レンズ越しの君へ 作:怖いか?令和の時代のゆゆゆ二次が……
俺と東郷の出会いは、遡れば1年ほど前のことだ。
『あの、その写真、私に譲ってくれませんか!』
映像部の部室を整理していたら出て来た、古臭い戦艦の写真を見て、東郷はそう言った。
まあ、驚いたよ。
存在だけは知っていた噂の超美人な新入生が、写真をくれーって部室に来たんだから。
昔の映像部の先輩の誰かが部室に置いて行った、昔の日本の、長門という戦艦の写真。
後から東郷に聞いた話だが、その写真は広島という場所で長門が建造された瞬間の、とても貴重なものだったらしい。
まあ、戦艦に微塵も興味がなかった俺は当然知らなかったし、そもそもが整理の過程で捨てる予定だった写真だ。
すげぇ美人の後輩に眼鏡と一緒にあげても問題はなかったんだけど、その時どうしても人手が……それも、ある程度カメラやパソコンを扱える人手が欲しかった俺は、ある条件を出した。
それが、俺と東郷の出会い。
馬鹿馬鹿しくて楽しかった、1年間の始まりだった。
端的に言えば生きた心地がしない日々というやつだった。
「それで、昨日見たテレビが東郷さんが言ってた昔の日本の事で──」
「あ、それは私も見たわ友奈ちゃん。でもあれはちょっと時代考察が甘いところがあったと思うのよ。例えば──」
放課後の勇者部部室で結城さんと東郷がいつものように雑談しているのを、動画の編集をするフリをしつつじっと聞き耳を立てる。
「……さっきから友奈と東郷をチラチラ見てどうしたのオト、ちょっと気持ち悪いわよ?」
「……いや、結城さんに合う眼鏡を考えてたんだ」
「ふーん。で、友奈? それにしては東郷の方に視線がいってる気がするんですけど?」
「俺のこと見過ぎだろ風。なんだ? ついに眼鏡をかけてくれるのか?」
「寝言を言うなら樹みたいに寝てから言ってくれます?」
「ちょっとお姉ちゃん、それどういう意味なのかな」
「今朝の寝言も可愛かったわよ樹ー。録音してあるんだけど聞く?」
「何してるのお姉ちゃん!? それ消してぇ!」
風からスマホを奪おうと手を伸ばす樹ちゃんだが、絶妙に身長が足りない。
風が手をあげればぴょんぴょん飛び跳ねても届かないと言えば身長差が伝わるだろうか。
飛び跳ねる樹ちゃんは可愛いのでそのままにしておこう。
跳んだ事でズレた眼鏡の樹ちゃんというレアショットをすかさずスマホで撮りつつ「あー! オトくん今私を撮らなかった!?」撮影日時に目を向ける。
そこには4月21日と表示されていた。
『勇者部配信』の第1回目の投稿から、約1週間が過ぎていた。
その間、俺は東郷に例の動画の真偽を訊けないでいた。
……いやだって仕方ねえじゃん!
まさか馬鹿正直に「なあ東郷、お前俺が音見咲だって知ってんの?」って訊けるわけねえじゃん! だってそれ自白してるのと一緒だし!!
居合の達人同士がジリジリと間合いを詰めるような1週間だった。
俺は東郷の真意を、本当に俺が音見咲だと気付いているのか知りたい。
けれど、もし万が一、東郷が俺とは関係なくただ音見咲を知っていただけの可能性を考えて、一歩踏み切れない。
それに、東郷が勇者部に……風に、俺が音見咲だと言っていないことも気にかかる。
本当に東郷が俺が『Vtuber音見咲』だと気付いてるのなら、勇者部にそれを言わないで、わざわざ動画にしたのは何故だ?
俺を脅すことが目的か? 確かに、音見咲の存在を出されれば、俺は東郷に服従せざるを得ない。
でも、それならなんであの動画以外のアクションが東郷からない? あいつの性格だ。脅しが目的なら、とっくに直接コンタクトを取りに来てるはず。
俺からのアクションを待っている? でもそれはどうして? そこになんの意味がある?
……だめだ、考えても考えてもマジで答えが分からない。
くそ、ここんとこずっと東郷のことで頭がいっぱいになってやがる。そのせいで眼鏡への愛に時間を使えていない。
おのれ、東郷……!! お前は大変なモノを盗んでいったぞ……!
「えへへ」
「どうしたの、友奈ちゃん」
「最近の東郷さん、なんだかとっても嬉しそうだなーって! 私も、東郷さんが笑ってると嬉しくなるんだ!」
「あら、そうかしら? ……ふふ、そう見える?」
くそ!!
東郷のことを考えすぎて頭がどうにかなりそうだった。
「また東郷のこと見てる……。あーハイハイ、男はみんな東郷みたいな子が好きだもんねー。ハイハイ。オトも男だもんねー」
む、馬鹿にするなよ、風。
「確かに東郷のような和風美人は男の憧れだが、俺は眼鏡をかけた女の子が好きなんだ。でも東郷は眼鏡をかけていない。わかるよな?」
「樹、眼鏡をかけてれば見境なしのケダモノが部室にいるわ。今すぐ眼鏡を取りなさい」
「それとこれとは話がちげえよ!! 好みの話だっつーの!! 樹ちゃん眼鏡取らないでぇ!!」
「あはは、もう何回目だろ、お姉ちゃんとオトくんのこのやり取り……」
苦笑いをする樹ちゃんは、眼鏡をかけたままでいてくれた。
天使。
「……あ、そろそろ依頼を確認しないと」
そう言って、樹ちゃんは勇者部の共有パソコンを覗き込んだ。
学校内外で様々な人助けを行う勇者部だが、その多くはメールという形で送られてくる依頼だったりする。
内容は多岐に渡り、近所のおばちゃん家の猫探しから地域ボランティアへの参加、はたまた部活動の助っ人など様々だ。
とはいえ、勇者部とて学校の部活動。
舞い込んでくる依頼は学内のものが大半ではあったのだが……。
「わ、郊外からの依頼がたくさん来てる!」
「依頼の数も倍くらいになってるわね。これもやっぱり……」
「勇者部配信の影響だと思うぞ。勇者部のホームページをネットに載せるのと、動画配信サイトで配信するのとじゃ広報力が比較にならないからな」
「やー、配信って凄いのね……。アタシちょっと舐めてたワ」
「近所の人たちから声をかけられることも増えたような気がするよね、お姉ちゃん」
「校内でも動画見たよって言われるしねー。いやー、アタシたちの女子力、いや女子オーラもここまで来ちゃったかー!」
「うん、ちょっと何言ってるか分かんないや」
「風の気持ちも少しは分かるぞ、俺は」
「えっ、オトくん!? オトくんまでそっち側に行っちゃうの嫌だよ、私!」
「樹ー? 今、お姉ちゃんのことさらっと変な人のカテゴリにいれなかった?」
「それは今さらかも」
「それは今さらかも!?」
勇者部配信、本当に想定よりも伸びてるんだよな……。
東郷により編集された1本目の勢いのまま、2本目、3本目の動画も多くの人に見られている。
当然、それに伴って知名度は上がった。郊外からの依頼が増えるのも必然だ。
動画の概要欄に勇者部ホームページのURL貼ってあるしな。
……つってもなあ。
知名度が上がるのって、何もいいことばかりじゃないんだよなあ。
「でもま、多くの人に知られるってことは、それだけ沢山の人のためになれるって事よね! 勇者部、忙しくなるわよ〜!」
なのに、当の本人たちと来たらこれだ。
……まあ、動画制作を引き受けた時からこの手の問題は俺が全部引き受けると決めている。
風たちには、出来るだけ……純粋に、ただ心のままに善いと思うことをしていて欲しい。
その美しい心を枯らして欲しくないと思う、俺のエゴだ。
それに、より多くの人のためにって風の望みの力にもなってやりたいって気持ちもあるしな。
「そういえばオト、もう次の動画って撮れるの?」
「ん、ああ、いつでも行けるぞ。つっても撮りたい題材あるのか? 普段の勇者部の様子は2本目と3本目で撮ったろ」
新入生歓迎会の準備と迷子の猫探し。
まあ実質、讃州中学の校内と校区の紹介になったけどな。
学校側からの要望もあったこの2つを一気に片付けたので、4本目の人形劇と同じように5本目の動画は比較的自由に題材を決められるが……。
「実は動画に出来そうな依頼に目星は付けてたのよね〜。もちろん、それで依頼を受ける順番を前後させたりするわけじゃないけど……アタシだって動画映え? ってやつを少しは勉強したんだから。要はTVでやってそうなことに近ければいいんでしょう?」
「近くは……ある……かなぁ……」
「あ、それでお姉ちゃんここ最近ドキュメンタリーとかも見てたんだ。普段バラエティしか見ないのに」
「そーそー、それで、こんなのとかどうかなって。友奈ー、東郷ー、こっち来て、次の依頼よー」
「次の依頼! なんだろーね、東郷さん」
結城さんが東郷の車椅子を押してくる。
風は勇者部のPCを少し操作して、ひとつの依頼を見せた。
「他の学校からの依頼で……園芸部の花壇、通称開かずの花壇を開放して欲しい……まあ、要は除草作業ね。なんでも、代々の園芸部員たちも手を焼いていて、今では雑草の楽園になってるらしいワ」
ふむ。
これは……かなり“アリ“だな。
「開かずの花壇の開放……!」
俺と同じものを感じ取ったのか、結城さんも目を輝かせている。
「なんだかクエストみたいでカッコいいね!」
いやちげーわ、これ依頼内容がゲームのクエストみたいでテンション上がってるだけだな。
カッコいいのは名前だけで、実際はただの手入れをサボった無法地帯だろうけど……。
「園芸部の人たちが諦めちゃうぐらいの雑草の楽園ってどんなのだろう……?」
樹ちゃんの不安そうな気持ちもまあ、分かる。
実際、結構な荒れ具合だろう。他校にまで応援求むって相当だろうな。
ボランティアで清掃慣れしている勇者部でも、当日は結構な重労働になるだろう。
だが。
だからこそ動画映えする。
荒れ果てた花壇を再生して、美しい花壇を取り戻す。
それは、はるか昔よりバズの王道として君臨してきた定番中の定番ともいえる題材。
Before & Afterだ。
荒れたもの、不均衡なものが均整の取れた美しいものになる。
人間は、ここに気持ちよさを感じるように出来ている。
ビフォーアフターってのは、人間が根源的に好きなもののひとつだ。
そりゃ人気の題材にもなろう。
眼鏡によって表情のバランスが整うのと同じ原理だな。
しかも、今回はそれに勇者部という要素が加わる。
定点カメラでタイムラプスを回して、作業の進捗を早回しで見せる。それに合わせて、風たちが泥だらけになって頑張る姿を差し込めば、それだけで1本の物語だ。
ただの掃除をドキュメンタリーに仕立て上げる。
それが出来るのが俺たち配信者であり、クリエイターって生き物だ。
なにより、
可憐な少女たちが泥だらけになって頑張って、美しい花園を取り戻した。
こんな動画が伸びないわけがない。
完璧だ……完璧な題材選びだぞ風……!
惜しむらくは眼鏡率の低さだけだな。今日と明日でいつもの倍布教しよう。
「で、オト。どう?」
「……ああ。いいんじゃないか。BeforeとAfterがはっきりしてる企画は、動画としてのカタルシスが強い。一応、学校側に定点撮影する許可だけ取っておいてくれ。出来るだけ高いところから撮りたい」
「やる気満々だね岬先輩! よーし、結城友奈! 一生懸命草を引っこ抜くよ!」
結城さんがグッと拳を握る。その隣で、樹ちゃんが「スコップとか部室にあったかな……」と準備を始めようとしていた。
ふ、ふふふふ……。
眩しい日差しの下、懸命に草を抜く風たち。
額には汗。泥だらけの手袋を脱いで、目に入りそうな汗を拭うために少しだけ眼鏡を上にずらす。
拭ったことで少しだけ赤くなった目元。浮いたことでいつもり少しだけ下にズレた眼鏡。
いつもと違う視界に少しだけ上を向いて片手でサッと直した眼鏡の奥にはレンズ越しに照れる君の瞳が眩しい太陽のようにエクセレンッッッッッ!!!
レンズに少しだけ跳ねた泥がまた美しさを引き立てる! 群青のフレームは君に恋した空の色さ! 感触は本来金属フレームが色合いを引き締めて美しさを引き立てるがここはあえてのセルフレーム! 眩しい太陽! 屋外での土作業! 少し太めのウェリントン型の眼鏡が、少女の未知の体験を彩ってくれるその瞬間にナイス眼鏡!!!
こうしちゃいられねえ、今持ち歩いてる眼鏡だけじゃ足りねえ!
早く帰ってもっと眼鏡を吟味しないと……!
「な、なんかオトくんがすごく悪そうなことを考えてる顔してる……」
「どうせろくでもないことに決まっているわ」
「オト、先に言っとくけど眼鏡はかけないわよ。……あ、ダメね聞こえてないっぽい」
「岬先輩は分かりやすいなあ」
その後の勇者部
「東郷、今回は休んどく?いつもよくやってくれてるしねー」
「……いえ、風先輩。除草の力にはなれないですけど……みんなのために、お弁当を作って持っていきます」
「……そ。東郷のお弁当なら百人力ね。友奈も喜ぶワ」