一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その35(拡張版)
マンナールの海戦はクル王国軍の七回の大遠征の唯一の海戦である。ランカ―王国以外は陸地の国家相手の戦いであったため当然であるが、歴戦の戦士たちはここにきて初めて経験不足に悩まされることになった。
古代インドの航海技術は高く、海に面した国々は盛んな貿易を行っていたとされている。カルナータのように東南アジアと密接な交流を行う国もあった。とりわけ海洋国家ランカーは精強な武装船団を有していたという。彼らは優れた航海技術により、夏から秋にかけて海が荒れるモンスーンの季節でさえ、インド大陸との往来を可能としていた。
海上において間違いなく強敵といえるランカー王国に対し、遠征軍は海に出たことがない者が大半であった。戦士の嗜みとして全員泳ぎは達者であったとされるが、航海士も漕ぎ手も同盟国(という名の属国)から徴集する必要があり、王太子ドゥリーヨダナと百王子はその手配に追われていた。
この時、アシュヴァッターマンとカルナは手持無沙汰だったと思われる。邦訳版マハーバーラタ下巻第三十章で二人はラーマ王が渡ったとされる浅瀬と小島の道、通称
「浅瀬つってもほとんど珊瑚礁。軍が乗ったら崩れちまう」
「時間の無駄だ、戻るぞ」(今ここで出来ることはなさそうです。戦略に重要かもしれないので、陛下たちに共有しに行きましょう)
「カルナ、テメェの言いてぇこと半分も伝わってねえからな」
クル王国軍は海沿いの同盟国すべてから船と航海に必要な人出を集めた。かくして五万人の戦士は統一戦争唯一の海戦へと出航したのである。
インド本土とランカー島の間に広がるマンナール湾。海上で対峙した両軍は小細工なしでぶつかりあった。海上国家ランカーの戦士たちは敵を侮っていたに違いない。実際、この場面ではクル族の戦士たちが揺れる船上で戸惑う様子が描かれており、他にも百王子が騎乗せずにいる等、常と異なる様相であった。しかし六度の大遠征を超え、古代インドの覇権に王手をかけた国の戦士たちの力が、不慣れな条件ごときで揺らぐはずもない。
敵の船団を観察していたランカ―軍のある船長が額に矢を受けて倒れる。同じことがいくつもの船で起こり、その部下たちのどよめきの最中、今度は巨大な棒状の何かが飛来してランカー軍の船の下部に突き刺さり、大きな風穴を開けた。それは先が尖った丸太であった。
「命中だ」
「ほっほう、流石は父上!」
「何隻か沈め勢いを削ぐ。次の槍を持てい」
恐るべき攻撃の正体は、ドリタラーシュトラ個人による投擲であった。第三の目による遠視と尋常ならざる膂力によって、この後も数隻の船に穴が開き、時間とともに沈没した。被害にあった船の戦士らは他の船に乗り移り無事であったが、ランカー軍を指揮する第一王子は予期せぬ先制攻撃に震えあがったという。
さらに最前線の船が接敵し互いに乗り込んでの戦闘が始まると、個々の戦力の違いが明らかになった。クル族の戦士のみからなるクル王国軍は全員が歴戦の戦士であり、彼らを指揮する王族は英雄揃い。特にパーンダヴァ五兄弟が率いる船隊は追い風を味方につけた異様な速度で前進し、ランカーの陣形を食い破っていったという。海上戦のため遊撃部隊ではなく父王の精鋭部隊に組み込まれた百王子も、乗り込んだ船の敵兵を手際よく海へと放り投げ、次々と相手の船を占領していった。なお、鎧を着用した戦士が海に落ちることは死と同義である。
有利なはずのランカー軍は早々に崩れ始めていた。
ランカーの船隊は何層にも展開しており、大将にあたる第一王子は後方の旗艦から青い顔で戦況を見ていた。前線からはまだ遠く、安全圏だと思っていたことだろう。しかしーー
「油断大敵。悪く思え」
羅刹の王子は目の前に現れた白い影を認識する前に事切れた。見事敵将を討ち取ったカルナは、船の後方で屍の山を築いている連れに目をやった。その連れことアシュヴァッターマンは、王子の護衛として乗船していた数十人の戦士をすべからく切り倒し、剣と腕にこびりついた血を払った。
「大将首取ったか?」
「ああ」
旗艦の船員を短時間で皆殺しにした二人は、返り血を浴びたまま船から身を躍らせた。そして海面に足がつく直前に凄まじい踏み込みで宙を蹴り、流星のように駆けだしたとされている。マハーバーラタには数多の詩的な表現や超人的な誇張表現があるが、この場面はその最たるものである。半神カルナと最速の戦士アシュヴァッターマンによる海渡り。近年の映画で秀逸なCGで再現された大人気のシーンであるが、けして現実的ではないことを申し添えておく。
じきに第一王子が討ち取られたという事実がランカー軍の後方から伝わり、船団は困惑のなか撤退したのだった。
一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その36
はじめての海戦を制したクル王国軍は前進を続け、ランカー島の遠浅の浜に接近した。歴史上のあらゆる上陸作戦において、もっとも時間がかかり危険なのは船から地上に向かう際の移動である。上陸戦の経験がない遠征軍には特にそうであったはずだ。
泳いだり走ったり小舟を使用したり、できる限り素早く浜へと向かう戦士たち。ドリタラーシュトラは十名の息子たちが一糸乱れぬ動きで漕ぐ小舟に乗っていたという。
当然、浜辺にはランカー国軍が展開しており、真っ先に弓兵による攻撃が降り注ぐ。クル王国軍は怯まず前進、いくばくかの犠牲を出しながらも敵に襲いかかった。
「弓兵を始末せよ」
盲目覇王に付き従う精鋭部隊がランカー軍の弓兵部隊へと殺到する。ドゥリーヨダナ率いる百王子は彼らの邪魔をさせないよう敵の前線を挑発し、攪乱に成功していた。なお、この時次兄ドゥフシャーサナが叫び、彼の弟たちが一斉に繰り返した言葉は、邦訳版で「島国の弱兵など我等の敵ではない」と意訳されているが、原文は小中学校の教材に仕様できない問題発言として規制されている。興味がある方は、是非この原文に挑戦していただきたい。
クル王国軍五万人が陸地にあがり、両軍が所せましと戦いを展開している最中のこと。通常であれば聞こえるはずもない、小さく手を打ち合わせる音がクル王国軍の耳に届いた。
柏手のように手を打ち合わせたのは、偽りの同盟の使者をつとめたランカー国第二王子であった。穏やかな印象を脱ぎ捨て羅刹らしい形相になった青年が、宴の席の父王と同じことを行ったのだ。
「ぬ、厄介な」
盲目覇王の呟きは彼自身とともに島から掻き消えた。それは浜に押し寄せていた五万の軍勢も同じ。ヴィシュヌ神がランカー王家に与えた恩恵が再び使用されたのだ。
マンナール湾で第一王子が討ち取られたと聞いたランカー国王はようやく敵の恐ろしさに気づいたが、時すでに遅し。自身の恩恵を使ってしまった王は、一時的に第二王子に王位を譲ってまで恩恵を再行使したのだった。ランカー王だけが使える神の恩恵。それこそが上陸戦を異常に長引かせた絡繰りであった。
大陸側に戻されたドリタラーシュトラは、すぐさま船団の再編成を命じた。彼らが乗っていた船はランカー島の遠浅に残されており、新しい船の手配が必要になったのだ。
二度目の侵攻ではランカー側の船団は立ちはだからなかった。浜辺にさえ陣が敷かれておらず、遥か遠くの崖の上にまばらな人影があるだけであった。そして、クル王国軍が上陸した時点で、再び手を打ち鳴らす音が聞こえた。
再度島を追い出された全軍に苦虫を噛み潰したような空気が漂う中、王は二人の戦士に声をかけた。
「カルナ、アシュヴァッターマン。うぬらに任務を与える」
「承る」
「何なりとお申し付けください!」
盲目覇王が二人に命じたのは、ランカーの王族の暗殺であった。千里眼によって確認された王位継承権をもつ血族は三十四人。その血を絶やし、迷惑な術を発動できないようにする。標的の中に抵抗しないものや降伏するものがいる可能性を踏まえると、前回の大遠征でカルナータ王国民を根切りにしたとき以上に冷酷な判断であるといえた。
かくしてカルナとアシュヴァッターマンは再びラーマの橋を訪れ、夜の闇にまぎれてランカー島へと渡った。
戦時下の島は巡回する兵や警戒する島民の目が光っており、戦士二人は気配を殺して王宮に忍び込んだ。標的はすでに恩恵を使いきった国王(厳密には前々国王)以外の王族及び親族三十四名。
短いようで長い、殺戮の夜のはじまりであった。
とある並行世界のカルデアにて
その英霊が召喚された時、召喚サークルのそばにいたのはマスター藤丸立香とマイルーム担当カルナであった。
激しい魔力の奔流が収まり、あとには巨大な人影が残される。ダレイオスやアステリオス、ヘラクレスといった規格外サイズには及ばないものの、2メートルを超していそうな身長。ヘラクレスを連想させる巌のような体躯。はじめて見る姿に藤丸が目を輝かせていると、かたわらのカルナが相手に声をかけた。
「ドリタラーシュトラ王」
聞きなれない名であったが、カルナが知っているのならマハーバーラタ由来のインドの英雄だろう。藤丸が見守る中、呼ばれた男は白みがかった茶色い瞳をカルナへと向けた。
「カルナ」
低すぎて割れそうな重低音。存在感がありすぎて物理的な圧力を感じさせる男ドリタラーシュトラは、不思議な色の瞳をさまよわせ、宙を見据えるように目を細めた。
「俺が知るうぬではないな」
「そちらも俺の知る貴方ではない。姿かたちだけではない、存在の規模が別の生物の様だ」
カルナが珍しくよく話すと、新たな英霊もそう思ったのか厳めしい眉をピクリとさせた。
「カルナ、この人は知り合いの別側面なの?」
「そのようだ。ドリタラーシュトラ王はドゥリーヨダナの父、大戦時のクル国王だ。俺が見知った姿は、弱弱しい老人だったが」
仲間の父親だと紹介されてまじまじと見てしまう。藤丸が知るドゥリーヨダナとは似ても似つかない、名作格闘漫画に出てくる覇王のような男だ。召喚直後にカルナが声をかけてしまったため本人からの自己紹介がまだであることを思い出し、改めて頼むことにする。
「はじめまして! 私はカルデアのマスター藤丸立香です。自己紹介をお願いできますか?」
深海魚のような瞳が藤丸を見下ろす。ただの視線ではなく、体の奥まで見透かされているような感覚があった。
「クル国王ドリタラーシュトラ。セイバーのクラスにて現界した。よろしく頼む」
少しぎごちない挨拶からステータス測定、スキルの確認などが行われ、一応知り合いということでカルナがカルデアの案内を行うことになった。マハーバーラタ関係のサーヴァントはカルナの他にドゥリーヨダナしかいない。四つ目の異聞帯を切り落としてなお戦力が充実しない星見台において、インドのサーヴァントたちは戦力として大いに重宝されていた。ここに超一級のステータスと戦闘向けのスキルを持つドリタラーシュトラが加わったのは喜ばしいことであった。
「カルナよ」
「何だ」
「うぬはクルクシェートラで死んだか」
「ああ、そうだ」
ごく短い確認で大方理解したのか、盲目の王はまた視線を彷徨わせて黙り込んだ。カルナの斜めうしろを歩く足取りは迷いなく、思い出の中で妻と共に子供たちに手を引かれていた頼りない姿とは対極にあった。
もうすぐ居住エリアに差し掛かるといったところで、ドリタラーシュトラの足が止まる。前方曲がり角の先から良く知る気配が近づいてきていた。
「おお、カルナではないか! そっちは新しいサーヴァント、か……!?」
視界に入ってきた薄紫の髪の長身の男がいつもどおり大声を出す。しかし紅紫の瞳が親友から後ろの巨漢へと向いた途端、その声は途切れた。
「ドゥリーヨダナ」
ドリタラーシュトラがカルナの脇を通り抜け、立ちすくむドゥリーヨダナの目前に寄っていく。父であるはずの男にビクッと肩を強張らせる息子と、息子であるはずの男を無言で観察する父。片方が盲目だとは思えない見つめあいの果て、先に動いたのはドリタラーシュトラであった。
「この世界の俺ができなかったことをしよう。我が子よ、俺はうぬの一番の味方である。何をおいてもうぬの力になろう」
黒いシャワルニに包まれた太い腕がドゥリーヨダナを包んで抱きしめる。戦士の本能がその腕が宿敵以上の膂力をもっていることに警鐘を鳴らす中、ドゥリーヨダナはようやく相手が誰なのかを認め、ゆるゆると腕をあげて父の背を抱き返した。
「父上なのですね。ちょっと、いやかなりわし様の記憶とはお姿が違いますが」
「うむ、並行世界から参ったぞ」
「は、はは……父上がかような益荒男の世界とは、一体どんな魔境でしょう」
「立ち話には聊か長い。うぬの部屋に案内せよ、カルナも来るがいい」
思い出の中よりもずっと父上からカルナへの距離感が近いのは何故だ? そんな感想を抱きながら異なる世界の盲目王を自室に招いたドゥリーヨダナ。偽典マハーバーラタともいえる覇王の物語を聞いた彼がショートを起こし、王の養子になった自分がいると聞いたカルナが困惑し、後から共有された所長やダ・ヴィンチが「なんだってー!?」と声をそろえるまであと少し。
なお、並行世界のマスター藤丸は、すごい人が来てくれたと呑気に喜んだのだった。
後書き
海での戦い、からの非情な任務でした。
人間が水面を走るには秒速30M(時速108KM)以上の速度が必要だそうですが、敏捷A以上ならいけるんじゃ?と思い、今回走らせてみました。
ランカー王族に与えられた恩恵は当代の王が一度だけ使えるものなので、王位を譲れば次の人が使えるという設定です。五万人を追い出せるチートだけど単発。島に足をつけた相手だけ対象なので上陸を待たないといけないのがめんどい。
並行世界カルデアは本家FGOに似た世界のガチャ運底辺のマスターがいるif設定です。
パーンダヴァがいないので、盲目覇王の次にアシュヴァッターマンが来たら完全にカウラヴァの影響圏となります。
ビーマやアルジュナたちは多分来ない方が幸せ。
この世界の彼らは主人公曰く「悍ましい未来」の彼らなので、愛しい家族枠じゃないのです。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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