【February 5 / Early Morning】
サイレンの音が冬木市全体に響き、深夜二時を回っているというのに大半の家の明かりがついている。住民たちは突然光った空と爆発音に隕石だなんだと大騒ぎだ。まだ数分前の出来事であるため、外に出ている人間はさほどいないが、野次馬が蔓延するのも時間の問題であった。
「一体どこの陣営よ!? 教会を全壊させたあの大爆発! もし綺礼が死んでたら、後始末は
「落ち着きたまえ、凛」
「スーハー、スーハー、やっぱり無理! 馬鹿やらかした陣営をコテンパンにしてやらないと気が済まない!」
赤い外套をはためかせて屋根から屋根へと駆ける長身の男と、その腕に抱かれる細身の少女。聖杯戦争のアーチャー陣営である二人は、警察より先に現場を確認すべく冬木教会へと向かっていた。起き出してしまった市民の目を凛の魔術で逸らしながらの直線コースだ。
「む、一度下すぞ。サーヴァントだ」
「目的地は一緒のはずよ。インド勢だったら交戦しない。いいわね、アーチャー」
「……承知した」
もうすぐ教会が見えるというマンションの屋上でアーチャーが足を止める。彼がマスターである少女を下ろすなり、二人の前に巌のような巨躯が現れた。
「うぬらと争うつもりはない。俺はこのまま教会へ向かう」
「セイバー、何が起こったかを知っているのね。冬木のセカンドオーナーとして要請します。千里眼で見たことを教えなさい」
「ランサーとライダーが交戦し、ランサーが脱落した。今はライダーと見知らぬ男が戦っておる」
盲目覇王が端的に答え、見えない瞳を凛の方へと向ける。途端、肺が握られたかのように呼吸ができなくなり、下半身が萎えた。アーチャーが腕を掴んでくれなければ尻餅をついていただろう。横目で見上げた弓兵の顎には冷たい汗が伝っていた。
「俺はクル国の王である。二度と指図するでないぞ、小娘」
存在の圧だけでサーヴァントとそのマスターを硬直させた怪物は、そう言い残して屋上から消えた。
「な、なんてやつ……っ」
「命があっただけで幸運だぞ、凛。私も少し肝が冷えた」
二人は気を取りなおしてセイバーの後を追った。教会へと続く坂道には急拵えらしいルーン魔術の痕跡があり、それは小高い丘をぐるりと囲んで一般人を強引に遠ざけていた。
「これをやったのはライダーのマスターね」
「急ぐぞ。すでにセイバーが戦闘を始めているようだ」
丘の上から凄まじい轟音と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。前者はマハーバーラタに語られるドリタラーシュトラの音速を超える攻撃によるものだろう。後者は敵対者との撃ち合いによるものだ。あの覇王とこれだけ撃ち合える第三者がいる。すでに凛の中で対戦相手がアサシンだという可能性は消えていた。
教会の跡地には瓦礫の山と四人の人影があった。坂道のてっぺんあたりにスーツ姿の外国人女性と全体的に白い子供が倒れている。外傷が見当たらないのに血を吐いて苦しむ子供に女性が回復の魔術をかけているようだった。
彼らから少し離れた場所でセイバーとライダージャケット姿の金髪の男が対峙している。後者は一度見たら忘れられない華美な容姿であるが、その顔に浮かんでいるのは忌々しげな表情だ。
「邪魔立てするな、雑種。疾く消え失せよ!」
男の周りに金色の波紋が現れ、何かがセイバー目掛けて超高速で撃ち出される。剣の英霊が打ち払ったものは銀色に輝く長剣だった。さらにいくつもの凶器が射出されては弾き落とされ、辺りに散らばる。それらは全て神秘を放つ宝具であった。
「あの男、サーヴァントよね。でもアサシンのはずがない。一体何者?」
「クラスに当てはめるならアーチャーだろうな。あれだけの数の宝具を所持しているとは」
「……ここで見てても埒があかないか。私はライダー組っぽい二人に事情聴取をするから、警戒任せた、アーチャー!」
盲目覇王と謎の男の頂上決戦のような戦いから距離をとりつつ、凛は女性と白い子供に近づいた。二十代半ばといった外見の女性は左腕の袖の中身がない。けれどスーツ越しでも非常に鍛えられた体なのが見て取れた。彼女は凛に気がつくなり体を起こし、子供を己の背に隠した。青い顔色をしているというのに、まるで抜き身の剣のような気迫だ。
「誰です」
「私は遠坂凛。聖杯戦争の参加者だけれど、今は冬木のセカンドオーナーとして大爆発の調査に来ました。貴方はライダーのマスターね」
「……魔術協会所属のバゼット・フラガ・マクレミッツ。あの爆発は、私のサーヴァントとランサーが交戦した際の宝具攻撃によるものです」
「とんでもない規模の攻撃ね。それでランサーを倒した、と。あの金髪の男は誰?」
「わかりません。どうやら教会に住んでいたらしく、住処を損ねた私たちに襲いかかってきたんです。ライダーはあの男の攻撃で呪いを受けました」
バゼットの手袋に覆われた手が小柄なサーヴァントの肩を撫でる。ライダーは小さく咳き込み、空色の瞳をうっすら開いた。
「マスター、その女は」
「心配いりません、ライダー。このお嬢さんは調査に来ただけだそうです。それより、あちらを見てください」
バゼットが示した先では、セイバーと推定アーチャーの激しい応酬が依然として続いている。黒衣に包まれた巨大な背中を目にした途端、ライダーは体を起こそうとして、ペシャリと地面に逆戻りした。
「ゴホッ、王が、喚ばれていたのか」
「やはりあの剣士がドリタラーシュトラ王なんですね。素晴らしい剛腕と戦闘センスだ、惚れ惚れします!」
「同感だ」
盲目覇王推しらしい主従をよそに、凛はライダーの正体を察して遠い目をした。あのセイバーを王と慕う空色の目をした真白の英雄なんて、施しの英雄カルナ以外にあり得ないからだ。たとえ子供の姿をしていても古代の大英雄。新たな難敵の登場であった。
「聖杯戦争はいつからマハーバーラタの再演になったのよ。まさかアサシンもインド出身じゃないでしょうね!」
「凛、気持ちはわからないでもないが、そろそろどうするのかを決めたまえ。その女性のルーン魔術も警察が押し寄せるのを止められないぞ」
「わかってる。あの戦いに横槍を入れるしかないのね」
「私の覚悟はできている。あとは君が命じるだけだ」
赤色の主従がやや悲壮な空気を漂わせながら顔を見合わせる。いくら聖杯戦争が聖堂教会によって管理され、あらゆる魔術的な被害が隠蔽されるとはいえ、国家権力を誤魔化すのは限度がある。今はルーン魔術によって迷わされているパトカーがこの場に辿り着くまでがタイムリミット。その前に、あの音速の攻撃が飛び交う魔境に足を踏み入れる必要があった。
「アーチャー」
やりなさい、と続くはずの鈴のような声は、新手の乱入によってかき消されることになる。
セイバーが振り下ろした大剣を金髪の男が直刀の宝具で受け止めたタイミングで、上空から飛来する影があった。どこかで見たような大柄なシルエットだ。長い棒状の武器を勢いよく回転させながら迫ったその人物は、謎のサーヴァントの頭目掛けてそれを振り下ろした。
「姑息な真似を……ッ」
攻撃を避けても前方のセイバーに切られる。相手が卑怯な手を使うことを警戒しなかった時点で男は詰んでいたのだ。未来を見る千里眼も保有するあらゆる防具も、慢心して活用しなければ意味がない。
「ふふんっ、賢いやり方と言え!」
グシャアッと人体が立てるべきではない音があがる。イリヤスフィールという規格外のマスターに恵まれたバーサーカーは生前以上の膂力を発揮し、見事な
血がしたたる棍棒を片手に、人悪の英雄が父王に笑いかける。
「桜から聞いた伝言は「仕留めろ」の一言でしたが、こういうことでしたかな、父上」
「うむ、よくやった」
真面目に戦っていたはずのセイバーは斃れた敵にすっかり興味をなくし、息子の働きを褒めている。敵の死体がエーテルへと消えないことさえ気にする様子がない。あんまりな結末に空いた口が塞がらないアーチャー主従をよそに、英雄親子はライダーへと歩み寄り、バーサーカーが小さな体を抱き上げた。
「カールナー!! 我が永遠の友にして可愛い弟よ、随分ちんちくりんな姿ではないか!」
「久しいな、
「呪われておるな」
セイバーの巨大な手のひらが白い頭を包むようして乱れた白金髪を撫でつける。ライダーは無表情のまましおらしく頷いた。
「不覚を取った」
「ガーンダーリーならば解呪できよう。戻るぞ、ドゥリーヨダナ」
「王よ、オレのマスターも共に」
「わかっておる」
ライダーの呪いの進行を遅らせるべく魔力を使い果たしたバゼットは、まだ立ち上がれないでいる。セイバーは彼女に一言断って子供のように腕に掬い上げ、凛たちに一瞥もくれずに立ち去った。後に残ったのは間近に迫ったサイレン音と頭を潰された男の死体、そして隕石にやられたような冬木教会の残骸だけであった。
【February 5 / Afternoon】
ランサーとアサシンが脱落し、残るマハーバーラタ勢以外のサーヴァントはアーチャーのみだ。聖杯戦争が一気に進んだ夜が明け、士郎たちマスターは怒涛の展開から冷めやらぬまま、霊体化したサーヴァントを連れて登校し、士郎も桜も、廊下ですれ違った凛も、表向きはいつも通りに過ごし。そして夕方に無事に帰宅した。
「ただいま。イリヤ、ライダー、もう寝てなくて大丈夫なのか?」
「いらん心配だ」(お帰りなさい。私はすっかり元気です。ご心配をおかけしました)
「もう平気よ。シロウが作っておいてくれたお昼ご飯おいしかったわ」
「それなら良かった。夕飯は魚の煮付けにザンギをつけて北海道風にするぞ」
制服から着替えて居間にやってきた士郎は、そこにセイバー夫妻と二人の白い子供を見つけ、目元を緩ませた。特に子供好きというわけではないのだが、家族団欒のような光景を微笑ましく思ったのだ。今朝から具合を悪くしていた姉が元気にテレビを見ているのにもホッとした。
「バゼットさんとバーサーカーは?」
「バゼットさんは荷物を取りに行くと言って出かけられました。ドゥリーヨダナは間桐家に行きましたわ」
「ああ、慎二が資料とか色々持ってくるって言ってたな。手は足りるか? 俺も行ったほうがいいかな」
慎二と桜の祖父・間桐臓硯は昨晩亡くなった。士郎がセイバーと交わした約束の結果だ。臓硯が人喰いの妖怪であったことは、桜だけでなく慎二からも聞いている。下校時に少し話しただけだったが、慎二の母も叔父も臓硯の使い魔である蟲の餌になったのだという。五百年以上も間桐家に君臨していた魔術師はとっくに悪魔に魂を売り渡していたのだ。そんな悪党であったから、士郎がその死に心を痛めることはなかった。
「人手は問題ありません。百人もいれば十分でしょうから」
「ひゃく?」
キャスターの謎の発言は、夕食間際になって慎二とバーサーカーが衛宮邸にやってきたことで解明された。もう暗いというのに洒落たサングラスや帽子、フードなどで顔を隠したバーサーカーと同じ体格の男達が次々とダンボール箱を持って現れたのだ。彼らは屋敷に入って箱を下ろすなり煙のように消えていったが、その数は二、三十人どころではなかった。
「分身の術まで使えるのか。古代インドってすごいな」
「違うわよ、シロウ。バーサーカーの霊基には彼の弟妹たち、百王子と妹が含まれているの。宝具の限定開放で呼び出すことができるのよ」
「先輩、世界史の成績あまりよくなかったですよね。よければご飯の後にマハーバーラタの概要をおさらいしませんか」
台所に立ちながらの和やかな会話。料理担当の士郎と桜以外の面々は居間の一角につまれた過去の聖杯戦争の資料が入ったダンボール箱をあけて中身の整理を始めている。セイバーは間桐邸に滞在していた間にすべて目を通した(千里眼越しに読んだ)らしいが、イリヤスフィールの希望で情報を見直すことになったのだ。
彼女曰く、昨晩現れた金髪の男は受肉したサーヴァントであったらしい。衛宮切嗣とイリヤスフィールの母が参加した第四次聖杯戦争の記録に、遠坂家当主が召喚した金髪赤眼のアーチャーの記載があったのだ。大惨事で終わった前回の聖杯戦争で一体何が起き、どうしてアーチャーが受肉したのか。前回の生き残りである言峰綺礼のもとで暮らしていたのは何故なのか。士郎は遠坂家の現当主からも話が聞きたかったが、桜以外の全員に反対されて諦めざるを得なかった。
「衛宮君、間桐さん、配膳を手伝います」
「オレも手伝おう」
資料確認の戦力外とされたのか、ライダー主従がキッチンカウンターまでやってくる。魔力が枯渇していたバゼットもすっかり回復し、ライダーと並ぶと似ていない姉弟のようだ。
「ありがとうございます、バゼットさん。私のことは桜って呼んでください」
「わかりました、桜」
湯気をあげる皿がダイニングテーブルと蔵の奥から引っ張り出してきた簡易テーブルを埋め尽くす。ややあって資料確認組が手を止めてテーブルにつくと、まさしく大家族の夕食といった雰囲気だ。セイバーを囲んで談笑しているサーヴァント勢も、居心地悪そうなのに肩の力が抜けている慎二も、片手で器用に食べながら「非合理的ですが味は最高ですね!」と微妙な絶賛を口にするバゼットも、皆表情が明るい。
隣のイリヤスフィールが機嫌良さげに唐揚げを口に運ぶ様子に、士郎は己の奥深い部分が温かいもので埋まっていくのを感じていた。
「いいな、こういうの」
無意識に口に出ていたらしい。向かいに座った桜が優しい顔をして、「そうですね、先輩」と返したのが無性に嬉しかった。
後書き
アンケートで需要が確認できた盲目覇王in第五次聖杯戦争の続きです。
物凄く気の毒な慢心王と諸々の後始末をすることになったアーチャー主従、保護された慎二と友情出演の百王子、そして束の間の平和な一幕でした。
ギルガメッシュはカルナに普通の宝具射出が通じなかったことで呪いの武器ばかり使用し、原典のマハバ以上に彼を呪いまみれにしました。
このため主人公は内心激おこ。
桜への念話で息子にメッセージを送り、お馴染みの伏兵&奇襲コンボで倒しました。
キャスターは攻撃力がほぼないですが、神秘の魔眼で解呪はできました。
(原典マハバでは長年の目隠しで力が高められヤドゥ族を呪い殺せたらしく……某乙女座の黄金聖闘士(古い例え)みたいなものですかね?)
まだ聖杯周りのことが何一つ判明していないという恐怖。
まだまだ続きます。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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