「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
ミアレの廃墟、プリズムタワー跡地にて。 記憶を失い、穏やかな別人として主人公を導いてきた男・F(フラダリ)。
彼が預かっていた「秩序の監視者」ジガルデを、主人公へ託すための最後の試練。
それは、かつて世界を壊そうとした男が、次代の希望を試すための、優しくも残酷な儀式。
かつての相棒と、封印したはずのメガリング。 そして、孤独な王・ジガルデの「試し行動」。
これは、錆びついた王が、新たな王へバトンを渡すまでの物語。
――さようなら、私の小さな王様。
【注意】
※Pokémon LEGENDS Z-Aの二次創作/幻覚設定を含みます。
※記憶喪失のフラダリ(F)が登場します。
※捏造過多。何でも許せる方向け。
彼は、やって来た。
場所は、ミアレの廃墟・プリズムタワーのデッキ。 そこには、錆びついた鉄骨の森に溶け込むように、一人の男が彼に背を向け、座り込んでいた。 かつてカロスを焼き尽くそうとしたその男、F――かつてフラダリと呼ばれた男だ。 吹き荒れる強風が、錆びた鉄骨を軋ませて音を立てる。晴れ渡っていた空が、いつの間にか厚い雲に覆われ、昏くなり始めていた。
「……久しぶりですね。よく来てくれました」
Fの足元にはジガルデ(10%フォルム)が座り、不安げに主を見上げている。 Fが立ち上がり、ゆっくりと「彼」の方を向いた。 その表情は、ミアレの路地裏で困っている人を見かけた時のような、慈愛に満ちた「近所の優しいおじさん」の顔そのものだ。 しかし、その長身から放たれる圧倒的な存在感(プレッシャー)だけが、この場の空気を鉛のように重くしていた。
「……AZ王より、暇(いとま)を頂きました。私は明日、このカロスを去ります」
「Fさん……! じゃあ、ジガルデは……」
「連れてはいけません。この子(ジガルデ)は、この街で『家族』を見つけたのですから」
Fは彼の目を見据え、静かに語り始めた。吹き抜ける風が、彼の炎のような白銀の髪を揺らす。
「ここからの景色は……悲しいけれど、どこか美しい。壊れたものだけが持つ、静けさがあります」
Fの視線は、眼下に広がる再開発中のミアレシティへと落ちる。そして再び、足元の緑色の犬――ジガルデへと視線を戻した。
「この子(ジガルデ)は……この景色に似ている。強大で、孤独で、そしてひどく脆い」
彼は何も言わず、静かにFの次の言葉を待つ。
「この子は今まで、人間の『業』ばかりを見てきた。力を利用しようとする者、恐れて遠ざける者……。だからこの子は疑っています。近づく者すべてが、自分を傷つける『敵』なのではないかと」
Fが一歩、歩み出た。 ジガルデもFを守ろうと反射的に前へ出るが、Fは手でそれを制した。
「今の私には記憶がありません。ですが……心臓の奥が警鐘を鳴らしているのです。『ただ強いだけのトレーナーに、この子を渡してはいけない』と」
Fの瞳がスッと細められる。穏やかだった空気が一変し、肌を刺すような緊張感が走った。
「もし君が、彼を力で従えようとすれば、この子の心は壊れるか……あるいは君自身が、その強すぎる力に飲み込まれてしまうでしょう」
Fは胸の前で拳を強く握りしめた。
「必要なのは、強さよりも『広さ』。異質な存在であるこの子を、異物としてではなく『家族』として迎え入れる器量です」
「君のポケモンたちが、この子を守れるか。そして君自身が、この子の孤独に寄り添えるか……君の心の奥底で燃える信念の炎を……今、試させてもらいます」
Fが両手を広げると同時に、背後から強烈な風が吹き抜けた。その風に乗るように、Fは叫んだ。
「出でよ! 私の誇り高き友たちよ!」
Fがボールを投げる。 紅蓮の炎と共にカエンジシが現れ、王者の如く咆哮した。続いて、花弁の舞と共に優雅なフラージェス、闇から忍び寄るヤミラミ、威圧的なダストダス、そして空を切り裂くオンバーンが展開する。最後に、水飛沫と共に巨大なギャラドスが眼下の瓦礫の隙間から鎌首をもたげた。
圧倒的なFの布陣。
しかし、「彼」は怯まない。腰のボールに手をかけ、短く、信頼を込めて頷いた。
(行こう、みんな!)
光が弾ける。彼のチームが一斉にフィールドへ飛び出した。
ピカチュウは頬をバチバチと鳴らし、カエンジシを睨みつけつつも、隣のニンフィアの立ち位置を確認する。ニンフィアはリボンを揺らし、緊張する空気を和らげるように、ジュナイパーの足元に体を寄せた。 ジュナイパーは矢羽を整え、無言でカビゴンの背後の死角をカバーする位置につく。カビゴンは大きなあくびをするふりをして、どっしりと最前線で盾になる構えを見せた。 ヌメルゴン(ヒスイのすがた)は金属の殻を鳴らし、不安げながらも、仲間を守るために前へ出る。 ルカリオは静かに波導を練り、Fとジガルデの感情の揺らぎを読み取ろうと目を閉じた。
彼らは、個々が勝手に吠えるのではない。 現れた瞬間から、互いの距離感を確認し、誰かが狙われたら誰がカバーするかを、阿吽の呼吸で理解している。 その光景――「整然とした群れ」を見た瞬間、Fの表情に微かな驚きと、満足げな色が浮かんだ。
「……ほう」
Fは口元を緩め、しかし瞳には鋭い光を宿して告げる。
「良いでしょう。君たちの絆は、言葉ではなく行動で語っているようだ……ならば……全力で抗ってみせなさい。このミアレの風よりも激しく!」
「カエンジシ、ハイパーボイス!!」
カエンジシの咆哮がゴングとなり、「王の試練」の幕が切って落とされた。
***
主人公たちの連携により、カエンジシとオンバーンの猛攻が凌がれた。Fは攻撃の手を止め、大きく息を吐く。
「……ふぅ。驚きました。個々の力はかつての私の敵に及ばずとも、結束力はそれ以上だ」
Fは「これではまだ足りない」と判断し、ゆったりとした作業用ズボンのポケットに、無造作に手を突っ込んだ。まるで散歩のついでに、自動販売機で使う小銭でも探すかのような、ひどく生活感のある、面倒くさそうな手つきだ。
「もう少し、ギアを上げなければ……おや?」
指先に触れた、冷たく硬い金属の感触。Fはそれを摘み出し、無意識に掌の上で転がした。 夕日に照らされたそれは、古びた銀色のリング。中心には、虹色の輝きを失いかけた「キーストーン」が嵌め込まれている。
「……ああ、そういえば。こんな物も、入っていましたね」
Fはそれを興味なさげに一瞥する。
今の彼にとっては、何の価値もないガラクタ。かつて自分が世界を熱狂させ、そして絶望させた装置の一部だという認識すらない。 Fは顔を少し歪め、捨てようとした瞬間――キーストーンが、何かに反応して、微かに脈動した。
『キィン……』
微かな共鳴音。その光がFの網膜を焼いた瞬間。
(……最終兵器……起動準備……) (……選ばれた者のみが……未来を……) (……美しくない世界など……消えてしまえばいい……!!)
「……っ!!?」
Fは弾かれたようにこめかみを押さえる。 脳裏を走る激しいノイズ。人々の悲鳴、崩れ落ちる街、そして空を焼き尽くす赤い光。それは今の穏やかなFには、吐き気を催すほど悍(おぞ)ましい映像だった。
「あ……ぐ、ああああ……ッ!」
Fが膝をつく。その異変に、カエンジシが心配そうに駆け寄った。 ルカリオが、Fから突然噴き出した「どす黒い感情の波導」に反応し、警戒して身構える。
『(……来るぞ! 気配が変わった!)』
しかし、苦痛の中でFは感じていた。恐怖と同時に、全身の細胞が歓喜して震えるような、絶対的な「王の高揚感」を。世界を意のままにできるという、傲慢で甘美な全能感。
数秒の沈黙の後。ノイズが止んだ。
Fがゆっくりと顔を上げた。
そこにはもう、先ほどまでの「近所の優しい大男」はいなかった。 背筋が凍るほど真っ直ぐに伸び、瞳からは慈愛が消え、凍てつくような鋭い眼光だけが残っている。
Fはメガリングを指にはめようとはしない。代わりに、リングを拳の中に強く、皮膚に食い込んで血が滲むほどに握り込んだ。
「……思い出しましたよ。この感覚」
フッ、と笑う声のトーンが一段階低くなる。
「見せてあげましょう。かつて世界を蹂躙し、そして敗北した……愚かで強大な力を」
Fは、握りしめた拳を真っすぐ差し出した。 叫びではない。氷のように静かで、有無を言わせぬ絶対的な命令だった。
「砕け。ギャラドス」
Fの拳の中のキーストーンが、悲鳴のような光を放つ。 それはトレーナーとの絆による進化ではない。力づくで理性のリミッターを解除し、破壊本能のみを抽出する、強制的な覚醒。
『グォオオオオッ!!』
バキィッ!!
という破砕音。 まばゆい光と共に、ギャラドスの身体が内部から膨張し、外殻が弾け飛ぶ音が響く。水飛沫が蒸発し、現れたのは、より凶悪に、より強大に変貌したメガギャラドス。
「さあ……」
Fは薄く笑う。それは自嘲のようでもあり、挑戦者のようでもあった。
「この『理不尽』を前にしても、君たちの家族(チーム)は手を取り合えますか?」
メガギャラドスのひれが風を切り、圧倒的な質量が影を落とす。ピカチュウの頬の電気がバチバチと音を立て、ヌメルゴンが怯えながらも殻を閉じる。
「……手加減はできませんよ。理性なき力とは、加減を知らないものですから」
メガギャラドスは、ただ浮いているだけで周囲の空気を歪ませていた。その巨体から放たれるのは、ポケモンの技というより、天変地異の予兆に近い。 Fが静かに指を振る。指揮者のような優雅さで、破壊の合図を送った。
「薙ぎ払いなさい。『じしん』」
『グォオオオオッ!!』
メガギャラドスが巨大な尾を振り上げ、屋上の床――鉄とコンクリートの塊を叩きつけた。 直後、立っていることさえ不可能な衝撃波が全方位へ走る。逃げ場はない。物理的な破壊の波が、周囲を飲み込む。
「彼」は瞬時に状況を判断した。避ければ、後ろの小さなポケモンたちが吹き飛ぶ。
「全員、一点に集まれ! ヌメルゴン、頼む!」
悲痛な叫びに応え、ヌメルゴン(ヒスイのすがた)が悲しげな瞳を一瞬細めた後、覚悟を決めて最前線へ躍り出る。金属質の巨大な殻に首と手足を引っ込め、完全な球体――「たてこもる」体勢をとる。
『ム……ゥウウッ!!』
ズガァァァァァン!!
衝撃波がヌメルゴンの鋼の殻に直撃する。鼓膜が破れそうな轟音。火花が散り、ヌメルゴンの巨体が激しく軋む。いかに鋼の体とはいえ、メガギャラドスの一撃。その足が、コンクリートを削りながらズルズルと後退させられていく。
「カビゴン! 支えろ!」
『ガァッ!!』
すぐさま、カビゴンがヌメルゴンの背後に回り込んだ。その重量級の体を地面に食い込ませ、後退するヌメルゴンの殻を背中で受け止める。二体の重量級ポケモンの筋肉が悲鳴を上げ、地面が陥没する。 それでも、衝撃の余波は瓦礫となって降り注ぐ。
『(させんッ!)』
ルカリオが前に飛び出し、両掌から青い波導を放射状に展開する。攻撃のための「はどうだん」ではない。瓦礫を弾き、隙間から漏れてくる風圧を相殺するための防御の波導だ。 その障壁の内側で、ピカチュウ、ニンフィア、ジュナイパーは身を低くして耐えている。 彼らはただ守られているだけではない。ピカチュウは帯電して迎撃の準備をし、ニンフィアは触角(リボン)でカビゴンとヌメルゴンの体力を癒やす波動を送り、ジュナイパーは隙間からFの動きを射抜くような視線で見つめている。
誰一人として、「もうダメだ」と目を閉じる者はいない。前衛が崩れないと信じているからこそ、後衛は反撃の牙を研いでいられる。
土煙が晴れていく。 そこには、傷だらけになりながらも、一歩も引かずに陣形を維持した姿があった。ヌメルゴンの殻には亀裂が入り、カビゴンは荒い息をついている。だが、その目は死んでいない。
『(……ふぅ。痛かった……)』
ヌメルゴンが殻から顔を出し、安堵のため息と共に、背中のカビゴンに「ありがとう」と触覚を擦り付ける。 その光景を見て、Fの冷徹な瞳の奥が、わずかに、しかし確実に揺らいだ。 それは「計算外だ」という動揺ではない。かつて自分が夢見て、しかし手に入れられなかった「美しい世界」の片鱗を、目の前の少年少女に見出したことへの、羨望と喜びが入り混じった揺らぎだ。
「……ほう……」
Fは独りごちる。
「この『理不尽』を前にして、誰も仲間を見捨てない。自分だけが助かろうとはしない……(……ああ。これなら、あるいは……)」
Fは無意識に、拳の中のメガリングを握りしめ直す。痛みで現実に引き戻される。まだだ。まだ足りない。Fは自分の中の「期待」を押し殺し、さらに冷酷な仮面を貼り付け直す。
「素晴らしい耐久力です。……ですが、ただ耐えるだけでは、未来は掴めませんよ」
Fが次の指示を出そうと腕を上げた――その時だった。
「今だ! 反撃!!」
彼の声と共に、守られていた後衛組が、ヌメルゴンの影から弾丸のように飛び出した。 その反撃の機先を制するように、Fの声が鋭く響いた。
「反撃などさせない……ジガルデ!!」
Fの怒声に、ジガルデ(10%フォルム)がビクリと体を震わせる。
「君も戦いなさい! 君の力を、その新しい飼い主候補にぶつけるのです! ……彼らが君を制御できるか……あるいは、恐怖して逃げ出すか。試してやりなさい!」
ジガルデは戸惑うようにFを見上げる。『戦いたくない、彼らは敵ではない』という瞳。
しかし、Fは鬼のような形相で指差す。その目の奥にある「頼む、やってくれ」という悲痛な祈りなど、今のジガルデには読み取れない。ただ、今の主の覇気に圧倒され、従うしかなかった。
「……ワオォォンッ!!」
ジガルデが遠吠えを上げる。
地面が隆起し、緑色のエネルギーが彼の身体から溢れ出した。 それは、敵を倒すための攻撃ではなかった。自らの強大すぎる力を制御せず、周囲に撒き散らすだけの暴走に近い一撃。「グランドフォース」。
『(来るな! 俺に近づくな!)』
『(俺は災害だ! 近づけば傷つくぞ! だから俺を置いて逃げろ!!)』
ジガルデの心の叫びが、物理的な衝撃波となって津波のように押し寄せる。メガギャラドスの攻撃よりも速く、回避困難な広範囲攻撃。 普通なら「守る」か「避ける」場面だ。
しかし、「彼」は直感した。 これは攻撃じゃない。泣き叫ぶ子供が、親の足を蹴るのと同じだ。ここで避ければ、ジガルデは一生傷つく。 彼は声を張り上げた。
「逃げるな!! 全員、構えろ!! 避けちゃダメだ! 耐えて、受け止めろッ!!」
『(……っ!? 馬鹿な、直撃させる気ですか!?)』
Fが思わず目を見開く中、緑色の奔流が、彼らチームを飲み込んだ。
ドォォォォォォォォン!!
凄まじい轟音。ヌメルゴンの金属殻が悲鳴を上げ、カビゴンの巨体が数メートル後ろへズザザザと押し戻される。ルカリオは波導の障壁を展開せず、あえて生身でエネルギーの奔流に立ち向かい、腕をクロスして歯を食いしばる。ピカチュウとニンフィア、ジュナイパーは、大型ポケモンの影に隠れるのではなく、互いの体を支え合いながら、嵐の中で目を開けていた。
彼らは「痛い」とは言わない。ただ、「お前の叫び声、ちゃんと聞こえてるぞ」と伝えるためだけに、その場に踏みとどまる。
やがて、光が収束し、土煙が晴れていく。 フィールドは半壊していた。彼らのポケモンたちは、全員ボロボロだ。カビゴンは膝をつき、ヌメルゴンの殻は焦げ、美しいニンフィアのリボンも泥だらけになっている。
ジガルデは、荒い息をつきながら、恐る恐る目を開けた。 『やってしまった。これでもう、彼らは俺を嫌ったはずだ。怪物を見る目で、俺を見るはずだ』
しかし。
「…………ふぅ」
ルカリオは片膝をついた状態から立ち上がり、口元の血を手の甲で無造作に拭った。そして、ニヤリと笑った。
『(へっ……いいパンチ持ってるじゃねえか)』
「!?」
他のポケモンたちも続く。カビゴンは「効いた効いた」とでも言うように腹を叩いて起き上がり、ジュナイパーは翼で埃を払いながら、涼しい顔で「今の攻撃、軌道が甘いぞ」とジェスチャーを送る。 一番小さく、ダメージが大きかったはずのピカチュウが、フラフラとジガルデの前に歩み出る。そして、鼻先をススッとこすり、挑発的に、しかし親愛を込めて鳴いた。
「ピカッ、ピカチュウ!(こっちに来て、もっと一緒に暴れようぜ!)」
ジガルデは後ずさる。理解できない。なぜ怒らない? なぜ攻撃し返してこない? なぜ笑っている?
『(……なぜだ? 余は、お前たちを傷つけたのだぞ……?)』
その困惑こそが、Fが望んだ「答え」だった。恐怖で支配するのではなく、力でねじ伏せるのでもない。ただ「強さ」と「痛み」を共有できる仲間。
ボロボロのニンフィアが、ジガルデに近づき、自分の泥だらけのリボンを、ジガルデの足にちょこんと巻き付けた。「鬼ごっこは、捕まえた方の勝ちよ」とでも言うように。 その光景を見て、Fの喉が震えた。
「……ああ……」
(ポケモンとポケモン、そして、ポケモンと人が手を取り合う……これが美しい世界なのでしょうか)
Fは、自分の中の「悪役」が崩れそうになるのを必死で堪える。 あと少し。あと一つ、仕上げをしなければならない。彼は、震える手で最後の命令を下す準備をした。 ボロボロになりながらも笑っている彼のポケモンたち。その温かい光景を切り裂くように、Fの声が冷徹に響き渡る。
「甘い!!」
Fは腕を振り下ろす。その顔には、慈悲も優しさもない。あるのは、破壊を渇望する修羅の表情(仮面)だけだ。
「彼らはまだ立っていますよ、ジガルデ! 敵が息をしているのなら、それはまだ『戦争』です!」
「トドメを刺しなさい! 『サウザンアロー』で、彼らを串刺しにするのです!」
「!?」
ジガルデが驚いてFを見上げる。 『サウザンアロー』。それは空へ逃げる者さえも地面に縫い止める、逃走を許さない処刑の技。『もう勝負はついている。これ以上やる必要はない』とジガルデの瞳が訴える。
しかし、Fは氷のような瞳で見下ろすだけだ。
「聞こえませんか? 私は『殲滅しろ』と言っているのです。……それとも、不良品に戻りますか?」
その言葉は鋭い棘となってジガルデに突き刺さる。かつてのFの絶対的な支配力が、ジガルデの身体を縛る。ジガルデは震えながら、ゆっくりと彼らの方へ向き直る。 ジガルデの背中のコアが輝き、空中に無数の緑色のエネルギー体が生成される。 それは鋭利な矢の形を成し、切っ先が彼らのチームに向けられる。
『(すまない……逃げてくれ……)』
『(俺は、王の命令には逆らえない……!)』
エネルギーが臨界点に達する。放てば、疲弊した彼らは確実に戦闘不能になるだろう。ジガルデは悲しみに目を細め、矢を放とうとする。
だが。 その時、ジガルデの視界に映ったのは、恐怖に歪む顔ではなかった。
ルカリオは、腕組みをしたまま、穏やかに目を閉じていた。「お前はそんなことしないだろ?」と信じ切っている顔だ。 ニンフィアは、怯えるどころか、期待に満ちた瞳でジガルデを見つめていた。「ねえねえ、次はどんなすごい技を見せてくれるの?」としっぽを振っている。 カビゴンとヌメルゴンは、どっしりと構え、「いつでも来い、全部受け止めてやるから」という大樹のような安心感を放っている。
そして彼。
彼は命令も叫びもしない。ただ、ジガルデの目を真っ直ぐに見つめ、小さく頷いた。
(おいで。こっちは楽しいぞ)
その視線。
それは「敵を見る目」でも、「兵器を見る目」でもない。「これから来る、手のかかる弟分」を待ちわびる、家族の目だった。
ジガルデの時が止まる。
背後には、破壊を命じるかつての王。その手は恐怖と支配で自分を縛ってきた。 目の前には、破壊を受け止め、それでも笑いかけてくる新しい群れ。その手は自分を抱きしめようとしている。 ジガルデは理解する。
(……違う。あの男は、こんなに冷たい人間ではなかった)
(今のあの男は、わざと「間違った主」になろうとしている……俺を、ここから追い出すために)
ジガルデの震えが止まる。ジガルデは、空中に展開した無数の矢を見上げた。
「やりなさい! ジガルデ!!」
Fの怒号が飛ぶ。その瞬間。
「…………ワオォンッ!!(嫌だ!!)」
ジガルデは、首を大きく振り上げ、制御していたエネルギーを真上の虚空へ向けて暴発させた。
ズガガガガガガッ!!
緑色の光の矢が、誰もいない灰色の空へ吸い込まれ、花火のように弾け飛ぶ。美しい光の雨が、戦場に降り注ぐ。 そして、ジガルデはその場にペタリとお座りをした。背中のコアの光を消し、完全に戦意を喪失した姿。Fの方を一度だけ振り返り、そしてプイと顔を背ける。
『(余はもう、破壊などせぬ。あっちの方が楽しそうだ)』
それは、Fの命令(破壊)を明確に拒絶し、新しい飼い主の輪に入ることを選んだ瞬間だった。 攻撃が逸れた空を見上げ、Fは呆然と立ち尽くす……ふりをした。 握りしめていた拳から、力が抜けていく。張り詰めていた空気が霧散する。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
Fの背後にいたメガギャラドスも、主の闘気が消えたことを悟り、光に包まれて元のギャラドスの姿に戻る。ギャラドスは「やれやれ」といった様子で、主の横に身を横たえる。 Fの表情から、修羅のような険しさが消え、憑き物が落ちたような、穏やかで寂しげな素顔が現れた。
「……私の負けですね」
Fは呟く。その声には、拒絶された屈辱ではなく、安堵の色が滲んでいた。
「命令を聞かないポケモンなんて、私には扱えません」
言葉とは裏腹に、Fはジガルデの背中を愛おしそうに見つめる。「命令を聞かなかったこと」こそが、ジガルデがただの兵器ではなく、心を持った「命」になった証なのだから。 光の矢が消えた空の下。Fの全身から、先ほどまで立ち昇っていた禍々しい覇気が、霧のように消えていく。
「……戻りなさい」
ギャラドスは「ふぅ、疲れた」とでも言うように大きなあくびをして、瓦礫の上に長体を横たえた。
他のポケモンたち――フラージェスやオンバーンたちも、戦意を解く。彼らは皆、どこかホッとした表情で、「彼」のポケモンたちに「悪かったな、怪我はないか?」と目配せを送っている。彼らもまた、Fの意図を理解して「悪役」を演じていたのだ。
Fは、拳を開く。 掌には、役目を終えたメガリングがある。Fはそれを愛おしそうに、しかしどこか忌まわしそうに一瞥すると、作業ズボンの最も深いポケットの底へと押し込んだ。
(……もう二度と、日の目を見ることはないでしょう)
それは、彼の中に眠る「過去の記憶(フラダリとしての野望)」との、二度目の、そして本当の決別だった。 Fはゆっくりと彼らとジガルデの方へ歩み寄る。ジガルデは、新しい主の足元に座り込みながらも、近づいてくるFを見て、気まずそうに耳を伏せる。『裏切ってすまない』というボディランゲージだ。
しかし、Fの表情は驚くほど晴れやかだった。
「……私の負けですね。完敗です」
Fは両手を上げて、おどけたように肩をすくめる。
「命令を聞かないポケモンなんて、私には扱えません。……破壊しか知らない愚かな王には、彼を導く資格はなかった」
それは自虐でありながら、ジガルデの選択(破壊の拒絶)を肯定する最大の賛辞だった。 Fは屈み込み、ジガルデと目線の高さを合わせる……かと思いきや、あえて視線をジガルデから外し、「彼」の目を真っ直ぐに見据えた。
「連れて行きなさい」
Fの声は優しい。
「君たちのチーム(家族)なら……彼を孤独にしない。先ほどの戦いを見て、確信しました」
「……ありがとうございます。……貴方の想いも、一緒に連れて行きます」
その言葉に、Fは一瞬だけ虚を突かれたような顔をし、それからフッと寂しげに笑った。
「……買いかぶりすぎですよ。私はただの、通りすがりの敗者です……Au revoir」
Fは踵を返した。背中で手を振り、もう振り返らないという意思表示をする。
「さあ、行きなさい。日が暮れてしまう。ミアレの夜はまだ少し、肌寒い」
主人公は一礼し、ポケモンたちをボールに戻す。最後にジガルデが、Fの背中をじっと見つめる。 ジガルデが、小さく「ワオン」と別れの挨拶を鳴いた。 しかしFは振り返らない。振り返れば、決意が揺らぐことを知っているから。
ジガルデは理解し、新しい飼い主の後を追って駆け出していく。新しい家族が待つ、新しい世界へ。
***
屋上には、Fとそのポケモンたちだけが残された。 静寂が戻る。強がっていたFの肩から、力が抜けていく。
「……行って、しまいましたね」
Fはその場に崩れ落ちるように座り込む。大きな背中が、急に小さく見えた。 「せいせいした」と言いたいのに、胸に空いた穴はあまりにも大きい。記憶を失ったFにとって、ジガルデは「世界を監視するシステム」ではなく、ただの「手のかかる、愛しい同居人」だったのだから。
カエンジシが、喉を鳴らしながらFに寄り添う。温かい炎のたてがみが、Fの頬に触れる。「泣くなよ、ボス」と慰めるように。
「……ふ、ふふ。情けないですね。いい歳をした大人が」
Fはカエンジシの豊かでおごそかなたてがみに顔を埋める。夕陽が沈み、辺りが影に包まれる。その影の中でだけ、Fは「王」でも「悪党」でもなく、ただの一人の人間として、感情を露わにする。 風に紛れて、誰にも届かない小さな声で、Fは呟く。
「……元気で。……さようなら、私の小さな王様(ジガルデ)」
カエンジシのたてがみが、微かに濡れていくのを、夕闇だけが知っていた。