レンズ越しの君へ   作:怖いか?令和の時代のゆゆゆ二次が……

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長くなったので分割して投稿します。
今後はこういう形になると思います。




6-1

 週明けの月曜日。

 

 放課後の勇者部部室には、いつものようにお茶の匂いと、どこか気の抜けるような空気が漂っていた。

 

 いや、気が抜けるのはいいことだ。

 世の中、気を張ってばかりでは人は生きていけない。

 適度な緩み。適度な癒し。適度な眼鏡。

 それこそが健やかな現代社会に必要不可欠な三大栄養素である。

 

 なお、その三大栄養素のうち最も摂取量が不足しているのは眼鏡だ。

 由々しき事態である。

 

「……なに一人で難しい顔してるのよ、オト」

 

「風が眼鏡をかけないこの世の理不尽について考えていた」

 

「暇なの?」

 

「人類に不足している三大栄養素の一角について真剣に憂いているんだが?」

 

「暇なのね」

 

 テーブルの向こうで風が呆れたようにため息をつく。

 

 失礼な。

 俺はいつだって真剣だ。

 風に似合う眼鏡について考えるときなど、もはや神樹様に祈りを捧げる巫女もかくやという厳粛な精神状態である。

 

「岬先輩! 花壇の動画、すごく評判いいですね!」

 

 勇者部の共有パソコンを覗き込んでいた結城さんが、ぱっと顔を上げてそう言った。

 

 画面には、先日投稿したばかりの勇者部配信第六弾。

 題して、開かずの花壇解放作戦の動画ページが映っている。

 

 荒れ果てた花壇。

 泥だらけになって草を引っこ抜く勇者部。

 タイムラプスで徐々に露わになる土の境界線。

 最後には園芸部の子たちと一緒に植え直した花の苗が並び、ビフォーアフターの快感をこれでもかと叩きつける構成。

 

 我ながら良い出来だったと思う。

 

 勇者部の頑張りが伝わるように、泥まみれの笑顔を拾って。

 除草作業の大変さが伝わるように、タイムラプスは少しだけ長めに取って。

 最後のAfterは、東郷が撮った写真を中心に組んだ。

 

 東郷の写真は、悔しいが良かった。

 あいつ、人を撮るのが上手い。

 

 ……いや、俺を撮りすぎなのはどうかと思うが。

 

「コメント欄もあったかいです。『勇者部すごい』とか、『花壇が綺麗になってよかった』とか」

 

「ふふん、当然よ。アタシたち勇者部の女子力が世間に認められたってわけね!」

 

「女子力、土にまみれて煤けてるぞ」

 

「土にまみれても輝く力。それが女子力よ」

 

「それはたぶん生命力だと思う」

 

 お前は本当に女子力を何か勘違いしている。

 

 まあ、実際あの動画は伸びた。

 人間はビフォーアフターが好きだ。

 汚れていたものが綺麗になる。

 荒れていたものが整う。

 失われていた場所がもう一度甦る。

 

 それは単純で、だからこそ強い。

 

 眼鏡によって顔面の情報量と輪郭が整うのと同じ原理である。

 

「岬先輩の泥まみれカットも話題になってますね!」

 

「結城さん」

 

「はい!」

 

「その記憶を今すぐ除草してくれ」

 

「記憶の除草!?」

 

 俺は神妙な顔で結城さんに頼んだ。

 

 だが、結城さんは困ったように首を傾げるだけだった。

 善性の塊のような結城さんにも、記憶の除草は難しいらしい。

 

「でも、オトくんもちょっと映ってたよね」

 

 やめて。

 樹ちゃんまで俺に現実を突きつけないで。

 

「ちょっとだ。ほんのちょっとだ。あれは全体の流れ上、やむを得ず採用した一、二カットであって、俺が好き好んで泥まみれの自分を四国中に公開したわけではない」

 

「四国中っていうほど広がってはいないでしょ」

 

「風。インターネットに上がった時点で、それは世界だ」

 

「急に大きい話にしないでくれる?」

 

「それに、必要な素材でしたので」

 

 涼しい声が横から飛んできた。

 

 東郷である。

 

 車椅子に座ったまま、湯呑みを手に、まるで自分は何も悪いことをしていませんという顔をしている。

 実に清楚。

 実に大和撫子。

 実に腹立たしい。

 

「東郷、お前だけは許さん」

 

「あら。採用を決めたのは先輩では?」

 

「採用せざるを得ない場面を連射しておいていけしゃあしゃあと……!」

 

 確かに、東郷は撮った。

 俺をやたら撮った。

 泥まみれで草に敗北する姿まで、なぜか妙に良い画角で撮っていた。

 

 だが、最終的にそれを動画に入れたのは俺である。

 

 なぜか。

 

 悔しいことに、素材として良かったからだ。

 

「違うんだよ。編集者としての俺が、あそこは入れた方が流れが良いと判断しただけであって、被写体としての俺は断固抗議しているんだよ」

 

「人格が分裂してるわよ」

 

「創作者にはよくあることだ」

 

「難儀な生き物にも程があるでしょ創作者」

 

「まあ、いい動画になったのは事実ですし」

 

「そこを否定できないのが一番ムカつくんだよ……」

 

 俺が少しだけ項垂れていると、共有パソコンの前に座っていた樹ちゃんが、ふと画面を切り替えた。

 

「それにしても、本当に依頼が増えましたね」

 

 樹ちゃんの声に、部室の空気が少しだけ本題へ戻る。

 

 パソコンに表示されているのは、勇者部の依頼受付ページだった。

 そこには、依頼メールがいくつも並んでいる。

 

 以前から勇者部には依頼が来ていた。

 校内の小さな困りごとから、近所の手伝い、地域のボランティアまで。

 犬吠埼風という女が部長をしているせいか、勇者部は妙な行動力と妙な信頼を兼ね備えた部活として、それなりに知られていた。

 

 だが、動画配信を始めてからは明らかに数が増えている。

 

 それも、校内だけじゃない。

 外部からの依頼が増えた。

 

 良くも悪くも、勇者部配信は人目を集めたのだ。

 

「これも勇者部配信の効果、ってやつかしらね」

 

 風が腕を組んで、少し得意げに笑う。

 

「だろうな。動画で活動が見えるようになったのはデカい。文字だけのホームページより、何をやってるか伝わりやすいし」

 

「ふっふっふ。つまり、アタシたちの活動がより多くの人に届いてるってことよね!」

 

「まあな」

 

 それ自体は、間違いなく良いことだ。

 

 人助けができる範囲が広がる。

 勇者部のことを知る人が増える。

 困っている人が、頼ってもいい相手を見つけられる。

 

 結城さんなんか、もう見るからに嬉しそうだった。

 

「すごいね、風先輩! これなら、もっとたくさんの人を助けられるよ!」

 

「でしょー? 勇者部、ますます忙しくなるわよ!」

 

「はい! 結城友奈、頑張ります!」

 

 元気いっぱいに拳を握る結城さん。

 

 眩しい。

 太陽か。

 いや、太陽は眼鏡をかけないので結城さんの方が上だな。

 結城さん、前に渡した眼鏡またかけてくれないかな。

 

 ……などと考えている場合ではない。

 

 知名度が上がることは、良いことばかりではない。

 期待は数が増えれば重くなる。

 人目が増えれば、余計な言葉も増える。

 誰かを助ける姿は綺麗だが、それを消費される形には気をつけないといけない。

 

 再三自己確認しているがその辺りの調整は、俺の仕事だ。

 

 風たちには、できるだけ心のままに動いていてほしい。

 善いと思ったことを、善いと思ったままやってほしい。

 

 そのための面倒な部分は、俺が引き受ける。

 

「それで、お姉ちゃん。今日はどの依頼を見るの?」

 

 樹ちゃんが尋ねると、風は「ああ、そうそう」と手を叩いた。

 

「今日の本題はこれよ」

 

 風がパソコンの画面を操作する。

 表示されたメールの件名は、こうだった。

 

『土曜保育での交通安全人形劇についてのお願い』

 

「人形劇?」

 

 俺がそう言うと、風は頷いた。

 

「近くの保育園からの依頼よ。土曜保育の子どもたち向けに、交通安全をテーマにした人形劇をお願いできないかって」

 

「ああ、人形劇か。前にもやったことないか?」

 

「そうそう。あれが結構評判良かったみたいでね。今回は勇者部配信を見た先生が、ぜひうちでもって連絡してきてくれたみたいなのよ」

 

「なるほど」

 

 交通安全。

 保育園。

 人形劇。

 

 題材としては悪くないな。

 

 子ども向けなら内容は分かりやすい方がいい。

 人形劇は映像映えもするし、配信素材としても扱いやすい。

 

 なにより、勇者部らしい。

 

「でも、土曜日でも保育園って開いてるんだね」

 

 結城さんが不思議そうに言う。

 

「親御さんが土曜日でも仕事ってことは普通にあるでしょうからね」

 

 土曜日でも仕事。

 休日でも仕事。

 おお、これが社会。

 現代日本に脈々と受け継がれし月月火水木金金の精神。

 

 高度なストレス労働社会。

 やはり眼鏡による癒しが急務である。

 

「今、また変なこと考えてる顔してるわよ」

 

「風に似合う保育士眼鏡について考えていた」

 

「なんでアタシが保育士になってんのよ」

 

「似合うと思うぞ。柔らかめのブラウンフレームで、子どもたちに優しく微笑みながら絵本を読む風。だが、袖まくりをした瞬間に見える頼れる腕。そこに眼鏡の知性が加わることで母性と活発さと理知性が三位一体となり──」

 

「はいはい、交通安全の話に戻るわよー」

 

「扱いが雑!」

 

 くそ。

 いい線いっていたのに。

 

「それで、内容はどうするのお姉ちゃん。前みたいに人形劇をやるなら、台本が要るよね?」

 

「もちろん。そこはアタシがざっくり考えてるわ」

 

 脚本、構成、段取り。

 こういう時の風は頼りになる。

 普段は勢いで生きているように見えるが、いざ何かを形にするとなると、ちゃんと人を見るし、場を見るし、必要なものを揃えてくる。

 

 やっぱり段取りはいいんだよな、昔から。

 今も自信ありげに胸を張ってるだけはある。

 

「今回は交通安全がテーマだからね。子どもたちに、横断歩道の渡り方とか、信号の見方とかを楽しく覚えてもらえる内容にするつもり」

 

「おお。真っ当だ」

 

「何よその意外そうな顔は」

 

「いや、風がうどんで交通事故を防ぐ話を始めなくて安心しただけだ」

 

「どんな話よそれ」

 

「うどんを食べるためには無事に帰らなければならない。つまり交通安全とはうどんに至る道である、みたいな」

 

「……ちょっとアリかも」

 

「ナシだよ!?」

 

 結城さんが全力で止めた。

 

 危ない。

 今、一瞬だけ風の中で何かが繋がりかけていた。

 交通安全とうどんを接続するな。

 香川なら本当にやりかねない。

 

「道路とは、すなわち国土の血管でもあります」

 

 今度は東郷が静かに口を開いた。

 

「交通安全とは、秩序ある移動を守るための規範。ひいては国家防衛の基礎と言っても過言ではありません。園児たちにも、まずは道路の重要性と国土保全の精神を──」

 

「東郷、園児向けだからな」

 

「はい。では三分の一に圧縮します」

 

「圧縮しても長いわよ」

 

 放っておくと交通安全人形劇がうどんか国防に飲まれそうだな……。

 

「まあ、撮影と音響は俺がやるよ。保育園側に撮影許可が取れる範囲で、記録用と配信用に素材を分ける。子どもの顔出しは当然確認がいるから、公開用は基本的に勇者部側を中心に撮る方が安全だな」

 

「さすが、話が早いわね」

 

「その辺は本業だからな」

 

「本業?」

 

 東郷がにこりと微笑む。

 

 やめろ。

 その微笑みをやめろ。

 俺の社会的生命線に指をかけるな。

 

「映像部の本業だよなあ!?」

 

「はい。そういうことにしておきます」

 

「東郷ぉ……!」

 

 くそ。

 こいつ、最近本当に遠慮がない。

 

 いや、遠慮がないのは昔からか。

 東郷ぉ……! 

 

「じゃあ、今週は人形劇の準備だね!」

 

 結城さんが楽しそうに言う。

 

「子どもたち、喜んでくれるといいなあ」

 

「そうね。せっかく呼んでもらったんだし、勇者部としてしっかり応えないと」

 

 風が頷く。

 

 その横で、樹ちゃんは画面の依頼文を見つめたまま、小さく息を吸っていた。

 

 ほんの少しだけ、指先が落ち着かないように動いている。

 

「樹ちゃん?」

 

「あっ、ううん。なんでもないよ、オトくん」

 

 樹ちゃんは慌てて笑う。

 でも、その笑い方は少しだけ硬かった。

 

 前にも人形劇はやった。

 けれど、今回は少しばかり状況が違う。

 

 期待されているんだ。

 

 それは嬉しいことだ。

 嬉しいことだが、優しい子ほど、そういう期待を大切に抱え込んでしまう。

 

 俺は一度、画面に表示された依頼文を見る。

 

 交通安全人形劇。

 保育園。

 子どもたち。

 

 そして、樹ちゃん。

 

「……ま、なんとかなるだろ」

 

 俺は軽く言った。

 

「撮影も音響も、俺がどうにかする。噛んだらカット。間が空いたら詰める。最悪、効果音で誤魔化す」

 

「最悪だよオトくん!?」

 

「安心しろ。俺は最悪のプロだ」

 

「安心できる要素が一個もないよ!?」

 

 樹ちゃんが思わずといったように笑う。

 少しだけ、表情の硬さがほぐれた。

 

 ……ま、そんぐらいリラックスして臨んでほしいわな。

 

「よーし! それじゃ、勇者部出張公演に向けて作戦会議よ! 目指すは、園児たちのハートをがっちり掴む交通安全人形劇!」

 

「はい!」

 

「頑張ります!」

 

「友奈ちゃんの安全は私が守るわ」

 

「交通安全の対象を一人に絞るな東郷」

 

 こうして、勇者部配信によって舞い込んだ新たな依頼。

 

 保育園での出張人形劇に向けて、俺たちは動き出すことになった。

 

 ……ちなみに。

 

「ところで風、交通安全をテーマにするなら反射材付きの眼鏡という選択肢が──」

 

「ない」

 

「まだ最後まで言ってない!」

 

「言わなくても分かるわよ」

 

 風の眼鏡着用計画は、今回も開始三秒で頓挫した。

 

 人類の栄養状態改善への道は遠い。

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