一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その11
パーンドゥ一家の帰還からしばらくの間、盲目覇王の攻勢は止まった。その間に各国は防衛の準備を整え、一部の国はクル王国に攻め込むもいずれも大敗し、例外なく大将首を取られた。大遠征による侵略戦争の印象が強いドリタラーシュトラだが、実は彼の真髄は防衛戦でこそ発揮されたのだ。
第三の目による未来予知と戦場の全てを見渡す視野。このうち前者はマハーバーラタで明言されていないが、ドリタラーシュトラは敵が国境を越える前に準備を整えていたとしか思えない動きをしばしば見せている。
例えばマツヤ国がクルの同盟国(という名の実質属国)スラセーナを攻めた時、ドリタラーシュトラは弟嫁クンティーの実家であるスラセーナを訪問中であった。彼はなぜか御者カルナと精鋭部隊を伴っており、国賓であるはずなのに防衛の第一線を引き受けるとスラセーナ王に申し出た。会敵したら相手が盲目覇王だったマツヤ国軍の驚きはいかほどか。スラセーナ防衛戦は半日で終わり、ドリタラーシュトラは翌日ハスティナープラに帰還した。マツヤ国はこの少し後にクル王国軍に攻め落とされている。
このような防衛を繰り返し、攻められる側にも関わらず少し国土を広げたクル王国だったが、前回の遠征から七年目に第四次大遠征が幕を開けた。
西インドの広範囲を対象とした第四次大遠征は総勢六万人からなる軍によって行われた。総大将は盲目覇王ドリタラーシュトラ。彼の傍には王弟パーンドゥと伯父ビーシュマ。王の御者は十七歳のカルナが務めた。この頃には、カルナは王の推薦を受けて武の達人ドローナに師事するようになっていた。身分はスータでありながら、同年代どころか年上の門下生の追従をも許さない才能を見せ、身分を重視する師に苦い顔をさせたという。
マハーバーラタの三章分を占める第四次大遠征の主役はカルナである。御者のはずの彼がどうして、と疑問に思った方は是非マハーバーラタを手に取ってほしい。そこにはドリタラーシュトラと共に先陣を切り、王が下車した後の戦車を守りながら得意の弓で精鋭部隊をサポートし、矢がなくなると短槍で戦車の周りの敵に襲いかかる、戦場エンジョイ勢というべきカルナの姿が描かれている。
巌のような覇王とは対照的に冷ややかな白皙の美青年として描写されるカルナだが、戦闘時の彼は敵から燃え盛る幽鬼、白い羅刹、嘲笑する悪魔などと呼ばれている。これらは御者である彼が戦士を圧倒するアダルマを咎める罵声であったのだろうが、戦闘に没頭するあまり口角があがった恐ろしい形相になっていたのかもしれない。
ドリタラーシュトラと共に戦場を駆けて七年。カルナはこの大遠征の終盤、アナールッタ国との戦いでついに敵王を射殺す。しかしこの飛躍的な手柄は、強者に大らかなクル王国においてさえ問題視されるのである。
一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その12
第四次大遠征はこれまでで最長の二年近くに渡って行われた。途中にドリタラーシュトラが家族を恋しがる独白が五回もあるのは、物語をまとめた者たちが茶目っ気を出したのだろう。壮年の巨漢が天幕で一人、妻と子供たち全員の名前をすべて呼んで恋しがったり、独寝が寂しいと呟くのは、古代インドの伝説においてかなりユニークだ。なお一度目の独白では実際に百二人の名前が列挙されているので、百王子の名前と順番を確認するのにうってつけである。
覇王の可愛らしい(?)一面を挟みつつ、大遠征はインド最西端を支配していたクックラ族とヴリシュニ族を下して終了する。この遠征によりクル王国はインド全土の約四割を支配下におき、事実上の最強国家となった。同時にかつてない大領土の支配と管理に悩まされることになる。
ハスティナープラに凱旋したドリタラーシュトラは、愛妻と二年の間に成長した子供達との時間を取り戻すように家族と過ごしたという。特にガーンダーリーとの仲睦まじい様子は、自分の妻たちと物理的に触れ合えないパーンドゥが敬愛する兄に嫌味を言うほどであったとか。
なお、父親不在の間に百王子とパーンダヴァ五兄弟は複雑な人間模様を描いていた。特にスヨーダナとビーマのライバル関係は熾烈にして根深いものであった。立場上は第一位王位継承者であるスヨーダナが圧倒的に有利。しかし腕っぷしは神の子であり怪力に恵まれたビーマに敵わない。また、王子らしく尊大で調子に乗りやすい性格のスヨーダナと快活で裏表がなく無自覚に傲慢なビーマは性格的にも水と油であった。二人の張り合いは、ドリタラーシュトラがビーマを叱った後から手が出ることはなくなったが、代わりに些細なことでもどちらが上か競い合うものになっていた。
いくつか例を挙げると、大食い対決はビーマの圧勝。骰子遊びはスヨーダナの独壇場。足の速さはビーマが、馬上の競争はスヨーダナが優り、彼らの父が大遠征から戻った頃は、主に棍棒術で競い合っていた。
のちに技のドゥリーヨダナと力のビーマと称される二人は、棍棒術の才能がずば抜けていた。ドローナのもと試合形式の鍛錬を行う時はお互いけして引かず、師に止められるまで打ち合っていたという。ドリタラーシュトラとパーンドゥは睨み合う息子たちを苦笑交じりで見守ったことだろう。
王子たちが武芸の腕を磨き、数年後の成人に向けて戦や統治について学んでいる時、御者でありながら先の戦場で敵王を討ち取ったカルナは難しい立場にあった。遠征中の彼の後ろ盾であったドリタラーシュトラは政務と家族にかかりきりになり、彼を同志として受け入れていた精鋭部隊も解散してしまい、カルナの味方は意図せず彼から遠くなっていたのだ。
出る杭は打たれるというのは極東だけの風潮ではない。古代インドにおいてもそれは変わらず、カルナはこの先三年近くの間、あらゆる嫌がらせに見舞われる。幸か不幸かスーリヤ神が与えた鎧のおかげで体を傷つけられることはなく、本人がいつも悠然とした無表情であったため、発覚が遅れた。
人知れず、また無自覚にストレスを溜め込んだカルナは、王子たちの成人を祝う御前試合に乱入する。次代のクル王国の英雄の年長である彼は、かくして本当の表舞台に上がってくるのだ。
とある転生者のモノローグ
俺が悍ましい未来を見たあの時、子供たちの死に様にばかり気を取られていたけれど、他に気になった事も山のようにあった。
パーンドゥの五人の息子たちはあからさまに超常的な力、つまり神々に贔屓されていた。何せ彼らは半神で、それぞれの親父が力を貸していた。さらにアカシックなんちゃらによるとクンティーさんの兄の息子クリシュナはヴィシュヌ神の化身で、彼が味方したからパーンダヴァの勝利は初めから決まっていたとか。とんでもなく酷い話だ。
バラモン最強の戦士アシュヴァッターマンは、うちの長男のためによく働いてくれた。最後の夜襲が失敗したのはやっぱり神々の贔屓のせいだったと思う。パーンダヴァの五人以外が全滅ってどういう戦果だ。アシュヴァッターマンと仲間二人強すぎだろ。まあ、夜襲の直前に起こったドゥリーヨダナとビーマの一騎打ちのショックが強すぎて、未来を見た瞬間にはそういう感慨はなかったんだが。
ビーシュマ伯父上のよくわからんどっちつかずのスタンスは酷かった。ヴィドゥラはもっと酷かったし、見知った連中が俺の息子たちが死んだのを喜んだのには腸が煮えたぎった。俺の可愛い奥さんが鬼のようになって呪いの言葉を吐いたのも心が痛かった。正直なことを言えば、パーンダヴァ全員ぶち殺してやりたかった。
でも俺が見たのは不確定な未来だ。別の世界でマハーバーラタという物語になっただけの、俺が生きる世界とは断絶されている未来。そんなものを見たからといって、弟たちやガキの時から世話になってる人たちを愛することをやめられない。だから外に敵を見出して統一戦争を起こすことにしたんだ。
それに、未来を見て良かったと思ったことが一つだけあった。
スーリヤ神の息子カルナ。クンティーさんが捨てた長男。ドゥリーヨダナの無二の親友にして一番の味方。カウラヴァ陣営最強の一角。無慈悲な神々があらゆる呪いを与え、がんじがらめの素裸にして贔屓の英雄アルジュナに殺させた、真白い戦士。
彼の首が血の放物線を描いて舞った時、俺は泣いた。俺の息子に最大限尽くしてくれた男が、どうしてあんな死に方をしなきゃいけないんだって凄く悲しかった。なぜか彼の死に顔は満足げだったけど、それは俺にはわからないし関係なかった。
あの未来を見なければ、俺が御者の養子であるカルナを知ることはなかった。アディラタは俺専属の御者だけど、世間話をするような関係じゃない。現に俺は彼に養子がいることさえ知らなかった。
だから三回目の大遠征前に子供のカルナが現れた時、これは運命だって思った。接触するのはまだ先だって思っていたから。ちょっと試したら本当に強い子でびっくりした。手加減しまくったとはいえ俺のパンチを躱しただけで百点満点なのに、カルナは自然に俺の背後をとった。あれは生来の戦士の動きだった。
俺はいずれカルナを戦士に取り立てる気でいた。彼がアナールッタの王様を殺しちゃったのは想定外だったけど、とっくに腕前は精鋭部隊の連中より上なのだ。だからスルーしてしまったんだ。俺としたことが、古代インドを甘く見てしまった。カルナには本当に、本当に申し訳ないことをした。
そのツケは俺の子供達とパーンドゥの上三人の息子の成人を(ユディシュティラは一年遅れて、アルジュナは一年早く)合同で祝った時に回ってきたのだった。
後書き
次回はラストの独白から続く形になります。
覇王がカルナをもの凄く贔屓してる理由に触れてみました。
アシュヴァッターマンも同じです。まだ小さい子供なので出てきてないけど。
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