それが起こった時、アシュヴァッターマンはシミュレータ内で珍しい面々と模擬戦を行っていた。夜の自由時間を活用しての手合わせだが、シミュレータの中は真昼の快晴であった。
石造りの白亜の王城。白銀の鎧に覆われた対戦相手。古代インドの武術とは異なる体系の、長剣や大剣を主とした戦闘技術。ブリテンの騎士たちとの手合わせは、互いに何が飛んでくるかわからない緊張感がある。今だってランスロット(セイバーの方)との技巧勝負にどうにか競り勝ち、高揚さめやらぬ中握手をかわしたところであった。
巨大なチャクラムをエーテルに戻して少し休もうと考えたところで、視界の上端に金色の光が見えた。生前は正統派の弓兵であったアシュヴァッターマンは目が良い。空から降ってきたそれが聖杯の欠片であることはすぐにわかった。
予期していなかったのは、落下中の欠片が急に輝きを増してあたりを白く染めてしまったことだ。円卓の騎士たちと一緒に警戒しつつ目を庇い、いつでも武器を取り出せるようにして落下地点ににじり寄った。
「おや、アシュヴァッターマンではないか」
光が薄れていく中、その中心に表れた人物が見えてくる。どこかアシュヴァッターマンに似た、年かさの赤茶色の髪の男だ。質素な身なりであるが、ただならぬ凪いだ気配をしている。アシュヴァッターマンにとっては最も見なれた相手であった。
「父上!? いつ呼ばれたんですか、マスターもすぐ教えてくれりゃいいのに!」
「何を言っておるのだ。ここはどこであろうか。あの白き建物は何だ?」
穏やかな瞳で周囲を確認する男の名はドローナ。カウラヴァとパーンダヴァ全員の武芸の師であり、アシュヴァッターマンの父。あらゆる武芸に通じ、恐るべき奥義を複数習得している猛者である。
ドローナは現代の知名度こそ高くないが、その戦いの技量はドリタラーシュトラをも凌ぐ。生物としてのスペックが隔絶していなければどちらが勝るか判断が難しいほどなのだ。だからアシュヴァッターマンはドローナが英霊としてカルデアに呼ばれたのだと思い、その発言や聖杯の欠片について内心首を傾げていた。
「何って、ブリテンのキャメロット城です」
「アシュヴァッターマン、この方は貴君の御父上か?」
騎士たちと憤怒の化身の戦いを見守っていたアルトリアが静かに口を挟む。ドローナは彼女のことをはじめから気にしていたようで、話を振られてそちらに向き直った。
「ああ、武の達人にしてクル王家武術指南のドローナだ。父上、こちらはブリテンの王アルトリア・ペンドラゴン。この城と円卓の騎士たちの主です」
息子とほぼ変わらない体格のドローナは、アルトリアより頭一つ背が高い。しかし彼の目に侮りはなく、まるで竜を見るように少女の姿をした王を意識していた。
「お初にお目にかかります、アルトリア・ペンドラゴン陛下。息子が大変お世話になっているようですね」
「世話になっているのはこちらの方だ、ドローナ殿。ご子息は古代インドが誇る至高の戦士。むしろ我らの方が大いに学ばせてもらっている」
身なりも外見も大いに違う二人が、まったく同じ視点で話している。彼らは互いの力量を見ただけで把握した強者同士であった。いくつか形式的な言葉をかわした後、ドローナは柔らかな表情で息子に誘いをかけた。
「久方ぶりに父と手合わせしないか。お前がこの地でどう成長したかを見たい」
この場をお借りしてよろしいか、とアルトリアに一言いれて、武の達人は脇の方に転がっていた模擬戦用の剣を手に取った。てっきり神々から授かった武器を取り出すものと思っていたアシュヴァッターマンは出端をくじかれ、しかし父に倣って同じような剣を拾い上げた。
古代インド最強のバラモン親子が少し距離をとって立ち会う。意図せず観客となった円卓の騎士の視線が注がれ、次の瞬間、凄まじい闘気がドローナから迸った。断じて殺気ではない、しかし肌を焼くほどの圧だ。アシュヴァッターマンは黄金の瞳をギラつかせ、手になじまない西洋剣を構える。速度では父に大きく勝り、膂力の競り合いはいつもいなされ、技量ではこちらがやや劣る。サーヴァントの型にはめられた今の自分がどこまでできるか。そもそもドローナのクラスは何なのか。思考に混ざった雑念を振り払い、大きく踏み込んだ。
数千年ぶりの父との稽古。初撃を打ち払われ、返された刃の鋭さに獰猛な笑い声が漏れる。ドローナも常には見せない爛々とした目をしていた。剣を交え、時間を交え、心を交える喜び。この時の彼らは生前と変わらない幸せな親子であった。
* * *
ドゥリーヨダナが聖杯をくすねて私欲のため使ってしまった後、カルデアのマスター藤丸は新所長とダ・ヴィンチとともに彼を叱り、厳重注意のうえ開放した。これまでサーヴァントが聖杯を使い込んで起こった様々なハプニングに比べれば、家族を一時的に呼び寄せる程度は可愛いもの。その願いの罪のなさも相まって、カルデアの上層部は強く追及をしなかった。
ドゥリーヨダナの妻バーヌマティーが事情を知って深々と頭をさげたため、国王であった彼女の夫を責め続けることが憚られたというのもある。
人悪の英雄への注意が終わった後、カルデア内のスキャンが行われ、今回聖杯によって呼び出されたマハーバーラタ関係者は九名だと判明した。ドゥリーヨダナの妻と子供二人、ドリタラーシュトラの妻、ビーマとアルジュナの共通の妻、ビーマの妻、カルナの養父母、そしてアシュヴァッターマンの父。このうち、アシュヴァッターマンの父ドローナは夜の間に退去した。聖杯の欠片の力を使い果たしたことによる自然退去であった。父と再会した日にまた見送ることになった息子は少し寂しそうだが、良い時間を過ごせたと笑っていた。
ここまでにわかったことは二つ。ひとつは呼び出された家族たちは聖杯の魔力によって現界しており、藤丸とパスをつないで留まることはできないこと。ドローナは息子との手合わせで力を使い切り、笑顔で消えていった。そして双子のラクシュマン・クマラとラクシュマニーが子供の姿で現れたのは、ひとつの聖杯の欠片をわけあっているからなのだった。
もうひとつは、家族である英霊と疑似的なパスを繋いで融通をきかせるのは可能であること。カルナは無意識にそれをすることで養父母両方を呼び出している。もともと星5のランサーのカルナは、現在星4のライダーに霊基が変わっており、聖杯の魔力が切れて養父母が退去したら自然と元に戻るだろうというのがダ・ヴィンチの予想であった。
二日目の遅い朝、カルデアのマスターとマハーバーラタ勢は朝食後にブリーフィングルームに集まっていた。ダ・ヴィンチから一通りの説明がなされ、それぞれ異なる反応を見せている。
「つまり毎日魔力供給すりゃ、こいつはずっとここにいるってことか?」
ヒディンバーがずっと腕にひっついているビーマが嬉しそうに聞く。ダ・ヴィンチは「うわあ」という表情を隠さずに首を振った。
「残念ながらそうはならない。聖杯の魔力が彼らの楔になっているのは変えようがない。どれだけ魔力を注いでも、いずれは退去するよ。それが今日か明日か一か月後はよく調べないとわからないけれど」
「そうか……まあ、魔力供給して損はねえってことだな!」
「兄ちゃん」
隣でアルジュナが頭が痛そうな顔をしている。そのさらに隣では、アルジュナの姿かたちをこよなく愛するドラウパディーがアルジュナ・オルタにしなだれかかり、神秘的な角や尾を愛でている。彼女は難しい話など知らないとばかりに、ダ・ヴィンチたちのことを最初から無視していた。アルジュナ・オルタはというと、無心になって宙を見つめている。
散々注意されたドゥリーヨダナは全く堪えていないようで、満面の笑みで子供たちを左右に座らせ、妻を膝に乗せている。寂しがりやの子供がぬいぐるみでするような構図だ。頬を寄せられているバーヌマティーは真っ赤になって俯いている。それを面白がってさらに額をぐりぐりと擦りつける男は愉快犯であった。見た目が子供で態度も体に引っ張られている子供たちにさえ呆れられているが、どこ吹く風だ。
「マスター」
不意に紅紫の瞳が藤丸に向けられた。
「わし様、少ーしだけ悪いと思っておる。次に聖杯を回収する時は全力全開で手伝ってやろう」
だからそれで手打ちにしろ、と副音声が聞こえてくる。悪い笑みを浮かべた男は、話は終わりとばかりに両脇の双子に「後で父の凄いところを見せてやるぞー」と自慢を始めた。
「マスター」
重々しい声でドリタラーシュトラにも呼ばれ、藤丸はいつもの条件反射で背筋を伸ばした。巌のような覇王は隣にガーンダーリー妃を座らせ、さりげなく肘掛けの上の彼女の手に手を重ねている。今朝から見ていた藤丸は、この夫婦は意外とスキンシップが激しいことに気づいていた。
「次の戦は我らクル族が出よう。うぬに迷惑をかけたかったわけではない」
「迷惑じゃないよ。聖杯の使い込みはちょっと、かなりやめてほしいけど、みんな凄く嬉しそうだから、もういいかなって思ってる」
「そうか」
「それはそれとして、覇王様たちの出撃は是非お願いします!」
「ふっ、任せておけ」
背景ではいい加減無心ではなくなったアルジュナ・オルタがドラウパディーから離れて天井近くに漂っている。それを惜しむ彼女の手を引いて注意を逸らさせるアルジュナは少し疲れているようだ。ヒディンバーはずっとコアラのようにビーマの腕に抱きついている。一番隅の方に固まっているアディラタとラーダーの夫婦は若返ったカルナにカルデアでの生活について聞いて相槌を打っている。流石の親というべきか、彼らはカルナの言葉をしっかり理解していた。
解散だと伝えるとマハーバーラタの家族たちはそれぞれ去っていった。パーンダヴァはこれからビーマが作ったお弁当でシミュレータピクニックをするらしい。ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを誘って家族に派手なバトルを見せるようだ。おそらくそれは建前で、宝具で百王子を呼び出して大家族の時間を楽しむのだろう。カルナは養父母がドリタラーシュトラに丁寧に挨拶するのをじっと見ている。付き合いが長い藤丸には、彼の無表情が嬉しいものだと判別できた。彼らはこの後、ガネーシャ神に会いに行くらしい。
「ガーンダーリー、少し歩くか」
「はい、旦那様。藤丸様、また後ほどお話しさせてくださいませ」
「喜んで! あっ、今日のおやつのマカロンはとってもおすすめです! ぜひ食堂に寄ってみてください」
「うふふ、楽しみですわ」
ころころと品良く笑うガーンダーリーがドリタラーシュトラと手を繋いで退室すると、ブリーフィングルームには藤丸とダ・ヴィンチだけが残された。
「みんな家族と一緒だと普通の人たちだ」
「あれを普通と見るとは、マスター君もだいぶ染まってるねえ」
ダ・ヴィンチのからかいが聞こえていないように、藤丸は盲目覇王と美しい王妃のことを思い起こしていた。偉大すぎて遠い存在に感じるドリタラーシュトラ。伝説の主人公である男が妻とふたりマカロンを摘むのを想像すると、優しい気持ちになる。トンチキでも危険はなさそうなこのイベント期間が少しでも長く続くように、願ってしまうのだった。
* * *
とある転生者のモノローグ
少し前にドゥリーヨダナが寂しそうにしてたから、聖杯の力でバーヌマティーと孫たちを現界させたらどうかと唆してしまった。うちの息子はマスターのお気に入りの一人で、地獄の周回と呼ばれる無限出撃に良く駆り出されている。アタッカーとして最優先で強化されていて、サーヴァントの強さをはかるレベルというやつがそろそろ上限に届きそうなんだ。さすが俺の長男だ!
で、このレベルの上限突破には聖杯が使われる。ドゥリーヨダナは昨日の周回後に聖杯を渡されて、それを持って俺のところにやってきた。アルジュナたちまでついてきたけど、俺の息子はこういう愉快な悪巧みでは最強なんだ。案の定、止められる前に聖杯に願って、俺たちの家族を呼び出した。
ドゥリーヨダナの前にはバーヌマティーとラクシュマン・クマラ、ラクシュマニーの双子が。アルジュナの前にはドラウパディーが。そして俺の前には、会いたくて仕方なかった俺の最愛。
「ガーンダーリー」
「旦那様」
俺の最盛期はクリシュナを殺した時らしい。英霊としてその頃の姿で登録された俺に合わせるように、ガーンダーリーも思い出の中の姿で現れた。寝室以外でいつもつけてた黒い目隠しをして、落ち着いた紅色のサリーにいくつか花のモチーフの装飾品を身につけた王妃の装い。いくつになっても綺麗で可愛くて色っぽい、賢くて強くて最高な俺の奥さんだ。
大きな椅子に座っている俺の膝にさりげなく乗り上げて、繊細な指先で頬に触れてくる。ああ、久しぶりに膝枕で頭を撫でてほしいなぁ。千里眼にHPゲージのように見えている聖杯の魔力がなくなってしまうまで、どれだけでもイチャイチャして他愛のない話をしていたい。
わちゃわちゃしている間にマスターがやってきて、ドゥリーヨダナが厳重注意という名の実質お咎めなしになって、ガーンダーリーと部屋で二人きりになることができた。
「悔しいですわ、世界に旦那様を取られてしまっただなんて」
特注のベッドの上で念願の膝枕をしてもらいながら英霊とはなんぞやと説明すると、ガーンダーリーは唇を少し尖らせて拗ねた。古代インド人の俺たちは輪廻転生を信じてる(俺の場合はそれが真実だと知ってる)から、俺が座に登録されて転生できなくなったのが嫌なんだろう。俺だって本当は嫌だよ。お前と何度だって生まれ変わって愛し合いたい。そういうロマンチックな夢物語、とても口にはできないけどさ。
「我らはすでに影法師。今こうしていられることが奇跡である」
盲目覇王なんて呼ばれても、奥さんの前では強がっちゃうただの男だ。これだけで良いなんてこれっぽっちも思ってないのにな。
「もうっ、お強い殿方にはわからないのです」
短い髪を撫でていた手が俺の顎をやんわり掴んだ。ガーンダーリーが背を丸めるように身を屈めてきて、大きなお胸がやばいぐらい視界に広がって近づいてくる。盲目じゃなかったらガン見してるぞ。千里眼でめちゃくちゃガン見してるから同じことか。とにかく、その格好はえっちすぎてイケナイ! ちょ、近づきすぎて目元が胸に……わあ、ふわふわだあ。
びっくりして半開きになった口にガーンダーリーが逆さまのキスをしてきた。こんな体勢だから舌を絡ませるのも一苦労。なのにすごく甘くて、俺もゴッツゴツの手で彼女の頭を抱えるようにして、もっと深く唇を重ねた。
たくさん話したいことがあったはずなのに、全部放り出して、ぐるりと体勢を入れ替える。体を起こした俺と入れ替わりに愛しい彼女を仰向けに寝かせて、邪魔な装飾品を外して床へと放る。まだサリーには手をかけず、もう一度キスをした。
明日は二人でカルデア内を散歩して、おやつにおしゃれな菓子を食べて、シミュレータで生前いけなかったような場所に行ってデートしたい。でも、今はただ触れたい。
愛する人に、触れたいんだ。
後書き
わし様はマハバ組全員に家族を呼ぶよう願いましたが、
ちょっと魔力が足りなくてカルナは無意識に自分を削ってアディラタたちを呼びました。
ライダー霊基はちょっと弱め。
この話のドラウパディーは人間的に問題があります。このためオルタは彼女が苦手。
なお、呼ばれた家族はわし様と覇王以外は指定イメージがなかったので、必ずしも英雄が一番会いたかった相手とは限りません。
カルナなら妻子、ビーマやアルジュナは子供達の可能性もありました。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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