レンズ越しの君へ 作:怖いか?令和の時代のゆゆゆ二次が……
悪者が居なかった。
ゲームの中の勇者みたいに、こいつを倒せばハッピーエンドって悪者は一人もいなかった。
あるのはただただ残酷な現実って魔物で。
立ち向かうために必要な伝説の剣は、お金だった。
全略。
勇者部の動画配信を手伝う事になった。
讃州中学三年岬緒登。またの名を人気眼鏡系Vtuber音見咲。
もしかしたら人生始まって以来の命の危機に瀕していた。
「誰かに俺が美少女になって配信をしてる事がバレたら……特に風にバレたら社会的に死ぬ!」
こんな裏事情があるのだから、勇者部の動画配信のお手伝いは鴨がネギを背負って火を起こしてるレベルである。
そこにうどんを入れたら鴨だしうどんでめっちゃ美味い。
建前で言えば断りたくて本音で言っても断りたかったが、最悪な事にこの『勇者部配信』は学校のPRを兼ねていた。
つまり勇者部からの依頼という形を取っているものの、実質これは学校側からの要請も同然であり、半ば慈悲で存続を認められている部員三人(うち二人幽霊部員)の映像部はそれを突っぱねる事が出来ないんだよな……。映像部潰れちゃうし……。
先輩方と必死こいて集めた映像機材や作品たちが学校側に徴収されるのは忍びないし、俺としても映像部に思い入れがある。流石に俺の代で潰すことは出来なかった。
一応の交換条件……というか、俺の方のメリットとして『勇者部配信を通じて映像部の宣伝も出来る』『文化祭でやる出し物を勇者部と映像部が共同で作る映画にする』ことで、映像部の部員獲得に貢献するっていうのがある。
現在の勇者部の知名度をフル活用する力技だが、確かに一定の効果はあるだろう。
その代償が重すぎるのが問題だけどな!
もう『勇者部配信』に関わるのは確定事項。
なら俺が考えるべきは絶対にボロを出さない、これに尽きる。
そんなわけで足取り重く、しかし鋼鉄の決意を固めて今後の打ち合わせのために勇者部にお邪魔した。
「失礼しまーす。風、来たぞ──」
『やっほー! めがねる〜ん! 眼鏡系Vtuber音見咲だよー!』
「うわあああああああああああああああああッッッ!!?」
「うひゃうっ!? え!? なに!? 地震!? 火事!? オヤジ!!?」
「大丈夫よ友奈ちゃん! 友奈ちゃんは私が守るわ!」
「うわあああああああああああああああああッッッ!!?」
我も忘れて横向きで立て掛けられている音の発信源であるスマホを止める。
停止ボタンをタップしたスマホの画面では、きゃる〜ん♪ とウインクした音見咲がいた。
危ねえ! 心臓止まるかと思った!!
こんなことある!? ねえこんなことってある!?
不意打ちにも程ってもんがあるだろう!!
バクバクとはちきれそうな程早鐘を打つ心臓を何とか落ち着けながら深呼吸。
ふう。落ち着いた。いや落ち着いてないけど。
ひとまずこの状況を早急に何とかしなければ……!
勇者部の部室にいた二人の女の子。
綺麗な長い黒髪と凄まじく美人な顔、そして暴力的なバスト。
男の理想を詰め込んだという形容が最も相応しい、車椅子に座った二年の東郷美森。
でも眼鏡はかけてない。
その隣にいる赤髪の元気そうな子は確か……結城友奈ちゃんだったか? 学外ボランティアで何度か見たことがある。
特筆事項として眼鏡はかけてない。
務めて明るい声を意識してザザザッと俺から離れた二人に笑いかける。
「ははは、そんな不審者に会ったみたいに距離を取られると流石に傷付くな」
「奇声を発して女子のスマホを強奪するのは不審者そのものでは……?」
「すまない、東郷が眼鏡をしていなかったらな。俺の溢れ出る眼鏡愛が気が付けば東郷に似合う眼鏡を選出していた。この青紫のフレームのスクエア型の眼鏡とかどうだ? シャープで直線的なデザインは大和撫子然とした東郷にぴったりだと思うんだよ。東郷の綺麗な黒髪にも映える」
「女子に執拗に眼鏡をかけさせようとするのもかなり変態的な自覚はありますか?」
「すまない、東郷が眼鏡をしていなかったからな。東郷は青色を好んでるけど俺は白も推したい。そこでこのシルバーフレームだ。東郷には細身の眼鏡がマストだが敢えて太めの白いフレームを使うことで東郷が持つ和の雰囲気と対比、調和するようなデザインだ」
「ねえ東郷さん、この人は東郷さんのお知り合いなの?」
「違うわ友奈ちゃん。この先輩は私とは何の関わりもないただの変態よ。絶対に友奈ちゃんには近付けさせないから安心して」
「すまない、東郷が眼鏡をしていなかったからな。東郷は大人びた理知的な顔立ちをしているから、オーバル型の眼鏡もよく似合う。ここは敢えての赤とかどうだろうか。赤は激しいイメージを持たれやすい色だが、その一方で暖かさや温もりといった柔らかな印象を与える側面もある。この眼鏡をつけると東郷の雰囲気がぐっと柔らかくなると思うんだ」
「無敵ですか?」
そう言って、東郷は頭痛に苛まれるように額に手で触れた。
その顔色からは諦めを読み取ることができる。
丸く収めることができたな。
よし! (現場猫)
「スマホは悪かった、ごめんなさい。これ東郷のだよな?」
「そうですよ。先輩の奇行は今に始まった事じゃないですけど、次やったら薙刀で刺しますので」
こっわ。
車椅子なのに自由自在に薙刀を振り回すバーサク東郷を幻視して俺は怯んだ。
こいつはやると言ったらガチでやる。
「さっきは取り乱して悪かった、東郷が眼鏡をかけてなかったからな」
「それでゴリ押すのやめませんか?」
「でも、東郷さんってたまに眼鏡かけるときあるよね! 私あれなんでだろーって少し気になってたんだ!」
「あっ友奈ちゃんそれは……ああもう! ほら! 違います違います違いますからそんな感極まったような顔しないでください不愉快です……!」
「でも眼鏡してるんだろ?」
「約束だから持ってるだけです」
「でも眼鏡してるんだろ?」
「退いて友奈ちゃん! こいつ殴れない!」
「わわっ!? ダメだよ東郷さん!? 先輩さんも!」
怒った顔の東郷も引くほど美人だ。
眼鏡をかけてないのが残念である。
「ところで君は結城さんで合ってるかな? 風もいないみたいだし今のうちに自己紹介をしよう」
「わあ、こんなに力技の話題転換、私初めて見たよ」
「一応初めましてになるかな。映像部の岬緒登だ。映像部は俺以外幽霊部員だから基本的に俺が配信を手伝うことになると思う。よろしくな」
「じゃあ岬先輩だ! 初めまして! 私は結城友奈って言います! 好きなものはお花で美化委員をやってます! 趣味は押し花で、昨日はこれ! ガーベラの押し花を作りました! 東郷さんとは大親友なんだ!」
「お、おお。想像の三倍ぐらい詳細でお手本みたいな自己紹介だな。俺も結城さんに倣おう。好きなものは眼鏡だ! 結城さんにはこの鮮やかなクレーブスの配色のフレームが似合うかな。オレンジ色の系統はプラスチックフレームだとのっぺりしやすいんだけど、これは軽い金属製で全体のシルエットを細身にすることで洗練された細やかな色使いに化けてる逸品だ。結城さんのパッション溢れる気質とマッチする、そんな眼鏡だと思う。この眼鏡はお近付きの印に結城さんにプレゼントしよう」
「え、でも眼鏡って高いんじゃ……」
「俺は何個も眼鏡持ってるから大丈夫だよ。むしろ結城さんに眼鏡をかけて欲しくて仕方がない。どうしても気になるなら、そのガーベラの押し花と交換っていうのはどうかな?」
「ダメよ友奈ちゃん、その眼鏡汚いわ」
「汚くねえよ東郷てめえ! 仮に俺は汚くても眼鏡は汚くねえ! それは俺に対する侮辱だ!」
「あ、怒るポイントそこなんだ。それにしても、二人とも仲良しだね!」
「「…………」」
「あれ?」
一触即発仕掛けた俺と東郷も、ニコニコと笑う結城さんが間に入ることで空気が抜けるように意気が萎む。
不思議な子だった。
風や樹ちゃん、東郷から話は聞いていたが、実際にこうやって話してみて初めて実感することもある。
この子はかけ根なしの善い人間なのだろう。ちょっと話しただけなのにそれが肌で伝わってくる。
結城さんのような女の子が風の後輩として勇者部にいてくれたことに、東郷の親友であることに俺は感謝した。
「ありがとう結城さん」
「どういたしまして……?」
「眼鏡をかけてくれて」
「友奈ちゃん! 先輩が血走った野獣の目で見てるからその眼鏡を今すぐ外すのよ!」
「見てねえよ!? 愛でる瞳だったろ完全に!! 表現に悪意があるんだよ東郷!」
「愛でる瞳も倫理に触れることに気が付いてないのどうかと思うわ!」
「あはは! でも、これで東郷さんとお揃いだね!」
「あっ友奈ちゃ……っ!」
ずきゅーん。
なんて陳腐な効果音がつきそうなぐらい、結城さんの満面の笑みを向けられた東郷はいっそ大袈裟なまでに胸を抑えた。
というか「はぅあ!」とか言ってたし多分クリティカルだったのだろう。
「はぅあ!」
もちろん俺にもクリティカルだった。
「なんて尊い笑顔なんだ……! 俺はレンズの奥に覗く瞳が好きだと言ったがこれは認識を追加する必要があるかもしれない、そう思わせるだけの笑顔だった。眼鏡をかけ慣れてないから鼻パッドの座りが悪くて口角があがったのに合わせて少しずれる眼鏡これがまた初々しさとも言える萌えポイントとしての破壊力と魅力をぐっと引き立ている。物珍しげに眼鏡を見ようとして寄り目がちになってるのは眼鏡初心者にしか見られない瞬きのような一瞬でそれを見せてくれただけでも俺はご飯三杯は軽く行けるんだ。いや何よりも言うべきは結城さんのその雰囲気! 眼鏡をかける前から結城さんの明るさや優しい人柄は十分に伝わったが、それが暖色フレームの眼鏡が加わることでさらに引き上げられているんだ。結城さんの髪は赤みかかってるから暖色系統の色は埋もれやすいって思われがちだけど、顔は服を着ないから髪の他に皮膚の色合いが体の中で最も高いんだ。だから結城さんの白い肌に髪の赤、眼鏡の赤は溶け合わず、むしろ色として調和する。人に温もりを与える優しい赤……いや、山桜。そういう結城さんの持ち味をグッと前面に押し出す役割を眼鏡が担ってるんだ。つまるところ何が言いたいかっていうとナイス眼鏡!」
「わー、岬先輩は眼鏡バカなんだなあ」
「これが悪口に聞こえないのが友奈ちゃんの凄いところよね」
ふっ。どうやら結城さんは俺の眼鏡への想いを理解してくれたようだ。
いいよね! 眼鏡!
そうやって後輩二人との仲を深めていると、ガラガラッと部室のドアがスライドする。
「お、風。お邪魔してるぞ」
「あれ、オトくん?」
「…………」
可愛らしくこてんっと首を傾げる樹と、無言で部室を見渡す風。
「……オト」
俺、東郷と来て結城さん(正確には結城さんの眼鏡)を見た風は、諭すように言った。
「自首しなさい。今なら罪は軽いわよ」
「なんでだよ!?」