古代インド統一戦争で活躍した大英雄カルナは、七十を少し過ぎた頃にこの世を去った。今回は、マハーバーラタのファンに絶大な人気がある彼の戦後の人生について、アンガ地方に伝わる民間伝承から語るとしよう。
盲目覇王ドリタラーシュトラにアンガ領を与えられ、長らく名ばかり領主で王都住まいだったカルナは、第七次大遠征の数年後にガネーシャ神の知恵の加護を持つが耳が悪い旧ウシナラ王族の女性を娶り、彼女と共にアンガに移り住んだとされている。カルナと同年代で古代インドの常識では行き遅れどころではなかったその女性は、夫の美貌にも強さにも興味を示さなかった。彼女が関心を持っていたのは、内政を行う権限のみ。女性が社交以外の政治に関わるのはアダルマである。しかしドリタラーシュトラは即刻許可したという。それほどまでにカルナの嫁がいない問題と名ばかり領主の状況は深刻だったのだろう。
カルナは知恵者である妻と二人三脚でアンガの地を豊かに発展させた。ガンジス川がいくつもの河川と合流する地の利を活かした水田事業と米の貿易は彼女の発案によるものだ。また、領都チャンパーにはスーリヤ神とガネーシャ神の大神殿がそれぞれ建てられ、巡礼の地としても人気であったという。
彼らは子供に恵まれない夫婦であったが、己の境遇からかカルナは領内の孤児を次々と養子に迎え、彼らが成人するまで大切に育てた。厳しい武術の鍛錬、コミュ症を極めた養父の言葉の解読、ろう者である養母との筆談など、一般的とは言い難い家庭であっただろう。しかし彼らが幸せであったことは想像に難くない。
月日は流れ、盲目覇王が没し、ドゥリーヨダナ王の統治が二十年をすぎたある夏のこと。ヒマラヤ山脈東部に現れた邪竜ヴリトラによりアンガ領は大旱魃に見舞われた。インドラ神による討伐をただ待っていては餓死者が出る。そう判断した領主夫妻の長い相談の末、カルナが完全武装して邪竜の元へと向かうことになった。
カルナは出立前に家族と武装以外の全私財を領民に施したとされている。彼は戸惑う領民らに「しばらくマダガ領に身を寄せろ」と命じ、妻子に領民の誘導を任せた。
マダガ領は百王子の次兄ドゥフシャーサナが統治する大領である。アンガの西隣に位置するこの領もまた、いくつもの河川が合流する非常に豊かな地であり、この時点では旱魃の被害が軽かった。アンガ領民の避難は大移動であったが、カルナが鍛えた領の戦士たちと彼の養子たちが民を守り、大方無事に目的地に辿り着いた。
一方、家族と領民を見送ったカルナは一人、アンガ北部のヒマラヤの麓へと向かった。彼は既に老齢であったが、半神らしく若々しい肉体と人外の戦闘能力を保っていた。身につけた武装は太陽神の加護である黄金の鎧と盲目覇王から与えられた神造の弓と槍。これらは神々に匹敵する装備であった。敵がヴリトラ以外であれば勝利は約束されていただろう。
かくして対峙した邪竜と施しの英雄は三日三晩の死闘を繰り広げた。
ヴリトラは「木、岩、武器、乾いた物、湿った物、ヴァジュラのいずれによっても傷つかない」という概念的な守りを持ち、カルナはそれを知りながらも攻撃の手を緩めなかった。ヴリトラもまた黄金の鎧に守られたカルナを傷つけることが叶わず、両者は正しく千日手に陥った。
カルナの狙いはただ一つ。山がいくつも崩れるほど派手な戦闘が神々の目を惹くか、出立前に異父弟アルジュナに送った早馬が間に合い彼が父神に祈るか。その結果、
しかし三日目の朝、戦いに飽きたヴリトラが堰き止めていた雪解け水を一気に開放した。それは大きな湖ほどの水量であったという。カルナは奥義ブラフマーストラを放ち、大地を大きく抉ることで水を干上がった川の方へと誘導しようとしたが、邪竜の尾の一撃で山に埋まってしまった。
津波のようにマダガとアンガの方向へ迫る水。土の下からその轟音を聞きながら、カルナは太陽神スーリヤに願った。
「偉大なる父神よ、どうかヴリトラによる被害を抑えてほしい。対価として、貴方から授かった全てをお返しする!」
カルナの人生にこれまで関与することがなかった太陽神。しかしこの局面で神は息子の祈りを聞き届けた。太陽が一際強く輝き、目が眩むほどの白光が水の奔流をあっという間に大量の蒸気に変えてしまい。天に登った蒸気は雨雲に変わり、やがて天が泣くような大雨が乾いた地面に降り注いだ。
さらにはアルジュナの祈りによりインドラ神が介入し、邪竜ヴリトラはその定め通り討伐されたのだった。
ヴリトラに関する報せを受け取ったドゥリーヨダナが精鋭を率いて駆けつけた時には、すべてが終わっていた。大捜索の末、崩れた山から掘り出されたカルナの遺体は、土に塗れていたものの傷ひとつなく、その身から黄金の鎧が失われていたという。
邪竜ヴリトラと大英雄カルナの神話のような戦いを目撃した人間はおらず、ことの顛末はインドラ神からの託宣という形でアルジュナへともたらされたのであった。
カルナの死はクル王国全土で広く悼まれた。国王をはじめ王族全員が参列した盛大な葬儀の後、カルナの妻を後見として、ドゥリーヨダナの成人したばかりの孫がアンガ領主となった。若き新領主は前領主の妻と養子たちに支えられ、大旱魃からの復興に尽力したとされている。
* * *
とあるカルデアにて
カルデアの最大戦力の一角である施しの英雄カルナは、死後に父・太陽神スーリヤと一体化したと伝わっている高神性サーヴァントである。その影響からか、彼は火属性の魔力を操って攻撃するし、ジェット噴射の要領で超高速で空を飛ぶ。さらに生前から使えた奥義ブラフマーストラや、生涯愛用した白槍から放つ対軍宝具「
「カルナの目からビーム出るやつ、どういう仕組みなの?」
それは藤丸の素朴な疑問であった。カルデアのサーヴァントにはメカメカしいレーザーを放ったり、魔術で光線を放つ者が大勢いる。中には口からビームを出す宝具持ちもいる。しかしカルナのように、魔眼でもないのに目からビームを放つものはおらず、ちょっと気になったのだ。
敵がアーチャーだらけのレイシフトの休憩中に話を振られた真白い槍兵は、じっくり言葉を選んでから口を開いた。
「目からビームではない」
そこで言葉が終わりそうだったので、藤丸はもうちょっと頑張ってと視線で伝える。カルナもその視線を受け取って真面目に頷き、再チャレンジした。
「奥義ブラフマーストラは、我が師ドローナが、彼の師パラシュラーマから授かり、オレに伝授してくれたものだ。本来は弓の奥義で、放った矢が凄まじい熱を放つ」
「すごい、カルナ! すっごくわかりやすいよ! その調子!」
「ああ、マスターの期待に応えて見せよう」
褒められてうっすら頬を染めるカルナ。いつも通り表情が薄いが、白金の頭髪と空色の瞳から上機嫌なハスキー犬を彷彿とさせた。
「ランサーのオレは矢を持たない代わりに目で奥義を放っている」
「ごめん、急にわからなくなった」
「……そうか」
ハスキー犬の耳と尻尾が垂れる幻影をバックにカルナがさらに考え込む。藤丸も急かすことはせず、休憩時間が許すかぎり待つ姿勢であった。
「マスター、カルナ、今のうちに何か腹に入れとくか?」
木陰に座る二人にビーマがバスケット片手に近寄ってくる。今日はランサーのバスター編成で、全体攻撃をカルナ、単体攻撃をビーマのそれぞれの宝具で担当しているのだ。カルデア・キッチンで腕を奮うビーマはこうして出陣時の食事も担当してくれるありがたいサーヴァントであった。
「ビーマ。ありがとう、お茶とサンドイッチをもらえるかな」
「はい、どうぞ。カルナはどうする?」
ビーマの問いかけにカルナは気づいておらず、戦闘時のような集中力で考えをまとめている。こりゃダメだと藤丸の方に首を傾げれば、柔らかい苦笑が返ってきた。
「カルナに目からビームが出る仕組みを聞いたら、本当は弓矢で放つ奥義を目で放ってるって言われて、その説明を頼んだらこんなことに」
「そういうことか。ビームってブラフマーストラのことだろ? アルジュナが本家の弓のやつ使えるぜ」
「目からビームを撃つのはカルナだけなの?」
「んー、弓を持たねえクラスだから、奥義の出力条件である『飛び道具』を遠くまで届く視線で概念的に代用してんじゃねえか?」
さらっと当てずっぽうを口にしたビーマを藤丸がサンドイッチ片手にぽかんと見上げる。そして少しの沈黙の後、隣に座るカルナの肩を興奮気味に揺すった。
「よくわかったよ、カルナ! たくさん考えてくれてありがとう!」
「あ、ああ。それならいいのだが」
しょんぼりしたままの大英雄を励ますべく、藤丸は笑顔で言い募った。
「次の戦いでもビーム見せてよ。決め台詞と一緒に!」
「『武具など不要。真の英雄は目で殺す』って奴か。お前生前あんなこと言ってなかったよな。どこで仕入れたよ?」
ビーマの妙に上手い声真似にカルナが虚をつかれた猫のような顔になる。年が離れた異父弟にからわれていることに気づいているのかいないのか、彼は懐かしげに目を細めた。
「以前、聖杯戦争に召喚された時だ。よく覚えている、あれはランチャーのクラスでの召喚だった」
「「は?」」
この会話は重大な謎を残したまま休憩時間の終了によって打ち切られた。カルデアへの帰還後、藤丸はたまたま出会ったガネーシャ神の依代の女性(カルナと仲良し)にこの話をしたのだが、彼女はふくふくとした顔を真っ赤にして去っていってしまい。謎は謎のまま、さらなる謎が生まれたのだった。
後書き
カルナは覇王の子供世代で一番早く死にました。
といっても70過ぎまでアンガ領主として立派に頑張ったので十分生きたと思いますが。
ろう者で超インテリな奥さんとはラブラブではなく二人三脚のパートナー。
二人で十人の養子を育て、その子らの子供(孫)も可愛がりました。
なお奥さんはジナコさんの前世ではありません(ガネーシャ神がもたらしたご縁ではある)
本作では、カルナの神性による炎攻撃や飛行は生前できませんでした。
奥義ブラフマーストラ(目からビーム含む)は出せました。
とんでも威力のため、味方を巻き込まないよう戦争では封印、同奥義を使う味方も皆自粛してたので、ここで初登場したというオチです。
月の聖杯戦争にはばっちり参加しました。マスターはもちろんジナコさん。
コミュ障が原作より酷い&並行マハバではコミュ障だと説明されてるのがプラマイゼロになって、関係性は原作と変わらなかった模様です。
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