その造形師は寿々がれる   作:朝潮

3 / 4
第3話

 

 

 

俺達はそれぞれの戦利品を手に家路に付く。

電車に揺られる紗寿叶は珍しく無言で、普段とは違う様子がありありと見て取れた。

 

「今日はこれ着てみたいから……」

 

家の前まで来て、紗寿叶がやっと口を開いた。

暗に、帰って欲しいと言いたいのが分かった。

 

「俺も見てっていい?」

「み゚ッ──!?」

「大丈夫か?てか今どこから声出た?」

 

喉を押さえて、紗寿叶は顔を真っ赤にする。

 

「……見たいの?」

「勿論」

「……」

 

紗寿叶は、しばらく悩んでから、観念したように小さく言った。

 

「着替えるから、待ってて……?」

 

玄関の鍵を開けて、紗寿叶は自分の部屋へ走って行った。

親公認の仲の俺達は、自由に互いの家を行き来している。

勝手知ったる幼馴染の家。なんの気兼ねもなく靴を脱いでお邪魔する。

 

「お兄ちゃん!」

「心寿~ただいま」

 

紗寿叶を追って階段を上がっていると、紗寿叶におかえりを言いに出てきたのだろう。

心寿の部屋が空いて心寿が出てきた。突進してきた心寿を受け止める。

 

「お兄ちゃん遊びに来たの?お姉ちゃんは?」

「今着替え中」

 

平均身長をとっくに超えている心寿はいつの間にか、紗寿叶の背さえ追い越している。

俺はいつも撫でているより、少し高い位置の頭を撫でる。

えへへと可愛らしく笑う心寿に癒された。

 

「準備、できたわよ……」

 

そのうちに、紗寿叶の部屋から声がかかった。

俺は未だに腰に抱きついている心寿を見やる。

 

「さじゅ。心寿もいるんだけど一緒に入っていいか?」

「えっ!?嘘、心寿に見せるのはまだ心の準備が……」

 

扉の向こうで、明らかに動揺した気配が伝わってくる。

それに気付いた心寿は、はっとしたように身を引いた。

 

「えっと……私、邪魔なら行くね?」

「ち、違うの!……待って、心寿。そこにいて」

 

少し寂しそうに言う心寿を、紗寿叶は強く引き止めた。

心寿は困惑しながらもその場に残る。

少し深呼吸が聞こえて、入室の許可が降りた。

 

「ど、どうかしら……?」

「おー、いいじゃん。可愛いぞ」

 

女児用サイズなのにぶかぶかだし、髪の毛……ウィッグも大きかったのかズレている。

でも、衣装を着た紗寿叶が本当に嬉しそうにしていて……

 

「す、すごい!」

 

心寿が紗寿叶の元に駆け寄る。

あの大人しい心寿が、だ。

 

「すごいすごい!お姉ちゃん、プリンセスリリィだ!」

 

心寿は目を輝かせて、紗寿叶の周りをくるくると回る。

その姿はまるで、憧れのヒーローに出会った幼子のようだった。

 

「ちょ、ちょっと心寿!そんなに近づいたら……」

「だって可愛いんだもん!あ、そうだカメラ!カメラ持ってくるね!」

 

バタバタと慌ただしく出ていった心寿。

心寿の、何の屈託のない言葉に、紗寿叶は言葉を失っていた。

そういう言葉の方が嬉しいだろうな。

 

「良かったな」

「……え?」

 

だから俺は、褒めるのは心寿に任せて。

端的に、伝えたいことだけ伝えることにした。

 

「ずっと、魔法少女になりたいって言ってたもんな。夢が叶って、良かったな」

 

紗寿叶は、一瞬惚けた顔をして。

顔を俯かせて、一歩だけ俺に近づいた。

 

「わ……わだじっ……もしかしたら、子供っぽいとか、言われると思っ……でっ……」

「俺がそんな事言うと思ったのか?信用ないな……」

 

小さな顔の、大きな瞳から。ぼろぼろと大粒の涙を流す。

なんで泣くんだよ、まったく。

紗寿叶って意外と泣き虫というか、涙脆いというか。

とある琴線に触れると泣いちゃうんだよな。

 

「俺、紗寿叶が今でも烈好きなの知ってるし、魔法少女になりたいって言ってたの覚えてるし。というか紗寿叶ほどでは無いけど俺も烈好きだから」

 

あやすみたいに抱きしめると、紗寿叶はそのままお腹に顔を埋める。

大人っぽいところばかりだから、年相応な姿を見ると逆に安心するんだよな。

 

「心寿がカメラ持ってくるってさ。記念撮影しとく?」

「……いまぜったいなきがおだからいや」

 

ぐすんと、と抑えきれなかった音が漏れる。

大人ぶってばかりのくせに、こういうところは昔のままだ。

俺は何も言わず、背中を軽く撫でた。

 

「おおおおお姉ちゃん!?どこか痛いの?大丈夫?」

「大丈夫よ……心配させてごめんなさい」

 

しばらくして、心寿がカメラを持って戻ってきた。

それは……お義父さんの滅茶苦茶高いカメラじゃないか。

心寿には見られたくなかったのか、紗寿叶はずるるっとハナを啜り上げて慌てて袖で顔を隠した。

紗寿叶、お姉ちゃんだな。

 

 

 

 

紗寿叶の初めてのコスプレ撮影会は遅くまで続いた。

俺も心寿も、夢中になって紗寿叶の姿を写真に残していた。

 

気付けば、いい匂いがし始めて、ふと我に返った。

窓の外ではいつの間にか日が暮れていた。

 

名残惜しさを抱えたまま、俺達は撮影会をお開きにする。

そろそろ帰ろうと言う話になったところで階を降りると。

お義母さんが俺の分の夕食まで作ってくれていた。

 

遅くまで居座った末にお食事までご馳走になるなんてとぐちぐちお説教が始まった。

玄関を開けて、隣の家まで本の数秒で帰ってきたはずなのに。

俺はようやく自分の部屋へと帰宅することが出来た。

 

色々あって遅くなったが、今日コレクションに加わった新しい一体を、いつもの棚に飾る。

全財産を使い果たして。紗寿叶に金まで借りて。あれだけ欲しかった、俺の推しキャラ。

 

……なのに。

 

胸の奥に、ひっかかるような寂しさが残った。

 

それはきっと、今日見てしまったから。

カメラの前で、心の底から楽しそうに笑っていた紗寿叶の姿を。

それと比べたら、このフィギュアはなんと色褪せた姿か。

 

俺のスマホのデータには、プリンセスリリィ姿の紗寿叶がこれでもかという程残っている。

最初の少し緊張した笑顔も、照れた横顔も、慣れてきたのか時折見せる心から楽しそうな表情も。

後々心寿がお高いカメラで撮影した写真も、パソコンに移して分けてもらうつもりだ。

カメラロールにある写真を見返して、やはり違うと思った。

 

つい気になって、プリンセスリリィのフィギュアを検索する。

これまでの俺なら、値段も見ずに衝動買いしていてもおかしくない。

そんな一品。

 

けれど、どうしても。

今日撮った写真が、頭をよぎって離れなかった。

 

違う。

紗寿叶は、もっと可愛くて、もっと綺麗で、もっと輝いていた。

 

違う。違う。これも違う。

気がつけば、表示されたプリンセスリリィのフィギュアを片っ端から見比べていた。

どれも仕上がりは良い。だけど、「紗寿叶」には敵わない。

 

この時から俺の目的は変わっていた。

これが出来がいいとか、これが欲しいとかではなく。

 

───うちの紗寿叶より可愛いフィギュアはあるのか。

いや、ちがう。本当は、俺の紗寿叶の方が可愛いんだぞと。

そんな優越感に浸りたかっただけだった。

 

フィギュア 可愛い

 

フィギュア 完成度 高い

 

そんな曖昧な言葉を並べて、検索を続ける。

いつもなら、公式画像や商品ページしか見ていなかったのに。

その日は、片っ端から検索した画像を見比べていた。

 

スクロールの途中でふと目に止まる。

 

自分の癖をぶちまけたような、そんな生々しい一体。

公式で出せるはずのない、清楚キャラのおいろけ一辺倒のポーズや表情。

まるで触ったら本当にやわらかそうな胸や太もも。

 

衝撃だった。

こんな、こんなフィギュアが存在するのか。

俺はすぐにその画像が掲載されていたサイトに飛んだ。

このフィギュアを絶対に手に入れなければ。

そんな使命感に似た思いだった。

 

リンクの先は俺もよく知る動画サイトだった。

自主制作フィギュアを制作している趣味人のチャンネル。

フィギュアを作る工程が1から撮影してある。

 

個人制作。つまりは一点物。

俺は必死にチャンネルの説明や外部リンクを探すが、どこにも購入情報などは載っていない。

つまりは、売っていない。このフィギュアを買うことは出来ない。

 

どうして、こんなにも惹かれてしまったのか。

その理由に、俺は遅れて気付いた。

 

一点物だからだ。

均一で、完璧で、誰にでも同じ顔を向ける量産品とは違う。

そこにキャラに対する造り手の想いが、はっきりと残っているから。

清楚なキャラという原作の設定を無視までして、その人の「好き」が、形になっている。

 

フィギュアを作る工程は、漠然と、工場制作での大量生産を想像していた。

でなければ出荷が間に合うはずがない。

それを、自分で作るなんて想像もした事なくて。

 

もう一度動画を再生する。

 

粘土の塊が、少しずつ削られていく。

かと思いきや上から被さった粘土がくっついて。

棒状でしか無かった身体が、段々と人の形へと形成されていく。

 

「……すごい」

 

それは、完成品を眺める時の感嘆とはまるで違った。

俺はこんなに、フィギュアと向き合ったことがあっただろうか。

UFOキャッチャーで見つけて、ゲームをプレイして。

真剣に向き合うのはそこまでだ。

入手したフィギュアは棚に飾って、それで終わり。

 

対して、この人は完成までに何時間もかけている。

完成に至るまでの、途方もない時間と手間。

そして完成した暁には、紗寿叶のように何枚だって写真を撮るだろう。

それを俺は、羨ましいと思っていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。