その造形師は寿々がれる   作:朝潮

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xで流れてきた冬コミのハニエルコス激エモ……


第1話

 

 

 

夕方の公園。

沈みゆくオレンジ色の陽が、公園で遊ぶ三人の影を長く伸ばしていた。

 

「あなたは将来、私と結婚するの」

 

どんな流れだったかは覚えていない。

ただ、その瞬間だけが強烈に記憶に残っている。

 

「わ、わたしも……」

 

心寿が袖をつまみながら続く。

自信満々の紗寿叶と比べて、その頬は赤い。

 

「お兄ちゃんと、けっこん……したい……」

 

どんどん自信なく尻すぼみになっていく。

そんな心寿の手を握り、大きく宣言する。

 

「しょうがないわね」

 

紗寿叶が偉そうに言うと、心寿がこくりとうなずく。

 

「じゃあ2人で一緒に結婚しましょ」

「する〜!」

 

心寿が嬉しそうに抱きついてきて、紗寿叶はツンと横を向きながらも、小さくつぶやいた。

それに、俺はなんて答えたんだっけ……

 

 

 

 

 

ベッド、机、棚に作業机。

本来なら生活感が滲み出てもおかしくないはずの男の部屋は、不思議なほど整っていた。

 

棚に飾られたフィギュアはキャラクターやシリーズごとに並んでおり。

床に物は落ちておらず、衣類もきちんと畳まれている。

誰かが毎日、丁寧に手を入れているのが一目で分かる空間だった。

 

ただ一箇所を除いて。

 

部屋の隅に置かれた作業机、その周囲だけが明らかに異質だった。

粘土と摩耗で白く濁った下敷きが、作業机の上に出しっぱなしにされている。

そのすぐ脇には、ヘラやカッターが無造作に放り出されていた。

削り取られた粘土の余りは、机の縁からこぼれ落ち床にまで散らばっている。

 

掃除がされた痕跡は、確かにある。

床は一度きれいに拭かれていて、机の下にも埃は溜まっていない。

それなのに、作業机の周囲だけが、どうしようもなく汚れていた。

 

そして机の中央には、堂々と置かれた一体のフィギュア。

それはまだ灰色で、製作途中という事がありありと見て取れる。

 

そんな無骨な男の部屋にずかずかと入り込む一人の少女。

ちらりと汚れた机の上を確認して、ふっと表情が和らいだ。

呆れと、それ以上の親しさが滲んだ表情だった。

 

シャッと音を立ててカーテンが引かれ、朝の光が流れ込む。

日光に照らされて、埃が光の中でゆっくりと舞った。

 

「朝よ。早く起きなさい」

 

まだ半分夢の世界にいた俺の耳元で、鈴を転がしたような軽やかな声が響いた。

目を開ける前から分かる。あの、ちょっと棘があって、でもどこか甘さの残る声。

 

「んー。さじゅ?」

「そうよ。起きなさいったら」

 

布団越しに影が差しこみ、肩を揺さぶられる。

力は強くないのに、拒否できない圧だけはしっかりある。

 

「あと五分……」

「私が優しくしている間に起きなさいよ」

 

さっきまでの優しい揺さぶりとは違い、今度は起こしてやろうと軽いながら体重をかけてくる。

薄く目を開けると、枕元で腕を組んだ制服姿の紗寿叶が、少しだけ頬を膨らませて俺を見下ろしていた。

 

「朝ごはんできたわよ。冷める前に食べなさい」

 

階段のほうをちらりと見ながら、紗寿叶は少しだけ柔らかい声でそう告げた。

 

「ありがとう。持ってきて……」

「いい加減にしなさい!」

「あでっ!」

 

べちんとおでこに衝撃が走る。

 

「本当に怒るわよ?」

「わ、わかったよ……」

 

俺は諦めて布団の温もりを手放す。

少し肌寒くなった空気が肌を刺す。

 

「えらいわね。あなたはやればできるんだから」

 

この飴と鞭というか。

厳しい中にある優しさがたまらない。

俺はこの小さな幼馴染に完全に尻に敷かれていた。

 

「うえぇっ!?な、なに!?」

「充電中」

 

嬉しくて腕に抱えて抱きしめると、ジタバタと可愛い抵抗を始める。

まだ子供っぽさの残る、女の子特有の柔らかさ。

丁寧に手入れされた頭からはフローラルな香り。

 

「馬鹿なことしてないで、早く降りるわよ。心寿が待ってるんだから」

「あい……」

 

拘束を抜け出した紗寿叶に背中をグイグイと押される。

まだ回ってない頭で適当に返事を返す。

 

「おはよう。心寿」

「おはよう。お兄ちゃん」

 

階下へ降りると、食卓には紗寿叶の妹、心寿が座っていた。

俺はまず心寿の肩へと手を置いて、背を屈める。

 

「んっ……」

 

朝の挨拶に唇を合わせる。

心寿も俺とのキスを受け入れて目を瞑ってくれている。

あれから少し成長した俺たちの、いつものおはようの挨拶。

 

「まず歯磨き!」

「はいはーい」

 

後から到着した紗寿叶が口煩く注意を飛ばす。

俺は最後に一度ちゅっと口付けを交わして、心寿に別れを告げる。

紗寿叶に連れて行かれる俺に、心寿は小さく手を振ってくれた。

 

「ん」

「なに?」

 

歯を磨き終わり、うがいをしたところで紗寿叶が道を塞いだ。

そして瞳を閉じて、口を突き出している。

 

「なんで心寿にキスして、私にはしないのよ」

 

目を開いた紗寿叶は、拗ねたように眉を寄せていた。

怒っているというより、不満を隠そうともしない顔だ。

 

ほんの少しだけ赤くなった頬が、さっきまでの強気な態度とはちぐはぐで。

そのギャップが、どうしようもなく可愛かった。

ちょうど2人きりだ。俺達は、心寿には少し早いキスをした。

 

 

 

最近、朝はこうして紗寿叶がうちに作りに来てくれている。

妹の心寿も一緒に、合掌をして朝の食事を始める。

 

「美味いよ。さじゅ」

「うん。美味しい!」

「そう……ありがと」

 

俺と心寿の賛美に、紗寿叶は嬉しそうにはにかむ。

 

2人の母親は料理教室の先生をしている。

高校生になってから、バイトで母親の手伝いをしている紗寿叶。

そんな紗寿叶の作る料理が不味いはずがなく。

朝からたっぷりと紗寿叶の愛を堪能する。

 

「また夜遅くまで作業してたんでしょ?」

「まあ、3時くらいまでな」

「ちゃんと寝なさい」

 

心寿も、俺の顔を見上げながらうんうんと大きくうなずく。

二人して同じことを言うのは責めたいからじゃない。

それは全部、俺の身を心配してのことだ。

 

「授業中に寝たりしてないでしょうね?」

「まあなんとか」

「今日から高校2年生なんだから。しっかりしなさいよね」

 

紗寿叶は母親のように俺のだらしない生活を窘める。

同級生なのにこんなにできる紗寿叶に言われるんじゃぐうの音も出ない。

 

「浪人なんてしたら、さすがに許してくれないわよ」

 

俺たち3人の関係は、薄氷の上に成り立っている。

幼い頃は3人での結婚を微笑ましいと見守ってくれていた両家も、

この歳になっても関係が変わらない事に不安を感じているだろう。

何か瑕疵が付けば、容赦なく言ってくるに違いない。

 

「わかってる。心配させてごめんな。2人は、絶対に俺が幸せにするから」

「わかってるなら、いいのよ」

「……うん」

 

一度、手にしていた茶器を置く。

ごまかしの笑顔も、軽口も抜きにして、真剣に二人の方を見つめた。

 

紗寿叶と、心寿。二人の視線を正面から受け止める。

造形ばかりにかまけているわけにはいかない。

ちゃんと勉強もする上で両立させる。

 

「でも、とりあえず造形は完成したから。これから色塗ってく」

「あなた本当にわかってるんでしょうね?」

 

授業態度と課題頑張るから中間まではフィギュアの方やらせてくれませんか。

折角昨日仕上げたから今日から塗装に入りたい。

俺は2人に拝み倒した。

 

「色付け前に面相の練習したいから、今日は岩槻寄ってくから」

「はあ。わかったわ」

「お兄ちゃんのフィギュア、楽しみだな〜」

 

心寿が無邪気にそう言ってくれるのが、救いだった。

紗寿叶は呆れたように溜め息をついた。

 

食事を終えると、紗寿叶はそのまま台所に立ち、慣れた手つきで洗い物を始めた。

 

その間に、俺は着替えを始める。

いつも通り、制服は既に畳まれて置いてあった。

 

「はい。袖通して?」

 

ズボンを履いてベルトを締めているうちに、心寿が制服を持って袖を通してくれる。

屈んでボタンを閉じてくれている間、俺はトルソーのように立っているだけだった。

今度は心寿がブレザーを肩に回してくれる。

 

肩に回されたブレザーが整ったところで、今度は洗い物を終えた紗寿叶が近づいてくる。

ぐっとネクタイを引き締め、手際よく形を整えた。

 

「はい。できたわよ」

「ありがとう、さじゅ」

 

高校に入って、もうすぐ一年になるというのに、ネクタイを結ぶのだけは相変わらず慣れない。

たぶん、覚えようとする前に誰かが結んでしまうせいだ。

 

こうして姉妹に代わる代わる世話を焼かれ、着替えはあっという間に完成する。

これはもう、内助の功というか。

着々とダメ人間にされてる気がすると思わなくもない。

 

今思えば、一年くらい前からだ。

少しずつ、俺の世話を焼かれることが増えていった。

今ではこのように簡単な着替えも手伝ってくれるようになっている。

最初は、ネクタイが上手く結べなくて手伝ってもらい始めたのが始まりだった気がするんだが……

 

学校の時間には少し早いが、そろそろ家を出る。

俺はもう少しテレビ見たりゆっくりしたいのだが。

余裕を持って行動するしっかりした2人に倣う。

 

「ちょっと待って。行ってきますのキスは?」

 

玄関を開ける前に、2人を呼び止める。

これだけは忘れるわけにいかない。

 

「しょうがないわね……」

「えへへ……」

 

心寿はペンギンみたいにとてとてと。

紗寿叶は背伸びするように近づいてきて、

軽く、ほんの一瞬だけ、二人の唇が触れる。

 

すぐに離れたそれは、特別なことじゃない。

いつも通りの、当たり前のやり取りだった。

 

 

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