【February 3 / Afternoon】
マハーバーラタを読んでいて良かった。
今し方自分を投げ飛ばした少年を横目に、バゼットは彼が自称する人物に思いを馳せた。施しの英雄カルナ。古代インドの戦争史マハーバーラタに登場する太陽神スーリヤの子だ。御者の養子から国王の養子になり、二百以上の戦争で活躍し、最期は邪竜ヴリトラと神話的な戦いを繰り広げた、現代でも非常に人気がある大英雄である。
英霊カルナはアーチャーとランサーとライダーのクラス適性を持ち、複数の神造武器を宝具として所持している。今回ライダーとして現界した彼の宝具はクル王国の至宝『
「もう根を上げるのか、マスター」(疲れてしまいましたか? いい感じで動けているので、もう少し頑張りましょう)
「まだまだ、いけるっ」
「ではかかってくるがいい。身の程を教えてやる」(どこからでも打ち込んできてください。貴方が今どれぐらい戦えるのかを把握するまで、いくらでも付き合います)
マハーバーラタの地の文で何度もコミュ症(意訳)だと説明が入っていなければ、バゼットはとっくに怒りの臨界点を通り越していただろう。カルナの言葉選びは伝説どおりに壊滅的であった。
「やあッ」
「温い」(重心がずれて踏み込みが甘いです)
「とりゃあッ」
「遅い」(左に傾いているせいで足が遅れています)
相手が古代インドでも指折りの大英雄だとわかってはいても、あまりの強さに理不尽だと叫びたくなる。
ライダーはその姿が初めて盲目覇王の御者を務めた11歳の頃のものだと言っていた。人生の最期にヴリトラと戦った記憶を所持しているものの、ステータスは軒並み下がっており、さらにバゼットが万全でないため魔力不足だとも。そこまで弱体化してなお、彼はバゼットが知る中で二番目の強者であった。
もちろん一番はクー・フーリンである。バゼットがずっと憧れてきた赤枝騎士団随一の戦士。必殺の槍を持つケルト最高の大英雄だ。今回の聖杯戦争で彼を召喚した時が、彼女の人生でもっとも輝いた瞬間だったかもしれない。結局、己の落ち度で英雄を奪われてしまったのだけれど。
「はっ、やあッ!! このぉ、当たれっ」
「右腕は防御に使え。そんな軟弱な拳が役にたつと思うか。蹴ってこい。重心が傾いている、もう一度だ」
「ふっ、ふうっ、オラあああああッ!!」
無表情で汗ひとつかかず、バゼットの渾身の蹴りを無造作に受け止める子供。いい加減頭に血が上って殺気まみれの一撃を白いかんばせめがけて繰り出すも、カルナには届かず。するりと避けられ、小さな拳で顎を撃ち抜かれてひっくり返った。
星が散る視界に晴天が広がる。そこに白い子供が覗き込んできて、青い瞳が空のようだと思った。
「マスター、言峰綺礼とランサーとの勝負のことだが」
「止めても無駄ですよ、ライダー。やられっぱなしは性に合わない。必ずや言峰をぶち殺し、ランサーを解放します」
「それだけでいいのか」
「……どういうことです?」
「ランサーと契約を結びなおさないのか」
バゼットの横にしゃがみこんだ相手は、まるで天気の話でもしているようだ。あまりに淡々としているので、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
「そんなことするわけがないでしょう!」
時間差で勢いよく体を起こしたバゼットが大声をあげる。ライダーは猫のように首を傾げ、同じ高さになった目線で彼女を見つめた。
「何故だ?」
「私のサーヴァントは貴方です。ランサーは確かに大切な相棒だった。でも、経緯はどうあれ今は倒すべき敵だ」
本当はランサーを取り戻したい。憧れのクー・フーリンと聖杯戦争を戦い抜きたい。けれど、それではいよいよ愛想を尽かされて戦士としてさえ見てもらえなくなるとわかっていた。言峰に腕を落とされた時、大英雄に釣り合わない不甲斐ないマスターだったことが何よりも悔しかった。
「彼に情けない姿を見せたのを最後にしたくない。戦って、倒して、貴方を召喚した女は一人前の戦士だって証明したい! そのためにライダー、貴方の力を貸してください!」
右手を拳にして胸元に握り込む。眦が熱くなるのを必死で堪えていると、しゃがんでいた少年が立ち上がり、手を差し出してきた。
「承知した。バゼット、お前のサーヴァントとして必ずやランサーを討ち取ろう」
「ありがとう。今更ですが、よろしくお願いします、カルナ」
握った手は小さく、立ち上がってしまえばバゼットは見下ろす側だ。それでも頼もしさしか感じさせない戦士の姿に、自分もそうありたいと強く思った。
【February 3 / Morning】
遅くまで話し込んだ四組の主従は、深夜1時を回ったところで凛が帰ると言い出したため解散した。もともと彼女は士郎の無事を確かめにきただけで、彼がサーヴァントを召喚したことで状況が急変したのだ。「次に会うときは敵同士」と言い残しての別れであった。
士郎と敵対する意思がないイリヤスフィールと桜はというと、彼女らのサーヴァントの強い希望で衛宮邸に泊まることになり、士郎はバーサーカー陣営、桜、セイバーとキャスター夫婦にそれぞれ客間を用意し、風呂の案内まで行った。彼が布団に入ったのは草木も眠る丑三つ時。放課後から休まることがなかったため、布団に入った瞬間に意識が落ちた。
数時間後、目覚まし時計に起こされた士郎はあくびを連発しながら身支度を終え、台所へと向かう。そこには見慣れた桜と、隣に立つ美貌のキャスター、そして辿々しい手つきでサラダを皿に盛り付けるイリヤスフィールの姿があった。すでにダイニングテーブルについているセイバーとバーサーカーは、マグカップ片手に語らっていた。
「おはよう、みんな」
「おはようございます、先輩。お二人が手伝ってくれたので、もうできちゃいます」
「おはようございます、マスター。どうぞおかけになって」
「おはよう、シロウ。料理って楽しいのね」
女性陣がもう朝食を作り終えるところだったので、士郎は申し訳なく思いながら人数分のオレンジジュースをグラスに注いだ。ごく自然に配膳を待っている国王親子と同じテーブルにつくと、話の内容が耳に入ってくる。
「俺は聖杯を欲しておる。ドゥリーヨダナ、うぬのマスターもそうであろう」
「はい。わし様はイリヤスフィールに聖杯を勝ち取ると誓っております」
「であれば、いずれ争うことになるか」
「父上相手はゾッとしませんな!」
はっはっはと軽快な笑い声を上げるバーサーカー。ダイニングテーブルを挟んで正面に座るセイバーも、紅茶に口をつけつつ低く喉を鳴らしていた。
「二人は戦うつもりなのか?」
「そうだが、まだまだ先の話だぞ。まずは心ゆくまで現世を楽しみ、フィナーレで最強の父上と最格好いいわし様の頂上決戦。世紀のグレートマッチだ! マスター達は安全な距離から観戦するがいい」
「貴方は楽しみすぎよ、バーサーカー。温泉旅行に行きたいとか、夢の国で遊びたいとか、冬木の外のことばかりじゃない!」
朝食のプレートを士郎の前に置いたイリヤスフィールがジロリと己のサーヴァントを睨んで言う。二ヶ月も早く召喚を行った彼女は、これまでバーサーカーの娯楽に散々付き合わさせられたと言っていた。その時、口調と裏腹に全身から楽しかったオーラが出ていたため、士郎は微笑ましく思ったものだ。
「マスターも夢の国に興味津々だったではないか。今からでも遅くはないぞ? 一泊二日で行かんか?」
「駄目よ。今朝までに七騎全てが召喚されたの。聖杯戦争が正式に始まったわ」
イリヤスフィールは聖杯戦争を創始した御三家と呼ばれる魔術師の家系の一員だ。それゆえにサーヴァントが何人召喚されているかがわかるらしい。ほぼ素人の士郎には仕組みもわからないが、戦いが始まったと聞いて背中に嫌な汗が滲んだ。
「なあ、イリヤ。聖杯戦争をもう起きないようにすることはできないのか?」
「……どうしてそんなことを聞くの」
「イリヤや桜、遠坂が無関係の人を傷つけるとは思わない。でもあのランサーのマスターは
十年前の火災が脳裏に浮かぶ。あれこそが今の士郎を産み落とした地獄絵図。セイバーのような強力なサーヴァント達が何も配慮せずぶつかれば、冬木が同じような有様になるかもしれないのだ。
「だから、俺は」
「うぬに何ができる」
遠くで雷鳴が轟くような、静かで恐ろしい声に遮られた。いつしかキャスターと桜もテーブルの方に来ており、少しの緊張が漂っている。声を発したセイバーが盲いた瞳を士郎の方へと彷徨わせた。
「我が妻は最高の女であるが、サーヴァントとしての戦闘能力は低い。うぬの姉は聖杯を担う一族の末。アーチャーのマスターは言うまでもない。うぬが戦を止めたくとも、力なき者の主張など誰も耳を貸さん」
「でもっ」
「マスター、旦那様のお話を最後までお聞きになって。ご飯が冷めてしまいますから、食べながらのお話でもよろしいでしょう?」
やんわりと宥めるキャスターに茶碗を差し出されて反射的に受け取ってしまう。そんな士郎に巌のような男は少し雰囲気を緩めて話を続けた。それぞれ食事に口をつけてはいるものの、全員が味覚よりも聴覚に注意を向けていた。
「ライダーのことは心配するな。カルナが呼ばれておる。マスターも無闇に民を傷つける輩ではない」
「なんと! カルナが来たなら早々に会いに行かねば」
「いや、しばらく放っておけ。あの子はなすべき事があるようだ」
カルナという名前は士郎も聞き覚えがあった。確か古代インドの英雄で、セイバーたちの仲間のはずだ。嬉しそうなバーサーカーの様子から、敵対する可能性はなさそうだ。
「セイバー、アサシンの方はどうです? 先輩が心配しているような悪い人ですか?」
おずおずと聞く桜に、盲目覇王は視線をどこでもない宙に向けて答える。
「アサシンは、うぬの祖父が変則的に召喚したようだ」
「桜のお爺さんなら安心じゃないか?」
「いいえ、いいえ先輩。お爺様は……」
「間桐臓硯は人喰いの魔物である。あれが聖杯を狙えば、うぬが危惧する被害が出るであろうな」
士郎は桜と慎二が家族の話をしたがらないことに気づいていたが、まさか祖父が魔物だとは思ってもみなかった。桜はいつも穏やかに微笑んでいたから、多少問題があっても普通の家だと思っていたのだ。
「それなら俺が止める。何か方法を考える!」
「やめとけ、
大袈裟に震えるふりをするバーサーカーの目は真剣だ。わざと行儀悪く箸を士郎に向けた手をイリヤスフィールが叩き落としたことで、その重みは半減したが。
「それは俺が望むところではない」
古代インドの覇者は茶碗片手に虎のように口角を上げた。
「衛宮士郎、うぬの望みを叶えてやろう。無辜の民を脅かす輩は、この盲目覇王が始末する。対価として、うぬはガーンダーリーと共に生き残ることを誓うのだ」
ある並行世界で輝かしい剣の英霊と共に聖杯戦争に臨み、正義の道をがむしゃらに駆けた少年は、ここでは見えない檻に入れられることになった。彼を絞首台へと誘う力の覚醒は訪れない。悪意ある神父との邂逅も、弓の主従との運命の交差も、ドリタラーシュトラという強者の都合によって遠ざけられたのだ。
そうと知る者がいないまま、形を変えた歯車は動き出していた。
後書き
アンケートで需要が確認できた盲目覇王in第五次聖杯戦争の続きです。
バゼットさんは復讐ではなくリターンマッチに燃えています。
カルナ・リリィは認められたい気持ちというのがすごくわかる上に、施しの英雄なので協力を求められたらイチコロ。
常時頭の片隅で冬木を監視してる主人公は、バゼットの状況もカルナの召喚のことも把握済み。
夜、奥さんと同じお布団にいた時だって千里眼を働かせていました。
士郎が外で戦うフラグが叩き折られつつあります。
ちなみに五次のガーンダーリーは呪殺系ではなく神秘系魔眼持ちなので、攻撃力はごく低いです。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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