邦訳版『英雄ガトートカチャをもっと知りたい!』第3章 ガトートカチャの家族
よう、みんな! 俺は風神の子ビーマの長男、ガトートカチャだ。古代インドの戦争史マハーバーラタにちょっとだけ登場する善なる羅刹だぜ。正確には神25%人25%羅刹50%だけどな、インドネシアじゃ羅刹ってことになってる。
俺の親父ビーマは盲目覇王ドリタラーシュトラ(大伯父上)の甥で怪力無双のすごい戦士。お袋の羅刹女ヒディンバーは人喰い羅刹を二つ折りにして討伐した親父の強さに一目惚れして、森から親父が住むインドラプラスタまでやってきた押しかけ女房だ。猛アタックしたお袋の粘り勝ちで親父が絆され、二人は結婚。その二年後に俺が生まれた。
親父は典型的なクシャトリヤの男で、お袋の後にさらに二人の妻を迎えた。一人はパーンダヴァ(祖父パーンドゥの戸籍上の息子たち、親父を含めた半神の五兄弟のこと)の共通の妻、属国パンチャーラの王女ドラウパディー。もう一人は旧カーシー国の王女バランダラー。恋愛結婚はお袋だけで、後の二人は政略結婚だったけど、親父は三人の妻を平等に扱った。妻同士は、うん、お袋とバランダラーさんは仲良しだったぞ。
バランダラーさんは元王女なのに生活が困窮して死にそうだったのを大伯父上が慈悲をかけ、パーンダヴァで娶ってやってくれって紹介してきたんだ。あの頃は百王子の叔父さんたちも似たような理由で亡国の王女と結婚しまくってた。大伯父上はちゃんと相性を確かめてあてがったみたいで、みんな気が合う夫婦だったと思う。千里眼って凄いよな。多分、大伯父上は親父がバランダラーさんを第三夫人にするってわかってた。だって、ちょっと抜けてて気が弱いバランダラーさんは、強くて家族思いで美形な親父に即刻惚れたし、強くて獰猛で(仲間には)優しいお袋に即刻懐いた。ドラウパディーは、まあ、お察しだったけど。
親父の第二夫人で伯父さんたちの第一夫人であるドラウパディー。あの人はなあ……多分、アルジュナ叔父さんだけの奥さんだった方が良かった。パーンダヴァの長男であるユディシュティラ伯父さんの婚約者としてやってきたのに、アルジュナ叔父さんに一目惚れして、絶対あの人と結婚したいって駄々を捏ねたらしい。で、爺ちゃんと婆ちゃんたちが相談して、なんだかんだあって彼女を息子五人の共有の妻にしたんだとさ。意味わかんねえよな。俺もそう思う。
ドラウパディーはぶっちゃけ善い人間じゃなかった。羅刹の俺が言うのも変だけど、心根に問題がある人で、お袋とは特に仲が悪かった。俺がパーンダヴァの子世代で一番最初に生まれたのに気を悪くして、何かと俺の悪口を言ったらしい。後でバランダラーさんがサルヴァガを産んだ時も、小さく生まれたサルヴァガがすぐ死ぬんじゃないかって心配を装って言いふらしたとか。それには親父が怒って、その年のドラパディーの夫だったナクラ叔父さんに殴り込みをかけた。俺の親父、怒るとめちゃめちゃ怖いんだぜ。実際、ナクラ叔父さんの屋敷は倒壊した。
こういうことが他にもあって、ドラウパディーは夫たちから「仕方がない女だけど女神レベルの超美人だから大目に見る」みたいな困ったちゃん扱いになった。俺はドゥリーヨダナ陛下の奥方のが綺麗だと思ってたけど、美醜は主観ってやつだ。
そしてパーンダヴァの他の妻たちから見たドラウパディーは、明確な敵だった。
ドラウパディーは最初にユディシュティラ伯父さんの妻になった。次は、親父が最後にしてくれって言ったのと本人の強い希望からアルジュナ叔父さんの妻に。続いてナクラ叔父さん、サハデーヴァ叔父さん、最後に親父。一年ずつ夫を交代したドラウパディーは、二巡目の時にとんでもないことを始めた。
パーンダヴァ長兄の第一夫人であることを振りかざし、伯父さんたちの第二夫人以下を屋敷の離れや別荘に追いやったんだ。夫が住む本館にいていいのは自分と子供達だけ。流石に子供たちまで追い出したら夫が黙ってないってわかってたあたり性格が悪い。彼女はそうやって他の妻たちにマウントをとっていじめ抜いた。そうされた妻たちも長兄の夫人、つまり義姉のドラウパディーに逆らえず、泣く泣く引っ越したらしい。厄介なことに、ドラウパディーはユディシュティラ伯父さんの妻だった年に、パーンダヴァに義姉の立場からこうすることを通達してた。実際どうなるかはその時の夫次第だったけど、古代インドの上下関係は複雑で、親父以外がドラウパディーの行動に口を出さなかったのはそういう理由があったらしい。そしてユディシュティラ伯父さんは弟たちの家庭のことには介入しなかった。
でも、ドラウパディーの主張はお袋には通じなかった。彼女が二回目に親父の妻になった年、出ていくよう命じたあの女に、お袋は激しく牙を剥いた。あの時、お袋の怒声と殺気があんまり恐ろしくて、ガキだった俺は震えあがった。羅刹の俺が怖かったんだから、ドラウパディーが腰を抜かしたのは当然のこと。彼女は這いつくばりながらお袋の前から退散したらしい。それでもめげずに親父を味方につけようとしたけど、親父は我関せずを貫いた。屋敷で妻たちが顔を合わせるたびピリピリするのに眉をへの字にするのが、ちょっとおかしかったな。
その後、お袋が女性陣の旗頭みたいになって、パーンダヴァの妻たちはみんな屋敷に戻った。ドラウパディーが何を言っても、もう誰も従わなかったそうだ。
俺の家族はこんな感じの両親と親父の二人の妻と、腹違いの弟二人。ドラウパディーが産んだスタソーマとさっき少し話したサルヴァガだ。五年毎に一年しか母ちゃんと暮らせない寂しがりやのスタソーマを俺たち家族は特に可愛がった。小さい頃は病弱だったサルヴァガもだ。俺は二人よりだいぶ年上で、自分で言っちゃうぐらい良い兄貴をやってたんだぜ。
伯父さんらの家族のことまで話し出したらキリがないから、今回はここまでだ。この本の続きを読んでいて俺の家族の話が出てきたら、ここで話したことを思い出してくれ。それじゃあ、引き続き楽しんでくれよな!
とある転生者のモノローグ
パーンドゥからの長い手紙を千里眼越しに三回読み直した俺は、手の中の紙を傷つけないよう早々に机の上に放り出した。一緒に執務室にいるヴィドゥラは先に目を通したそうで、眉間のしわが凄い。そうだよなあ、この内容はちょっとなあ……
「いかがなされますか、兄上」
「ヒディンバーに任せておく。ビーマは佳い女を選んだ」
「それではパーンドゥ兄上にそのように返答いたします」
ヴィドゥラの問いかけは、迷惑な女を殺っちゃうかどうかの確認だ。ドラウパディーの生死なんかどうでもいいが、甥らの小さな子供たちから母親を奪うのは可哀想だと思う。今のところ始末するほどのやらかしじゃないし、アカシック何ちゃらによるとそうはならない。本当にやばい分岐じゃアルジュナかビーマが手打ちという形でどうにかするしな。
「大遠征を前に、パーンダヴァの嫁たちに構っている暇はなかろう」
「仰るとおりです。兄上、ランカーまでの行軍ルートですが」
次が最後の大遠征。降伏勧告に舐めた返事をよこしたランカーを落とし、俺は世界の覇者になる。もうパーンダヴァと戦う未来は見えない。古代インドの統一国家としてクル王国を長く繁栄させるという最終目的までもう少しだ。こんな時に我儘女が起こしたちょっとした家庭内不和なんて構ってられるか! もちろん、それがパーダンヴァの動向をおかしくするっていうなら話は別だが。
ヴィドゥラとああでもないこうでもないと地図を指でなぞりながら物資補給の段取りを話し合う。ランカーまでは流石に遠いから、行軍だけで片道数ヶ月かかる。正しく大遠征。今回はクル族のベテラン戦士ばっかりで小規模の編成とはいえ、やっぱり時間がかかるな。最南端に到着したらしたで船の手配と、高い確率で海戦がある。ここら辺の分岐もよく確認しておかないといけない。やることが山積みだ。
「我が子らに戦の準備をするよう通達せよ」
「承知いたしました」
奥さんとドゥリーヨダナ以外だと一番よく聞いている弟の声。少し揺らいでるな、体調でも悪いのか? あー、いや、違う。ずっと見ないふりしてきたけど、今度が最後なら向き合ってやらないとダメだ。
「……うぬはどうする?」
「どう、とは」
「俺と征くか、ヴィドゥラ」
は、とヴィドゥラが息を詰まらせる。冷静沈着を絵に描いたようなこいつが、心臓をバクバクさせて俺を凝視している。こんな風に取り乱したのは、ドゥリーヨダナが生まれた時とカルナを養子にした時だったろ、お前。そんなに俺と戦争に行きたかったのか?
俺は黙って可愛い弟の返事を待つ。こいつが従軍したいっていうなら、代わりにパーンドゥに遠征中のことを任せればいい。戦士じゃないからなんだ。弟の一人ぐらい、万全に守ってみせるぞ。
「お戯れを。私は戦士ではありません。戦場では何もお役に立てない。どうか最後まで、兄上の覇道をお手伝いさせてください」
ああ、お前はそうなのか。すまん、いらんことを聞いちゃったな。ヴィドゥラ、お前にはずっと助けられてきたよ。俺の中じゃ一人前の戦士だし、事前準備も後始末も一番手伝ってくれてる戦友だ。お前がいなきゃここまで来れなかった。ああ、くそっ! 全部思うまま伝えてやりたいのに、俺の口はどうしてこんなに重たいんだ!
「よかろう。頼りにしているぞ、ヴィドゥラ」
声帯と表情筋を総動員して、少しでも思いの丈が伝わるように頑張ってみた。どうせ顔はゴツいままだが、声は柔らかくできただろうか。千里眼に映るヴィドゥラの神経質そうな顔。眉間に刻まれた深い皺が少しだけ薄くなったな。俺にもパーンドゥにも似てない目元がジワリと濡れて、ヴィドゥラは弾かれたように顔を背けた。俺からは隠せないってわかってるだろうに、なんだ、恥ずかしいのか? 今さらお前がどんな顔したって俺の愛する弟なのは変わらないのにな!
弟たちは絶対に俺を裏切らない。甥っ子たちはクル王国に忠実な戦士だ。火種女ことドラウパディーの影響力はないに等しい。ドゥリーヨダナはどこに出しても恥ずかしくない王太子。下の息子たちも真っ当な王族に育ち、今や立派な領主。そして俺と奥さんは世界最高の仲良し夫婦だ。望む未来が形になってきて、仕上げはもう目前。
見てろよ、ヴィドゥラ、みんな。覇道の果てに、俺ら全員のハッピーエンドを掴んでやる!
後書き
前半はインドネシアの小学生向け偉人伝シリーズのガトートカチャの巻という設定。
現実のインドネシアに伝来したマハーバーラタと関連の民間伝承では、ガトートカチャがめちゃくちゃ人気だそうです。
並行マハバに出てくるドラウパディーの評価はごく低め。
原典と違って主役側の逆ハーヒロインじゃないので、人間性が悪いとこばかりフォーカスされてます。
後半は、盲目覇王の覇道の縁の下の力持ち、宰相ヴィドゥラについて触れてみました。
彼は両親ともクシャトリヤじゃないので、戦士教育を受けていません。
でも前々王の血筋(ヴィヤーサの息子)ではあるため、宰相として辣腕を奮ってきました。
小さい頃からお兄ちゃん大好きで若干ブラコン。
主人公もちゃんと弟の頑張りを知っていて200%評価してるよっていう一幕でした。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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