とあるカルデアにて
アルジュナ・オルタは並行世界の英霊である。
中国異聞帯攻略の少し後にやってきたこのサーヴァントは、アルジュナの名を名乗り、かの弓の大英雄そっくりの姿をしていたが、明らかに中身が違っていた。瞬き以外でほとんど動かない表情だけではない。地に足をつけずカルデア内を漂う姿は無機物のようで、アルジュナと同じやや高い美声は端的にしか話さず。まるで人間らしさを削ぎ落としたようだった。
マスターである藤丸は、このアルジュナをすぐさまマハーバーラタ由来の戦士たちに紹介した。カルナとアシュヴァッターマンは混合バスター編成で出撃していたため、その場にいたのはクル王族の三人だ。燃え尽きた灰のような色の新人に驚愕する彼らをよそに、当の新人はドゥリーヨダナを見て目を細め。次の瞬間、激しい衝突の音と衝撃がミーティングルームを揺らした。
「いきなり何をするかーーー!?」
少し高く浮かび上がったアルジュナの周りを色とりどりの魔力の玉が惑星のように巡っている。先の轟音は、自身目がけて飛んできたそれらをドゥリーヨダナが棍棒で弾いた音だ。
逸れた攻撃がテーブルや床を砕き、あっという間に室内が半壊の様相になる。一瞬でできた惨状に、藤丸が令呪を掲げながら声をあげた。
「アルジュナ、ストーーーップ! その人は味方だよ、攻撃しないで!」
「悪は……裁かれなければならない」
召喚時の自己紹介からずっと沈黙していたバーサーカーが抑揚なく述べる。すわ令呪の出番かと力んだ藤丸の前に大きな背中が進みでた。
「アルジュナ、こやつ本当にお前か?」
「……わかりません。姿かたちは私ですが、気配が違う。これはインドラ神だけではない、他の神の力も感じます」
「ヴァーユ神の気配も感じるぞ。複数神性の複合サーヴァントか?」
ドゥリーヨダナはもう一人のアルジュナから目をそらさず、じりじりと藤丸の盾になる位置についた。パーンダヴァも障害物が少ない方へと移動している。今のところ謎のサーヴァントがマスターを攻撃する様子はないが、万が一は許されないのだ。相手の視線が父のそれと同じく内側まで見透かしてくるようで、こいつ千里眼持ちかと舌打ちした。
「マスター、これは退去させて良いやつか?」
「やんちゃな新人さんは稀によくいるでしょ。退去はなしで! 平和的な解決を望みます!」
人悪の英雄が
「しかしなあマスター。こやつ、わし様にロックオンしておるぞ。正当防衛でボコしても良いのでは?」
「そこはレベル100超えの貫禄で優しくしてあげてよ」
「はあー、面倒な。やめだ、やめ! ビーマ、お前の弟だろう、ちゃんと躾けておけい!」
「はあああ!?」
後は任せたぞ、と恰好つけた言い回しをしたドゥリーヨダナが藤丸を担いでドアへと向かう。灰色のアルジュナの周りの魔力弾がゆらりと動いたが、アーチャーのアルジュナがすかさず射線に入ったことで、それらが放たれることはなかった。敏捷Dとは思えない走りで消え去った従兄弟を恨めしく思うも、不穏な新人はパーンダヴァの関係者だ。ビーマとアルジュナは一緒に肩を落とし、まずは相手を知ろうと対話を試みた。
少しずつ情報を引き出し、その日の夜。レイシフト先から戻ってきたカルナとアシュヴァッターマンと灰色のアルジュナとの顔合わせが行われた。
「む、アルジュナか」(随分様変わりしていますが、貴方はアルジュナですね。一体何があったのですか?)
「なんだカルナ、わかんのか?」
ビーマの城こと食堂の一角。誰かの部屋ではなく敢えて他のサーヴァントたちの目がある場所に集まったマハーバーラタの面々は、カルナの第一声に注目した。彼は自分の口から出る言葉もうまく選べない癖に妙に観察力に長けているのだ。盲目覇王の第三の目のように真実を丸裸にすることはできずとも、物事の真意を察したり、虚偽を見抜いたりするのはお手の物。そのカルナが目の前の角と尻尾がついている不審サーヴァントをアルジュナと呼ぶのなら、そうなのだと認めざるを得ない。
「……誰?」
一人だけ着席せずテーブルの上あたりに浮いている灰色のアルジュナ。ずっと無表情だった端正な顔には戸惑いが浮かんでいる。パーンダヴァ二人がおお、とカルナに期待の目を向ける。彼らが数時間話しかけてもついぞ動くことがなかった表情筋が動いたからだ。
「オレはカルナ。お前の異父兄であり、義理の従兄弟でもある」
「???」
「そこは兄貴だけでいいだろ。俺はアシュヴァッターマン。お前とは兄弟弟子だ。アルジュナ、でいいんだよな?」
赤いバラモンが確認すると、灰色のアルジュナは小さく頷いた。うっすら光る水色の瞳がアシュヴァッターマンとカルナの間をせわしなく行き来している。どうやら新人とこの二人の相性は悪くなさそうだ。ビーマとアルジュナは視線でお互いの意見を確認し、第二のアルジュナをカウラヴァに任せることにしたのだった。
とある転生者のモノローグ
俺がカルデアに召喚された時、すでにそこには息子や甥たちが揃っていた。忠義のバラモンことアシュヴァッターマンもだ。そしてさらにもう一人。俺の生前にもあの悍ましい未来にもいなかった、灰色のアルジュナことアルジュナ・オルタがいた。
「オルタ、この方が俺たちの伯父上、ドリタラーシュトラ陛下だ。ドゥリーヨダナの父上だぞ」
「……悪?」
「悪じゃなくて悪属性、な。絶対攻撃するなよ? フリじゃねえぞ?」
角と尻尾付きとは斬新だな! 見た目はアルジュナで中身がちょっと違うオルタ。なるほど、わからん。一瞬、俺に攻撃しようとしたのをビーマが慌てて止めてる。いいぞ、しっかり押さえといてくれ。パーンダヴァが
「伯父上、彼はアルジュナ・オルタ、並行世界から呼ばれた、異なる人生を生きた私です」
「少し、いや、かなり変わっておりますが、わし様達は家族として認めております。父上もご自身の『目』で見て判断していただければ」
「よかろう。しばらく食事を共にし、よく接することとしよう」
「お願いいたします、陛下。俺たちもできるだけご一緒させていただきます」
「役者不足でなければいいが」(アルジュナ・オルタはとても良い子ですが、陛下に失礼があってはいけないのでオレ達が傍に付きます)
オルタの中を探ろうにもアカシック何ちゃらは制限されてるし、千里眼はみんなが思ってるような代物じゃない。つまるところ俺は自分でこの不穏すぎるアルジュナが家族なのかをジャッジしないといけないのか。うーん、こいつ、何時の何処のアルジュナなんだ?
悩んでも仕方ないので、その日から俺はオルタと食事を摂るようになった。サーヴァントは食べなくても支障ないけど、せっかくビーマと他の料理上手な奴らが腕を奮ってくれるんだ。生前食べられなかった日本食とか洋食とか、どれもほっぺ落ちるぐらい美味い。その時々に同席するカウラヴァとパーンダヴァの面々も食事を楽しんでる。ただ一人、オルタだけは口を動かしながらぼんやりしていることが多かった。
「オルタ、口に合わぬか?」
「いいえ、美味しいです」
今日のランチは古代インドにはなかったスパイスカレーとナンのセットだ。マンゴーラッシーまでついてる。受け取り口でビーマが笑顔全開でトレーを手渡してくれた自信作だけあって、はちゃめちゃに美味い。子供のサーヴァントも食べられるように基本はあまり辛くなく、お好みで辛味スパイスをかけていいタイプだ。俺は中辛ぐらいが好きだからスパイスを一振りだけかけた。隣で黙々と大盛りを平らげつつあるカルナはめっちゃかけてたな。オルタは座るなり機械的にナンを千切ってルーにつけ口に運んでを繰り返している。
うーん、無機質。あのクソッタレな未来の派生先から来たサーヴァントだってほぼ確信してる俺は、オルタに殺気を出さないよう常に気を張ってる。パーンダヴァの二人だけでなく、ドゥリーヨダナとカルナまでアルジュナ・オルタを可愛がってるからだ。アシュヴァッターマンも専属保父さんかってぐらい面倒を見てやってるし、俺が変な態度を取ったらみんな混乱するもんな。
もしょもしょとナンを咀嚼しているアルジュナ・オルタの様子に、可愛い孫のラクシュマニーが小さい時、野菜を食べていた姿が重なる。古代インドにドレッシングなんてなかったから、バーニャカウダもどきの開発をさせたんだっけ。本物は作れなかったが、孫が笑顔で野菜を食べるようになったからオールオッケーだった。
もしかすると、もしかするか?
「オルタ、味気ないのであれば、これを使え」
「……はい、伯父上」
スパイスの瓶を渡してやると、一振りしては味を確かめを繰り返しはじめる。瓶の中身が半分以下になったあたりで俺は内心頭を抱えたが、オルタの無表情が少しずつ明るくなっていったので止めなかった。やっぱりかよ、こいつ味覚が死んでる!
「辛い、です」
「普段の食事は味がわからぬか」
「……にいさまが『美味いぞ』と」
「ああ、ここの食事は美味であるな」
オルタのトレーから手付かずのラッシーを拝借して、テーブルの備え付けのシュガーをドバドバ注ぐ。砂糖味のマンゴーラッシーを渡してやると、オルタはカップに口をつけるなりパアッと目を輝かせた。凄くいいことがあった時のアルジュナと同じ顔だ。ちょびちょび飲みつつコップから手を離さないのは小さい子みたいだな。
「王よ、オルタの好みがわかったのか」
「うむ、強い味、特に甘味を好むようだ」
サーヴァントでよかったなあ、オルタ。生前だったら虫歯どころか糖尿病まっしぐらだ。自分の食事を終えたカルナが空色の瞳を和らげてオルタを見てる。うーん、ここから俺がマイナス介入しても誰もハッピーにならんよなあ。幸いオルタは生前の記憶がすっぽ抜けてるから、俺もこいつが生前何をしたかを忘れていよう。オルタはうちの子。今回の召喚は、それでいい。
かくしてアルジュナ・オルタは正式にマハーバーラタ組の末っ子になった。さらにはドゥリーヨダナの悪ノリで俺の子(概念)になり、しまいに俺を「とうさま」と呼ぶようになった。ロボットみたいだったのが今や懐いた猫ちゃんだ。劇的ビフォーアフター!
マスターは並行世界出身のオルタをだいぶ気にかけてたようで、あの子が俺たちの後をふよふよついてくるのを見て嬉しそうだ。オルタが全体攻撃バスター宝具のバーサーカーなのをいいことに、なるべく俺たちと一緒に編成するようにしてるあたり、完全に後方保護者だよ。
「とうさま、いってきます」
「励めよ、アルジュナ・オルタ。ビーマ、うぬもだ」
「おう、マスターを守り、敵を蹴散らしてくるぜ! って、伯父上に見送られるの変な感じだ」
「ふっ、
「そりゃそうだ! よっし、行くぞオルタ!」
「はい、にいさま」
たまたま中央管理室に呼ばれた俺は、マスターと一緒にレイシフトしに行くビーマとアルジュナ・オルタを笑顔(人喰い虎みたいだと言われるがちゃんと笑顔だぞ!)で見送った。甥っ子の言い分はわからんでもない。生前は俺が
思えば遠くに来たもんだ。パーンダヴァと敵対しない未来を目指して邁進し、インド全土を統一した。死後に人理の守護者として座に登録され、今まさに人理を守るためにマスターに呼ばれ戦っている。俺の息子たちを皆殺しにするかもしれなかったビーマに笑顔を見せ、俺の自慢の養子を卑怯な手で殺したアルジュナの成れの果てに父と呼ばれてる。……いや、間違えた。並行世界のカルナを胸糞悪い状況で殺したのは、とち狂って自分を失ったクソ野郎であって、うちの末っ子(概念)じゃない。そんな奴は誰も覚えていないし、存在していない。
さーて、ビーマが出陣しちゃったから他のキッチン組にオルタの特別メニューを頼んどくか。頑張ってこいよ、俺の可愛い甥っ子と末っ子(概念)!
後書き
本作のアルジュナ・オルタは主人公がカルデアに来る前からマハバ組の末っ子です。
ちなみに本人は生前のこと思い出さないけど、覇王は制限されたアカシックレコードを突き回してある程度正確にインド異聞帯の情報を得ています。
オルタが完全に忘却している+わし様とカウラヴァ(とついでにパーンダヴァ)が可愛がっているから、どうにか折り合いをつけて受け入れたけど、それなりの葛藤はあったというオチ。
オルタがカルナとアシュヴァッターマンに反応したのは、インド異聞帯でのことを体が覚えているからだけど、記憶としては思い出しません。
この世界に来たオルタは再臨してもアルジュナには戻りません。
自他とも認める末っ子で、言葉が上手になっても子供っぽいです。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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