「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
雨の夕暮れ、ホテルZにて。 記憶のないFと、個性豊かなポケモンたちのシャワータイム。
AZオーナー仕様のシャワー(水圧ハイドロポンプ級)に悲鳴を上げるジガルデわんこと、 高級ボディーソープで洗われてアイデンティティ(悪臭)を喪失したダストダス、 そして全てを悟って打たれるカエンジシの話。
「余は地面タイプだぞ! 殺す気か!」 「いい匂いのゴミなんて、ただの生ゴミじゃないか……(絶望)」
お風呂上がりの一杯は、ガイ特製ポタージュ〈市販品を温めただけ風ポタージュ〉でどうぞ。
ガイに案内された先は、厨房の片隅にある使用人部屋だった。 そのさらに奥。重厚な扉を開けると、そこにはかつてこの城の主、AZのために作られたという特大のシャワー室が広がっていた。
久しぶりの、温かいお湯。 Fことフラダリは、連れてきたポケモンたち全員を広い洗い場へと招き入れた。
緑色のドーベルマンのような姿をしたジガルデ・10%フォルムは、しっぽを尻の下に巻き込み強張る。
『……ほう。屋根があるのは良い。だが、余は水が苦手だぞ』
Fはそれを気にも留めず、シャワーのコックを捻った。
しかし、ここは三メートルの巨人を誇るAZ仕様の浴室である。 頭上遥か彼方、天井付近に設置された巨大なシャワーヘッドから降り注いだのは、優しいシャワーなどではなかった。「ハイドロポンプ」そのものの激流が、轟音と共に地面を叩いたのだ。
『ぎゃああああ! これは殺傷兵器だ! 貴様、余を水圧で切断する気か!!』
ジガルデはキャンキャンと悲鳴を上げ、その凄まじい水圧で排水溝へと流されそうになる。 それを「最高だぜ!」と言わんばかりに大口を開けて受け止めたのは、水タイプを持つメガギャラドスだ。一方でオンバーンは、慌てて天井へと張り付き、難を逃れている。
浴室がパニックに陥る中、Fは一番汚れが目立っていたダストダスへと手を伸ばした。 だが、ダストダスにとって「汚れ」とはアイデンティティであり、体の一部そのものだ。 備え付けられていた高級なボディーソープで洗えば洗うほど、彼の体からはフローラルな「良い匂い」が漂い始める。ダストダスは「俺が俺でなくなっていく……!」と絶望の表情を浮かべた。
「おや、綺麗なピンク色が出てきましたね」
Fが天然極まりない感想を漏らす横で、フラージェスが「あら、悪くないわよ」とばかりに花を添え、綺麗になったダストダスをデコレーションし始める。もはや何のポケモンか分からない。
阿鼻叫喚の図と化した浴室で、カエンジシだけは静寂を保っていた。 Fの足元でじっと目を閉じ、打たせ湯のように激流を浴びている。炎タイプにとって、水は苦痛以外の何物でもないはずだ。しかし彼は、「主が洗ってくれているのだ」という事実一つを糧に、微動だにせず耐え忍んでいた。
それを見たジガルデが、鼻を鳴らす。
『……くっ。あのライオンめ、また格好つけおって』
ジガルデは逃げ回るのをやめ、Fの前へと進み出た。
『……洗え。手早く済ませろ』
Fは微笑み、AZ仕様の巨大なスポンジ――人間用だが、ジガルデにとっては布団サイズだ――を手に取り、小さな体を優しく包み込んで洗い始めた。 温かいお湯と、Fの大きな手。 ジガルデは不覚にも「あ、そこ気持ちいい……」と尻尾の力が抜けそうになるが、必死にこらえて虚勢を張った。
『貴様の手際が悪いから、余が合わせてやっているだけだ!』
* * *
全員がピカピカになり――ダストダスからはフローラルの香りが漂っているが――タオルドライを済ませた後のこと。 厨房の隅で、ガイによる男の手料理(ズボラ飯)が振る舞われることになった。
並べられた皿には、カチカチになったバゲットが大雑把に千切られて放り込まれている。 その上から、ガイが謎の大型プラスチック容器を傾けた。洗剤容器か、あるいは業務用のペットボトルか? ドバドバと注がれたのは、白く泡立つ柔軟剤のような、黄色い液体だった。 ほのかに、コーンの温かい匂いが香り立つ。
「さあ召し上がれ! 『特製ポタージュ』だ!」
『……これは毒だ。秩序を乱す味がする』
ジガルデは匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。さすがのカエンジシも、そのビジュアルにはたじろぎ、後ずさりをする。
しかし、Fは躊躇なくスプーンを運び、それを一口食べて静かに目を閉じた。 かつての彼は、選ばれた最高級の料理しか口にしなかった男だ。 けれど、今の彼には、この温かい施しこそが何よりの馳走だった。
「ええ、本当に美味しい。身体の芯まで染み渡るようだ……。失われた水分を再び満たし、硬化していた物質が、新たな生命を得て生まれ変わっている……」
穏やかな声でFが完食するのを見て、ジガルデたちは顔を見合わせた。主が食べたなら、食べるしかない。 ジガルデはおそるおそる、黄色い液体が染みたバゲットを齧った。……まだ芯が残っていて硬い。しかし、シャワーで冷えた体には、そのジャンクなカロリーが確かに染み渡る。
「……素晴らしい」
Fが吐息のように漏らす。
「……よかった! 味、大丈夫ですか?」
ガイがホッとして尋ねた、その瞬間だった。 Fがカッ! と目を見開き、部屋の空気がビリビリと震えた。
「そう!! これこそが『再生』だ!! 素晴らしいぞ、ガイ!!」
「えっ、はい!?」
急な大声に、ガイがビクリと肩を跳ねさせる。 Fは立ち上がり、まるで演説台に立つかのように朗々と語り始めた。
「私は感動している!! 君は、この料理に『余計な小細工』を一切しなかった!! ただあるがまま! 市販の完璧なスープと、風化したパン! その二つを出会わせただけ!! 君の『拙い工夫』や『未熟な味付け』が一切混入していないからこそ! 素材たちが、ここまで純粋な輝きを放っているのだ!!」
「……え?」
褒められているのか貶されているのか分からず、ガイが呆然とする。 Fは両手を広げ、天井を仰いで絶賛した。
「ありがとう、ガイ! 君が『何もしない』ことを選んでくれたおかげで、この夕食は、これほどまでに美しく、完璧な調和(ハーモニー)に到達した!! まさに、『無為』の勝利だ!! ……これは『スープ』などという俗な名前で呼んではいけない……嗚呼、是非、この一皿に名前を付けたい……」
Fの瞳が、恍惚とした輝きを帯びる。
「そうだ! これは……
『白き地平線の永遠なる静寂、忘れ去られた平和の揺り籠』
« Le Silence Éternel de l'Horizon Blanc, Berceau de la Paix Oubliée »
……この『何もしないレシピ』を、永遠に守り抜くと誓ってくれ……!」
「……………………………………」
ガイは無言で立ち尽くした。返す言葉が見つからない。 するとFは、憑き物が落ちたように穏やかな表情に戻って席についた。
「ん? どうしたんだい、ガイ。冷めないうちに食べたまえ。この『洗剤のようなボトル』のスープ、実に合理的で美しいデザインだと思わないか?」
「……はい。……あ、カエンジシ、お代わりいる……?」
ガイは小声で答え、現実逃避するようにカエンジシへ視線を向けた。
ガウ! とカエンジシが喜んで尻尾を振った。
* * *
夜更け。 厨房の片隅で、Fとポケモンたちが身を寄せ合って眠っていた。 ジガルデはフローラルの香りのするダストダスを枕にし、カエンジシの炎で暖を取りながら、Fのコートに包まれている。まるで大きなお団子のようだ。
その様子を、扉の隙間からAZが見ていた。 三千年の時を生き、全てを失った巨人AZ。 彼は、記憶を失ったFの中に、かつての自分の影を見ていたのかもしれない。
「……安らげ。……今はまだ」
AZはそっと扉を閉め、雨音の中に消えていった。
翌朝、ジガルデは「昨日の水圧で筋肉痛だ」と文句を言いながらも、Fが出す「ガイの失敗作サンドイッチ」を文句も言わずに平らげるのだった。