「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
Fの旅立ちと、最後に残されたホロキャスター映像のお話。
クロワッサンカレーの悲劇を繰り返さないための、Fの執念が炸裂します。
AZの最期を看取り、ミアレを去ることにしたF(フラダリ)。
彼は残される皆、そして相棒のガイに向けて「最後のホロキャスト配信」を残す。
かつて世界に向けた演説の構図で、彼が語るのは世界の明日……ではなく、「二度と変な料理を作るな」という悲痛な警告だった。
クロワッサンカレーの悪夢を乗り越え、Fがガイに残した「ドーナツ(ベニエ)」への鉄の掟。 そして、ガイの思考を完全に読み切った、時空を超えたツッコミ。
「これは録画だ! お前は絶対斜め上の事を言うだろうから、予め突っ込んどいた!」
Fとガイ、凸凹コンビの別れと、最後の攻防戦です。
ホテルZのロビーには、今日も優雅なクラシック音楽が流れていた。変わらぬ日常、洗練された空間。だが、そこに漂う空気はどこか落ち着かない。
「いやー、Fさん……あれから数日帰ってこないっすねぇ。どこにいるんだろう……」
ガイが心配そうに天井を仰ぐ。 新生ホテルZのオーナーとなったジェット社長は、優雅にコーヒーカップを傾けた。
「まあ、大丈夫じゃない? あのミスターだったら、多分またふらりと戻ってくるわよ」
その時だった。
ブゥン……キュイイィィン!!
不穏な重低音と共に、ロビーにいる全員のホロキャスターが一斉に強制起動した。
「うわっ!? 何っすか!?」
ガイが慌てて端末を取り出すのと同時に、ロビーの大型モニターまでもがジャックされる。 画面にはノイズ混じりの赤い……いや、青白い光が走り、一人の男の姿が映し出された。 深々と帽子を被り、大きなサングラスをかけ、背中にはパンパンに膨らんだ登山リュック。
『……聞こえているか。カロス地方の皆さん。そして、私を“英雄”だの“カリスマ”だのと祭り上げた、おめでたい皆さん』
「あ、Fさん!?」
ガイが素っ頓狂な声を上げた。
「いきなり置き手紙置いて消えたと思ったら、なんでホロキャスター乗っ取ってるんすか!?」
『……お静かに。これは録画だ』
画面の中のFは、カメラに向かってあのお決まりのポーズ――片手で顔半分を覆い、苦悩しつつ世界を憂うポーズ――を大仰に決めた。
『世界は美しい……一方で、残酷だ……この世界には……“誤解”と“過大評価”が増えすぎた』
そして、さも涙を拭うような仕草で、サングラスを少しずらす。
『私は、ただ静かに料理を作りたかった。だが、貴様らは私の失敗を“SDGs”と呼び、私の悲鳴を“歓喜の歌”と翻訳し、あまつさえ私の首をギプスで締め上げ、勲章という名の鎖で繋ごうとした』
Fの声に、悲壮な響きが混じる。もっとも、その格好は完全にバックパッカーのそれだが。
『これ以上、私の“美学(へいおん)”が損なわれることは耐えられない。よって、私はカロスを捨てる。……物理的に距離を置くことにした』
『私の平穏を脅かす皆さん。そして、数少ないまともな皆さん……』
Fはスッと目を細め、無慈悲な声色で告げた。
『残念ですが、さようなら』
画面が赤く点滅して爆発……などはせず、Fはその場でゴソゴソとポケットを弄り出した。どうやら演出用のリモコンを探しているらしい。
「F様……! お一人で修羅の道へ……!」
ユカリ嬢がハンカチで目元を押さえる横で、マードックが鼻を鳴らす。
「けっ、水くさい野郎だぜ……」
『そしてホテルZ関係者の諸君、私が去った後、ホテルZがどうなるかは知らない。ジェット社長や、マダム・ユカリ、マードック氏が守ってくれるだろう。“グリーンスター”の盾は、厨房の鍋敷きにでもしてくれ』
そう言い捨てると、Fはポケットを弄るのを止め、画面の中で足早に歩き出した。どこかへと向かっている様子だ。だが、数歩進んだところで彼は足を止めた。
『ガイ君。君には……世話になった』
画面越しに、Fが語り掛ける。
『君のその、底抜けの明るさと、常軌を逸したポジティブ思考に、私は何度救われ……そして何度殺意を覚えたか分からん』
Fが再びカメラに向き直る。
『君に、最後のオーダー(命令)を残す。これは、ホテルZの未来と、ミアレ市民の“尊厳ある消化器官”を守るための、絶対的な規律だ。心して聞け』
ホロ画像のFは、辺りを見渡すような演技をした後、一歩前ににじり寄った。カメラのピントが、サングラス越しの真剣な眼光に合う。
『いいか。もしも今後、君が“ドーナツ”を新メニューに加えるのなら……。リング状のドーナツはやめろ。穴(ヴォイド)は虚無だ。作るなら……“ベニエ”だ。穴の開いていない、極めて普通の、四角い揚げ菓子にしなさい』
ガイは神妙な顔つきで、コクコクと頷いた。
『そして、ここからが重要だ。生地にバゲットの屑や、コーヒーの滓(かす)を混ぜて、食感を出すな! 隠し味だと言って、ジャムやチョコのアンコにカレーを混ぜるな! 揚げ油に、使い古したアロマオイルを混ぜるな! ……分かったな?』
Fはそこで言葉を切り、沈黙した。 腕を組み、じっと前を見つめたまま動かない。数秒間の奇妙な「間」が空く。
シーン……。
その沈黙を「思案の時間を与えられた」と受け取ったガイが、涙を拭いて顔を上げた。
「……了解ッス! 穴なし、ゴミなし、カレーなし……完璧に理解したッス! それじゃあ俺、“衣(ベニエ)揚げ・カレーライス”を作るッス! カレーライスを丸ごと四角い生地で包んで揚げれば、外はサクサク、中はドロドロ! これぞ“ワンハンド・カレー”の革命ッ……」
その瞬間だった。 ホロ画像のFが、突然、鬼の形相で画面の向こうから指を突きつけ、絶叫した。
『違ぁぁぁーーーーうッ!!!』
「うわあっ!?!?」 ガイがその場で飛び上がる。 「な、なんで!? まだ俺、作り方しか言ってないのに!?」
『これは録画だ!! ガイ君!! お前は今! 絶対! 私の言いつけの“隙間”を突いて、斜め上のことを言っただろう!!』
「ひえっ!?」
図星を突かれ、ガイが縮み上がる。
『私の予想が正しければ……お前は今、“カレーを混ぜるな”と言われたから、“カレー自体を生地にする”か、“炭水化物(ライス)を炭水化物(生地)で包む”という暴挙を提案したはずだ!! 違うか!!』
「……エスパーだ……。Fさんはエスパータイプだったんスか……?」
ガクガクと震えるガイをよそに、画面の中のFは肩で息をしていた。
『はぁ……はぁ……。いいか、ガイ君。“普通”だ。小麦粉を練り、発酵させ、新しい油で揚げ、砂糖をまぶす。それ以外の工程を一切挟むな!! “工夫”をするな! “閃く”な! “思いつく”な!! お前のアイデアは、全てが“事故”への入り口だと思え!! “揚げパン”を齧(かじ)って、中からスパイシーな“泥”が出てくる恐怖を、客に味わわせるな!!』
「ギャハハハ! あんたの負けだガイ! あの人はお前の脳味噌の中身までお見通しってわけだ!」
マードックが腹を抱えて爆笑し、他の面々も苦笑いを浮かべる。
ホロ画像のFは、乱れた息を整え、再び元の「悲劇の英雄」のような表情に戻った。
『……ふぅ。言いたいことは、以上だ。これでようやく安心して旅立てる』
Fの声が、少しだけ優しくなる。
『……いつか、どこかの街角で……“普通のベニエ”を出す店を見つけたら、思い出してくれ。 ……そろそろ時間だ。探さないでくれ。特にマダム! マダムユカリ! お前は絶対に私を探すな!』
一瞬の溜め。Fの口元が、皮肉っぽく、しかし穏やかに緩んだ。
『……さらばだ。私の愛した、混沌なるカロス! Au revoir!』
Fが目の前にあるであろうスイッチに手を伸ばす。 彼の背後で、合成されたホロ画像の夕日が、燃えるように赤く煌めいた。
プツン。
映像が途切れる。
ロビーには、静寂と、爆笑するマードックの声だけが残った。
「……すげぇや。最後まで、敵わないッスね……Fさんには」 ガイは、まだ熱を帯びているホロキャスターを握りしめ、涙を拭ってニカっと笑った。
「よーし! 見ててくれ! 俺、作るッスよ! 言いつけ通り、世界一ふつうの、最高に美味いベニエを!」
そう宣言し、拳を握る。だが、その瞳にはまたしても怪しい光が宿っていた。
「……でも、普通の砂糖だけじゃ、Fさんのインパクトに負けちゃうッスからね。隠し味に、“Fさんのほとばしる情熱”として……生地の中に“粒マスタード”を練り込むくらいは、バレないッスよね?」
ピロン♪
その時、軽快な通知音が鳴った。
「あ、Fさんから追伸のメッセージだ」
ガイが画面を覗き込む。そこには、簡潔にして力強い、太字のテキストが表示されていた。
『追伸:練 り 込 む な』
「ヒェッ!? 見えてる!? どこで見てるんスかFさんーッ!!」
ガイの悲鳴がロビーに響き渡る。
足元ではジガルデ10%が、「もうやめておけ、また怒られるぞ」とでも言うように、呆れた様子で「ワン!」とひと吠えするのだった。
(了)