【Day 23: Champa】
現代インド小特異点(難易度極低)を攻略するはずが、古代インド特異点(難易度未知数)にたどり着いてしまった。初日から情報収取に勤しみ、二つの村を経てショッキングすぎる状況を理解しはじめたカルデア一行は、それぞれ硬い空気を纏ってアンガ国の王都チャンパーに足を踏み入れた。領都ではない。
ドゥリーヨダナとカルナは霊体化している。最初に立ち寄った集落で二人の姿を知る大人たちが大騒ぎしたからだ。大パニックの中でどうにか聞き出せたのは、この特異点のカルナがアンガ王だったことと、彼もドゥリーヨダナも一月前の大戦争で戦死したということだった。ただのそっくりさんだと誤魔化して逃げるようにその場を離れた彼らは、翌日別の村で藤丸とガネーシャだけで聞き込みを行い、史実からの乖離を改めて確認した。
それもただの乖離ではなく、盲目覇王ドリタラーシュトラが覇を唱えず、古代インドが統一されなかったという異聞帯レベルの枝分かれだ。
王族が団結しなかったことで、クル王国は王位継承権をめぐって真っ二つに割れ、数十年の確執の果てにカウラヴァとパーンダヴァが諸国を巻き込む大戦争を起こした。一ヶ月前に終結したクルクシェートラの大戦で百王子をはじめカウラヴァの主要戦力は全滅。生き残りは国王夫妻とアシュヴァッターマンを含む数名のみで、ユディシュティラ率いるパーンダヴァがハスティナープラを占領した。
それで争いが終わったかと思いきや、さらなる事件が起きた。盲目ゆえに長男の傀儡のような大人しい王であったドリタラーシュトラ(これを聞いたドゥリーヨダナは危うく座に還りかけた)が、豹変してパーンダヴァに襲いかかったというのだ。老王の暴走は甥たちを蹴散らすだけに留まらず、王宮を半壊させ王都を燃やした。ドリタラーシュトラはさらに単身でインドラプラスタに攻め入ったがパーンダヴァに退けられ、消息を絶ったという。
「覇王様と同じ人だと思えないんだけど、みんなはどう思う?」
『内乱を許しただけでなくパーンダヴァごときに勝てん奴が父上であるものか! 紛い者め、絶対に許さーーーん!!』
『
念話の内容はサーヴァント同士では聞こえないはずだが、カルナは義兄の心中を完璧に読んでいるようだ。怒り狂うドゥリーヨダナとは真逆の静けさが恐ろしい。
「マハーバーラタはうろ覚えだけど、何もかも覇王様らしくないっスね。もしかして本当に別人だったり? 男のアーサー王はアルトリアさんと別人じゃん」
「異なる世界、並行世界かぁ。そうだとしたら帰還方法も考えないといけないかな。通信がうまくいかないのもそのせいだろうし」
「……聖杯でどうにかならない?」
「その可能性を確かめるためにも回収必須。いつもと同じだよ、ガネーシャさん」
活気があるとは言い難い大通りで藤丸は一旦足を止めた。ガネーシャと二人、実際には四人で知恵を寄せ合ううちに状況の悪さが浮き彫りになってきているのだ。いつもの特異点攻略以上に慎重に動く必要があった。
『ここが並行世界だと仮定して、どう行動するかを決めておくべきであろう。最終目標はマスターを無事にカルデアに帰すこと。次点に聖杯の回収。我らが今すべき事はさらなる情報収集だな? マスター』
「うん、俺とガネーシャさんで引き続き聞き込みする。現地協力者か人理に呼ばれたサーヴァントがいればいいんだけど」
『む……マスター、少し離れる』
徐にカルナが姿を現し、街ゆく人々の視線が向けられる前に黒いフード付きの外套姿になる。以前のクリスマスのハプニングでお目見えしたサンタ霊衣だ。かなり目立つ格好だが、フードを限界まで下ろして顔を隠すことには成功している。施しの英雄はその俊足であっという間に通りの先へと消えてしまい、藤丸とガネーシャは「え?」と揃って小さく声をこぼした。
『カルナがああも慌ただしいのは珍しい。マスター、この場から動くでないぞ。あれはすぐ戻るつもりだ』
「知り合いがいたのかな。カルナがアンガ王をしていた時代だから、家族も部下もいるよね」
『同一存在でも別人だろうがな。あやつがそれをわかっていない筈がないが……』
「カルナさんからすっごく頼もしい奥さんと優秀な養子ちゃんたちの話を聞いたことあるよ。ガネーシャさん的にも加護持ちの奥さんに親近感あるっス」
「ええと、確か耳が聞こえない同年代のお姫様だっけ」
ガネーシャ同様、藤丸もマハーバーラタはうろ覚えだ。主要な出来事と登場人物は把握しているものの、ほんの一章にしか登場しないカルナの妻子のことはすっかり忘れていた。
『スプリヤーだ。サハデーヴァ顔負けの知恵者でカルナの良き相棒であったぞ。夫婦というより二人三脚で領地運営する同志の関係で、養子のちびっこどもを揃って可愛がっておった。ここでもそうであったなら、仲間に引き込めるかもしれんな』
ドゥリーヨダナからアンガ領主カルナの話を聞きながらしばらく待っていると、黒い外套姿が二人の人物を引き連れて戻ってきた。二人はなんら特徴がない黒髪黒目に褐色の肌の中年の男女に見える。しかしその印象はどこか不自然で、ガネーシャも霊体化しているドゥリーヨダナも訝しげに彼らを見ていた。
「おかえり、カルナ。その人たちは?」
「マスター、場所を移すぞ」
『全員で話せる場所に移動したいと言っておる』
「わかった、ひとまず街の外に出て人目を避けよう」
見知らぬ男女は藤丸とガネーシャを一瞥したが、彼らの意識は完全にカルナに向けられていた。特に女の方は、少しでも目を離したら彼が消えてしまうとでもいうように瞬きも惜しんでいる様子だった。
全員で通りを抜けて街の外へと向かい、街道から外れた林の中へと移動する。完全に外部から見えないあたりでカルナが足を止め、藤丸の合図でドゥリーヨダナが霊体化を解いた。
「お父様ッ!!」
薄紫髪の巨漢が姿を現した途端、女が悲鳴のような声をあげて彼に飛びついた。反射的に避けようとしたドゥリーヨダナだったが、近づいた相手の姿が霞が晴れるように変貌するのを目にして凍りついた。立ち尽くす男の胸元に縋りついたのは、中年でも黒髪でもなく、ドゥリーヨダナと同じ髪色の美少女だ。かなり煤けて汚れているものの、上等な衣装と装飾品が彼女の身分を物語っていた。
「ラクシュマニー!? お前、何故こんなところに、まさかそっちの男はヴリシャセーナか!?」
「ううッ、お父様、お父様ぁ、生きていらっしゃったのね! お母様とお兄様は? お二人も無事なのですよね? グスッ、ううぅ……」
大泣きする娘を抱きしめるドゥリーヨダナ。このラクシュマニーは特異点の住民であり、今を生きている人間なのだろう。彼女の勘違いを訂正すべきであるのに、いつもよく回る舌が張りついたように動かなかった。そんな人悪の英雄の困りきった横顔を、人類最後のマスターも眉を下げて見上げていた。
抱き合う親子をよそに、もう一人の男の姿も平凡なそれから薄緑の短髪と銀色の瞳という非凡なものに変わっていく。幻想的な色合いと細身の長身はどこかカルナに似ている。赤黒く変色した服と既視感がある金の鎧を身につけた青年は、まず藤丸へと声をかけた。
「お前がお父さんのマスター?」
「はい。人理継続保障機関カルデアのマスター、藤丸立香といいます。貴方はヴリシャセーナさんで合ってますか?」
数え切れないほどの出会いと別れを経験してきた藤丸は、相手が誰であっても物怖じしない。カルナの養子であろう相手を真っ直ぐ見上げれば端正な無表情と視線が合った。
「そう、僕はヴリシャセーナ。この世界の自分に受肉する形で召喚された、汎人類史のキャスターのサーヴァント」
よろしく、とは続かなかった。ヴリシャセーナは自己紹介だけで用は済んだとばかりにカルナの方に行ってしまい、藤丸は「なるほどそういうタイプか」と納得した。自分たち以外に汎人類史のサーヴァントが呼ばれていると知れたのは大きなプラスだ。さらに、この世界のクル王族であるラクシュマニーからも現状について詳しい話が聞けるだろう。
調査が進むのは喜ばしい筈なのに、嫌な予感ばかりがあった。カルナが息子にガネーシャを紹介するのを横目で見ながら、藤丸はひとまず全員が落ち着くのを待つことにしたのだった。
【Day 24: Champa】
ヴリシャセーナとラクシュマニーとの出会いから一日。チャンパー郊外にあるガネーシャ神殿に宿を求めたカルデア勢と新たな同行者二名は、案内された客室で朝を迎えていた。神殿につくなり年老いたバラモンがガネーシャの神性を感じ取って加護持ちだと勘違いする一幕があったが、そのおかげで厚遇を受けることができたのは運が良かった。
ラクシュマニーが羅刹婚の被害者であり、さらには妊婦であることが発覚してから、ドゥリーヨダナは挙動不審だ。心身の疲労から深く眠っている娘の寝台脇に陣取ってずっと手を握ってやっている。昨晩のうちにヴリシャセーナから共有されたこの世界の彼女の身に起きた悲劇と折り合いをつけられずにいるのだろう
「この世界のクリシュナはビーマ達の従兄弟。じゃあパーンダヴァにはヴィシュヌ神が味方についていたのか」
うーん、と考え込んでいる藤丸。
「たった十八日間の戦争で死者十二億人ってマジ!? え、ガネーシャさん的にはありなの? インドあるあるなの!?」
クルクシェートラの大戦の被害規模と神霊ガネーシャの脳内コメントに青ざめている依代。
「王は戦に出ていなかったのだな」
「そう。この世界のお祖父さんは一度も戦ってない」
「信じがたいことだ」
淡々とした言葉を交わす血がつながらない似た者親子。
早朝からそれぞれ深刻な雰囲気でいたが、若い神官が朝食ができたと呼びにきたことで、ドゥリーヨダナとラクシュマニーを残して部屋をでた。
「そういえばヴリシャセーナは生前の体に入っているんだよね。この世界の貴方とはあまり違わないの?」
質素ながらスパイスが利いた朝食を口に運びつつ、藤丸は昨晩からあまり話せていない新しい仲間に話しかけた。
「完全に別存在。僕は学者で養子。この体は戦士でお父さんの実子」
「そうなのか!?」
逆隣で果物を齧っていたカルナが高速で息子の方を向く。その勢いに、向かいで甘いパンのようなものを食べていたガネーシャの肩がピャッと跳ねた。
「オドの魔力がスーリヤの神性まじり。母親はお母さんとは別の人」
「そうか……この世界のお前は紛い物ではなかったのだな」(この並行世界では、人間に擬態する別種族ではなかったのですね。貴方が私と血を分けた肉体を持ったことは感慨深いですが、愛する息子であることは変わりません)
「カルナさん、考えてること全部口にして! それだけじゃ人でなしの台詞っス!」
ガネーシャが即座に物申したのに藤丸もブンブンと首を縦に振って同意をしめす。カルナに悪気がないことは百も承知だが、今の言い方は養子が紛い物だと受け取られても仕方がない、とんでもない言葉たらずだ。しかし言われた息子の方は平然としていた。
「いらない。お父さんが言いたいことは数字でわかる」
「数字……?」
「ヴリシャセーナは賢いぞ。この世の全てを数値として理解している。オレの至らない言葉も汲んでくれるのだ」
注意されたことを気にしたらしいカルナが、ゆっくり言葉を選びながら自慢げに言った。
「そうだった! マスター、この人数学の教科書に載ってる有名人だよ。学聖ヴリシャセーナ、えっと、愛の計算式の人!」
「高校で習ったけどチンプンカンプンだったやつだ!」
「それ、ラクシュマニーの数式」
なんでもないように頷く妖精のような青年。神秘的な銀の瞳には世界が数字と数式で映っているのだという。であれば、彼の目にはこの並行世界がどう見えているのか。藤丸がそれを聞こうと口を開いたその時。
遠くから轟いた破壊音が、平穏な朝の終わりを告げたのだった。
後書き
マハバ関連で一二を争う悲劇のお姫様ことラクシュマニー。
わし様は娘がヴリシャセーナと超仲良し夫婦だったのを知ってるから、並行世界との落差で心がグッピーになりました。
本作では盲目覇王がいる世界が汎人類史なので、この特異点(マハバ正史から枝分かれ)は並行世界。
カルナは養子全員を可愛がっていたけど、最初に拾ったヴリシャセーナには特に思い入れがあります。
人外だと見抜いても最後まで言及せずいいお父さんをしていました。
ちなみにヴリシャセーナは家族をお父さんお母さんお祖父さんお祖母さん呼び。
弟妹たちは弟、妹呼びで、従兄弟たちや叔父叔母も同様。
恋するまで植物程度の情緒しかなく、それでも家族のことは植物なりに好きなクーデレ君でした。
コメント、ブクマ等大変嬉しいです!ありがとうございます!
【2026.2.28まで】 本シリーズについて、今後の更新の需要確認にご協力願います。ここにないネタの希望はメッセージ(コメント欄は不可)でアンケート〆まで受け付けます。パロ・Ifの分岐ルート・番外の続き等、何でもOKですが、レーティングはR15まで(R18は不可)、キャラ死亡はパロかIFのみでお願いします。 ★重要★あくまで需要の確認です。必ず書くとお約束できないことをご了承願います。
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