僕が剣聖として生きるのは間違っているだろうか 作:ダウナーすこすこてぃっしゅふぉーるど
胎動
様々な音が鳴り響く。
剣戟、砲撃、爆発。
怒号、悲鳴、怨嗟。
一帯は、もはや戦場そのものだった。
時が満ち、闇が胎動する。
恐ろしいほどの速度で。
まるで地獄の大窯を思わせる有様――罪人の代わりに、絶望と怨嗟を燃料として焚べ、暗雲の下で緋色の光を放つ。
轟々と火炎が噴き上がり、巨大な工場が悲鳴のような軋みを上げる。
響く『悪』の哄笑。
安寧を踏み躙る破滅への
「ぐあああっ!?」
それに抗うのは――正義の調べ。
炎獄と化した地で立ち上がる、希望と秩序の音色。
咆声の如き雄叫びが、闇を打ち破る。
「――アリーゼっ、三番倉庫は押さえた!」
幾重もの刃を備えた凶悪な投具が、闇に与する眷属の一人を深く切り裂く。
鮮血を散らし、苦悶の声を上げて倒れ伏す男。
その手元へと戻ってきた
「そのまま四番まで制圧! イスカとマリューに指示! ライラは先の区画、押さえて!!」
返答は、剣で示される。
片手剣【クリムゾン・オーダー】が唸りを上げ、敵を斬り伏せ、無力化していく。
引火し、連鎖する爆発。
立ち込める凶悪な煙を切り裂き、火の粉を弾き飛ばしながら、
「ほいほいほいっと!
「いつもと変わらないわ! 敵ごと火の手を氷漬け! 火災も襲撃も止める!
正靴の音は止まらない。
アリーゼの号令は、指揮者の一振りのように正義の軍勢を駆り立てる。
闇の眷属を薙ぎ払う剣閃。
熱波ごと凍てつかせる吹雪。
それら全てを伴い、進撃は続く。
工場の奥へ、さらに奥へ。
闇が跋扈する元凶を討つため、正義は邁進する。
「――――死ねぇぇえええ!!」
突如、暗闇から暴漢達が躍り出た。
狂気に染まった叫声と共に、武器を振り翳す。
「輝夜、リオン。……任せたよ」
闇を払うように、凛とした低い声が響く。
呼応するように――斬撃。
「こんな所で実戦指導? 【剣聖】サマには、ほとほと困りましたね……乗り遅れないでくださいませ、エルフ様」
「抜かせ輝夜っ。――行きます」
黒と金が風を纏って疾る。
その細身からは想像できぬ加速で、暴漢達の懐へと踏み込み、次々と斬り伏せる。
鞘を離れた刀が空間を裂き、赤い華が咲き乱れる。
『魔力』を宿した木刀の一撃は、四肢を穿ち、骨ごと叩き伏せた。
盾の上から叩き割り、槍の隙間を舞うように縫って殴打。
有象無象では話にならない。
旋風の如き
「ぎゃああああ――――っ!?」
燃え盛る炎に照らされ、闘舞の影絵が壁に踊る。
リューの一振りで最後の一人が薙ぎ倒され、苛烈な影絵は終演を迎えた。
「……なんて張り合いのない。どうしてこんな
刀を握ったまま、輝夜は空いた手を頬に添えて呟く。
その半眼の奥に宿るのは――憤怒。
呼応するように、炎が揺らめいた。
「お、おのれぇぇええええええええええ!!!」
炎の奥。
物陰から男が躍り出る。
手にするのは紅蓮の長剣。
火を放った元凶、火属性の魔力を満載した魔剣。
振り翳し――――しかし、
「な、なんでだ!? 燃えろ、燃えろ燃えろぉぉ!!」
何度振るっても、風を裂くだけ。
本来なら火炎が炸裂し、工場ごと吹き飛ばすはずだった。
だが、魔剣は沈黙していた。
「――そこまでだ」
狂乱する男へ、影が近づく。
「来るなぁああ!」
袈裟斬り――しかし、
赤毛が揺れ、
男は崩れ落ち、意識を失った。
耳を澄ませば、剣戟の音は消えている。
一帯の騒動が、終息を迎えた証だった。
「見慣れてるけどよ……魔剣を素手で掴むって、どうなってんだ」
「相手のステイタスが低くて助かったよ」
ライラに、笑みで返す。
「昔、ヘラファミリアには爪で剣を弾く人がいたとか」
「
「それをされたら、流石に当分寝込みます……」
――その時。
ボォンッ!
腹を打つ轟音が響いた。
「爆撃!? まだ伏兵が――」
「今の方角……まずい、アリーゼっ!」
爆火した方角は、指揮を取るアリーゼの位置だった。
全員が一斉にそちらへ視線を向け、表情に焦燥を貼り付け――時が止まる。
荒ぶる火の海と化した地帯を、悠然と割って歩く人影が一つ。
揺らめく炎が視界を歪ませる中、その姿は異様なほどはっきりと浮かび上がっていた。
結えていた赤髪を勢いよく掻き上げ、アリーゼは堂々と笑みを浮かべる。
「【
フフーン!
胸を張るその表情は、もはや『ドヤ顔』という言葉すら生温い、完全無欠の自己肯定。
――だが、その背中。
「アリーゼ!? お前、服燃えてんぞっ!! 笑止じゃなくて焼死すんぞ!?」
ライラの即応のツッコミが飛び、そこでようやく事態を理解したアリーゼが、ぎょっと目を見開く。
「――えっ」
次の瞬間、本気の反復
火を振り切るように、火を置き去りにするように、ただひたすら駆ける。
足音が連なり、風が巻き起こり、燃え移った炎が次々と掻き消えていく。
やがて、完全に火が消え失せた地点で、アリーゼは膝に手をついた。
「………ふぅ。まぁ、こういう時もあるわよね! 失敗はいつだって明日の糧! これで私はまた理想に近付いたわ!! そうよね、ラインハルトお兄様!」
「すっげぇ力技で誤魔化そうとしてんぞ、アタシ等の団長……」
「前向きで、都合の悪いことは全て揉み消す立ち振る舞い。わたくし達も見習うべきかもしれませんねぇ」
「輝夜っ、アリーゼを侮辱するな! アリーゼはただ、その……少しばかりアレなだけです!」
「庇ってやれよ、そこは」
「……明日は明日の風が吹くって言うしね。いつも元気でなによりだよ」
「アリーゼが
何事もなかったかのように、アリーゼの自信満々な声が場を取り戻す。
同時に、四方八方から遠慮のない
リューは庇おうとして途中で言葉を失い、ラインハルトは身内贔屓を隠しもしない微笑を浮かべ、ライラは最早慣れた様子で、深いため息を吐くだけだった。
「けっ……【剣聖】!? お、お前達、まさか……っ」
その漫才めいた空気を裂くように、地に伏していた男が、恐怖に歪んだ声を絞り出す。
「あら、自己紹介が必要? それなら正々堂々と、たっぷりしてあげるわっ!」
一片の曇りもない笑み。
正義を疑ったことなど一度もない者の、それだった。
「弱きを助け、強きを挫く!」
言葉に違わぬ宣言。
恐れず、怯まず。
『悪』に立ち向かう意思を声に乗せて。
「たまーに、どっちもこらしめる! 差別も区別もしない自由平等! 全ては正なる天秤が示すまま!!」
アリーゼの背後には、総勢十一名の団員達。
団長の口上に応じるように、それぞれの胸に『正しさ』の灯がともる。
「願うは秩序、想うは笑顔!」
唯一の男の眷属として。
唯一の、最初の眷属として。
ラインハルトはその宣誓を、静かな笑顔で見つめていた。
そこには、主神と同じ――慈愛があった。
「その背に宿すは正義の
◇◇◇
「何かわかったかい? シャクティ」
「――ラインハルト、か。今回は手間をかけてしまったな、すまない」
煌々と盛っていた炎は、すでに鳴りを潜めていた。
事件終息後の現場で、後始末を一手に引き受けたのは、都市の憲兵として活動する
一頻り陣頭指揮を終え、瓦礫の残る路地で一人思案に沈んでいた麗人へ、静かに声を掛けたのがラインハルトだった。
「シャクティたちの所と比べると、僕たちは自由行動が多いからね。対応の速度に差が出るのは、どうしても仕方ないと思うよ」
【ガネーシャ・ファミリア】団長――シャクティ・ヴァルマ。
うなじの辺りでばっさりと切り揃えられた藍色の髪が、振り返る動作に合わせて揺れた。その
「……ふっ。そう言ってもらえると、少し救われるな」
小さく息を吐き、視線を炎の跡へ戻す。
「それで――わかったこと、だったか?」
「あぁ――――
「
短く言い切ったあと、シャクティは再び深く息を吐いた。
この
それに打撃を与えるための襲撃――
似た手口の事件は、すでに両手の指では数えきれないほど重なっていた。
「――ラインハルトお兄様っ! シャクティと一緒にいたのね!」
「……っと、アリーゼ。どうしたんだい?」
二人が揃って眉を曇らせ、沈黙に落ちかけたその時だった。
ラインハルトの右腕を抱え込むようにして、勢いよく飛び込んできたのはアリーゼだった。
「ガネーシャ・ファミリアに後始末をお願いしたあと、お兄様の姿が見えなくなったから探しにきたの!」
「それは心配をかけたね」
空いていた左手で、自然な動作のまま頭を撫でる。
その感触に、むふーっと満足げな息を吐き、緑色の瞳を細めるアリーゼを見て、シャクティは思わず苦笑した。
「相も変わらず、仲がいいな。血が繋がっていないというのが、未だに信じられん」
「なーに言ってるのシャクティ。貴女だってアーディと仲良しじゃない。それと一緒よ!」
アリーゼは胸を張り、得意げに続ける。
「それに、血の繋がりなんて、あってないようなものだわ! 私とお兄様には、同じ
「その理屈だと、他の者もラインハルトと――いや、この話はやめよう。ややこしくなる」
「……はは。それより、さっきの話の続きを――」
ラインハルトが話題を戻そうとした、その瞬間。
「――おいあほ団長! 他のファミリアがいる所でその話するなって、前に言っただろ!」
「ほんとうに……堂々と仲睦まじい姿を見せられると、こちらが恥ずかしくなるというもの」
「あ、アリーゼ! はしたないので、早く離れてください!」
次々と現れたのは、アストレア・ファミリアの面々だった。
一人は憤慨し、一人は皮肉を含んだ微笑みを浮かべ、一人は顔を赤らめて慌てている。
どうやら、ラインハルトに続いてアリーゼの姿も見えなくなったため、探しにきたらしい。
「ガネーシャ・ファミリアとは盟友みたいなものよ! つまり家族と同義だから問題ないわ!」
「どこが同義なんだよ! ……悪いな、シャクティ」
「気にするな。それこそ今更だ」
「ほらねっ! シャクティもこう言ってるわ!」
「呆れられてるんだよ! それだけ目の前でやってるってこと、少しは自覚しろ!」
収拾のつかなくなり始めた、ほとんど漫才のような光景。
ラインハルトとシャクティは視線を交わし、同時に小さく首を振った。
場を切り替えるように、ぱんっ、と手を鳴らしたのはラインハルトだった。
「とりあえず、今は今回の件だ。それでシャクティ、続きを聞かせて」
「あぁ。お前たち【アストレア・ファミリア】の迎撃が早かったおかげで、工場の全焼は免れた」
一拍置き、言葉を選ぶように続ける。
「それでようやく、『あるもの』が消えていることが判明した」
「それは?」
「――――魔石製品の『撃鉄装置』だ」
「撃鉄……?」
問い返したのはリューだった。
アリーゼも首を傾げる。
「装置を作動させるための“引き金”だと思えばいい。魔石灯を始めとした、多くの製品の心臓部にあたる」
街路や家庭に普及している『魔石灯』。
誰でも使えるよう簡易化された構造の内部では、突起やレバーといった機構を通じて、『魔石』が起動する。
その中核を担うのが、『撃鉄装置』だった。
今回の事件で重要なのは――それらが、例外なく持ち去られていたという点だ。
「そんなものを奪って、敵は何をするつもりだ?」
「わからん」
「何かを作ろうとしている可能性は?」
「それも、わからん」
輝夜とライラの問いに、シャクティは目を閉じて首を振る。
「
吐き捨てるように呟き、
「……後手に回るのは、嫌なんだよ」
その言葉は、自己嫌悪であり、同時に警告だった。そして、注意喚起だった。
「……ギルドには主要施設の警備強化を要請しておく。フィンたちとも情報を共有しよう」
「市中の巡回も増やした方がいいわね。狙いが見えないなら、せめて芽を潰さないと」
「【ロキ・ファミリア】には、僕から話しておくよ。ちょうど用事もあるし」
「そうか。なら、そちらは任せた」
今後の方針を確認していると――――、
「お姉ちゃん、
澄んだ声が、場に差し込んだ。
短く纏められた薄蒼色の髪。
シャクティと麗人とするなら、可憐。
「アーディ。他の者がいる場で、その呼び方はやめろと言っているだろう」
「ごめーん、お姉ちゃん」
舌を出すアーディに、ラインハルトが僅かに反応する。
それを見て、シャクティは察したように言った。
「すまない、ラインハルト。お前たちの事を言ったつもりではないんだ」
「……わかってる、いいんだよ」
そう返した瞬間だった。
「ラインハルトだーっ!」
「っ、アーディ!」
リューの制止も間に合わず、反対側の腕に抱きつかれる。
「久しぶりだね。今日は抜いたの?」
「いや、抜いてないよ。皆が頼りになるから」
「そっか。ラインハルトが剣を抜く相手が出てきたら、それはそれで大変だもんね」
アーディの確認は、ラインハルトの戦闘スタイルについてだ。
その器を昇華させるにつれて、彼は剣を抜く事を余りしなくなった。
今回の魔剣の白刃取りの様に、
お互い別ファミリアだが、正義と秩序を大事にしているからこそ眷属同士も仲がいい。
特に、ラインハルトとシャクティ達とは出逢ってから七年の付き合い。
兄のように慕われる理由も、今では理解している。
だからこそ、シャクティに対する距離感でアーディも来るのだろう。
「すまないラインハルト、ほらアーディ行くぞ!」
「分かったよお姉ちゃん」
いつもながらの光景に、アーディを引き剥がし引っ張るシャクティ。
「……アリーゼ、後の処理は引き受ける。先ほど伝えた通り、ギルドの報告もやっておこう。お前達は
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら。――ネーゼ! リャーナ達に引き上げるって伝えて!」
「はいよ、了解」
引きずりながら言葉を紡ぐシャクティ、その厚意を素直に受け取ってアリーゼは撤収の旨を告げる。
獣人の少女――ネーゼがてきぱきと他の団員に指示を飛ばし荷物を纏めるのを横目に、リュー達も場を離れようとしていると、アーディが声をかけた。
「リオン! またね」
「ええ、アーディ。また」
引きずられながらも手を振ってくるアーディに苦笑して、リューも手を振りかえす。
「さぁ、正義の凱旋よ! アストレア様のもとへ帰りましょう!」
アリーゼの言葉の裏で、「お姉ちゃん、一人で歩けるよ!」その言葉を背に、アストレア・ファミリアは
剣聖()「ぬ、ぬく!? 抜いてないよ!? それよりたわわ、たわわわわわわわわわわわ!!!! 左にたわわ、右にちいたわ!? 寒暖差で整っちゃうううう!!」
幕間が描く話(各副題は活動報告にあり)
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豊穣祭
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剣聖の受難
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アストレア・ファミリア 剣術指南
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ロキ・ファミリア × 剣聖
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