一分でわかる古代インド:ラクシュマニーとヴリシャセーナ
古代インド一の夫婦と言えば盲目覇王ドリタラーシュトラと王妃ガーンダーリーであることは疑いようがない。マハーバーラタに語られる彼らの夫婦愛は素晴らしく、現代インドにおいても結婚式場やジュエリーショップなどが彼らの名前を冠し、理想の夫婦の代名詞を欲しいがままにしている。しかしマハーバーラタには何組もの夫婦が登場し、ユニークな関係が多いことから、ファンたちによる所謂「推しカプ」の論議が活発なのである。
では、古代インドの恋人達はどうなのか。
マハーバーラタに登場する夫婦はビーマとヒディンバー、アルジュナとスバドラーを除いて全てが政略結婚だ。当時のクシャトリヤ階級では当然のことである。さらに、前述の二組は前者が押しかけ女房、後者が駆け落ちからの電撃婚。恋愛感情が育まれてからの恋人関係というのは、古代インドの上流階級において皆無に近かったのだ。これはさらに時代を遡ったラーマヤーナにおいても同様である。
過去回で語ったアビマニュとウッターラの初々しい求婚のエピソードは、悲劇ではあるものの例外的な物語だと言えよう。
今回はもう一つの例外を紹介したい。アンガ地方の民間伝承に伝わる、人悪の英雄ドゥリーヨダナの娘ラクシュマニーと施しの英雄カルナの養子ヴリシャセーナの物語である。
古代インド統一が成ってしばらくして、カルナはガネーシャ神の加護を持つ知恵者スプリヤーを妻に迎え、自領アンガに移り住んだ。二十年近く名ばかり領主だった英雄の着任にアンガ民は大いに沸いたという。この頃にはカルナが太陽神スーリヤの子であることが公になっており、半神による統治が歓迎されたのだ。なお、彼の実母については徹底的に伏せられ、のちにマハーバーラタが編集されるまでクル王家の機密であった。
領地に入ったカルナとスプリヤーが最初に命じたのは、豊かな水資源の整備と水田作りのための整地であった。この事業により、アンガは数年のうちにインド随一の米の産地となる。また、スーリヤ神とガネーシャ神の神殿が建設されたことで巡礼の地としても賑わった。表向きはカルナが、実のところは妻スプリヤーがもたらす長いアンガの栄華の始まりである。
領地を発展させる傍らで、領主夫妻は捨て子を次々と養子に迎えた。二人は実子に恵まれなかったが、アンガ領主館はいつも子供の声で賑やかだったという。
養子の中で一番年長の子の名はヴリシャセーナ。彼は物心ついた頃からガンジス川の辺りで野人生活を送っていた孤児であった。薄緑の髪に銀の瞳。養父カルナに劣らず色が抜けた肌。このヴリシャセーナの容姿から、彼ははるか北方の血を引く異民族の子であったという説が濃厚である。変わった見た目の子供を妖怪だと勘違いした領民らがカルナに討伐を嘆願し、河辺にやってきたカルナが十歳にもならないヴリシャセーナを見つけたのが彼らの出会いであった。
カルナの養子となったヴリシャセーナはスプリヤーと意気投合し、学問にのめり込んだ。のちにアンガ式算術の祖、学聖と呼ばれる男は、養父が鍛錬に連れ出さなければ何日でも書物を読み漁っているような子供だったという。
このような恋愛と全く縁がなさそうなガリ勉少年とクル王国の花と呼ばれた王女との出会いは、王太子ドゥリーヨダナのアンガ視察という名の観光旅行。親友兼義弟のカルナをドゥリーヨダナが独占する間、スプリヤーがバーヌマティの、ヴリシャセーナが双子の王子と王女の相手をすることになったのだ。この時、ヴリシャセーナは15歳、ラクシュマニーは11歳。
「まあ、妖精さんだわ!」
きっかけは不思議な色の少年に幼い王女が興味を持ったことだった。世界最強の祖父と愛情深い両親に可愛がられて育ったラクシュマニーは危機感が薄いふわふわした少女であったのだろう。彼女はアンガに滞在中、ずっとヴリシャセーナの側にいた。彼が書物に没頭している時も、バーヌマティーが声をかけるまで飽きもせず白い横顔を見つめていた。
「いやよ、帰りたくありませんっ」
「我儘を言うでない、ラクシュマニー。王宮でお爺様とお婆様が待っておるのだぞ」
「帰るならヴリシャセーナも一緒がいいです」
「ほっほう、カルナの倅がお気に入りか。ではこうしよう!」
最終日に帰りたくないと駄々をこねた娘に、ドゥリーヨダナが年に数回ヴリシャセーナを王都に招いてやると約束したことが、二人の運命を決定づけたのだろう。
のちの学聖と花の王女は、父親同士の親しさに後押しされて王都と領都の行き来を繰り返し、実に甘酸っぱい思春期を過ごした。ぼんやりしがちなヴリシャセーナと、あれこれ王女らしからぬ世話を焼くラクシュマニー。一見彼女の片思いのような関係は、ラクシュマニーが成人するまで続いたそうだ。
ドリタラーシュトラの退位とドゥリーヨダナの即位の式典を数日後に控えた、遅い春の日。式典に参加するためハスティナープラを訪れた妖精のような青年は、季節外れのムユウジュの花束を王女に差し出した。
ムユウジュは乙女の恋を叶えるとされる神秘の木である。ヴリシャセーナの心とともに贈られた花は、確かにその権能を発揮したのだった。
本来なら出会うはずがない異民族の捨て子と統一国家の王女。二人はこの数年後、国王ドゥリーヨダナの祝福を受けて結ばれる。クル王国の百年の平和の中でヴリシャセーナは花のような妻とあらゆる知識を愛し、ラクシュマニーはそんな変わり者の夫を生涯支えたという。
なお、マハーバーラタ関連の伝承としては非常にマイナーなこの物語は、昨年のノーベル数学賞受賞者ヴリシャセーナ・ラトールによって一躍脚光を浴びた。ラトールはアンガ式算術最大の謎とされてきた愛の計算式の研究で知られるクル王家の末裔である。学聖ヴリシャセーナと王女ラクシュマニーの血脈が現代まで続き、夫が妻に捧げた数式が彼らの子孫によって紐解かれたのは、恋物語の素晴らしい結末であると言えよう。
とある転生者のモノローグ
インド全土を手中に収めて十年もすると統治の問題が落ち着いてきて、俺はたまーに暇するようになった。こんなに暇なのは王になる前以来じゃないか? 戦争の合間に家族と過ごした時間は全力で幸せを噛み締めるのに忙しくて暇じゃなかったし、休みはヴィドゥラかガーンダーリーに言い渡されるものだった。もしかしなくてもめちゃめちゃ社畜。王は国の奴隷とはよく言ったもんだ!
今は七日に一度ぐらい何もすることがない日がある。そういう時はガーンダーリーと王宮の庭を散歩したり、息子夫婦と古代インド版アフタヌーンティーを楽しんだり、孫たちと遊んだりしてる。最高の余暇の過ごし方だ。
さらに最近はアビマニュやカルナのところの長男(養子)をはじめ、少し大きくなった孫たちが地方から入れ替わり立ち替わり遊びにきて、王宮がとっても賑やか。うーん、幸せ!!
……ただ、カルナの養子がなぁ。妖精なんだ、本物の。
初めて千里眼で見た時は、古代インドじゃ珍しい北欧系の白人だと思っただけだった。あのカルナが川で拾った子だから俺としても感慨深くて、新しい孫(養子)ができて嬉しいなーとしか思わなかった。薄緑の髪に銀の瞳は確かに珍しいけどカルナだってあんな色合いだし、深く考えなかった。
平和ボケしてたわけじゃないぞ。ヨーロッパの妖精がインドで人間に擬態してるなんて誰が思う? それにヴリシャセーナはアカシック何ちゃらで知った
なーんて思っていた自分を締め上げてやりたい! あの妖精野郎、俺の可愛いラクシュマニーの初恋を盗みやがってええええ!!
ある時、ヴィドゥラから連休をもぎ取ったドゥリーヨダナが家族でカルナのところに遊びにいきたいと言って、俺は即刻OKを出した。アンガはそこまで遠くないし、カルナのお膝元で治安は最良。なので息子たちの不在中、頭の片隅で様子を見守るぐらいしかしなかった。ううっ、もっとしっかり見張っていれば!!
ラクシュマニーと一緒にヴリシャセーナがよく視界に入ってきて、最初は孫同士仲良しで俺もご機嫌だったんだ。でも俺は妖精という種族を甘く見ていた。どんなに人間のふりをしたってあいつらは神秘の塊だ。そしてラクシュマニーはそういうのに惹かれちゃう子だった。十歳で従兄弟のお兄さんに一目惚れ。側から見たら可愛いだけの初恋だ。
この時点で手を打つことも考えた。でもカルナが初めて拾った子を排除するなんてできなかった。孫をどうこうしようと一瞬でも考えた俺自身に凹んだものだ。
そこからはあっと言う間。子供の成長速度って恐ろしいよなぁ。
ヴリシャセーナがハスティナープラに来る度、ラクシュマニーが恋する乙女モードになって、息子夫婦もその恋に気がついてしまった。ドゥリーヨダナはカルナの子ならと最初から大賛成。バーヌマティーは娘の初恋が嬉しかったみたいで、こっちも大賛成。ガーンダーリーまで二人を応援しまくっていた。ヴリシャセーナの正体を知る俺だけが、つぶさにその動向を監視していた。
孫娘の恋を見守ること四年。その間に迫った退位の準備やアビマニュの寿命への対応でてんてこ舞いだった俺は、ある日ひとつの奇跡を見た。
妖精は人間とはまったく異なるイキモノだ。あいつらは星が産んだ触覚みたいなもので、三大欲とか喜怒哀楽とかのレベルでも人とかみ合わない。そんな妖精であるヴリシャセーナが、人間みたいに思い悩むようになったんだ。アンガの自室で何やら計算してたと思いきや、急にゴロゴロジタバタして、ラクシュマニーの名前を呟きながら意味不明な数字を書きだしたり。ハスティナ―プラ訪問に間が空くと不機嫌になったり。ラクシュマニーといつもの距離感(超近い)で話してて唐突に赤くなったり。ちなみに最後のはラクシュマニーも同じように真っ赤になって大変可愛かった!!
妖精が人に恋をした。俺がワンチャン程度だと思ってた期待が、大当たりのジャックポットだったというわけだ。
アカシック何ちゃらによると妖精と人の恋物語がないわけでもなく、ヴリシャセーナ周りの未来のシミュレートは大まか平和だった。ぐるぐる悩みまくった挙句あの子がラクシュマニーに花束を渡した時は、執務中についガッツポーズしてしまった。亜音速で元の姿勢にもどったので誰にも見られてない、はず。
かくして俺の目に入れても痛くない孫ラクシュマニーは、血が繋がらない孫ヴリシャセーナと婚約した。向こう二年は色々あるから、結婚は三年後になるだろう。
愛の計算式が解けたから告白したなんて、妖精が考えることは面白いな!
Pix〇v百科事典「ヴリシャセーナ(Fate)」より
「僕の世界には、数字とラクシュマニーだけ在ればいい」
プロフィール
真名 ヴリシャセーナ
クラス キャスター
性別 男性
出展 アンガ地方の民間伝承
地域 インド・アンガ地方
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概要
『Fate/Grand Order』に登場するキャスターのサーヴァント。
2026年GWイベント『盲目なりや復讐の王~Overwrite Kurukshetra』で初登場。
同イベントのピックアップ召喚で実装された。
レアリティは☆3。
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人物
アンガ領主カルナの養子。現代において学聖、アンガ式算術の祖と呼ばれる。ガンジス川の辺りで野人生活をしていたところをカルナに拾われ、彼の最初の養子となった。養母スプリヤーの影響からか、あらゆる学問に精通し、特に数学分野において前述のとおり歴史に名を残すことになる。
薄緑の髪に銀色の瞳、白い肌色をもつ北欧系の儚げな青年。性格は物静かで大人しく、一日中部屋にこもって書物を読んでいる。この世のあらゆる事象を数字と数式に落とし込んで理解する数学フリーク。
アンガの民間伝承「愛の計算式」はヴリシャセーナと盲目覇王ドリタラーシュトラの孫・王女ラクシュマニーの恋物語である。
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正体
星の触覚とされる純正の妖精。北欧からインドまで流れてきたはぐれの個体が人間に興味を持ち、人一人の一生の間だけという誓いを立てて完璧に擬態したのがヴリシャセーナである。
人間の体に変じたことでヴリシャセーナの妖精としての力はほぼ失われた。しかし彼は好奇心、特に知識欲の塊であったため、人間の学問にのめり込み、その一環で魔術や妖術といった神秘に触れることになった。彼が人としての生涯で確立させたアンガ式算術は、魔術協会の学術機関『時計塔』において研究室が確立されている魔術体系である。数式魔術と呼ばれるこの体系は、高い演算能力を誇るアトラス院系の魔術師であっても使いこなせるものがほとんどおらず、その実態は謎に包まれている。
英霊ヴリシャセーナは、この魔術によって現実を数字に落とし込み、ある種の現実改変を可能としている。
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余談
イベント内の台詞から、カルナやドリタラーシュトラはヴリシャセーナの正体に気づいていたことが伺える。また、人としての一生を全うした後の彼がどうなったのかは、絆5で解放されるマテリアルで語られている。
後書き
アンケートであまり需要はなかったのですが、今後の番外編(予定)の情報前出しのため形にしました。
原作マハーバーラタでは結婚間際でクリシュナの息子がラクシュマニーを攫って羅刹婚したせいで結ばれなかった悲劇の二人です。
羅刹婚は本当に恐ろしい文化。盲目覇王の孫にそんなことしたら一族郎党どころか国ごと消されますが……
ラクシュマニーの話があまりにも不憫だったので、どうにかならんかと思ったらこんなことに。
本来のヴリシャセーナはカルナとスータの妻の長男で、ラクシュマニーの婚約者。
婚約者を暴力によってNTRされ、自身もクルクシェートラで戦死しました。
詳細がわからない人物で、本作の彼とは別人です。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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