一分でわかる古代インド:ビーシュマ(拡張版)
盲目覇王ドリタラーシュトラの伯父ビーシュマは、マハーバーラタにおける前世代の英雄である。クル国王シャーンタヌと女神ガンガーの八番目の息子として生まれた彼は、幼い頃から母に連れられ多くの聖仙から薫陶を受けて育った。王に必要な徳や知識、最強の聖仙パラシュラーマに並ぶ武勇、クル王国への苛烈なまでの忠誠心。いずれをとっても王に相応しい傑物であったという。
しかしビーシュマがクル王国の王冠を得ることはなかった。彼は父シャーンタヌが見初めた娘サティヤヴァティーの父が出した「娘の子が王位を継げないのであれば、嫁にやることは出来ない」という条件を満たすため、自ら王位継承権を手放し、さらに生涯未婚の誓いを立てたのだ。かくしてクル王国一の英雄は長老の一人として国を支える役目を担うことになった。
やがてシャーンタヌが死に、サティヤヴァティーの子らも早世すると、王の異父弟である聖仙ヴィヤーサと王の妻二人(と侍女)の間にドリタラーシュトラら三兄弟が生まれた。ビーシュマは王子らが成人するまで国王不在の王国を守り、盲目覇王へとバトンを繋げた立役者である。
ドリタラーシュトラの即位後も、ビーシュマは王国に忠実であり続けた。彼は統一戦争の二百二十四の戦いすべてに参加し、クル国の戦士の大部分の指揮を任され、王が命じるあらゆる計略に協力したとされている。
王の信頼が厚い完全無欠の重臣。そんなビーシュマの意外な一面が見えるエピソードをいくつか紹介しよう。
まだクル王国が周辺諸国の侵略に明け暮れていた頃、ある国との決戦で、最前線で戦っていたドリタラーシュトラがいきなり敵国の王都へと一人で進撃するハプニングがあった。轟音とともに走り去る王の巨大な背中に、クル王国軍は唖然としたことだろう。行く手をはばむ戦士を戦車のごとく轢き殺し、ついに王宮の中へと突進した盲目覇王。ビーシュマたちが追いついた時、彼はすでに敵の国王を半分に斬り分けていた。
「陛下、一体どうなされたのです」
「ビーシュマ、すぐに戻るぞ。皆の者、これよりハスティナ―プラに凱旋する!!」
惨たらしい死体に一瞥もせず踵を返す若き国王。すぐ後に続いたビーシュマは、主君のただならぬ様子にもう一度問いかけた。
「陛下、王都で何かあったのですか? 帰還を急がれる理由は」
「ガーンダーリーが出産したのだ」
そう答えたドリタラーシュトラの笑みは、返り血まみれで人食い虎のようであったという。只人なら腰を抜かしてもおかしくなかっただろうが、ビーシュマは違った。彼は、まだ若い主君が戦闘中だというのに第三の目で妻の様子を見守っていたのだと悟り、瞬時に鬼のような形相になったのだ。
「
「ぬ……」
「精鋭部隊を置き去りにするのも言語道断だ!! よいか、お前に万が一があれば、今日生まれた子は父無し子になるのだぞ!!」
マハーバーラタにおいてビーシュマが甥を叱りつけるのはこれが初めてではない。子供時代のドリタラーシュトラが弟達とともに王宮を抜け出し、森の近くで遭遇した暴れ象を蹴り殺した時は、拳骨付きの教育的指導を行っている。遠征先でのこのエピソードもまた、子供と保護者の関係が長かった二人の素がでた貴重な一幕である。この後、ドリタラーシュトラは素直に謝罪してから全軍を率いて最速で帰還した。
ビーシュマの意外なエピソードといえば、第五次大遠征で百王子がなんちゃって御者を務めた時の大惨事を忘れてはならない。
カリンガ・アンドラ軍による夜襲でほとんどの御者を失ったクル王国軍は、戦車を動かせなくなり機動力が大きく制限されてしまった。この問題を解決したのは王太子ドゥリーヨダナと義弟カルナ。彼らはカルナが百王子に御者のいろはを教えて王子らが戦車の操縦を行うことを提案した。本来はスータの役目である御者を王子が務める。ビーシュマをはじめ長老たちは大いに反対したが、ドリタラーシュトラの賛成によりこの案が実行に移された。
ビーシュマの戦車を担当したのは百王子の次兄ドゥフシャーサナ。百王子の中でも特に言葉や態度が荒々しいこの王子は、尊敬する大伯父の戦車を上機嫌で走らせたという。F1レースを彷彿とさせる手綱捌きで他の弟たちと競うように前へ前へと進み、あらゆる悪路も力技で超えていった。邦訳版マハーバーラタ中巻第二十章によると、ビーシュマの戦車は五回横転しそうになり、三回宙に浮き、歴戦の老戦士は何度も車の床に転がったという。至高の戦士の体幹をもってしても、無免許飲酒運転のようなドライビングテクニックには敵わなかったということだ。
「速度を落として慎重に運転せんか! 車輪が外れてしまうぞ!」
「まだまだ序の口ですよ、大伯父上! ヒャッハー!!」
「話を聞かんか、ドゥフシャーサナ! うおっ、浮いておるっ」
「ちょっと揺れまっす! しっかり座っててくださーい! よっしゃ、華麗に着地ぃ!」
「ドゥフシャーサナっ、いづっ……安全、運転っ」
上記のやり取りは原文では上品に描かれているが、内容はご覧のとおりである。ビーシュマは第五次大遠征が終わるまでドゥフシャーサナの運転で戦場を駆けることになり、国から国への長距離移動を耐え忍んだ。このような目に遭っても他の王子と交代させなかったのは、他の長老陣がドゥフシャーサナにあたったら寿命が縮まると気を遣ったとか、そうでなかったとか。
真面目な人格者が雷親父のように王を叱ったり孫に等しい王子に大変な目に遭わされるのは、意外であると同時に、彼が伝説の英雄ではなく実在した個人であることを実感できる貴重な場面である。
盲目覇王の伯父にして女神ガンガーの子、大英雄ビーシュマ。神々からの祝福で自らの死期を決めることができた男は、古代インド統一から十年後に大勢に惜しまれつつこの世を去った。齢92歳の大往生であったという。
とあるカルデアにて
その日、藤丸立香はバスターな気分だった。連日アーツ編成で周回をこなしてきたが、たまには違うメンバーと出撃したい。特異点攻略で様々なサーヴァントと行動しているとはいえ、日々の周回に変化が欲しいときもあるのだ。
「そういう訳なので、よろしくお願いします、覇王様」
「うむ」
「光のコヤンスカヤとマーリンもよろしくね」
「ええ、契約どおりのサービスをご提供いたします」
「いいとも、久しぶりの運動といこう」
「ガネーシャさん、アビー、ヨハンナさん。三人は絆を深めるためについてきてくれるかな」
「アタシを連れてくとか正気の沙汰とは思えないッスぅ……」
「争いは嫌いだけど、わかったわ」
「はい、マスター。頑張りましょう!」
戦闘担当はカルデア最強の一角である盲目覇王ドリタラーシュトラとサポート役二人。後衛にはカルデアにやってきてからほとんど戦闘に出ていないサーヴァントが三人。今回の戦場はもう何度も訪れている南アジア地域だ。レイドボスのような名もなき戦士の集合体(ランサークラス)を削りきるという高難易度クエストである。
超高火力のアタッカーを一人編成しバフを盛りまくって叩く戦法はこれまでと変わらないが、今回は単体宝具持ちではなくクリティカル攻撃を主軸とした人選だ。ダ・ヴィンチらによる簡易シミュレーションでは特に問題は見当たらず、あっさり出陣が決まったのだった。
「皆の者、出立する」
巌のようなセイバーの声を合図に七人は目的地に降り立った。白紙化された世界に現れたいくつもの小規模特異点(何故か一日で復活する)の一つ、通称「シスパルガー古戦場」が今回の戦場だ。
白い世界に朽ちた瓦礫と戦争の名残りが散らばっている。一同が崩れた街の中を進んでいくと、マスターにとっては見慣れた敵性存在が姿を現した。
「む……マスター、この地に我が子らを連れてきたことはあるか」
「まだないです。もしかして知ってる戦場?」
無骨な大剣を構えた男はマスターの問いに頷いた。
「カリンガ国の王都だ。我らが滅ぼした国である」
あれはカリンガ国民の怨念であろう、と続けたドリタラーシュトラはいつもと変わらない様子であった。
「マスター、お話はそれぐらいになさってくださいな。あちら様に気づかれました」
「随分荒れているようだ。因縁の相手が来たと理解しているのかな」
十メートルはある巨大な骸骨のエネミーが迫ってくる。これまでの遭遇では意味をなさない叫び声をあげていたのに、今は怨嗟の言葉がはっきりと聞こえた。
『おのれ盲目覇王、我等の恨みを受けよ!!』
エネミーの姿がより恐ろしい異形へと変貌し、その背後の昏いオーラから無数の手が飛び出した。それらはドリタラーシュトラへと殺到し、衝突音ともに地面を割った。砂ぼこりで一瞬、何も見えなくなる。しかしその直後に竜巻のように風が上空へと巻き上がり、黒衣の巨躯が骨の腕を切り落とす様が目に入ってきた。
「二人とも支援スキルをアタッカーに! 覇王様、いけますか!?」
「問題ない」
ドォンと轟音を立てて大剣がむき出しの肋骨をたたき割る。先に自力のバフをかけたらしいドリタラーシュトラは余裕で怨霊の攻撃を受け止め、真っ向から弾いている。さらに光のコヤンスカヤとマーリンのスキルで攻撃力が増した男は、蹴りひとつで大木のような背骨を砕いてみせた。
『厄災の王、戦火の悪魔、殺戮の体現者! 汝に災いあれ! クル王家に災いあれ!』
「負け犬、いや、亡者の遠吠えであるな」
盲目覇王の呟きは敵の金切り声にかき消された。大剣の連撃が巨大な骨格をいくつものパーツへと分割してしまう。バラバラと落ちる欠片を浴びる男は、仕上げとばかりに髑髏に踵落としを喰らわせた。地面に激突して転がったそれは藤丸の方へと転がり、マーリンの剣によって動きを止めた。そしてボロボロと崩れ、数分のうちに戦闘が終了したのだった。
「いやあ、あっという間だったね」
「圧倒的な殿方は嫌いではありません。私には雄々しすぎますけれど」
スキル発動の後はすることがなかったサポート役二人が目を見合わせる。後方から合流した同行サーヴァント三名も気が抜けたように言葉を交わしていた。
「アタシ達本当に見てるだけだったっスねぇ。いつもこうならいいのに」
「主よ、恨みに囚われた魂に憐れみを」
「私もお祈りするわ。あんな姿になってまで怒っているなんて、とても可哀想」
マイペースなサーヴァント達とは対照的に、いつもの四分の一程度の時間でエネミーを撃破したことに戦慄する藤丸とモニター越しに見守っていた管制室はこのマップを周回できると喜んでいた。ここではサーヴァントの育成に欠かせないレアな素材が得られるのだ。
「覇王様、お疲れ様でした! 凄いよ、宝具なしでワンターンキル!」
「うむ」
キラキラした目で見上げてくるマスターに覇王の白茶色の眼差しも柔らかくなる。それは少し宙を彷徨ってから藤丸の斜め左あたりで止まった。
「マスター、素材がどうのと聞こえたが」
「うん、このエネミーが落とす血の涙石が足りなくて、しばらく周回したいんだ」
「であれば攻撃役をクル以外から選べ。アレは俺が千回倒そうと意地でも望みの物を落とさぬであろう」
「え“っ!?」
ドリタラーシュトラは珍しく気さくな動作で肩をすくめ、先ほどまで怨霊が浮かんでいた辺りを指差した。土を被った瓦礫の合間には大きさが異なる無数の骸骨が恨めしげに転がっている。その全てが男の方を向いていることにゾッとした。
「カリンガ王都戦は籠城破りからの殲滅戦であった。シュルターユは人望厚き王であったから、王都民が奮戦してな。結果、男はほぼ皆殺し。武器を取った女子供もだ。先ほどの敵はそやつらの成れの果て。俺が与する者に役立つ品など、決してよこさん」
「……そっか。教えてくれてありがとうございます」
「他の戦場であればいつでも声をかけるがいい」
剣をエーテルに戻した男が静かな足取りで帰還ポイントへと向かっていく。藤丸は一度だけ骸骨たちを振り返ってから、小走りで大きな背中を追ったのだった。
後書き
アンケートの選択肢をだいぶクリアしました。
残りは七つ。全部描き終わったら、また別の方法で需要を確認したいと思います。
ビーシュマは原典マハーバーラタの正しい人枠ですが、本作では皆に尊敬される長老枠です。
主人公が見た悍ましい未来では、その正しさから戦争でカウラヴァについたくせにパーンダヴァに自分の倒し方を教えちゃった売国奴(カウラヴァ視点)
現実()じゃ子供の頃から世話になってる伯父上なので、主人公的に思うところはありません。
本作では80過ぎまで戦場に立ち、クル王国のために大貢献した超愛国者。
カリンガ国民の怨霊はクリティカル3連撃+エクストラアタックで3M程度ダメを受けました。
聖杯戦争の時と違ってメタ的なバトルですが、これがカルデア式()です。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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ビーマとヒディンバーの話
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ビーシュマやドローナの掘り下げ
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