叔父→伯父は痛恨のミスでした……
一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その13
古代インドにおける成人年齢はおおよそ15歳だとされている。クル族の王子たちもその例にもれず、ユディシュティラがひと足さきに成人を迎えた。本来であれば盛大に祝うところを、パーンドゥの判断で王位継承者スヨーダナの成人を待ち、アルジュナも含めて合同で祝うことになった。一時は己の子が兄の子の地位を脅かしていたことから、パーンドゥは神経質になっていたのかもしれない。
百三人の王子の現代でいうところの成人式はそれはもう大規模に行われた。国王と王弟の子らを祝うのだから当然だ。その裏では、今回はまだ早いと省かれたパーンダヴァの双子が拗ね、王太子として同世代全員の「偉大なる兄」を自称するスヨーダナと双子の実兄三人が大いに甘やかす一幕があったとか。
国をあげての祝典は一月にわたり、王都ハスティナープラの至る所で誰にでも食事と酒が振る舞われた。心ゆくまで飲んで歌い踊った国民らの盛り上がりは大変なものだったという。
一連の行事の最終日。王子全員がドローナの弟子であったことから、彼らが強い戦士に成長した証として御前試合が執り行われた。当代最強の盲目覇王の前で、それぞれの得意武器で行われた勝ち抜き戦は、瓜二つどころか瓜百個の百王子らの潰し合いや、物腰柔らかなユディシュティラと百王子の良心とされるヴィカルナのらしからぬ泥試合、弓の天才アルジュナによるニ十人抜きが観客の目を惹いたが、特に注目の対戦カードは王位継承者スヨーダナと風神の子ビーマの棍棒による立ち合いであった。
母親似の美少女めいた容貌だった百王子は成長期を迎え、中でもスヨーダナは(見た目だけ)深窓の姫君から逞しい若者に変貌しつつあった。しなやかな長い手足の延長のように棍棒を扱うその姿はすでに一流の戦士だ。対して幼い頃から大柄で筋肉質であったビーマはますます筋骨隆々になっていた。伯父ドリタラーシュトラを彷彿とさせる力強さと神の子に相応しい雄々しい美貌。棍棒を小枝のように振り回す様は、絵物語の英雄さながらだ。
「フハハっ、ついにこの日が来た! アホビーマ、全ハスティナープラの前でこてんぱんにしてくれる!!」
「はっ、言ってろトンチキ王太子。テメェをボコして今日も勝つ!」
「今日「も」? はあ〜? ここまで俺様が勝ち越してるんですが〜!?」
「頭お花畑すぎて笑えるぜ。勝ち越してんのは俺だろ!」
マハーバーラタでは品よく言い合う二人であるが、実際の会話はこんなものだったかもしれない。続く試合は長時間に及び、ヘロヘロになった二人をドローナが止めて引き分けとなった。
二章にわたる御前試合のラストを飾るのは、弓部門の勝者であるアルジュナへの挑戦の呼びかけであった。この時、誰も予期しない白い影が観客席から会場へと飛び出したのだった。
一分でわかる古代インド:盲目覇王ドリタラーシュトラ その14(拡張版)
前回の大遠征から王子たちの御前試合に至るまで、カルナの毎日は散々であった。国王が所有する戦車や馬に手を出す馬鹿やアディラタ夫妻に危害を加える人非人はおらずとも、カルナ個人への嫌がらせは多岐にわたった。武装した戦士による闇討は最初の数回でたち消えた。襲われる側が強すぎて話にならなかったためだ。その後は私物の盗難や破壊、伝達事項を故意に伝えられなかったり、これみよがしな悪口など、現代を彷彿とさせる職場のいじめが続いた。カルナが見た目平然として取り合わなかったのも状況を悪化させていた。
しかしカルナとて人間である。当然、感情があり、悪意を向けられ続ければストレスが溜まる。マハーバーラタの超人枠の一人であるため弱った姿こそ描写されていないが、弓の弦が切られていたシーンで静かに立ち尽くす彼は痛々しい。
御前試合の当日、カルナは養父母とともに観戦していた。最下級とはいえ王宮で働く者は最前列での観戦が許されていた。この時点でほとんどの王子より遥かに強く、しかし戦場でしかそれを認められないカルナは、どんな気持ちで試合を見ていたのか。
それは、すべての試合が終わり弓部門の勝者アルジュナへの挑戦の呼びかけにより明らかになる。
ドリタラーシュトラから優勝者の花冠を授かったアルジュナは、勝者のパフォーマンスとして会場の逆端に吊るされた水鳥の羽の的を一枚ずつ射抜いて見せた。風が強い日に、矢の風圧でさえ揺れる羽を撃ち落とす腕前はまさしく神技。会場は興奮に包まれた。
この神技を目撃した後に、アルジュナに挑戦する戦士はいないだろうと思われた。そして、確かに名乗りをあげる戦士は現れなかった。名乗りを上げたのはーー
「それなら俺にもできる」
不遜な言葉とともに会場に降り立った真白い美青年。彼をよく知るクル族の戦士たちはどよめいた。カルナの強さはクル王国軍の誰もが知っていたが、彼が御者であることも皆が知るところであったからだ。
「スータに挑戦権はない。下がれ、カルナ」
進行役を務める宰相ヴィドゥラが冷たく言い放つ。カルナは無言で首を振り、挑戦者のために用意された弓を手に取った。
「……衛兵、この者を放り出せ!」
「やめよ、ヴィドゥラ」
衛兵らが動く前に、低い声が轟くように会場に響き渡った。盲目覇王が立ち上がり、その白んだ千里眼で異母弟を見据えていた。
「俺が許す。カルナ、うぬの腕前を見せるがいい」
「王よ、このめでたき席でアダルマを許されるのですか? アルジュナ王子とスータを同列に競わせると? 断じてなりませぬ。どうかお考え直しを!」
国民の前でヴィドゥラが兄王に物申したのは後にも先にもこの時だけである。それだけ古代インドにおける階級というのは絶対のものであったのだ。
ドリタラーシュトラは弟の言い分を黙って聞いていたが、会場がしんと静まると、その盲いた目を王宮関係者の観戦席へと向けた。そこではアディラタ夫妻が互いの手を握りしめながら息子の蛮行を見守っていた。
「アディラタ」
「ははっ、国王陛下」
「うぬが誇る
は、と誰かが息をのんだ。覇王は御者の答えを待たず、ヴィドゥラへと注意を戻して言い放った。
「これよりカルナは俺の
ドリタラーシュトラのあらゆる突飛な行動の中で、この一幕がお気に入りであるというマハーバーラタ読者は多い。青ざめたヴィドゥラ、肩を落としつつ悲しみからではない涙を流した御者の夫婦、そして弓を手に呆然と王を見上げるカルナ。読者も彼らと同じように盲目覇王のカリスマに当てられたのだろう。
かくしてカルナは弓を引き、アルジュナの神技を完璧以上に再現してみせた。太陽神の子は、国王の養子としてスヨーダナ改めドゥリーヨダナの年上の弟となり、数ヶ月後の王子たちの初陣ーー第五次大遠征を経て二人は無二の親友となるのだ。
とあるカルデアにて
ドゥリーヨダナは百王子の長兄であるが、時折、父王を除くクル王家ゆかりの英霊全員の兄であると口にする。そこには同い年のライバルであるビーマだけでなく、まだやってきていない一歳年上のユディシュティラも含まれる。さらにもう一人含まれることを藤丸が知ったのは、水着霊基のジャンヌ・ダルクがはっちゃけたトンチキな事件後のある日のことだった。
藤丸が事件で疲れた心身をおやつで癒そうとしていたところ、ドゥリーヨダナが向かいの席に座ったので、今回の対応に関わっていなかった彼に諸々を説明した。あらましを聞いた男は、頬杖をついてにんまりと笑って言った。
「姉ビームとは、また面白……面妖な技があったもんだなぁ」
「ドゥリーヨダナ、今面白いって言おうとしたでしょ」
「いーやいや、マスターが被害を被ったというのに、最優のサーヴァントたるわし様が面白がるわけがなかろう!」
「それを言うとアルジュナが出張って来るからやめてね? とにかく、誰でも彼でも弟や妹にしちゃうのは恐ろしかったよ」
百人以上兄弟がいるわし様にはわからないかな、と藤丸がジト目で見つめると、人悪の英雄は大袈裟に肩をすくめて「誰だって弟妹になる可能性を秘めとるものだろう」とトンチキな返しをした。
「どう言うこと?」
「んー? わし様には八歳年上と一歳年上の弟がおるのでな。ある日突然、年上の弟ができたのだ。姉ビームとやらとさして変わらんだろう」
「ちょっと待って。一歳年上はビーマたちのお兄さんのユディシュティラさんのことだよね。もう一人は?」
そんな人いたっけ、と長すぎて斜め読みしたマハーバーラタを思い出そうとしていると、ドゥリーヨダナが近づく誰かに気がついて片手を振った。
「おーいカルナ! 兄にチャイを持ってきてくれー」
「は?」
バッと振り向いた藤丸が見たのはお馴染みの真白いランサーだ。若い見た目をしているが、彼カルナの霊基は三十路を過ぎた姿らしい。ちなみにライダーとして召喚すると十代、アーチャーだと二十代の姿で現れるとか。それはさておき、ドゥリーヨダナの呼びかけに驚いて視線を戻すと、人が悪い笑みに迎えられた。
「カルナは大親友じゃないの?」
「そうだぞー。わし様の永遠の友にして右腕、そして可愛い弟である」
最近はアルジュナオルタを弟と呼んでちょっかいをかけているドゥリーヨダナ。普段、彼がビーマを怒らせて悪い顔をしている様は、とても自称・偉大なる兄には見えない。しかしマスターの分を含め三人分のチャイを持ってきたカルナを「気が効いてえらーい!」と褒める彼は、やはり大家族の長兄なのだった。
後書き
成り主がカルナの第三の父になったことの顛末でした。
ドゥリーヨダナは国王=みんなの父(兄)のノリで同世代の王族を全員弟妹扱いします。
ビーマとドンパチやってる時も、「このクソ生意気な弟(概念)め」と思ってないこともない。
なお、ユディシュティラへの弟呼びは完全に嫌味です。
ソリが合わないのはビーマだけど、本質的に相容れないのはユディシュティラの方なので。
それでも盲目覇王のもと一致団結してる家族なので、敵対するとか思ってもいません。
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