「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
カロス地方、栄誉ある授与式会場。 そこに鎮座するのは、まるで処刑台のような黄金の椅子に厳重に拘束されたF。
彼がこれまでに積み重ねてきた数々の『事故』と『やらかし』が、なぜかすべて高尚な功績として国に認められてしまったのです。
①残飯処理ミス(クロワッサンカレー) ⇒ 食のサステナビリティ
②変態脱衣装置(中庭のバベルの塔) ⇒ スポーツ振興の礎
③拷問のような演技指導(バ美肉) ⇒ 魂の演技
④ただの音痴(ノイズ) ⇒ アバンギャルド音楽の金字塔
⑤脅迫されたガラル料理 ⇒ 国際親善と博愛
⑥夫婦喧嘩のあてつけ(マカロン) ⇒ 都市を救った英雄的行動
暴れるF、ボロボロの警備班、すべてを美談に「翻訳」するユカリ、勝手に感動するマードック、そして商機を見出すタラゴン爺……。 誤解が誤解を呼ぶ地獄の祝賀会は、最終的に「生態系の守護者」による物理的な拉致(救済)で幕を閉じます。
Fの明日はどっちだ。
あの壮大な夫婦喧嘩から、暫日後。
ミアレシティに設けられた特設会場では、今まさにレジオンドヌール勲章の授与式が厳かに執り行われようとしていた。
会場には優雅なクラシック音楽が流れている。しかし、ステージ上だけは異様な空気に包まれていた。 中央に鎮座するのは、まるで処刑器具を金メッキしたかのような、禍々しくも煌びやかな『黄金の重厚な椅子』。そこに座らされているのは、タキシード姿のF(フラダリ)だ。 だが、ただ座っているわけではない。太い革ベルトと鎖でがんじがらめに拘束され、口には高級シルク製の猿ぐつわが噛まされている。
「ンーーーッ!! ンッ、ンガッ!!」
Fは全身の筋肉を躍動させ、椅子ごと飛び跳ねて抵抗していた。その両脇では、巨漢のマスカットとジプソが冷や汗を流しながら、懸命に彼を押さえつけている。 優雅な調べの合間に、「ガタン! ガタン! ギシシッ!」という金属音と打撃音が不協和音のように響き渡っていた。
「はぁ、はぁ……ッ! F様……! F様、どうか……どうかもう、お鎮まりくださいませ!」
マスカットが悲痛な声を上げる。自慢のサングラスは砕け散り、右目は紫色に腫れ上がり、おでこには冷えピタが貼られている。 彼はFの体当たりを巨体で受け止めながら、脂汗を滴らせた。
「先ほどの控室での乱闘で、私、脇腹のあたりから『ミシッ』という嫌な音がした気がいたします……。肋骨が2本ほど、逝っているかもしれません……!」
「ンーーーッ!!(知ったことか!! 離せ! 脇腹ごときで弱音を吐くな! 俺の心は粉砕骨折してるんだよ!!)」
Fは白目を剥きながら、ロッキングチェアのように椅子を激しく揺さぶる。
「ぐふっ……! くぅ……ジェット社長の厳命とはいえ、F様お一人をここまでお連れするのに、我々セキュリティチームが半壊状態でございます……」
「ハァ、ハァ……マスカット殿の言う通りです……」
反対側で抑え込むジプソも満身創痍だった。顎が外れかけたのか、頭から頬にかけて包帯とさらしで固定し、顔面は青あざだらけだ。
「さすがは、我らがボスが一目置くお方……。拘束される直前の、あの目にも止まらぬアッパー……正直、脳が揺れて立っているのがやっとです……」
「ムッ! ムー! ムオーーーッ!!(褒めるな! 褒めても何も出ないぞ! アッパーだけで済んだのを感謝しろ! 足が動けばローキックも入れてたところだぞ!!)」
Fはジプソの方へ向き直り、必死のヘッドバンキングを見舞う。
「ですがF様、この椅子は対エスパーポケモン用の特注合金製、ビクともいたしません。我々も仕事ですので、これ以上手を上げさせないでください。もう十分に暴れられたでしょう……。男らしく、この『生き恥』という名の栄誉をお受けください……お願いしますから……」
泣きそうなジプソの懇願に、Fはさらに激しく椅子を床に打ち付けた。
「ンッ、ンムー!! ムーーーッ!!!(離せ! お前らジェットの手先か! 生き恥だと!? わかってるなら解けえええええ!! 帰せ! 厨房へ帰せ!!)」
その凄惨な――あるいはコントのような光景を、ステージ脇で見つめる一人の女性がいた。ユカリだ。 彼女の瞳は潤み、頬は薔薇色に染まっている。彼女は両手を頬に当て、感極まったような吐息を漏らした。
「ああ……なんてこと……。F様ったら、本当によろこんでいるのね……!」
ピタリ。Fの動きが止まった。信じられないものを見る目でユカリを凝視する。
「……ン? (は?)」
ユカリはうっとりと独白を続ける。
「見て、あの全身からほとばしる歓喜の震え(バイブレーション)を! 言葉での感謝だけでは飽き足らず、その溢れんばかりの情熱を、肉体のすべてを使って表現しておられる……! まるで、魂が喜びの舞を踊っているようだわ!」
「ンガッ! ンムーーーッ!!(違う! 違うんだ! このアマ!! 目が悪いのか!? 頭が悪いのか!? どっちもか!!)」
再び暴れだしたFを見て、ユカリの解釈はさらに加速する。
「マスカットさんとジプソさんの巨体ですら抑えきれないほどの、爆発的な『ありがとう』のエネルギー……。きっと、そのあまりの嬉しさに、椅子ごと空へ飛んでいってしまわないよう、お二人が必死に『重石』になって差し上げているのですね。……なんて美しく、そして激しい、魂の咆哮なのでしょう……素敵……!」
「ンッ、ンガッ、ググググーーーーッ!!!(重石じゃねえ! ただの拷問官だ!! 誰か……誰かこの女の脳内変換フィルターを解除してくれええええ!!)」
Fの奇声に戸惑い、マイクを持ったままおろおろしているカロス代表を見かねて、ユカリが優雅な足取りでステージ中央へ進み出た。 彼女は慈愛に満ちた眼差しでFを一瞥すると、代表に向かって深々と一礼する。そして、聖女のような澄んだ声でマイクに向かった。
「カロス代表、並びにご列席の皆様。申し訳ございません。ご覧の通り、F様はあまりの光栄と感動に打ち震え、極度の興奮状態でいらっしゃいます。感極まって喉が詰まり、上手く言葉を発することができないご様子なのです……」
「おぉ、そうでしたか! いやあ、激しく抵抗されているように見えたので心配しましたが、あれは武者震いのようなものでしたか」
カロス代表が安堵の息を漏らす。
「ンッ!? ンンンーーーッ!!!(待て! 待て待て待て! 肯定するな代表! 騙されるな! 完全に抵抗だ! 100%拒絶だ!!)」
椅子ごとユカリに突進しようとするFを振り返り、彼女は微笑みかけた。
「ふふ、F様。そんなに必死にならなくても大丈夫ですよ。僭越ながら、F様のその『言葉にならない魂の叫び』を、一番近くで彼をお慕いしてきたこのユカリが、皆様に分かりやすく『翻訳』させていただきたく存じます」
おおーっ! という感嘆の拍手が会場を包む。
「さあF様、遠慮なさらず。その溢れる喜びを私にぶつけてくださいませ。私が全て、美しい言葉に変えて皆様にお届けいたしますわ」
「ンッ、ンガッ!? ン、ンムーーーーーーッ!!!」
Fは目玉が飛び出るほどの形相で、椅子をガタガタと言わせた。
(お前もか! お前もグルなのか!? 翻訳だと!? やめろ! お前のその『超解釈』が一番怖いんだ!! 俺の言葉をねじ曲げるな! 美談にするな! 貴様……最初からこれが狙いだったのかあああああ!! 誰か! 誰か俺の口のガムテープを……いや猿ぐつわを外してくれ! 俺に喋らせろおおおおお!!)
しかし、その願いは届かない。ユカリはマイクを握り直し、キリッとした表情を見せた。
「では、参ります。……まずは最初の功績について、代表のお言葉です」
ユカリの「翻訳」宣言により、会場は感動の涙を流す準備が整ってしまっている。 カロス代表が恭しく式辞の巻物を広げた。
「まず初めに、食のサステナビリティへの革命的アプローチに対し。貴殿は、本来廃棄されるはずだった食材を用い、飽食の時代に警鐘を鳴らす『クロワッサンカレー』を完成させました。そのSDGsな精神に敬意を表し!」
Fは目を見開き、マスカットの腕を噛もうとする勢いで暴れる。
「ンムー! ンムー! ンムッ、ムッ、ムー!!(違う! 断じて違う! ガイが買い出しを忘れただけだ! カスレを作ろうとして間違えてガイがカレー粉をぶち込んだだけだ! タダのミスなんだあああ!! SDGsとか知ったことか!!)」
「……はい、しかと受け取りました」
ユカリはハンカチを目頭に当て、うっとりとつぶやいた。
「カロス代表、F様はこのように仰っています。『食材への慈愛と、不完全さの中にこそ宿る美を見出していただき、料理人として身に余る光栄です。全ての食材は、輝く権利があるのです』と」
万雷の拍手が湧き起こる中、Fはガクッと項垂れた。
「……ンガッ。(勝手にまとめるな……)」
カロス代表の読み上げは続く。
「次に、市民の健康増進への多大なる貢献に対し。ホテルZ中庭に建設された巨大建造物は、パルクールの概念を覆す難攻不落のコースとして、多くの若者に挑戦と挫折、そして成長を与えました。そのスポーツ振興への情熱に対し!」
「ンムーッ!! ムッ、ムー!! ンーンー!!(やめろ! 言うな! あれが……あれがガイの服を無理やり脱がすためだけの変態装置だとは、決して言えない……!! 俺がそんなものを大真面目に作った変態だと思われたくないんだよおおお!!)」
顔を真っ赤にしてのけぞるF。
「ぐぅっ……F様、お力が……強すぎます……!」
ジプソが悲鳴を上げるが、ユカリはFの羞恥の震えを見て、感動に打ち震えていた。
「ああ、なんて謙虚な……。F様は仰っています。『若者たちの流す汗こそが私の喜び。あの塔は、未来へ駆け上がる彼らのための道標。彼らが頂へ登る時、私もまた救われるのです』と……ああ、なんと慈愛に満ちたお言葉」
「ンッ、ブー!!(救われねぇよ! 俺の社会的地位が死ぬんだよ!)」
「そして、演劇界に新たな地平を切り拓いた功績に対し。バーチャルという仮面の下にある『魂の叫び』を引き出した貴殿の演技指導は、かのタラゴン氏によるカナリィの配信を芸術の域にまで高めました!」
「ムーーーッ!! ムグッ、ムー!! ムオオオオッ!!(違う! あれは拷問だった! 延々と爺さんの美少女演技(猫なで声)を見せつけられる地獄! 俺の網膜と精神を返せええええ!! あの時間は人生の汚点だあああ!!)」
目から血の涙を流さんばかりに暴れるF。
「F様は仰っています。『演技とは、己を殺して他者になること。あの時の苦しみこそが、真の芸術を生むための産みの苦しみでした。地獄を見た者だけが、天国を描けるのです』と。ストイックなF様……素敵です」
「ゴンッ!!(誰か殺してくれ……)」
Fは額を床に打ち付けた。
「音楽界からは、既存の調和を破壊するアバンギャルドな音響実験に対し。極限まで歪んだヴォーカルと、調性を無視した不協和音の嵐は、現代社会の混沌を見事に表現した『ノイズ・ミュージック』の金字塔です!」
「ンーンー!! ムーッ!! ン、バッ、カッ!!(単なる音痴だ!! タラゴンもカナリィも、俺の渾身の機材でも補正しきれなかっただけの、地獄のジャイア〇リサイタルだったんだよおおお!! 耳鼻科に行け! 全員耳鼻科に行け!!)」
「F様は仰っています。『既存の美しい旋律だけが音楽ではない。魂の不協和音(ディスコード)こそが、真実の響きなのです。歪みの中にこそ、真実は宿る』と。なんてロックな生き様なのでしょう!」
「ブクブク……ンムー……」
Fは絶望のあまり泡を吹きそうになる。
「国際親善の分野において。貴殿は自らの美食の評価を犠牲にしてまで、ガラルの独創的な食文化を保護し、カロスの食文化にジャイアント・インパクトを与え、新たな可能性を見出しました!」
「ムッ、ムッ、ムーーー!! ンガガガッ!!(脅されたんだ! ジェット社長に脅されただけだ! 『やらなきゃ、あの脱衣装置の事をバラす』って言われたんだよ! 俺の星を返せ! ミシュランを返せえええ!! ガラル料理なんて二度と見たくない!!)」
椅子ごと転倒しそうな勢いでジプソに頭突きをかますF。
「ぐああっ! あ、顎が……!」
「F様は仰っています。『国境や味覚の違いを超え、全ての文化は尊重されるべき。星(評価)よりも、カロスの食文化に進化をもたらしたかった。私の犠牲で誰かが救われるなら、本望です』と……涙で前が見えません……ッ!」
「ンッ……ン、ムッ……(嘘だ……)」
もはや気力だけで叫ぶF。
「最後に、ミアレシティを未曾有の危機から救った英雄的行動に対し。暴走する古代のエネルギーに対し、命を賭して対峙し、見事に鎮静化させたその勇気は、まさにレジオンドヌール勲章にふさわしい!」
Fはすべての動きを止め、虚無の目で天井を仰いだ。
(…………ムー。夫婦喧嘩だ……。あれはAZとフラエッテの痴話喧嘩だ……)
暴れなくなったので、マスカットとジプソがホッとした瞬間――Fは爆発したように暴れだした。
「ムームー、ムッムー!! ンッ、ググッ、ンコ!!(ウ〇コ味のマカロンだぞ!? AZ王が仲直りにとウ〇コ味のマカロン食わせて、フラエッテが「おいちー!(濁声)」って叫んだ衝撃波で街が救われたなんて……そんなクソみたいな理由が歴史に残ってたまるかあああ!!)」
「F様は仰っています。『街の平穏こそが私の願い。誰が何と言おうと、愛(マカロン)の力は偉大なのです。愛はすべてを救う……』と。F様、貴方こそがカロスそのものです!」
「…………(完敗だ)」
Fの意識がガクリと飛びかけた。
ステージ上で繰り広げられるFの絶叫とユカリの翻訳を眺めながら、招待客たちが感涙にむせんでいる。 赤いスーツを着こなしたグリと、その妹グリーズが、ハンカチで目頭を押さえていた。
「素晴らしい……。実に素晴らしい光景だ。これほどの偉業を成し遂げ、国からの最高栄誉を受けながら、F様は『違う、そんな大層なものじゃない』と必死に否定しようとされている。あそこまで全身全霊で拒絶するとは……あの謙虚さ、あの慎み深さこそ、我らがリーダーにふさわしい資質ですね」
「ええ、お兄様。本当ですわ。ご覧になって、あの厳重に拘束されたお姿を。溢れ出る情熱と才能を、あのように物理的に鎖と合金で縛り付けなければ制御できないほど、F様の存在自体が罪なほどに強大なのですわ。『不本意だ!』ともがくお姿すら、あんなに優雅で破壊的ですもの……痺れますわ」
二人の横で、マチエールだけがジト目で突っ立っていた。
「……いや、どう見ても本気で嫌がってるし。あれ謙虚とかじゃなくて、ガチの『助けて』だし。言ってること全部ただの事故と誤解のフルコースなんだけど……」
彼女はステージ上のFを指差す。
「あと、なんで誰もFさんの必死の『ウ〇コ味のマカロン』っていうハンドジェスチャーに気づかないの? さっきから指で『とぐろ』巻いてるじゃん。……ねえ、この街、本当に大丈夫なの?」
そこへ、受賞理由の一つとなったタラゴン爺(カナリィの中の人)が、満面の笑みでステージ上のFに近づいていった。
「フォッフォッフォ! F先生! いやあ、ついに……ついにこの時が来たのう! ワシのあの、魂を揺さぶる『奇跡の美声』が、国に認められる高尚な芸術として評価されるとは!」
タラゴンは杖をつきながら、感動で目を潤ませる。
「『既存の調和を破壊する』……うむ、まさにその通り! ワシの歌声は、常人の理解を超えた次元(オクターブ)に到達しておるからな。いやあ、長生きはするもんじゃ! 世界がようやくワシの喉に追いついたわい!」
Fはあまりのポジティブな解釈に戦慄し、椅子ごと後ずさりしようとした。
「……ン、ンムッ!?(ヒッ……! 違う! 追いついてない! 世界がおかしくなっただけだ! あれは美声じゃない、環境破壊音だ!! 自覚がないのが一番怖いんだよ!!)」
Fの恐怖を「武者震い」と勘違いしたタラゴンは、ニッコニコで続ける。
「この勲章があれば、『カナリィちゃん』は名実ともにトップ・アーティストじゃ! 明日からはさっそく『レジオンドヌール受賞記念・凱旋リサイタル』を世界配信するぞい! ワシの『天使の歌声』を、もっと民衆に浴びせてやらねばな! スパチャ? いやいや、あれは民衆からの『お布施』であり『感動の対価』じゃよ! ガッポガッポ集まること間違いなしじゃ!」
「ムッ、ムッ、ムーーーッ!!(やめろ! それはテロだ! 電波を使った無差別攻撃だ!!)」
「さあF先生、カナリィとワシの美声を最も理解し、調整してくれたのはキミじゃ。キミだけが、ワシ達の高貴すぎる周波数を扱える『選ばれしPA(音響屋)』なんじゃよ。観念して、ワシ達と一緒にもう一度、世界を癒やす(壊す)ハーモニーを作ろうではないか! フォッフォッフォッ!」
タラゴン爺の純粋すぎる「善意の勧誘」。 Fの脳裏に、どんなに修正してもピッチが合わず、機材が悲鳴を上げ、自分の耳から血が出た編集作業の日々――地獄がフラッシュバックする。
「ン、ンムーーーッ!! ムグッ、ムッ、ムオオオオオオッ!!」
Fは渾身の力で、椅子ごとタラゴン爺を突き飛ばそうと暴れた。
(ふざけるなあああ!! 誰が選ばれしPAだ!! あれは調整じゃない! 『介護』だ!! 『蘇生措置』だったんだよ!! お前の周波数は機材を破壊する呪いの波動だ!! 癒やすだと!? 鼓膜が破れるわ!! 二度と! 二度とその『天使の歌声(という名の超音波)』を俺に向けるなあああ!! 頼むからその勘違いを抱いたまま、防音室に一生引きこもってくれええええ!!)
「おお、その激しいビート! 素晴らしい! やはりF先生の中にも、熱いソウル(音楽魂)が眠っておるようじゃのう!」
「ンーーーッ!!!(話が通じねええええ!!)」
いよいよ、受勲の瞬間がきた。 しかし、Fが親の仇のように首を振り回して拒絶しているため、勲章をかけることができない。カロス代表は困り果て、マスカットとジプソは限界だった。 そこで、最終手段である『物理的固定』が実行された。
「ええい、これでは授与ができん! F殿! じっとしていてください! 刺さります! 針が刺さりますぞ!」
「ン! ンッ! ンナーーッ!! ンナアアアアア!!(嫌だ! 刺せ! いっそ刺してくれ! そんな勲章をもらうくらいなら、名誉の負傷で入院した方がマシだ! 帰せ! 俺を厨房に帰せええええ!!)」
カロス代表は意を決したように叫んだ。
「やむを得ん! 医療班! 例の『緊急用拘束首ギプス(対暴れ牛用)』を持ってこい! 急げ!」
「「ウィ! ムッシュ!!」」
数人の屈強な男たちが、分厚いプラスチックと金属でできた、まるで拘束具のようなギプスを運び込んでくる。
「「パルドン! ムッシュ!! F様、失礼いたします!!」」
「ンガッ!? ンググググーーーッ!!??」
ガシャン! ウィーン……ガチッ!! ギュウウウウ……。
機械音が響き、ボルトが締め上げられ、Fの首は完全に固定された。まるで機械仕掛けの教皇の冠(三重冠)のように、巨大なギプスが彼の頭の周りにそびえ立っている。 視線は強制的に正面――来賓席とカメラ――に向けられ、もう1ミリも動かせない。
「ふぅ……これでよし。では改めまして……カロス地方の栄誉を、貴殿の胸に!」
Fの首に、きらびやかな『レジオンドヌール勲章』のリボンがかけられる。両脇のマスカットとジプソが一層力を込めてFと椅子を押さえつける中、Fは両頬に代表の口づけを強要された。
「この栄誉にお祝い申し上げます!」
そして握手の代わりに、首に下がっている勲章を両手で握りブンブンする。 抵抗できないFの目からは、屈辱の涙がツーーーと流れ出た。
来賓席から、最初の祝辞者がマイクを持って歩み寄る。クエーサー社社長にしてガイの祖母、ジェット。 豪奢なドレスを着こなした往年の女社長は、扇子で口元を隠し、楽しそうに目を細めた。
「ほっほっほ。Fさん、観念なさい。そのギプス姿、まるで『まな板の上の鯉?』……『座り込んでいる鴨?』……いえ、『王座に縛り付けられた皇帝』のようで、とてもお似合いよ」
「……ンッ。(ババア……! ジェットのババア、全部知ってて……!)」
Fは目だけでジェットを睨みつけた。
続いて、ガラル地方からローズ委員長と、カロス・トライポカロン司会者のムッシュ・ピエールが祝辞を述べる。
「スバラシイ!! 見たまえ、あの不屈の闘志を!」
ローズ委員長がオーバーアクション気味に叫ぶ。
「あれは嫌がっているのではない! エネルギーだ! ダイマックス級のエネルギーだ! Fくん、キミが我がガラル地方の食文化(怪料理)をグランドメニュー化してくれたおかげで、ガラルの食糧自給率と、我々の『味覚への自信』は1000年先まで守られた! キミはガラルとカロスの架け橋……いや、ねがいぼしそのものだ! おめでとう!」
「ンブーッ!!(お前らの味覚は最初から終わってるんだ! 自信を持つな! 直せ! そのバグった味覚を!!)」
ムッシュ・ピエールもステッキをくるくると回し、大げさに天を仰いだ。
「トレビア~ン! なんというドラマティック! 受賞者が泣き叫び、ギプスで固定されてようやくメダルを受けるなど、前代未聞! 空前絶後! しかし、その『拒絶』こそが、Fという食材(タレント)の最高のスパイスなのです! 美しい悲劇! 素晴らしい喜劇! これぞエンターテインメント! さあ皆様、この不本意な英雄に、惜しみない拍手を!!」
「ンッ、ンッ、ンー!!(お前はただ面白がってるだけだろ! 見世物じゃねえぞ!!)」
最後に、ミシュランミアレ支部長のマードックが、目を真っ赤に腫らしてステージに上がった。彼は感極まってボロボロ泣いている。
「うぐっ……ぐすっ……。Fさん……! あんた、なんて顔をしてるんだ……。首を固定されてまで……。それほどまでに、自分は表に出ず、影の功労者でありたかったんだな……」
「……あ……あ……(マードック……頼む、お前だけはまともでいてくれ……)」
焦点の合わない目でFが祈る。しかし、マードックは鼻水をすすりながら叫んだ。
「俺は……俺は大馬鹿野郎だ! あんたが店に『ガラル料理』なんかを出した時、俺はてっきりあんたが味覚を失ったか、金に目がくらんで魂を売ったんだと勘違いして、星を没収しちまった……。だが、そうじゃなかったんだな!!」
「ン?(気づいたか?)」
一瞬、Fの目に期待の光が宿る。
「実はクエーサー社の社長に脅されて! 従業員や街の経済を守るために、たった一人で泥をかぶって戦っていたんだな! あえて不味い料理を出すことで、何かを守ろうとしていた……! 俺は何も知らずに星を奪って……くそっ! 自分の名誉や星を犠牲にしてまで、あえて悪名を背負うなんて……Fさん、あんた漢だ! 見直したぜ! あんたのその心意気に、俺から『ダイヤモンド・スター』を贈らせてくれ!!」
Fは白目を剥き、口だけをパクパクさせた。
(……ハ、ハ……ハァ……? ……違う……。いや、脅されたのは合ってるけど、俺は『漢』じゃない……。ただ単に、怖かっただけだ……。そして俺は星が欲しい……ダイヤモンドとかいいから、普通の星を返してくれ……。この「いい話」風の空気……窒息する……!!)
「ンムー! ンムグーーーッ!!(誰か殺してくれええええ!!)」
Fは最後の力を振り絞り、腹話術のような絶叫を上げた。 首ギプスの圧迫と、感動的な空気による精神的窒息で、Fは白目を剥いて意識を失いかけていた。
マードックの涙、ユカリの合掌、ジェットの嘲笑に包まれ、すべてが終わろうとしていた、その時。
ズガァアアアアアン!!!! バリバリバリバリッ!!!
突然、会場のガラス張りドーム天井が粉々に粉砕された。 降り注ぐガラス片と粉塵。悲鳴を上げて逃げ惑う来賓たち。その土煙の中から、緑と黒の威容、胸に輝くコアを持つ巨大な影が降り立った。 カロスの生態系の秩序を司る監視者――ジガルデ・パーフェクトフォルム(100%)。
『ギガ……ガ……(生態系ノ……守護者ヨ……)』
「ジ、ジガルデ!? 伝説のポケモンがなぜここに!?」
カロス代表が腰を抜かす。 ジガルデは無機質な瞳でFを見下ろした。
『(カロスヲ……マカロンノ力デ……鎮メタ……同志ヨ……。共ニ……行コウ……秩序ヲ……守ルタメニ……)』
ガシィィィッ!!
ジガルデの巨大な手が、黄金の椅子ごと、首ギプスごと、マスカットとジプソごと(二人は弾き飛ばされる)、Fを鷲掴みにする。
「!?!?!?」
衝撃でFの意識が戻った。
『(イザ……空ヘ……)』
ドヒュゥゥゥゥウン!!!
ジガルデはFを掴んだまま、ジェット噴射のような勢いで、穴の開いた天井から空へ急上昇する。
「Fさーーーん!! 行かないでくれえええ!!」
マードックが空を見上げて叫ぶ。
「ああ……! ついにF様が……神の座へと昇っていかれる……!!」
ユカリは恍惚と手を合わせた。
上空数千メートル。 猛烈な風圧(G)がかかる。その衝撃で、Fの口を塞いでいた高級シルクの猿ぐつわが、限界を迎えてブチッ! とちぎれ飛んだ。 ついに、Fの口が自由になった。
「ぐはっ……! ぶはぁっ!!」
大きく息を吸い込む音。そして――。
「ふざけるなあああああああああッ!!!」
Fの声が、拡声器もマイクもないのに、ドップラー効果を伴ってカロス全土に響き渡るかのような音量で地上へ降り注いだ。
「これは『栄誉』なんかじゃない! 『誘拐』だ!! 『拉致』なんだよおおお!! 離せ!! このトランスフォーマーもどき!! 俺をどこへ連れて行く気だ!! 俺は料理人だぞおおお!!」
地上で呆然とする元凶たちへ、Fの視力が限界突破し、一人ひとりをロックオンする。
「おいジェット! ババア!! 全部お前のせいだ! お前の脅迫のせいでこうなったんだぞ!! そのドレス、激辛カレーのシミだらけにしてやるからな!!
ローズ! お前の味覚はイカれてる!! 二度とガラル料理なんか作るか!! 舌を洗濯して出直してこい!!
マードック! 漢気とか勝手に感動してんじゃねえ! 星を返せ! 俺の静穏な日常を返せ!! ダイヤモンド・スターなんていらねえ! 普通のビブグルマンでいいんだよ!!
そしてユカリイイイイイ!! 『神になられた』みたいな顔で合掌するな!! 拝むな!! 俺は死んでない! まだ生きてるんだああああ!!」
ジガルデはFの抗議など意に介さず、さらに加速して成層圏へ向かう。
「覚えてろよ貴様らァアア!! 俺が戻ったら……全員まとめて……『激辛デスソース・アンコールワット風・超特盛』の刑にしてやるからなあああ!! 勲章なんて……こんな首輪なんて……いらねえええええええええ…………ッ!!」
キラーーーーン……。
夕暮れの空の彼方で、F(と椅子とジガルデ)は一際輝く星となって消えていった。