盲目覇王による古代インド統一   作:アマエ

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10話目

一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その19

 

 

一年半に渡った第五次大遠征はヴィダルバ王国の降伏によって幕を閉じた。百王子が操る戦車に揺られて帰路についたクル王国軍の上層部は、一部を除いて青い顔色と安堵の表情をしていたという。王都までの長い道行を嘆きつつ、しかしやっと安全運転する御者に変更できるという希望を見出していたのかもしれない。

 

百王子のほとんどが御者の真似事に回ったため己も馬ではなく父王の戦車に乗ることにしたドゥリーヨダナは、先にカルナが御者台に座ったことに文句を言った。ここでの会話は全マハーバーラタ中最難解だとされている。理由は言わずもがな。以下カッコ内は現代語訳マハーバーラタの注釈を引用したものである。

 

「つまらんなー、俺様が父上の馬車を運転したかった!」

 

義兄(あに)よ、思い上がるな」(義兄上は初心者マークドライバーなので、長時間運転は私に任せてください)

 

「お前に教えてもらったとおりにするから問題なーい! 過保護だぞ、カルナ!」

 

「無駄に時間を費やすな」(せっかく国王陛下と二人きりなのですから、会話を楽しんではどうですか)

 

「ぐぬっ、それは確かに…… いや、父上はお疲れだろう」

 

「王よ、腑抜けたか?」(お疲れであっても陛下は義兄上に時間を惜しまないでしょう。そうですよね、陛下)

 

「ふっ、その通りだ。ドゥリーヨダナ、此度の感想を父に聞かせてくれ」

 

何度か同盟国で足をとめつつハスティナープラに凱旋したクル王国軍。王宮に戻った盲目覇王と百王子はガーンダーリーとドゥフシャラーに迎えられ、一家はしばらくぶりの団欒を楽しんだという。

 

遠征でインドの半分を手にしたドリタラーシュトラの次の一手は、成人した王子らを各地の領主に据えることであった。広大すぎる領土をどう統治するのか。人類史の全ての帝国が直面したこの問題は、クル王国において人海戦術で解決された。パーンダヴァの双子と養子カルナを含めて百六人も王子がいたからできたことである。覇王はヴィドゥラに命じて王子らを基本二人一組で各地に配置させた。さらに長老達の一族から補佐官を選出させ、王子らの助けとした。

 

王太子ドゥリーヨダナは王都で父王の補佐を務め、統治者の教育を受けていないカルナは肩書きだけのアンガ領主として王宮住まいを続けた。反してパーンダヴァの長兄ユディシュティラは古都インドラプラスタと周辺の土地を与えられ、不毛の地と呼ばれる一帯の開発を弟四人とともに行うことになった。これは彼らの父パーンドゥの意向によるもので、半神であり一族の火種になりかけた我が子らにあえて厳しい土地を与えることで、王家への忠誠を示したとされている。

 

戦車の操縦も含めヤンキー集団のように描写されることが多い百王子だが、意外にも領主として問題を起こすことはなかった。それは自国の統治に関して非常に穏健なドリタラーシュトラの影響であったかもしれないし、宰相ヴィドゥラが厳選して彼らにつけた補佐官達の涙ぐましい努力によるものだったかもしれない。いずれにせよ、盲目覇王が奪い取った国々のその後は驚くほど平穏であった。

 

第六次大遠征までのインターバルは約五年。それは若き領主たちがそれぞれの土地に根を下ろし、クル王国による統治を定着させるための猶予期間であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その20

 

 

各地に新領主が誕生して三年が経ったころ、十代後半になった次代のクル王族のもとに婚約の打診が届くようになった。同盟国という名の属国がこぞって血縁の姫君を嫁がせようと動いたのだ。特に王太子ドゥリーヨダナの元には数百の申し入れがあり、覇王と妻ガーンダーリーは苦笑いを浮かべたという。

 

いつの世でも次期王妃の選出というのは非常に厳しい目で行われる。恋愛結婚という概念に乏しい古代インドにおいて、ドゥリーヨダナの婚約者は戦略的な意味合いが色濃いものであった。

 

最初の妻(実際は最初で最後の妻)に選ばれたのは旧カリンガ王家のバーヌマティー姫。

 

後世の恋愛劇で艶めく髪のバーヌマティーと呼ばれる彼女は、先の大遠征でクル王国軍に夜襲をかけたカリンガ・アンドラ連合軍の盟主、カリンガ王シュルターユの遠縁の娘であり、アダルマの償いとして莫大な持参金とともに差し出された贄の花嫁であった。

 

この時バーヌマティーは十一歳。古代インドでは珍しくない年齢とはいえ、十八歳のドゥリーヨダナから見て子供でしかなかっただろう。

 

「おっ、お初に、おっ、お目にかかりましゅ! いひゃぃ、ううっ、チトラーンガダの娘、バっ、バーヌマティーと申しま……す!」

 

婚約が決まって侍女数名のみを伴いやってきた姫君は、小柄でいっそ見窄らしい有様であったという。盲目覇王に夜襲をしかけたうえ徹底抗戦した敗戦国の姫なのだ。クル王国の支配下に置かれた新体制で冷遇されたであろう彼女は、婚約者一家の前で怯え震えていたという。

 

ドゥリーヨダナは震える少女をしばらく観察していたが、不意に立ち上がって彼女に近づいた。

 

「よく来たな! 俺様がお前の夫となるドゥリーヨダナだ。そう怯えんでも、取って食ったりしないぞ」

 

「いえっ、おっ、怯えているのでは……あばばば……」

 

「震えておるではないか。舌も回っておらんし」

 

「わたっ、私こういうのっ、はじめてで」

 

「俺様も婚約ははじめてだ。ふふっ、お揃いだな!」

 

人悪の英雄ドゥリーヨダナの魅力は、相手が誰であれ気に入ったら前のめりで愛することだというファンは多い。両親と弟妹は当然として、義弟カルナや後に友になるアシュヴァッターマンへの親愛は確かに素晴らしい。そしてこの魅力は婚約者バーヌマティーに対しても大いに発揮された。

 

「父上、愛らしい婚約者殿に新たな住まいを案内したいのですが、退席してもよろしいですか?」

 

「許す。バーヌマティーよ、うぬはすでに我が娘も同然。気を楽にして過ごせ」

 

「あわわ、は、はいいっ」

 

念のため断言するが、ドゥリーヨダナにロリータコンプレックスがあったわけではない。大国カリンガを飲み込んだ後始末としてやってきた小さな少女を憐れんだのか、怯える様子に庇護欲が湧いたのか、それとも美しい女に成長するであろう顔貌に惹かれたのか。マハーバーラタに彼の心情は描かれていないが、このシーンで人好きがする悪い笑顔を浮かべていたのは想像に易い。

 

この半年後にドゥリーヨダナとバーヌマティーの婚礼の儀が行われ、王国は祝福の空気に包まれた。アダルマの国からやってきた姫君は一部国民から複雑な感情を向けられるも、最後の口付けで夫の太い首にしがみつき真っ赤な顔で愛でられる姿が民衆の胸を打ち、その健気さは大声援と大きな拍手で迎えられたという。

 

王太子の結婚を皮切りに王子達が次々と嫁をとり、ドリタラーシュトラの大家族は一年で二倍近くに膨れ上がった。百王子はなるべく合同で婚儀を行ったようだが、祝い事続きの王国はいい意味で異様であっただろう。

 

同時期にそれぞれ嫁をもらったパーンダヴァ五兄弟の数奇な事情も興味深い。ユディシュティラの婚約者としてやってきた属国パンチャーラのドラウパディー姫がアルジュナに一目惚れしてしまい、パーンドゥとクンティーの仲裁の末何故か五兄弟全員の共通の妻になったのは多くの読者を困惑させた。また、ビーマに一目惚れした羅刹女ヒディンバーがインドラプラスタまで押しかけ、その猛アタックに絆されたビーマが異種間婚するエピソードは近年ドラマ化されている。

 

祝福されし二年。ドゥリーヨダナの結婚から第六次大遠征開始までの四章を指すこの言葉は、続く第六次大遠征を描いた八章との対比をより鮮烈にするものだ。

 

インド中南部の雄、神々に愛されしクンターラ国。独自の文化を持つ恐るべき異境カルナータ国。この二つの大国と繰り広げられた三十回以上の小競り合いと血で血を洗う大決戦。それがマハーバーラタ終盤の幕開けーー第六次大遠征である。

 

 

 

 

 

 

とあるカルデアにて

 

 

それはマスター藤丸立香が六つ目の異聞帯を切り落とし、新たにモルガンという女王系サーヴァントをカルデアに召喚した時のこと。彼女は開口一番、藤丸を「我が夫」と呼び、カルデアの生活においてマスターの伴侶として振る舞った。当然ながらこの行動はマスターの母や恋人、伴侶などを自称するサーヴァントたちを刺激し、一時カルデアは地雷原のような緊張感に包まれたのだ。

 

地獄のような睨み合いの渦中にあった藤丸は、十日程度で収まった重婚問題(藤丸は未婚である)で疲れた心身を癒すべく、仲良し家族の代表であるマハーバーラタ系サーヴァントらとシミュレータ経由のピクニックにやってきていた。

 

「あー、やっと終わってくれた。しんどかったよ……女の戦い怖すぎでは?」

 

「マスターお疲れさん。ジャレビ食うか? 飲み物は紅茶か、邪道だがコーヒーもあるぜ」

 

「ありがとうビーマ。ううっ、妻だ夫だ言ってこないの嬉しい」

 

ほぼ筋肉でできている戦士達に囲まれているのは一見物々しいが、藤丸はこれ以上ない安らぎを感じていた。盲目覇王ドリタラーシュトラをはじめマハーバーラタの英雄達は戦場以外では常識的な大人ばかりだ。ちょっとドゥリーヨダナが悪どかったり、カルナの言葉選びが壊滅的だったり、アルジュナが真面目すぎて時折黒くなったり、ビーマとドゥリーヨダナの模擬決闘がシミュレータに負荷をかけすぎたり、王族じゃないアシュヴァッターマンが苦労人だったり色々あるが、全体的に見ると常識的なのだ。

 

ビーマが差し出してくれた甘いお菓子と邪道なコーヒーを受け取り、ありがたくいただく。優しい味にほっこりしていると、向かいに座った巌のような男が落ち着いた声をかけてきた。

 

「マスター、夫婦は素晴らしいものだ」

 

「んんっ、覇王様いきなりどうしたの?」

 

背を丸めていたマスターがぴっと姿勢を正してドリタラーシュトラを見つめる。

 

「我が妻ガーンダーリーは得難い女であった。賢く美しく強い、俺の自慢の」

 

低すぎて割れそうな声がどこか甘さを持って紡がれる。珍しく饒舌な覇王の語りを聞いていると、藤丸の隣でくつろいでいたドゥリーヨダナが耳元に囁いた。

 

「昨今の夫婦騒動で寂しくなってしまわれたようでなぁ。母上自慢はどれも良い話だから最後までしっかり聞いてくれ、マスター」

 

「聞こえておるぞ」

 

「これは失礼いたしました、父上。わし様も母上のお話を聞きたいので、心ゆくまでどうぞ」

 

おどけた返答をする息子を白んだ瞳で見つめた覇王は、ふと口元を緩ませて言った。

 

「うぬの妻の話がよい」

 

「バーヌマティーの?」

 

「うむ、久々にな」

 

頷くドリタラーシュトラにパーンダヴァの二人も珍しくニヤニヤ(アルジュナは雰囲気だけ)して同意する。アルジュナの隣に猫のように座っているアルジュナ・オルタは首をかしげるだけだった。

 

「私も久しぶりに聞きたいです。貴方の『面白い女』自慢」

 

「あのピルピル震えてばっかのチビ、十年したらすげーいい女に育ったよな。マスターの時代じゃ劇的ビフォーアフターとかいうんだろ?」

 

ビーマが昔を思い出して笑う。ある意味妻を笑われたドゥリーヨダナは好敵手を睨みつけ、組んでいた足を崩して片膝を立てた。あからさまな臨戦状態であった。

 

「アホビーマ、貴様が我が妻を揶揄い泣かせたこと許しておらんぞ。貴様が来るたびに逃げるバーヌマティーを公務に引き摺り出すのにどれだけ苦労したことか!」

 

「んなこと言って、一番泣かせてたのお前じゃねーか」

 

「ドゥリーヨダナ、貴方結婚した時に『つつくと良い反応をするうってつけの玩具』とか『どれだけ顔を赤くできるか試したい』とか『すぐ泣いてすぐ笑う表情筋が忙しい女』とか言ってましたね」

 

「何っ、それは真か」

 

アルジュナが暴露した仲間内の惚気の内容にドリタラーシュトラが眉を上げた。真っ当な愛妻家であった彼は、長男が幼妻をいじめて可愛がっていたことを知らなかったようだ。ドゥリーヨダナは従兄弟に物申していたのが嘘のように顔色を変え、弁明を始める。

 

人類最後のマスターはほっこりした気持ちで一連の会話を聞き流した。途中でカルナと通訳なしで話すチャレンジをしてみたり、ビーマとドゥリーヨダナの間にそれとなく陣取ったアシュヴァッターマンの苦労性に共感したりと、マハーバーラタ組からしか得られない癒しを享受していたのだった。

 




後書き

第六次大遠征前の結婚関係のエピソードでした。
わし様はいじめっ子→溺愛系の困った夫だったという話。
バーヌマティーはあがり症で言葉が上手に出てこないタイプの小動物。
一見敗戦国王女で生贄なドアマット系ヒロインだけど、本人は別にトラウマ持ちではありません。
なお、結婚してから二人が結ばれるまで六年かかりました。
バーヌマティーは本作のマハーバーラタ三大美女の一人です。

コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!

【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。

  • 長兄以外の百王子から見た父王
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  • 敵国から見た盲目覇王
  • 現パロの盲目覇王一家
  • 第4次聖杯戦争の盲目覇王
  • 第5次聖杯戦争の盲目覇王
  • オリジナル聖杯戦争の盲目覇王
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