邪悪な羊飼い〜TRPG的世界にて次は好きに生きる〜 作:紅シャッケ
口に運び、擦り潰す
嗚呼、歯とは何て素晴らしいものなのだろうか……
前世の頃も普段から虫歯一つ作らない程には歯を大事にしていたため知ることがなかったが、歯の有無がここまで辛いことだとは思ってこなかったな…
転生してきた頃は自分の力で食べることもできず、ひたすら麦粥を口に運ばれ続ける毎日で心から理解できたが、食べることが腹を空かせないようにするためにするための行為になってしまっていた。
味覚も発達しておらず、楽しむためではなく生きるための食事…学生時代にも経験しなかったなかなか辛いものだった。
しかし今の私には乳歯がある!!まさに
肝心の食事が貧相なのはいただけないが…あるだけマシと考えておこう。
だから食事くらい落ち着いてさせて欲しいものである。
まず私の隣に姿勢よく座り食事をしているのが母親。食事最中時々ちょっかいをかけてくるのをやめてほしいところだ。
名をマリヤというらしい。その名から分かる通り日本式ではないようで家名はない。
髪の毛は派手すぎす、それでいて主張してくるような薄い金色をしている。陰気な私は前世で外国人と関わりにいく機会などなかったものだから、こう、染められたものとは違う自然体の金髪を見るのはちょっと感動ものである。
性格は基本的に柔和で家族思いの良い母親といったところだろうか。
そして次に何が面白いのか食事中の顔を正面から見ているのが我が父カプライである。
肉の付き方があまりよくない見た目や、お世辞にも強そうに思えない名前からは感じ取れないが、どうやらこの村?の自警団のようなものを生業としているらしい。
そもそも外に出る機会がまだあまりないため、どんな規模でやっているのか、実力がどの程度かなどは一切わからないがマリヤの話すところでは結構な腕前らしい。
…まあそれは置いておくとして。
ずっと親の監視下に置かれている状況はどうにかならないものか。
食事はまだ良い。いや…見られていると食べづらいものはあるが。
それよりもだ。日常生活まで見られるのはあまり宜しくない。
別にまだ
経験点は人生の経験値…今の所は先に述べた【悪童】を使用した夜中での行動、言語学習、その他諸々の日常の経験値でかなりの量を稼いでいる。
しかしそれは今私が幼いからである。
体験したことのない経験からは大量の経験点を得ることができる。なので幼い間は経験点のフィーバータイムだ。
だがこのペースで経験を積んでいくとどんどん経験できるものが減り効率が落ちる一方になるだろう。
別にそれは人として普通のことだろうから別に問題はないだろう。しかし私には経験点をそれだけ求める必要があるのだ。
…先程父は自警団を生業にしていると言ったが、果たして何からむらを守るために戦う必要があるのだろうか。
猪や鹿といった害獣か?それとも人同士の争いだろうか?
確かにそういった側面も兼ねているのだろうが…私の予想ではそれだけでは無いはずだ。
…キャラクターシートを見てスキル取得欄を注意深くみる。
様々な多種多様な技能が存在している中他のものよりそれらのスキルは一際異色を放っていた。
魔法、魔術といった前の世界では存在していなかった技能…そして魔物特攻、魔族特攻。
実際にこれらの魔物やらなんやらがが本当に敵なのかは分からないし、どの程度存在しているのかも知らない。
しかし、マリヤが言語学習に読み聞かせていた本のなかにもこれらの空想上の生物などは存在し、敵対していたとあった。
読み聞かせを受け始めの頃はそんなもの眉唾であったしあまりにも可笑しかったため物語や神話の類だと思っていたけれど…。
ステータスなんてものがあり、スキルまでもあるところからあまり驚くことはないが、やはり”そういった世界観”であることは間違いはない様だ。
もっとも食事や建築様式、文化が元とは違いすぎたため中世的世界かそういう文化圏に生まれたのだということは分かったが…本当に。
これは単なる中世への転生ではない、剣と魔法の世界への転生だ。
兎も角、まだこの世界についてよく知らないため結局は推察の域を出ないのだが…もしこの世界が生きていくのも難しいような超ハードモード世界なら、それに対して抵抗できるよう努力する必要があるだろう。
特にシュブ=ニグラースとか、もしクトゥルフ神話がバンバン関わってくるような世界観であればハードモードどころではない。
知らない人からするとこの危機感がわからないだろうが…もしそうであるなら人間という存在は本当に脆い。
前の世界では死ぬことに怖さなどそれほどなかった…と、いうか
しかし今世はこんなにも面白そうな世界なのだ、私はこの世界を自由に生き抜いてみたい。
そのためには力がいる…しかし、確かに多少強引な方法をとれば恐らく今よりももっと経験点稼ぐ手法が見つかるだろう。しかし、あまりに不自然だとその行動は親の目からみれば奇怪に映るだろう。
行動は慎重に移すべきである。
最悪なのは宗教関連だ、この世界観であれば魔女狩りなどといった風習も存在しうる。
もし自分がそういった連中に異端認定されてしまったら?正直あまり考えたくもないな。
それに……自分は独身であったためこの手の家族愛などには鈍いが、自分の子供が可愛いのはわかる。
この家族の関係を壊してまでそれを行う程私の考えに価値はあるのだろうか。
今は取り敢えずこの家族のカタチを守りながら……
「うふふ、私の可愛いヨハネちゃん。一人でご飯食べれて偉いわねー」
「おいおい、”私”のじゃなくて”私達”のだろ?でもよ、最初の頃はどこにいてもすぐバタバタ倒れて眠り始めるからどこか悪いところがあるのかと心配だったがな…」
「育ち盛りなのだからそんなものでしょう?それにこの子は賢い子です。何も教えなくても一人でトイレに行けるようになったり、食器の片付けも手伝ってくれるのですよ?悪いところなんて一つもありませんよ」
「…ああ、そうだな。そうだ!この後……」
食べ終えた食器を台所に置く。あとで母が洗っておいてくれるだろう、私はさっさと床につくこととしよう。
……他人が新しい命を製造している場面なんか見たくも無いからな。
こういうプライバシー的問題も家族の中に入り込んでしまった異物からすると悩みの種だ。
…はあ。
それに加えてやはり成人男性的に自分が溺愛の対象になるのは大分感じるものがある。
特に常に猫撫で声を出されるとやられているこちらもちょっと…うん……。
特に初めて立った時など両親共に泣きながらこちらを抱きしめるものだから、なんというか説明が難しいが罪悪感のようなものが沸き、思わず
殆ど意識のないうちに垂れ流していたトイレの時とは別ベクトルで心にクるものがある。普通の異世界転生ものの主人公はこんな生活に耐えているというのか……。
小心者の私はどうやら他人の家に生まれて面の皮厚く生きることは難しいようだ。