一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その21
第六次大遠征は、ドリタラーシュトラの七回の大遠征の中で最も多くの死者を出した血塗られた遠征である。約一年という短さながら、繰り返された小競り合いの末の決戦ではクル王族にさえ死者が出た。
敵はヴィシュヌ神の加護を受けしクンターラ王国とオーパーツに等しい技術を持つカルナータ王国の異色の連合軍。いずれも現実の国家ではないような強敵であった。
クンターラ国王クリシュナはある日突然王国に現れ、ごく自然に玉座に座った。彼はこの世のものとは思えぬほど美しく、青みがかった黒い肌と瞳をしており、己は盲目覇王による被害を調整するため遣わされたヴィシュヌ神の化身であると告げた。それを聞いた当時の王は歓喜し、即日王位を譲ったという。
神の化身クリシュナの存在は、マハーバーラタにおける数少ない神による直接介入である。この他にはウシナラ国王への啓示とパーンダヴァ五兄弟及びカルナの出生に関わるのみ。このため三大神の一柱が化身とはいえ登場するのはテキスチャ違いだとする学者は多く、マハーバーラタ下巻は戦争史として認めがたいレベルで脚色されているという意見が根強い。歴史は勝者により記されるものだが、第六次大遠征に関してどのような意図があったのかは論議の対象なのである。
厳しい戦いを予期したのか、ドリタラーシュトラは大遠征に向けて軍を拡大し、初めて同盟国からの徴兵を命じた。対象は戦士階級、それも腕に自信がある者のみ。集められた戦士たちは覇王によってさらなる篩にかけられた。
「三秒後に立っている者のみ参戦を許す」
巌のようなクル国王の言葉は、明確な死のイメージを伴っていた。原文で「冷たい手に心臓と背骨を引っこ抜かれるような衝撃」と形容されるそれは、ドリタラーシュトラが発した殺気であったとされている。ハスティナープラ近郊の草原に集められた十万人の戦士たちの内、三秒後に地に足をつけていたのは七万人程度。従軍経験がない若者のほとんどは腰を抜かしていた。
最終的に第六次大遠征に参加したのはクル族の戦士十万人と同盟国からの戦士七万人、総勢十七万人であった。盲目覇王が生涯率いた中で最大の軍勢には、騎乗した百王子らとパーンドゥ、彼の五人の息子たちも当然含まれていた。(ちなみにクル王国の国力は数百万人規模の軍勢を動かせるものであったが、ドリタラーシュトラは進軍速度を重視したため、そういった動員を行わなかった)
特筆すべき点として、この遠征ではカルナが王の御者を務めた。アディラタが老齢に差し掛かったため、カルナから交代を申し出たのだ。出立の朝、カルナは「やはり自分が」と言い出した父を「王子に逆らうな」という一言で黙らせた。その後に戦車を走らせながら、あれを今生最後に交わした言葉にしないと己に誓う姿は読者の印象に残ったことだろう。ドリタラーシュトラは御者台に乗ったカルナを咎めなかったという。
暑さが迫る初夏の太陽の下、クル王国率いる同盟軍は南への進軍を始めたのだった。
一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その22(拡張版)
インド南部で栄華を誇ったカルナータ王国は、古代インドのどの国とも異なる文化を持ち、主に海の向こうのアジア諸国との交易を行なっていた。しかし彼らの高い技術力は外との交流で得たものではなく、後世の捏造であるとする意見が主流である。何故ならカルナータ軍の主力武器が人類史に正式に登場するのは千八百年も後のことだからだ。
黒色火薬。
「炸裂する悪魔の砂」と呼ばれた恐るべき黒砂の正体は、これ以外にあり得ないとされている。命中した瞬間に人体を吹き飛ばす矢。戦車さえ木っ端微塵にする爆発する球体。罠を踏むと下半身を失うことになる死の草原。いずれも現代兵器を知る我々にはお馴染みのものである。
オーパーツを軍事に取り入れた悪夢の国。それがカルナータ王国だ。彼らは他の古代インドの国々と交流を持たなかったため、その実態が知られていない。マハーバーラタ以外の資料は少なく、この国について触れるものはほとんどないのである。
そんな鎖国状態のカルナータにクンターラ国王クリシュナが前触れなく訪れたのは、第六次大遠征が始まる直前のことだったという。爆発する矢を構えた兵士に囲まれた美しき王は、微笑みを讃えて彼らを見つめ、それだけで兵士らは弓矢を取り落として腰を抜かした。同じことを何度も行いながらカルナータ国王の前までやってきたクリシュナは、対クル王国の同盟を求め、カルナータはこれに承諾したのだ。
盲目覇王が率いる遠征軍は一月もかけずクンターラ国の国境に到達した。初戦はお互い様子見の小規模なもの。これまで苛烈な進軍を行ってきたドリタラーシュトラらしからぬ消極的な采配であった。クンターラ軍は形勢が悪くなると撤退し、中規模の町に逃げ込んだ。それを追って町が目視できる距離まで近づいた時、覇王は全軍を止めて戦車を降り、目前に広がる草原を指さした。
「この先は死地である」
ドリタラーシュトラは第三の目を開眼した盲目の王であった。彼はその超常的な感覚によって地面に埋められた罠を見抜いたのだ。適当な木の枝を数歩先の地面に突き刺すように投げると、鋭い破裂音とともに土と草が宙に舞う。初めて見る現象に、戦士らは魔物や悪魔の仕業だと疑ったという。
「俺の目にはこの罠が見える。カルナと百王子のみすぐ後ろを着いてこい」
それだけ言った覇王は、異を唱えそうなパーンドゥとビーシュマに忠告した。
「大軍で進めば甚大な被害を被るのだ。うぬらは待機せよ」
この時のドリタラーシュトラの対応は、彼の特異性が浮き彫りになる貴重な一幕である。レーダーのように千里眼を使い、器用に罠を起爆させていく手際。罠の仕組みを知るはずがない男が迷いなくその除去を進める様子は、我々からすれば空恐ろしい。
かくしてクル王族百二人はごく短時間で町の入り口にやってきた。
「うぬらに任せる」
「はい、父上。兄弟たちよ、蹂躙せよ!
ドゥリーヨダナの掛け声で馬上の百王子が一斉に町の中へと突っ込んでいく。カルナも劣らぬ素早さで駆け去り、次々と敵兵を血祭りにあげていった。戦場になった町は騒然とし、住民は兵士の断末魔を締め出すように家を締め切って震えたという。ドリタラーシュトラは敵兵が全滅するなり「戻るぞ」と踵を返し、王子たちもそれに従った。
この後、ビーシュマの指揮でいくつかの罠が掘り出され、パーンダヴァのユディシュティラとサハデーヴァを含む頭脳派による検分が行われた。丸盆を二つ重ねたような形の罠は、誰かが踏んだら内部の金属のやすりが擦れて火花を散らし、詰められた黒い砂に着火、それが人体を破壊する威力で爆発するという仕組みであった。すなわち原始的な地雷である。
恐るべき罠の登場によって、行軍時にはドリタラーシュトラの戦車が全軍の先を行くことになった。毎回精鋭部隊を率いて先陣を切っているとはいえ、本来後方にいるべき国王らしからぬ配置であったことは間違いない。
次の戦闘は三日後に起こった。数百名のクンターラ兵が姿を現し、今度は弓での攻撃を仕掛けてきたのだ。カルナが戦車や馬を狙った矢を打ち払った瞬間、それらは爆発した。後方の部隊まで届いた矢でも同じことが起き、神の怒りのような攻撃にざわめきが広がる。運悪く矢が当たった戦士らは即死であった。
「カルナ」
「問題ない」
至近距離の爆発に見舞われたカルナ。しかし彼は火傷ひとつ負っていなかった。スーリヤ神が与えた黄金の鎧はカルナの体の一部であり、あらゆる物理攻撃から彼を守る加護であったのだ。急な騒音に驚いた馬たちを宥めているうちに、戦車の後方では大楯を手にした戦士たちが軍の最前列に移動していた。
「王よ、御者は必要か?」
「いらぬ」
「では、俺ごと矢を射かけさせろ」
そう言い残し、王家の宝物である業物の槍を手にしたカルナが駆けていく。彼は雨あられと降り注ぐ矢の爆破を利用して、追い風を受けながら一気に弓兵隊に襲い掛かった。さらに、単騎特攻に気を取られた敵軍をクル王国軍から放たれた矢の雨が襲い、それが止んだ後に立っていたのは白い戦士だけであった。
似たような小規模な襲撃を何回も仕掛けられながらたどり着いたクンターラ国王都プラティシュターナ。小高い丘にある王都とその周りに展開するクンターラ軍を仰ぎみるドリタラーシュトラは、いつになく険しい顔をしていたという。
とある転生者のモノローグ
誰だよ古代インドに地雷持ち込んだの!
六回目の大遠征でインド南部に進軍した俺たちは、早速クンターラ軍とぶつかった。といっても相手は数百人の小さな部隊、ただの斥候だ。彼らは誘うように逃げていき、俺たちもあえて乗ってついていった。
ここ最近のクンターラ国はきな臭い。アカシックなんちゃらで未来予知の作業をしていたら、いきなり機能しなくなったので千里眼にチェンジすると、唐突にあの国の王様が交代していた。新しい王様はどこかで見たイケメン。転生前に会った神様と同じ顔だった。えー、ヴィシュヌ神の化身クリシュナ? ……お前今更でてきたのか。クンティーさんの実家周りにその名前の子供が生まれなかったから、てっきりいないと思ってたよ。
そうか、アレが介入したから未来が見えなくなったのか。それならクンターラ全体じゃなくて進軍先に絞って限定的にシミュレートしてやる。多分、それだと地雷みたいな変わり種の要素は拾えないけど、ないよりましだ。
これまで神々と関わることなんてなくて、カルナや甥っ子らの親だと知っていても実感はなかった。半神は強いが神様パワーはうっすらしか持ってない。対してクリシュナの中身は神そのもの。あいつは要注意人物だ。何せマハーバーラタでパーンダヴァを勝たせた立役者。あらゆる場面でいらんことをして、卑怯な手を屁理屈で正当化して、よくわからん長々とした説教まで垂れ、その結果俺の子供たちは死んだ。くっそ、こいつ腹立つな! クンターラ国王のクリシュナに会ったら即刻殺す!
ともあれ、地雷の話だ。敵兵を追ってやってきた草原が地雷原だった時の俺の心情は、ふざけるなの一言。大軍で進んだら大爆殺、被害甚大で目も当てられない。なので、俺が一肌脱いで息子たち(カルナ含む)を連れて先行した。これが三日前のこと。
誰だよ古代インドに爆発する矢じり持ち込んだの!
こんなのスタ〇ーンやシュ〇ルツェネッガーの映画でした見たことねーわ! カルナが爆発に呑まれた時は泣くかと思ったし、後ろじゃ何人か殺られてた。幸い、太陽神がくれた鎧のおかげでカルナは無傷。その後元気に敵陣に突っ込んで自分ごと攻撃させてせん滅という手柄をあげた。とても偉い。
千里眼で見た限り、火薬の武器はクンターラと同盟を組んだカルナータ王国が提供している。鎖国してて人口が少ない国だから、兵はほぼ出していないようだ。軍事練習とか記録は確認できなかった。戦争してないのにこの武器開発したん? マッドサイエンティストの国なのか? でもこういうオーパーツって宇宙人が持ち込んだ説があるんだっけ? 古代インドじゃ神様が持ち込んだ方があり得るか。どっちも切実にやめてほしい。エイリアン退治はジャンルが違うし、家族が呪われるかもしれん神殺しは願い下げだ。
アカシックなんちゃらで黒色火薬を使用した兵器を検索しながら戦車に揺られる。脳みその片隅で地雷を警戒しながらなので、だるい作業だ。多分マシンガンやミサイルは出てこない。千里眼でカルナータ国の隅から隅まで確認したが、銃器の類はなかった。爆弾ぽいものはあったけどな。うちの戦士の防具じゃ耐えられないので対策が必要だ。
火薬。爆弾。連想ゲームしたら何かないか? 爆発。某錬金術の漫画に爆発させるやついたな。あと、雨の日は役立たずって言われた炎使いも。雨、雨か。アカシックなんちゃらよ、天気予報を出してくれ。
俺は幸運だ。今は雨季で、行軍中に何度も大雨に見舞われた。思えばクンターラ軍は雨の日やその直後に仕掛けてこなかった。防水や湿気対策が進んでない時代じゃ火薬を湿らせないのも一苦労。油断はできないが、大雨なら敵も火薬の利用に慎重になるだろう。開発元のカルナータ国の連中が直接来てないならなおさらだ。
よし、方針は定まった。王都プラティシュターナを見に行って、もしクリシュナが出てきたら殺す。あいつが死ねば簡単に国を落とせるだろう。そうならなければ先にカルナータを落とす。こっちは未来予測を立てるのに支障なかったから必勝パターンができてる。さらにじっくり見たら、投石機やボウガンまで開発してたよ。とんでもない国だ。
未来予知が万全じゃない中戦うのは恐ろしい。息子が死ぬかもしれない。弟や甥っ子が、親戚連中が死ぬかもしれない。クリシュナが現れたことで乱数が酷いことになった未来のシミュレーションでは、戦死者の数の桁が増えた。あいつが出てきて何も安泰じゃなくなった。あいつが敵側にいる限り、俺が望む未来は来ない。
だからさ。さっさと死んでくれ、クリシュナ。
後書き
ヴィシュヌ神の化身クリシュナがパーンダヴァの味方ではなくクンターラ国王として登場しました。
転生する前にあった神様もヴィシュヌ神でした。
カルナータ王国に関しては名前と地理と独特な文化ということ以外完全に捏造しています。
マハバの時代に火薬を使うオーパーツ国家。
地雷は大雨で浸水したらダメになる程度の出来です。爆弾や矢じりも湿気に弱い。
流石に近代レベルの精度ではありません。
第六次大遠征は殺伐したまま続きます。覇王の殺意が強い。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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