! しげしげと見るな! ガイの尊厳が死ぬ!! 俺も男として恥ずかしくて死ぬ!!!」
「ふーん。よく分かんないけど、汚いってこと?」
「汚くはないよ。立派なDNAサンプルだよ。毛根もしっかりついてるし、これなら鑑定はバッチリだね」
マチエールは、ピュールがのたうち回る横で、冷静にその「縮れた毛」を証拠品袋に密封した。 袋には『検体番号01:ガイ(下)』とマジックで記入された。
マチエールが証拠品をポケットにしまうと、背後ではまだ三人の天才たちが議論している。
「やはり転送装置(テレポーター)を開発すべきか……!」
「時空の歪みでガイ君が半身不随になります!」
「だから落とし穴じゃと言うとるじゃろ!」
「……おーい、おっちゃんら。もう終わったよ。撤収」
「……は?」
「欲しかったもの(DNA)、手に入ったから。一〇〇円のコロコロで」
Fたちは、巨大な要塞と、マチエールの手にある小さなビニール袋(中には縮れた毛)を交互に見つめ、言葉を失った。 三億円と最新技術の結晶は、思春期の恥ずかしい毛一本に敗北したのである。
*
夕暮れ時。茜色の空の下に、黒々とそびえ立つ「三億円の衣服奪取要塞(稼働実績ゼロ)」が不気味なシルエットを落としている。 マチエールは電卓を叩き終わり、三人の男たちの前に一枚の紙を突きつけた。
「さて、おっちゃんら。ガイのDNAは手に入ったけど……これ(巨大建造物)、どうすんの?」
「…………」
F、シトロン、タラゴンは一斉に視線を逸らした。
「タラゴン爺ちゃんの施工費、シトロンさんの特注部品代、Fのおっちゃんの設計コンサル料。あと、中庭を占拠したことによるホテルの営業補償。しめて……三億ポキ(円)」
「!!!」
「当然、クエーサー社(ジェット社長)は『必要経費』として認めてくれません。つまり、誰かの自腹になります」
その瞬間、シトロンの眼鏡がキラーンと光った。
「ああっ! そうだ! 僕、これからミアレジムの定期点検があるのを忘れていました! 大変だ! 停電したら市民が困ってしまう!」
「あ、逃げる気?」
「Fさん! あとは任せましたよ! あなたはプロジェクトリーダー(PL)ですからね! シトロン・ジェット、点火!」
ボォォォォ!!
「待てシトロン君! 貴様、推進剤の計算は……!」
シトロンはFの制止を聞かず、煙を残して空の彼方へ消え去った。続いて、タラゴンが懐中時計を見るふりをする。
「おっと、いかんいかん! もうすぐ『カナリィちゃん』の配信時間じゃ! 今日の枠は『ASMRで癒やしボイス』じゃから、遅刻したらスパチャ読みができん!」
「爺ちゃん、施工責任者は……」
「儂はただ、設計図通りに組んだだけじゃよ! 責任は設計者(アーキテクト)にある! ほなな、お兄ちゃんたち! サラバだピヨ☆」
タラゴンは老人とは思えない超高速の足取りで、壁を蹴って走り去った。 残されたのは、赤いヘルメットを被ったFただ一人。 マチエールは無慈悲に、彼にペンとタブレットを渡す。
「はい、おっちゃん。二人が逃げたから、全額おっちゃんの責任ね。ジェット社長宛てに『始末書』書いて。『なぜ、たかがDNA鑑定のために、要塞を建設する必要があったのか』。小学生でも分かるように、一〇〇文字以内で」
「ひゃ、一〇〇文字……!? 馬鹿な! 私の崇高な設計思想(グランド・デザイン)を語るには、広辞苑三冊分でも足りん!!」
「社長からの伝言。『納得できる理由がなければ、F氏の私財を差し押さえる』って」
Fが膝から崩れ落ちた。
「終わった……。私の美学が……こんな、こんな『請求書』一枚で潰えるとは……! 世界は残酷だ……美しくない……!!」
Fが絶望の淵に沈んでいた、その時。 厨房の勝手口が開き、ガイが元気よく出てきた。
「おーいFさん! どこ行ってたんだよ! はい、今月の『文明の黒き混沌より湧き上がる緑の再生(※コーヒー滓&抹茶パウダー入りバゲットスムージーの事です)』のロイヤリティの集計ができたっス! 確認して下さい!」
ガイの手にあるロイヤリティの明細書をひったくり、Fはその数字に目を落とす。
桁が多い。……あまりにも、多い。
Fの手が震えだす。それは絶望の震えから、歓喜の震えへと変わっていく。
「……クックック……。そうか……そうか、世界は美しさなど求めていなかったのだ……。愚民どもが求めていたのは、混沌! 刺激! そして……この『ドロドロ』だったのだなァッ!!」
Fは明細書の天文学的な数字を凝視し、危険な黄金色の光を瞳に宿した。
「……歴史は語る。たった一つの黄金の林檎がトロイの陥落を招いたと。決断のなさに生まれた悲劇、神々を裁こうともがく凡人の物語だ……」
紙を拳で握り潰し、声が恐ろしいほどの囁きに変わる。
「……だが私は覚えている! この腐った世界の真の黄金律を。『黄金を握る者がルールを決める』と!! 」
Fは歪んだ笑みを浮かべた。
「誰が『最も美しい』か判断する必要などない。私はただリンゴを買う。果樹園を買う。神々そのものを買う!そうして美とは何かを私が定義するのだ!!」
Fはバッと顔を上げ、ジャケットをバサァッと翻し、両手を大きく広げて天を仰いだ。 その姿はまさに、往年の巨大ロボアニメの悪役そのものであった。
「フハハハハハ! フーハハハハハハ!! 見たかマチエール! そしてガイよ! この圧倒的な資金力! これさえあれば、我が美学の城は再建できる! いや、この星そのものを我が『美』の植民地へと変えてくれるわ!! 全宇宙は我が手中にありぃぃぃッ!! フーハハハハハ!!」
Fの狂気じみた高笑いが店内にこだまする中、マチエールは手元の伝票整理の手を止めず、冷ややかな視線をFの背中に投げた。
「……あーあ。おっちゃんの中で今、『美学』が『現金』に負けて死んだ音がしたね」
*
数日後。
ホテルZのレストランの片隅で、Fは震える手でスプーンを握りしめていた。 目の前にあるのは、今やカロス全土で話題沸騰中の『クロワッサンカレー』。バターたっぷりのサクサクとしたクロワッサンを、スパイシーなカレーに浸して食すという、伝統あるカロスの食文化への冒涜とも言える代物だ。
「……なぜだ。なぜ、美味いのだ……」
だが、悔しいことに味は絶品だった。 それもそのはず、ベースとなっているのは、Fがパントリーの錆びた謎肉缶と賞味期限切れのトワニイング紅茶を使い、怒りに任せて完璧な火加減で煮込んだコース料理なのだから。
「私の繊細な技術が、こんな……こんな炭水化物過多のジャンクフードの引き立て役になろうとは……ッ!」
ロビーは大混雑だった。「この料理は最高だ!」と叫ぶ客たち。それを複雑な表情で眺めるF。 しかし、彼の胃痛の種はこれだけではなかった。 ふと、中庭に目を向ける。そこには、天を衝くような威容を誇る『バベルの塔』がそびえ立っていた。前回、ガイの服を効率的かつ芸術的に脱がせるためだけに、F、シトロン、タラゴンが知恵を結集して作り上げた、無駄に巨大な全自動脱衣装置である。
「うおおおお! 負けるな! 第3アーム『ベルト外し』の動きを見切れ!」
「「ジャスティス!!」」
あろうことか、その塔には今、ジャスティスの会のシローたちが群がっていた。 彼らは高速で回転・伸縮する「衣服剥ぎ取り用マニピュレーター」を、パルクールの障害物として利用していたのだ。
「見ろ、あの動き! まるで忍びだ!」
「この塔を攻略できた者には、頂上で『勇者のメダル』が授与されるらしいぞ!」
(※メダルはありません。単に最上部のフツーの黄銅ネジが、陽を浴びて金色に光っているだけです)
いつしかそこは、命知らずのトレーサーたちが集う聖地と化していた。
「素晴らしい……。本来、ジッパーを下ろすための微細な振動アームが、彼らの体幹を鍛えるバランスマシンとして機能しています」
「そういう問題ではないだろう、シトロン君……」
Fが頭を抱えたその時、レストランの扉がバーン! と開き、やたらとキャラの濃い二人が現れた。
「ここが、噂の『筋肉の聖地』だね!」
「ほんま、摩訶不思議な妖気が漂うてますわあ!」
ショウヨウシティジムリーダー、岩壁マニアのザクロ。
クノエシティジムリーダー、不思議ちゃんデザイナーのマーシュ。
よりによってカロスで最も話が通じなさそうな二人が、Fの元へ一直線に歩み寄ってきた。
「Fさん! 君が設計したあの塔、見せてもらったよ!」
ザクロがいきなりFの両肩をガシッと掴む。目がキラキラしている。
「最高だ! あのアームの不規則な動き、まるで怒り狂ったガチゴラスのようだね! 挑む者の体幹と反射神経を極限まで試してくる!」
「い、いえ、あれはガチゴラスではなくて、単に油圧シリンダーの調整ミスで暴走して……」
「解るよ! つまり『野生の再現』だね! 安全なジムに慣れた現代人に、大自然の厳しさを教えようという魂の叫びだ!」
ザクロは全く聞く耳を持たず、巨大な盾のようなトロフィーを押し付けてきた。
「スポーツ振興協会からの『特別功労賞』だ! 受け取ってくれ、野生の同志よ!」
(重い! そして熱苦しい!)
Fがトロフィーの重みによろけた隙に、今度はマーシュがふわりと袖を揺らして割り込んでくる。
「うちも感動しましたわあ。あの塔のデザイン……」
彼女はうっとりと、服を剥ぎ取ろうと暴れるアームを見上げた。
「……あの意味不明な動き。目的がさっぱりわからへんところが、実に『フェアリー』でおますなあ。理屈じゃない、混沌とした現代社会の縮図……深いわあ」
「いや、目的は明確に『脱衣』でして、混沌としているのは設計図をタラゴン君がコーヒーで汚したせいで……」
「ふふふ、謙遜しはって。言葉で説明できひんところが、ええのやないですか。これ、建築デザイン協会からの『銀のコンパス賞』でおます」
マーシュは微笑み、鋭利な銀色のオブジェをFのもう片方の手に握らせた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君たちは根本的な勘違いを……!」
「見ろ、F氏が感動で震えているぞ!」
「あらあら、両手に花ならぬ、両手にトロフィーで感無量なんやねえ」
両サイドからの凄まじいポジティブな勘違いの圧。
「脱衣マシンを作りました」という真実を口にすれば、社会的に抹殺される。しかし黙っていれば、筋肉とカオスの教祖として崇められてしまう。
「謙遜はいらない。あれだけの物を作れる君の『情熱(パッション)』、確かに受け取ったよ」
「ふふ、Fはんのその複雑な表情……それが芸術家の苦悩なんやね。素敵やわあ」
逃げ場はなかった。 筋肉への情熱と、美への審美眼。 あまりにも高尚な二つの視点が、Fの「本来の目的」を「崇高な偉業」へと完全に書き換えてしまった。
(私の……私の脱衣装置が……スポーツと芸術の聖地になってしまった……)
Fの手の中で、二つのトロフィーがずっしりと重くのしかかる。
「……う……」
Fは天を仰いだ。目尻から、美しい一筋の涙がツーと流れ落ちる。
「……う、うわああああああああっ!!」
「おお! 感極まって涙を流すとは……やはり君は熱い男だ!」
「あらあら、綺麗な涙……それもまた作品の一部みたいでおます」
Fが絶叫し、トロフィーを抱えたまま膝から崩れ落ちた。 周囲がざわつく中、その姿を「感極まって男泣きする英雄」として脳内変換した者たちが駆け寄ってきた。
「ああ、F様……! なんと、お美しい涙!」
人混みをかき分け、豪奢なドレスを纏ったマダム・ユカリが現れた。彼女は最近、Fからポケモンバトルの指導を受けており、その圧倒的かつ冷徹な強さに心酔しきっている崇拝者の一人だ。 ユカリはハンカチを取り出し、Fの涙(悔し涙)を拭おうとする。
「素晴らしいですわ、F様。ポケモンバトルだけでなく、『食』と『建築』、そして『スポーツ』の分野までも制覇されるなんて! 貴方様には『不可能』という言葉の概念がないのですね」
「ま、マダム……ちが、これは……」
「ええ、わかります。常人には理解できぬ高みへ到達した孤独……その重圧からの解放ですよね? この『スポーツ功労賞』の輝きこそ、貴方様が『肉体』の可能性すらも芸術へと昇華させた証ですわ!」
(違う! それはただ服を脱がせるための機械だと言っているんだ!!)
Fが心の中で否定しようとしたその時、さらに暑苦しい影が二つ、左右から忍び寄った。
「さすがですボス! いえ、F様!」
「この展開、我々フレア団ヌーヴォ、感動で前が見えません!」
オレンジ色のスーツを隠すこともなく現れたのは、Fを狂信的に崇める部下、グリとグリーズだった。 彼らはFが作った(ことになっている)コーヒー滓&抹茶パウダー入りバゲットスムージーを両手に持ち、興奮気味にまくし立てる。
「この『文明の黒き混沌より湧き上がる緑の再生』、ただの流行り飯じゃありませんね? 高カロリーな炭水化物の塊を大衆に与え、思考力を奪いつつ幸福感で支配する……まさに世界征服のための『愚民洗脳フード』! 恐るべき策略です!」
「そしてあの塔! パルクールの聖地に見せかけて、実は我ら戦闘員の身体能力を選別し、強化するための『超エリート養成ギプス』だったとは! スポーツ功労賞という隠れ蓑を使って公的機関を騙す手腕、シビれます!」
「……は?」
Fの目が点になった。
「さあ皆さん、F様を称えましょう! カロスの食文化を(ジャンクフードで)破壊し、若者の肉体を(脱衣マシンで)支配した、この偉大なる功績を!」
「ビバ・F!!」
「ブラボー! 真の芸術家にして指導者!」
ユカリがうっとりと手を組み、グリとグリーズが拳を突き上げる。 周囲の客たちもつられて拍手喝采。
「Fさんすごい!」「カレー最高!」「塔に登ってきます!」
四方八方から浴びせられる、的外れで、かつ不名誉極まりない賞賛の嵐。 Fの脳内で、何かがプツンと音を立てて切れた。
(……私は……私はただ、静かに美しいコース料理を作り……そして、ガイを芸術的に脱がせたかっただけなのに……)
自分の高貴な意図が、すべて「俗悪な大衆娯楽」と「悪の秘密結社の陰謀」に変換されていく。訂正する気力すら、今の彼には残されていなかった。 Fの瞳から光が消えた。表情筋が緩み、虚空を見つめるだけの美しい人形と化す。
「……あ……あ……」
口の端から、ツツーとよだれにも似た魂のエクトプラズムが漏れ出した。
「あら? F様、あまりの喜びに放心状態ですわ」
「ボスがトランス状態に入られたぞ! 次なる啓示が降りてくるかもしれん!」
「メモの用意を! メモを!」
完全に再起不能となったFを囲み、狂信者たちの宴はより一層盛り上がるのだった。
「……F。あとで事の仔細を聞かせて貰うぞ……」
その光景を遠くから見つめていた巨体の男・AZが静かに呟いた
が、今のFにその声は届かない。
Fは完全に、真っ白に燃え尽きた。