「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!!   作:をよよ

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ホテルZの優雅なる(?)朝食 〜Mr.Fの食卓〜

記憶を失ったF(フラダリ)と、彼を支える(?)ガイの、ホテルZでの朝食にまつわる一幕です。

「フランス人は何でも液体に浸して食べる」 「イギリス人は味覚が独特」 そんな互いの食文化が最悪の形で核融合を起こしました。

揚げたオレオをカフェオレに沈める事を発端に、マーマイトを塗ったクロワッサンをショコラ・ショーにダイブさせる……。 部屋に充満するのは「蒸れた靴下」のようなバイオハザード級の悪臭。 しかし、二人の味覚はなぜか「感動」に打ち震えていて……?

騒ぎを聞きつけたAZも登場します。 ※キャラ崩壊、飯テロ(物理)、独自の食文化解釈を含みます。何でも許せる方向け。


第2話:残念ですが、ガイが作った料理は激物です

 翌朝。

 テーブルの皿の上には、黒くて香ばしい――いや、焦げ臭い何かが鎮座していた。  ガイが自信満々に差し出した、朝食の試作品だ。

 

『漆黒のビスケット・ベニエ 〜トリュフの風を纏わせて〜』

 

 その実態は、オレオにホットケーキミックスの衣をつけて揚げ、仕上げにトリュフ塩をぶっかけた代物である。

 

「Fさん、今日からよろしくお願いします。イッシュの屋台飯をベースに、カロスの気品を融合させた『イッシュ・エレガンス・スイーツ』です。揚げたチョコクッキーに、トリュフ塩を……」

 

 ガイの説明を聞きながら、Fは目の前の物体を凝視し、完全にフリーズしていた。

 

「……ふむ。見た目は……煤か、はたまた隕石か。これは……本当に食べ物なのか?」

 

 Fはおそるおそる、フォークで揚げたての一塊を突き刺す。サクッ、ジュワッ……という、朝食にはあまりに不穏な音が響いた。  彼はそれを口へ運ぶ。

 

「…………!!!」

 

 数秒の静寂。  直後、Fがテーブルをバンッ! と叩き、勢いよく立ち上がった。

 

「Putain de merde !!(プッタン・ドゥ・メルド!!) なんというクソだ!! なんだこれはああああッ!!!」

 

「ひいっ! す、すみません! やっぱりマズかっ……」

 

 悲鳴を上げるガイを遮り、Fは恍惚と怒りが入り混じったカオスな表情でまくし立てた。

 

「C'est dégueulassement bon !!(吐き気がするほど美味いじゃないか!!) なんだこの暴力的な味は!?」 Fは戦慄していた。 「口に入れた瞬間、砂糖と油の濁流が、理性の堤防を『Merde(クソ)』と言い放ちながら決壊させていく!!」

 

「えっ、褒めてる……んですか?」

 

「聞きなさい、ガイ!」

 

 Fはワイン評論家のような優雅な手つきで、揚げオレオを空にかざした。逆光を受け、油ギッシュな黒い塊が神々しく輝く。

 

「最初のノートは下品(Vulgaire)!! イッシュ的な砂糖の甘さが、恥じらいもなく舌を殴りつけてくる! だが、その直後に鼻に抜けるこの香り……トリュフだ!! 工業的な甘さという汚泥の中に咲く、腐葉土の香り!! Bordel(売春宿)のような混沌(カオス)! 最悪の組み合わせだ! だが、それが脳髄を痺れさせる!!」

 

 言い終わるや否や、Fはガツガツと野獣のように揚げオレオを貪り食い始めた。口の周りはココアと油と粉まみれだ。美の追求者の見る影もない。

 

「油ギッシュで、重くて、繊細さのかけらもない!! まさに『Nom de Dieu(神の名において)』、許されざる味だ!! ……ガイ!! Encore(おかわり)だ!! 今すぐに!! カフェオレもな!!」

 

「は、はいっ! 揚げたてあります!」

 

 数分後。  追加の山盛り揚げオレオと、F専用の巨大なカフェオレ用ボウル(生温いカフェオレ入り)が運ばれてきた。

 

「待っていたぞ……。さて、このままでは喉が焼けるほど甘い。調和(ハーモニー)が必要だ」

 

 目が血走ったFは、揚げたて熱々のオレオを鷲掴みにすると、青白い膜が張った生温いカフェオレが入ったボウルへ、迷いなく近づけた。

 

「あ、Fさん? それカフェオレですよ? ミルクティーとかじゃなくて、牛乳たっぷりの……」

 

「ボチャっとな」

 

 ドボン、という鈍い音。  油まみれの黒い塊が、白い液体に沈められる。カフェオレの表面に、瞬時にギトギトの油膜と、溶け出した衣のカスが広がっていく。地獄絵図だ。

 

「うわああああああ!! 何してんすかァァァーーッ!!」

 

 ガイが絶叫するが、Fは平然と、グズグズに崩れたそれをスプーンで掬い上げた。

 

「何だと? これこそがマリアージュだ」

 

「汚ねぇーーッ!! 揚げ物を! しかもチョコ味の! トリュフかかったやつを! ぬるい牛乳に突っ込むなんて正気ですか!? 油浮いてますよ!? 虹色に光ってますよ!?」

 

 Fはガイの悲鳴など意に介さず、ズルズル、ジュルル……と不快な音を立ててそれをすすった。

 

「……んん〜〜っ。Formidable(素晴らしい)……」 Fはうっとりと吐息を漏らす。 「衣のカリカリがふやけて、スポンジのようにぬるいミルクを吸い込んでいる……。トリュフの土臭さが、乳脂肪のまろやかさに包まれ、口の中でオレオ粥となってとろける……。ガイ、君もやってみたまえ。これはもはや食事ではない。背徳(Péché)という名の儀式だ」

 

「絶対に嫌です!! カロス人の誇りはどこに行ったんですか!! フランスパン・スムージーでブチ切れてた人がやっていい行為じゃないですよ!!」

 

 その言葉に反応し、Fはカフェオレでドロドロになった黒い塊を、震える手で掲げながら食って掛かった。黒い雫が周囲にブンブン飛び散る。

 

「黙りたまえ、ガイ!! 浅はかな!! 君には、私が施したこの『慈悲』が見えないのか!?」

 

 ここから、いつもの熱血フラダリモードが始まった。

 

「見ろ、この哀れな黒い塊を! これは元々、乾いて、硬くて、ただ砂糖と油で喉を傷つけるだけの野蛮な石ころだった……。その孤独な魂を、私が!! カロスの伝統である白い慈愛(※生温いカフェオレ)で優しく抱きしめ、ふやかし、一体化させることで……口の中で儚く消えゆくとろける宝石へと昇華(サブリマシオン)させてやったのだぞ!!」

 

「……」

 

「私は汚したのではない! この下品な異国の菓子を、カロスの流儀で食べられる芸術に教育してやったのだ!! これは食事ではない! 救済だ!! 感謝こそすれ、貴様に止められる筋合いはないッ!!」

 

 ブワッ!!

 

 Fの咆哮と共に、ミルクとチョコが織りなす白と黒のマーブル状の飛沫――粘着質なそれらが、口から扇状に拡散した。  真正面にいたガイは、それを顔面でまともに受け止めてしまった。

 

「……(救済って、ベトベトするんですね)……」

 

 ガイは無言で顔を拭った。

 

 ◇

 

 その後、とても活発な意見交換(議題:朝食ではナニをナニに浸すか?)が行われた。 「甘い」と「しょっぱい」の論争の果てに、Fが「ガラルで話題の塩チョコの原理だ」と狂った提案をし、ガイがそれに乗る事で、一定の結論に至る事ができた。

 

 

《両者が達した一定の結論(?)》

「たっぷりのマーマイト(塩辛い酵母)とバターを塗ったクロワッサン」を、「甘くて濃厚なショコラ・ショー(ホットチョコレート)」に浸す。

 

 

「……本気ですか? マーマイトはトーストに塗るものです。バターたっぷりのクロワッサンに塗るなんて、脂っこすぎて吐きますよ? しかもそれを、チョコのスープに……?」

 

 さすがのガイも顔色が青ざめている。だが、Fの目は完全に据わっていた。

 

「……やるしかない。カロスの誇りであるクロワッサンを、ガラルのヘドロで汚し、さらに甘い泥沼に沈める。これが、我々の平和条約だ」

 

「……いきますよ」

 

「……ボチャっとな」

 

 ゴクリと生唾を飲み込み、二人同時に、黒いペーストが塗られたクロワッサンを熱々のココアに沈めた。  チョコの熱でバターとマーマイトが溶け出し、ココアの表面に不気味な黒と黄色の油膜が広がっていく。

 

「……見ろ。地獄の釜のような色だ」

 

 ドロドロになったそれを、二人は震える手で同時に口へ運ぶ。

 

「…………(ハムッ)」

 

「…………(ジュルッ)」

 

 数秒の静寂。  口の中で、マーマイトの強烈な塩気と酵母の旨味が、チョコレートの砂糖とカカオマスに殴りかかり、バターが全ての仲裁に入って爆発した。  そして絶叫が訪れた。

 

「NOOOOOOOOOOON !!! 嫌だああああああ!!!」

 

 Fが頭を抱えて絶叫する。

 

「WHY IS IT SO TASTYYYYYY !!?? なんで美味いんだよオオオオ!!!」

 

 ガイも頭を抱えて絶叫した。

 

「C'est dégueulassement divin !! おぞましいのに神々しい!!」  Fは涙目でテーブルを叩いた。「なんだこれは!? 脳がバグる!! マーマイトの腐ったような塩気が、ショコラの甘みを極限まで引き立てている!! 塩キャラメを超えた、『UMAMIキャラメル』だ!! 悔しい!! 舌が……私の舌が、この汚物を求めて止まらない!!」

 

「うわあああ! 母さんごめん!! トーストよりクロワッサンの方が合うよこれ!!」  ガイも泣きながら貪り食っている。「バターの層にチョコが染み込んで、ジュワジュワで……気持ち悪いのにめちゃくちゃ美味い!! とまんないよぉおお!!」

 

「Merde(クソ)!! Putain(畜生)!! Encore(おかわり)だガイ!! マーマイトの瓶を持ってこい!! 私のプライドなど、この甘じょっぱい悪魔にくれてやる!!」

 

「Fさん、口の周りがチョコと酵母でドロドロですよ!! ……僕もだけど!!」

 

 ホテルZのロビー兼食堂は、涙目で「臭い、美味い、臭い」と呟きながら黒いドロドロの物体を口に運び続ける、魔の空間と化していた。換気扇はとうの昔に死んでいる。

 

 そこに、バァン! と勢いよくドアが開き、新たな犠牲者――いや、殉職者たちが現われた。

 

「おっはよーございまーす! さあ、今日も朝からバシッとストレッチして……ぶべらっ!!?」

 

 デウロは部屋に一歩踏み込んだ瞬間、目に見えない壁にぶつかったかのように仰け反った。そのままムーンウォークで後退し、鼻を押さえる。

 

「臭っっっさ!!! 何これ!? え、待って待って! 下水管が破裂して、その中で綿菓子屋さんが爆発したみたいな臭いする! 鼻の粘膜が! 鼻の奥の筋肉が痙攣してるんですけど!?」

 

「おはよ……ボク、カナリィの配信のアーカイブを見直しててさ、徹夜しちゃっ……ぐふっ!!」

 

 続いて入ってきたピュールの顔色が、瞬時に土気色に変わった。  彼は慌ててシャツの襟で鼻と口を覆い隠す。

 

「……なに、この暴力は。ボクの繊細なセンサーが危険信号(アラート)出してるよ。これは……夏のメトロ4号線の満員電車に、腐ったキャラメル工場を突っ込んだような……『美的じゃない(パ・エステティック)』にも程があるよ!!」

 

 二人は、部屋の中央で死んだ魚のような目をしながら、黒い物体を貪るFとガイを発見した。

 

「え……ウソでしょ? ガイとおっさんが……それ、食べてるの? ウン●じゃないよね!? 絶対に違うと言って!!」

 

 

「ひっ、ビジュアルが最悪だ……」 ピュールが震え上がった。 「黒と黄色が混ざったドロドロの液体……。ボクがやってるゲームの『毒沼(ポワゾン・マレ)』そのものじゃないか。HPが減るよ? 食べてるそばからスリップダメージ受けてる顔してるよ!?」

 

 虚ろな目のFが、ゆっくりと振り返る。 「……おお、未来ある若者達よ。来るな……ここは戦場だ。だが……美味いんだ(ジュルッ)」

 

「デウロ、ピュール……助けて……」ガイが泣きながら懇願する。「脳が『吐き出せ』って命令してるのに、舌が『飲み込め』って叫ぶんだ……誰か……誰か僕の口を縫い合わせてくれぇぇ!!(ハムハムッ)」

 

「ホラーだよ!! ゾンビ映画のオープニングじゃん!! なんで泣きながら食べてんの!?」

 

「ステータスが味覚の暴走状態だ……。ダメだ、ボクもう無理。この空間にいるだけで服に呪いの臭いが染み付く……。バフが付与されている服でも、この臭いがついたらデバフ扱いだよ……」

 

 デウロとピュールは、あまりの悪臭と異様な光景に耐えきれず、部屋の隅で互いに抱き合いながら悶絶した。

 

「うぅ……鼻が曲がるぅ……ステップ踏めないよぉ……」

 

「ボクの……ボクの清々しい朝を返して……」

 

 ギギギ……。  そこへ、重い扉が開く音と共に、3メートルの巨体が鼻をひくつかせながら入ってきた。

 

「……ぬぅ」

 

 AZだ。

 

「……懐かしい香りだ。この、鼻腔の奥底を直接『腐敗』で撫で回されるような感覚……。まさか、現代で貴噴石の錬成に成功した者がいるとはな」

 

「えっ、AZさん!? あ、いや、これ料理失敗したわけじゃなくて……!」

 

「どれ……」

 

 AZが、テーブルの上の「地獄色の液体」と「ドロドロのクロワッサン」に顔を近づける。そして、深く、深く息を吸い込んだ。

 

 ズゥゥゥーーーーーッ……。

 

 掃除機のような凄まじい吸引音に、Fとガイは固まった。

 AZはゆっくりと顔を上げると、寂しそうに首を横に振った。

 

「……ふむ。浅いな」

 

「「……は?」」

 

 AZは遠い目をしていた。 「芳香(アロマ)の立ち上がりが、あまりに上品すぎる。これではただの夏の終わりの生ゴミだ。あの味は……こう、もっと内臓が捩(よじ)れるような重厚なえぐみと、三日三晩放置した戦場のような刺激がなければならんのだが……。惜しいな。まだフレッシュ(新鮮)すぎる」

 

「「…………!!!!」」

 

 Fとガイはカッ! と目を剥いた。

 

「……やはり、失われた味は戻らんか。もう少し熟成させてから呼んでくれ……」

 

 AZが悲しげに去った後、静寂が訪れる。  しかし、Fとガイの目には、狂気にも似た達成感の炎が宿っていた。彼らはAZの「懐かしい」「まだフレッシュ(物足りない)」という言葉を、とんでもない方向にポジティブ解釈してしまったのだ。

 

「……聞いたか、ガイ。あの三千年の時を生きる王が、『懐かしい』と言ったぞ」

 

 Fが感動に打ち震えながら言う。

 

「はい……! 聞きました! 僕の母さんの『ガラル・メシマズ料理』が、まさか古代カロスの王侯貴族の珍味に通じていたなんて……!!」

 

 ガイも鼻水をぬぐいながら頷いた。

 Fが立ち上がり、演説モードへと移行する。

 

「これは発見だ!! 我々は偶然にも、歴史の闇に埋もれた幻のロイヤル・ブレックファストを現代に蘇らせてしまったのだ!! これは……売れるぞ!!」

 

「やりましょうFさん!! ホテルZの起死回生の看板メニューです!! 『王の目覚め 〜AZ風・黒の衝撃〜』、ワンプレート1500円でどうですか!?」

 

「安い!! 3000円だ!! この崇高な悪臭を理解できる選ばれし客だけを招き入れるのだ!! ガイ、すぐにマーマイトを業務用サイズで発注しろ!! 私は厨房で、さらにバターとチョコを腐敗……いや、熟成させる方法を考える!!」

 

 その瞬間、部屋の隅で瀕死になっていたデウロとピュールが、残りの体力を振り絞って飛び出した。

 

「「ちょっと待ったァァァァーーッ!!!」」

 

 デウロがガイにタックルして羽交い締めにする。

 

「正気かあんたたち!? 何が『王の目覚め』よ!! 『客の永眠』になるわよ!! こんな臭いの料理出したら、ホテルの前を通る人が全員ガスマスク被ることになるのよ!?」

 

「離してよデウロ! AZさんは懐かしいって言ったんだ! もっと熟成させれば、歴史的発見なんだよぉ!!」

 

「あの人は三千年生きて鼻がイカれてんの!! 現代人の軟弱な鼻じゃ、即死レベルなの!!」

 

 ピュールはFの足にすがりついた。

 

「おじさん! お願いだから落ち着いて!! 『Pokegleマップ』の口コミが炎上するよ!! 『星1つ:下水管が爆発した味がする』『星1つ:バイオテロの拠点はここですか?』って書かれて、保健所と警察が同時に来る未来しか見えないよ!!」

 

 Fは冷ややかな目でピュールを見下ろした。

 

「……ピュールといったか。若人よ、凡人には理解できぬ『前衛(アバンギャルド)』というものがある。この香りは、カロスの歴史そのもの……」

 

「ノン!! 断じてノン!! これはアバンギャルドじゃない、ただの『公害(ポリュシオン)』!! ボクたちの服も、壁紙も、全部この『蒸れた靴下臭』が染み付いて、リセマラ不可になっちゃうんだよ!? オシャレなカフェオレボウルで毒物を作るのはやめてーーッ!!」

 

「ええい、離せ!! 私は『究極の美』への扉を開けたのだ!!」

 

「僕もだ!! 母さんの汚名は僕が晴らす!!」

 

「黙って普通のパン食え!! 美味いから!!」

 

「悪霊退散!! 悪臭退散!! 僕等の平穏な朝を返えせぇえええええーーッ!!」

 

 ピュールが窓を全開にし、消臭スプレーを乱射する。

 こうして、ホテルZの幻の新メニュー案は、若者たちの必死の防衛戦によって、永久に封印されたのだった。

 

 ◇

 

 あの「地獄の朝食事件」から数日後。

 

 強烈な換気と消臭により、ようやくホテルZの空気は正常に戻っていた。  しかし、Fだけはまだあの「冒涜的な味と香り」の余韻に浸っており、時折うっとりとした顔で虚空を見つめていた。

 

「……ふぅ。今日の空気は綺麗だが……物足りないな……。あの日のような、鼻腔を焼き尽くす生命の爆発(※バイオハザード臭)を感じない……」

 

 窓辺で優雅にコーヒーを飲むその姿を、デウロとピュールが遠巻きに眺めていた。

 

「ねえピュール。あのおっさん、まだ言ってるよ。あのドブみたいな臭いを『生命の爆発』とか言っちゃって……絶対ヤバいって」

 

「……ボク、わかったよ。エフさんの『F』が、何の名前か」

 

 ピュールはスマホをいじりながら冷めた目で言った。

 

「え? フランスパンの『F』でしょ?」

 

「ノン。それは表向きの名前さ。あんな『劇物』を食べて、あんなにウットリできるなんて、常人の神経回路じゃないよ。彼はね……」

 

 ピュールは、Fには見えないように指差した。

 

「『フェチ(変態)』のFだよ」

 

「……フェチ!?」

 

 デウロがあんぐりと口を開ける。

 

「そう。ただの美食家じゃない。彼は、臭ければ臭いほど、不味ければ不味いほど興奮する、『ハードコア・フェチ(ど変態)』なんだ……」

 

「うわぁ……ドン引き。イケオジ風なのに中身は変なオジサンっていうコト!?」

 

 二人の視線に気づき、Fが爽やかに振り返った。

 

「ん? どうした二人とも。私の顔に何かついているかね?」

 

「「ノン! ムッシュ・フェチ!!」」

 

 息ピッタリの若者たちに、Fは首を傾げた。

 

「??? ……ふん、今日も若者たちは元気だな」

 

 厨房から顔を出したガイも首をかしげている。

 

「(今の……もしかしてディスられてないか……? まあいいや、Fさんが幸せなら……)」

 

 その傍の影から、ぬぅっとAZが現れた。  彼は消臭されて綺麗になった部屋の空気を吸い込み、底知れぬ落胆を吐き捨てた。

 

「……『ムッシュ・フェチ』、か。……買いかぶりだな」

 

 AZはスゥーーーッ……と、消臭スプレーで浄化された無臭の空気を吸い込み、悲しげに首を振った。

 

「本物の『変態』ならば、あの高貴なる腐臭を……せめてあと三百年は、この部屋に閉じ込めておくはずだ……実に嘆かわしい……」

 

(基準がおかしい!!!)

 

 デウロとピュールの心のツッコミが重なった。

 

 こうしてFは、MZ団の間では「ムッシュ・フェチ(変態おじさん)」という、不名誉極まりない裏ネームで呼ばれることになったのである。

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