一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その29
インド南部から帰還したクル王国軍は、これまでにない数の戦死者の弔いのため鎮魂の儀式を執り行った。クンターラ王都前の決戦ではクル王族の長老にも犠牲者がでており、彼らのための葬儀も一族だけで粛々と行われた。ドリタラーシュトラは国王として一連の儀式に参加し、それらが終了した日の夜にガーンダーリーを左膝に乗せて彼女の胸に抱かれることをねだったという。
六度目の大遠征を終え、百王子やパーンダヴァがそれぞれの領地に戻った後、ドリタラーシュトラと宰相ヴィドゥラは戦後処理に追われた。両名を特に悩ませたのが、人口が二割にまで減った狂気の国カルナータの統治であった。二人一組で各地の領主に据えている百王子を調整して旧王国を統治させる案は、すぐさま却下された。百王子は優秀な領主に育っているが、この不安が残る地の施政者にするにはまだ未熟であったのだ。
「うぬの直轄領としよう」
「それしかありますまい。遠隔地ですから代官を置くことになりますが」
「サハデーヴァはどうだ。あの子は賢く腕も立つ」
「パーンダヴァの中では一番適任かと。パーンドゥ兄上へのお話は」
「俺がする」
かくして旧カルナータ王国はヴィドゥラの直轄地となり、宰相として国を離れられないヴィドゥラは甥サハデーヴァに補佐官をつけて代官に任命した。サハデーヴァは、パーンダヴァ末弟にして医神アシュヴィン双神の子である。頭脳明晰で剣士としても優秀。さらに社交的すぎるきらいがある双子の兄ナクラのフォローをしているおかげか、大変気が利くうえに行動力があった。数十年後にクル王国宰相となる知恵者サハデーヴァの初めての役職は、旧カルナータ領の代官であったのだ。
旧クンターラ王国はその巨大な国土を分割して統治することになり、こちらは百王子に任せる方向でまとまった。想定よりはるかに大きな犠牲が出た同盟国の戦士たちに関しては、彼らの国によく便宜を図らうことになった。
「……皆元気にしていたか」
「はい。義姉上をはじめ女性陣は変わりなく、王宮の者たちも同様です。ああ、そういえば」
「む、どうした?」
「じきにパーンドゥ兄上から報せが飛んでくるでしょうが、先にお耳に入れておきます。ヒディンバーが男子を産みました」
この時、ドリタラーシュトラは珍しくそれとわかる笑みを浮かべたという。ビーマの子の誕生は、王子らの結婚ラッシュ以来の祝事であった。
生まれた子の名はガトートカチャ。彼はパーンドゥの初孫であり、羅刹女ヒディンバーとの間の混血児であった。なお、ガトートカチャは長じて東南アジア地域との貿易に携わり、クル王国の大使として赴いたインドネシアで数々の怪異を打ち倒し、現代でもなお大人気の国民的英雄になるのである。同国のアニメやゲームに多々登場するので、興味がある方は是非インドネシアの二次元文化を調べてみてほしい。
同日インドラプラスタからの早馬が到着し、ドリタラーシュトラは喜びとともにその使者を迎えたのだった。
一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その30
百王子の結婚が続いた時、盲目覇王の末の子にして一人娘であるドゥフシャラーの嫁ぎ先をどうするかの議論も行われた。この頃には古代インド統一が現実的な目標になっており、政略結婚しようにも周りは属国ばかりで旨味がなく。当人がいないところでビーシュマを筆頭に長老たちがああでもない、こうでもないと考えを交わし、最終的にドリタラーシュトラに提示された候補は、クル王国との関係が特に良好な二国に絞られた。
ひとつはパーンダヴァ共通の妻ドラウパディーの実家であるパンチャーラ国。ドラウパディーの弟ドリシュタデュムナはすでに妻を娶っていたが、クル王国の姫を娶るのであれば第一夫人に据えるという話がついていた。ドリシュタデュムナは絶世の美女の姉弟だけあって大変な美男と評判であった。
もうひとつは人徳高きウシナラ王の親族が統治するナヴァラーストラ国。インド中西部の小国であるが、若き国王は人格者として知られ、民の幸福度が高い穏やかな国であった。ナヴァラーストラの王妃は早世した前国王(兄)の寡婦であり、子を得られない予言の持ち主であったため、王は他に妻を娶る必要があったのだ。結婚に際しての条件はパンチャーラと同じであったが、ナヴァラーストラからの文書には、結婚の暁には現王妃と姉妹のように仲良くしてほしいという国王からのメッセージが添えられていた。
ドリタラーシュトラとガーンダーリーはこの二国について娘に包み隠さず話した。
「お父様、お母様。私、ナヴァラーストラ国に嫁ぎたいです」
ドゥフシャラーは母親そっくりの美しい王女であったという。さらには古代インド一の大国の唯一の姫として、どこに嫁いでも尊ばれる立場であった。彼女が自覚していなかったとは考えづらく、そのうえでナヴァラーストラを選んだところに彼女の人物像がうかがえる。
「穏やかでとても素敵な国だと伺っています。それに旦那様になる方が優しくて、王妃様と姉妹みたいにしていいだなんて夢みたいだわ。私、ずっとお姉さまが欲しかったんです」
「それはよく知っていますよ、ドゥフシャラー。いつもドゥリーヨダナとお姉さまごっこをしていましたものね」
「あの王は良い人間だ。うぬと気が合うであろう」
クル王国の王女の輿入れ話はとんとん拍子で進み、顔合わせと婚約の儀から半年後に結婚式が行われた。ドゥフシャラーと共にナヴァラーストラを訪れたドリタラーシュトラとガーンダーリー、百王子とカルナ、パーンダヴァを代表して同行したナクラなどの一行は、小規模な王都が歓迎の花で埋まりそうな歓待ぶりに圧倒されつつ、良き国に自慢の姫が嫁ぐことを寿いだという。
ドゥリーヨダナ以外の子供たちが独り立ちあるいは嫁いでいった後のハスティナ―プラ王宮は、王子らが幼かった頃とは別の場所のように静かであったという。第三の目を開いていても盲目のドリタラーシュトラには、特にそう感じたかもしれない。しかし完全に若い活気が失われていたわけではなかった。
百王子の武芸の師ドローナにはアシュヴァッターマンという一人息子がいた。百王子より六歳年下の彼は今年成人したばかり。教養高いバラモンでありながら、盲目覇王のもと次の大遠征に参加することを強く希望している若き武人であった。
大遠征に向けて強くなりたいアシュヴァッターマンと百人の弟妹が王宮を去ってしまったドゥリーヨダナが意気投合し、カルナを交えて練習場で実戦さながらの打ち合いをするようになったのは微笑ましい友情の芽生えだ。三人が異なる社会階級の出身であることも、時代を先取りした設定であったと言えよう。
赤みがかった髪をした若きバラモンには恐るべき武芸の才があった。幼いころから父の薫陶を受け、あらゆる武器を使いこなし、誰よりも速く駆ける足の持ち主。彼こそがバラモン最強の戦士アシュヴァッターマンだ。
超技巧派の棍棒術の達人ドゥリーヨダナ。槍も弓もインド最強格の半神カルナ。後に六万人力の志尊の戦士と呼ばれるアシュヴァッターマン。そして、彼らのじゃれ合いが王宮の庭を荒らし建物に大きな罅を入れた際に叱るかわりに三人まとめて稽古をつけてやったドリタラーシュトラ。ハスティナープラ王宮は魔境であった。
平和な日々は三年続いた。この間にクル王国は新たに領地となったクンターラとカルナータを完全に統治下に置き、インド最南部への物資の供給ルートを確立する。長男を除く百王子とパーンダヴァに次々と子供が生まれ幸福に包まれた王国で、最後の大遠征の準備は着々と進んでいたのである。
とあるカルデアにて
アシュヴァッターマンはカルデア最古参の英霊の一人である。
藤丸立香が中世フランスから帰還した後に行った召喚でやってきた、カルデア二人目のアーチャーにして初の「星4」に分類される英霊。当時はまだ戦力が充実しておらず、クラス相性が良いサーヴァントは戦闘向き不向きを問わず戦場に引っ張り出されていた。全ての戦場に赴くマスターを思えば文句をいう者はいなかったが、それなりに大変であったのだ。そんな中、生粋の戦士であるアシュヴァッターマンは大歓迎されて優先的に霊基を強化されることになった。
生前参加した大遠征で起った諸々のせいで憤怒の化身の一面を持つようになったアシュヴァッターマンは、己の怒りに染まった色合いと物腰から遠巻きにされることを予想していた。しかし藤丸をはじめカルデアの面々は、彼が戦闘で猛ろうと、宝具で敵をミンチにしようと、話しかけられて思わず凄んでしまっても全く気にしなかった。どころか頼もしい!とキラキラした目で見てきた。多分、早い段階で絆されていた。
セプテムを、オケアノスを、ロンドンを超えて人理焼却の黒幕と対面した。古代インドの大遠征さえ凌駕するスケールの戦いに、あの頃の仲間たちと共に挑みたいと切に願っていた。
その祈りが歪んで叶ったかのように北米でカルナとアルジュナに遭遇し、そうじゃねえとキレながらどちらとも戦った。その後の召喚で二人とも仲間になったのにはマスターと顔を見合わせて笑ってしまった。続いてキャメロット行きの前にビーマがやってきた。槍の女神との死闘を制した後にドゥリーヨダナがやってきた時は、歓喜すると同時にいよいよ次は「あの方」かと期待した。きっと皆がそうだった。
しかし、焼却された世界を取り戻し、一度霊基グラフに退去した英霊たちが白紙化した世界に再召喚され、異聞帯でさらなる激闘を繰り返しても、待ち望む王は来なかった。
「アシュヴァッターマン達がずっと待ってる『あの方』って、ドリタラーシュトラ、様?」
「ああ、俺が知る最強の戦士。我らが盲目覇王。ドリタラーシュトラ陛下だ」
三つ目の異聞帯を切り落とした後、シミュレータ帰りのアシュヴァッターマンにマスターが近づいてきた。中央管制室に行く途中らしく、同じ方向だねと笑って話を振ってきた。
「マスターになって初めて英霊についてドクター達に説明してもらった時にね、召喚が想定される最強格として名前が出たんだ。二百回以上戦争して全部勝ったうえに本人がメチャクチャ強い! しかも大家族の頼れるお父さんだって聞いて、絶対来てほしいって思った」
まだ呼べてないのは物欲センサーのせいかなあ、と苦笑して藤丸はバラモンの戦士を見上げる。
「ドゥリーヨダナ達からもいっぱい話を聞いてる。大遠征の話とか、家ではどんなだったかとか」
「素晴らしい方だろ」
「うん、早く会いたい」
「ドゥリーヨダナの旦那に召喚に立ち会ってもらっちゃどうだ。陛下のことだから釣られてくるかもだぜ」
「あはは、本当にそういうお父さんなんだ」
「おうよ、うちの父上も相当だったが、陛下はなぁ……」
あの会話は楽しかった。目に入りそうな血を手の甲で拭い、肩で息をする。四つ目の異聞帯がインドだと聞いた時、知った顔と敵対することを覚悟していた。なんならドリタラーシュトラが異聞帯の王という最悪の事態まで可能性として考えていた。
幸か不幸かそうはならなかった。否、不幸なことにこのインドに盲目覇王はいない。第六次大遠征の決戦でクリシュナが勝利した、枝分かれの世界の果て。それがこの異聞帯なのだ。
今回マスターに同行する適性があったのはクル王国ゆかりの英霊のみ。しかしレイシフトの際に全員はぐれ、合流できたのはビーマだけだ。クンターラ王クリシュナが己の大元であるヴィシュヌ神を逆に降ろして統合したことで、古代インドは神が直接統治する信仰国家になった。神代が終わることがなかった、人々の信仰心により神々が超強化された世界。神性を持つサーヴァントの力も強化されるのがせめてもの救いだが、地方の弱小神相手に苦戦しているこの状況ではそうも言っていられない。
防ぎきれなかった攻撃の余波で昏倒した藤丸をビーマが庇っている。まだあちらの方が余力があるなら、アシュヴァッターマンが選ぶ道は一つであった。
「おいビーマ! テメエはマスター連れて退却しろ!」
「何言ってやがる、お前のが足速いだろうが!」
「このザマ見りゃ無理だってわかんだろ! さっさと行け! それに、神性がねえ旦那が心配だ。早く合流してやってくれ」
目の前の神は小さな村で信仰されているだけの水神だ。これに勝てないようでは、クリシュナと対峙するなど夢のまた夢。ギリ、と奥歯と噛み締めてチャクラムを握り直す。背後ではビーマが悔しい唸り声をあげて走り出すタイミングを測っていた。
マスターの意識がないせいか、宝具を放つだけの魔力が溜まらない。それでもやるしかないと足に力を入れたその時。
「アシュヴァッターマン」
重く、低い、割れそうな声が彼の名を呼んだ。
水神が新参者に警戒してウォーターカッターのような攻撃を差し向ける。それは無骨な剣に打ち払われ、ただの水飛沫となって散らばった。
「まさか」
ポツリと溢れた声は、ビーマの大声にかき消された。
「伯父上!!」
巌のような男がゆっくりと近づいてくる。ビーマの隣を抜ける際にその肩を撫で、マスターを一瞥してから、アシュヴァッターマンの方へとやってくる。
「面妖な場所に呼ばれたと思っておったが、ここでうぬらに再会しようとは」
白みがかった茶色い瞳が少しだけ柔らかくバラモンの弓兵を見下ろした。いつだって勝利する未来を見ていた千里眼だ。
「陛下も、呼ばれたのですか。我らを勝利に導くために?」
自分らしくもない弱い声に、アシュヴァッターマンは舌打ちしたくなった。英霊としてようやく合間見えた王に、こんな情けない姿を見せたくなかった。
「うぬらの事情はわからぬが、どうやら倒すべき敵は決まっておるな」
盲目覇王ドリタラーシュトラは手にした豪剣を水神に向け、在りし日のように言い放った。
「このドリタラーシュトラが再び覇を唱えよう。征くぞ、アシュヴァッターマン、ビーマ……開戦である!」
後書き
大遠征後のインターバルのエピソードでした。
マハバ組の子供世代の最年長は羅刹の子ガトートカチャ。インドネシアで大人気の英雄です。
ドゥフシャラーは原典と全く違う人と結婚しました。
夫とももう一人の王妃ともめっちゃ仲良しな円満家族になります。
カルデアの話は並行世界のインド異聞帯のお話。
クリシュナが「どうせなら神が統治して人口コントロールするか」ってなった世界です。
無敵バリアと神様パワーで盛大にズルして覇王を下しました。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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