レンズ越しの君へ   作:怖いか?令和の時代のゆゆゆ二次が……

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 土曜日。

 勇者部へ除草作業の応援を依頼した中学校の校門前。

 結城さんは不思議そうに首を傾げた。

 

「岬先輩、これから山でも登るんですか?」

 

 そう思うのも無理はない。

 俺の背中と両手には、定点撮影用のカメラ×2に手持ち用の一眼レフカメラの三台に加え、三脚などの撮影に必要な機材が満載のバッグがぶら下がっている。見た目だけならこれから山籠りでもできそうな装備量だ。

 

 俺が使ってる物はTVで使うようなでかいカメラじゃないが、ちゃんとしたカメラはそれなりに重い。カメラケースも含めると結構な重量になったりするんだよな……。

 おかげで肩も腕もすでに痛い。身長伸びなくなったらどうしよう。

 そもそも1人で運搬する予定じゃなかったから尚更重く感じるわ……さっさと下ろすかぁ! 

 

「一応、これ全部撮影に必要な機材なんだけ……っどっこいしょー! あー重かった!」

 

「掛け声とは裏腹に物凄く丁寧な荷物の置き方だった……!」

 

「精密機械なのだから当然だわ」

 

 ん? 東郷の声? 

 いや、結城さんがいるのならそりゃいるか。直接、依頼のあった中学校の校門前で待ち合わせしてるんだから。あの2人は介護サービスの車で来るって話だし。

 

「でも、東郷どこだ? 姿が見えないが」

 

「岬先輩、ここ、ここ。東郷さんここにいますよ!」

 

 ここって言っても、結城さんが手を向けてるところにはでかい風呂敷みたいな塊しか…………よく見たら膝の上に乗ってるなこれ。そんで車椅子の車輪も見えるな。

 

 車椅子の東郷、その膝の上にまんまるとどでかい風呂敷に包まれた何か。

 東郷の上半身を完全に遮るほどのデカさ。

 あまりのデカさに脳が校門前のオブジェだと処理してしまっていた……! 

 

「おはようございます、先輩。……そんな不思議そうに見なくても。今日のみんなのお弁当です」

 

「もしかしてこれ全部? 全長で言えば50センチぐらいありそうだけど」

 

「ええ。重箱でいえば20段ほど」

 

「運動会でも作らねえよその量は」

 

 東郷が弁当作ってくるとは風から聞いてたけども。

 樹ちゃんの見た目通りの可愛らしい胃袋に到底収まる量じゃないぞ。

 ……まあ、残りは風が吸い込むか。

 

「あれ? そういえば風先輩たちは? 集合時間過ぎちゃってるけど……大丈夫かな?」

 

「先輩、一緒に来る予定だったのでは?」

 

 あー、それな。

 

「今朝、樹ちゃんが盛大に寝坊したみたいだから先に来た。風からも先行ってくれーって連絡来てたしな」

 

 おかげで風にも手伝ってもらう予定だった機材の運搬を1人で行うことになったのだが……だが……! 

 

「あ、なるほど。樹ちゃん、私と一緒で朝弱いからなー」

 

「友奈ちゃんも今朝は危なかったものね」

 

「お布団が気持ち良すぎてつい……」

 

 あはは、と結城さんは笑うが、結城さんと樹ちゃんのそれは少し異なる。

 多分ちゃんと寝てる結城さんと違って、樹ちゃんはただ単に夜更かし癖があるだけなので。

 

「まあ、バスには乗ったって連絡が来てるから、もうそろそろ来てもおかしくは……って噂をすればなんとやらだな」

 

 道路の向こう側からダダダダダダッ! と猛烈な勢いで走ってくる足音。

 相変わらず騒がしいやっちゃ。

 

「待たせたわねーッッッ!!」

 

「ご、ごめんなさぃい〜!!」

 

 走ってきた風と樹ちゃんは若干息を切らしていた。

 よっぽど急いでいたのか、樹ちゃんはところどころ寝癖が付いたままである。

 かわいい。

 

「なにより、眼鏡は忘れなかった樹ちゃんの眠気まなこの愛おしさにナイス眼鏡。乾杯」

 

「気持ち悪い先輩だわ……」

 

 失礼だな、純愛だよ。

 

 

 

 園芸部の顧問である初老の男性に案内されたのは、学校のプール。

 その傍、校舎との間にひっそりと佇むそこには……なんということでしょう。一面の緑景色が。

 

「……あー、ジャングル?」

 

 思わず、といったような風の感想が全てだな。

 

 植物には詳しくないが、こんなにデカく太くなるのかよ雑草って。

 ……なんか木っぽいやつも生えてるし。

 除草というか伐採って感じの規模じゃないか? 

 

「草生える」

 

「生え切った後なのよね」

 

 依頼された場所は、確かに"花壇"だったはずだ。

 コンクリートの縁取りが辛うじて見えるものの、その内側は俺の背まで伸びた雑草と、どこから這い出してきたのかも分からない蔦に覆い尽くされている。

 俺たちの目の前に広がっているのは、あえて分類をするならば"密林"あるいは"樹海"と呼ぶべき代物だった。

 

 なんならいっそ神聖さすら感じる。人の手を離れたが故の神々しさというか。耳を澄ませたら「人よ! 立ち去れ!」とか聞こえないか? 

 

「うわぁ……これは想像以上だったなぁ……」

 

 ほら、俺の隣で1番やる気もりもりだった結城さんもあんぐりしてる。

 まあ動画的にはビフォーは酷ければ酷いほど良いけども。カメラ回しとこ。

 

「あはは……。すみません、勇者部のみなさん。私たち園芸部だけじゃ、もうどうにもならなくて……。ここ、日当たりが悪くて湿気が多いから、放置しちゃうとすぐにこうなっちゃうんです」

 

「え、えっと」

 

「あー、樹、それにみんなも。紹介するわね。今回一緒に除草をする園芸部の人たち、その部長さんよ」

 

 申し訳なさそうに眉を下げながら歩いてきたのは、依頼をくれた中学校、その園芸部の部長さんらしい。

 泥のついた軍手で頬をかき、困ったように笑うその顔を見て、俺の脳内で強烈なアラートが鳴り響いた。

 

 ──素材はいい。だが、画竜点睛を欠いている! 

 

 俺はカメラを構える手を止め、スッと彼女の前に歩み出た。

 

「部長さん、謝罪は要らないさ。ともに美しい花壇を取り戻すために頑張りましょう。……ただ、それよりも緊急性が高く、かつ重大な問題が君にはある」

 

「えっ? じ、重大な問題……ですか?」

 

 部長さんがおずおずと問い返す。視界の端で風が「あ、始まった」と露骨に嫌そうな顔をするのが見えたが、俺は止まらない。

 

「君のその美しい瞳だ」

 

「は、はい?」

 

「園芸とは土や植物との対話だ。強い日差し、舞い上がる土埃、あるいは予期せぬ枝の跳ね返り……君の瞳は常に危険に晒されている。そこでだ」

 

 俺は制服のポケットから眼鏡ケースを取り出した。

 

「このアンティークゴールドのメタルフレームを提案したい。君の柔らかな茶色の髪と、土いじりをする素朴で家庭的な雰囲気には、主張しすぎない細身の金属フレームがベストマッチだ。さらに、この少し大きめのラウンド型レンズは、君の垂れ目がちな優しい瞳をより愛らしく強調しつつ、広い視界を確保して作業効率を爆上げする機能美も兼ね備えている!」

 

「え、あ、あの……?」

 

「大丈夫、度は入っていない伊達眼鏡サ! さあ、まずは試着を! 世界が変わるぞ! 俺には見える、生まれ変わった花壇で花に囲まれ、アンティーク眼鏡を指先で直しながら微笑む君の姿にナイス眼鏡!」

 

「オト、お座り」

 

「ぐえっ」

 

 喉が……喉がキュッとしまった! 

 首根っこを何か万力のようなもので喉ごと締め付けられている!? 

 白い……綺麗な……いやちげぇわこれ風の手だ! ……これ握力!? 

 

 恐る恐る視線だけ振り返ると、風が能面のような無表情で俺を見下ろしていた。

 

「怖がってるでしょ。初対面の子にいきなり眼鏡を突きつけるのやめなさいって言ってるでしょーが」

 

「俺も何回も言ってるだろ風! これは世界をより良く彩るための布教……そう、眼鏡&ピースのためなんだ!」

 

「不審者でしかないのよ。ほら、部長さんもごめんねー。こいつ、悪い奴じゃないんだけど、眼鏡のことになるとちょっと頭のネジが外れちゃて……」

 

「あ、あはは……。す、すごい熱意ですね……」

 

 部長さんは引きつった笑いを浮かべながら、少し安堵したように息を吐いた。

 くそう、あと少しで新たな眼鏡美少女が誕生したというのに。

 

「……先輩。油を売っていないで、そろそろ準備をお願いします。タイムラプス用のカメラの設置がまだですよね」

 

 そして、トドメとばかりに東郷からの冷ややかな声が飛んでくる。

 東郷は呆れたように首を振りつつも、その目は「後で覚えていてくださいね?」と言わんばかりに俺を射抜いていた。

 ひえっ。

 

「カメラ設置してきまーす……」

 

 こういう時の東郷怖いんだよな……。思い切りが変にいいから何をするか分からなくて。

 藪を突いて鬼が出る前に、ここは戦略的撤退とさせて貰おう。

 

 もちろん、諦めてはないので後でね? って意味を込めて部長さんにウインク☆

 

「オト」

 

 ッス。

 

 駆け足になった。

 

 

 

 

 

 そも、依頼を受けるときに予め風が撮影許可は取ってくれている。

 もちろん、ある程度の高所から撮影するための場所も一緒に。

 

「段取りはいいんだよな、昔から」

 

 3階の教室の窓の近くで脚立を組み立て、カメラをセット。

 幸いなことに北向きであるため、逆光による調整も必要ないだろう。今のところだけどな。

 

「あとは、タイムラプスの撮影間隔をどうするか……」

 

 改めて、除草現場を見下ろす。

 嫌になるぐらいのもっさり具合だな……。

 面積自体は常識的な花壇の範疇らしいが、四方八方から緑の侵食を受けているので明確な境界線が見えない。何より草の高さがある。

 

 作業の頭数としては18人。

 勇者部+俺の5人と、園芸部員たちと校内で集ったボランティア達だ。

 とはいえ、車椅子の東郷に除草は無理だ。俺も撮影に注力することを踏まえれば、実際の頭数は16人だろう。

 

 あんな雑草無法地帯に車輪を突っ込ませたらソッコーで絡まって転倒する。そうじゃなくても、車椅子に乗りながら除草ってのがそもそも無理筋だ。

 風も「休んでいい」って伝えてたと思うが……、

 

「まあ、来るよな。勇者部なら」

 

 それはそれでいい。俺も、そういうのは嫌いじゃない。

 

 さて、16人でこの現場の除草作業をやるとなると……。

 

「6時間はかかる、か」

 

 少なくとも昼前に終わるってことはない。

 結構な長時間撮影だ。バッテリー多めに持ってきといて良かったぜ。おかげでクソ重かったがな! 

 

「とはいえ、バッテリー交換のタイミングはシビアだな……」

 

 当たり前だが6時間フルではカメラは動かない。どこかでバッテリー交換は必須になる。

 本当は給電しながらやれたら良かったんだけどな……俺の持ってるカメラUSB給電に対応してないんだよな……。

 画面収録がメインのVtuberだからね、俺。

 

 加えて、タイムラプス撮影のインターバルは5秒に設定。

 これ以上開けると、16人がわちゃわちゃ動く様子がコマ落ちしすぎて何をしてるか分からない映像になる。

 

 タイムラプスって要は静止画を連続して見せてるわけだから、撮影感覚を開け過ぎると人間が瞬間移動しまくるわけで。

 

「データ量が膨大になるのが玉に瑕だけども……持ってきたSDカードで行ける範囲だな」

 

 仮に6時間、360分を5秒間隔で撮影した場合なら、合計撮影枚数は4,320枚。

 30fpsで動画にすると約2分30秒の動画になる。

 勇者部配信という“枠"に納めるのだあれば、これが適切な長さだ。

 動画は、長ければいいってもんじゃない。

 実際には、一眼レフで撮影した作業をしている勇者部の様子を挟むから動画時間も伸びるし。

 

「お、始めたか」

 

 そうこうしているうちに、下で除草が始まったみたいだ。

 それぞれざっくりと範囲を決めて取り掛かって「結城友奈! 私は! 綺麗な花壇を取り戻すー!」」結城さんが突撃して行ったな……「勇者部の女子力見せたるわー!」風も突撃していったな……。

 うわすげぇ! とんでもない勢いで草が刈られて引っこ抜かれてる! 

 

「「うおおおおおおおっ!」」

 

 迸る気合いが勇まし過ぎるだろ。女子力? 

 

 やれやれ。

 樹ちゃんを見ろ、ちょこんと腰を落としてスコップで掘ってから丁寧に草を抜いてるぞ。

 女子力ってこういうことじゃないのか? 知らんけど……あっ、尻餅。撮っとこ。

 

「俺も下いくかぁ」

 

 カメラの設置が終われば、陽射しの調整が要らないためバッテリー交換までやることは無い。

 直接作業の様子を撮る必要もあるし。

 

「……」

 

 でも。

 レンズ越しに見えたある人物の姿に、足が止まった。

 

 舗装された通路の上、車椅子に座ったままの東郷だ。

 

「樹ちゃん、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です東郷先輩! ……わわっ!? 足が絡まっ……ぶへっ」

 

「樹ちゃん!? 言った側から……足元はちゃんと見ないとダメよ?」

 

 微笑んでいた。いつものように、穏やかで、一歩引いたような大和撫子の笑み。

 だが、その膝の上に置かれた手は、白くなるほど強く拳を握りしめていた。

 

「……まあ、そうだよな」

 

 ここは、車椅子が入れるような場所じゃない。

 地面はぬかるみ、植物の根が張り巡らされ、健常者でも足を取られる悪路だ。

 風たちが、園芸部の子たちと一緒になってジャージの袖をまくり、土にまみれて……そんな思い出の輪の中に、彼女だけが入っていけない。

 

 東郷の性格だ。口が裂けても「寂しい」とか「悔しい」なんて言わないだろう。むしろ、「私はここで応援してますね」なんて気丈に振る舞うに決まっている。

 あのお弁当だって、東郷が"せめて、何か出来ることを"と考えた末であることは想像に難く無い。

 量だってその表れだろう。

 

「お前は、そういうやつだもんな。東郷」

 

 まったく、難儀な性格だ。

 

 カメラに背を向け、階段を降り切る。

 昇降口を出てすぐの場所で、東郷は変わらず拳を握りしめていた。

 

「東郷」

 

「……先輩? どうしたんですか、撮影は?」

 

 俺は無造作に、愛機である一眼レフカメラを彼女の目の前に差し出した。

 

「これ頼むわ」

 

「え……?」

 

「見ての通り、結構な雑草パラダイスだからな。多分、男手の俺も駆り出されることになる。そうなると、撮影係がいなくなるんだよ」

 

 嘘ではない。だが、100パーセントの本音でもない。

 この量になると俺1人が参加してもたかがしれてる……というより、定点撮影用カメラのバッテリーやSDカードの交換が必要な以上、俺はどのみち0.5人前だ。

 インドア派なもんで風や結城さんのようにもいかない。大した戦力にはならないだろう。

 

 ただ、東郷には役割が必要だった。

 そんで、俺も東郷にならそれを任せられた。

 

 東郷は、差し出されたカメラをじっと見つめた後、ゆっくりと両手でそれを受け取った。

 

「……今日、ずっと思ってましたが。……まだ持ってたんですね、このカメラ」

 

 東郷が、独り言のように呟く。

 

「当たり前だろ。学生の身分でそうぽんぽんカメラなんか買えないっての」

 

「先輩なら買えるでしょう」

 

 ……………………………………。

 

「……いやいや、カメラ高いからな?」

 

「最近、Shin Tubeの動画再生単価も上がったと聞いてるわ」

 

「へ、へぇ。でも俺ShinTuberじゃないしな」

 

「先輩、カメラとかの機材はほとんど自費で買ってるって言ってましたよね。あら? 私が見てきた限り、結構な値段……」

 

「貯金をね!? お年玉とかの貯金をな!?」

 

「ああ、そういえばアルバイトをされてるんでしたか」

 

「そう、バイトもな! 頑張ってたわ!」

 

「ふふ……まあ、今日はそういうことにしてあげます」

 

 どっちだ……!? 

 確かに、Vtuberの収益でちょっとした成金みたいな貯蓄はある……けど……! 

 だからカメラ類を買えてるのは理由としてデカいけども……! 

 

 ダメだ、この話続けてたらマズイ! 

 俺の本能がそう告げている! 

 

「カメラの出所はいいだろ。大事なのは、東郷がそれを使えるかどうかだ。……覚えてるだろ?」

 

「ええ、任せてください。……あの時とは逆ですね? 先輩」

 

 その声は、どこか楽しげで、そして少しだけ熱を帯びているように聞こえた。

 

「──そういうことなら、オトはもらって行くわよ東郷」

 

 瞬間。

 ガシッと両肩を掴まれる感覚、が。

 

「や、アタシもこれちょっと終わるかなー? って思ってたんだワ。男手が増えるのは助かるってもんよね」

 

 下手人はわかる。

 この肩を掴む力の強さ……風だ。

 

「どうぞ、持って行ってください風先輩。先輩も日の本の男児。きっと素晴らしい戦果を上げるはずです」

 

「あの、風? 俺そんなに役には立てない……」

 

「問答無用! 勇者部も園芸部もほぼ女所帯、男手は貴重なのよー! さあ行くわよ、女子力の最前線!」

 

「前々から言おうと思ってたがお前は女子力を何か勘違いしてあーっ! 引っ張るなまだカメラの調整が残っ力強いなもう!?」

 

 ズルズルと引き摺られて行く俺の視界の端で、東郷がカメラを構えるのが見えた。

 ファインダー越しの彼女の口元が、楽しそうに弧を描く。

 

「とても良い。ナイス! ですよ、先輩」

 

 ──カシャリ。

 

 俺がドナドナされていく無様な姿が、記念すべき一枚目として記録された音を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、見立ての通りあんまり戦力にはならなかったんだけどネ。

 

「オトくん!! こっちにすごい根っこがあるよ! 一緒に抜こう!」

 

「岬先輩、こっちこっち! 勇者部、一斉攻撃ぃー!」

 

「……分かったよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」

 

 俺は毒づきながら、結城さんと樹ちゃんが格闘している巨大な雑草群……というよりほぼ木の茎を掴んだ。

 

「……ぐ、ぬぬぬ……ッ!」

 

 湿った土の匂い、手袋越しに伝わる雑草のしぶとい抵抗、そして容赦なく背中に降り注ぐ太陽。

 インドア派の俺にはあまり縁のない、自然のにおい。

 

「ほらオト! 腰が入ってないわよー! もっと根っこの深くまで手を突っ込んで!」

 

「無茶言うな! 俺の本業はクリックとスクロールだっつーの……!」

 

 隣で軽々と巨大な雑草を引っこ抜く風を恨めしく見ながら、俺は泥まみれの手で額を拭って──顔が泥だらけになったことを悟り、絶望した。

 

「あはは! 岬先輩、顔がすごいことになってるよ!」

 

「本当だ……。オトくん、私のタオル使う?」

 

 結城さんはすでに泥の戦士と化しており、樹ちゃんも「えいっ、えいっ」と可憐な掛け声とは裏腹に、着実に地面を更地に変えていく。

 

 そんな俺たちの悪戦苦闘を、数メートル先の舗装路から一台のカメラが静かに、そして執拗に追いかけていた。

 

 シャッター音がずっと聞こえる。撮りすぎだろ。

 

「おい東郷、勇者部を撮るんだぞ勇者部を! これ勇者部配信だからな!?」

 

「いいえ。汗と泥にまみれる協力者の姿……視聴者の共感を得るための、大切な要素です。……ふふ、撮影は止めません」

 

「お前なぁ……!」

 

 俺は毒づきながら、再び目の前の巨大な根っこと対峙した。

 だが、不思議と嫌な気分じゃなかった。

 一人でモニターに向かっている時には絶対に味わえない、この腕の重みと、喉の渇き。

 そして、自分より先に泥だらけになって笑っている、この騒がしい連中との時間。

 

「……ナイスなAfterの画になりそうだぜ、まったく!!」

 

 俺は誰にともなく呟いて、渾身の力で根を引き抜いた。

 土が弾け、視界が拓ける。

 

 その様子を、東郷の構えるレンズが、かつてないほど穏やかな光を帯びて捉えていた。




 その後のオト、自室にて

 後日。
 PCのモニター前に鎮座した俺は、フォルダを埋め尽くす4,320枚のタイムラプス素材と、東郷のSDカードの中身を見て白目を剥いていた。

「なんでこんなもん撮ってんだよあいつ……」

 そこには、泥まみれの俺の写真が多数あった。
 流石に勇者部の写真の方が多いが……何考えてんのやら。

 「……まあ、いい素材なのは認めるしかないけどな」
 泥まみれで笑う彼女たちの笑顔は、4K画質よりも鮮烈だ。
 さあ、腕の見せ所だぜ。もともと俺の得意分野は撮影よりも編集だ。俺はカフェイン錠剤を噛み砕き、編集ソフトを立ち上げた。

 「もちろん、俺の写真は全カット……ん?東郷からメッセ……げ」

 ……一瞬、考えて。見なかったことにして作業に取り掛かった。

 放り投げたスマホ。そこにはこう表示されていた。

 『まさか、一枚も使わないなんてことはないですよね、先輩』
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