後半はにゃむ視点です(これからはちょくちょく音歌以外に視点が飛びます)。
にゃむがやられっぱなしで終わるはずもなく、物語後半で強烈なカウンターパンチを音歌に返すはずなので、にゃむ推しの人も安心してください。
「わたくしたちの使命は、ゲストの皆様に夢を見ていただくこと。次の武道館でもAve mujicaの世界に迷いこんでいただけましたら、至上の喜びでございます」
テーブルから溢れんばかりの色とりどりの花束。
蔦と花が執拗に繰り返される、ダマスク柄の真紅の壁紙。
ムジカの世界観に沿うよう特別にセッティングされたインタビュー室で、オブリビオニス──さきちゃんは、黒いソファーに折り目正しく座りながら、記者さんの質問にそう答えた。
……すごいなぁ。
撮られていることを意識しての優雅な身振り手振りに、隙あらばファンへのメッセージも添える抜け目のなさ。
まさしく百点満点の立ち回りに、マネージャーとして裏からそっと見守っていたあたしも思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。
もちろん、普段からさきちゃんのメディア対応がしっかりしているのは知っている。でも、今回はライブ直後のインタビューなのだ。あれだけ激しいステージをこなせば、多少パフォーマンスに影響するのが普通というもので。
だけど。
ちら、とさきちゃんの横顔を盗み見る。
何度確認しても、その顔には疲労の欠片すらありはしない。
まるで、このインタビューでさえライブの延長線上であるかのように、オブリビオニスとして仮面を被り続けている。
さきちゃんだけじゃない。
隣に座っているお姉ちゃんや他のメンバーだって、発言量の差こそあれ条件は同じだ。
こういう姿を見るたびに、なんだかんだいってもお姉ちゃんたちは本物の演者さんなんだな~って思ったりする。
あたしには、絶対できないことだ。
「武道館ってすごいよね」
「デビューから間もないですからね」
「史上最速って強調しておいて~」
みんなが次々に感想を口にして、最後、にこっと笑みを浮かべたにゃむちゃんが記者さんにひらひらと手を振った。
いかにもにゃむちゃんらしい愛嬌たっぷりの催促。けれど、それを受け取った記者さんの反応はどうにもビミョーだった。頬を引きつらせ、困ったように苦笑いをしている。
……やりにくいだろうなぁ。
このぎこちなさの原因は明らかだ。
それは、さきちゃんとにゃむちゃんのメディアに対するスタンスの違いにある。
さきちゃんが厳格にムジカの世界観を守ろうとする一方、にゃむちゃんは、それを無視している──というわけではないけれど、あくまで舞台上の演出だと考えている節がある。
台本には従うが、ひとたび舞台を降りれば話は別というスタンスで、世界観にそぐわない発言をすることも多い。
ムジカをかき乱したい、というわけではないはずだ。
エンターテインメントの側面で言えば、少しくらい素を見せた方がムジカにとってプラスになると思ってるんだろう。
プライベートを徹底的に秘匿し、神秘性を高めることでムジカの世界観を確立していきたいさきちゃんと、プライベートを公開──いっそ正体まで明かして、さらに勢いに乗りたいにゃむちゃん。
この話のややこしいところは、取材する側である記者さんにとっては、後者のにゃむちゃんのスタンスのほうが好ましいというところだ。
こういう記事で求められているのは、演者の裏側。
普段どう過ごしているのか、メンバー間の仲は、制作秘話は。
記者は全力で裏の話を掘り下げてくる。
実際問題、読者だって同じものを求めているし、ムジカのような仮面バンドなら猶更。
だからこそ、記者さんはにゃむちゃんがこれ見よがしに撒いている餌に飛びつきたいはずなんだけど……。
そこでネックになるのが、さきちゃんの存在だ。
隣でムジカのリーダーであるさきちゃんが目を光らせているとあっては、安易に踏み込むわけにもいかない。俗っぽい質問をしてムジカからのNGをくらえば、それこそ本末転倒なわけで。
結果として、記者さんはアクセルとブレーキを同時に踏むような、どっちつかずの手探りを強いられているのである。
「モーティスさんはいかがですか?」
気まずい空気の中、半ば逃げるように睦ちゃんに話が振られた。
そういえば、取材が始まってからまだ一度も発言していない。
記者さん的にも、そろそろ一つくらいコメントが欲しいところだろうか。
「私、は……」
カメラを向けられた睦ちゃんが、唇を小さく震わせる。手元のギターをぎゅっと抱き寄せ、俯いて──。
そのまま、黙ってしまった。
続く言葉は……ない。
奇妙な沈黙にメンバーの視線が集まる中、代わりに口を開いたのはさきちゃんだった。
「ご覧の通り、モーティスは少々人見知りでして。モーティス、本日のお礼を」
「……ありがとうございました」
促されるままに、睦ちゃんがぺこりと頭を下げる。
さきちゃんのフォローのおかげで何とか事なきを得た形だ。
うーん、大丈夫かなぁ。
世界観で守られているとはいえ、寡黙なキャラで通すにも限度がある。それに、終始こんな調子では取材そのものが成立しなくなってしまう。
ムジカの次のステージは武道館。これからさらにメディア露出が増えてくることを考えると、ちょっと心配だ。
今後、睦ちゃんはさきちゃんとセットで出すよう、チーマネの袋小路さんに伝えておいた方がいいかもしれない。
……と、そんなこんなでトラブルはありつつも、取材自体は無事に終了した。
記者さんをみんなで見送り、部屋にはメンバーだけが残される。
さすがにもう予定は入ってない。これで晴れてお仕事終了だ。
部屋の中にも、どことなく弛緩した空気が漂いだす。
「はー。とりあえずぜん……」
息を吐き出して仮面を外そうとしたにゃむちゃんを、さきちゃんが手で制した。
「楽屋に戻るまでは外さないで、誰が見ているか分かりませんから」
「えー、すっぱ抜かれちゃう? アモーリスの正体はあのにゃむ──」
「アモーリス」
幼い子供を言い聞かせるような強い口調に、にゃむちゃんの表情から笑顔が消えた。
「あたしたちってさぁ。これからもずっと仮面でいくの? 顔と数字が台無しなんだけど」
いつもの茶目っ気はどこへやら、さきちゃんを冷めた目で見下ろしている。
さきちゃんも負けじとにらみ返しているけど……これは、良くない流れかも。
「sumimiの初華、お笑いの大御所若葉と演技派女優森みなみの娘。仮面を外すだけで、世間の注目ぜーんぶとれるのにぃ」
「Ave mujicaは安売りをいたしません。まずは実績を重ね音楽性の評価を──」
「昨日好きでも、今日飽きた」
さっきの仕返しとばかりに、にゃむちゃんが言葉を被せた。
デビューライブでの自身の台詞を模倣した皮肉たっぷりの言い回し。
台本を書いただけあってかさきちゃんもすぐに気づいて、その目が相手を見定めるようにすっと細まる。
「世の中って残酷だから~ちんたらしてたら飽きられちゃうかもよ~?」
「わたくしはこのバンドを一時の流行で終わらせるつもりはありません。言ったでしょう。残りの人生、わたくしにくださいと」
「ふーん」
感情の読めない平坦なトーンでそう言い残すと、にゃむちゃんは、話は終わったとばかりにくるりと背を向けた。
呆れか、諦めか。
どちらにせよ、納得していないことだけは確実だった。
「仮面を外すのは、最高の舞台。最高のタイミングで」
去り行く背中に向けてぽつりと呟くさきちゃん。
その言葉は、半ば自分に言い聞かせるようでもあって。
……まずいなぁ。
どうやら二人の溝は思っていたよりもずっと深いらしい。
もちろん、仮面を外したくないというさきちゃんの考えは分かる。
正体の情報は、ムジカの世界観を構築する上ではただのノイズだ。仮にお客さんがsumimiの初華という情報を先に知ってしまえば、普段のイメージが先行して、ドロリスというキャラクターが受け入れられない可能性だってある。
商業的な面でも、切り札をどこで使うかという判断は難しい。
伸び悩み始めた時期に起爆剤として使うのか、人気の絶頂の最中にさらに上限を引き上げるために使うのか。
それぞれにメリットデメリットがあって、極論どちらも大差ないのだと思う。
だから、できるだけ仮面を外したくないという方針自体はそこまで問題じゃない。
問題の本質は、じゃあ仮面を外すべきタイミングはいつなのか、どんなときなのかをさきちゃんがキチンと提示できていないことだ。
さきちゃんはいつも、最高のタイミング最高の場所でというけれど、それが一体どんな状況であるかは誰も分かってない。
恐らくさきちゃん自身、具体的なイメージはまだないのだろう。
まぁ、sumimiとの活動の兼ね合いとか、日常生活への影響とか、そう簡単にゴーサインは出せないんだろうけどさぁ。
ねぇ、分かってるよね?
そろそろにゃむちゃん限界だよ?
……というかむしろ、個人的にはよく持ったほうだと思う。
武道館までは粛々と指示に従ってたわけだし。
でも、それももう終わりだ。
痺れを切らしたにゃむちゃんが、果たしてどう動くのか──。
こういうときは、あたしの出番だよね♡
◇◇◇
翌週。窓から差し込んでくる日差しがすこし眩しい平日の昼下がり。
クラシカルな喫茶店で静かに紅茶を嗜んでいたあたしは、こちらへと向かってくる足音に気づいてカップから唇を離した。
ゆっくりと顔を上げる。
目の前に立っていたのはつばの広い帽子に大きめのサングラスという、まさに芸能人テンプレ変装スタイルに身を包んだにゃむちゃんだった。
「はろ~」
「……」
返事はない。
あたしの挨拶をガン無視したまま、にゃむちゃんが何かを探すように周囲に視線を巡らせる。
あたしの隣の空席、その向かいの空席、テーブルの上のカップの数。
ひとつひとつを順番に確認した後でようやく漏れたのは、これ見よがしな特大のため息だった。
……あぁそっか。
そういえばお姉ちゃんをダシにして呼びつけたんだっけ。
探し物が見つからなくてがっかり、というわけだ。
「ごめ~んにゃむちゃん。お姉ちゃん、今日は予定入ってて来れないって~」
「あ、そ」
両手を合わせて謝ってみるも効果はなし。
片眉を吊り上げたその顔には、あんたの言うことなんか信じられないと大きく書いてあった。
別に騙したわけじゃないんだけどね、現にお姉ちゃんには声をかけてるし。
まぁ、お姉ちゃんのスケジュールを見てちょっと工夫はしたけどさ。
「それでね。悪いんだけどもうお店予約しちゃったし、ちょっと付き合って──」
「いーよ。別に」
この場に繋ぎとめるための建前をあれこれ用意していたのだが、予想に反してにゃむちゃんはあっさりと向かいの席に腰を下ろしてくれた。
少し拍子抜けだなぁ。もっとドライに断られると思ってたんだけど。
深く椅子に腰掛けたにゃむちゃんと真正面で向かい合う。
サングラス越しにも褪せないマゼンタの瞳が、あたしを捉えた。
「ま、ちょうどいいしね。あんたとも一対一で話がしたいと思ってたし」
……へぇ。
そっか。流石にこうなることくらい想定済みだったか。
“一対一で”……この言葉は、明らかな挑発。
初めから初華が来ないことは分かってたよというアピールであり、お前の小賢しい小細工なんてハナからお見通しだというマウントだ。
もちろん、ここにきて初めて罠に嵌められたことに気づいて、強がってそう主張している可能性もあるけれど……。
それにしては対応がスムーズすぎるし、驚いた様子もない。たぶん違うかな。
「奇遇だね。あたしもだよ」
唇に微笑を乗せて、涼しい顔で打ち返す。
あたしだって、これくらいで動揺してあげるほど甘くはない。
……少し考えれば分かることだしね。
これまで散々コラボを断ってきたあたしが、突然プライベートでお姉ちゃんに会わせてあげるよなんて、どう考えても変だ。むしろ、裏を勘ぐるぐらいが自然。
それに、にゃむちゃんだってお姉ちゃんがやってくる可能性を完全に見切っていたわけではないだろう。
来たらラッキー。来なくても別の目的が果たせる。どちらに転んでも損はしないという計算で足を運んだはずだ。
つまり結果的には、全てあたしの思惑通り。
まぁ、一つだけ不満があるとすれば、あたしが平然と嘘をつく人間だと思われてることだけど。
嘘はついてないからね! 嘘は!
なんて内心で抗議していると、いつの間にか店員さんがテーブルにやって来ていた。
差し出されたメニュー表にざっと目を通し、にゃむちゃんが慣れた様子で飲み物を頼む。
店員さんの背中が遠ざかると、仕切り直すように「てか」とこちらを向いた。
「あんたとウイコって結構お嬢様なの?」
「え? なんで?」
「だってさあ……」
そう言って、ぐるりと周囲を見回すにゃむちゃん。
あたしも改めて店内を見てみる。
アンティーク調のおしゃれな調度品に、磨き上げられたシルバーのティーポット。
中でも目を引くのは、壁一面に並べられた黄色い茶葉の缶だろうか。このブランドといえば、黄色い缶とロゴというイメージがある。
「ここ、中学生が気軽に来るようなところじゃないでしょ」
「いや~たまにだよ、たまーに。自分へのご褒美ってやつ? こういうところに来るようになったのも上京してからだし。お嬢様なんて、ぜんぜん」
「ふ~ん」
……探りに来てるなぁ。
お姉ちゃんに関する情報が欲しいんだろうけど、そう簡単に尻尾は掴ませないよ?
「お嬢様じゃないなら、なんで余裕あんの?」
「えー……まぁ、今はお姉ちゃんの家に居候してるし?」
「あー、ぜんぶウイコのお金ってわけね」
「そんなことないですぅ~、ちゃんと気を遣ってますぅ~。そりゃあ、お姉ちゃんに頼めばいくらでも貸してくれるだろうけどさ~。なるべく頼らないようにしてるもん」
「そっか。でも、ウイコに頼らなくても大丈夫か」
「へ?」
前後の繋がりのない唐突な発言に、思わず間抜けな声が漏れた。
言葉を継ぐ間もなく、にゃむちゃんの唇が意地悪に弧を描く。
「お小遣いもらってるんだもんね。……事務所の社長から」
ティーカップに伸ばしかけた指が、ぴたりと止まった。
それは、完全に予想外のところからの攻撃で。
……やるね、にゃむちゃん。
数秒の硬直を悟られる前に、何食わぬ顔でカップを持ち上げる。ブラックティーのフルーティーな香りを楽しみながら思考を巡らせる。
誰から漏れた?
このことを知っているのは、社長と、チーマネの袋小路さんと……。
いや、やめよう。犯人捜しをしても意味はない。
それに恐らく、直接情報を漏らした犯人は……いない。
そもそもの話、あたしという存在はこの芸能事務所において飛びぬけて特殊だ。
あたしが、ムジカのマネージャーという肩書の半ば雑用係であることは、事務所の人間なら誰でも知っている。最近ではちょくちょくムジカに関係ない雑用なんかも頼まれたりしているし、大分馴染んできたといっていいだろう。
一方、なぜ何のスキルもない小娘が突然マネージャーに任命されたのか、その真相を知る者はほとんどいない。
そうなると必然的に、そのギャップを埋めようと様々な憶測が飛び交うことになる。
初華のわがままによる強引なコネ採用説。何かトラブルがあった時のための、顔がそっくりな代役説。果ては、実はとんでもない天才なんじゃないかという、本気か冗談か分からないものまで。
恐らく、にゃむちゃんが聞きつけたのは、そんな無数の噂話のうちのひとつなのだろう。あたしが社長と妙に親しげに喋っているところを目撃した誰かの証言から作られた、社長のコネ説。もしかすると、今一番有力視されている説なのかもしれない。
……流石にまだ確証はないはず。突っぱねることもできる。
ただ、客観的に見てかなりもっともらしい説であることは確かだ。中学生をマネージャーにするなんてごり押しが出来るのも社長だけだし。
うーん。どうしよっかな。どっちでもいいんだよね。
認めたところで大して問題はない。事務所の社長と懇意にしていて、お願いして雇ってもらったというエピソードは事務所の人間の反感を買う可能性はあるが、こと芸能界においては縁故採用なんてそこまで珍しい話でもない。
むしろ認めなかった方が特殊な事情を勘ぐられてリスクがある……かな? もちろん、認めたところでどういう関係性かという疑問は持たれるだろうが、認めないよりかはクリーンな印象になる気がする。
流石にあたしと社長の関係性までは掘れないだろう。初華を通して、というくらいが限度のはずだ。
だとすれば、もう認めてしまってもいい。
……よし。
あたしはことりとカップをソーサーに戻し、静かに頷いた。
「うん、そうだね。社長さんにお願いして雇ってもらってるって形だから、にゃむちゃんの言う通りかも」
「へー。どういう関係?」
「それはもちろんお姉ちゃん経由だよ。上京してからバイトでもしようかなって思ったんだけど……。ほら、この容姿だと学生ができる接客バイトなんかは気軽にできないでしょ? それで、社長にお願いしたんだ」
「……」
半信半疑、という表情。
筋は通っているけど、あまりにもあっさり認めるから怪しい……ってところかな。
どうぞ、いくらでも疑ってください。嘘はついてないから、どれだけ突かれたって痛くもかゆくもない。
それに、にゃむちゃんにはもう突く方法がないんじゃない?
なんで社長があたしを気にかけているのか、その答えを持っているのは結局、社長だけなんだし。
あたしの反応からどうにか尻尾を掴みたかったんだろうけど、空振りに終わってもう手詰まり。それが今の状況のはずだ。
事務所の裏で回っている噂話をよく拾ってきたな、とは思う。
けれど、逆に言えばそれだけ。
……っていうか、本当にあたしを追い詰めたいなら、あたしが大切にしているものを叩かないとね~。
事務所の社長なんて所詮、大切なものを守るための手段の一つでしかない。そんなところをいくら掘ったって、大したダメージにはならないよ。
「こちら、ご注文のお飲み物になります」
タイミングがいいのか悪いのか、にゃむちゃんの沈黙と重なるように飲み物が運ばれてきた。
会話が止まる。硬質な音と共にティーセットが丁寧に並べられる。
じんわりと立ち上るフレーバーティ―の豊かな香りに、しかし、にゃむちゃんは手を伸ばす素振りすらなかった。
店員さんが一礼して下がった後も、窓の外に視線を投げかけたまま口をつぐんでいる。
もう終わりでいいのかな?
じゃあ、公平に今度はこっちのターンね。
「ひとつ質問に答えたから。ひとつ聞いてもいい?」
「……好きにすれば」
「では遠慮なく」
こほん、とわざとらしい咳払いをひとつ。
……気を付けてね、よ~く見てるから。
無関心な横顔をしっかりと見据えたまま、言葉を続ける。
「にゃむちゃんさぁ……今度の武道館ライブで、なんかするつもりでしょ」
眉が、ぴくりと跳ねた。
──当たり。
なら、次も通るね。
「もしかして……仮面、外したい?」
ばっ、とにゃむちゃんがこちらを振り向いた。
無関心の仮面が綺麗に剥がれ落ち、その下から覗いたのは、嘘でしょ、と言わんばかりに強張った表情。
とはいえ、流石は演劇表現科。すぐに表情を取り繕い、元の飄々とした仮面をつけ直してみせた。
……けど、もう遅いよ。
どうあがこうと、あの反応は致命的だ。
にゃむちゃん自身にも自覚はあるのだろう。その口から、観念したように深いため息が漏れる。
「……誰に聞いたの?」
「別に特定の誰かがいるわけじゃないよ~。ライブ制作さんとか、カメラさんとかと話したときにちょっとね。にゃむちゃん。結構匂わせてたでしょ」
雑用をこなす傍ら、スタッフさんと積極的に会話をしたからこそ集められた情報だ。休憩時間も一緒にお弁当を食べたりとか、仲良くしたかいがあったなぁ。やっぱり、日々の積み重ねは馬鹿にならない。
「でも、しょうがないよね。ライブ中に急に仮面を外したってモニターに映ってなきゃ意味ないんだし。裏で打ち合わせしておかないとね」
「アタシは仮面を外すとまでは言ってないはずだけど」
「そりゃあ、直接仮面を外すとは言ってないんだろうけど……。さきちゃんにも秘密のサプライズ演出っていったらそれしかなくない? まさか武道館でちっちゃいことやるわけにもいかないでしょ」
そう。実はにゃむちゃんは仮面を外すとまでは言ってない。あたしが聞いたのは、にゃむちゃんが画出しのプラン──だれがどのカメラに映っていつモニターに出されるのか──に口を挟んだという情報だけだ。
まぁ正確に言えば、にゃむちゃんにはそこまでしか言うことができなかった、が正しいかな。
仮面を外すなんてのはバンドを左右する一大事。サプライズを持ち掛けたとして、スタッフさんたちの誰一人として共謀しようなんて人は現れない。責任者に確認をとってから、と返されるのがオチだ。
恐らくにゃむちゃんが要求したのは、ここでアタシにカメラください──もしくは、アタシが合図したらモニターに出してください──くらいだろう。
演者本人との細かい演出の調整なんてしょっちゅうあることだし、そのレベルであればスタッフさんたちもいちいち上に確認したりしない。
これなら、さきちゃんにバレないように、カメラのタイミングが操作できる。
それにこの方法なら、もしさきちゃんにバレたとしても、映る機会を多くしてほしいという要求だったという言い訳が通じるしね。どう転んでも大丈夫な策というわけだ。
ただ、完璧ではない。一つだけ盲点がある。
それは、仮面を外すなんてトップシークレットではない分、口止めがされていないこと。
だから、スタッフを少し掘ればぽろっと漏れてしまう。
まぁ、口止めをしたらしたで怪しくなっちゃうから、しょうがないんだけどね。
「……サキコにでもチクるつもり?」
「そうしてほしいの?」
「……」
「あはは、ごめんごめん。いや、まだどうするか決めてないよ。にゃむちゃんが何で──」
と、言いかけたところで、あたしの背中に置いてあるバッグの中から着信音が鳴り出した。
ん? こっちのほうか。ってことは……
バッグからスマホを取り出して画面を見る。
そこには──
◇◇◇
優雅なティーサロンの空気を切り裂くように、突然、ひどく間の抜けた電子音が鳴り響いた。
流れてきたのは、このアンティーク調の空間にはおよそ似つかわしくない、どこかチープな童謡のメロディ。着信音を設定してるってだけでも珍しいのに、この選曲とあっては、どう考えても犯人は一人しかいなかった。
アタシの目の前に座る犯人──オーコが、椅子の背に預けていたカバンを引き寄せる。中からスマホを取り出し、画面を一瞥して──
その顔を、にたぁと歪ませた。
……キモっ。
普段のあざとい妹キャラはどこへ行ったのか。今まで見てきた中でもトップクラスに気色の悪い笑みに、思わずぞぞっと背筋に悪寒が走る。
うげーと不快感をアピールしてみるが、響いた素振りもない。気づけば、オーコはもうすでにいつも通りの表情を張り付け直していた。
「ごめ~ん連絡来ちゃった。ちょっと席外すね?」
「どーぞご自由に。……社長から?」
「へ? あーうん。そうそう」
嘘だ、とすぐに分かった。
返事が適当だし、それに先ほどちらりと見えた画面に映っていた表示は──非通知。事務所の社長が非通知でかけてくることはほぼないだろう。
当たる可能性の低いカマかけは、それだけアタシが劣勢に立たされていることの証左だった。
「そういうことだから、ごめんねにゃむちゃん」
申しわけなさそうな顔をしたオーコが、真新しいスマホ片手にひらりと立ち上がる。そのまま「すぐ戻るから~」と軽やかな足取りでテーブルから離れていった。
ドアベルが鳴り、その背中が店外へと消えて。
途端に、どっと疲れがきて全身の力が抜けた。
「はぁ……」
背もたれに身をゆだね、ぬるくなったフレーバーティーを一口含む。
アタシより優先するものがあるのは舐められているようでムカつくけど、思考を整理する時間が欲しかったのも事実。そういう意味では渡りに船の提案だった。この間に、どう対応するかを考えることができる。
オーコのことは……正直、舐めてた。
相手はまだ中学生。社長のコネで仕事未満のお使いをしているだけの、マネージャー気取りの一般人。その程度の認識でしかなくて。
少なくとも、漏れるならウミコからだと踏んでいた。演出のすり合わせでライブ制作のスタッフと話したときに話題が出て、一応サキコに確認したら発覚……みたいな。だからこそ、表現を弱めて言い逃れの余地を残していたわけだし。
驚きはある。ただ、信じられないというほどではなかった。
現に、オーコが現場でスタッフと楽しそうに話している姿は何度か見かけている。
そもそもオーコは裏方側の人間。あたしだってスタッフの人たちとは積極的にコミュニケーションをとるようにしているけど、それとこれとは次元が違う。この前もライブの準備に参加したって言ってたし、そういうアタシには関知できないところで人脈を広げていったのだろう。
それに加えて、あの容姿だ。
パッと見はウイコと瓜二つ。それだけで、業界で最も厄介な顔を覚えてもらう工程が最初からスキップできる。大人気アイドルの妹という立場は、芸能界を渡り歩いていく上で強力すぎるアドバンテージだ。それでいて、ウイコと真逆の気さくでフレンドリーな性格とあれば……現場でチヤホヤされるだろうことは、想像に容易い。
分かっては、いた。
ただ、少しだけ認識が甘かったかもしれない。
反省へと傾きかけた思考を、かぶりを振って打ち消す。過去のミスを悔いるのは今じゃない。認識は修正した。アタシの想定以上にオーコはスタッフの懐に入り込んでいた。アタシがスタッフに匂わせたことは、全て知られてしまった。
それで? ならばどうする?
考えるべきは、次だ。
わざわざこうしてアタシを呼びつけてこの話をするくらいだから、オーコに駆け引きをする気はあるんだろう。交渉次第で見て見ぬふりをしてくれる可能性は十二分にある。あちらの要求を飲んで、黙っていてもらう。恐らく、これが現状最も有力な手。
ただ……ねぇ?
口止めをするということは、ある意味、一時的に協力関係になるということで。
ちら、と先ほどの気持ち悪い笑みが脳裏を掠める。
どう好意的に見たって、オーコはあまりにも胡散臭すぎた。
そもそも、目的が分からない。
芸能界に入りたいわけでも、アイドルになりたいわけでもない。お金に困っているようでもない。マネージャーという職業に興味があって、早すぎるインターンのつもりなのだろうか。しかしそれなら、駆け引きなんかせずにすぐに上に伝えた方が良い。事務所に内緒で仮面を外す相談をしてたなんてバレたら、信用がなくなってしまう。
となるとやはり、姉関係なのだろうか。
ウイコを近くで応援したい、助けたい。その想いがイコール、姉が所属しているムジカを助けたいに繋がって、こうしてムジカの状況をよくするために立ちまわっている。
姉が好きというのは耳にタコができるほど聞いているし矛盾はない、はずなのだが。
……なんか、ねぇ。
どこか、釈然としないものがあった。
言語化できない違和感のようなものが思考の端に引っかかっている。
とはいえ、これ以上はどうこねくり回しても結論は出そうにない。答えを出すには、あまりにも材料が足りなすぎる。
とにもかくにも、必要なのは情報。協力するにせよ、しないにせよ、オーコという人間を見定めなければならない。
カランカランというドアベルの音に顔を上げれば、ちょうどオーコが店内に戻ってきたところだった。体感2、3分くらいだろうか。会話を抜け出す用事のわりには、さほど時間は経ってない。
「とーっさかさかさか~逆立ちし~ても、叶わぬお方に──」
こちらへと近づいてくるオーコは相も変わらず上機嫌な様子で、今度は歌まで歌っていた。店内の雰囲気をぶち壊す能天気な歌声に、だんだん頭が痛くなってくる。
アタシだってどちらかといえば他人を気にしないタイプではあるけれど……いくら何でも限度というものがあった。
「……やめてくんない? 恥ずかしいから」
「え~なんで? いいじゃん」
「場所考えな」
頬を膨らませて抗議するオーコに、顎でくいと周囲を指し示す。と同時に、年配のマダムたちがさっと目を逸らした。無理もない。っていうか同じ立場ならアタシでも覗くし。
「あー……ごめんごめん」
突っぱねられたらどうしようかとも思ったが、最低限の良識はあるらしい。謝るジェスチャーと共に、オーコが椅子にぽんっと座り直す。
ただ、言葉とは裏腹に当の本人に悪びれる様子は微塵もない。むしろ、注目を集めたこと自体は満更でもないような、てへ、とでも言いたげな表情をしている。
……思わずため息が出た。
「にしてもアンタさ、ほんとに歌うの好きだよね~。……なんで?」
「そ、れ、は、ね~。楽しいときには明るく歌う。嬉しいときには元気に歌う。笑うように歌う。それがあたしのモットーだから!」
「へ~」
興味な。
情報収集もかねて聞いてみれば、返ってきたのはしょーもないモットーだった。
一体全体、どういう世界で生きていればそうなるのだろう。まるでミュージカルの主人公みたいだ。それも、小鳥を侍らせて歌うお姫様が出てくるようなファミリー向けのヤツ。
「反応うっす~。にゃむちゃんから聞いてきたのにさぁ」
ぶーぶーと不満そうに唇を尖らせるオーコ。ただ、本人もそこまで気にしていないのか、すぐに表情を切り替えて「で?」と話を本題に戻してくる。
「どこまで話したっけ。電話したら忘れちゃった」
「……アタシのことをサキコにチクったってとこまでじゃない?」
「あはは。そんな意地悪なことしないよぉ」
軽く皮肉を返せば、何がツボに入ったのか、オーコは肩を揺らしてくつくつと笑いだした。
そんな意地悪なことしない、ねぇ。また何とも白々しいセリフだこと。
もちろん本気で言っているわけじゃないだろう。いうなればこれは、次に続く言葉の威力を最大限に引き上げるためのタメ。
その証拠に……ほら。瞬きの間に、もう笑みは消え去っている。
オーコは、ひどく冷めきったアメジストの瞳でこちらをじっと見据え──
「……まだ、ね」
アタシの喉元に、見えない刃物をぴたりと突きつけてきた。
……まぁ、そうなるよね。そこが交渉のポイントだ。
「……アタシを脅す気?」
「違うよぉ。にゃむちゃんがどういう意図で仮面を外したいのか分からないからさぁ。どうしよっかなぁって」
意図、ときたか。
正直、アタシの意図なんて透けているとは思うけど。一応、素直に答えておく。
「アタシはただ……Ave mujicaを成功させたいだけ。サキコがいつも言ってる、最高のタイミング──それって、次のライブ以外ないでしょ。サキコがやらない、出来ないなら、あたしが代わりにやる……それだけ」
「ふーん」
テーブルに頬杖をついたオーコの口から零れたのは、先ほどのアタシの皮肉を真似たような、ひどく曖昧な相槌。
納得したのか、してないのか。表情だけでは、どうにも読み取れない。
あるいは、もっと手前でそもそもアタシの発言が信用されていない可能性すらあった。
とはいえ、これ以上他に言いようもない。
オーコがどう受け止めようと、これがアタシの偽らざる本心なのだ。
……アタシはすでに、ムジカのために多大なリソースを割いている。
強度の高い練習に、連日のライブ、増え続けるメディア対応。時間はいくらあっても足りず、ムジカの活動が本格化してからは動画の撮影なんて一本もできてない。一応、それを見越して事前にかなりの本数を撮り溜めてはいたけど……ストックにも限りがあるし、第一、鮮度が命のこの業界で過去の動画を流すのは明確な悪手だ。アタシのチャンネルには、今この瞬間もトレンドからズレた時代遅れの動画が並び、再生数も日に日に落ち続けている。
演劇のほうだって状況は同じ。ムジカの活動が軌道に乗ってスケジュールが安定するまでは、オーディションも受けられない。
もちろん、新しいことに挑戦する以上、犠牲はつきものだ。アタシだってタダで成功できると思っているわけじゃない。今の苦労も、先行投資だと割り切ってはいる。
だが、それはあくまで──差し出した犠牲に見合うだけのリターンがあるならの話。
加えて特に厄介なのは、ムジカの活動におけるリターンが、一括払いだということだ。
普通の芸能活動なら、多かれ少なかれ、努力したぶん何かしらの対価を受け取ることができる。だが、ムジカは仮面バンド。正体を隠して活動するという性質上、どれだけステージで熱狂を生もうと、その賞賛を受け取るのはにゃむちではなくアモーリス。積み上げた実績も、膨れ上がった人気も、仮面の下のアタシには一切還元されない。
つまり、いつか仮面を外し世間に正体を明かすまで、アタシは何の見返りもないまま血を流し続けなければならないのだ。
もし仮に、その日が来る前にムジカが失敗するようなことがあれば?
考えたくもないが……そうなればアタシは、貴重な時間と労力をただどぶに捨てただけになる。
だからこそ困るのだ。
アタシの投資を回収するためにも、ムジカには、何が何でも成功してもらわなければならない。
仮面を外すことについて、私情が全くないとは言わない。仮面を外せば表の活動と歯車が噛み合うだろうという打算も確かにある。だけど、仮面を外すなら武道館でという判断は絶対に間違ってない。デビュー三ヶ月で武道館に立つバンドが、その大舞台で正体を明かす。これ以上の最高のタイミングが、他にあるだろうか。
そのくらいのことは、サキコにだって分かってはいるはずで。
それでも仮面にこだわるからには、何かしらの理由があるのだろう。例えば、ウイコのことで事務所と協議中……とか。まさか、サキコ自身が顔を出したくないというわけではあるまい。有名人でもないんだし。
まぁ、どんな理由にせよ知ったこっちゃないけどね。
もしかすると、事務所から小言くらいはもらうかもしれないが、仮面について何か契約を交わしたわけでもないし、そこまで大きな問題には発展しないだろう。
何より、ここはエンターテインメントが支配する世界。圧倒的な人気と数字を見せつければ、大抵のことは許される。事務所だって手のひらを返して便乗してくるはずだ。
──だから、やる。
サキコができないのなら、アタシが。
……長い沈黙の間、オーコはといえば、相変わらず分かったような分からないような、何とも言い難い微妙な表情を浮かべていた。
このままでは埒が明かない、と判断してこちらから口を開く。
「逆に聞くけどさ。アンタはどう思ってるわけ? 仮面を外すなら今しかないでしょ」
「うん。そうだね」
「…………は?」
即答。それも、迷いなしの。
あまりにも軽い肯定に、危うく聞き逃すところだった。
「どういうこと?」
「いや、そのままだけど。あたしも、仮面を外すなら武道館だと思うし」
「……」
しばし、言葉を失う。
とはいえ、アタシにとって最高の展開ではあった。
本来なら、何とか説得して仮面を外すことに同意してもらうか、対価を差し出して見逃してもらう必要があるところを、労せず乗り越えたのだ。こちらの考えに賛同してくれているなら、あとは何とでもなる。
仮面を外した後の立ち回りも格段にしやすくなるだろうし、場合によっては、騙し討ちで外す必要すらなくなるかもしれない。
ただ──
不気味だ、ものすごく。
アタシの渋い反応をみてか、オーコが悪意のないことをアピールするように、こちらにひらひら手のひらを振ってきた。
「やだなぁ、そんな変な顔してないでよ~。あたしもにゃむちゃんと一緒。ムジカには絶対成功してほしいからさ。仮面を外してバズれば、当分は安泰じゃない?」
「それは……そうだけど」
どうにも調子が狂う。
未だ、オーコの真意を測りかねていた。
「アタシが言うことじゃないけど、デメリットだってあるでしょ。特に、ウイコは」
「あー……sumimiには影響あるよねぇ。でもまぁ、一時的に混乱するだけで、悪いことがバレるわけでもないし最終的にはプラスになると思うな」
「……本人に黙ったままだとしても?」
「別にいいでしょ」
さも当然かのように、オーコはあっけらかんと答えた。
「そりゃあ、本人の意思は大事だろうけどさ。間違った道を選ぼうとしてるなら、正してあげるのも優しさでしょ? 周りが導いてあげなきゃ」
とんでもない上から目線だ。このくらいの考えのほうが、ある意味マネージャーに向きなのかもしれないけど。
「それにお姉ちゃんは仮面を外すことに抵抗ないよ。躊躇っているのは、さきちゃん。事務所……もあるだろうし、睦ちゃんとかも関係してるかもね」
「だから、アタシに賛成ってこと?」
「うん」
どうやら、オーコは本当に仮面を外すことに同意してくれるらしかった。
少し、安堵する。バレたところで詰みではなかったが、めんどくさい状況を回避できたのは事実だ。これで後は、詳細を調整するだけ。
「……で、結局アンタはどうすんの? スルーしてくれるわけ?」
「まぁ、そのつもりではあるかな」
「でも、アンタはマネージャーでしょ。バレたときはアタシより罪重くない?」
そう。アタシが破るのはあくまで、仮面を外すなというサキコの個人的な指示。裏切る相手はサキコひとりで、他に何かを約束したわけじゃない。サキコだってアタシを脱退させるだけの力はないだろうから、どれだけ下振れても険悪になるくらいの影響しかない。
一方、オーコは──契約内容の詳細は知らないが──事務所に所属している社員みたいなものだ。マネージャーとして問題を把握していながら放置したとなれば、明確に職務に違反しているといえるだろう。
今更気づいたのか、「たしかに……」と目を丸くするオーコ。
おっそ。
そもそも、こうして仮面云々に関して話してること自体グレーだ。
オーコはしばらく考え込んでから、突然、いい考えが思いついたというように、ぽんと手を打った。
「そうだ! じゃあ、あたしが事務所に許可とっとくよ」
「そんなことできんの?」
「うーん。社長さんに言っておけば大丈夫じゃないかなぁ」
やはり、アタシの見立ては間違いではなかったらしい。
先ほどははぐらかされたが、オーコと社長には何らかの繋がりがある。それも、かなり強い繫がり。
まさか親戚とか? 血縁関係のコネは真っ先に候補に入る。直接の血の繋がりは無いとしても、親経由のコネ……とか。だとすれば、ウイコの方をつついてみてもいいかもしれない。
「やっぱ事務所の社長と相当仲いいんじゃん」
「そんなことないよ~。たまたまタイミングが良く手に入ったからさ」
「なにが?」
現状では推測する手立てもないしとすでに諦めた、特に探る意図もない何気ない問い。
でも。
オーコはまた、あの気持ち悪い笑みで
「情報漏洩の、証拠」
そう、答えた。
どういう意味だろう。
いずれ分かるようになるのだろうか。
「にゃむちゃんの名前は出さないように、上手く言っとくよ」
「はいはい」
正直、してやられた感はある。ただ、損失自体は何もなかった。むしろ、事務所の黙認が得られたぶん差し引きでプラスといっていい。
窓の外では、いつの間にか落ちかかった陽が街を赤く照らしていた。
すっかり冷めたフレーバーティーを飲み干し、向かいに座る人物をもう一度だけ見やる。
オーコ──この子が何を考え、何を企んでいるのか。
その裏を掴むのは、どうやらもう少し先になりそうだった。
◆◆◆
「ただいまー」
「……ん、チラシ? へぇ~……沢山あるじゃん。島だとあんまり見なかったよね、こういうの」
「商店街のスーパー、特売だって。うわ、やっす。買いに行っちゃおうかな~」
「あ、ここにもある」
「……」
「……ねぇ」
「このお花屋さんのチラシさ。パート募集の連絡のところになんで印なんかつけてるの? わざわざ」
「まさか、電話した?」
「……」
「質問に答えてほしいんだけど。したか、してないか」
「……」
「あぁ、そう。じゃあ、後であたしが連絡して断っとくから」
「……あのさ、分かってる?」
「お母さんは療養中なんだよ!? 働いていいわけないよね!?」
「……お金のことは心配いらないって言ったじゃん。遺してくれたお金もあるし、大丈夫だって」
「今は、治すことに専念しようよ。ね? 評判のいい先生の予約もとれたんだし」
「……」
「まぁ、分かるよ。気持ちは」
「だからね。あたし、お母さんが頑張れるようにご褒美を用意したんだ」
「何かはまだヒミツ~。受け取ってからのお楽しみです~」
「でも、ものすごい喜んでくれると思うなぁ」
「……」
「あはは、そんな焦らないでよ。ちゃ~んといい子にしてたら、プレゼントしてあげるから」
「とびっきりのご褒美を……ね」
プロフィール
名前:三角初華(音歌)
学年:中学3年生
誕生日:3月15日
好きなもの:歌うこと(すてきなうたごえ)・昆虫・お金
好きなうた:『ドレミのうた』
うた:『世界中のこどもたちが』
好きなお花:白百合