盲目覇王による古代インド統一   作:アマエ

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16話目

一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その31

 

 

第七次大遠征は消化試合になると誰もが思い、その予想を大きく裏切られた泥沼であった。

 

インド最南部を対象としたこの遠征は、ほとんどの国が事前に降伏したことで取り止めになると思われていた。しかし古代インド唯一の島国ランカーは下らず、同盟を結ぶのなら盲目覇王自ら赴くべきだという気強い返答があったため、小規模の軍勢が編成されることになった。

 

盲目覇王がほぼクル族のみの戦士五万人を率いてハスティナ―プラを出立したのは、前回の大遠征から三年と少しが過ぎた冬の日であった。インド北部の冬は冷えるため、戦士たちは毛皮の上着などを着込んでいた。中でもドリタラーシュトラはヒマラヤ山脈に生息する長毛のヤギの毛皮の上着を羽織っており、その姿は雪山の主の様であったという。

 

クル王国の支配下に置かれた土地を縦断する道のりは長かった。途中で同盟国や百王子の領地に立ち寄りながらの地方視察を兼ねた行軍であったとされている。襲撃の危険性もなく、戦闘といえる戦闘は、立ち寄った先の相談をうけての魔物退治くらいであった。

 

その中から、今回はじめて大遠征に参加したバラモンの戦士アシュヴァッターマンに関するエピソードを一つ紹介しよう。

 

クル王国軍が同盟国アスマカで歓待を受けた際、アスマカ国王はドリタラーシュトラにひとつ相談を持ち掛けた。もしかすると世間話のつもりだったのかもしれないが、その内容は家族思いの父が見過ごせるものではなかった。

 

曰く、アスマカ東部の森にヤクシャ(夜叉)が住み着いた。空飛ぶ人食い鬼である彼らは夜な夜な近辺の村に飛来して幼い子供を攫っていく。今はいくつかの村だけに被害が収まっているが、辺境の子供を食い尽くしたら王都の方まで来るかもしれず心配だ。

 

酒器を傾ける手をとめたドリタラーシュトラが対策について言及すると、アスマカ王は冷や汗をかきながら、ヤクシャを退治できる戦士は我が国にいないと答えた。

 

マハーバーラタには、クル王国が支配下の国への支援を行う場面がいくつも登場する。支援内容は食料の供給であったり土木事業への人材派遣であったり様々だが、魔物や悪魔の討伐に戦士を派遣することも多々あった。つまり、アスマカ王が助けを求めれば、ヤクシャ討伐のための戦力が早々に派遣されていたのだ。王家の怠慢で幼い子供が多数犠牲になったことにドリタラーシュトラは静かに怒った。

 

盲目覇王が発した冷ややかな空気に歓迎の宴が静まりかえる。王たちの近くで社交していたドゥリーヨダナがカルナとアシュヴァッターマンを連れて父王の傍に寄っていった。カルナの言葉には注釈をつけているので、スムーズに理解いただけるだろう。

 

「父上、何かありましたか」

 

「ドゥリーヨダナ、急ぎ東部の森に腕利きの者を送れ。人食いのヤクシャを討伐せねばならん」

 

ヤクシャと言われてドゥリーヨダナは少し考え、二人の友(うち一人は弟も兼ねる)に目を向けた。

 

「アシュヴァッターマン、お前に任せる。過剰戦力になるがカルナも連れて行け」

 

「おうよ、承ったぜ」

 

「話にならん」(アシュヴァッターマンほどの実力者にヤクシャ討伐をさせるなら、彼だけですでに過剰戦力です)

 

「そう言うな、カルナ。わが友が超強いのはわかっておる。だが初めてのコロシアイだからな、念のためというやつだ」

 

「お前の気が知れん、無駄なことだ」(義兄上の気配りには頭が下がります。そういうことであれば、たとえ出番がなくても同行しましょう)

 

「んっふっふ、頼んだぞ!」

 

かくしてアシュヴァッターマンはカルナとアスマカ王が用意した案内人とともに東部の森へと向かった。道すがら状況を聞いた若きバラモンは怒りを抱き、必ずや人食い鬼をせん滅すると誓いを立てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その32(拡張版)

 

 

前回から引き続き、バラモン最強の戦士アシュヴァッターマンについて語ろう。

 

アスマカ国の王都からヤクシャが住む森までやってきたアシュヴァッターマンとカルナ。件の森は山の裾野に広がっており、月がない夜の完全な暗闇に包まれていた。近辺の五つの村が被害にあい、いまや子供が残っているのは今回戦士たちが訪れた村のみであったという。夜の到着にも関わらず三人は村長に迎えられ、村長宅に集められた十歳未満の子供たちの護衛とヤクシャを返り討つ任についた。

 

少し経って、草木も眠った頃。上空から近づく気配を察知したアシュヴァッターマンは弓を片手に外へと向かい、カルナは伏兵がいた時のために子供達のそばに残った。

 

村を襲ったのは男女のヤクシャであった。武装した戦士の存在に気付いた二人が殺気立ち、幻影の目眩しを放つ。これまでも幻に隠れて子供達を攫っていたのだろう。しかし今回は相手が悪かった。

 

アシュヴァッターマンは即座に女のヤクシャを撃ち殺した。女性体のヤクシャは魔性の美しさをもつとされるが、艶かしい肢体も整った顔立ちも戦士の殺意を緩めることはなかった。番を殺された男のヤクシャが怒りの叫びと共に襲いかかる。こちらは矢ではなく蹴りで墜落させられ、矢で四肢を地面に縫い止められた。

 

「テメエら二匹だけか? 他のはどこにいる」

 

マハーバーラタに限らずインド神話に登場する悪魔は人に似た姿をして言葉を話すものが多い。ヤクシャやラクシャーサはその筆頭格であるが、彼らが人と相入れることは稀だ。ビーマの妻ヒディンバーやランカー国の羅刹の王族たちは例外中の例外。このためアシュヴァッターマンが男のヤクシャに苛烈な拷問を行い情報を抜き出そうとしたのはアダルマではなかった。

 

朝が近づいてきても悪魔は何も答えず、アシュヴァッターマンが二匹だけだったかと納得しかけたその時。仄暗い空から三つの影が降ってきた。村長宅にいる子供達ほどの大きさの影のうち二つは頭部に矢を受けて地に落ち、一番小さなものだけが即死した連れの後ろから襲いかかってきた。

 

「ガキだとぉ!?」

 

それは幼児の姿をしたヤクシャ。他二つの影の正体も泣き顔を晒して死んだ子供の悪魔であった。

 

アシュヴァッターマンは父ドローナに戦いの全てを叩き込まれて育ち、初陣である大遠征で敵を殺すであろうことに思うところはなかった。しかし彼は、老英雄ビーシュマが「あの子は生命を愛しみすぎる」「今の彼を最高の戦士に数えることはできない」と惜しむほど優しい心根の持ち主であったという。間違いないのは、この場面で彼が戦士にあるまじき反応を見せたことだ。

 

死にかけの男のヤクシャとその子と思しき幼児は横からカルナが放った矢で事切れた。他に敵がやってくる気配はなく、村々を襲っていたのはヤクシャの一家であったと結論つけられた。

 

アシュヴァッターマンはここまでのマハーバーラタにいなかったタイプの登場人物である。物語の主人公である盲目覇王ドリタラーシュトラは敵の老若男女に容赦がなく、彼に付き従うクル族の戦士たちも同様だ。戦場のカルナは悪魔と呼ばれるほど酷薄で、百王子は卑怯行為に嬉々として手を染める。半神であり正しさを重んじるパーンダヴァもカルナータ国民が根切りされたことに一切憐憫を抱かなかった。アシュヴァッターマンだけが、ここで現代の価値観に通じる甘さを見せるのだ。

 

マハーバーラタ下巻の後半は第七次大遠征の記録であり、若き戦士アシュヴァッターマンが血と怒りに染まるまでの物語でもある。なんということはない魔物討伐で始まった彼の物語は、島国ランカーとの長い戦いへと続くのだ。

 

 

 

 

 

 

とある転生者のモノローグ

 

 

久しぶりに赤ちゃんを抱いた! 可愛い、本当に可愛いなあ。俺も早く孫が欲しい!

 

俺たちが六回目の大遠征に行っている間にビーマの一人目の奥さん、羅刹のヒディンバーさんが赤ちゃんを産んだ。今日は夫婦揃って俺に顔を見せにきてくれたんだ。赤ちゃんの名前はガトートカチャ。お母さんと同じ白い肌と赤い目をしたビーマ似の男の子だ。気配からして羅刹の血が強そうだけど、そんなことは関係ない。押しかけ女房でめちゃくちゃ愛情深いヒディンバーさんとちょっと過激なぐらい家族を大事にするビーマの子だ。家族思いの良い子に育つに決まってる。

 

出立した時はまだお腹が出てなくて、ヒディンバーさんはビーマが戦いに集中できるように妊娠の疑惑は言わなかったそうだ。帰ってきて赤ちゃんが産まれてたビーマの驚きは想像もできない。いや、俺も戦いから帰ってきたら百一個の壺に我が子らが入っていたっけ。戦争ばっかりしてるとそういうこともある。

 

俺の息子たちも結婚して数年になるし、大遠征から戻ってそれぞれ奥さんとイチャイチャしたはずだ。あと何ヶ月かしたら孫の話が聞けるかも。楽しみすぎて夜しか眠れないぞ!

 

かくいう俺も、地獄のようなカルナータと腹立たしいクリシュナもといクンターラとの戦いで少し参っていたので、王宮に戻った夜はガーンダーリーに甘えまくった。戦死者のための儀式が終わった後も甘えまくった。久しぶりの優しい胸元に、少しだけ箍が外れて年甲斐もないことを二人でしてしまった。

 

色っぽいことといえば、ドゥリーヨダナとバーヌマティーがやっと結ばれたっぽい。お嫁に来た時は十一歳だったあの女の子ももう十七歳。古代インドでは立派な大人だ。別に俺に報告があったわけじゃないけど、遠征から戻った次の朝、一人で朝食にきたドゥリーヨダナがやたらツヤツヤしてたのと、その日の夕食で会ったバーヌマティーが真っ赤な顔でことあるごとに息子をペチペチ叩いていたから、凄く察した。ガーンダーリーも微笑ましげに二人を見てたよ。

 

家族って素晴らしい。ドリタラーシュトラになる前の俺がどうだったか覚えてないけど、今の俺の人生は家族あってこそだ。弟たちとは少しアレなこともあったが、この歳になってもあいつらが可愛い。俺の奥さんは世界一だし、息子たちと娘も世界一だ。パーンドゥの半神の息子たちだって、あのクソったれな未来と完全に切り離して思えるぐらい大事に思っている。養子にしたカルナ、みんなの奥さんや旦那、ガトートカチャとこれから生まれる子供たち、ビーシュマ伯父上と長老連中、全員が俺の愛すべき家族なのだ。

 

今、俺は寝台にごろりと横になって、ガーンダーリーの素晴らしい太ももを枕にして目を瞑っている。盲目だから意味ないとか言うなよ? ちゃんと千里眼をオフにして、彼女の繊細な手に頭を撫でられる至福の時間に酔いしれているんだ。

 

「旦那様、もう少しで戦いが終わりますね」

 

「次の遠征が最後であろうな」

 

「その後に何かしたいことはありますか?」

 

「うぬはどうなのだ?」

 

質問に質問で返した俺に、ガーンダーリーはうふふと可愛い笑い声をこぼして、俺の首と耳の後ろを撫でた。正直ゾクゾクする。俺の奥さんは、唐突にこういうことをするイケナイ女だ。

 

「そうですわね……その頃にはたくさん孫が生まれているでしょうから、貴方と一緒に会いに行きたいわ。できれば夫婦二人旅で、ゆっくり全員のところを巡るの」

 

「ふっ、随分な長旅だ」

 

国王夫妻の俺たちが二人っきりで旅することはできない。当然彼女もわかっているだろうけど、想像して楽しむのは自由だ。ああ、いいな。ガーンダーリーと二人で各地を旅する。馬車に御者が必要になるけど、カルナに頼むぐらいはいいだろうか。

 

もう少しでインドが、この時代で言うなら世界が俺のものになる。ヒマラヤの向こうまで行く予定はないから、最南端を落としたら戦争は終わりだ。もう遠征はしない。孫の代まで平和であるように統治を頑張ることになる。それはそれで大変そうだな。

 

「ガーンダーリー」

 

「はい、旦那様」

 

「愛しているぞ」

 

ずっと話し方や態度が体のイメージに引っ張られてるからこれまで口にできなかった言葉を、やっとはっきり言えた。もちろん態度でたくさん示してきたし、俺なりの言い方で幾度も伝えてきたけど、ずっと言いたかったんだ。

 

ガーンダーリーの手が俺の短い髪を何度も撫でる。額にポツリと水滴が落ちてきても、俺は気づかないふりで目を閉じていた。

 

大丈夫、もう少しだよ、ガーンダーリー。

 




後書き

カルナが中心の話があったように、アシュヴァッターマンが中心のお話が少し続きます。
FGOの彼とは違う人生だけど、怒りで赤くなるのは同じ。不幸に見舞われるわけではありません。
原典でビーシュマが言ったこと(命を愛する云々)を考えると、若い頃は周りに心配されるほど甘いというか優しい子だったのでは?ということで、今回の話になりました。
ラストは主人公が家族ラブな独白。奥さんとはいくつになってもラブラブです。

コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!

【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。

  • 長兄以外の百王子から見た父王
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  • 第4次聖杯戦争の盲目覇王
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