「フレア団以外のみなさん、残念ですが、こんにちは」生き残っちゃったみたいなので、全力で美の追求をしたらこうなった。(どうしてこうなった? 繰り返す。どうしてこうなった!!)美しくなぁぁぁぁぁいい!!! 作:をよよ
かつてカロスを震撼させた男、今は穏やかなF(フラダリ)。 そんな彼のもとに、衣装作りに悩むMZ団の少年(ピュール)が相談した結果、ミアレシティにとんでもない悲劇(喜劇)が巻き起こる話。
「ミシンが使えない? ならば私が作りましょう」
「ね? 簡単でしょう?(超絶技巧)」
「※バグではありません。仕様です」
Fの善意と技術力が、ピュールのドジと化学反応を起こして爆発するコメディです。
最終的にピュールのキャリア形成には繋がったのでヨシ!
※基本はずっとギャグです。
※Fがノリノリでマッドサイエンティストしています。
深夜のミアレシティ。 本来ならば静寂と優雅さが支配するはずの高級ホテル『ホテルZ』のロビー。だが今夜、その一角にあるソファスペースだけが、この世ならざる異質な空気を放っていた。
高級な絨毯の上には、山積みになった安物の蛍光色の布。散乱する糸くず。 その中心で、指を絆創膏だらけにした少年・ピュールが、充血した目で一心不乱に針を動かしていた。
「……右袖よし、左袖よし……あ、糸が切れた……うぅ……」
ピュールはうわ言のように呟きながら、震える手で糸を通そうとする。
「あと四十八着……あと十時間……いけるか? いや、死ぬ……でもやらなきゃ……カナリィちゃんが僕を見てる……」
限界を迎えた首を回し、ピュールは涙目で天井を仰いだ。
「服だけじゃないんだ……。本当はこの後、みんなでオタ芸の合わせ練習もしなきゃいけないのに、これじゃ絶対間に合わない……。練習しなきゃ、動きが揃わなくてバラバラになっちゃうよぉ……。カナリィちゃんに笑われちゃう……」
絶望に打ちひしがれるピュール。 そこへ、エレベーターホールの方から優雅な足音が近づいてきた。
シルクのパジャマの上に高級なガウンを羽織り、湯気の立つハーブティーのカップを片手に持った巨躯――Fである。彼は夜更けのロビーに溜まった淀みを見つけ、眉をひそめた。
「……おや。随分と美しくない澱が溜まっていると思えば……」
Fはピュールの前で足を止め、興味深そうに見下ろした。
「MZ団の少年か。……まるで終焉の洞窟の最深部で、光を奪われたジガルデのような顔色だ。君の瞳から、希望という名の輝きが失われている」
「ひっ!?」
頭上から降ってきた重厚な声に、ピュールはビクッとして顔を上げた。
「あ、え、ええと……Fさん? す、すみません、汚して……すぐ片付けますから……」
「謝罪は不要だ。だが、質問は必要だ」
Fはカップから立ち上る香りを楽しみながら、冷徹な視線を投げかけた。
「……なぜ、文明の利器(ミシン)を使わず、原始的な手縫いで、その……目に痛い色彩の布と格闘しているのです?」
Fが指先で蛍光色の布をつまみ上げる。その仕草は、まるで汚染物質を扱うかのようだった。
「うぅ……それが……」
ピュールは視線を泳がせながら、力なく事情を説明した。 明日のカナリィの対面ライブで、ファン同士でお揃いの衣装を着ようと盛り上がったこと。そして調子に乗って「僕が全員分デザインして作るよ!」と安請け合いしてしまったこと。
「ほう。情熱(パッション)は評価しよう。だが、計画性(ロジック)が破綻している」
「ミシンがあれば何とかなったかもしれないんですけど……持ってなくて……」
ピュールは俯き、古傷をえぐられるような顔をした。
「昔、デザイナーになりたいって言ったら、ばあちゃんに『男が服なんて!』って、愛用してたミシンを窓から投げ捨てられて……それ以来、トラウマで買えなくて……」
その瞬間、Fの表情が一変した。 穏やかな紳士の微笑みが消え、その瞳に鋭く、危険な眼光が宿る。
「……なんだと?」
「え?」
「『道具を捨てる』だと? 創造のための翼を、無理解という名の暴力でへし折ったというのか? ……許せない」
カチャリ。 Fがティーカップをサイドテーブルに置く音が、ロビーに重く響いた。
「可能性の芽を摘む行為……それこそが、この世界を醜くする最大の要因だ。……少年、退きたまえ」
「え? Fさ、さん?」
「君のその、血の滲んだ指先……。その痛みは尊いが、効率としては最悪だ。私が是正する」
Fは懐から、万年筆型の携帯用マルチツールと、小型のスキャナのようなデバイスを取り出した。 そして、その視線をロビーの隅へと走らせる。
「そこにホテルの清掃用ロボット(ロトム入り)と、廃棄予定だった旧式のエレベーターの制御基板があるね? ……借りるぞ」
「えっ!? ちょ、それホテルの備品……!」
ピュールの制止など耳に入らない。Fは裂帛の気合を発した。
「Rrrraaaaaarrrggghhh!!!」
突然、Fの腕が残像を残すほどの速度で動き出した。 清掃ロボットを瞬時に分解し、基板を配線し直すと、持っていたツールで金属を溶接していく。バチバチと火花が散り、高級ホテルのロビーに香ばしい金属臭が漂い始めた。
「……は? ……速っ!? 何その動き!?」
ポカーンと口を開けるピュールをよそに、Fは作業しながら高速で持論を展開する。
「服とは! 第二の皮膚! ならばそれを生み出す機械は、母なる胎内でなければならない! 必要なのは『縫う』機能ではない! 着用者の魂を形にする『構築(ビルド)』の機能だ!! ……よし、冷却完了!!」
ドォォォン!! 重低音と共に、奇怪なフォルムの機械がテーブルの上に鎮座した。複数のアームと、怪しく光る赤いレンズがついたそれは、もはやミシンというより兵器に近い。
Fは額の汗をハンカチで拭うと、何事もなかったかのように穏やかな紳士に戻った。
「……お待たせしました」
「……えっと……これは?」
「『Soubaya-Qu-Auriaguere-Alpha (スバヤ・ク・オリアゲール α版)』です。これさえあれば、残り四十八着など、瞬きの間に終わるでしょう」
ピュールは目の前の怪物を見つめた。
「……なんか、すごい威圧感……。でも、ありがとうございます! これでカナリィちゃんのライブに間に合う!! Fさん、一生ついていきます!!」
「礼には及びません。さあ、起動しなさい。安心していいですよ」
Fは聖人のような満面の笑みで、ピュールの肩に手を置いた。
「ユーザーインターフェースは極限まで簡略化しました。誰にでも、そう、呼吸をするように簡単に操作できるよう設計しておきましたからね」
(Fさんの言う『誰でも』って、一般人のことだよね?)
一抹の不安を抱きつつ、ピュールはおそるおそる空中に投影されたホログラムパネルに指を伸ばした。
「よ、よし……起動! スイッチ、オン!」
『START』ボタンをタップする。
『ブブーッ!!』 『ERROR 404: Input Data Not Found / Artistic Soul Missing』
けたたましい拒絶音が鳴り響いた。
「へ!? エラー!? なんで!? ボタン押しただけなのに!」
「おや。おかしいですね」
Fは優雅に紅茶を啜った。
「操作フローは極限まで簡略化したはずですが」
「動かないですよFさん! 『入力データがありません』って……」
「ああ、それは当然です。作る服のデータを入力していないのですから。そこに、作りたい服の完全三面図と、完成イメージのデッサン画をスキャンさせるだけですよ?」
「……はい?」
「ですから、三面図とデッサン画です。基本中の基本でしょう?」
「いやいやいや!」
ピュールは顔を引きつらせた。
「僕、服飾の専門学校生じゃないですよ!? ただのポケモントレーナーですよ!? そんな設計図描けるわけないじゃないですか!」
Fは心底不思議そうに首を傾げた。
「……? 描けない? なぜです? 脳内にあるイメージを、ただ手を通して出力するだけのこと。呼吸をするより簡単ですが」
「それが一番難しいんですってば!!」
「やれやれ……。では、デモンストレーションといきましょう。百聞は一見に如かずだ」
Fは立ち上がると、ピュールの手元にあった『ビッグカナリィぬい(高さ50cm)』をひょいと持ち上げ、台座に置いた。
「題材はこの、いささかデフォルメが過ぎるぬいぐるみでいいでしょう。……見ていなさい」
Fはタッチペンを手に取ると、ホログラムキャンバスに向き合った。その瞬間、彼の背後に圧倒的な美のオーラが立ち昇る。
「いいですか、少年。迷ってはいけない。対象を捉えたら……」
Fの手が超高速で動き始めた。
「まず輪郭を……シュッ!! と捉えて!」
一瞬で正確無比なアウトラインが引かれる。
「構造線を、ここで……ガッ!! と引く! 躊躇してはダメだ! ここは布の柔らかさを出すために……ビビビッ!! と筆を走らせて……」
「は、速い……! ていうか擬音が多い!!」
「そして仕上げだ! 光の入射角を計算し、反射を……キュピーン!!」
Fがペンを止めると同時に、画面上には実物よりも質感がリアルな、写真と見紛うばかりの『ビッグカナリィぬい』のデッサン画と、ドラフターで作図した様な完璧な設計図が表示されていた。
Fはペンを置き、慈愛に満ちた笑顔でピュールを振り返った。
「……ね? 簡単でしょう?」
ピュールは白目を剥いて硬直していたが、数秒後、正気を取り戻して絶叫した。
「そうはならんやろぉぉぉッ!!!」
「な、何ですか今の!? 『シュッ』で『ガッ』で『キュピーン』って!! 魔法!? 今の魔法ですよね!?」
Fはキョトンとしている。
「ただの描画技術(テクニック)です。……おや、君の顔色は先ほどより優れない。そんなに感動しましたか?」
「絶望してるんです!! 僕の画力は小学生レベルなんですよ!? ミシン使うのにレオナルド・ダ・ヴィンチ級のスキルが必要だなんて聞いてないですよぉぉ!!」
「……やれやれ」
Fは深いため息をついた。
「どうやら君には、道具を使う以前の『視る力』が欠落しているようだ。……残り時間は?」
「あと……九時間くらい……」
「……十分だ。私が直接、君の脳と腕に『美の回路』を焼き付けてあげましょう」
Fの目が、怪しく、そして熱く光った。
「え……? いやな予感が……」
「スパルタですよ。……ついてきなさい!!」
***
深夜二時。
ホテルZのロビーの一角は、もはや優雅な休憩所ではなかった。 ホテルの会議室から勝手に借りてきたホワイトボードが林立し、ピュールの足元には無数の失敗したクロッキー帳が散乱している。 Fはガウンを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくり上げている。彼の瞳には、かつて世界を変えようとした時と同じ、危険な情熱の炎が宿っていた。
「Non!!!」
Fがホワイトボードを指し棒でバァン! と叩く。
「ひぃぃっ!!」
「違う! 全く違う!! 少年、君の目は節穴か!? 君が描いているのは『服』ではない! 君の脳内にある『服っぽい記号』を紙に貼り付けているだけだ!!」
「だってぇ! カナリィちゃんの衣装はフリルがこう、フワッとなってるんですよ!?」
「その『フワッ』が甘えだと言っている!!」
Fはピュールのスケッチブックを奪い取り、木炭で力強く修正を加えた。
「いいか少年! 世界のあらゆる物質は、これら三つの基本形態に還元される!!」
Fはホワイトボードに幾何学図形を暴力的な速度で叩きつける。
「『円錐』!! 『円柱』!! 『四面体』!! この三つだ!! カナリィのスカート? それは重力の影響を受けた『円錐』の変形に過ぎない! 袖? それは関節で曲がった『円柱』だ! 構造(ストラクチャー)を理解せずして、表面の飾りを描こうなど言語道断!!」
「ばあちゃんより厳しいよぉ……! 僕、ただ可愛く描きたいだけなのにぃ……」
「黙らっしゃい!!」
Fはピュールの顔の目の前に、銀色のティーポットを突きつけた。
「見ろ! この曲面に映る歪んだ自分の顔を! 光がどこから来て、どこへ反射している!? 影の中にこそ光がある! コントラスト(対比)だ! 世界は光と影の面で構成されている!!」
「わ、わかんないよぉ!」
「輪郭線を描くなァァァッ!!! 自然界に輪郭線など存在しない!! あるのは『色』と『面』の境界線だけだ!! なぜ君はすぐに線を引きたがるんだ! それは逃げだぞ!!」
ピュールは半泣きで木炭を握りしめた。
「うぅぅ……くそぉ……! 輪郭線なしで……面で……面で捉える……!」
***
深夜三時、四時……。
ロビーには、紙を擦る音と、Fの檄だけが響く。
「もっと速く! 対象が動く前に本質を掴め! 君の眼はカメラのシャッターだ!」
「甘い! その円柱のパースは狂っている! 消失点を意識しろ!」
「そうだ! そこで迷うな! ガッ! と塗り込め!」
ピュールの顔も手も、木炭と自分の涙と鼻水で真っ黒になっている。しかし、その目に次第に異様な集中力が宿り始めていた。
「……スカートは円錐……フリルは波状の面の集合体……ここに光源があるから、影はここ落ちる……」
ブツブツと呟くピュールを、Fは腕組みをして背後から見守る。
「……ふむ。悪くない集中力だ。……だが、まだ『魂』が足りない」
Fはおもむろにスマホを取り出し、カナリィの楽曲を大音量で流し始めた。
「えっ!? 『恋するメガシンカ』!?」
「思い出せ! 君がなぜ描くのか! 君の情熱の源泉(ソース)はどこにある!? この曲を聴いて高まる血流を、そのまま指先に伝えろ!! 描け! 叫ぶように描くんだ!!」
「うおおおおお!! カナリィちゃぁぁぁん!! 見えた! 見えたよ! 君の服の構造(ワイヤーフレーム)が!!」
***
夜明け前。
朝日がロビーに差し込み始めた頃、ピュールは灰のように真っ白になって床に崩れ落ちた。
「……で、できた……」
その手から一枚のスケッチブックが滑り落ちる。 Fはゆっくりとそれを拾い上げた。
そこには、以前の落書きのような絵とは別次元の、鬼気迫る筆致で描かれた衣装のデッサンがあった。 線ではなく、光と影の面で構成されたその絵は、まるでそこにあるかのような実在感を放っている。
「……ほう」
Fの口元がわずかに緩む。
「……円錐のねじれ、素材の質感、そして何より……狂気的なまでの『執着』。……合格(パルフェ)だ。これならシステムも誤認しないでしょう」
ピュールは床に突っ伏したまま、プルプルと親指を立てた。
「さあ、寝ている暇はありませんよ。入力(インプット)の時間だ」
***
早朝。窓から眩しい朝日が差し込んでいる。 ピュールは徹夜の疲労と達成感でハイになっており、フラフラと機械の前へ歩み寄った。手には、魂を削って描いた「奇跡の一枚(デッサン画)」が握りしめられている。
「……頼む……! 認識してくれ……!」
震える手でデッサンと三面図をスキャナにセットし、『START』ボタンをタップした。
『Scanning... Analysis Complete.』 『Artistic Integrity: 98% - High Quality Detected.』 『Manufacturing Sequence: START』
「……美しい。機械が君の魂(ソウル)を受け入れた瞬間だ」
Fが満足げに頷いた瞬間、巨大ミシンが唸りを上げた。
『ズダダダダダダダダダッ!!!』
目にも止まらぬ速さで、アームが布を裁断し、縫い合わせ、刺繍を施していく。まるで早送り映像を見ているかのような爆速生産だ。
「は、速えええええ!! さっきまでの僕の手縫いは何だったの!?」
「言ったでしょう? 必要なのは『時間』ではなく『効率』だと。四十八人分など、カップ麺が出来上がるより早く終わりますよ」
『Process Completed.』
プシューッという排気音と共に、美しく折り畳まれた四十八着の衣装と、一際豪華な一着の衣装が排出された。
「すげえ……完璧だ……! 素材も安物なのに、シルクみたいになってる……! ありがとうFさん! これで皆に顔向けできるよぉ……」
ピュールは衣装を手に取り、頬ずりして涙を流した。
「礼には及びません。……ああ、そういえば少年。ヒアリングの際に言っていましたね」
「え? 何をですか?」
「『練習時間がなくて、皆のオタ芸の動きがバラバラで困る』と。……私はその問題を『非機能要件』として受理し、解決策(ソリューション)を実装しておきました」
「非機能……? え、何かしてくれたんですか?」
Fは不敵な笑みを浮かべ、豪華な方の衣装を指差した。
「それが君の着る『マスタースーツ』。残りの四十八着が『スレーブスーツ』です。このスーツの繊維には、マイクロ導電糸による『強制同期(シンクロ)システム』が織り込まれています」
「シンクロ……?」
「原理は実に簡単です。マスターである君が右手を上げれば、信号が送信され、スレーブスーツを着た四十八人の右腕も『自動的に』上がる。君が回れば、全員が回る。つまり、君さえ完璧に踊れば、全員が一糸乱れぬ完璧なユニゾンを披露できるのです!!」
「……え?」
徹夜明けの朦朧とした頭で、ピュールは言葉を反芻する。
「それって……練習しなくても、僕に合わせて勝手に皆が動くってこと?」
「Oui! その通りです! 個々の未熟な意思など不要! 必要なのは『指導者(リーダー)への絶対服従』による調和のみ!!」
「す、すげえええ!! 魔法じゃん!!」
思考力が著しく低下しているピュールは、それをポジティブにしか捉えられなかった。
「さすがFさん、神様だ!! これでぶっつけ本番でも、伝説のステージが作れるよ!!」
ピュールは歓喜して荷物をまとめ、会場へと走り出そうとした。だが、ふと足を止めて振り返る。
「あ、でも……。いくら機械が凄くても、僕がセンターで間違えたら終わりなんですよね……。大勢の人前で踊るの、急に緊張してきたなぁ……」
するとFは、紅茶のカップをソーサーに置き、優しく微笑んだ。
「案ずることはありません」
「Fさん……」
「緊張など無意味です。観客など……所詮はゴミ屑……。あるいは、取るに足らない塵芥(ちりあくた)と思えばいいのです」
ピュールは一瞬、耳を疑った。
(あれ? 今すごい暴言をサラッと言わなかった?)
「え、えっと、カボチャとかジャガイモじゃなくて?」
「ええ」
Fは窓の外、広がる街並みへ遠い目を向けた。その瞳には、深い虚無と諦観が宿っている。
「愚かしく、醜く、争いを繰り返すだけのゴミ屑です。そんなものの視線を気にする必要がどこにありますか?」
(……Fさん流の励ましなんだろうな!)
「は、はい! ゴミだと思って堂々と踊ってきます! いってきまーす!!」
ピュールは元気よく返事をすると、会場へと走り出していった。
「ええ、伝説になるでしょうね。……間違いなく」
「行ってきます! 本当にありがとうございましたー!!」
遠ざかる背中を見送りながら、Fは優雅に冷めた紅茶を飲み干した。
「健闘を祈りますよ。……ふふ、美しい朝だ」
だが、Fは分かっていなかった。 ピュールが徹夜明けで足元がおぼつかないこと、そして彼が、世界でも有数の『ドジっ子』であることを……。
***
快晴のミアレシティ。 カナリィの対面ライブ会場は満員御礼の熱気に包まれていた。 ステージ最前列には、F製の揃いの衣装(近未来的なネオンが発光中)に身を包んだピュールと四十八人のファンたちが陣取っている。 Fは会場後方席から、オペラグラス片手に優雅にその様子を見下ろしていた。
「すげえよピュール! この服、着心地最高だ! しかも勝手にポーズが決まる気がする!」
隣のファンが興奮して話しかけてくる。 ピュールは顔色を土気色にし、目の下に濃いクマを作りながらも笑った。
「へへ……Fさんの技術の結晶だからね……。僕が完璧に踊れば、みんなも完璧になるんだ……」
とその時、ピュールを強烈な睡魔が襲い、カクンと膝が折れかけた。
「おっ?」
ファン一同が、全員同じタイミングでカクンと膝を折る。
「い、いけない。意識を保たなきゃ……」
ステージ上の司会者が声を張り上げた。
「お待たせしました! カナリィちゃんの登場です! 曲は新曲『マドモアゼル・サンダー』!!」
大歓声と共にカナリィが登場し、爆音が鳴り響く。
「みんなー! ビリビリしてるー!? いっきまーす!」
「よし、イントロだ! まずは右手を突き上げて……サイリウムを振る!」
ピュールが右手を振り上げた瞬間。
『バッ!!!』
四十九人の腕が、機械的な精密さで同時に振り上げられた。風切り音が聞こえるほどの速度だ。
「わっ、すごい! 揃ってるー!」
カナリィが歌いながら驚く。 後方席のFは満足げに頷いた。
「フッ……美しい。個を捨て、全となる。これこそが秩序だ」
一方、ピュールの意識は限界に達しつつあった。
「……すごい……僕の動きに合わせて……みんなが……。でも……なんか……目が回って……」
徹夜の反動と、炎天下の熱気でピュールの平衡感覚は崩壊した。
「あ……れ……? 足が……もつれ……」
ピュールが右足のステップを踏み損ない、盛大に左足に絡ませた。
『Master Action Detected. Synchronizing...』
システム音声が無慈悲に響く。
「えっ!?」
ファン一同の右足が、強制的に左足に絡まった。
「うわあああっと!!」
ピュールがバランスを崩し、右斜め前に倒れ込む。
「どわあああああ!!」
四十九人が全く同じ角度、同じ速度で右斜め前に倒れた。
ズドォォォォン!!!
重量級のファンも含む四十九人が一斉に地面に叩きつけられ、会場に地響きが起こる。
「い、痛いぃぃ! スネ打ったぁぁ!!」
ピュールが床を転げ回る。
「痛いぃぃぃ!!」
全員が強制的に床を転げ回らされる。 地獄の回転運動(ローリング)の始まりだった。 四十九人の人間が塊となって高速回転し、客席の柵をなぎ倒し、ステージの支柱へ向かっていく。
「えっ、えっ!? みんな大丈夫!? ころがってこないでー!?」
「と、止まらない! 体が勝手に回るぅぅ!! Fさぁぁぁん!! 助けてぇぇぇ!!」
ガシャァァァァァン!!!
人間回転体がステージの鉄骨支柱に激突した。 セットの一部が崩落し、火花が散る。会場はパニックになり、ライブは中断となった。
Fは、手元のタブレット端末の数値を凝視し、わなわなと震えていた。
「……同期遅延0.00秒……パケットロスなし……各サーボモーターの追従率100%……」
(※バグではありません。仕様です。)
Fは顔を上げ、目の前の惨状――瓦礫と埃の中で、まだピクピクと同期して動いている集団――を見渡した。
「なんということだ……。ピュール君の『ドジ』という不確定要素すらも、システムは忠実に、あまりにも忠実に、全体へと伝播(ブロードキャスト)してしまったというのか……!!」
Fは頭を抱え、海老反りになって天を仰いだ(※バグではありません。完全に仕様通りです)
「アァーッ!! 成功している!! システムは恐ろしいほど完璧に稼働している!! だが、そこにあるのは『調和』ではない!! 『破滅のユニゾン』だァァァ!! なぜだ!? エラーは一つも出ていない!! なぜ『仕様通り』の動作が、これほどまでに醜く、これほどまでに……」
Fはモニターを握りつぶしながら絶叫した。
「美しくなああああああああァァァイ!!!」
(※繰り返します。これはバグではありません。仕様です)
***
イベントは中止となった。 半壊したステージの周りには規制線が張られ、ファンやスタッフが後片付けに追われている。 幸いにも、強制同期システムが着地の衝撃を分散させたため(というFの事後説明により)、奇跡的に死者は出ていない。しかし、会場は重苦しい沈黙に包まれていた。
会場の隅で、ボロボロになった衣装のまま、ピュールが地面に額を擦り付けている。
「すみませんでしたぁぁぁ!! カナリィちゃん、スタッフさん、ファンの皆さん……! 僕のドジのせいで……!!」
通りかかったファンたちが、足を引きずりながらピュールの肩を叩く。
「気にするなよピュール……。正直、あの一体感はヤバかったぜ……。最後、走馬灯が見えたけどな」
「ああ、ある意味伝説のライブだったよ……」
「うぅぅ……みんな優しすぎるよぉ……。僕はもう終わりだ……弁償どうしよう……」
そこへ、瓦礫の中から一人の紳士が現れた。ファンの一人として参加していたが、その眼光は鋭い。
「……君。ちょっといいかな」
「ひっ! は、はい! 弁償なら出世払いで何とか……!」
「いや、金の話ではない。これだ」
紳士は、煤と埃にまみれた一冊のスケッチブックを差し出した。ピュールが魂を削って描いたデッサン画だ。
「風で飛んできたこれを拾ったのだが……描いたのは君かね?」
「あ、はい……。汚い絵ですみません……」
紳士は首を振った。
「汚い? とんでもない。……この線を見ろ。対象を『輪郭』ではなく、徹底的に『面』と『構造』で捉えようとする、鬼気迫る執念を感じる」
「え?」
「アイドル衣装のデッサンなのに、なぜか『幾何学的な狂気』が滲み出ている……。可愛いさよりも、物質としての『存在の耐えられない重さ』を描き出している! 素晴らしい!!」
(Fさんにやらされた『鏡面球』と『円錐』のトラウマが評価されてる……!?)
「申し遅れた。私はミアレ美術大学で教授をしている者だ。……どうだね君。うちの大学の特待生試験を受けてみないか? 君のその『ねじれた視点』は、才能だ」
「え……ええええっ!? び、美大!? 僕が!?」
ピュールは信じられないという顔で固まった。祖母に否定され続けた夢への扉が、まさかこんな形で開くとは。
「……フッ」
いつの間にか背後に立っていたFが、優雅に(服はボロボロだが)微笑んだ。
「当然の結果だ。私の『美のメソッド』を叩き込まれたのだからな」
「Fさん……!」
「破壊の後にこそ、新生はある。……あの地獄のユニゾンは計算外だったが、君のその手で描いた線が、未来(キャリア)を切り開いたようですね」
「Fさん……。僕、やってみます! 服だけじゃなく、もっと色んなデザインを勉強してみたい!」
「いいでしょう。それが君の選んだ『美』なら、私は止めはしない」
三人の間に、奇妙な絆が生まれた瞬間だった。
「ありがとうございます! ……あ、でも!」
ピュールは急に真顔になると、後ろにある巨大な魔改造ミシンを指差した。
「あのミシンとスーツだけは、二度と使いませんからね!! 回収してください!!」
Fは心外そうに眉を寄せた。
「おや。次は脳波コントロールで、君が『転びそう』と思った瞬間に全ファンの脳に電流を流して姿勢制御する『強制補正機能(オート・スタビライザー)』を実装しようと思っていたのですが」
「絶対にノンです!!!」
三人は熱心に話し込みながら去っていく。 崩壊したステージの瓦礫の上で、一輪のフラベベの花が風に揺れていた。